月琴60号(4)/おせんさん(3)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号(4)/おせんさん(3)

 さて,自出月琴60号および依頼修理のおせんさん。
 ともに分解作業まで進んだところで,今回はここまでの調査のまとめとしてフィールドノートを。
 フィールドノートの各画像は,クリックで別窓拡大されます。
 細かい寸法とか参照されたいかたはどうぞ。
 まずは60号から----

60号・STEP4 マルコメの園

 棹なかごが丸棒状だったのにはちょー驚かされましたが。(^_^;)
 胴径:343は国産月琴の平均からだいたい1センチちょい小さく,有効弦長:387は2~2.5センチくらい短い。全長だと2~3センチ,石田不識みたいな大型の月琴と比較すると5センチくらいも短くなります。
 しかし全体の構造から考えて,これは楽器として小型高音の月琴を目指したのではなく,庵主のウサ琴のように,材料か工具の制限からくる小型化だったと思われます。
 そのあたりも含め,原作者には月琴という楽器またその構造に関しある程度の知見はあったようですが,その工作には量産を意図しない----きわめてワンオフ的な手間が見てとれます。他人に頼まれて作ってみたものか,これから作って売ろうかという段階の,試作品的な楽器だったのではないでしょうか。
 「月琴」の製作に関しては,ほぼシロウト同然であったと思われますが,材の木取りにしろ各部の加工,部材同士の合わせ等,その木工技術にシロウト臭は感じられません----大工さんか指物屋か,いえ,すくなくともボール盤といった新しめの加工機械は有していたようなので,ほかの楽器,たとえばバイオリンやギターのような西洋楽器を手掛けていた若い職人さんが,手慰みで作ったような楽器だったかもしれませんね。

 胴にけっこうなバチ痕が残ってます。しかもちゃんと清楽月琴の擬甲で付けられたとおぼしい痕跡ですので,月琴として,楽器として,実際そこそこに使われたものだとは思われます。

 フィールドノートに記載したほかに数箇所,分解ちゅうに虫食いが見つかりました。
 その中では,右のニラミの下から発見されたものが,孔も大きく,けっこう広がりもありそうです。ほかには今のところ,さして深刻そうな問題は見つかっていません。

 原作者が月琴シロウトとおぼしきゆえに,見て思い浮かぶ細かな疑問点や問題点は多々ありますが,なかでもいちばん分からないというあたりをあげるなら----
 表板が妙にぶ厚いということでしょうか。

 共鳴板の表が厚く裏が薄い。
 楽器として音を前に飛ばすことを考えるなら,ふつうは逆なんじゃないかなあと思いますね。
 しかもこの表板,厚みが一定ではなく,上のほう(棹がわ)が特に厚くお尻に向かって薄くなっています。胴上端,天の側板周縁で6.5ミリ,地の側板のあたりで4.5ミリほどでしょうか。この棹口付近の妙な厚みのため,指板と表面板の間には現状2ミリほどの段差ができてしまっています。
 はじめは何らかの音響的な効果を狙ってワザとこうしたものか,とかも想像してみたんですが,どう考えても理屈に合いません。強度上の理由,もさして考えられないですよね。さらには,ふと思いついてバラした裏板を当ててみると……こちらのほうが段差もできず,見事なほどぴったし面一に!……なんじゃこりゃ?

 あらためて見比べてみますと,裏板のほうが厚みも均等。厄介そうな節目や荒れもなく,木目も柾目っぽい,しごく安定しているイイ板です。
 なのになぜこれを使わなかったのか?
 上に書いたように何らかの効果(庵主には思いつきませんがww)を狙った実験的な工作だったとか,単純に組上げの時胴体のオモウラを間違えた,というアホらしい理由を除くと……そうですね…あと残るのは表板に比べると若干地味で見た目のインパクトが薄い----と言うところでしょうか。
 裏板のほうが本来表板として使われるべき板だったとするならば----現在,修理のためバラバラにしてありますから,ためしに表裏をひっくりかえして,本来使われるべきだった方向で組み直すことも可能ではありますが……まあさすがにお飾りや半月の日焼け痕もあるし,陰月まで開いてますからそうもイキますまいか。

 修理では,壊れたところを直すのと同時に,原作者の不慣れなとこと,この楽器に関する経験や知識の差のフォローをすることになりそうですね。月琴シロウトの職人さんが作った「ギリ月琴っぽい」楽器を,どこまで「比較的マトモな月琴(w)」のレギュレーションに近づけることができるのか。
 「修理」と「改造」のせめぎ合いみたいな作業になってしまいそうですね。
 まあそれもヨシ。


おせんさん・STEP3 風の都

 続いて依頼修理のおせんさん。


 前回書いたよう。この楽器は「太清堂」の作にきわめて近い特徴を持ってますが,おそらく別人の手になるものと思われます。初期の作家さんたちが唐物の楽器を参考・模倣したように,その後の流行期に全国に湧いたニワカ職人さんも,たまたま手に入った誰かしらの楽器を参考にしたことが多かったでしょう----これもそういう例の一つ,おそらくは「ぽんぽこ」に近い,太清堂の比較的初期の楽器をモデルにしたんじゃないかと思いますね。
 ただし,こちらは60号と違って明らかにプロの楽器職の仕事です。
 各部の工作の手熟れさ加減から推して,まだ作数は少ないようですが,それも一面とか二面といった数ではない感じ。
 また,少なくともデザイン・センスは太清堂より少し上ですね。
 え----証拠?

 言わずもがな----右が「太清堂」の楽器についてたコウモリ。
 どちらのコウモリもある意味デザイン的に崩壊ライン・ギリギリですが,見比べるならこちらのほうが少なくとも,フォルム的にはまだ「まともなセンス」が感じられるじゃあないですか(w)

 元になってる太清堂は,上画像でご覧のようにお飾りなどのデザイン・センスはかなり壊滅的ですが,音を出す道具である「楽器」としてはかなり性能の良い部類となります。そいでから,毎度太清堂の楽器を修理するたび庵主は,「なんでこんな雑な仕事してやがるのに音がイイんじゃああ!!」と叫んでいるわけですが,それは太清堂の楽器が,月琴の楽器としてのツボ-つまりモノとして「ここ」と「ここ」さえシッカリやっておけばあとはどうでもイイ-というところを,逃すことなくバッチリしっかりおさえているからです。詳細に比べてみると,こちらの楽器は仕事ぶりそのものは太清堂より丁寧なものの,そうした「ツボ」の認識には若干ズレがあるようにも感じられます。

 たとえばこの内部構造。

 上にも少し触れましたが,この楽器の内桁の配置は,太清堂の初期作と思われる「ぽんぽこ」とほぼ同じとなっております。
 全円直径のほぼ1/3にあたる箇所に内桁を上げて,響き線の効果のかかる下部共鳴空間を極力広げようというわけですね。もともと三味線やギターに比べると共鳴胴内の空間が小さい楽器です。強度的なバランスを無視しても,これを最大限に利用したい,という気持ちは分からないでもありません----しかしながら。

 太清堂ですら,こういう極端な空間構成が楽器の強度バランス,特に表裏の板に及ぼす影響について薄々想像はついていたとみえ,内桁とは別に,表板のうらがわ中央に補強の板を接着しました。まあこれは,経木で作った弁当箱の蓋の裏に同じ経木の薄板を細く切って貼りつけたくらいのもので,思いつきというか気休めというか……実際の効果のほどはアヤしげで,現に表板には板の左右方向への収縮をおさえるものがないところからくる割れが生じ,面板は弦圧によって剥離してましたから,少なくとも「補強」にはならなかったようです。
 この楽器の作者も,そのあたりには些か想うところはあったらしく,剥離後の側板を掃除していたら,ふつうならここに下桁が入るだろう,という位置に何やら指示線が見つかりました。それであらためて調べてみると,表板の同じあたりに,一度板を貼りつけようとした痕……ニカワの痕跡がうっすらと。

 じつはもともと下桁がついていたのが,壊れて面板のスキマから落っこちたんじゃないか,とも考えましたが。ほかの部分ではあんなに接着剤べったりの人が,ここだけこんなに薄くキレイにするハズもありませんし,側板や裏板には痕跡が見つからないことから,下桁を入れるべきか否かで逡巡し,組立中,一度は実際に貼りつけてみるまではしたものの,結局はやらずに痕跡を拭って終わった,と考えるのが妥当でしょう。
 ちなみに----内桁をズラして共鳴空間を広くとる,というこの工夫は,月琴という楽器に関わるとまあ誰でもが思いつき,通ってしまう中二病的な道のようなんですが。いままで修理で見てきた楽器の経験とウサ琴による実験の結果,害はあれども効果のほうはほとんどナイ,ということが分かっています。

 そういうあたりにまで聞いて分かるような影響を及ぼすにはね,
     月琴の胴は小さすぎせますぎるんですよ……もともとの空間が。(w)


 この楽器でもそうですが,よく内桁の左右に「音孔」という細長い孔があけてありますよね? 実はこの孔,あってもなくても,音の大小や響きはそれほど変わりません。

 まあ考えてみてもくださいよ。

 そもそもこんな薄っぺらくてせまッちい空間で,ちッとやそッと空気が対流したくらいで何が変わると思います?

 月琴の音のヨシアシは,何もない空間がどれだけ広くとられているか,ではなく。胴がどれだけしっかりとした箱構造になっているかによって決まります。部材の継ぎ目にスキマやユルミがなければ,箱全体に振動が伝わってよく鳴るし,逆に少しでもスキマがあれば,そこで伝導が途切れて部分的にしか鳴らない,そういうごくごく単純なハナシです。
 シンプルな構造の楽器だけに,部材の合わせは精密か,接着は確実か----思いつきの中途半端な工夫よりずっと----そういった,たかだか「箱」を作るうえで必要となる程度の,木工上のしごく基礎的・基本的な技術や加工の差異のほうが,音を出す道具という意味での楽器の品質に大きく関与しているのですね。

 「ぽんぽこ」の場合は,表板の補強板と同じような板を裏板がわにもつけ,中央に表裏板をつなぐ構造を足して,もとおとの「補強板」を擬似的な「下桁」に改造することで「箱」としての強化をはかりましたが,こちらの場合は原作者が一度躊躇したように,いッそガッチリとした下桁をブチこんでしまったほうが,楽器の将来的にも良いかもしれません。


(つづく)


おせんさんの月琴 (2)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(2)

STEP2 ボディ・スナッチャー

 さて,表がわからの観察も終わりましたので,こちらも内部への旅とまいりたいと思います。

 まずは裏板から。
 ----そぅれ,ベリベリベリ!!

 面板あちこち浮きまくってましたので,60号より簡単に,キレイにハガれてくれました。扇飾りのニョロリから推測したとおり,作者がアレのアイツなら,彼の楽器は内部構造に特徴があるのでこれで確定できるはず----おんや?

 …うむ………びみょう。

 これは……「太清堂」の楽器ではないかもしれません。

 一枚桁,側板は厚めで四方接合部には補強の小板。
 このあたりは「太清堂」の楽器でよく見られる工作・加工の特徴です。
 内桁がいつもよりかなり上のほうに位置していますが,この配置も,つい最近扱った彼の初期作「ぽんぽこ」で見ましたね。

 しかし,この響き線が----これはハガネの渦巻線ですね。
 しかも,ずいぶん細く,繊細です。

 「太清堂」の楽器では初期作から一貫して,響き線にはやや太目の真鍮線が使われています。もう一組付いてるコイル線も,それより番手は細いものの同じく真鍮線。鋼線が使われた例も,このタイプの渦巻線の例も,今のところ見たことがありません。
 もちろん庵主が見てないだけで,そういう工作例がしれッっと存在してても何ら不思議はないのですが。庵主,この10年ほどで彼の楽器を6面ほども修理しているもので,「太清堂」の「手」はあるていど分かるようになってます。
 そこから言うと----

 よく似てる。
 ----でも,なンか違う。

 あの特徴的なニョロリに良く似た扇飾りはついてますが,
 たぶんこれは「太清堂」の楽器ではありません。


 内部構造の観察にもどりましょう。

 内部は比較的キレイで,ホコリ等もそれほど溜まってはおりませなんだ。
 これはひとつに余計な「陰月」(半月ポケット内の小孔)が開いてない構造のためもありましょう。

 左がわ,内桁のすぐ下くらいに細いクギが1本突き出てました。
 なんじゃこりゃ?----とオモテに返して探して見てみますと,右のニラミのコウモリの羽根の先っちょにクギの頭を発見。おそらく前の所有者さんがお飾りが浮いてきたので留めようとしたものかと。
 黒く変色してたんでぜんぜん分かりませんでした。(汗)
 この後の作業でジャマになるんで,裏からペンチで押し出して抜きましたが----60号のに続き,またあまり見ないタイプの釘ですねえ。
 長さ2センチ。細い丸クギです。

 クギと言えば,めちゃくちゃ目立つのがあと2本。響き線の左右に突き立ってます。
 五寸釘というほどではありませんが,かなりデカい。

 この響き線左右のクギは,響き線の固定とは関係がありません。
 そちらはそちらでまた別の小孔があけられてますものね。

 これは「響き線を鳴らす」ために付けられたものですね。
 唐物月琴に見られた「響き線」の本来の役割は弦音に金属的な余韻を与えるエフェクターで,楽器を振った時にガシャガシャ音を出すためのものではなかったのですが,日本の清楽家と職人さんが勘違いしたことから,国産月琴ではこのように,より確実に響き線を「鳴らせる」ような構造が付けられてることがあります----「太清堂」の楽器だと構造的には意外とトラッドなので,こうした発想はあまり見られません。
 ともあれ,これはまあふつうはクギ1本くらいなものなんですが。
 左右についてりゃどっちに揺れても音が出るだろうってことなんでしょうね。
 ただし中を開いた時には,響き線の本体部分が裏板がわのクギの上に乗っかっていて,エフェクターとしても効果音発生器としても,まったく機能しない状態(w)になってました。
 響き線がもっと少し太い線であれば問題なかったのでしょうが,エフェクターとしての効果を考えたのか,かなり細い線を使ってしまったので,振幅が大きくまた揺れる方向もランダムになってるわけで----線が細くしなやかなので,そんな状態になっても何度か楽器を振れば元に戻るかとは思いますが,策士策に溺れるというか,いらぬ考え休むに似たりというか。この「工夫」は,線がひっかかって役に立たなくなる状況を増やしただけでしょうねえ。

 内桁は中央に棹なかごのウケ,左右に音孔。
 材は針葉樹材で工作はかなり丁寧です。
 音孔もキレイに開けられ後処理もしっかりされてますね。

 あと表裏板のウラがわにそれぞれ書き込みがありました。
 一文字目が同じ字のようなので,たぶんこれ棹なかごにあったのと同類ですね。内桁に遮られてましたが,表板のが墨書なのでハッキリしてていちばん読めそうです。
 一文字目はさいしょ「葉」の異体字かなと思ってたんですが,古文書関連のSNSにて「桑」の異体字ではないかとご指摘がありまして……

 そうか,「桑胴」だ!

 前回も書いたように,この楽器の胴側部には桑と思われる薄板が貼り回してありました。飾り板の下の胴本体や棹はホオのようなので,「桑胴」ってのはちょっとサギ(w)じゃないかとは思いますが,たぶんこのことなんでしょうねえ。

 そこから読み解き----
 表板は墨書で 「桑胴表」 とエンピツで 「上」 ,あと下部にこっちが下方向という矢印様の指示が,これもエンピツでざッと書かれています。 裏板はエンピツ書で 「桑胴ノウラ」。
 これらから類推して,棹なかごのも最初の二文字は「桑胴」だと思うんですが,最後の一文字が判りません。「堂」みたいに見えるのでもしかすると 「茎」 の旧字体かも。「茎」と書いて「なかご」とも読みますので。

 ニラミに突き刺さってた小クギ以外は,作業上とくに問題になるような箇所もなさそうでしたので,さらに分解を続けます。
 側板に貼られた薄板は元の工作がやや…いや,かなり雑で,現状でもあちこちが浮きまくり,ハガレまくっております。やり直しするため今回はこれもハガしたいのですが,この薄板が貼られているため表面板の周縁と,胴の本体部分との間には薄板の厚みぶんの段差があります。

 裏板はともかく,このまま表板をハガしてしまった場合,後で戻す時にこの段差のぶんを考えるのがタイヘン。余計な工作も必要となりますので,ハガす前に数箇所小さな孔をあけ,原位置に戻す際の目印をつけておきます。再接着の際ここに細く削いだ竹釘を刺してガイドとすれば,かなり正確に元の接着位置におさまるといった目算ですね。

 準備が出来たところで表板をハガし,つぎに表板上の構造物。
 ----なんかサカナをおろしてる気分になってきましたよ。

 フレット,お飾り,バチ布,半月と順ぐりはずしてゆきます。数箇所木工ボンドや木瞬がつけられてらっしゃりやがりましたが,範囲も小さくヨゴレの上からの接着でしたので,あまり作業の支障にはなりませんでした----有難いが呪ってはおきます。(ふんぐるいるるぃえ)

 ふつうの構造だと,月琴の胴は表裏の板を剥がせばそれだけでほぼバラバラになってしまうのですが。この楽器は側部に薄板が貼り回されているので,面板がなくても胴はしっかりしてますね。
 しかしながら,この作者の薄板貼り回しのまずさ加減もよりハッキリしてしまいます。

 ご覧ください。
 薄板と胴本体の間にどえりゃあスキマが(泣)
 ここだけじゃないですよ----この調子のが数箇所ありました。

 最後にその問題の飾り板をハガします。
 なんせ画像のような箇所があちこちある状態ですんで。
 ちょっと濡らせば簡単にペリペリとハガれてはくるんですが,端からじゅんぐり湿らせながらハガしてゆくと,けっこう時間がかかり,胴材が余計に湿気て変な影響が出そうですので,全体を均一に湿らせて一気にハガしてしまおうと思います。
 さあラップの出番だ。(w)
 飾り板の表面に刷毛でお湯を含ませたら,細長く切ったラップを表面に。
 表裏板がわにはくっつかないようにします。
 こうすることで,最少の量の水分で飾り板だけをより効果的に湿らせることができます。
 ラップばんざい!

 あちこちハガして分かったんですが,この作者,板の接着があまり上手でない。

 側板の接着部にはどこもかしこ,ものスゴい量の接着剤がこンもりと盛られてます。どこも劣化してしまってモロモロボロボロの状態であり,この後の作業のためにもキレイに取り除いておかなきゃならないんですが,これがけっこうな大ごととなりました----なにせ表板のウラがわだけで,こそげた接着剤をまとめたら小さな山ができるくらいでしたからね。部位によっては1ミリちかい厚みでこんもりと盛られていました。(^_^;)

 このブログでなんども書いてるとおり,ニカワによる接着ってのは 「よく滲ませ,薄くまんべんなく少しの圧」 ってのが最強で,こんなふうに層ができるくらいの厚盛りはかえって逆効果になるうえ,虫害など余計な故障受ける原因にもなってしまいます。厚盛りは人間五十年だけにしといていただきたい。

 また,この側部に飾り板を貼り回すという工作を,明治期に湧いたニワカ月琴作者の多くは「下地の粗隠し」だと思ったみたいで,「どうせ隠れるんだからいいだろ?」と飾り板の下の加工をオロソカにする傾向があります。
 実際にやってみると分かるんですが,木の薄板を円形の胴体にきっちりと貼り回すためには,その薄板自体の加工よりむしろ下地となっている胴本体の加工が正確丁寧でなければなりません。
 縁周の曲面にわずかでも歪みがあればそこがスキマになってしまいますし,表面のわずかなエグレや出っぱりも剥離の原因となります。「下地の粗隠し」どころか,この工作ではその下地の処理がふだんよりもしっかりとしていなければ,飾り板自体がかえってヒドい「粗(あら)」になっちゃうわけです。
 実際,いままで見たこの加工の施されている月琴で,工作にまったく問題がなかったのは石田義雄(初代不識)の1面と,江戸から続く老舗・唐木屋の高級月琴の2面くらいなもので,ほかは必ずどこかしら加工上の問題と欠陥を持ってましたね。一見誰でも考え誰にでもできそうな風なんですが,実際にはかなり腕が良くないと,ちゃんと出来ないレベルの工作なんだと思いますよ。

 剥がした飾り板は濡れてるうちに接着面をきれいに清掃して,丸めた状態で水漬けにしておきます。
 古いものですし虫食いもありますので,いちど乾かしてしまいますと,次に濡らして曲げた時にパッキリ割れたりしちゃいそうです----再接着のときまでそのまま水漬けしておきましょう。

 最後に棹上のフレットやお飾りを除去して分解作業はおしまい。
 事前の調査でも予想されてたとおり,楽器のお尻がわ,地の側板を中心に飾り板と胴材にかなりの虫食いが見られましたが,接着剤が厚すぎたせい(w)か食害自体はそれほど深刻ではなく,胴材の内部までは荒らされていないようです。

 あと飾り板で保護されていたので分からなかったんですが,胴四方の接合部のうち1箇所がはずれていました。
 合わせ目のあたりに少しカケが見られるので,床に落としたか何かの衝撃による破断だと思われます。
 とはいえ衝撃で接着がトンだだけで,部材自体には問題はなく。木口の虫食いを木粉粘土で軽く充填した後,新しくニカワを注してしばらく固定したら元通りガッチリと固定されました。



(つづく)


おせんさんの月琴 (1)

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斗酒庵年末修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(1)

STEP1 オレがアイツでアイツがヤツで

 11月の月琴WSでお預かりした修理楽器。

 ちょうど60号の作業もはじめたばかりでしたので,タイミングもよろしく(w)
 今季もまた2面同時修理と相なりました。

 京都の古道具屋さんにて見つけた楽器,とのことで。
 ラベル等はなく,例によって誰が作った月琴だかは分かりません,が……んん?

 こ……このニョロリわ。(汗)

 庵主,去年の暮れから今年の春先にかけて,このニョロリをここに付ける作家さんの楽器の,タタリと思えるほどの超連続修理に追われてましたが……もしや……またぁ!?

 ナニはともあれ,まずは観察から。

 全長:640,
 胴:縦355/横357/厚35
 (板厚オモウラ共:4)

 有効弦長:421±2
 (山口欠損のため推定)

 胴体が薄めで,わりとスラッとした印象のある月琴です。

 蓮頭 はただの雲形の板ですが,真ん中のあたりに接着痕があるので,ここに何か飾りが貼られていたと思われます。
 糸倉から棹 全体は黒く塗られています。これはウルシではなくて,ベンガラでしょうね。
 糸巻 は4本完備。多少サイズが不揃いのようですがオリジナル。材はホオやカツラより気胞の粗い木…タモですかね?スオウで染めた上からベンガラで黒塗り…ふだん庵主がやってるのと同じ染めですね。黒の底に赤紫が透けております。
 山口と第1・2・5フレットが欠損。
 棹上の第3,胴上の第6・7フレットは最近再接着されたもののようです。濡らすと白くなるアイツが,フレットの周囲に見えております。

 側部に飾り板 を貼り回してありますので,胴材の接合部が見えません。この板はクワかな?
 接着が浮いて板から少しハミ出ている ところが,胴周りのあちこちにあります。
 この工作,誰もが考えつくような細工ですが,きちんとやろうと思うと意外と難しいんですよね。これをして飾り板に浮きがまったくなかったのは,唐木屋の1面とこないだの61号(初代不識)の楽器ぐらいです。
 その飾り板の楽器右肩の裏板がわあたりにカケが1箇所,あと楽器尻にあたる部分に虫食い孔が点々と見えます。地の側板のあたり,かなり食べられちゃってるみたいですね(^_^;)。

 左右のニラミと扇飾り はオリジナルのようですが,ほかはおそらく後補でしょう。ただ,第7・8間についてる山サンゴの桃は,デザインに見覚えがあることからオリジナルかもしれません。

 表裏面板共に大きなヒビが1本づつ。
 最大で2ミリほども開いちゃってますね。表板は右がわに,裏板は中央付近に大きなフシがありますので,板の収縮による裂け割れではないかと。表裏板とも天地の側板のあたりがハガれてしまっています。

 半月 は棹と同じ黒塗り。
 外弦間:34,内弦間:25,高さは9ミリ。何の飾りもない平たい半月板ですが工作はきっちりとしていますね。
 現状,いちおう正位置にくっついてますが,接着はほぼ剥離してしまっているようで,底部周囲に刃物が入っちゃうくらいのスキマが出来てます。

 バチ布 は後補でしょうが,小鳥に紅葉をあしらった趣味のいい錦裂です。
 これはできれば残してあげたいなあ。

 まあ,そもそも要るのか要らないのか分からない孔(ww)なんですが……半月のポケットのなかに「陰月」が見えません。唐物楽器を真似た古いタイプの倣製月琴なんかだとついてないことも多いんですよ。

 棹を抜いてみましょう。
 胴側の飾り板の両端がここで合わさってますね。
 棹孔からのぞいた限りでは1枚桁の楽器のようです。
 内部のヨゴレはそんなにヒドくない,キレイなほうでしょう。響き線の構造は……全体は良く見えませんが,棹口から見えてる部分と振った時の感触から,うずまき線ではないかと思われます。

 棹なかごは長122とやや短め。
 棹本体はホオかな。そこにヒノキと思われる針葉樹材を継いでいます。延長材の継ぎがV字じゃないのは珍しいですが,これと同様の例もいままで数例見たことがあります。
 基部の表板がわに何か書いてあるようですが…クシャクシャっとしてて良く読めませんねえ。作者の署名でしょうか?

 といったあたりで次回に続く。


(つづく)


月琴60号 マルコメX(3)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (3)

STEP3 接着は愛である名前はまだない

 ……ううむ。

 この楽器で棹茎を丸棒にすることにどんなメリットがあるのだろう?

 加工がカンタン?----いやいや,一木からこの丸棒部分を削り出すのは,四角いのよりずっと大変なはずです。まして棹の角度を考えながら,棹口から内桁の受けまでまっすぐとどいてきっちり入るよう,3Dで考えながら正確に加工するってのは……結構な技ですね。

 取外しがラク?----確かに。イメ-ジとしては四角より丸のほうが,スポっと抜き挿しできる感じがしますが。現実には,ビクとも動かないくらいガッチリ入ってましたよね。また逆に,これがユルユルだったら,棹の安定がまったくなくって,そもそも使い物にならなかったはずです。

 四角より丈夫?----これも,ないか。通常の四角い棹茎だと幅は棹と同じからその7~8割ほど。厚みは色々ですが,だいたいは基部のところで棹の厚みの半分くらいはあります。この楽器の棹茎は直径15ミリ。対比で考えると厚みではほかの楽器と同じくらいですが幅はかなり細い。しかも円形なぶん,同じサイズの四角い棒よりは細く削れちゃってるわけです。事故による予期せぬ方向からの衝撃,とか考えない限り,強度的にも四角のほうが上だと思いますね。

 見栄えは?----通常見えない部分ですから問題外ですよね。

 楽器を分解しながらずっと考えてるんですが,今のところ納得のゆく言い訳が「宗教上の理由」「うちの星ではそうだった」以外思いつきません。

 この点に関してご意見・ご指摘ございます方は,どうかご教授アレ。



 さて棹を抜くのに多少手間取りましたが,分解作業を続けます。
 前回述べたように,この楽器には庵主の前に二人ばかり修理した者がおったようです。
 一人は木工ボンドを使ってるのでごく最近。
 出品者さんがちょっと見栄えを良くしようと思ってやったのかな?
 もう一人は濃い色のニカワと木片を使って,面板や破断した側板や接合部の補強をした人ですね。
 この二人のうちボンド使ってるほうは,手を入れた個所も少なく範囲もごくごく狭いので「修理者」とは認定できません----まあ「手をつけた」って程度でしょうか----よって今回はその前のほうの人を「前修理者」といたします。

 オリジナルとの作業箇所の見分け方は,接着に使われたニカワと,その接着技術です。
 オリジナルの人…接着上手いんですよ,スゴくね。

 たとえば上画像は作業中に剥落した蓮頭。
 この状態だとニカワが塗ってあったとすら分からないくらいの状態です。
 ニカワの層がないのはもちろん,接着面のどちらを触ってもすべすべです。
 ところがこれを濡らして10分ほどおくと-----

 と,見事にニカワが浮き上がってきます。
 刃物でこそげると,使用されているのは色の薄いかなり上質なニカワのようです。
 しかもこの状態でほとんど劣化しておらず,このままくっつければ十分にへっつきますね。

 これは元の加工技術が良いため,部材同士の間にスキマがなく,ニカワが密閉された状態にあったためです。そのうえニカワの量も適量,木部への染ませ方もほぼ完璧だったということですね。
 楽器自体には色々と問題がありそうですが(w)この部分の技術に関しては,いままで扱った楽器の中でもトップクラスと言ってイイみたいです。

 こちらが「前修理者」の修理個所。
 ニカワはハミだしてるし,接合もスキマだらけ----一目瞭然ですね。

 この,前修理者のこんもり無駄に盛り上げたニカワを排除しつつ,さらにバラバラにしてゆきます。

 棹上のフレットをはずそうとしたら,ちょっと面白いことになってました。

 フレットがクギで留めてあります。
 この楽器のフレットは胴上が煤竹,棹上が唐木ですが,どちらのフレットも低く,薄く。
 厚みは3ミリほどしかありません。
 その薄いフレットの中央真ん中にクギを…しかも棹上のフレットはモロい唐木製。
 なんちゅう精密作業!

 このクギは過去の報告でも一度出てきたことがあります。

 前の時はサビが芯まで及んでおり,ボロボロでほとんど原形を留めていませんでしたが,今回は腐食も少なく,ちゃんと抜けてきました----両頭の細工釘。
 一般の大工さんとかはあまり使わない釘ですね。
 使うのは指物師とか唐木屋,あとは建具屋さんあたりかな?

 クギを抜いたところで棹全体を清掃。
 棹本体は胴と同じくホオだと思います。
 指板は唐木ではなく内桁と同じクリ?……けっこうカタいのでクワかもしれませんね。

 再組立てまでは作業の邪魔なので,響き線もはずしてしまいます。
 真鍮線をクギ2本で留めてあるだけ。


 なぜ2本も刺したし?----というあたりは多少ギモンですがまあ,見かけの安定感をつい求めちゃう日本人としては分からなくもない----これをこれ「考え過ぎ」と言ふ。

 古い四角い和釘。
 長さは1センチほど----細工釘ほどではありませんが,やはりこのサイズの釘は使用する職種が限られると思いますね。

 半月を残して,だいたいの部分の分解は終わりました。
 オリジナルの接着部は強力ですが,適切な手順を踏んで濡らせば剥離は容易です。
 「接着が上手な人」というのは,どこもかしこも「絶対にはずれないように」くっつけるのではなく,剥がれるべきところは剥がれるように作れる人ですね。

 それに対して前修理者の箇所は,余計なニカワが接着箇所の周囲に流れて悪さしてるとこも多く,こそげるのが大変です。板の再接着箇所なども,虫食い痕の始末をせずそのままニカワを塗っちゃってるので,虫の食いカスが食害痕のなかで固まってしまっています。
 ほんと,ホジくるのがけっこうタイヘンですわい。(怒)


(つづく)


清楽月琴WS@亀戸 2018年師走場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2018.12.15 月琴WS@亀戸! 師走場所 の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 12月 のお知らせ-*


 ああああああああ,走るよ!走るよ~!!!!

 2018年,最期の清楽月琴ワークショップは,12月15日土曜日の開催予定です!
 年末のこととていろいろ御用もござりましょうが。
 月琴弾きに,い~らっしゃ~あい。

 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,にょろにょろ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!


 現在,お譲り出来る楽器は57号時不知。
 いま修理中の60号が間に合うかどうか?
 初代・石田不識の作,関東の月琴です。
 興味あります御方は,試奏がてらにでもどうぞ~。

月琴60号 マルコメX(2)

G060_02.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (2)

STEP2 覚悟の刻(とき)


 さてでは月琴60号,まいります。

 ハジメテの方には不案内でしょうから解説しときますと----庵主は自腹を切って買い入れた楽器には通しで番号を付けております。つまりはこれが,自分でお金を出して買った60面めの楽器ということになります。

 ----ああ,いえ。

 といっても今現在,庵主の部屋の中に月琴が60面も唸ってるとかいうわけではありませんからね。(w)庵主が欲しいのは主にデータなので,直した楽器のほとんどは人に譲っちゃってます。

 買い入れたのは夏前で,ちょうど去年暮れからの太清堂ラッシュの終わったころ。ほぼ同時期に買い入れた61号と,依頼修理の柏遊堂パラジャーノフの修理を先行させました。これを後回しにしたのは……そうですね,なんかイヤな予感がしたから……としか。(www)

 棹が抜けない,フレットがやたら低い,半月がきっちり半円形。そのほかにも,糸倉のデザインだったり,左右のニラミの意匠だったり,細部あちこちから,なにやらびみょーにヤバげなニオイ----シロウトしゅう----が漂っております。

 ただ木の仕事から見て,この楽器を作ったヒトは,そちら方面の意味ではシロウトではないものと考えられます。各部表面の処理,胴材の組みかたや各部の接着も精確で手熟れてますし……もしかすると楽器職人ではあったかもしれません。

 あと,出品地が浜松でしたしね。

 しかしこの人,たとえ楽器職であったとしても,おそらく「月琴」という楽器については,それほど詳しくない。

 実物を見たこともあり,響き線の音がマトモなことから,いちおうの内部構造も知っているようですが「月琴」という楽器をイチから作るのはこれがハジメテとか,流行ってるから試しに一丁作ってみた,とかいう程度の作品な気がします。
 ですので,全体としてはいちおう月琴の形になってますし,楽器として使用された痕跡もしっかり残ってはいるのですが。細かに見てゆくと「月琴」の正則からハズれたところがあちこちにあるんですね----棹指部が胴水平面と面一,棹と胴の接合部にはっきりとした段差があること,フレットの頂点が切り立った形になっていること。また,左右のニラミの彫りが量産を目睹していないものになっているあたりもポイントでしょうか。
 世の中ズブのシロウトの仕業より,中途半端なプロの仕事がいちばんコワい……(うう…ブーメランが!ブーメランがぁッ!)さて,これを修理するとなると,その上にどのようなシレンが待ち受けておるものか。
 なかなかにカクゴが要りましたもので,まま過ぐること数ヶ月を経てしまいました。


 外がわからの観察・計測は夏前に済ませてあります。
 フィールドノートも内部構造に関する部分を除き完成していますので。

 まずは内部構造を確認しましょう。

 現状,棹がビクともしません。
 べったりと胴体に接着してしまっているわけでもないようなのですが。ひっぱろうがネジろうが,寸厘も動かないのですね。棹の取付位置や角度も修正しなきゃですし,まずはこれがハズれてくれんと,以降の作業がやりにくい。
 この原因を見つけるためにも,まず内部がいったいどういうことになっているのか調べないと,どうにもなりません。

 表裏板どちらにもハガレ部分がありますが,いつもどおり裏板からハガしていきましょうか----あそれ,ベリベリっとな!
 けっこうカンタンにハガれました。
 ----で,イキナリ目に飛び込んできたのがコレです!

 棹茎(なかご)が……丸い。

 さすがの庵主もこれにはビックリ。
 もちろん絶対そうだと決まっているわけではないんですが,月琴の棹なかごは四角いのがふつう。
 短かったり長かったり,薄かったりぶ厚かったり,継ぎの方法が違ってたりはするものの,月琴の棹茎はまあまず四角いものだと思って間違いありません。
 現代中国月琴などには三味線なんかと同じように,胴を貫いたなかごのお尻のところが丸棒状になっているものもないではありませんが。そういうものでも胴との接合部,棹口のところは四角くです。
 しかしながらコレは……棹口も内桁もまン丸,上から下まで丸棒ですね。しかも見る限り継いでいる箇所はない。棹本体といっしょに削り出された一木造りのようです。

 内桁は1枚。
 こないだの太清堂ぽんぽこほどではありませんが,胴の比較的上のほうに配置されています。材はよく見る針葉樹ではなくクリあたりかと。
 中央に丸い棹茎の先端がささっており,その左右に幅8センチ高さ1センチほどの音孔があけてあります。音孔は受け孔と同じサイズの孔を左右に穿ち,間を切りぬいたものですが,加工は丁寧で,加工後の表面処理もきちんとしてあるようです。

 響き線は太めの真鍮線。 棹口のすぐ横に基部があり,左の音孔をくぐり弧を描いて楽器下部に伸びる----ちょっと短めですが古い唐物月琴と同じ形式になっています。
 線の大部分は金色に輝いてますが,付け根のあたりはサビに覆われてミドリ色になってますね。
 固定は短いクギを2本,楽器の表裏方向から基部に刺して留めているようです。

 あと,事前の調査で予想はされていたのですが,庵主の前に何人か修理者がいるようですね。
 表裏板のウラ側と胴接合部のところ,あと左がわの胴材の割れめのあたりが板切れや木片で補修されているのですが,そうした部分を中心に,茶色く変色したニカワが,あちこちにハミ出てます。
 オリジナルの接着と思われる部分は,こんな色になってませんので,この濃い色のニカワを使ったヌシが前修理者のようです。
 補強材の角が少し焦げてるのは,ニカワを塗ったところに瞬間的に接着するため,木片を炙ったのだと思います。また,月琴の板の修理でこんなふうなパッチどめは珍しいですね,ギターとかバイオリンの修理ではよく見る工法なので,そちらの経験はある人なのかもしれません。ただあまり上手ではなさそうで,とにかくハガれてるとこをへっつけとこう,みたいな感じです。使われてる木片…何でしょうか?一部の木片には文字が書いてあるみたいです。けっこう細かそうな字ですね。
 見栄えのほうにさほど気を遣ってる感がないので,古物屋のやっつけ修理ではありませんね。自分で使うために直した,って感じです。

 内部構造をフィールドノートに書きこみ。
 さていよいよ棹を抜きましょう!
 裏板を剥いだら棹茎が少しだけ動くようになり,とりあえず接着もされてはいないようなので,この丸いなかごの尻を木槌で叩いて抜き取ります。

 かなりガッチリ噛んでしまってます。

 なかなか抜けてくれません----壊れるのカクゴでガンガンやります。


 もともと各部の接着が甘めなので,あちこちバラけるのは想定済み!----それガンゴラガン!!
 ちょっと時間はかかりましたが,なんとか抜けました。

 棹茎の棹口と内桁の受け孔にあたる部分には,前修理者によってニカワが塗られてたみたいですが。はずれなかったのは棹茎と受け孔の工作の精度が良かったからで,この塗られたニカワのせいではありません。
 棹茎と孔の噛合せをあまりにきっちりとしちゃったものですから,そこに塗られたニカワはほとんど孔の中に入らず,孔の入口のところでこそげて流れ,棹基部の内がわ----丸い棹茎の周囲,ちょっと深めにエグられてました----のところで,胴材にもくっつかず,無害なカタマリになってしまっていました。


 棹口と内桁基部,そして音孔を貫くために穿たれた左右端の丸い孔は,ボール盤であけたもののようです。どれも正確に同じサイズで加工も緻密,孔の内壁はツヤツヤで,手工具の手揉錐やツボギリなどの加工痕とは違ってます。もっと高速で精確な機械加工の痕跡ですね。材に対して強力過ぎたのか,一部の孔では内壁に軽く焦げがついてるようです。

 あと,胴材がバラけたところで気がついたのですが,内桁と胴材の接合方法もちょっと変わってますね。
 胴材にV字の溝を切ってそこにハメこむ方式。
 ほかでは見たことがありませんが,内壁にただ接着するのより丈夫でしょうし,きちんとした凹型の溝を切るよりはずっと簡単ですね----これは一度試してみたい。

 とりあえず棹は抜け,第一関門はクリア。
 といったあたりで,次号へ。


(つづく)


改訂版・斗酒庵流月琴ピック製作記

PICK04.txt
斗酒庵流月琴ピック製作記最新版! 改訂版・斗酒庵流月琴ピック製作記

STEP0 「圧力鍋あれ」と主人はおっしゃられた の巻

 製作法のより詳しい記事は こちら をご覧ください!

ああ!-----
ブタのナンコツが………牛スジが……トロットロにっ!トロトロにッ!!!

 ----というわけで,次は角煮だ。斗酒庵主人です。

 今季の製作では,買ったばかりの圧力鍋(中古)が大活躍いたしました。
 材料や製作法の概要は,前回とほぼ同じですね。

 まずはペットショップで買ってきた牛のヒヅメ(ナチュラルタイプ,スモークしてないもの)を二晩ほど水に漬けて,糸鋸で3つ(軸側壁・蹄側・蹄底)に切り分けます。


 続く「蒸す」の工程。
 水に漬けただけだと素材が硬く,その後の作業がしやすいように平らにするにも限界があったため,前回の製作から導入したものですが。
 これまでは普通のお鍋で数時間かけてやっていたところ。
 こちらだと炊き時間蒸らし時間含めて小一時間ほど!……圧力鍋,おそろしい子。

 従来の蒸しですと,板が薄くても厚くても,どんなに長く炊いても蒸気が通るのは途中までで,板の「芯」の部分まで蒸しがかかることはありませんでしたが,今回は圧力がかかるまで20分ほど,シュンシュン言ってから30分ほど炊いたら,薄いものなどふにゃっふにゃのクタックタになりました。
 1時間も炊けば,あんがいお醤油かけて食べられる(w)くらいになるかもしれませんね。


 火熨し>乾燥>

 圧力鍋のおかげで,芯に近いところまで柔らかくなってます。このためこの「火熨し」でクランプをかけて潰す時も割れが入らず,表面が平らになるのはもちろん,最初から安心してより強い圧をかけられます。これで適度な熱を与えれば,従来より繊維ががっちりと癒着した,密度の高い,より均一で強固な素材を作ることができるかと。

 欠点としては,素材に蒸気が芯まで通ってしまっているぶん,材料の含水率が高いようで。
 その後の乾燥での変形が,前よりもやや顕著に出ることでしょうか。

 1週間ほどの乾燥期間のあいだに,修整のための焼き直しが数度必要なものもありましたが,はじめの焼きで前より圧縮され,密度が高くなっているためか,火が強すぎないように注意している限り,多少焦げても被害はごく表層で止まり,従来のように芯までモロくなって使えなくなるようなものは,ほとんどありませんでした。


 切り分け>1次整形

 カタいです。
 従来の材料よりカタめですね。
 でも唐木のようなモロい硬さではなく,中身のぎゅっと詰まったメイプル材とかトチ材のような,しなやかさのある硬さです。

 素材の整形のため焼き直ししたものが多かったので,表面に焦げがついちゃったものが多かったのですが,上にも書いたとおり焦げが深く入ってしまっているものは少なく,ごく表層だけなので,食べ物の殻でもはずすつもりで,オレンジ色の削りかすが出なくなるとこまで削ります。
 「焦げた部分」はカタいですがモロく,これが残っているとヒビ割れや折れの原因となります----長持ちしなくなっちゃうんですね。
 ただその焦げの部分の表面がカタさまたハンパないため,せっかく乾燥させたものですが,10分ほど水につけてからじゃないとうまく削れません。


 油焼き>2次整形(仕上げ)

 ここで板にもう一度「焼き」を入れて,ピックにしっかりした「芯」を作ります。
 1次整形で中心部分がより圧縮されるように,表裏の中心部分が少し盛り上がってるように削っておくんですね。(前回の記事に図説アリ)
 こうして整形した「素体」を亜麻仁油にどぷんと漬けて引き出し,鉄板にはさんで焼き上げます。

 10分ほど片面を焼いてから,板が熱いうちに鉄板ごとひっくりかえしてクランプをつけなおし,新たに締め上げて,3分ほどおいてから反対の面を焼くのですが,ここでの潰れ具合も従来より大きいですね。

 2次整形に変更点はありません。

 簪などで,ベッコウ製のものと馬・牛のヒヅメで作ったものの見分けかたは,灯りに向けてよく見ると,繊維の筋が見えるかどうか----というのが古物屋の小僧として教えてもらった知識の一つなんですが……ヤバイですね。
 「蹄底」(ヒヅメの靴底にあたる部分)からの板は,もともと繊維が長く縦方向に入っていることと,ほかの部分よりやや柔らかいので,この筋が見分けにくいのが多かったんですが,今回の場合「蹄側」(甲にあたる部分,いちばん大きい)からとったのでもモノによってはこの繊維の筋がほとんど見えません。

 「蹄底」の部分の板には,繊維の方向と焼きの関係で「変彩」(光の方向によって反射が変わる)が出ちゃいますので,筋が見えなくても誤魔化せませんが,「蹄側」の板だとそれもあまりないため,ほとんど分かりません。5分,10分見てると,焼きの甘い部分や端っこのほうにうすーく残ってるのが見えてくるんですが,パッと見だとまず気づかないんじゃないかな?

 芯まで柔らかくできて,素体段階までの整形と圧縮はより容易になりましたが,やはり材料の含水率の問題で,完成後の変形もややしやすいようです。まあ「とくにヒドい」というほどではありませんし,2度目の焼きをよりじっくり行うことと,油焼きの後の乾燥時に修整することで,この点はあるていど予防可能な様子。
 次回の製作では,そのあたりをまた追求してみましょう。

  過去・現在の,すべての職人。そして圧力鍋さまに,感謝。

 付記:ちなみに庵主はピックをこういうふうに持っています。(画像クリックで別窓拡大)

 まあ,トレモロ特化の演奏をするための握りなんで,ふつうにピンカラ弾くだけなら,エンピツ握りでかまいませんよ。(w)

 力を入れてるのは親指ですね。
 動かすのは中指
 親指と人差指の2本は支えてるだけで,ほとんど動かしません。
 人差し指を支点にして,中指の腹でピックを押し上げ,往復運動させます。

明笛44号 「招月園」刻銘

MIN_21.txt
斗酒庵 「招月園」の明笛を調べる の巻明笛について(21) 明笛44号 「招月園」刻銘
STEP1 刻まれた詞(コトバ)

 ひさびさに笛を落札しました。
 前回の記事との間に4本ぐらい開いてるんですが気にしないでください。(w)

 今回入手したのは,漢詩の彫ってある古いタイプの明笛。
 清楽に使われた長ーい笛ですね。
 管頭2行に書かれた文字は

 茅 屋 何 人 共 住 石 林 似 我 曾 遊 白 雲 只
 在 半 嶺 青 山 誰 到 上 頭 亥 極 月 〓 〓

 明・藍仁「題青山白雲図」ですね。

 茆 屋 何 人 共 住,石 林 似 我 曾 遊。
 白 雲 只 在 半 嶺,青 山 誰 到 上 頭。

 茆屋 何人か共に住まむ,石林は似たり我が曾て遊ぶに。
 白雲只だ半嶺に在す,青山誰が上頭に到らむ。

 (絵の中の)あの田舎家には,どんな人々が住んでいるのだろう,
  そそりたつあの岩山は,まるでむかし旅したあの地のようではないか。
  山のなかばは白い雲に隠れている,あそこで
  あの青い頂をあおぎみているのは誰なんだろう

 題からするに,実際の景色ではなく「青山白雲図」という絵を見て詠んだ詩なわけですね。
 本では「茅」が「茆」になってますが,意味はおんなじ。
 「茆屋」であばらや,質素な田舎家を指します。

 漢詩の授業ではまず教わらない「六言詩」,しかも李白とか杜甫の詩じゃないあたりが,いかにも本意気の「清楽家」の笛----うん,このくらいイヤミじゃないと(www)----っぽいです。

 「極月」は十二月のこと。「亥年の十二月」,この笛の完成年記でしょうか。
 これに続く歌口の左下にある二文字(右画像)が今のところ解読不能です。「暖済」にも見えますが……さて。



STEP2 「招月園」について

 漢詩のとなり,左下に三文字あるのが,この笛を購入した理由----「招月園」の銘ですね。

 手もとの資料でこの名前が清楽家としてはじめて現れるのは,明治12年の『西京人物志』。
 「月琴」の項目に

  上京区第三十組麩屋町御池南
   招月園女史

 翌明治13年の『大日本現在名誉諸大家獨案内』では

 ○明清合奏
  麩や丁姉小路 招月庵

と,「招月"庵"」になってます。「招月庵」だと歌だか俳句だかの名跡で同じ名前の人がいますが,調べた限りでは関係はなさそうです。住所も同じ「麩屋町」ながら,その後がちょっと違ってますが「姉小路」は「御池通りの南がわ」にありますんで,同じ場所を指しているのだと思います。
 続いて14年,遠藤茂平の『京都名所案内図会』にも

 ふや丁
  御池南  招月園女史
 と,出てきます。
 3年連続してなにかしらに取り上げられてるとこからしても,この明治10年代に名を売ったヒトのようですね。
 最初の資料で「上京区第三十組」となってましたから,中白山町,いま旅館が何軒かあるあたりですかねえ。

 福田恭子「山口巌の生涯」によれば,お箏の山口巌氏の京都盲唖院時代の資料中に「"音曲研究会" 京都府盲唖院 三月廿六日 於 東山知恩院内午前正六時始メ午後五時終リ…」(『検査一件書』 明治18年3月)と「音曲研究会」により演奏会が行われたという記事があり,その参加者として----

 ○明清楽
 水滸伝武鮮花,二宗不諗母流水
  招月園 社中

と「招月園」の名が出てくるようです。「社中」とあるからには清楽のお教室として参加したということでしょう。「二宗」は「仁宗」でしょうね。この「武鮮花」「仁宗不諗母」といった曲は芝居仕立ての大曲なので,あまり月琴独奏という形式では演奏されない曲です。(「仁宗不諗母」がどういう曲だったかにつきましては今夏の復元記事をどうぞ!)
 どっちかというと大勢でいろんな楽器を持ち寄ってワイワイやる手合いですね。
 明治25年の『音楽雑誌』20号,大阪東区の「備一亭」で行われた平井連山(初代)の七回忌の演奏会についての記事中にも,この「招月園社中」が協力した旨が見えます。これも当時の清楽関係としてはかなり規模の大きな催しだったようですから,それに手助けを頼めるくらいの規模で,あるていどの人数を教授していただろうということがうかがい知れます。

 しかしながら,庵主も現状文献から追えるのはこのくらいなもので。

 そもそも「招月園」というのは「○○亭」とか「××庵」と言ったのと同じ,自分の家や庭や部屋などの名前を以て,自分の名前に代える----いわゆる「室号(しつごう)」という類。庵主の「斗酒庵」てのもそうですが,ペンネーム・芸名,雅号てのの一つです。
 つまりこの人,現状本名も分からないわけですね。
 ただ最近,大正13年に出された『日本音楽の聴き方』(那智俊宣)という本の中に,こんな一節を発見しました。

 …この期の初めから末期にかけて流行を極めましたのは,文政年間長崎に伝来した支那近代楽の「明清楽」でありました。南宗画及び煎茶の普及と共に。支那近代趣味の人に迎へられ,其雅筵にはこれが演奏を絶たない有様でありました。明治の初年から,二十年頃までを極盛期といたしまして,日清戦役に至って一時に音を絶ちました。長崎派と渓庵派の二派ありまして,長崎派では久留米の人仙台の箏曲の山下検校,渓庵には東京に長原梅園,春田母子,京都に岡崎招月園女史など覇を称しました。管絃楽を重とし,月琴,阮咸,提琴,胡琴,明笛,太鼓等はその楽器の重なるものであります。(「七、諸樂交替期」より)

 あー,細かいことを先に言っときますと。長原梅園と春田は「渓庵派」ではありませんね……たぶんこれは東京を中心に活躍した長原梅園の一派を,本家の連山派が「大阪派」と呼ばれるのに対し「東京派」と呼ぶこともあったところからきた混乱でしょう。鏑木渓菴が興し富田渓蓮斎が継いだ「渓庵派」も,活動の中心を東京としていたことから「東京派」と呼ばれることもありましたが,伝承の系統が違っています。
 また長崎派の代表にお箏の山下検校入れちゃうのか!ってあたりも文句がないでもないんですが(w),山下検校が清楽にも関わってたのはまあ事実。長崎派ってのもふつうだと小曾根乾堂・三宅瑞蓮とか東京なら奥山の松本瑞蘭あたりでしょうねえ。

 そりゃまともかく----ここには「岡崎招月園女史」と書かれています。清楽家で「京都に」っていうから,ここまで追ってきた「招月園」のことで間違いないでしょう。

 もっとも,京都ですからもしかすると「岡崎」は左京区の「岡崎」なのかもしれないんですが(心配性)----まあほかの人名がその形式になってませんので,ここは素直に名字と受け取って良いでしょう。
 「招月園」の名字が「岡崎」だというのは,現在までの所この記事以外に見たことがありません。

 さてこの文の筆者「那智俊宣」は鈴木鼓村の別号。
 明治~昭和にかけて活躍したお箏の人で京極流の創始者。北原白秋などのやっていた「パンの会」のメンバーでもあり,交遊は広く趣味も多彩にして多才の人。大正時代にはこの名前で,京都で日本画家としても活躍していたそうです。
 明治8年,宮城県の生まれなので,招月園の活躍時には直接的な交流はなかったと思われますが,明治30年代以降は京都がその活動の中心であったので,そこで手に入れた情報だったのか…または,この人の祖母・母ともに京都の人らしいので,あるいはそのあたりの伝手からの情報だったのかもしれません。
 もっとも,ほぼ独学で『日本音楽の話』なんていう大著を書きあげちゃうくらい音楽全般に底知れぬ造詣を有していた人ですので,たんに「知っていた」だけなのかもしれませんが。


STEP3 笛の状態と修理

 さて,今回入手した笛に戻りましょうか。
 招月園女史本人の作ったものか,社中で作らせたものに銘を刻んだだけか,そのあたりはまあ分かりませんが。

 庵主の刻文の読みが合ってたとして「亥年」の作だとすると明治では8(1875),20(1887),44(1911)。招月園の活躍時期や笛の状態からすると真ん中の,明治20年代の作かなあ。

 以前音大で見た伊福部先生のところの招月園の清笛は,色の薄い地に変り斑をちらばせたキレイなものでしたが,こちらは全体が茶色。
 煤竹っぽい色ですが,管尻のところを見る限り竹の肉の色や感触は違いますので染めでしょう。
 お飾りをはずした状態で管長は543。
 明治~大正の頃に売られていた標準的な明笛で長さはだいたい45センチくらいなので,10センチ近くも長いですね。

 管頭のお飾りがなくなったか,お飾りの接合部分が破損したかしたらしく。凸になった部分を切りとり,内がわを削って少しラッパ状に加工してあります。
 まあこのタイプの明笛は,歌口から管頭までの部分が長いので,飾りがなくてもこれで格好はつくだろう,ということでしょうか。
 管尻のお飾りは残ってますが,虫やらネズやらにやられ,かなりボロボロな状態です。素材は牛の角ですね。
 管径は管頭で外22,管尻で外20,内11.5。
 歌口は12x8,指孔はそれよりわずかに小さく10x8ていどの棗型。響き孔と裏孔はφ6の円形。

 歌口から各孔までの寸法は以下の通り----

歌口響孔調子孔1調子孔2裏孔
73137164191218247274332356312

 明笛の場合,歌口の中心から裏孔までが,弦楽器で言うところの有効弦長にあたりますね。反射壁(管頭の詰め物)は歌口の上端から4ミリほど下がったところとなっています。
 すでに述べたよう,管頭のお飾りはなくなっており,管尻のお飾りもボロボロですが,そのほかの損傷個所は以下----

 歌口のあたりの塗りが傷んでいるのは,使い込まれた笛としてはまああたりまえの故障なのですが,反射壁手前の塗りの剥離は,状態から見て,前の所有者が反射壁の位置を後で調整したのではないかと思われます。

 現状で息を吹きこめば音が出る状態,しかも管全体がビビるくらい共鳴してますんで,この前所有者によるピッチの調整はバッチリGJ。製作当初はもうすこし歌口がわというか,手前に位置していたようですね。
 周辺の内壁,そして歌口と響孔の中間部位の管背がわにも数箇所の剥離が見られます。これらも使用による劣化というよりは,反射壁調整の巻き添えを喰らったものだと思われます。そのうえ,塗りが剥離した状態でそのまま使っていたようで,露出していた竹の地が,ヨゴレで真っ黒になっていましたよ。

 あとは管尻がわ指孔の第1孔周辺,塗りも竹の表層部も剥がれ,竹肉の部分が露出して表面がガサガサになっています。指孔の縁もちょっとボサボサになってますし,孔の壁の塗りも傷んでますね。竹の表層ってのはふつうけっこう丈夫なものなんですが……これは削れたとかでなくて,管表から管背にかけて,液体が滴ったような痕跡が見られますね。
 単なる水濡れではありません。
 なにか薄い酸とかアルカリとかで,時間をかけて浸食,溶かされたみたいな感じです。
 管内の塗りには損傷が及んでおらず,指孔も押さえた時の感触が悪いだけで使用上の問題はさほどなさそうですが,軟らかい竹肉の部分が出てしまっていますし,表面がこんなだと何かにひっかかって傷んでしまいそうですので,少々表面を固めてやらなければなりますまい。

 音が出せる----つまりは楽器として使用可能なわけで,この時代に作られた古楽器としては保存状態がかなりよろしい。塗りの補修と傷んで竹の肉の出てる第1孔周辺を固めれば,ふつうに使える状態に戻るでしょう。

 正直音階を調べるだけなら,管頭と管尻のお飾りは楽器としては無くてもまあ構わないんですが。管頭のお飾りについては,演奏時に長い管体のバランスをとるカウンターウェイトとしての機能も持ってますんで,「笛として使う」なら作らなきゃなりますまい。

 管尻のほうはボロボロながら残っているものの,管頭のお飾りに関しては現物が残ってないので,どんなものだったか分かりません。カタチよりは重さを考え,だいたいの大きさを決めて作りました。
 今回の材料は,いつも庵主が月琴の糸巻作るのに使ってる百均のめん棒----ふつうなら旋盤で作るような部品ですが,持ってナイもので,根性と手ヤスリで削り出します(w)
 管尻のほうはだいたいのカタチを出した後,管尻方向から中心に孔を通してリーマーでグリグリして内がわをラッパ状に。管の接続部をさしこむほうは,彫刻刀で深さ1センチほどの凹に彫り込みました。

 もともとの塗りがかなりしっかりしていたようなので,内塗りは基本的に管内や指孔の縁の剥離箇所の補修と保護塗りていどで済みました。外がわは第1孔周辺の損傷個所に塗料を染ませて毛羽立った表面を固めたほかは,かるく全体を拭いたていどですね。
 一週間ほど硬化養生させてから磨き,公園で試奏してきました。

 口 ●●●●●●  合/六  4Bb+35~4B-42
 口 ●●●●●○  四/五  5C+25
 口 ●●●●○○  乙  5D-12
 口 ●●●○●○  上  5Eb+15
 口 ●●○○●○  尺  5F+20
 口 ●○○○●○  工  5G-10
 口 ○●●○●○  凡  5A-25
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

 全開放は5A+30
 呂音での最高音は 口 ○●●●●● で,全閉鎖のほぼオクターブ上,5Bb が出ました。

 西洋音階にあてはめると,筒音がかなりビミョーな感じではありますが,「"合" がBbからB」というのは文献通りの当時の音。かなり正確な清楽音階になっているのではないかと思います。
 修理前にも思いましたが,非常に吹きやすいですね。研究用に購入したものですが,ふだん使いの楽器としても使えそうです。
 ほぼ同じ大きさの31号とくらべても,音の安定がとてもよろしい。
 呂音から甲音への切り替えもスムーズ。
 笛へたっぴな庵主でも,苦労せず甲音が出せます。
 さすがほんとうの清楽家が作ったマジ笛,ちゃんと分かって作ってる,って感じですか。

 楽器として庵主にはもったいないくらいの上等品ですんで,こりゃもう少し練習しなきゃなあ。

(おわり)

清楽月琴WS@亀戸 2018年11月場所!!

20181124.txt
斗酒庵 WS告知 の巻2018.11.24 月琴WS@亀戸!  の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 11月場所 のお知らせ-*


 ようやく秋めいた----というか一気に冬かもねな,きょうこのごろ,いかがお過ごしでしょうか?

 庵主はこのところ,古い明笛の修理をしております。
 清楽に使われた古い明笛…明治のはじめごろに活躍した京都の演奏家の名が刻字に切ってあります。
 もうすこしまとまりましたら報告しますね。

 2018年,11月の清楽月琴ワークショップは,24日土曜日の開催予定です!

 飛び石休日の中日ではありますが,ふだん来れない連休のかたもぜひどうぞ!

 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,にょろにょろ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!


 現在,お譲り出来る楽器は1号月琴と57号時不知。
 どちらも初代・石田不識の作,関東の月琴です。
 興味あります御方は,試奏がてらにでもどうぞ~。

清楽月琴WS@亀戸 2018年10月!!

20181020.txt
斗酒庵 WS告知 の巻2018.10.20 月琴WS@亀戸  の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 10月場所 のお知らせ-*


 ジャングル開墾より帰ってまえりました。(w)

 帰京後2発め,2018年,10月の清楽月琴ワークショップは,20日土曜日の開催予定。
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,ちょろちょろ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!


 61号をうちの楽器にしちゃった関係で,1号月琴を格安でお譲りいたします。あと57号時不知も嫁き遅れてちゅう(w)。
 どちらも初代・石田不識の作,関東の月琴です。
 興味あります御方は,試奏がてらにでもどうぞ~。

 今回のしくだいはこれかな?


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