【ひさびさ!】月琴WS@亀戸,2021年10月!

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸!10月!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 10月 のお知らせ-*


 たへがたきを,たへ…しのひがたきを…しのひ…うう
 ひさびさの月琴WS@亀戸。
 ほんと~にひさびさの開催です!


 10月の清楽月琴ワ-クショップは第4土曜日,30日の開催予定。
 ただし,まだこんなご時世ですんで…情報はこまめにチェックを。
 なんかあったら,また告知します。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのどんぐりこ開催。

 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

『声光詞譜』電子版/ 『声光詞譜』電子版・天巻公開!

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斗酒庵 告知 の巻『声光詞譜』電子版 天巻 復元楽曲と解説公開!

 夏休みといいますか,恒例の草刈り帰省より帰京いたしました!

 こたびの厳しいご時世・時局でありますれば,どこへも出れず。
 ただひたすらに庭草を狩り(襲ってきますので),書き物の毎日。

 おかげさまで去年からはじめた清楽,連山派(大阪派)の第一基本楽譜『声光詞譜』(明治5年)の楽曲の復元と標準化の作業が進みました。

 とはいえまだ先は長く,全3冊のはじめ「天巻」30曲くらいまでですが----拍点からの復元から,標準化に至る手順の制定やら,それに伴うMIDIやMP3ファイルの作り直し。渓派『清楽詞譜』など,すでに公開されているほかのコンテンツとの整合をとったり,画像や解説を整理したりと。データベースというものは大きくなればなるほど,新しく打ち込む作業より,すでにあるものの改造改訂作業のほうがずっとたいへんになっていきますね。

 トップページはこちらから----

 「電子版 『声光詞譜』 目次」
 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/SKALL/SK_ALL00.html

 解説ページ各項のざっとした説明や,清楽の付点法(符音の長さをあらわすための方法),拍点や符号についても簡単に説明しております。

 各曲の解説へは,先に公開した「清楽曲譜リスト」の『声光詞譜』の項からも飛べるようになってますからね。


 「清楽曲譜リスト」
 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/LIST.html

 作業は2冊目(地巻)の最初のほうまで進んでますが,とにかく時間を喰らう仕事なのでなかなか進めません----ご飯も稼がなきゃなりませんしねえ。

 どちらかといえば数理的に読み解ける渓派の譜と違って,連山派の付点法は,付記者の個人的な感性やら音感やらといったあたりも考慮しないとうまく読み解けないんで,文章が「と思う」とか「考えられる」で終わっちゃうことが多いです。
 さらに後に分かれて本拠地を東京に移した梅園派との関係や影響もあって,「標準的な演奏」が時に2つくらいになってしまい,流派系統としての「大阪派」全体の「標準譜」というのが決めにくいこともありましたが,まあ無難に無難に。

 歌の付いてるものは歌曲としての復元もしています。
 歌詞のカナ読みがついてないので耳で聞くしかないのですが,面白いのもあるんで試してみてください。

福州清音斎2(7)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(終)

STEP7 福州洋頭街の梁山泊

 1ヶ月半…いいえ,けっきょく2ヶ月近くもかかっちゃいましたか。福州清音斎,修理も最終局面となりました。

 清掃と染め直しの終わった胴体に棹を挿し,半月を接着します。
 まずは位置決め。原作者の目印は残ってますが,それを容易く信用するほど庵主のココロは純心ではありません(ふッ…ヨゴれちまったのさァ…)
 棹の指板部分に先端から数箇所,幅の中心になるところに印をつけ,それを目印に中心線を胴体のほうへ伸ばしてゆき,半月の上縁(真っ直ぐになってるところ)でそれと垂直に交わる線を設定----うむ,上辺位置は原作者の指示線とほぼ重なりましたわ。

 つづいて指板の先端,山口が乗っかる所に小さな孔を1つ。そこに竹釘を挿して糸を渡し,中心線と重なるようにしながら,半月のところまでひっぱります。「半月の中心」は全体の寸法の中心ではなく,糸孔間の中心になりますので,半月の上面にもマスキングテープを貼って,中心位置をしるしてあります。

 この半月の中心を楽器の中心線と重ねて行って……おお~,ここもオリジナルの指示線との差は1ミリほどです。国産月琴でもちゃんと測ってみたら5ミリくらいズレてたりするもンなんですが----さすが老舗,きっちりすべきところはちゃんと仕事してますね。

 半月の材は接着難◎の唐木のじゃじゃ馬・タガヤサンですので,接着面をペーパーで荒し,筆で湿らせたうえ。クリアフォルダの上に置いてしばらく放置し,表面によーく水気を染ませておきます。

 表板がわも筆でじゅぶんに濡らし,やや緩めに溶いたニカワを何度も塗っては拭いて染ませて,固定中に位置がズレないよう,板で囲んで接着します。

 半月の補強と山口の補作は,もうずいぶん最初のほうでやっちゃってます。ほかの部品も胴や棹の補修と並行で作ってしまっているので,あとはほとんど組み立てるだけですね。

 ではここでその他の部品の工程を----

 蓮頭は付いていたものを参考に,欠けた部分を想像で補って補作しました。

 材は前々回の老天華でも使ったホワイトラワン。
 本器も棹や胴側は同じ系統の材が使われています。


 ただ,この工房到着時に付いていたコウモリの蓮頭のデザインは清音斎のほかの楽器に付いていた例とかなり異なっているので,これが元々付いていた「オリジナル」なのかについては多少怪しいですね。接着はたしかにニカワでしたので,取替えられたとしても最近ではないと思いますが…

 相違点としましては,まず全体のカタチ。
 一般に国産月琴がやや横長なのに対し,唐物月琴の蓮頭は縦横の寸法が同じくらいになっています。これに対し本器のものは,推定される限りやや縦幅が小さい。国産月琴のもののほうに近いのですね。

 次にコウモリ自体のデザイン。
 左の画像の左がわは,ほかの清音斎の楽器に付いてたコウモリ蓮頭ですが,上端中央の渦巻に接している翼の先端が二股になってますよね----本器のものはこれが1本しかありません。最初上のほうが折れたんだろうと思ってたんですが,破断面を見てみるとそういう部分が付いてた形跡はありませんでした。そもそも,左のほうを見て分かる通り,渦巻に接しているのは二股になってる上のほう。本器のものは一本なのに接触しちゃってますから違いは明白です。

 あとコウモリの顔がね……
 唐物の蓮頭のコウモリの目は楕円形か円形が多いですね。本器のような三角目のほうが彫るのラクなので,量産型なためそうなったのかな?----とは考えられますが。
 ともあれ,彫り上げた蓮頭はスオウ染めオハグロ仕上げ,黒染を少しムラムラにして,棹の使用感と合わせてみました。

 つづいて,胴左右のニラミは庵主言うところの獣頭唐草----おそらくは雲龍を簡略化した意匠だと思われます。前々回の老天華と同じ類ですね。

 右のお飾りに欠損がありますんで補修しました。破断面を均し,補材を接着して整形します。
 ちゃっちゃとな~庵主の好物系作業ですので楽しいです。

 これが「龍」だとすると,この欠けてた部分はおそらく尻尾の先端と,前足のどちらか片方なんだと思いますよ。
 全体に色が褪せ気味でしたので,スオウやオハグロで染め直しました。
 通常,こういう左右対称のお飾りを作る時は,薄板を二枚接着し,だいたいのカタチに整形してから剥がして2枚にする,という技法が使われますが,本器の2枚は重ねても全然合いません。工作を見る限りどちらかが後補というような差異も見られませんでしたので,おそらくは量産目的の作業簡易化のため,同じ部品を大量に作った中から適当に選ばれた2枚なのでしょう。まあ重ねてみたりしない限り分からない程度の差異ではありますが。

 柱飾りは5つ残ってましたが,すべて前修理者によるギター化魔改造の一環で,表面が平らに削られてしまっていました。5つのうち3つは,形状と周縁に残った彫りやいままでの経験から,元がどんなだったのかだいたい想像できるのですが,残りの2つはまったく分かりません。

 今回は意匠が復元できそうな左の3つを彫り直して使い,後4つを補作して追加することにします。

 篆刻もやってたんで工具は揃ってますが,凍石は石ながら普通の彫刻刀でも彫れちゃいますからね~。彫りあがったら,表面をコンパウンドで磨き,裏に和紙を貼っておきます----次のメンテの時,はがすのがラクになりますからね。

 あと,前々回の老天華の記事でも触れたかと思うんですが,通常だと5・6フレット間にある扇飾りは,唐物の量産器の場合,ふつうの柱間飾りに置き換わって付いてないことがあります。

 本器の場合,それっぽい痕跡が見えないでもないのですが,本当に付いてたのか?と言われると少し自信はないですね。
 とまれ,無いと何か物足りない感じがするので,桐板で作っておきましょう。これもデザインは天華斎より流用。

 さて,部品も揃ったところで,いよいよフレッティングです。

 従前ではやたらと低い骨か象牙製と思われるフレットが付いてましたが,大きさも高さも滅茶苦茶なうえ,ボンドやセメダインで接着されてましたので,すべて前修理者による後補部品と考えられます。そもそも唐物月琴では,かなり高級な楽器でもフレットはふつうの竹板のことが多いですね。

 というわけで,今回のフレットもホームセンターで買える竹材を使います----例によっていささか手間は加えますがね。

 山口を丈13ミリにしたので,1~3フレットまではやや高めですが,4フレットからガクっと低くなって最終フレットでは5ミリちょい。
 庵主はそもそもフレットの丈をビビるぎりぎりに調整してますので,たいていオリジナルよりは高めになりますが,それで5ミリというのですから,唐物としてはかなり低いほうですね。
 胴上の各フレットの長さは,オリジナルの接着痕がほとんどあてにならず,分からないので,53号天華斎のデータを参考にしています。一般に唐物月琴のフレットは国産月琴のものより幅の変化が小さいもので,一番長い第6フレットでも5センチくらいです。

 推定されるオリジナルのフレット位置で配置した時の音階は----

開放
4C4D-64Eb-4E4F#+124G+194A-4Bb5C-5C#5D+405F-7
4G4A-74Bb-4B5C+345D+145F-485G+385A+346C-25

 フレットの原位置については,清掃した結果,オリジナルの指示線や接着痕がハッキリと分かるようになりましたのでほとんどはそれに従っています。清掃前は汚れと前修理者の接着剤のせいでほとんど分かりませんでしたからね。ただ第5フレットのところだけ指示線が不鮮明で,主に接着痕から推定しましたので,原位置なのか前修理者の何か貼りつけた位置なのか少し怪しいです。

 モノが竹なので切った削ったはたやすいのですが,さすがに真っ白なままだと悪目立ちしちゃうので,古色付けをします。

 どこのご家庭にもある 「月琴の搾り汁」(表裏板清掃後の洗浄液を煮詰めたもの数面ぶんのをMIX)にヤシャブシ液を適量加え,ひと煮たちさせたものにドボン----数時間置いて引き揚げ,乾かしたら次にアルコールで少し薄めたラックニスにドボン----

 数日乾かし,磨いて完成です。
 いつもながら,ふつうただの白竹製フレットにかける手間ではありません。また「古色」とはいうものの,これはあくまでも 「それッぽい色」 にしてるだけ。そもそも自然状態で竹がこんな色になってたら,たぶん竹肉の部分は風化してボロボロになっちゃってるだろうな~と思いますよ。まあ,偏屈職人の自己満自己満(www)。

 フレットが仕上がったところで,西洋音階準拠で並べ直し,少し再調整して接着。
 そのほかのお飾り類を付けて----

 2021年7月13日。
 福州洋頭街の楽器舗・清音斎の月琴,修理完了!

 ひさびさに面白い構造の楽器だったので,わっひょーい と調査に身が入っちゃったのと,コロナ下での稼ぎ仕事との兼ね合いもあり,いつもよりすこーし時間がかかっちゃいましたが,なんとか夏の草刈り帰省前に間に合いました。

 音はやっぱり唐物月琴の音。
 天華斎・老天華よりは玉華斎なんかに近いかな?

 板がまだ完全に乾いてませんので本気の音ではありませんが,弦音に太い響き線が唸るような余韻をかぶせてきます。なかなかに迫力のある音……国産月琴の厨二病的な余韻ではなく,健康的な「響き」ですね。
 「余韻」とは書きましたが,掛かりが少し早く,音尻よりはアタック音のすぐ後から効果が迫ってくる感じですね。音のヌケは少し悪く,余韻が短いぶん一音がやや短いのですが,板が乾いてきたら,このあたりにも多少の変化があることでしょう。

 唐物にしては長い棹----4フレットまで棹上ということは,関東の渓派の楽器と同じで,全長が645。不識あたりよりは数センチ小さいものの,唐物月琴の平均よりは1~2センチほど大きい感じです。しかしながら,さして取り回しや楽器の重心に違和感はなく,バランスは良く扱いやすいほうだと思います。お尻のところにポッチがあるので,立てて弾く時は膝の上で楽器が滑らないってのも利点ですね。

 フレットの工作とスケールの関係で,第2・3フレット間がややせまくなっており,指がポジションに当らないとうまく音が出ない時があります。通常,指はフレットの少し手前におろし,フレットの頭には触れないようにしないと音がミュートしちゃうんですが,ここだけは弦を3フレットの頭に斜めから押しつけるようにしたほうがうまく音が伸びます。
 このあたりは調整どうこうより,楽器の癖として慣れちゃったほうがラクですね----この点をのぞけば,操作性に関してさしたるアラはありません。

 修理前と比べると現在表裏板がかなり白っぽくなってますが,もともとの染めがかなり濃かったので,おそらく1~2年もすると色が上ってきて元の状態に近い色に戻るかと思います。



 清音斎には庵主の扱ったこのラベルのあるものののほかに「祖廟清音斎」「祖伝清音斎正老舗二記」「福州清音三六代老字号」といったラベルの楽器が確認されています。最後のラベル(三六代)が「三代目」だとするなら,お店の始まったのは天華斎とさほど違わない時期じゃないかと思われますが,そのへん今のところほかに資料がないので何とも言えません。
 今回の楽器は「二記」のラベルのものにほぼ同様の構造をした近似例があることなどから考え,初代ではなく二代目以降の作でありましょう。

 日本で清楽が興り,流行し,急激に衰退してゆく間に,大陸の月琴は国産月琴とは違う方向に変化してゆきました。今回の楽器は輸出用で,棹やスケールには日本の月琴の流行が取り入れられており,同時期に「楽器として」当地で作られていた月琴とは,一部異なる工程をはさんで作られていたものと思われます。
 流行が隆盛な時期だと輸出用の「特別品」として,現地仕様のものとはまったく違う工程で作られてたかもしれませんが,このころになるとおそらく,部分的に同じ工程・同じ部品が用いられるようになっていたのではないでしょうか。

 日本人が大陸の月琴を真似て作ろうとした時に,理解できない構造や加工があったのと同じように,中国人も日本人が真似た自分たちの楽器を見た時に「なぜここをこうした?」「なぜここがこうなっている?」といった疑問はあったと思います。

 日中両国人が純粋に「楽器としての」月琴を求めていた場合,そうした疑問は相互理解の種ともなり,やがて解消されていったでしょうが,この楽器の場合,売るほうも買うほうも,まあほとんど良く分からない状態でやっていたようです。そのためこの種の改変には,どこか不安定でチグハグな感じのすることが多いですね。
 音を奏でる道具でありながら,「音楽」そのものとほとんど関係のない,二つの国の商売事情のはざまで揺れ動いた結果と思われるそのカタチや構造に,いろいろと考えさせられることの多い,面白い修理でありました。

(おわり)


福州清音斎2(6)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(6)

STEP6 色づく人生の愉しみ

 響き線の防錆と調整,内桁や側板の再接着,接合部の補強…そして棹の調整とフィッティングも(いちおう)終わり。「桶」の状態でやっておくことはもなくなりました。
 いよいよ裏板を貼って,胴を「桶」から「箱」に戻しましょう!

 裏板を剥がす前に開けておいたガイドの小孔が,ようやっと役に立つ時が来ましたね----ハイ,とはいえあちこち矯正した影響で,この孔を使ってもピッタリ戻らなくなっちゃっておりますが,目安のつけにくい円形の胴体ですから。大体の原位置が把握できるだけでも,再配置の合わせがずいぶんとラクになります。

 もっとも変形の大きかった左側板がわをカバーするため,板のそちらがわの縁を少しだけ余らせたいので,オリジナルの接ぎ目から板を二枚に分割します。

 国産月琴ですと何枚もの小板を接いで一枚の板にしてますが,この楽器の板は大小2枚だけ。分けた小さいほうがちょうど余らせたいがわで良かったです。
 まず大きいほうの板を,胴材となるべくピッタリ重なる位置で固定。いつもの板クランプで接着します。
 圧し板が傾がないよう,小さいほうもいっしょにはさんでありますが,この時点ではまだ接着してません。

 一晩置いて具合を確認したら,少しだけ空間をあけて小さいほうを接着します。とはいうものの,今回必要なスキマは1ミリないくらいで良いので,いつものように埋め木ではなく,接ぎ目に少し桐塑を盛るやり方で接着します。

 裏板がへっついたところで,また棹と胴のフィッティングをやり直し,細かいところの補修を数箇所。
 まずは表板左端。ちょうど真ん中の縁が,ネズミに齧られて削れてます。ここはガタガタになってる鼠害痕を斜めに削り均し,古い桐板の補材をへっつけるだけですね。

 接着剤が固まったところで余分を切り落として整形します。

 …ちょっと間に線がついちゃいましたか。ここは後でも一度補修しましょう。

 ついでいつものように表裏板のハミ出た部分を整形。唐物量産楽器のこのあたりの工作は少し粗いので,もとからハミ出てた部分もあったりしますね。ついでに地の側板や左側板の,矯正して収まり切らなかったぶんなども少し均してしまいます。

 さらに一補強。
 一般的な国産月琴と唐物月琴の棹の基部,接合部分の工作は少し違っていて----

 国産月琴では棹茎の周縁をわずかに刳って,接合部周縁のほぼ全面が胴と接触するようになってますが,唐物月琴の棹茎は,幅が棹本体と同じであり,棹茎をはさんだ接合面の上下端だけが胴と接触しています----まあフィッティングの加工がかなり粗いため,そもそも胴にちゃんと密着している例が少ないのですが,本来,設定としてはそうなるようになっています。(w)
 庵主はこの棹と胴体とのフィッティングを,それこそヘンタ…いえいささか偏執的にやっちゃってますので,修理した楽器では基本的に,この部分がちゃんと密着しているわけですが。唐物楽器の場合,この上のほうの接合部が表板の木口のところにかかっちゃうんですね。そうなると構造上,糸を張った時の力は,この柔らかい桐板の木口部分が集中して受け止めることになるわけで……そのため古物ではよく,ここが潰れたり変形したりしたせいで,棹が前にお辞儀しちゃってる例をけっこう見ます。
 ということで,楽器を長もちさせるため,棹の触れる棹口周辺の板木口を強化しておきましょう。

 まず,エタノですこし緩めたエポキを板木口に塗ります。あんまりドバっと塗るとシミになっちゃいますからね。小筆で少しづつです。
 で,そこに桐塑で使う桐の微細な木粉をパラパラ…時間を置き,少し固りかけたところで,指でおさえてなじませます。完全に硬化したら表面を軽く均してできあがり。
 ほかにもこの部分にだけ丈夫な材を埋め木するとか,突板を貼るといった手もありますが,金属弦を張ったりしない限り,月琴の弦圧はそんなにスゴイものじゃないので,この程度の補強でも十分に役立ちます。工作ラクですしね。(w)

 いくつかの小細工が終了したところで,表裏板の清掃に入ります。

 国産月琴の表裏板には,桐箪笥と同じようにヤシャブシと砥粉を混ぜたものを塗って染められていますが,唐物の場合は染液におそらくでんぷん糊の類と少量の油を混ぜたものが塗られているようです。濡らすと国産のものよりずっとベトベトしますね。
 関西の松派や唐木屋の楽器の染めは極端に薄く,保存が良い器体だとこないだの松音斎のように真っ白ですが,唐物の染めはかなり濃く,片面ぬぐっただけで洗浄液も拭き布も真っ黒になります。
 裏板のほうは,まず中央のラベルをクリアファイルのカバーで保護してから全体を清掃。カバーをはずしてラベルの縁ギリギリまで拭ってから,きれいな重曹液を別に用意し,これを含ませた脱脂綿をラベル全体にかぶせます。
 数分置いたら布で軽く叩くようにして汚れを浮かせ,脱脂綿を交換して数度くりかえします。

 オリジナルラベル,貴重ですからね。

 おそらくもとはスオウドラゴンブラッドで赤く染められていたものだったと思われます。すっかり褪せてしまっているので,さすがにそこまでは回復できませんが,字が読みにくいくらい真っ黒だったのが。下地部分の汚れが落ちたのでかなり分かるようにはなったと思います。

 板の清掃が終わったら一晩乾かして,こんどは表裏板の木口・木端口をマスキングし,胴側にシーラーをかけ,磨きます。

 部分的に表面を削っちゃってるので,胴側の染め直しは既定なのですが,修理前の状況を考えると胴側を構成するこの木材は変形しやすいのかなーと思われましたので,染め液が木の内部にまで染みこまないよう手を打っておきます。
 染みこまないようにするということは 「染まりが悪い」 ということでもありますが,そこは少しづつ塗っては乾かしの手数の多さで対処するとしましょう。
 赤染めに三日----染まりの悪いところを小筆で集中的に染め重ね,全体をなるべく同じような色合いにしてゆきました。
 それでも染まり切らなかったところと,補修で元の色が完全にハガれてしまったところを中心に,やや薄目に溶いた黒ベンガラを刷いて目隠しをしておき,ついでオハグロで全体を黒紫に染めてゆきます。

 胴側の変形等の再発など,不具合が発生しないか数日観察。
 問題がなさそうだったので,亜麻仁油を二度ほど拭いて仕上げました。

(つづく)


福州清音斎2(5)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(5)

STEP5 世界はスルピタのために,スルピタは世界のためにッ!!

 ゴムをかけ回し,位置を調整しながら,時折内がわから濡らして湿り気を足し,伸びた部分を矯正すること三日ばかり----
 ひどいところで2ミリ近くもあった側板のハミ出しも,だいぶんおさまりました。

 板が縮んだせいで合わなくなっちゃってた内桁も端を削り直し,表板から剥離してた(楽器正面から見て)左がわの部分もバッチリ再接着されてます。
 スキマがあってグラグラしていた右端は,桐板をはさみこんで止め,剥離していた裏板がわの木口面もニカワで付けなおしました。
 ついでに裏板の再接着が容易になるよう,切ったってわずかに飛び出ていた桁の両端を,少し斜めに削り落としてあります。

 側板を戻しましょう。
 まあ,そのまま組んだだけだと,まだあさーく板からハミ出ちゃうところもありますので,そこらは両端の接合部を調整して,なるべく許容範囲におさまるように再接着しました。接合部が単純に木口同士をくっつけたタイプだったら削るにしても足すにしてももっとラクだったんですが,例によって見栄えだけの凸凹継ぎなもんで,調整が少しタイヘンでしたね。

 Cクランプまみれで一晩。
 クランプをはずしたら,側板にかけまわしたゴムはそのままで,内がわから接合部の補強をします。
 上のほうで「見栄えだけ」と言ってるとおり,この接合部の工作は拙く。表面がわからちゃんと組み合わさって見えてるだけで,内がわはスカスカのスキマだらけだったりしてますので,そういうところは再接着の際,桐塑でスキマを埋め込んであります----遠慮なくベットリ盛られてますけどね,ここの桐塑には樹脂を滲ませていないので,濡らせばホレ,余分は布で簡単に拭きとれちゃいますのよ。

 思ったようなカタチになるまで,あるていど繰り返すことが出来る----桐塑の場合,パテのように硬化させる時にはさらに一手間必要ですが,「固める」と単に「詰め込む」工程の区別が出来るあたりは,木粉粘土と違って面白いですね。

 それぞれの接合部内壁に合わせて桐板を加工し,ニカワで貼りつけます。

 また一晩ほど置いて,接着の具合を確認したら,貼った補強板をできるだけ均等に薄く削りましょう。

 まあこのあたりは日本人しょくにんこんじょう的感性なんで,なにやら音響的な意味を大事に考えたうえとかいうことはありません。効能的にはただの小板をぺッと貼りつけただけでも,そんなに違いはなかろうもんですがね。

 胴体のカタチが「桶」に戻り,従前より安定した状態となったところで,棹のフィッティングに入ります----
 今回のはいつものと違って,棹茎が貫通してますからね。まずはふつうに挿してみて,あらためて現状どこがどうなっているのか調べてからにしましょう。

 表板の中心,円形飾りが付いてたあたりを基準とした時(月琴の表裏板は,内桁を中心とした浅いアーチトップ/ラウンドバックになっているので),棹の傾きは山口のところで背がわに約3ミリ----この点はこの楽器の設定としてほぼ理想値ですね。
 棹口にもお尻の孔にもそこそこスキマはありますが,前後左右へのグラつきはほとんどありません。

 ただこのぉ----内桁の孔がですね----

 見事にスカスカ。
 棹茎と触れているのは裏板がわの面だけ,ほかの3方向には5ミリ近くのスキマがあります。

 ここをこういう加工にすることについて,構造や音響の上で何らかの理由・利点があるものかどうか……二三日考えては見たのですが,まったく思いつけませんでした。(w)
 デメリットのほうはナンボでも思いつくんですけどね----
 たとえば,これだと現状,棹は上下側板の棹口だけで支えられているのと同じわけで----つまりはこれに糸を張れば,ほぼこの長い棹だけが弓なりになって楽器の構造を支えるということになりますな。清楽月琴は弦圧がそれほど高くないので,短期的にはそれでも問題はないでしょうが,まあそのうち逆サバ折りで四散しちゃいそうですね。
 そもそも共鳴胴の中心にこんな余計で不安定なスキマがあるということからは,ここで振動が止まったり,変なノイズの発生源になっちゃうだろうな~というようなことが容易に想像できるわけで……逆に何か,それによって特定の倍音とか,邪神を召喚するための特殊な音波を発生させるといった目的以外があったなら別ですが。
 ええ,もちろん。
 これを「楽器」として考えなければ,メリットはありますよね。
 流行のモノをひとつでも多く,効率よく,安く作るため,胴体と棹を別個に製作し,組み合わせて完成させるという工程の簡略化は,産業革命が起きてなくたって誰でも容易に思いつきます。
 ここですでに「箱」の状態になっている胴体に,別個に作った棹を挿した時,この内桁の孔が棹茎の寸法ギリギリだったら……孔のほうが修整できないだけに,ちょっとでもひっかかれば一発歩留まりになっちゃう可能性が高くなりますね。逆にこのくらいユルユルに加工しとけば,工作のバラつきがけっこうあっても,だいたいの棹は通るわけです。

 まあ,いつものように。
 「音」より経済的な理由のほうが優先されることの多い楽器ですんで,ケツロンとしてはたぶんこッちが真相だろうなあ----と。

 現在,楽器は裏板のない「桶」の状態になってます。
 製作時と同じように胴を先に完成させちゃった場合,内桁の孔は調整不能ですが,今ならナンボでも可能です。
 ここを通る棹茎をここで受け止めてやれば,弦の張力の負担も分散されますし,音響的にもむしろメリットがあります。ケーケン的に言っても,この楽器の音のヨシアシは,胴体がどれだけ 「キッチリした箱になっているか」 で決まっちゃうんですからね。

 内桁の孔のスキマには桐板を刻んで接着します。

 胴上下の棹孔のスキマにはホワイトラワンの薄板を。以上,胴体がわのスペーサの接着はすべてエポキ。内桁のなんかハズれたら困りますからね。
 一方,棹基部に貼りつけるほうはすべてニカワで。こちらは後でもけっこう調整しますんで。

 削ったり貼ったりで調整しつつ,棹の背がわへの傾きはそのままに,棹口には密着,指板部分と表板は面一に。抜き差しゆるぎなくスルピタを目指します。こちら大きなところはホワイトラワンの薄板,ブナの突板で微調整。

 いくらやっても外見的にはあまり反映されることない,地味~な作業ではあるのですが。楽器の操作性や音に最も影響の大きな部分ですので,例によって三日ほどかけて,地味~に完成……あ,これで終わりじゃないんですよ。

 胴体が箱になってからだって…何回も何回だって…アタシとアナタが,ぴったりスルピタになるその日まで……再調整してゆきますからね。(ヤンデレ的に)

(つづく)


福州清音斎2(4)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(4)

STEP4 異世界しめつけ上級者の冒険

 さて,それでは楽器の再生に向け,修理作業を本格化させてまいりましょう。

 まずは過去の損傷や上物の除去,および板の剥離の作業で傷んだ部分の補修です。

 裏板や側板の接着部を中心に,エグれたところに桐塑を盛りつけてゆきます。
 フレークタイプの木粉粘土の払底により,前回くらいから使い始めた桐塑ですが,慣れちゃうとまあさほどの違和感もなく,前と同様に作業が出来ますね。

 桐の木粉を寒梅粉で練って作る桐塑は,木粉粘土にくらべると粘着力が若干劣るのですが,粉粘土より粒子が細かいので,乾燥後の整形では前よりもっと精密なことが可能になりました。粘着力のほうも,どうしてもという時は少量の木工ボンドを混ぜると,木への食いつきがかなり良くなりますね。作業箇所にあらかじめニカワを塗っておき,乾かないうちに盛るという手も有効のようです。

 あとでエポキを染ませますので,盛った後の整形は軽く平らに均す程度にします。エタノールでエポキをゆるめたものを細筆で塗布,一晩以上置いてから整形してゆきます。
 一度盛った部分を修整する時も,エポキを染ませる前なら,ちょっと水をつけただけで簡単にハガせるというのもいいですね。

 つづいては天の側板の(楽器正面から見て)左の接合部
 ここは裏板を剥がす前からヒビが入ってガタガタしてたんで,エイッとモギとりました。
 左側板はほとんどはずれてましたし,板の収縮による歪みも相当なものだったでしょうから…このモロい接合部分への被害がこの程度でむしろ安心したというか----

 破断面の中心に2ミリの孔をあけ,竹棒を挿して接着します。接着面がせまい割に,構造上力のかかる箇所なので,ここはエポキを使います。
 破断面をエタノールで拭い,少し染ませてからエタノが乾く前にエポキを少量,竹棒と孔にはたっぷりつけて押し込みます----このとき取付け位置を微調整できるよう,竹棒は孔より少しだけ細めに削ってあります。
 位置が固定されたら,破断箇所より少し大きめの範囲で,エポキで裏面に薄い和紙を貼りつけます。

 硬化後,最後に表がわにハミ出たぶんを軽くこそげて完成です。
 裏面に和紙を貼るのは薄いエポキの層を作って補強するためですね。ペーパーで表面を少し荒らしておくと,この上からニカワもつきます。

 接合部の補修も済んだので,いちど側板を戻して仮組みしてみましょう。

 剥離していた(楽器正面から見て)左の側板が全体に1ミリほど板の縁から飛び出てるのをはじめ,地の側板が少し伸びてしまっているようです。板の中央を板縁に合わせると,左右の接合部が少し浮きあがってしまいます。

 どちらもおそらく,原因は表裏の板の収縮でしょうね。
 事前の計測でこの楽器の胴は,縦が350横が345と横幅が5ミリほどせまくなってました。もちろんこの差5ミリがぜんぶ縮んだ結果ではないでしょうが----表裏ともこれだけでっかい節目のある板が使われているのですから,1ミリや2ミリ小さくなっちゃってても庵主は不思議に思いません。逆にこれだけ問題の出そうな板を使ったうえ,数十年の放置の結果がこの程度,というほうがむしろ僥倖と言えるくらいかもしれませんね~。
 現状の破損や部材の変形への過程を推察するなら,おおよそこんな感じかな----

 1)板が左右方向に縮む。内桁は板ほど縮まず。
 2)左側板が内桁に押し出されるようなカタチとなって,板から剥離。
 3)地の側板が左右側板に引っ張られ,薄い接合部付近が伸びた。

 地の側板の全体が伸びず,接合部に近い左右だけが変形しているのは,ここに棹がささっていたからもありましょう。

 とりあえず,このまま組み合わせても合いそうにはないので。まずは板の縮んだぶん内桁を少し削って左側板が板の縁におさまるようにしますね。

 左側板がおさまるようになったところで,内桁の表板から剥離している部分を再接着。ついで,ふたたび仮組みし,側板の変形部分を矯正します。この時点では,剥離していた側板はまだ接着してません。

 板縁から浮いてしまっている部分の内がわを筆で濡らし,さらにお湯を含ませた脱脂綿を貼りつけてゴムをかけまわし,しめつけておきます。
 一気にやるととつぜんバッキリと折れたり割れたりする可能性があるので,時間をかけて何度も,ゆっくりと修整してゆきましょう。
 まあこの手の変形の原因は,まま材料の質自体に因るところもありますので,「完全に元通りにする」というのは難しいですから。ハミ出しが0.5ミリ以内……うまく0.2ミリくらいになってくれて,範囲が狭ければ,いッそ削って均しちゃってもいいかもですね。

 側板の矯正作業中は胴体に手出しが出来ませんので,ほかの部分を進めておきましょうかね。
 まずは,なくなっている糸巻1本の製作。
 最初のほうの回で書いたように,唐物月琴の糸巻は通常,こういうカタチをしています(下左画像)----

 これに対し,本器についていた糸巻は国産月琴と同じ,角ばった六角面取りのタイプでしたので後補が疑われたわけですが,後であらためて調べてみますと,流行晩期の楽器には,唐物であっても,これと似たようなタイプの糸巻(上右画像)が使われたりしてたようです。
 今は天華斎仁記の作じゃないかと考えている25号(しまうー)についてた虎杢の糸巻も,木目は派手ですが,同じ六角面取り,無溝でしたね。

 また糸孔の大きさや面取り部分の表面処理の加工が,日本の職人さんの手と少し違ってますので,これはこれでオリジナルと考えてもよさそうです。

 というわけで,いつもの通り,ちゃっちゃとめん棒を削ります。前回の余った素体で一度作り上げたのですが,いざ付けてみるとほかの3本と長さが合わず,もう1本素体から作り直すことになりました。
 オリジナルの糸巻,測ってみたらいちばん長いもので13センチ近くあったんですよね。ふだん36センチの長さのめん棒を3等分して素体を作ってますので,1センチ近く足りなかったわけです。まあ今回必要なのは1本だけなので気はラク。

 次に山口(トップナット)
 もともとついてたコレ(下左)は,材質や糸溝の加工などからして,おそらくオリジナルの部品だったとは思うのですが。ギター化魔改造を目論んだらしい前修理者の手により,高さ6ミリくらいに削られちゃってますのでさすがに使えません。
 唐物月琴の山口は,国産月琴のに比べるとやや高いことが多いので,とりあえず13ミリで作っておいて,後で調整に際し必要に応じ削ってゆけるようにしておきましょう。

 材料はタガヤサン(鉄刀木)。むかし銘木屋さんでもらってきた切れ端で,割れ止めの樹脂も貫入してるような部分ですが,このくらいの大きさの部品ならじゅうぶん切り出せそうです。

 カマボコを縦割にしたカタチに削り出し,幅や高さを調整したら,次に左右の木口をなだらかに整形して富士山型にします。素材がちょっとアレなので,今回はエタノとエポキで樹脂浸透,強化してあります。

 同じ樹脂浸透を,弦の反対がわになるこっちの部品にもほどこしておきましょう。

 この楽器でいちばんグラム単価の高い部品かも----タガヤサン製の半月ですね。たびたび書いているように,この木はある日突然理由もなくバッキリ逝っちゃうこともある,あまり性質の良くない木材です。鉄のように硬いかわりに粘りがなく,とてもモロいのですね。
 とはいえ,タガヤサンの崩壊はたいがい,木の内部から発生します。樹脂を表面に塗ったくったくらいじゃあんまり意味がありませんので,ジップロックに入れて,エタノールで緩めたエポキの液に漬けこんでやりました。

 ポイントは口を閉じるとき,袋のほうを水に漬けるなどして,中の空気をできるだけ抜いておくことですね。あと半月本体にあらかじめエタノを滲ませておくのもいいかと。

 エポキの硬化時間にもよりますが,10~30分も漬け込めば良いです。硬化時間を越えて漬け込んでも,滲みこめなかったエポキがダマになってプカプカし出すくらいであまり意味はありません。細かい装飾のあるものだと,そうした樹脂の塊が付着して,後始末がタイヘンになりますのでご注意。また,素材がぶ厚かったり大きかったりする場合は,この方法だとちょっと無駄ですね。

 そもそも工場や研究所でやるような真空浸透法には遠く及びませんが,これでただエタノを塗りつけたのよりはなんぼか深く滲みこみますよ。
 あとは良く乾かして磨くだけ。「塗った」のと違って表面に層ができませんので,下地の木目やいかにも手作業といった細かな作業痕なんかはそのまま残ります----前々回の老天華(量産型)の半月も,あんなに虫に食われてなければこの手で再生したかったですね。
 ちなみにエポキだとこの後もちゃんと塗料がのりますし,表面を少し荒らしてあげればニカワでの接着も可能ですよ。

(つづく)


福州清音斎2(3)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(3)

STEP3 見慣れた景色に潜む日常

 棹なかごが胴体を貫通している----という,清楽月琴ではあまり見ない特徴から,トンデモな内部構造が期待された福州清音斎でしたが。
 裏板をあけてみるとそこには意外と見慣れた景色が………

 胴中央近くに内桁一枚,楽器(正面から見て)右肩に響き線の基部。線はそこから内桁の孔を通って,楽器下端の中央手前まで弧を描いて伸びています。

 通常と異なるところといえば,線のコースがやや胴側がわに寄っていることと,先端が丸めてあることぐらいでしょうか。
 響き線がぶッといですね。直径は1.2…いや1.5ミリくらいかな?
 一概に唐物月琴の響き線は国産月琴のそれに比べると太めで,前に手掛けた玉華斎がこれと同じくらいあったと思います。春先の老天華(量産型)なんかはもうちょっと細く,国産月琴に近かったですね。

 線が太いと,高音域での効きがやや薄くなりますが,長い弧線にありがちな調整の難しさが多少軽減されます。線が細いほうが余韻に与えるエフェクトが大きいのですが,長くすればするほど,線自体の振れ幅の増大と自重によって器体に触れやすくなります。楽器内部のどこかに触れたとたん,エフェクトはなくなってしまいますからね。
 線が太ければ,多少長くても振れ幅の差異は小さいので調整は比較的ラクで済みます。

 先端を丸めてあるのはやはり,棹なかごにひっかからないようにするためでしょうかね。いくつかの楽器ではここを同様に加工し,先端の重さを増すことで楽器の振動に対する振れを大きくする目的があったようですがこれは……いやいや,考えすぎでしょうねえ。繊細な鋼線ならともかく,ここまでぶッ太い頑丈そうな線だと,こういう加工にしてもあまり変わらん気がします。

 全体に,それほどではないもののけっこうサビが浮いています。
 特に基部付近が真っ赤でガサガサになっちゃってますね。やはり線が太いので,このていどならたぶん大丈夫だとは思いますが……

 内桁も----太いというかぶ厚いというか…15ミリもありますね。ふつうは厚くても1センチくらいでしょうか。桐製のようで,天華斎や老天華のように側板に溝を切ってのはめ込みではなく,木口にニカワを塗って内壁に直接接着してあるだけですね。まあ,側板のほうは接着に難のある唐木ではなさそうですし,このくらい厚みがあればニカワによる接着だけでもじゅうぶんに強度は保てましょうか。

 楽器右がわに響き線を通す孔。前回の老天華と同じく木口から鋸を入れて木の葉型に挽き切っただけのものです。日本の職人さんだと両端に錐で孔を穿ち,挽き回しでキレイに貫くとこですが,このあたりは大陸風。ただ,この加工だと板の一端を真ん中から割っちゃってるのと同じなので強度的には少し問題があります。実際,孔のあるがわの端っこが,押すとブニブニ沈み込みます。(汗)柔らかい木なので,あんまりいじると折れちゃいそうですね。

 中央にある棹なかごを通す孔は,幅39と,棹なかごの幅よりかなり大きめにあけられています。長いなかごを通しやすいよう,ひっかからないように,という配慮なのかもしれません。

 表面の棹口とお尻の孔は,だいたいなかごの寸法きっかりにあけられていますから,棹にかかる力はじゅうぶんに受け止められますし,グラつきも少ない。弦圧は分散されているので,53号のように棹口部分に力が集中し,天の側板が変形するような恐れはないわけですが。この中央部分が胴とちゃんとフィットしていないのは,音響的にはどうなのかな?----というあたりは気になります。

 剥がしたあとの接着面をキレイにしましょう。

 表板がわから剥離している,左側板と地の側板も取り外してしまいます。 取り外した側板の接着部にはセメダインやボンドがなすりつけられていました……いちおう,元のカタチに戻そうとはしたみたいですね。原作者がニカワを塗った上からやったので,ぜんぜんくっつかず,結局諦めたようですが。

 再組立てのとき支障とならないよう,古いニカワとともにできるだけこそげ取っておきます。裏板のウラがわも同様に。

 胴内にたまったホコリもはらい落とし,キレイになったところで。
 あらためて内部を計測,記録をしておきます。
 結果をまとめて描きこみ----今回のフィールドノート,完成です!

 たかが修理で,毎回なんでこんなメンドくさいことをやっとるのか----と,いうことを時々言われます。もちろん庵主は本業楽器の修理屋さんじゃなく,この楽器とその音楽周辺の研究屋なので,資料・記録として,という部分がメインではありますが。

 人間の目というものは,一度に立体物のただ一面を各個別に見ることしかできません。部分にとらわれると,その部分の全体での役割についての考察がなおざりにされがちです。
 こうして分かったことを「絵」というものにまとめることで,上下左右に表裏,個々の部分の関係性までが一度に見てとれるようになりますんで,損傷の原因や構造の理由,このあとの修理の方向性を考やすくなります。「マズい修理」 というものはとかくこうした下調べや準備をちゃんとやってない,いわゆる 「やッつけ仕事」 の結果であることが多いんですね。製作の場合はいくらでもつじつまが合わせられますが,修理の場合はあとで 「ああ,ここはこのためにこうなっていたのか…」 ということが分かっても,すでに手遅れの場合が多いのです。そういう事態を少しでも減らし,よりオリジナルに近い状態でないと,庵主にとっての楽器を修理することの目的である音やら音階やらのあたりのデータが不正確なものになりかねませんしね。

 剥離していた部分の接着面をキレイになったら,次は響き線のお手入れです。まず下に新聞紙を敷きつめ#400のSHINEXで表面のサビをこそげます。サビの粉----すなわち鉄分は,桐板に使われているヤシャブシと反応しやすく,黒ずみやシミの原因になっちゃったりしますので注意です。基部周辺と先端部分といった特にひどい箇所を中心に,ガサガサになってるサビがあらかた落ちたところで,次に木工ボンドを塗布。

 一晩置いて,付着したボンドを刃物とSHINEXで浮いたサビごとこそぎ,軽く磨いたら,下敷きをラップに替えてこんどは柿渋を塗ります。
 柿渋が鉄と反応し真っ黒になって乾いたら,キッチンタオルで拭い取り,それを2度ほどくりかえします。そして仕上げにラックニスを軽く刷いてできあがり。

 線が太くて頑丈なぶん,いつもよりガッっとやれますねえ。

(つづく)


福州清音斎2(2)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(2)

STEP2 中2のころ,13日の楡街に "それ" はいた。

 見たい…はやくこの月琴のハラワタが見たいよぉぉお----

 と,いうわけで----
 日々刻々とつのる世界への破壊衝動を,右腕に巻いた聖骸布のホータイで封印しつつ調査・記録を続けております斗酒庵主人でございます。

 まずは前回の続き,この楽器の,清楽月琴としては目立った特徴である,長い棹なかごから。

 この棹なかごは,棹口から胴内を貫通して,楽器のお尻のところに1センチほどつきだしています。延長材は,松かヒノキのような針葉樹ですね。松よりは少し粘りがある気がします。

 棹基部の棹オモテがわに「九」の墨書があります。

 九番目に作った楽器なのか,大きさ的な「九号」の意味なのかはいまいち不明ですが,裏板の棹口のあたりにも蘇州碼字(中国南方で数字の代わりに使われていた符牒記号)で「9」にあたる「文」か「久」みたいな記号が見えますのでこれと同じなのかな。

 お尻のほうはかなり色が薄くなっちゃってますが,棹の楽器の外に出ている部分は唐木風に染められています。

 紫檀よりはタガヤサンに似せた感じかな,ちょっと目には分からないくらいかなり自然でいい色あいですね。棹基部とお尻の部分に残る染め痕から見て,庵主がいつもやってるのと同じスオウを主体とした染めのようです。そうやって基部辺りまで染めてあるため,棹の元の材質は判然としませんが,指板部分のフレット痕などから見える木地はかなり色が薄く,やや黄色っぽい感じ,木理からも考えて,おそらくは春先の老天華と同じく,ラワン材の類だと推測されます。

 これでようやく外面からの観察は終了……ゃっはーッ!!バラバラにして

 などと世紀末チンピラ風台詞を口遊みながら,まずは棹や表板上に接着されている物をはずしてゆきます。
 フレットや山口の状況から考えて,庵主より前に 「修理(?)」 を施したものが複数人いたのは確実なようですが……さて,どんなことになっているものやら。

 指板部分のお飾り等は比較的簡単にハガれました。
 除去痕を清掃すると,パリパリカサカサとした透明な膜がハガれてきます----たぶんセメダイン系の接着剤ですね。かなり劣化しているようですし,木工ボンドが主流となる前はセメダインばかり使ってた覚えがありますから,昭和40年代なかばごろとかの修理かな?

 蓮頭の接着はニカワでした。これはもっと古い時期の修理。
 間木のところがかなり虫に食われてますね。色から見てやはりラワン材系のようですが,この木はもともと虫害に弱いんですよ。
 胴上,左のニラミは木工ボンドによる再接着。これはまたセメダインのとは手が違うようです。右のほうは一部はじっこのほうにセメダインが付着していましたが,真ん中のあたりはニカワのままでした。端のほうが板から浮いてたのをへっつけようとしたのでしょう。

 ハイ,だいたい終わりました。

 セメダインやらボンドやら使われていたわりには,比較的スムーズに終わったと思います。というのも,再接着のほとんどがヨゴレの上からのものだったので,接着剤が木地にまで浸透しておらず,濡らすとヨゴレごと浮いてきたからですね。この点からも,前修理者が木工に関しては完全なシロウトだったというのが分かります。接着前に接着面をキレイにしておくのは木の仕事のキホン中のキホン----まあ,今回はそのおかげでラクできたわけですが(w)

 ただ一箇所,シャレにならなかったのが半月とバチ皮のところ。

 バチ皮の下半分から半月の底全面にかけて,これでもか!というくらい大量のセメダインが厚盛りされ,ガッチガチの層ができあがっていました。
 ちょうどデジカメの電池が切れてしまい,工程は撮影できなかったのですが。ここはもともと上物に覆われていたため,汚れのついてないウブな板表面が露出していたようです。そこに接着剤をどっちゃりやらかしやがったので,一部木地にまで滲みこんじゃっててもうタイヘン。全部キレイにこそげるのに,けっこうな時間がかかりました。

 とりあえずノロイの人形に錆びたマチ針を刺してジャブ神棚にお祀りします。ううう…コノウラミハラサデオクベキカ。

 半月のポケット部分から,こんなものがギターとかの弦のボールエンドの部分かと。前回書いたよう,この楽器の半月には糸を張った痕跡がほとんど見られないので,これも実際に張られたかどうかはちょっと分かりませんが,前修理者が金属弦を貼ろうと考えたのならば,テールピース…半月をガッチリ固定しようと,セメダインつゆだく大盛りにしやがったというのは理解できなくもありませんね。

 ちなみに,棹も胴体も唐木風の染めでしたし,この半月も同じように染め木だろう,と思ってたんですが----ハガしてみてびっくり!なんとここだけタガヤサンの無垢でありました。
 なんですか,量産型楽器なのに「一点豪華主義」みたいなものですかね?
 でもまあ,ここだけ唐木でしかも接着に難があることで有名なタガヤサンだったてのも,ここがセメダイン大盛りとなった原因のひとつだったかもですね。

 除去箇所をキレイにしたら,指板部分に指示線が浮かんできました。
 等間隔に近いこの4本の痕跡は----実際の音階としてに合ってるかどうかは分かりませんが----原作者のつけたもともとのフレット位置の指示だと思います。作業前は,後補のフレットやお飾りが貼りついてて,ぜんぜん分かりませんでしたね。

 胴左右のニラミは再接着でしたが,中心にあったこの凍石の円飾りの接着はオリジナルだったようです。円飾りの裏にはスオウ紙が接着されていて,石が板に直接触れないようになっていました。
 石と木を旧式な接着剤である「ニカワ」でくっつける----というのは,聞いた感じすぐハガレそうに思われるのですが,実際のところ,この手のお飾りの剥離には毎度苦労しています。接着面の整形が精密でちゃんと密着していれば,水分が滲みこまないだけむしろ石・木をハガすほうがタイヘンです----清音斎はこのあたり,後々のことまでしっかり考えてくれたのかな?扇飾りなどの透かし彫りの飾りの裏面に,赤いスオウ紙が貼られていた例は,唐物でも国産月琴でも時折見かけますが,石の装飾の場合,こういう紙一枚が貼ってあるだけで,メンテでハガさなきゃならない時,すごく楽になりますからね。

 今回の楽器は,表裏どちらのがわにもともに板の剥離が見られますし,側板の一部などすでに完全にはずれてぶらぶらしてますから,どこからバラすのも自由。

 いやホント…前回の松音斎のように,これがカミソリの刃も入らないくらい完璧でウブな状態のままだったりしますと,庵主のガラスのハートに罪悪感のチクチクと後悔懺悔のブレイクなヒビがいっぱい入っちゃって堪らないので,このくらいのが有難いです(^_^;)

 今回もやっぱり,後の諸作業上,比較的影響の少ない裏板がわからまいりましょう。

 そういや福州のほかの作家さんの楽器でもそうなんですが,ここの人たちはどうしてこの手の同じような板を,わざわざ選んで裏板に使うんでしょうね?

 こういう節のある板が,楽器の用材として「良い」と言えるとは到底思えませんし,この節目玉の上にかならずラベルを貼るのを習慣にしてる人もいたようなので,この手の板の使用は何らかの慣習・伝承上の理由に基づいているとは思うのですが,今のところ定かではありません。

 とまれ今回の楽器では裏板の中心にこの貴重なラベルがあり,その横には大きな節目玉がありますので,いつものようにど真ん中から割って2分割で再接着というワザが使えません。この真ん中部分を残して3分割とするのが次善の策ですが,そうなると小分けになるぶん,元の位置に戻す調整がタイヘンになるんですね。

 そのため板を剥がしてしまう前に,板中央部分のへりに数箇所小さな孔をあけておきます。

 裏板を3分割にした場合,位置の目安となるのはこの中央部分です。再接着の時もここが元の位置から寸分ズレないように,この小孔に竹の細棒を挿してガイドとするわけですね。接着後,孔は埋めてしまえばいい。

 ここまで準備して,いよいよ!

 裏板がわのすでに剥離している部分から刃物を入れ,詠唱しながら胴材の縁を一周させまあす----さあ,我が前に顕現せよ! 刻(とき)の闇に封ぜられし古代の叡智よ,失われし栄光よ! 月の臓腑(ぞうふ)をイケニエとし,滅びし理(コトワリ)もて現世(うつつよ)すべてを混沌へと引きずりもどせッ!

 -ぼぼーん!-

 …………

 なんか意外と 「ふつう」 じゃね?

(つづく)


福州清音斎2(1)

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斗酒庵に再会す の巻2021.5~ 清音斎(1)

STEP1 漢は黙って初志貫通!

 さて----

 音斎 が終わったと思ったら,こんどは 「音斎」 がやってきました。
 作者,一字違いで続いてますねえ。もしかすると次は 「清斎(山田縫三郎)」かな?

 日本の明清楽で「清音斎」というと渓派の流祖・鏑木渓菴の別号でもあり,彼自身楽器も自作する人だったので,ちょっと紛らわしいところもありますが,こちらの清音斎は天華斎や玉華斎と同じ,中国は福建省のメーカーさんです。
 だいぶん前になりますが,すでに一面,扱ったことがありますね。

 http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2011/12/post-dbfb.html

 前回の楽器(左)ではラベルの一部に損傷があったため文章の一部が分かりませんでした。今回の楽器のラベル(右)もそれほどキレイな状態ではありませんが,前回の楽器のと合わせることで,ほぼ10年ぶりにようやく,清音斎のラベルの店名以下の部分全文を解読することができました。ありがたや~。

  本号福省南関外/洋銀街坐西朝東
  開張七代老店造/文廟楽器各款各
  琴諸公賜顧者請/認三記長房不悞

*福省南関外洋銀街:福建省の省都福州は城郭内に最も古い町があり,そこから南の港方向へのびる道を中心に発展した。旧城南門(南関)から出て真ん中あたりで右に曲がって,天華斎のある茶亭街のいちばん西がわが「洋銀街」だったと思う。
*坐西朝東:風水的におめでたい立地。
*文廟楽器:福州では文廟音楽が盛んでありました。文廟は孔子廟,文廟楽器はその祭礼などで用いられる楽器のことですが,ここでは「高尚・上品な楽器」ていどの表現と考えたほうがよろしい。

 訳すなら 「弊店は福省南関外の洋銀街の好き地に店を構え七代続く老舗でございます。みやびな楽器を各種お値段色々取り揃えております。皆々様のご愛顧と永のおつきあいをお願い申し上げます。」 といったあたりでしょうか。「七代(or 八代)続く老舗」 という表現は同時代の天華斎・老天華なんかのラベルにも見えますが,いちばん古そうな天華斎にしたところで,このころまだ三代目くらいですからね。こういう広告文でのただの常套表現と考えたほうがよろし。

 見た感じ,春先にやった老天華同様,流行晩期の輸出用量産型月琴ってとこでしょうか。材質やお飾りの意匠が同じです。

 蓮頭が割れててっぺんのあたりがなくなっちゃってますね。
 裏に薄い板が貼られています。吹雪さんとこの玉華斎なんかでも最初同じようなことがされていましたが,これは蓮頭が落ちにくいようにする工夫で,前所有者の仕業です。このお飾りはだいたいかなりスカスカに透かし彫っているので接着面がせまく,ちょっとした衝撃ではずれちゃうことが多いのです。

 糸倉はアールが深く,蓮頭の接着面がほぼ正面を向いています。
 狸さんとこの天華斎(天華斎正字号=おそらく天華斎仁記)とか25号しまうー(これもおそらく天華斎仁記)などが同じ形式の糸倉になってました。晩期の唐物量産月琴によく見られたデザインだったのかもしれません。

 糸巻は3本ついてました。
 糸倉との噛合せも悪くなく,現状で使用上問題はなさそうですが----一般に唐物月琴の糸巻は溝の深い六角形で,ドライバーの握りみたいに角を丸めたものがほとんどなのですが,これは国産月琴と同様の,六角面取りのカタチになっています。上右画像の25号のような例もありますので,一概にないこととは言えませんが,オリジナルか後補かは多少迷うところですね。

 山口は材質から見てオリジナルのようですが…ずいぶん低く削られちゃってますね。高さ6ミリしかありません。フレットは象牙か骨か分かりませんが,これも低い----工作もテキトウですし,すべて後補のようです。ギターっぽく改造したかったのかな?
 フレットの丈に合わせたのか,凍石の柱間飾りの表面が削られて平らになってますね。このレベルの量産楽器では,輪郭だけ切り出したような板状の飾りが付けられることもあるってのは,前の老天華の時にも書いたと思いますが。表面がただ削ったまま,磨かれもせず白っぽくなってるあたりが不自然ですので,工作したのは後のニンゲン,山口を削ったりフレットまがいをへっつけたりした人だと思いますよ。
 胴左右のニラミはこないだの老天華と同じタイプのもの。獣頭唐草----おそらく龍を意匠化したものの一つと思われるお飾りです。胴中央に白くて丸い凍石の円形飾りがついてますね。ふちの部分の丸いくぼみは21個ありますがこれは意味不明,中央部分の透き彫りは 「楽」 の字をデザイン化したものじゃないかと思うんですがさて。

 小さめの半月。清楽の月琴の半月はもうすこしふっくらとしてますね。この頃になると現代月琴の横に長い半月に近いカタチにだんだんなっていってるのだと思います。糸孔はやや大きめです。糸を巻きつける上辺の部分に,糸擦れの痕跡がまったくと言って良いほど確認できないので,これは楽器としては,そんなに使用されてなかったんじゃないかなと思います。
 バチ皮になってるのは,たぶん三味線の皮です。

 楽器正面から見て,胴左がわの側板から地の側板にかけて大きく板が剥離しています。天の側板から右の側板のほうはほとんどハガれてませんから,側板自体か板のこっちがわに,何か不具合----反ったとか縮んだとか----があるのかもしれませんね。

 そして今回の楽器でいちばん興味深いところがコレです!

 そう,この楽器は棹が胴体を貫通しているんですね。

 清楽/明清楽の月琴,および響き線の入っている古いタイプの中国月琴の多くは,棹なかごが胴内の内桁のあたりで止まっており,こんなふうに胴体を貫通していることはありません。胴の下半分の空間には何もなく,響き線が自由に揺れて効果を発揮しやすくなっているわけです。

 現代中国月琴がこれと同様の構造になっているのは,弦を金属弦としたので,そのテンションに耐えるためだったと聞き及びますが,外国の博物館の所蔵楽器などから見ると,日本における清楽流行と同時期の輸出用でない(お飾りのない演奏用の)中国月琴にも,同様の貫通構造になっている例はふつうにあったようです。

 お江戸風俗百科事典『嬉遊笑覧』の作者・喜多村信節の 『筠庭雑考』 にある,お江戸のころに輸入された月琴の図(右)にも,この楽器と同じく,お尻のところに棹なかごの出っ張りがついてますので,明治の以前の日本にも清楽/明清楽の楽器として,このタイプの月琴がまったく入っていなかった,ということはなさそうですが。

 これと同じ棹貫通型の月琴は,現代中国月琴同様,響き線が入っていないことが多いんですね----なにせ棹なかごで胴内部が縦に二分されちゃいますから,空間的な制限が大きいので,効果の大きい長い曲線は入れれないでしょう。

 しかしながら今回の楽器。
 棹貫通型でありながら,振るとガランガラン…ちゃんと金属音がしますので。響き線,あるいはそれに類する構造が仕込まれているのは間違いありません。


 前修理者の蛮行の痕跡もあり,全体にかなり傷んでますから,分解修理は既定の路線なれども----さて,この楽器の内部はどうなっているのか?

 今からもう,見るのが楽しみでなりません。

(つづく)


松音斎(4)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(終)

STEP4 遅れてきた男

 さて,依頼修理の松音斎。
 「観賞用の骨董品」として見た場合には,オリジナルの部分の保存が良く素晴らしく 「ウブい」 状態なので,修理などしないほうが,いッそよっぽど(骨董品的な)価値は高いのではありますが----

 「楽器として使用する」 ためには----誰も弾かぬままメンテもなく,数十年なり放置されてきたわけですから----どうしても修理・調整が必要になってきます。しかし,修理を施せば,せっかく百年以上保たれてきた貴重なオリジナルの部分が,大なり小なりかならず損なわれます。
 元の状態がヘタに良かっただけに,やるがわとしてはジレンマですな。(泣)

 たとえば,今回の修理の主要な作業のひとつが,表裏板の虫食いの処置。
 元の状態で表面上見えているのは,小さな孔とかうっすらとしたヒビ割れ程度でしかありません。個々の食害は程度も浅く,場所によっては放置しておいてもいいくらい大したことのない箇所もあるのですか,とにかく数が多い。

 食害自体は表面より板の内部で広がっているので,修理しようと思えばその部分を,ある程度の範囲でほじくるなり切り取るなりせにゃアカンのですが。数が多いだけに,ふつうにやってたんじゃ,板がたちまち切られ与三になっちゃいます。修理の範囲をなるべく最小限にとどめ,そこ以外をなるべく傷つけないよう作業はしたものの,修理すればするほど新しいキズが増えちゃうのは変わらない----ついでに作業のたび,古物愛好家のほうの庵主の繊細なハートにも,ズキズキとキズが増えてゆくわけですね(www)----イヤ,ほんと。むしろ原状が64号くらいボロけてたほうが 「ヒャッハー!やっちゃえ~ッ!」 でいけるので,気楽なんですが~。

 ほじくっては埋め,切り抜いてはハメる板の修理と並行し,棹の手入れもしておきます。

 全体に油切れしていたので,表面を清掃後,亜麻仁油で拭いてカルナバロウで磨き仕上げます。乾いてから指板部分だけラックニスを刷いてツヤ出ししました。
 最初に作った糸巻は,染めの最後のほうでしくじり,修整しようとイロイロ足掻いたのですがけっきょくダメで,4本1セット削り直しとなりました。
 ----うん,こんどは大丈夫。美しく真っ黒に染まったし,ハガれてもきません。

 つづいて桑材の胴側部分。接合部と内がわにはいろいろやりましたが,表面にさしたる損傷はないので,棹と同じく油拭き・ロウ仕上げ。油切れして白っぽくなっていたのが,桑材特有のチョコレートブラウンに戻りました。
 ふだんもやってることですが,今回は特に表裏の板がとてもピュアな状態ですので,ここで油染みとかつけようものなら台無しになりますゆえ。木口をしっかりマスキングし,胴をつかむための新品のきれいなウェスをもう一枚用意して慎重にやってゆきます。

 しっかり油を乾燥させたところで表裏の板を清掃。
 虫食いがあったのはともかく,板自体は新品みたいにまっ白ですんで,今回は「キレイにする」というよりは,修理で埋めた箇所や上物の除去で出来たにじみ痕を散らして目立たなくするほうがメインでしょうか。
 そもそも関東の石田不識や山形屋の楽器に比べると,松音斎の月琴の表裏板は染めが上品に薄いのです----

 今回の保存が良い中で,板だけがやたら虫に食われまくっていた原因の一つは,この原作者の染めがあまりに薄すぎた,ということがあるかもしれません。

 というのも,桐板というものはもともと「あく」の強い木で,これを漂白するために雪の上にさらしたり薬品で処理しておかないと,時間の経過とともに黒っぽくなってしまうのですが,逆に言うとその「あく」が含まれているおかげで苦く美味しくなく,虫が寄り付きにくいわけですね。そして桐板の「あく」も,染めに使われるヤシャブシも,主成分は同じ「タンニン」----お茶の渋みと同じ成分ですから,これを塗布するのには色付けのほか虫よけの意味合いも若干あるものと考えられます。

 清掃のついでに,うちで煮出したヤシャブシ汁を新たに垂らし,軽く染め直しておきます。今はあんまり分かりませんが,一年ぐらいすると色が上ってきて,前より少し濃い色になってくると思います。

 今回は小物の補作もほとんどなく,個人的にサミシイ(w)ので,「予備の蓮頭」を作ろうと思います。

 オリジナルの蓮頭も珍しく損傷のないほぼ十全な状態で残っておりますが,これは庵主が 「簡易蓮」 と呼んでいる,量産型の楽器によく付けられる飾りです。
 今回の楽器は確かに松音斎の量産数打ちの一本ではありますが,松音斎自体の腕が良いので,数打ちでもほかの作家の特注品ぐらいの品質はありますゆえ,その質にふさわしいお飾りを何か一つぐらい追加してあげたいものです。

 まあ蛇足の品ですので,気に入らなければ付け替えてもらって構わないということで,ちょっと遊びもしましょうか。(w)

 彫るのはコウモリ。


 庵主が最初に扱った松音斎の月琴には,コウモリの蓮頭がついてました。翼をひらめかせ口先に花をくわえたこの意匠は他の作家の楽器にも付いていますが,コウモリ自体のデザインは作家により微妙に違っているんですね。そこで,左画像の松音斎のコウモリを参考に,ちょっとだけデザインを変えて,ちょいとおめでたい中国語の洒落を,その口元に落とし込んでみましょう。

 オリジナルが花をくわえてるのに対し,庵主のコウモリがくわえているのはモモかスモモの実のついた枝です。

 中国語のコウモリが「遍福(へんふく=いいことだらけ)」に通じるというのは前にもたびたび書いてます,「桃」がザクロ・ブシュカンと合わせた「三多」というめでた尽くしの中で 「多寿(=多汁)」 という意味付けがなされている,というのも何度か触れましたね。(他ふたつは「多子」と「多福」)

 そこから,「コウモリが桃を持って飛んでくる」 という図は,「福」が「寿」を持ってくるという意味の 「福寿臨門」 という吉祥図になるんですね。さらにこの飾りは「蓮頭」と呼ばれており,月琴の丸い胴体につながっています。「コウモリと蓮と丸いもの」 の組み合わせはさらに,「福縁連至(コウモリ・円形・ハス) という別の吉祥図も呼び起こしますから,おめでた感マシマシですわ。

 あと,この部品には,糸倉を衝撃から守る車のバンパーみたいな役割があります。
 ここが先にぶつかって壊れたりはずれたりすることで,糸倉への損傷を回避するわけですね。今回は木地に樹脂を染ませて強化してありますのでこの部品,オリジナルよりさりげなく弾力があったりします。

 3月末にはじまり,出だしは好調だったものの,4月後半から稼ぎ仕事がコロナの影響で混乱,さらに糸巻の製作でしくじったり,月蝕の影響で庵主の左腕に封印されし暗黒邪龍がアレするなど……諸事情(w)ございまして,完成直前での足踏み状態が続いておりましたが----5月後半,ようやく組立てへと漕ぎ着けました。

 まずは半月と山口を取付けます。

 半月にもさしたる損傷はなかったので,染め直して表面を柿渋やニスで軽く固めた程度ですね。再計測して中心線を新たに出しましたが,ほぼオリジナルの位置----右にわずかにズレたくらいでしょうか。

 あらかじめ半月と山口を仮付して弦高のチェックをしたところ,オリジナルの山口で問題がないようでしたので,今回はこれをそのまま戻します。糸溝だけしっかり切り直しておきましょうね。
 国産月琴の作者の多くは,ここの糸溝の意味があまり分かってないのですね。本邦の弦楽器に 「複弦楽器」 というものがほとんどなかったのも原因でしょうが,ここの幅は弾き手の好みもかなり反映されるところなので,本来は購入者が自分の手に合わせて自分で切っていたようです。ただ,同じようにワカラナイで買っちゃってた人なんかは,溝も切らずツルツルの状態で使っていたりもしたようですね----弦が短いわりにはテンションもそれほど高くない楽器なので,ここで弦が糸溝にちゃんと噛んでいないと,糸をはじくたびに位置が動いたり調子が狂ったりするので,ただただ弾きにくいですよ。
 この松音斎のように「このへんだよ~」という目印ていどの浅い溝を切ってあるなどは,かなり親切なほうだったと思います。
 松音斎の目印は,外弦間14,内弦間 9.5ミリで,内外の幅はどちらのコースも同じでしたが,庵主は高音弦がわを糸の太さの半分くらい狭くしてあります。

 フレットは牛骨で。
 補作は棹上の3枚だけ。胴上の5枚はオリジナルのものがそのまま使えました。
 数打ち楽器のフレットは個々の楽器に合わせたワンオフでなく,同一規格でだーっと作ったようなモノが多いので,いつもですと低すぎて半月にゲタを調節したり作り直したりすることが多いのですが,今回はオリジナルのままでまったく問題ナシ----このあたりもさすが松音斎。
 フレットをオリジナルの位置で配置した場合の音階は以下。

開放
4C4D-24Eb+494F-74G-34A-215C+65D+45F+13
4G4A-24B-495C-115D-115E-215G-145A-66C+1

 おおおおお…第3音(第2フレットの音)がやや低すぎるくらいで,かなり整った音階になっています。
 清楽の音階では月琴の最低音を「ド」とした時「ミ」にあたるこの音が,西洋音階に比べて20~30%低くなるのが定石。低音域の第3音は多少低すぎますが,そのオクターブ上にあたる高音弦第5フレットの音がマイナス20ですので,おそらく原作者はちゃんと分かっているのではないかと考えられます。ほか各コースの5度上やオクターブもかなり正確に出てますし,ほとんどの楽器で合ってることの少ない最終フレット最高音(低音開放弦の2オクターブ上)もほぼピッタリ。
 電子チューナーなんかない時代ですからね。
 フレット痕やオリジナルの目印などから見て,このあたりに後補の修整はあまり入っていない様子。それでいてドレミ7音階の第3音をのぞくほとんどの音が,西洋音階A=440のほぼ10%あたりでおさまっているとなると,それはそれで異常事態です----西洋音階準拠に並べ直しても,第2・5フレットの位置がわずかにズレたくらいしか違いが出ません。
 次代を考えると「名工だから」というだけでは少々足りないですね……ピアノで合わせたとか,かなり正確な調子笛みたいなものがあったとか……ふむ,興味深い。

 あとはお飾り類を取付け,バチ布を貼り。最後に裏板に模刻のラベルを貼って----

 2021年5月25日……たいへんお待たせいたしました!
 松音斎,いよいよ修理完了です!!

 何度も書いてきたように,外見上はもともと「素晴らしくキレイ」な状態だったので,このくらいのサイズの画像だと,修理前後であまり変化が感じられないかもせん。近くば寄ってじっくり見ても,虫食い補修などで修理前よりいくらかキズが増えてるくらいですかね。

 補作した部品は上から蓮頭,糸巻,棹上のフレット3枚。あとは内桁を1枚交換しました。果てしない虫孔との格闘のほかは,再組立てと棹のフィッティングを鬼のように精密にしたあたりが苦労でしたかね。

 関東の楽器や鶴寿堂とかに比べると,棹がやや太めですが,グリップに違和感はなく,楽器の重量バランスも良いので,操作性は抜群です。
 第1~3フレットは例によりビビるギリギリの高さで調整してあるので,ほぼフェザータッチ状態ですが,オリジナルフレットの部分でも運指に対しての反応はなめらか,低音域<>高音域とどちらに指を滑らせても,ひっかかりはほとんどありません。

 音量はやや小さめですが,優しげな広がりのあるやわらかな音と長く繊細な余韻……うん,これこそ「月琴」という名前から日本人が想像(妄想?)した楽器の音----って感じですね。これをさらに突き詰めてゆくと,最終的には山形屋の楽器のような,ガラスの風鈴みたいな余韻になっていくんでしょうが,そのへんはまだやや荒削りで,唐物月琴の構造と音色もいくぶん残しており,「国産月琴の音」の基礎というか萌芽みたいな段階でもある気がします。

 もともとちゃんと修理・調整されていれば,松音斎の楽器の操作性や音色に文句の付けようがあろうはずもありません。
 なんせ国産月琴においては庵主の認める「名工」の一人ですからね----

 楽器は道具,壊れたらまた直します。
 まずはこのキレイな音を楽しみつつ,バリバリ弾いてやってください!

(おわり)


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