月琴WS2021年6月場所!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸~6月~
     -中止のお知らせ-



*こくちというもの-月琴WS@亀戸 2021年・6月 中止のお知らせ-*


 直前で申し訳ございません!
 26日に開催を予定しておりました月琴WSですが,
 会場のAnzuさんのご都合にて,今回は中止と相成りました。

 お楽しみになさっていた方々,まことに残念ながら,
 次回の開催をお待ちくださいませ。

 

福州清音斎2(4)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(4)

STEP4 異世界しめつけ上級者の冒険

 さて,それでは楽器の再生に向け,修理作業を本格化させてまいりましょう。

 まずは過去の損傷や上物の除去,および板の剥離の作業で傷んだ部分の補修です。

 裏板や側板の接着部を中心に,エグれたところに桐塑を盛りつけてゆきます。
 フレークタイプの木粉粘土の払底により,前回くらいから使い始めた桐塑ですが,慣れちゃうとまあさほどの違和感もなく,前と同様に作業が出来ますね。

 桐の木粉を寒梅粉で練って作る桐塑は,木粉粘土にくらべると粘着力が若干劣るのですが,粉粘土より粒子が細かいので,乾燥後の整形では前よりもっと精密なことが可能になりました。粘着力のほうも,どうしてもという時は少量の木工ボンドを混ぜると,木への食いつきがかなり良くなりますね。作業箇所にあらかじめニカワを塗っておき,乾かないうちに盛るという手も有効のようです。

 あとでエポキを染ませますので,盛った後の整形は軽く平らに均す程度にします。エタノールでエポキをゆるめたものを細筆で塗布,一晩以上置いてから整形してゆきます。
 一度盛った部分を修整する時も,エポキを染ませる前なら,ちょっと水をつけただけで簡単にハガせるというのもいいですね。

 つづいては天の側板の(楽器正面から見て)左の接合部
 ここは裏板を剥がす前からヒビが入ってガタガタしてたんで,エイッとモギとりました。
 左側板はほとんどはずれてましたし,板の収縮による歪みも相当なものだったでしょうから…このモロい接合部分への被害がこの程度でむしろ安心したというか----

 破断面の中心に2ミリの孔をあけ,竹棒を挿して接着します。接着面がせまい割に,構造上力のかかる箇所なので,ここはエポキを使います。
 破断面をエタノールで拭い,少し染ませてからエタノが乾く前にエポキを少量,竹棒と孔にはたっぷりつけて押し込みます----このとき取付け位置を微調整できるよう,竹棒は孔より少しだけ細めに削ってあります。
 位置が固定されたら,破断箇所より少し大きめの範囲で,エポキで裏面に薄い和紙を貼りつけます。

 硬化後,最後に表がわにハミ出たぶんを軽くこそげて完成です。
 裏面に和紙を貼るのは薄いエポキの層を作って補強するためですね。ペーパーで表面を少し荒らしておくと,この上からニカワもつきます。

 接合部の補修も済んだので,いちど側板を戻して仮組みしてみましょう。

 剥離していた(楽器正面から見て)左の側板が全体に1ミリほど板の縁から飛び出てるのをはじめ,地の側板が少し伸びてしまっているようです。板の中央を板縁に合わせると,左右の接合部が少し浮きあがってしまいます。

 どちらもおそらく,原因は表裏の板の収縮でしょうね。
 事前の計測でこの楽器の胴は,縦が350横が345と横幅が5ミリほどせまくなってました。もちろんこの差5ミリがぜんぶ縮んだ結果ではないでしょうが----表裏ともこれだけでっかい節目のある板が使われているのですから,1ミリや2ミリ小さくなっちゃってても庵主は不思議に思いません。逆にこれだけ問題の出そうな板を使ったうえ,数十年の放置の結果がこの程度,というほうがむしろ僥倖と言えるくらいかもしれませんね~。
 現状の破損や部材の変形への過程を推察するなら,おおよそこんな感じかな----

 1)板が左右方向に縮む。内桁は板ほど縮まず。
 2)左側板が内桁に押し出されるようなカタチとなって,板から剥離。
 3)地の側板が左右側板に引っ張られ,薄い接合部付近が伸びた。

 地の側板の全体が伸びず,接合部に近い左右だけが変形しているのは,ここに棹がささっていたからもありましょう。

 とりあえず,このまま組み合わせても合いそうにはないので。まずは板の縮んだぶん内桁を少し削って左側板が板の縁におさまるようにしますね。

 左側板がおさまるようになったところで,内桁の表板から剥離している部分を再接着。ついで,ふたたび仮組みし,側板の変形部分を矯正します。この時点では,剥離していた側板はまだ接着してません。

 板縁から浮いてしまっている部分の内がわを筆で濡らし,さらにお湯を含ませた脱脂綿を貼りつけてゴムをかけまわし,しめつけておきます。
 一気にやるととつぜんバッキリと折れたり割れたりする可能性があるので,時間をかけて何度も,ゆっくりと修整してゆきましょう。
 まあこの手の変形の原因は,まま材料の質自体に因るところもありますので,「完全に元通りにする」というのは難しいですから。ハミ出しが0.5ミリ以内……うまく0.2ミリくらいになってくれて,範囲が狭ければ,いッそ削って均しちゃってもいいかもですね。

 側板の矯正作業中は胴体に手出しが出来ませんので,ほかの部分を進めておきましょうかね。
 まずは,なくなっている糸巻1本の製作。
 最初のほうの回で書いたように,唐物月琴の糸巻は通常,こういうカタチをしています(下左画像)----

 これに対し,本器についていた糸巻は国産月琴と同じ,角ばった六角面取りのタイプでしたので後補が疑われたわけですが,後であらためて調べてみますと,流行晩期の楽器には,唐物であっても,これと似たようなタイプの糸巻(上右画像)が使われたりしてたようです。
 今は天華斎仁記の作じゃないかと考えている25号(しまうー)についてた虎杢の糸巻も,木目は派手ですが,同じ六角面取り,無溝でしたね。

 また糸孔の大きさや面取り部分の表面処理の加工が,日本の職人さんの手と少し違ってますので,これはこれでオリジナルと考えてもよさそうです。

 というわけで,いつもの通り,ちゃっちゃとめん棒を削ります。前回の余った素体で一度作り上げたのですが,いざ付けてみるとほかの3本と長さが合わず,もう1本素体から作り直すことになりました。
 オリジナルの糸巻,測ってみたらいちばん長いもので13センチ近くあったんですよね。ふだん36センチの長さのめん棒を3等分して素体を作ってますので,1センチ近く足りなかったわけです。まあ今回必要なのは1本だけなので気はラク。

 次に山口(トップナット)
 もともとついてたコレ(下左)は,材質や糸溝の加工などからして,おそらくオリジナルの部品だったとは思うのですが。ギター化魔改造を目論んだらしい前修理者の手により,高さ6ミリくらいに削られちゃってますのでさすがに使えません。
 唐物月琴の山口は,国産月琴のに比べるとやや高いことが多いので,とりあえず13ミリで作っておいて,後で調整に際し必要に応じ削ってゆけるようにしておきましょう。

 材料はタガヤサン(鉄刀木)。むかし銘木屋さんでもらってきた切れ端で,割れ止めの樹脂も貫入してるような部分ですが,このくらいの大きさの部品ならじゅうぶん切り出せそうです。

 カマボコを縦割にしたカタチに削り出し,幅や高さを調整したら,次に左右の木口をなだらかに整形して富士山型にします。素材がちょっとアレなので,今回はエタノとエポキで樹脂浸透,強化してあります。

 同じ樹脂浸透を,弦の反対がわになるこっちの部品にもほどこしておきましょう。

 この楽器でいちばんグラム単価の高い部品かも----タガヤサン製の半月ですね。たびたび書いているように,この木はある日突然理由もなくバッキリ逝っちゃうこともある,あまり性質の良くない木材です。鉄のように硬いかわりに粘りがなく,とてもモロいのですね。
 とはいえ,タガヤサンの崩壊はたいがい,木の内部から発生します。樹脂を表面に塗ったくったくらいじゃあんまり意味がありませんので,ジップロックに入れて,エタノールで緩めたエポキの液に漬けこんでやりました。

 ポイントは口を閉じるとき,袋のほうを水に漬けるなどして,中の空気をできるだけ抜いておくことですね。あと半月本体にあらかじめエタノを滲ませておくのもいいかと。

 エポキの硬化時間にもよりますが,10~30分も漬け込めば良いです。硬化時間を越えて漬け込んでも,滲みこめなかったエポキがダマになってプカプカし出すくらいであまり意味はありません。細かい装飾のあるものだと,そうした樹脂の塊が付着して,後始末がタイヘンになりますのでご注意。また,素材がぶ厚かったり大きかったりする場合は,この方法だとちょっと無駄ですね。

 そもそも工場や研究所でやるような真空浸透法には遠く及びませんが,これでただエタノを塗りつけたのよりはなんぼか深く滲みこみますよ。
 あとは良く乾かして磨くだけ。「塗った」のと違って表面に層ができませんので,下地の木目やいかにも手作業といった細かな作業痕なんかはそのまま残ります----前々回の老天華(量産型)の半月も,あんなに虫に食われてなければこの手で再生したかったですね。
 ちなみにエポキだとこの後もちゃんと塗料がのりますし,表面を少し荒らしてあげればニカワでの接着も可能ですよ。

(つづく)


福州清音斎2(3)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(3)

STEP3 見慣れた景色に潜む日常

 棹なかごが胴体を貫通している----という,清楽月琴ではあまり見ない特徴から,トンデモな内部構造が期待された福州清音斎でしたが。
 裏板をあけてみるとそこには意外と見慣れた景色が………

 胴中央近くに内桁一枚,楽器(正面から見て)右肩に響き線の基部。線はそこから内桁の孔を通って,楽器下端の中央手前まで弧を描いて伸びています。

 通常と異なるところといえば,線のコースがやや胴側がわに寄っていることと,先端が丸めてあることぐらいでしょうか。
 響き線がぶッといですね。直径は1.2…いや1.5ミリくらいかな?
 一概に唐物月琴の響き線は国産月琴のそれに比べると太めで,前に手掛けた玉華斎がこれと同じくらいあったと思います。春先の老天華(量産型)なんかはもうちょっと細く,国産月琴に近かったですね。

 線が太いと,高音域での効きがやや薄くなりますが,長い弧線にありがちな調整の難しさが多少軽減されます。線が細いほうが余韻に与えるエフェクトが大きいのですが,長くすればするほど,線自体の振れ幅の増大と自重によって器体に触れやすくなります。楽器内部のどこかに触れたとたん,エフェクトはなくなってしまいますからね。
 線が太ければ,多少長くても振れ幅の差異は小さいので調整は比較的ラクで済みます。

 先端を丸めてあるのはやはり,棹なかごにひっかからないようにするためでしょうかね。いくつかの楽器ではここを同様に加工し,先端の重さを増すことで楽器の振動に対する振れを大きくする目的があったようですがこれは……いやいや,考えすぎでしょうねえ。繊細な鋼線ならともかく,ここまでぶッ太い頑丈そうな線だと,こういう加工にしてもあまり変わらん気がします。

 全体に,それほどではないもののけっこうサビが浮いています。
 特に基部付近が真っ赤でガサガサになっちゃってますね。やはり線が太いので,このていどならたぶん大丈夫だとは思いますが……

 内桁も----太いというかぶ厚いというか…15ミリもありますね。ふつうは厚くても1センチくらいでしょうか。桐製のようで,天華斎や老天華のように側板に溝を切ってのはめ込みではなく,木口にニカワを塗って内壁に直接接着してあるだけですね。まあ,側板のほうは接着に難のある唐木ではなさそうですし,このくらい厚みがあればニカワによる接着だけでもじゅうぶんに強度は保てましょうか。

 楽器右がわに響き線を通す孔。前回の老天華と同じく木口から鋸を入れて木の葉型に挽き切っただけのものです。日本の職人さんだと両端に錐で孔を穿ち,挽き回しでキレイに貫くとこですが,このあたりは大陸風。ただ,この加工だと板の一端を真ん中から割っちゃってるのと同じなので強度的には少し問題があります。実際,孔のあるがわの端っこが,押すとブニブニ沈み込みます。(汗)柔らかい木なので,あんまりいじると折れちゃいそうですね。

 中央にある棹なかごを通す孔は,幅39と,棹なかごの幅よりかなり大きめにあけられています。長いなかごを通しやすいよう,ひっかからないように,という配慮なのかもしれません。

 表面の棹口とお尻の孔は,だいたいなかごの寸法きっかりにあけられていますから,棹にかかる力はじゅうぶんに受け止められますし,グラつきも少ない。弦圧は分散されているので,53号のように棹口部分に力が集中し,天の側板が変形するような恐れはないわけですが。この中央部分が胴とちゃんとフィットしていないのは,音響的にはどうなのかな?----というあたりは気になります。

 剥がしたあとの接着面をキレイにしましょう。

 表板がわから剥離している,左側板と地の側板も取り外してしまいます。 取り外した側板の接着部にはセメダインやボンドがなすりつけられていました……いちおう,元のカタチに戻そうとはしたみたいですね。原作者がニカワを塗った上からやったので,ぜんぜんくっつかず,結局諦めたようですが。

 再組立てのとき支障とならないよう,古いニカワとともにできるだけこそげ取っておきます。裏板のウラがわも同様に。

 胴内にたまったホコリもはらい落とし,キレイになったところで。
 あらためて内部を計測,記録をしておきます。
 結果をまとめて描きこみ----今回のフィールドノート,完成です!

 たかが修理で,毎回なんでこんなメンドくさいことをやっとるのか----と,いうことを時々言われます。もちろん庵主は本業楽器の修理屋さんじゃなく,この楽器とその音楽周辺の研究屋なので,資料・記録として,という部分がメインではありますが。

 人間の目というものは,一度に立体物のただ一面を各個別に見ることしかできません。部分にとらわれると,その部分の全体での役割についての考察がなおざりにされがちです。
 こうして分かったことを「絵」というものにまとめることで,上下左右に表裏,個々の部分の関係性までが一度に見てとれるようになりますんで,損傷の原因や構造の理由,このあとの修理の方向性を考やすくなります。「マズい修理」 というものはとかくこうした下調べや準備をちゃんとやってない,いわゆる 「やッつけ仕事」 の結果であることが多いんですね。製作の場合はいくらでもつじつまが合わせられますが,修理の場合はあとで 「ああ,ここはこのためにこうなっていたのか…」 ということが分かっても,すでに手遅れの場合が多いのです。そういう事態を少しでも減らし,よりオリジナルに近い状態でないと,庵主にとっての楽器を修理することの目的である音やら音階やらのあたりのデータが不正確なものになりかねませんしね。

 剥離していた部分の接着面をキレイになったら,次は響き線のお手入れです。まず下に新聞紙を敷きつめ#400のSHINEXで表面のサビをこそげます。サビの粉----すなわち鉄分は,桐板に使われているヤシャブシと反応しやすく,黒ずみやシミの原因になっちゃったりしますので注意です。基部周辺と先端部分といった特にひどい箇所を中心に,ガサガサになってるサビがあらかた落ちたところで,次に木工ボンドを塗布。

 一晩置いて,付着したボンドを刃物とSHINEXで浮いたサビごとこそぎ,軽く磨いたら,下敷きをラップに替えてこんどは柿渋を塗ります。
 柿渋が鉄と反応し真っ黒になって乾いたら,キッチンタオルで拭い取り,それを2度ほどくりかえします。そして仕上げにラックニスを軽く刷いてできあがり。

 線が太くて頑丈なぶん,いつもよりガッっとやれますねえ。

(つづく)


福州清音斎2(2)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(2)

STEP2 中2のころ,13日の楡街に "それ" はいた。

 見たい…はやくこの月琴のハラワタが見たいよぉぉお----

 と,いうわけで----
 日々刻々とつのる世界への破壊衝動を,右腕に巻いた聖骸布のホータイで封印しつつ調査・記録を続けております斗酒庵主人でございます。

 まずは前回の続き,この楽器の,清楽月琴としては目立った特徴である,長い棹なかごから。

 この棹なかごは,棹口から胴内を貫通して,楽器のお尻のところに1センチほどつきだしています。延長材は,松かヒノキのような針葉樹ですね。松よりは少し粘りがある気がします。

 棹基部の棹オモテがわに「九」の墨書があります。

 九番目に作った楽器なのか,大きさ的な「九号」の意味なのかはいまいち不明ですが,裏板の棹口のあたりにも蘇州碼字(中国南方で数字の代わりに使われていた符牒記号)で「9」にあたる「文」か「久」みたいな記号が見えますのでこれと同じなのかな。

 お尻のほうはかなり色が薄くなっちゃってますが,棹の楽器の外に出ている部分は唐木風に染められています。

 紫檀よりはタガヤサンに似せた感じかな,ちょっと目には分からないくらいかなり自然でいい色あいですね。棹基部とお尻の部分に残る染め痕から見て,庵主がいつもやってるのと同じスオウを主体とした染めのようです。そうやって基部辺りまで染めてあるため,棹の元の材質は判然としませんが,指板部分のフレット痕などから見える木地はかなり色が薄く,やや黄色っぽい感じ,木理からも考えて,おそらくは春先の老天華と同じく,ラワン材の類だと推測されます。

 これでようやく外面からの観察は終了……ゃっはーッ!!バラバラにして

 などと世紀末チンピラ風台詞を口遊みながら,まずは棹や表板上に接着されている物をはずしてゆきます。
 フレットや山口の状況から考えて,庵主より前に 「修理(?)」 を施したものが複数人いたのは確実なようですが……さて,どんなことになっているものやら。

 指板部分のお飾り等は比較的簡単にハガれました。
 除去痕を清掃すると,パリパリカサカサとした透明な膜がハガれてきます----たぶんセメダイン系の接着剤ですね。かなり劣化しているようですし,木工ボンドが主流となる前はセメダインばかり使ってた覚えがありますから,昭和40年代なかばごろとかの修理かな?

 蓮頭の接着はニカワでした。これはもっと古い時期の修理。
 間木のところがかなり虫に食われてますね。色から見てやはりラワン材系のようですが,この木はもともと虫害に弱いんですよ。
 胴上,左のニラミは木工ボンドによる再接着。これはまたセメダインのとは手が違うようです。右のほうは一部はじっこのほうにセメダインが付着していましたが,真ん中のあたりはニカワのままでした。端のほうが板から浮いてたのをへっつけようとしたのでしょう。

 ハイ,だいたい終わりました。

 セメダインやらボンドやら使われていたわりには,比較的スムーズに終わったと思います。というのも,再接着のほとんどがヨゴレの上からのものだったので,接着剤が木地にまで浸透しておらず,濡らすとヨゴレごと浮いてきたからですね。この点からも,前修理者が木工に関しては完全なシロウトだったというのが分かります。接着前に接着面をキレイにしておくのは木の仕事のキホン中のキホン----まあ,今回はそのおかげでラクできたわけですが(w)

 ただ一箇所,シャレにならなかったのが半月とバチ皮のところ。

 バチ皮の下半分から半月の底全面にかけて,これでもか!というくらい大量のセメダインが厚盛りされ,ガッチガチの層ができあがっていました。
 ちょうどデジカメの電池が切れてしまい,工程は撮影できなかったのですが。ここはもともと上物に覆われていたため,汚れのついてないウブな板表面が露出していたようです。そこに接着剤をどっちゃりやらかしやがったので,一部木地にまで滲みこんじゃっててもうタイヘン。全部キレイにこそげるのに,けっこうな時間がかかりました。

 とりあえずノロイの人形に錆びたマチ針を刺してジャブ神棚にお祀りします。ううう…コノウラミハラサデオクベキカ。

 半月のポケット部分から,こんなものがギターとかの弦のボールエンドの部分かと。前回書いたよう,この楽器の半月には糸を張った痕跡がほとんど見られないので,これも実際に張られたかどうかはちょっと分かりませんが,前修理者が金属弦を貼ろうと考えたのならば,テールピース…半月をガッチリ固定しようと,セメダインつゆだく大盛りにしやがったというのは理解できなくもありませんね。

 ちなみに,棹も胴体も唐木風の染めでしたし,この半月も同じように染め木だろう,と思ってたんですが----ハガしてみてびっくり!なんとここだけタガヤサンの無垢でありました。
 なんですか,量産型楽器なのに「一点豪華主義」みたいなものですかね?
 でもまあ,ここだけ唐木でしかも接着に難があることで有名なタガヤサンだったてのも,ここがセメダイン大盛りとなった原因のひとつだったかもですね。

 除去箇所をキレイにしたら,指板部分に指示線が浮かんできました。
 等間隔に近いこの4本の痕跡は----実際の音階としてに合ってるかどうかは分かりませんが----原作者のつけたもともとのフレット位置の指示だと思います。作業前は,後補のフレットやお飾りが貼りついてて,ぜんぜん分かりませんでしたね。

 胴左右のニラミは再接着でしたが,中心にあったこの凍石の円飾りの接着はオリジナルだったようです。円飾りの裏にはスオウ紙が接着されていて,石が板に直接触れないようになっていました。
 石と木を旧式な接着剤である「ニカワ」でくっつける----というのは,聞いた感じすぐハガレそうに思われるのですが,実際のところ,この手のお飾りの剥離には毎度苦労しています。接着面の整形が精密でちゃんと密着していれば,水分が滲みこまないだけむしろ石・木をハガすほうがタイヘンです----清音斎はこのあたり,後々のことまでしっかり考えてくれたのかな?扇飾りなどの透かし彫りの飾りの裏面に,赤いスオウ紙が貼られていた例は,唐物でも国産月琴でも時折見かけますが,石の装飾の場合,こういう紙一枚が貼ってあるだけで,メンテでハガさなきゃならない時,すごく楽になりますからね。

 今回の楽器は,表裏どちらのがわにもともに板の剥離が見られますし,側板の一部などすでに完全にはずれてぶらぶらしてますから,どこからバラすのも自由。

 いやホント…前回の松音斎のように,これがカミソリの刃も入らないくらい完璧でウブな状態のままだったりしますと,庵主のガラスのハートに罪悪感のチクチクと後悔懺悔のブレイクなヒビがいっぱい入っちゃって堪らないので,このくらいのが有難いです(^_^;)

 今回もやっぱり,後の諸作業上,比較的影響の少ない裏板がわからまいりましょう。

 そういや福州のほかの作家さんの楽器でもそうなんですが,ここの人たちはどうしてこの手の同じような板を,わざわざ選んで裏板に使うんでしょうね?

 こういう節のある板が,楽器の用材として「良い」と言えるとは到底思えませんし,この節目玉の上にかならずラベルを貼るのを習慣にしてる人もいたようなので,この手の板の使用は何らかの慣習・伝承上の理由に基づいているとは思うのですが,今のところ定かではありません。

 とまれ今回の楽器では裏板の中心にこの貴重なラベルがあり,その横には大きな節目玉がありますので,いつものようにど真ん中から割って2分割で再接着というワザが使えません。この真ん中部分を残して3分割とするのが次善の策ですが,そうなると小分けになるぶん,元の位置に戻す調整がタイヘンになるんですね。

 そのため板を剥がしてしまう前に,板中央部分のへりに数箇所小さな孔をあけておきます。

 裏板を3分割にした場合,位置の目安となるのはこの中央部分です。再接着の時もここが元の位置から寸分ズレないように,この小孔に竹の細棒を挿してガイドとするわけですね。接着後,孔は埋めてしまえばいい。

 ここまで準備して,いよいよ!

 裏板がわのすでに剥離している部分から刃物を入れ,詠唱しながら胴材の縁を一周させまあす----さあ,我が前に顕現せよ! 刻(とき)の闇に封ぜられし古代の叡智よ,失われし栄光よ! 月の臓腑(ぞうふ)をイケニエとし,滅びし理(コトワリ)もて現世(うつつよ)すべてを混沌へと引きずりもどせッ!

 -ぼぼーん!-

 …………

 なんか意外と 「ふつう」 じゃね?

(つづく)


福州清音斎2(1)

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斗酒庵に再会す の巻2021.5~ 清音斎(1)

STEP1 漢は黙って初志貫通!

 さて----

 音斎 が終わったと思ったら,こんどは 「音斎」 がやってきました。
 作者,一字違いで続いてますねえ。もしかすると次は 「清斎(山田縫三郎)」かな?

 日本の明清楽で「清音斎」というと渓派の流祖・鏑木渓菴の別号でもあり,彼自身楽器も自作する人だったので,ちょっと紛らわしいところもありますが,こちらの清音斎は天華斎や玉華斎と同じ,中国は福建省のメーカーさんです。
 だいぶん前になりますが,すでに一面,扱ったことがありますね。

 http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2011/12/post-dbfb.html

 前回の楽器(左)ではラベルの一部に損傷があったため文章の一部が分かりませんでした。今回の楽器のラベル(右)もそれほどキレイな状態ではありませんが,前回の楽器のと合わせることで,ほぼ10年ぶりにようやく,清音斎のラベルの店名以下の部分全文を解読することができました。ありがたや~。

  本号福省南関外/洋銀街坐西朝東
  開張七代老店造/文廟楽器各款各
  琴諸公賜顧者請/認三記長房不悞

*福省南関外洋銀街:福建省の省都福州は城郭内に最も古い町があり,そこから南の港方向へのびる道を中心に発展した。旧城南門(南関)から出て真ん中あたりで右に曲がって,天華斎のある茶亭街のいちばん西がわが「洋銀街」だったと思う。
*坐西朝東:風水的におめでたい立地。
*文廟楽器:福州では文廟音楽が盛んでありました。文廟は孔子廟,文廟楽器はその祭礼などで用いられる楽器のことですが,ここでは「高尚・上品な楽器」ていどの表現と考えたほうがよろしい。

 訳すなら 「弊店は福省南関外の洋銀街の好き地に店を構え七代続く老舗でございます。みやびな楽器を各種お値段色々取り揃えております。皆々様のご愛顧と永のおつきあいをお願い申し上げます。」 といったあたりでしょうか。「七代(or 八代)続く老舗」 という表現は同時代の天華斎・老天華なんかのラベルにも見えますが,いちばん古そうな天華斎にしたところで,このころまだ三代目くらいですからね。こういう広告文でのただの常套表現と考えたほうがよろし。

 見た感じ,春先にやった老天華同様,流行晩期の輸出用量産型月琴ってとこでしょうか。材質やお飾りの意匠が同じです。

 蓮頭が割れててっぺんのあたりがなくなっちゃってますね。
 裏に薄い板が貼られています。吹雪さんとこの玉華斎なんかでも最初同じようなことがされていましたが,これは蓮頭が落ちにくいようにする工夫で,前所有者の仕業です。このお飾りはだいたいかなりスカスカに透かし彫っているので接着面がせまく,ちょっとした衝撃ではずれちゃうことが多いのです。

 糸倉はアールが深く,蓮頭の接着面がほぼ正面を向いています。
 狸さんとこの天華斎(天華斎正字号=おそらく天華斎仁記)とか25号しまうー(これもおそらく天華斎仁記)などが同じ形式の糸倉になってました。晩期の唐物量産月琴によく見られたデザインだったのかもしれません。

 糸巻は3本ついてました。
 糸倉との噛合せも悪くなく,現状で使用上問題はなさそうですが----一般に唐物月琴の糸巻は溝の深い六角形で,ドライバーの握りみたいに角を丸めたものがほとんどなのですが,これは国産月琴と同様の,六角面取りのカタチになっています。上右画像の25号のような例もありますので,一概にないこととは言えませんが,オリジナルか後補かは多少迷うところですね。

 山口は材質から見てオリジナルのようですが…ずいぶん低く削られちゃってますね。高さ6ミリしかありません。フレットは象牙か骨か分かりませんが,これも低い----工作もテキトウですし,すべて後補のようです。ギターっぽく改造したかったのかな?
 フレットの丈に合わせたのか,凍石の柱間飾りの表面が削られて平らになってますね。このレベルの量産楽器では,輪郭だけ切り出したような板状の飾りが付けられることもあるってのは,前の老天華の時にも書いたと思いますが。表面がただ削ったまま,磨かれもせず白っぽくなってるあたりが不自然ですので,工作したのは後のニンゲン,山口を削ったりフレットまがいをへっつけたりした人だと思いますよ。
 胴左右のニラミはこないだの老天華と同じタイプのもの。獣頭唐草----おそらく龍を意匠化したものの一つと思われるお飾りです。胴中央に白くて丸い凍石の円形飾りがついてますね。ふちの部分の丸いくぼみは21個ありますがこれは意味不明,中央部分の透き彫りは 「楽」 の字をデザイン化したものじゃないかと思うんですがさて。

 小さめの半月。清楽の月琴の半月はもうすこしふっくらとしてますね。この頃になると現代月琴の横に長い半月に近いカタチにだんだんなっていってるのだと思います。糸孔はやや大きめです。糸を巻きつける上辺の部分に,糸擦れの痕跡がまったくと言って良いほど確認できないので,これは楽器としては,そんなに使用されてなかったんじゃないかなと思います。
 バチ皮になってるのは,たぶん三味線の皮です。

 楽器正面から見て,胴左がわの側板から地の側板にかけて大きく板が剥離しています。天の側板から右の側板のほうはほとんどハガれてませんから,側板自体か板のこっちがわに,何か不具合----反ったとか縮んだとか----があるのかもしれませんね。

 そして今回の楽器でいちばん興味深いところがコレです!

 そう,この楽器は棹が胴体を貫通しているんですね。

 清楽/明清楽の月琴,および響き線の入っている古いタイプの中国月琴の多くは,棹なかごが胴内の内桁のあたりで止まっており,こんなふうに胴体を貫通していることはありません。胴の下半分の空間には何もなく,響き線が自由に揺れて効果を発揮しやすくなっているわけです。

 現代中国月琴がこれと同様の構造になっているのは,弦を金属弦としたので,そのテンションに耐えるためだったと聞き及びますが,外国の博物館の所蔵楽器などから見ると,日本における清楽流行と同時期の輸出用でない(お飾りのない演奏用の)中国月琴にも,同様の貫通構造になっている例はふつうにあったようです。

 お江戸風俗百科事典『嬉遊笑覧』の作者・喜多村信節の 『筠庭雑考』 にある,お江戸のころに輸入された月琴の図(右)にも,この楽器と同じく,お尻のところに棹なかごの出っ張りがついてますので,明治の以前の日本にも清楽/明清楽の楽器として,このタイプの月琴がまったく入っていなかった,ということはなさそうですが。

 これと同じ棹貫通型の月琴は,現代中国月琴同様,響き線が入っていないことが多いんですね----なにせ棹なかごで胴内部が縦に二分されちゃいますから,空間的な制限が大きいので,効果の大きい長い曲線は入れれないでしょう。

 しかしながら今回の楽器。
 棹貫通型でありながら,振るとガランガラン…ちゃんと金属音がしますので。響き線,あるいはそれに類する構造が仕込まれているのは間違いありません。


 前修理者の蛮行の痕跡もあり,全体にかなり傷んでますから,分解修理は既定の路線なれども----さて,この楽器の内部はどうなっているのか?

 今からもう,見るのが楽しみでなりません。

(つづく)


松音斎(4)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(終)

STEP4 遅れてきた男

 さて,依頼修理の松音斎。
 「観賞用の骨董品」として見た場合には,オリジナルの部分の保存が良く素晴らしく 「ウブい」 状態なので,修理などしないほうが,いッそよっぽど(骨董品的な)価値は高いのではありますが----

 「楽器として使用する」 ためには----誰も弾かぬままメンテもなく,数十年なり放置されてきたわけですから----どうしても修理・調整が必要になってきます。しかし,修理を施せば,せっかく百年以上保たれてきた貴重なオリジナルの部分が,大なり小なりかならず損なわれます。
 元の状態がヘタに良かっただけに,やるがわとしてはジレンマですな。(泣)

 たとえば,今回の修理の主要な作業のひとつが,表裏板の虫食いの処置。
 元の状態で表面上見えているのは,小さな孔とかうっすらとしたヒビ割れ程度でしかありません。個々の食害は程度も浅く,場所によっては放置しておいてもいいくらい大したことのない箇所もあるのですか,とにかく数が多い。

 食害自体は表面より板の内部で広がっているので,修理しようと思えばその部分を,ある程度の範囲でほじくるなり切り取るなりせにゃアカンのですが。数が多いだけに,ふつうにやってたんじゃ,板がたちまち切られ与三になっちゃいます。修理の範囲をなるべく最小限にとどめ,そこ以外をなるべく傷つけないよう作業はしたものの,修理すればするほど新しいキズが増えちゃうのは変わらない----ついでに作業のたび,古物愛好家のほうの庵主の繊細なハートにも,ズキズキとキズが増えてゆくわけですね(www)----イヤ,ほんと。むしろ原状が64号くらいボロけてたほうが 「ヒャッハー!やっちゃえ~ッ!」 でいけるので,気楽なんですが~。

 ほじくっては埋め,切り抜いてはハメる板の修理と並行し,棹の手入れもしておきます。

 全体に油切れしていたので,表面を清掃後,亜麻仁油で拭いてカルナバロウで磨き仕上げます。乾いてから指板部分だけラックニスを刷いてツヤ出ししました。
 最初に作った糸巻は,染めの最後のほうでしくじり,修整しようとイロイロ足掻いたのですがけっきょくダメで,4本1セット削り直しとなりました。
 ----うん,こんどは大丈夫。美しく真っ黒に染まったし,ハガれてもきません。

 つづいて桑材の胴側部分。接合部と内がわにはいろいろやりましたが,表面にさしたる損傷はないので,棹と同じく油拭き・ロウ仕上げ。油切れして白っぽくなっていたのが,桑材特有のチョコレートブラウンに戻りました。
 ふだんもやってることですが,今回は特に表裏の板がとてもピュアな状態ですので,ここで油染みとかつけようものなら台無しになりますゆえ。木口をしっかりマスキングし,胴をつかむための新品のきれいなウェスをもう一枚用意して慎重にやってゆきます。

 しっかり油を乾燥させたところで表裏の板を清掃。
 虫食いがあったのはともかく,板自体は新品みたいにまっ白ですんで,今回は「キレイにする」というよりは,修理で埋めた箇所や上物の除去で出来たにじみ痕を散らして目立たなくするほうがメインでしょうか。
 そもそも関東の石田不識や山形屋の楽器に比べると,松音斎の月琴の表裏板は染めが上品に薄いのです----

 今回の保存が良い中で,板だけがやたら虫に食われまくっていた原因の一つは,この原作者の染めがあまりに薄すぎた,ということがあるかもしれません。

 というのも,桐板というものはもともと「あく」の強い木で,これを漂白するために雪の上にさらしたり薬品で処理しておかないと,時間の経過とともに黒っぽくなってしまうのですが,逆に言うとその「あく」が含まれているおかげで苦く美味しくなく,虫が寄り付きにくいわけですね。そして桐板の「あく」も,染めに使われるヤシャブシも,主成分は同じ「タンニン」----お茶の渋みと同じ成分ですから,これを塗布するのには色付けのほか虫よけの意味合いも若干あるものと考えられます。

 清掃のついでに,うちで煮出したヤシャブシ汁を新たに垂らし,軽く染め直しておきます。今はあんまり分かりませんが,一年ぐらいすると色が上ってきて,前より少し濃い色になってくると思います。

 今回は小物の補作もほとんどなく,個人的にサミシイ(w)ので,「予備の蓮頭」を作ろうと思います。

 オリジナルの蓮頭も珍しく損傷のないほぼ十全な状態で残っておりますが,これは庵主が 「簡易蓮」 と呼んでいる,量産型の楽器によく付けられる飾りです。
 今回の楽器は確かに松音斎の量産数打ちの一本ではありますが,松音斎自体の腕が良いので,数打ちでもほかの作家の特注品ぐらいの品質はありますゆえ,その質にふさわしいお飾りを何か一つぐらい追加してあげたいものです。

 まあ蛇足の品ですので,気に入らなければ付け替えてもらって構わないということで,ちょっと遊びもしましょうか。(w)

 彫るのはコウモリ。


 庵主が最初に扱った松音斎の月琴には,コウモリの蓮頭がついてました。翼をひらめかせ口先に花をくわえたこの意匠は他の作家の楽器にも付いていますが,コウモリ自体のデザインは作家により微妙に違っているんですね。そこで,左画像の松音斎のコウモリを参考に,ちょっとだけデザインを変えて,ちょいとおめでたい中国語の洒落を,その口元に落とし込んでみましょう。

 オリジナルが花をくわえてるのに対し,庵主のコウモリがくわえているのはモモかスモモの実のついた枝です。

 中国語のコウモリが「遍福(へんふく=いいことだらけ)」に通じるというのは前にもたびたび書いてます,「桃」がザクロ・ブシュカンと合わせた「三多」というめでた尽くしの中で 「多寿(=多汁)」 という意味付けがなされている,というのも何度か触れましたね。(他ふたつは「多子」と「多福」)

 そこから,「コウモリが桃を持って飛んでくる」 という図は,「福」が「寿」を持ってくるという意味の 「福寿臨門」 という吉祥図になるんですね。さらにこの飾りは「蓮頭」と呼ばれており,月琴の丸い胴体につながっています。「コウモリと蓮と丸いもの」 の組み合わせはさらに,「福縁連至(コウモリ・円形・ハス) という別の吉祥図も呼び起こしますから,おめでた感マシマシですわ。

 あと,この部品には,糸倉を衝撃から守る車のバンパーみたいな役割があります。
 ここが先にぶつかって壊れたりはずれたりすることで,糸倉への損傷を回避するわけですね。今回は木地に樹脂を染ませて強化してありますのでこの部品,オリジナルよりさりげなく弾力があったりします。

 3月末にはじまり,出だしは好調だったものの,4月後半から稼ぎ仕事がコロナの影響で混乱,さらに糸巻の製作でしくじったり,月蝕の影響で庵主の左腕に封印されし暗黒邪龍がアレするなど……諸事情(w)ございまして,完成直前での足踏み状態が続いておりましたが----5月後半,ようやく組立てへと漕ぎ着けました。

 まずは半月と山口を取付けます。

 半月にもさしたる損傷はなかったので,染め直して表面を柿渋やニスで軽く固めた程度ですね。再計測して中心線を新たに出しましたが,ほぼオリジナルの位置----右にわずかにズレたくらいでしょうか。

 あらかじめ半月と山口を仮付して弦高のチェックをしたところ,オリジナルの山口で問題がないようでしたので,今回はこれをそのまま戻します。糸溝だけしっかり切り直しておきましょうね。
 国産月琴の作者の多くは,ここの糸溝の意味があまり分かってないのですね。本邦の弦楽器に 「複弦楽器」 というものがほとんどなかったのも原因でしょうが,ここの幅は弾き手の好みもかなり反映されるところなので,本来は購入者が自分の手に合わせて自分で切っていたようです。ただ,同じようにワカラナイで買っちゃってた人なんかは,溝も切らずツルツルの状態で使っていたりもしたようですね----弦が短いわりにはテンションもそれほど高くない楽器なので,ここで弦が糸溝にちゃんと噛んでいないと,糸をはじくたびに位置が動いたり調子が狂ったりするので,ただただ弾きにくいですよ。
 この松音斎のように「このへんだよ~」という目印ていどの浅い溝を切ってあるなどは,かなり親切なほうだったと思います。
 松音斎の目印は,外弦間14,内弦間 9.5ミリで,内外の幅はどちらのコースも同じでしたが,庵主は高音弦がわを糸の太さの半分くらい狭くしてあります。

 フレットは牛骨で。
 補作は棹上の3枚だけ。胴上の5枚はオリジナルのものがそのまま使えました。
 数打ち楽器のフレットは個々の楽器に合わせたワンオフでなく,同一規格でだーっと作ったようなモノが多いので,いつもですと低すぎて半月にゲタを調節したり作り直したりすることが多いのですが,今回はオリジナルのままでまったく問題ナシ----このあたりもさすが松音斎。
 フレットをオリジナルの位置で配置した場合の音階は以下。

開放
4C4D-24Eb+494F-74G-34A-215C+65D+45F+13
4G4A-24B-495C-115D-115E-215G-145A-66C+1

 おおおおお…第3音(第2フレットの音)がやや低すぎるくらいで,かなり整った音階になっています。
 清楽の音階では月琴の最低音を「ド」とした時「ミ」にあたるこの音が,西洋音階に比べて20~30%低くなるのが定石。低音域の第3音は多少低すぎますが,そのオクターブ上にあたる高音弦第5フレットの音がマイナス20ですので,おそらく原作者はちゃんと分かっているのではないかと考えられます。ほか各コースの5度上やオクターブもかなり正確に出てますし,ほとんどの楽器で合ってることの少ない最終フレット最高音(低音開放弦の2オクターブ上)もほぼピッタリ。
 電子チューナーなんかない時代ですからね。
 フレット痕やオリジナルの目印などから見て,このあたりに後補の修整はあまり入っていない様子。それでいてドレミ7音階の第3音をのぞくほとんどの音が,西洋音階A=440のほぼ10%あたりでおさまっているとなると,それはそれで異常事態です----西洋音階準拠に並べ直しても,第2・5フレットの位置がわずかにズレたくらいしか違いが出ません。
 次代を考えると「名工だから」というだけでは少々足りないですね……ピアノで合わせたとか,かなり正確な調子笛みたいなものがあったとか……ふむ,興味深い。

 あとはお飾り類を取付け,バチ布を貼り。最後に裏板に模刻のラベルを貼って----

 2021年5月25日……たいへんお待たせいたしました!
 松音斎,いよいよ修理完了です!!

 何度も書いてきたように,外見上はもともと「素晴らしくキレイ」な状態だったので,このくらいのサイズの画像だと,修理前後であまり変化が感じられないかもせん。近くば寄ってじっくり見ても,虫食い補修などで修理前よりいくらかキズが増えてるくらいですかね。

 補作した部品は上から蓮頭,糸巻,棹上のフレット3枚。あとは内桁を1枚交換しました。果てしない虫孔との格闘のほかは,再組立てと棹のフィッティングを鬼のように精密にしたあたりが苦労でしたかね。

 関東の楽器や鶴寿堂とかに比べると,棹がやや太めですが,グリップに違和感はなく,楽器の重量バランスも良いので,操作性は抜群です。
 第1~3フレットは例によりビビるギリギリの高さで調整してあるので,ほぼフェザータッチ状態ですが,オリジナルフレットの部分でも運指に対しての反応はなめらか,低音域<>高音域とどちらに指を滑らせても,ひっかかりはほとんどありません。

 音量はやや小さめですが,優しげな広がりのあるやわらかな音と長く繊細な余韻……うん,これこそ「月琴」という名前から日本人が想像(妄想?)した楽器の音----って感じですね。これをさらに突き詰めてゆくと,最終的には山形屋の楽器のような,ガラスの風鈴みたいな余韻になっていくんでしょうが,そのへんはまだやや荒削りで,唐物月琴の構造と音色もいくぶん残しており,「国産月琴の音」の基礎というか萌芽みたいな段階でもある気がします。

 もともとちゃんと修理・調整されていれば,松音斎の楽器の操作性や音色に文句の付けようがあろうはずもありません。
 なんせ国産月琴においては庵主の認める「名工」の一人ですからね----

 楽器は道具,壊れたらまた直します。
 まずはこのキレイな音を楽しみつつ,バリバリ弾いてやってください!

(おわり)


松音斎(3)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(3)

STEP3 埋め込まれた男

 胴体の接合補強,響き線の防錆,表板虫食いの補修,そして棹とのフィッティング。
 ここまで終われば,いよいよ裏板の再接着です。

 裏板にも一箇所,接ぎ目がスカスカになってる虫食い箇所がありますが,食害は浅いのでここは切り取らず,接ぎ目を桐塑で充填・整形し,接ぎなおして1枚にしておきます。

 で,せっかく一枚に戻した裏板ですが,このまま戻しても元通りにはなりませんので。(w)例によって,真ん中付近の接ぎ目から2枚に分割し,左右に広げて接着します。
 この分割するところにちょうどオリジナルラベルがあって,何とかハガしておきたかったんですが,前回同様破損が酷く,再利用可能な状態では救出できませんでした。

 ふむ……またラベルの贋作(w)が必要なようじゃな。

 板接着後一晩置いて,真ん中に開けたスキマを埋め込み,面を整形します。表板の時と違い,こちら面の作業時には胴体が箱になってしまってますので,埋め木を裏がわから整形したり調整したりすることができません。そのため,埋め木はやや薄く削り,きっちり奥までおさまるようにしてあります。そのぶんあとでスキマができちゃったりするのですが,そこは桐粉やオガクズを埋め込んで,ニカワで固めます。
 ついでに埋め木の表面を,軽くヤシャブシで染めて補彩しておきましょう。

 今回,表板はハガしませんでしたので,周縁の整形は裏板がわのみ。
 胴材に余計な傷がつかないよう,マスキングテープで保護してから周縁を削り落としました。

 箱に戻った胴体ですが,今回の虫害は程度は浅いものの数が多く。板の接ぎ目沿いのものなどはまとめて処理しましたが,そのほかにも,内桁や周縁の胴材接着部,またまったく関係のないようなところにもポツポツと存在しています。
 前回も書いたように,現状,楽器の強度に影響がなさそうなものや,きわめて軽度なものは無視するとしても,穴やヘコミになってるものや,薄い割れを生じさせているものなどは,見た目的にも無視できませんので,それらを一つ一つ埋め込んでは整形・補彩してゆく地味な作業がけっこう延々と続きます。

 で,その間に----
 糸巻でも削ったりしておきましょうかね。

 去年のちょうど今ごろ,修理がたてこんだので糸巻の素体(丸棒の四面を斜めに落としたもの)を20本近く作ってあったんですが。その後,なんやかんやで糸巻の支出が多く,道具箱漁ったら残り1本になってしまってました…さあ,今年も斬りまくるど!

 ----というわけで。
 とりあえずは月琴2面ぶん+予備2本で計10本。 いつもいつも言ってますが,庵主,この素体作りがキライなだけで,ここから糸巻を六角形に削り出す作業はキライじゃないんですよ?

 まっすぐ縦に挽き割るのより,横に垂直に挽き切るのより,この繊維に対して浅く斜めに挽くというのは,木を切る時にいちばん大変なのですよ。その作業を1本の糸巻につき6センチx4面,ぜんぶつなげると月琴1面で1メートル近い長さを挽くわけですからね。

 今回は10本やりましたから,庵主はこの苦行を2メートル以上やり遂げたわけです。ちょっと前に,今までやったぶんを計算しましたら,ちょっとした旅路の距離になってましたわ,はぁ………もっと褒めてよ!讃えてよ!甘やかしてよおぉ!!

 失礼----作業の疲れから少々錯乱いたしました。(老眼鏡をクイッ)

 松音斎の糸巻には六角三本溝のものと六角一溝の2つのタイプが確認されていますが,今回の楽器と同等レベルのものにはだいたい後者が付けられていたようです。
 六角一溝の糸巻は国産月琴では一般的ですが,松派あたりの糸巻は,関東の作家のものに比べると若干短く,握り尻の帽子の部分が浅くあまり突き出していないもののほうが多いようですね。
 さすがにいままでこの工作だけのために,東海道五十三次か汽笛一声で東京圏からいくつか先の駅までの距離ノコギリ挽いて到達しているだけあり。年々,糸巻製作の速度が上がっている庵主ではありますが。素体切り出しからだいたい足かけ三日ほどで,一面ぶん4本の加工が完了。

 松音斎は工作精度が高いので,ほかの作家のように糸孔の大きさがバラバラなんてことはなく,どこの孔を基準に作ったものでも,他の孔に挿してまったく問題なく噛合いますね。その調整が要らないぶん短縮されても,やっぱり三日ぐらいはかかっちゃうもんですが。

 できあがった糸巻は,スオウで染めてオハグロで黒染め,仕上げは亜麻仁油と柿渋です。
 今回はミョウバン媒染をせず,薄めたオハグロを重ね塗って鉄媒染。指板の色に近い赤紫から赤茶の紫檀風にしてみました。

 で,小物パート2。
 菊のニラミ(月琴の胴表左右についている飾り)のうち左がわに一部カケがあります。これも補修しておきましょう。

 よく 「そこまでやるかッ!」 みたいなこと言われますが,この手の作業,庵主の大好物なんですよ----ええもう,本体の修理なんかよりずっと。(www)

 欠けているのは,てっぺんに3枚広がっている葉っぱのうち左向きの1枚。
 この菊のデザインは清楽月琴でよく見るタイプのものですが,前に修理した初期の松音斎(下画像)のものに比べると多少簡略化されており,後裔と思われる松琴斎や松鶴斎の楽器に付いてるのとほぼ同じになってますね。

 そんなに長くない月琴の流行時期に二千,四千といった数を作ったらしい人なので,後のものほどこうした省力化によるコストダウンがなされていったようすが,ここらへんからもうかがえます。

 さて,作業はいつもどおり。

 欠けてないほうのニラミから欠けてる部分のカタチを写し,左右反転させてホオの薄板からおおまかに切り出します。
 つぎに,切り出した補材を欠けたところに接着。
 接着剤はエポキで,裏面に和紙を貼り,この紙ごと接着して薄い樹脂の支えを作ります。この部分は貼りつける時表面を軽く荒しておけばふつうに接着できますからね。

 小さなヤスリやペーパーを貼った当て木などで,ほかの部分とつながるように整形し,最後に彫り線などの細かなところをつなげます。

 よく磨いたら,作業で擦れちゃった部分といっしょにスオウで赤染め,ミョウバン媒染,オハグロで黒染め。
 周辺と色を合わせてゆきます。

 まあ,よーく見ると継ぎ目に線がうっすら見えてますが,こんなものでしょう!

 できあがったお飾り類は,ざっと全体を染め直して色合いをそろえ,軽く亜麻仁油をはたいておきます。色止めと木部の保護のためですね。
 人と接しないまま乾ききった薄板は割れやすくなってますので,油を染ませてしなやかさを取り戻させるわけです。ただ,この作業。油が乾く前に貼りつけると表板に油染みが広がっちゃいますので,組み立てるけっこう以前にやっとかなきゃなりません。

 「古楽器の修理者」としての庵主の修理の手の早さ(技術的な事ではない)はそこそこなものだと思っておりますが,切った貼ったのワザではイロイロと抜け道もアリ,けっこうな速度をあげられる庵主ではありますが。さすがに乾燥に24時間かかるものを数分で乾燥させたり,硬化に三日かかるものを何秒かで固めちゃうような,物理をちょーえつした魔法の力は持っておりませぬ。
 いいや----修行してこの厨二力(ちゅうにぢから)をあげてゆけばいづれは何とか!----とは思っておりますものの(w)
 今回は,なんやかんやコロナ禍による稼ぎ仕事とのタイミング的な関係で,うまく段取りが回らず……このあたりでちょっと余計に時間がかかっちゃってます,ほんと申し訳ない。

(つづく)


月琴WS2021年5月五月場所!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸~5月~


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 2021年・5月さつきにでびるめいくらい場所-*


 五月雨に流れたそうめんい○のいと

 4月場所にお集まりのみなさま,ご参加まことにありがとうございました!


 5月の月琴WSはつきすゑの29日(土)の開催予定。
 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのふわふわ開催。
 なにかとコロコロ対策はしておりますが,だいたい3時過ぎごろがピークなので,どうしても密を避けたい方は,早めのお昼過ぎごろが空いてますよー。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

松音斎(2)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(2)

STEP2 泣いて馬謖を切りました。(二人目)


 うえーん。

 虫食いの被害状況確認のため,保存状態のいい胴体に刃物を入れた依頼修理の松音斎。
 原作者の接着が上手く,必要最小量のニカワしか使われていなかったためか,虫食いの被害は数多いもののどこも限定的で,板の接ぎ目や板と胴材の接着面が浅く食われているていどであったようです。
 外見はキレイだがじつは中身がスカスカくらいの最悪の結果もありえたので安心する反面,このくらいの状態だったなら,ここまでせんでも良かったのにいぃ!ああ,カンペキなオリジナル状態の胴体ぃ!----と悔やむ古物愛好家の庵主でもありました。

 ともあれ----

 損傷の詳細が判明しましたので,あとはその補修と調整,そして組み直しを粛々とこなしてゆくだけですね。

 まずは上桁まではずし,桶状態にした胴の構造補強から。
 側板四方の接合にニカワを流し込み,胴にゴムをかけて再接着。
 もともと工作が良く,木口同士の接着面はまさに 「カミソリの刃も入らない」 ほどの精度で擦りあわされてますし,各部材もだいたい寸法がそろっているので,裏がわには段差もあまりありません。
 今回接合の補強は和紙を重ね貼りするていどで良いようです。

 すこしゆるめに溶いたニカワを染ませ,硬めの筆でたたくようになじませながら,目を交差させて3枚。
 薄めの和紙ですが,これだけでもかなりの強度になります。
 接着剤がニカワなので,防虫を兼ねつつ柿渋を塗布して補強。さらにその上からラックニスを軽く刷いて完成です。

 接合部の補強と同時に,響き線のお手入れもやっておきましょう。
 前回も書いたように,多少のサビは浮いているもののかなり良い状態です。

 表面の錆を丁寧に落し,柿渋を塗って黒錆の被膜を発生させます。
 塗って10分もしないうちに真っ黒になりますね~,カガク反応スゴいです。
 赤錆の粉とかこの黒汁が板に落ちるとエラいことになりますので,下には紙を敷いて作業をしています。桐板に使われているヤシャブシは鉄との反応が良い----良すぎますからね。ゼッタイ落ちないシミがついちゃいますよ~。
 数日乾かしたら,響き線全体と留め釘にラックニスを刷いて完成です。

 つぎに上桁
 分解の時に少し傷ついたものの,オリジナルも残ってはいますが----これあまりにも質がアレなので,手持ちの材で新しいのを作って交換します。
 オリジナルは厚さ8ミリ,松の板のようですが,腐ってもいないのに木目沿いに指でちぎれるくらい柔らかいというか,やたらスカスカした板です。板にする時の乾燥や保存が悪かったのか,もともとかなり若い樹----間伐材か何かから採った板だったとかかなあ。

 前に月琴ラックを作る時に使った松板がまだあるので,それで作っても良かったんですが----ここを少しいい材で作った時,この楽器の音がどう変わるのかに少し興味がありましたので,広葉樹のカツラの板で作ってみました。

 新しい上桁を取付け,胴の構造が固まったところで,いよいよ表板の虫食い退治です。

 表板は,板裏から確認できるだけで11枚接(は)ぎ。9箇所ある継ぎ目のうちじつに6箇所が食われており,そのうち3箇所は接ぎ目から光が透けて通るくらいスキマが開いちゃっています。

 食害の左右への広がりが最も大きい,左から三番目の継ぎ目は接ぎ目を中心に左右に5ミリほど,完全に板の上下を貫通している右から4番目の接ぎ目は,左右1ミリづつ切り取りました。
 そのほかスキマにはなっていないがしっかり食われちゃってる中心線あたりなど,数箇所を切り取ります。

 この感じだと,今回手を付けていないほかの接ぎ目も,おそらくは何かしらどこかしら食害を受けてるとは思うのですが,現状強度上の問題がなく,ズボっと孔があきそうにないようなところ以外は,とりあえずそのままにしておきます。そちらはいづれ割れ目が生じたり,ズボッと逝った時……未来に託しましょう。

 さて,掘った穴は埋めねばならず,あいたスキマはふさがにゃなりません。
 まず材料ですが----このところの修理で古い桐板の長い寸法のものが払底してしまいましたので,ネオクでちょちょいと調達。
 古い桐箱ですね。椿椿山なんて書いてありますが,もちろん中身は空。

 月琴の修理で使う桐板は,幅はそんなに要らないですからね。
 このくらいでじゅうぶん。箱一個あればしばらくだいじょうぶなんですが,なんかまとめ売りで…誰か桐箱要りませんか?(www)
 これをバラして切り刻みます。

 各補修箇所に合わせて整形し,ニカワで接着。
 桐箱の板は月琴の表裏面板より若干厚めなので加工がしやすいです。
 一晩置いてハミ出てる部分を削って整形します。

 裏がわもキレイに!
 ふさいじゃえば見えなくなるところですが,こういう部分こそが大事だってことはいつも言ってるとおりです。

 裏板を貼りつける前に,棹と胴体のフィッティングをしておきましょう。
 ふつうに挿してみますと,表板の水平面に対して指板の片側がわずかに下がってしまっているのが分かります。

 まあこういう時まっさきに疑うべきは新作した上桁の孔なんですが,今回の場合,そちらは問題ナシ----原因は 側板の棹孔の加工不良 ですね。2枚目の画像,丸で囲んだ右上の奥のほうが出っ張ってるのと,ガッチリ測ってみましたら,左下の角も反対がわより0.5ミリほど高くなってました。

 楽器を道具として使用するがわからしますと,こういうところが演奏上いちばん大切な部分なのですが,松音斎も松琴斎も,木部の加工や接着の技術はきわめて高いのものの,楽器がカタチになってからの,こういう 「調整」 がきわめて雑です。このあたり国産月琴の作者には多いですね,「仕上げ」は丁寧 ですが 「調整」が雑----月琴を作っている本人が「楽器としての月琴」のおさえるべき「ツボ」をちゃんと勉強していない,って感じですね。


 平行四辺形だった棹孔を四隅90度のカンペキな長方形にしますと,そのぶんユルくなっちゃいますので,棹基部には新たに突板を何枚か貼って調整。そのほか延長材とのV字接合部分が片側ハガれていたので再接着しておきます。

 あちこち調整・補修しながら再び挿してみますと,表面板の端と指板は面一になったんですが,こんどは基部の棹背がわのあたりにすこしスキマができるようになりました。

 この楽器,前修理者が基部を一度調整しており,スペーサのところから見るに,最大で1ミリ近くも削りこんじゃってるみたいですが。ここまでの状況から考えるに,音合わせの障害やフレットのビビリの原因を,この棹基部の加工不良とみて胴とピッタリ噛み合うように加工してしまったものじゃないかと----でもたぶんそれ,上で修理した延長材のハガレが原因だったようですね。
 ここがハガれてますと,糸を張った時の弦圧で棹頭が持ち上がります。これで音合わせをすると,糸巻を握りこんでる間は音が合ってても,手を離すと棹が動いて音がズレますわな。また楽器全体がわずかに弓なりになってるので,中音域でビビリが出たり音がミュートしちゃったりもしますね。

 へんな加工痕があるな…とは思ってたんですが。工作は実に丁寧できれいに仕上げされており,前修理者はここの調整にかなりの労力と時間をかけたようではありますが無駄でしたねぇ----まあここは,この楽器を知ってるとこういう場合真っ先に疑う箇所なんですが,これもケーケンがない場合しょうがないかもしれません。


 先に調整した指板と面板の接合部に影響が出ないよう,そこを支点として棹全体を棹背がわにわずかに傾け,前修理者の加工した接合部が,胴材とぴったり密着するように調整します----難しいことを言ってるって? やることは簡単なんですよ。上桁の孔の表板がわの辺を少し削って,削った分のスペーサを反対がわに埋め込むだけのことです。


 なんやかんやでこの作業,けっきょく今回も足かけ三日かかりました。

 その甲斐もあり,現状棹の出し入れはスルピタ。
 棹基部にも360度スキマのない見事な密着ぶり。
 ここの調整だけで,楽器としての操作性や音色がずいぶんと違っちゃいますからね。毎度のことながら時間をかけてしっかりやらせていただいております。

(つづく)


松音斎(1)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(1)

STEP1 松とて春はめぶくもの

 さて,清楽・明清楽流行時に名器と謳われた天華斎,老天華の修理を終えたばかりですが,続くときには続くもので…
 依頼修理の楽器がまた1面,到着いたしました。

 胴裏面にラベルが残ってますね。

 いちばん左の字がほとんど欠けてますが,松音斎----庵主が「松派」と呼んでいる大阪の製作者群の一人で間違いありません。ほかに「松琴斎」「松鶴斎」というのがおりますが,そのなかでもおそらくいちばん古く,かつ最も技術の高い作家さんです。

 パッと見,欠損は糸巻と棹上のフレット3枚のみ----表裏の板も白く,胴側や棹や糸倉にもさほどのキズやヨゴレは見えません。糸巻だけちゃちゃッと削って挿しちゃえば,すぐにでも使えそうな感じ----いやいや,なれば…なればこそ,思い出していただきたい! 庵主がいつもいつも言っているコトバを。

 「キレイな古物にはトゲがある」 ,と。

 はい----1カメさん,ちょーっと胴体に寄っちゃってください。

 はい…もうちょい。

 ハイ----どうぞッ!

 うぎゃあああああああッ!

 そのキレイで真っ白な胴体に,
 ポツポツポツ
 虫の…虫食いの痕があっちにもこっちにも。

 欠損部品は少なく,保存状態はいい。

 この板が,ふつうに割れてるだけだったらよかったんですけどね----

 単純に使用による欠損摩耗や保存保管の不備による損壊などと違って,「前修理者」やこうした「虫」など,生物のやらかしたことは,木の理屈が通じないだけに厄介なのです。ここまで食われまくってますと,外見からだけでは実際にどこがどの程度の食害を被っているのか,現状どこがどうなっているのかは庵主にも分かりません。このままの状態で損害状況を調べるには,高度な非破壊検査の機械にでもかけるしかないでしょうね。

 ああ…側板と表裏板の間にもほとんどスキマがありませんね。
 虫には食われてますが,ほとんどの接着箇所はほぼ製作当時のままみたいです。

 庵主は蒼き衣をまといて黄金の草原に降り立った者ではないので,これを食いまくった虫のキモチなんぞ分かりませぬゆえに,この古物骨董的には最高に「保存の良い」状態である楽器を「使えるようにする」ためにはまず,古物骨董的な価値が0になるくらいまでバラバラにぶッ壊し,「どこがどうなっているのか」を徹底的に把握しなきゃならんのです。
 ふッ………以前54号(山形屋)なんかの時にも同じようなメに遭いましたが…門前の小僧とはいえ古物屋で働いた経験のある庵主にとっては,かなり胃袋にくる修理作業となりそうですわい。


 まずは安全に剥がせるものはずせるものを極力はずしてしまいましょう。

 ああ…さすが松音斎。
 名古屋の鶴寿堂あたりに爪の垢でも煎じて飲ませたいものですね----5Lくらい。

 通常のメンテナンスで剥がす必要のあるもの,装飾やフレットは,そのままではつまんでゆすってもまるでビクともしませんが,周縁に筆でお湯を刷いてしばらくおくと,ほれ----

 逆に,通常の使用ではずれては困るような半月などは,同じようにやってもちょっとやそっとではハガれないようにしてあります。フレットやお飾り類は1時間もすればハガれましたが,半月は同じようにやって一晩以上かかり,最後は細長く切ったクリアフォルダでしごき切ってようやくはずれたくらいです。


 さらに,そこらの作家さんの場合,こうして強力に接着されていた箇所を指で触ると,ヌルヌルしてたりベトベトしてたり,ニカワの層があるもんですが,松音斎の場合は触ってもさらりとしてて,ベタつきがほとんどありません。
 「最少のニカワで適度な圧」という,ニカワ接着の最良のお手本みたいな感じです。
 接着そのものの技術もさりながら,その前段階,すなわち接着面の整形がスゴいんですね。接着面がどれだけ密着しているか----月琴の場合は,片面が桐板という空気を含みやすい柔らかな材質だからいいんですが,たとえばこれが水の滲みにくい硬木で,両面スキマに空気も入らないくらい精密に加工されているのが同じようにニカワで接着されていたら,分離しろと言われれば,庵主,迷うことなくノコギリを手にしますね。

 剥がした後,ほとんどベタつきのない接着面に水を刷いてしばらくすると,表面にしみこんでいたニカワが浮き出てきますので,濡れ布巾でこれを拭い取れば後始末も完了。ニカワの使い過ぎは逆に強度を下げるだけじゃなく,後世の修理者にとってもメイワクでしかないわけですね……庵主も自重自省いたしましょう。

 簡見したところ,虫による食害は表板のほうが酷く,裏には向かって右手の一箇所以外ほとんど見当たりませんが,調査の為「ぶッ壊す」にあたり精神的な負担が少なく,後々のフォローも利きそうなのは,やはり裏板がわです。

 はぁ………

 と,ひとつため息を漏らしつ,ひとまず野蛮な行為へと身をゆだねましょう。裏板の貫通した割れの上端は,ちょうど胴左上の接合部にあたっており,そこに3ミリほど板端の浮いたところがあります。そこから刃物を入れて----

 べりべりべり…

 ううう…調査確認のため修理のためとはいえ,虫食い以外はほとんどキズのないウブな胴体に,余計なキズをつけてしまいました。

 内部は思ってたよりはキレイでした。
 表面から見えた虫害がけっこうなものでしたので,もっと汚れてるかと思ったのですが…

 虫の喰いカスが少々と,割れのスキマから入ったらしいホコリが全体を軽く灰色に覆ってたくらいですね。製作時に入ったと思しい胴材のカンナ屑みたいのも少し出てきました。
 内桁は二枚。おそらく松材で,上桁は厚さが均一(8ミリ)ですが,下桁には一端が11ミリ反対がわが3ミリというおかしな板が使われています。上下どちらも表裏の板と側板の裏にニカワづけしただけの単純接着で,唐物のように側板に溝を彫ってはめこんだものではありません。
 国産月琴ではこの内桁の接着がおざなりにされていることが多いのですが----さすが松音斎,この部品の接着具合が楽器の音に影響することが分かってるようで,かなり強固に取付けられていました。

 上桁には棹なかごを受ける孔のほか,響き線を通す穴が片側に一つ。
 下桁は一見何もないような感じでしたが,よく見ると真ん中のあたりに小さな孔が2つ,並んであけられてます----左右での厚みの差も含めて,工作の意図はまったく分かりませんが。

 響き線は胴の右肩から上桁をくぐって胴腹をめぐるタイプ。
 基部の位置や形式は唐物のそれに近いですが,線が直挿しでなく木片を噛ませてあることと,線の曲りが唐物よりもキツめです。

 基部の位置は唐物と同じですが,上桁をくぐってから先の形は,上桁の下に基部のあるタイプのそれに近くなっています。このまんま横に基部を付けたら,唐木屋あたりの楽器でよく見る響き線とほとんど同じになりますものね。

 こうしたあたりからも,松音斎という作家の楽器には,月琴の構造が唐物のコピーから,この国の職人による独自のスタイルへと変ってゆく中間段階,「国産月琴」の萌芽と言えるカタチがはっきり見て取れると言えるかもしれません。

 響き線も,最初見た時は全体がホコリで灰色になってましたが,表面を拭ったら,若干サビは浮いているものの,銀色のところも見えるていど。かなり良好な状態のようです。

 とりあえずここまでで,目視できる範囲での内外の状況は調べ終わりました。
 ここまでで分かったことをフィールドノートにまとめておきましょう。

 幸いなことにというかご愁傷様というか……オモテから見るとけっこう派手で深刻そうな食害痕だったのですが,内部の精査から,内桁や胴側材までとどいているのが2~3箇所あるものの,多くは板裏まで到達しておらず,またほとんどが板の矧ぎ目に沿ったものかごく表面的なもので,横方向への広がりもあまりなさそうだということが分かってきました。
 原作者の接着技術が神級なので,虫たちの狙いであるニカワの使用量が,通常よりきわめて少なかったおかげでしょうね。

 虫食い楽器の修理自体は何度もやったことがありますし,その中にはもっとヒドい,表裏の板や側板がスカスカになっちゃってるのまでありました。逆にそこまでオンボロになってると,どこかしら板がベリっと剥がれてたり,接合がパックリいってたりするので,損傷個所の状況を把握することも容易にですし,修理するがわのキモチ的にもかえってこうラクなんですが……この楽器のように,虫が食ってるところ以外は保存状態が超絶良好でスキマのひとつもないがゆえに,損傷の度合いが測れない,というケースはあまり経験がありませんね。

 ほかに状態確認の手段がなかったとはいえ,結果として虫食い箇所以外はほぼカンペキな保存状態の楽器の板を剥がしちゃったわけで----古物愛好家としましては 「ふふふ……修理とは修羅道なりとしゅらしゅしゅしゅ」 などと一句詠んでしまえる精神状態ではありますが,これをこれからどこまでリカバーしつつ楽器を再生してゆけるかが,今後の作業の指針となってゆきましょう。


(つづく)


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