福州南台太華斎2(7)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (7)

STEP7 トゥリスキー・ニダゲノフ,交響曲 ≪唐揚げ≫ 最終楽章

 今回の楽器は,後の修理者の手がほとんど入っておらず,フレットやお飾り類も多少の損傷・劣化はあるものの,だいたいそろってますが,糸巻4本と半月がなくなっちゃってます。

 これが 「弦楽器」 だということを考えると,糸を結ぶ両方の部品がないっていうのは,存在意義的にかなりのアウト事項ですが,中途半端に残っているよりどっちもナイ,というのは,要は新しいのを作って足せばいいだけなので,修理者にとっては既にある部品を補修したり調整し直したりするのより,よっぽどお気軽作業なのですよ。

 まずは半月。
 胴体のほうに痕跡がかなりはっきり残っていたので,そこから寸法を採って。さらに過去に修理した太華斎の楽器のデータを参考に,糸孔の間隔を決めたり,表面の意匠を写します。
 前に扱った太華斎は胴体だけでしたが,主材は唐木で,今回のものよりは若干高級品だったかと思われるため,その量産型であるオリジナルの半月はもっと単純なものだったかもしれませんが,蓮頭がそれなりに凝った彫りとなっているので,材質を除けば同じ装飾が施されていたとしてもおかしくはありません。

 蓮頭やニラミを横に置いて,彫りの手を真似しながら飾りを入れてゆきます。あとはこれを染めれば完成ですね。

 糸巻は天華斎のものをお手本に。

 太華斎のオリジナルの糸巻については,資料がなくてですね…1件だけ玉華斎や現代中国月琴のに近い型のがついてた例があるのですが,これもオリジナルか後補かちょっとわからない。まあ名前からも分かる通り,天華斎をお手本(?)にしてたらしいメーカーさんですので,文句はありますまい。
 同時進行の田島真斎のといっしょに製作。右4本が太華斎のですね----日中の違いはこの先端部分が分かりやすい。
 石田不識と同様,田島真斎の糸巻の先端は国産月琴としてもかなり細いほうですが,加えて太華斎のほうはその…個々の太さの違いが顕著(w),3番目の糸巻のなんか,軸孔がほかより1ミリくらい大きいですからね。まあでも実は,国産の細いのより,これくらい太いほうが楽器としての扱い上は楽なんですよ。

 どちらも赤染めののち黒染め。胴体や棹の補彩よりは,やや濃いめに揃えました。

 部品が揃ったところで半月接着!----流れるようにフレットやお飾り接着で完成ッ!!
 ……と行きたかったのですが,さすがにそうは問屋がオスマン帝国。

 まずは一度取付けた蓮頭がなぜかスグにポロリしました。

 ハテな?----と接着面を見ると,何やら一部に妙な盛り上がりがあったので,ケガキの先でつついてみたらズボっと…
 この期に及んでこんなところに,けっこうでッかい虫食い発見。
 食害沿いにほじくっていったら,横ッ面にもけっこう大きな穴があきました…この孔はヨゴレやホコリが固まって隠れてたみたいですね。再接着のため濡らしたので,内に詰まってた木粉がふくらんで,接着部分をおしあげたもよう。
 唐木の木粉を練りこんた樹脂を流し込んで埋めました。この食害自体は横への広がりのない直線的なものだったので,補修に手間はかかりませんでしたが----うううう,もうほかないだろうなあ。

 つぎにフレッティングのため外弦を張って調弦したのですが,これがなぜかうまくゆかない。

 弦を絞るとわずかですが棹が起き上がり,音が思ったところで止まってくれません。あれだけ時間をかけて,角度の調整も出し入れのスルピタも達成したはずなのですが----と,あらためて調べてみますと。
 基部がこんなことになっとりました。

 本来,棹背がわにあった段差が,見栄えのため削り取られてたというのは前々回あたりで報告しましたが,そこを補修した時に,ちょうどシーソーの支点みたいなとこ作っちゃってたようです。悪いことに,この部分の高さが棹口とピッタリの寸法だったため,出し入れ自体はスルピタだったんですね。でも糸を張って力がかかると,棹が表板がわに倒れちゃう----結果,調弦が決まらない,というわけです。

 急遽,基部の棹背がわを平らに均し,棹の調整をイチからやり直しました。

 最後の調整が終わったところで,弦をキリキリに張ってテスト。
 棹の取付けと調弦の安定を確認したところで,こんどこそ,フレッティングからやり直しです!

 左が新しく作ったフレット,右がオリジナルです。
 新作のフレットの高さがなだらかに減衰していってるのに対して,オリジナルは棹がややお辞儀した状態になっていたため,中間のフレットが高くなっており,高低の差が小さい。これでも弾けはしたでしょうが,中音域で糸をすこし押し込む必要があるので音程がやや安定しないのと,響かないのと,指に余計な力が要るぶん運指が滞りやすいなど,けっこう弾きにくい楽器だったでしょうね。
 新しく作ったフレットの材は煤竹で,さらにじっくり古色付けしてありますので,見た目はオリジナルとほとんど区別つきません。

 あとはもう,このフレットとお飾りをへっつけるだけです。今回は柱間の小飾りも数は全部そろっているので戻すだけなんですが,西洋音階準拠にした関係で第2・3フレット間がせまくなり,もとついてたが入らなくなったため,ここのをほかのところのと入れ替え,

 さらに第4・5フレット間のお飾りのみは補作のものと交換しました。ここはちょうど胴と棹の接合部がかかるところ。オリジナルは胴体がわに1コだけついてましたが,棹がわにも何か貼った痕跡が残っていました。
 それほど広い部分でもないので,まったく異なる小飾りが2つもついてたとは思えません。そこで今回はちょっと大き目のお飾りを一つ彫ります。オリジナルに使われているのと似た色合いの石を選び,例の花だか実だか分からない植物を彫り,これを糸鋸で切って,上下それぞれに接着してあります。

 最後に,裏面に模刻した太華斎のラベルを貼って----

 2021年,12月21日,
 福州南台太華斎,こんどこそ修理完了!!
 (全景画像はクリックで別窓拡大)

 原作段階での工作や設定から見て,この原作者はこれをマトモな「楽器」としてではなく,かなり輸出用「装飾品」寄りの立場で作っていたのではないかと考えられますため,一般的な音階の資料としてはイマイチ信用しきれないところもないではありませんが,フレットなどが,ほぼオリジナルの接着のままだったので,この楽器自体についてはどんな音階のモノだったのか,かなり近いとこまで再現できるかとは思います。
 フレットをオリジナルの位置に配置した時の音階は----

開放
4C4D-234Eb+454F+274G-284A-455C+165D-45F+7
4G4A-294Bb+455C+105D-335Eb+485G-215A-166C-3

 同時進行の田島真斎とほぼ同様,これもまあ清楽の音階としては誤差の範囲内ですね。第6フレットがやや低すぎる感はありますが,従前棹がお辞儀していたことを考えると,この4・5・6フレットあたりの音が,オリジナルの状態でちゃんと安定していたかはちょっと怪しいとこですね。

 たとえば側板の材取りなど,老天華では上等な唐木の楽器と同じく均等丁寧に切り出していましたが,太華斎のそれはかなり雑で,途中で薄くなろうが刃が斜めに傾こうが,とにかく4枚切り出せばいい,というくらい厚みがバラバラで。なだらかな曲面であるべき表面もあちこちに平らな部分が残っており,丁稚に剥かせたサトイモみたいな出来になっていましたし,小飾りもよく見ると彫りの足りない半完成品や,加工中に失敗して一部が欠けたようなものが平気で混ざっています。
 まあもとは「お土産楽器」「お飾り楽器」に近いモノだったかもしれませんが,ベースは楽器としての作りをしてましたし,現在は楽器としてちゃんと使用可能な状態にまでしつこく調整してあります。これが出来たのも,まあめぐり合わせとはいえ,このところの修理で唐物楽器が続いたからこそだったかもしれません(でもあッち逝ったら原作者はまとめて殴る)。
 音は間違いなく唐物月琴の音ですね。

 音ヌケがよく明るい音色。響き線の余韻にも,国産楽器のそれのように厨二病めいた昏さはなく,大きな揺れ幅でキーンと音を返してきます----庵主,じつはこっちの音のほうが好きですね。

 胴の作りが雑なので楽器のバランスは多少良くないものの,重さ自体がほとんどないような楽器ですので,半月あたりで軽く抑えこめば問題はありません。
 低音域と高音域でのフレット丈の差が国産月琴よりも大きく,かつ低音域が国産月琴よりかなり高めなため,ふだん国産のほうを使っていると,ちょっと手慣れない感はありますが,ほかを弾いたことがないなら無問題。

 この設定の違いは,演奏する音楽自体とその中で月琴の担う役割自体が,大陸の民間音楽と日本の清楽では異なっていたためでもあります。もともと歌の伴奏や脇役的な楽器に過ぎなかったものを,日本人はメインを張る楽器として無理やり使っていましたからね。
 低音域で単純なリズムを刻んだり,時にbebungを用いて効果音を出したりするには,フレット丈は高いほうがよく。メロディ的なものを運指なめらかに弾きこなすためには,フレットが低いほうがやりやすいわけです。

 100年以上前に輸入され,ちょっと弾きにくいモノだったろうと推測されるのですが,前人はかなり大事に,いっしょうけんめい弾いていたようです----バチ布の周囲に,義甲の先でつけられた使用痕がけっこう残ってましたよ。オリジナルの部分がとても多く,今となっては資料としても貴重な楽器です。

 大切に弾き継いであげてください。

 最後になりましたが,フィールドノートを。

 こちらも修理しながらの発見を書き加えた最終ver.となっております。

(つづく)


田島真斎(6)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (6)

STEP6 サイボーグじゃないほうのクロちゃん

 裏の廃墟に住んでいるクロちゃん(♂5歳)が2時間半もふもふさせてくれたおかげで,少しSAN値が戻ってきた斗酒庵主人です。
 はっはっは…クロちゃん,よせやあい。
  その触手は反則だよぉ。


 田島真斎,修理もラストスパートです。
 何度も書いてますが今回の修理,前修理者が何もやらず,棹もない首ナシ状態でいてくれたところから始まったほうがよっぽど極楽でした。作業のほとんどは「修理」というより前修理者の「やらかし」のリカバー,尻拭いですぅがっでむきるゆー。

 まずは半月を戻します。
 棹の3箇所に中心を出し,それを延長しながら楽器の新しい中心線を決め,事前の記録と痕跡から半月のあるべき位置を求めますが。庵主,最終的には糸張って,実際に目で見て確認しながら調整しますね。


 接着位置が決まったところで,保定中に位置がずれないよう当て板を噛ませ,板と半月ウラの接着面をよく湿らせてから接着します。けっきょく原作者の元貼ってた位置からほとんど動かなかったのですが,確認しないで貼ってやり直しになるより絶対お得です。

 事前に測ってみたところ,予想される弦高は,山口(トップナット)がわで12,半月(エンドピース)がわで9ミリくらい。棹は山口のところで3ミリほど背がわに傾いているので,ここから3ミリ,半月のほうはちゃんと結わえると,糸は縁裏のポケットの中,上面より1~2ミリほど下がった位置から出てきますので,実際に弦を張った時は,山口がわが半月のほうより1~2ミリほど高くなるはずです。
 この落差がないとフレットの高さの差が小さくなり,調整しにくくビビりやすい楽器になってしまいますし,ありすぎればそれもまた,運指に支障が出ます。庵主が棹角度の調整をいっしょうけんめいやるのも,このせいで楽器の使い勝手がずいぶん変わってしまうからですね。

 さあ,フレッティングです!
 従前はオリジナルのフレットはなくなって,何か茶色に塗りたくられた竹板が並べられていました。原作者の胴体の工作から見て,元々はちょっと良いめの楽器だったと思われますので,フレットも,柘植とか象牙とかちょっと良いめの素材だったかもしれませんが,ここはいつもの竹フレットでカンベンしてもらいます----まあ庵主の竹フレットは無駄に手間かけるぶん,下手な素材のものよりゃよっぽど上等だと思いますがね。(w)

 棹が後補だったので,そもそもフレット位置が製作当時と同じかどうかは分からないんですが。フレットを修理前に測った位置に配置し,4C/4Gで調弦した場合の音階は----

開放
4C4D-54Eb+404F+154G-54A-455C+155D-105F+37
4G4A-204Bb+305C+105D-155Eb-5E5G5A-206C+25

 2・5フレットの音がちょうどEbとEの中間あたりになっちゃってますが。清楽器の音階としてはそれほど大外れというわけでもありませんね。6フレットでピッチも合ってるみたいですし,意外とフレット位置はオリジナルからズレてなかったかな?

 フレットは古色をつけ,ラックニスにドボンして固めてから磨き直して,西洋音階準拠で接着。補修・補彩して磨いたお飾りも接着したら----

 2021年12月16日,
 田島真斎の月琴,修理完了です!
 (全景画像はクリックで別窓拡大)


 背中には残っていたラベルの欠片を,元のラベルのカタチと大きさのスオウ紙に移し,貼りつけました。銅版印刷なんで字が細かくて,さすがにコレは贋作(w)できませんね~。
 もともとの工作が良く,材も美しいので,元ついてたような余計な装飾は要りません。オリジナルについてたものでじゅぶん。

 石田不識の楽器とほぼ同様の構造ですが,彼のより響き線が繊細なため,その効果が十全な演奏姿勢の幅が若干せまくなってます。不識のよりはやや横に傾けたくらいですかね。

 余韻はそれほど長くも大きくありませんが,うまくつくと,シィーンと落ち着いたきれいな減衰音が聞こえます。
 フレットも低めにまとまったので,操作性は悪くありません。まあ庵主はこの手の,棹の長い関東型月琴で身体が慣れてしまっているので問題ありませんが,よりコンパクトな関西型や唐物から持ち帰る場合には多少違和感はありましょうか。

 で,いつものフィールドノートです。(クリックで別窓拡大)

 いつもはもっと前の段階で公開してるのですが,今回は本体計測後の書き込みも入った 「最終バージョン(w)」 です。
 分解とかしてる時だけでなく,修理中にも新しいことが分かったらどんどん書き込んでますからね。いつものよりはちょっと汚くなっちゃうんですが,寸法など諸元詳細お知りになりたいかたはどうぞ~。

(おわり)


福州南台太華斎2(6)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (6)

STEP6 唐揚げは二度揚げで表面がカタい

 さてさて,側板の接合・補強も終わり,胴体がしっかりとした「桶」にまで戻った太華斎。
 これで裏板を戻せば,胴体は元通りの「箱」の状態となるわけですが,この裏板がちょいと曲者でして。

 板の接ぎはしっかりとしており,剥離の際にも割れることなく一枚板状態で分離されたものの。板のあちこちに厄介な節があるうえ,板ウラには加工アラの大きなエグレ。測ってみたら厚みが所により2ミリ以上違ってます。そしてなによりも----

 かてェよ…板が硬ェんだよ。(泣)

 ふつうの桐板は,5ミリくらいの厚さでも,このくらいの大きさになれば両端持ってポヨンポヨンと軽く歪ませられますがコイツ…ビクともしません。桐板とは思えない硬さです。まあ,こんなに節だらけで木目の入り組んだとこ切り出したらそうなるわな。
 この手の弦楽器の工作として考えれば,オモテが柔く,ウラが硬いというのは,振動が楽器前面に反射されるので,音を響かせるためには有効です。うむ,さすが。それを見越しての材選びか…………とか,いちどは考えましたが。
 たぶんこれ作った人,そんなことミジンコほども考えてませんね。

 板ウラの大きなエグレは,薄板として切り出す時に,混んだ木目と板の硬さのため失敗したもの。板の厚みがマダラに違っているのも,表面を均したとき硬い部分が残っただけの話しのようです。いちおう全体を均一にしよう,とした痕跡はわずかに見られるものの,やっぱり板が硬すぎ,作業がタイヘンだったので,早々にあきらめた模様。

 さらに節目が多せいで,コレ,かなりの暴れ板です。
 手で曲げようとしてもビクともしないくせに,端を少し濡らしたぐらいで,全体があっちゃこっちゃの方向に強力にそっくり返ります----このまま戻したら,保定の間に楽器を壊しかねません。いや逆に,よくこれまであの程度の状態で済んでたなあ。

 板ウラの大エグレは桐板を薄く削ったので埋めるとして,板全体の変形を小さくするため,現在3つの大きめな小板で構成されているのをいくつかに分割し,間にふつうの柔らかい桐板をスペーサとしてはさみこんで,変形時の緩衝帯を作ります。

 そして厚みを均一に,削る削る削る削る削る!!!

 ……さっきも言いましたが,桐板とは思えない硬さです。
 このくらいの厚みのふつうの桐板ですと,紙ヤスリの#120とか#80あたりをかければ,数分で穴があくと思うのですが,#60番という,およそ桐板に使うもんじゃないような番手でも歯が立たず,ひさしぶりにアラカン(工具)ひっぱりだしました。
 それでも歯が立たず,けっきょく厚みのある部分を挽き回し鋸でガリガリっとひっかいては,アラカンで削り,紙ヤスリで均すといったぐあい。

 つごう二日ほどかけ,全体をほぼ3ミリ均とすることに成功しました。もともと周縁附近で3ミリほどしかなかった板なのに,けっこうスゴい量の木粉が出ました----うううう,肩があがらん!

 裏板にてこずってる間に,胴体オモテがわのほうは完成させておきましょう。棹とのフィッティングもあらかた終わっているので,あとは響き線を戻すだけですね。

 例によって,響き線の木部につっこんであった分はかなり錆び朽ちており。その先端一部が木のなか残っちゃってるのと,周囲に鉄分が滲み,変色・変質してガサガサになっちゃってるので,少し大きめのドリルで周辺ごとエグって取り除いてあります。
 そこを木粉を混ぜたパテで埋め,あらためて小孔をあけて接着。表面がわにズボっといかないよう,ちょうどいいところにテープを巻いて印にしておきましょう。

 ここの接着はさすがにエポキです。
 何回も書いてますが,よくここの接着に使われてるニカワは,長い間に湿気を含んで従前のように鉄を錆び朽ちさせてしまいます。知識のある人は,線基部に柿渋を塗布したりウルシを塗ったりしてあるていど防錆しようとしてるようですが,いずれも完全なる防錆には到らず。腕の良いヒトはニカワなんかつけなくても,孔あけて竹釘挿しただけで見事に留めちゃってますが,木そのものも呼吸しているので保存状態によってはやっぱり錆びちゃいますね。
 今回は線そのものの状態が比較的良かったので,基部の先っちょがちょっと欠けちゃったほかは,オリジナルのほぼそのままです。サビを落し柿渋やラックニスで防錆処置した線を入れ,接着剤が硬化するまで板との間に木片を噛まして,ベストに近い位置で固定します。

 二日かけて,ようやくふつうに言うことを聞いてくれるようになった板を,さっそく胴体に戻します。

 胴体が「箱」になり,スペーサを噛ましたぶんのハミ出しを切り取って,木口・木端口を均したら,今度はそこをマスキングして側板を染め直します。
 まだかなりの部分でオリジナルの染めが残っていますが,天の板や右の側板など補修の手のかかったところは,さすがに削っちゃいましたからね。

 スオウをかけミョウバン媒染。そのあと薄めたオハグロを何度もかけて,オリジナルの色味に少しづつ近づけてゆきます。
 染まったところでシーラーを塗布し,染めた側板の表面を保護。さらに木口のマスキングテープを一回はずして,こんどは側板のほうをマスキング----表裏板の清掃に入ります。側板の染めに使ったスオウは,表裏板の洗浄に使う重曹(弱アルカリ)にも反応してしまうし,トップコートの塗料も溶かしてしまうので,どのタイミングでこの作業を行うのかちょいと迷いましたね。
 今回はそこらのDIYでも売ってるアクリル系のシーラーを使いました。古楽器の修理ではいささか反則感はないでもありませんが,これなら洗浄剤にも反応しませんし,この後の磨きでほとんど削り取っちゃいますからね。

 表板のヨゴレはそれほどキツくはなかったんですが,かなり頑固な手合いの黒ずみ。同じようなヨゴレは炭鉱町から出たとか,北海道みたいに石炭小屋になってる物置みたいなとこにほおりこまれてた楽器で何度か経験しました。
 たぶん石炭なんかに含まれてる成分---鉄分とか硫黄---が,板に使われてる染料のヤシャブシに反応したものだと思います。

 部分的にくすみが少し残ってしまいましたが,表板には樹脂で埋めたものの,虫食いでスカスカになってた部分もあるので,あんまりゴシゴシともできませんな。まずほどほどのところで。

 裏板のほうはたいした虫食いもないのでぞんぶんにゴシゴシできますが,厚みを均す作業で,表面もだいぶん削りとってしまいましたので,清掃よりはむしろ補彩が必要な状態。部分的に残ってるオリジナルの部分を清掃しつつ,ヤシャブシ液に,修理の際,表裏板から出たヨゴレを煮込んだ斗酒庵特製の「月琴汁」を垂らしたもので古色をつけつつ染め直してゆきます。
 上にも書いたとおり,表板のヨゴレが落ちにくかったので,清掃してはいちど乾燥させ,様子を見てからもう一度,というぐあいに数度繰り返しました----うーん,それでも完全にまっちろ,は無理かなあ。数年したらまたそこそこ濃いめの色に戻るかと。

 季節がら,乾燥してはいるものの,気温が低いので塗料やら水分は乾きが遅うございます。
 とはいえここで無理したり急いではナニが起こるか分かりません。いつもより,ちょっとのんびりやらせていただいとります。

(つづく)


田島真斎(5)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (5)

STEP5 今宵星降る刻こぼれ堕つ調停者


 原作者のもともとの工作が巧いので,前修理者の「修理」箇所を徹底的に除去するほかは,簡単な虫食いの処置といつもの補強以外,あまりすることのない胴体ですが。

 木の仕事はだいたい巧い田島真斎が,イマイチど下手クソなのが 「桐板の接ぎ」 なのですね。
 裏板にはもともと割レが複数個所入ってたんですが,内部修理のための剥離作業でほぼバラバラになってしまっております----あんまり上手じゃないくせに,10枚以上も接ごうなんてするから……無茶しやがって。

 ということで,このアベリベリバラバラな裏板を接ぎ直します。ついでに,再接着時に困らないよう,間に二箇所スペーサを入れて左右の幅を少しだけ広げておきましょう。

 いつも切ったり貼ったりで使っている作業台に小板を並べ,簡易的な板接ぎ台にして一晩。
 スペーサを均したら,裏板は再生完了。
 接着位置を決め,板クランプではさんでまた一晩。

 側板にマスキングテープを巻いて,周縁のハミ出しを削り,表裏板を清掃します。

 最初のほうでも書いたかと思いますが,この楽器の表裏板はナニヤラ油が染まされちゃっており,色濃くまっ黄ッ々になっちゃっています。

 なんですかね,木製品->油ヌルみたいな本能が古物屋には生まれつきあるのかもしれませんがモノを考えろ。ちょっと和箪笥とか知ってるヒトなら…いえそうでなくてもマトモな古物屋なら必須知識なんですが----桐板を使った箪笥や木箱に油は厳禁です----シミになっちゃう。
 さらに,塗るとしてもふつうなら亜麻仁油みたいな乾性油でしょうに……これ,何ですかね?
 オリーブ油?
 いやいや,地中海のヨーロッパ家具じゃないんだから。
 現状,ギトギトもヌルヌルもそれほどしてはおりませぬが,マスキングテープでさえ貼ってもスグにぺろりんと剥がれる状態。この後の作業にも支障がありますので,まずはこの表面の油を抜いてやらなきゃなりません。

 いつもの重曹液に中性洗剤を一たらし。
 いつもよりちょい強めに Shinex で磨いては,浮いてきた月琴汁をしごくように拭い取ります。
 一度,全体を磨き切ったところで一旦乾かし,様子を見ます----おのれ古物屋(もしくは前修理者)!

 どんだけぶッかけたのォ!?

 しばらくしたらまた,表面に油が浮いてきたので,取り切れなかったところを中心に,このあと二度ほどくりかえしましたでがっでむ。

 まあ何年かしたらまた滲みこんだぶんが浮いてくるかもしてませんが,とりあえず,表面と木口はマスキングテープが貼りつくくらいまでは脱脂できたようです。最後に水拭きをして数日乾燥させます。

 さて,同時進行で棹をスオウ染めます。

 今回は糸倉も新しく接いでますし,指板も貼ったし基部も再生----糸倉はラワン,基部はマコレ,指板は縞黒檀,本体は前修理者の補作棹を使ったホオで,間木と延長材がサクラ。ほかにもスペーサやなんやらで,つごう木材5種類以上は使ってます。

 ド派手にツギハギしましたので,誤魔化しのためにも最終的には黒染めですね。棹本体の真ん中あたりを少し薄くして,なんちゃってサンバーストに仕上げましょう。

 糸巻も削ります。
 田島真斎の糸巻は一般に石田不識のとほぼ同形。国産月琴の定番である六角1本溝で,溝の彫りが深く帽子(握りの先端)がやや突き出ているものが多いのですが,高級品だとやや太目で,帽子にさらに一手間,彫りが入ってたりすることもあります。

 先端が細く,握り部分側面の立ち上がりがややキツくなっているのも特徴ですかね。ラッパ状に広がってゆく側面のラインがキレいです。
 こちらもいつものように材料は定番の¥100均麺棒。
 前回,素体を多めに作っておいて良かった----おかげで今回は削るだけ,ほんとうに助かります。

 先端がきわめて細いので,補強のため,糸倉に入る部分や糸孔を中心に樹脂を滲みこませ,少し強化しておきます。

 こちらはスオウで赤染め,オハグロは薄めにしてダークレッドに染め上げます。

 ほかの工作もしながら,棹のフィッティング作業を繰り返します。もう第何次か分からん!
 棹が半分になってもいいんや~,ワイはキッチリスルピタをめざすんや~。(w)

 表裏板の木口木端口をマスキングして,側板部分のお手入れ。作業でついたキズを落し,磨き直し,亜麻仁油と柿渋を軽く刷いておきます。
 「田島真斎」という人の仕事の良さは,ここからも分かりますね----この薄い胴体が,何の支えもなしに,ほぼ正確に楽器の中心線どおり真っ直ぐ自立します。なんという工作,なんというバランス。作る時に削りかすの重さとか測りながらやってるのかしらん?
 棹は前修理者と庵主の合作みたいなもので,ひどいツギハギですから重量バランスもへったくれもないはずなんですが。コレ挿してもちゃんと自立しますもんね。スゴい。
 
(つづく)


福州南台太華斎2(5)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (5)

STEP5 唐辛子紋次郎

 さて,前回までの作業で表板に側板がつき,いちおう「箱」の手前,「桶」の状態にまで戻った太華斎。まずは胴体の続きです。

 いつもですと,側板を輪にしてから入れる内桁ですが,今回は側板のほうの工作があまり良くなくまだ調整の必要があるため。内桁を先に固定し,楽器の中央構造をしっかりと固めてから,四方接合部の再接着という流れになります。
 ----で,その内桁。
 唐物月琴の場合,胴体構造を保持するのはこの内桁1枚だけですから,これが楽器の背骨でもあり腰骨でもあるわけですが,なにせオリジナルは反ってへにゃ曲がっててこんな状態ですんで,とうぜん使えませんな。

 オリジナルは桐板で,へにゃ曲がった状態でくっついていたことから,おそらくこの変形は,組立て時にサイズの合わないところに無理やり押し込んだためと考えられます----組みこんだ後で変形したのなら,表裏板との接着はハガれてたはずですからね,補修の痕もなかったし。
 というわけで,ここは新しく作らにゃなりません。
 板はオリジナルと同じ桐でもいいのですが,全体の工作(もちろん悪い)から考え,もうちょっと丈夫な材を入れたいと思いますので,今回はエゾマツの板でいきます。

 内桁の取付けに先立ち,これをはめこむ側板の溝を調整します。右側板(楽器正面から見て)の溝が少し斜めになっちゃってるんですね。
 前回書いたよう,左のは板厚ギリギリだったし,こっちは曲がってるし……なんですかこの胴体作った奴は,よほどの考えナシですか。
 修整の結果,少し幅が広がっちゃいましたが,新しく作った内桁はオリジナルよりわずかに厚かったので,むしろ好都合。
 内桁の両端は側板の高さに合わせてありますが,中央部分は端より1~2ミリ膨らんだカタチになっています。オリジナルは量産型のせいか手を抜いて,端から端までほぼ同じ高さになってましたが,ここは一手間----老天華なんかは量産品でもこの設定で工作されてましたけどね。このあたりは如実に職人格差。

 で,この板の中央に棹なかごを受ける棹孔を,端に響き線を通す木の葉型の孔をあけるんですが……ここでまた原作のアラを発見。

 月琴の棹は,通常(作者がちゃんと構造を分かっていれば)やや楽器背がわに傾いたカタチで取付けられます。
 修理前の前の測定で,この楽器の棹もそういう造りになっていることが分かっています。棹の指板部分の面と棹なかごは水平でなく,わずかに角度が付けられていており,棹なかごの上面--表板がわに向いてるほう--が,棹口から内桁の孔まで,表板とほぼ平行になるようになっているんですね。
 表板とほぼ平行,ということは。棹なかごと表板の間隔は,起点である棹孔のところから,終点である内桁の孔のとこまでほぼ同じになってなきゃならんわけですな。
 しかるにこの楽器の内桁の棹孔は……うん,ど真ん中に穿たれてますね。なンも考えてない,ど真ん中に。
 これだとどういうことになるのか----図説しましょう。(下図:クリックで拡大)

 棹はまともな造りになってるのに,胴体がやたらと----いえ正直言えば,かなりヒドい造り----工作があちこちバラバラなんですね。
 胴体も,表裏の板なんかは--表面柔らか,裏面硬く--と,ちゃんと材質が選ばれたりしていますが,その板自体の加工と組立てがヒドい。量産型なので複数の職人が分業でやっていたとは思いますが。素材と個々の工作技術はまあまあなのに,その間に立って調整したり,全体を統括してまとめたりする役がいなかったか,あるいはその立場にある者の能力もしくは責任感が著しく欠如している……うん,いまもブラック企業でよくある労働環境だったみたいですねえ。
 とりあえず,新しい内桁の棹孔は棹のほうに合わせ,あるべき位置(上図①)で開けときますね。

 唐物月琴の内桁についている響き線の孔は,くりぬいたものではなく,木口から鋸を入れ,そのまま木の葉型に挽き回して貫いてることが多く----

 天華斎(上右画像)でさえこの手でやってます。まあ,いくつか小孔をあけて,間をちまちまと挽き切って貫くより,こっちのほうが格段にラクですし,機能の面では孔さえあいてりゃいいわけですが。これと同じにやった場合,内桁の片端が二つに割れてるのと同じ状態になってしまい,これが原因となった不具合もいくつか見てますので,ここは庵主,馬鹿丁寧な日本の職人式に,切らず丁寧に刳りぬきます。

 最初のころは,一見手抜きにしか見えないこの工法,なにか楽器の性能上のヒミツが隠されているのか!?----とか考えたりもしてたんですが,どう考えても「手間」以外の問題はなく,庵主は納期までにいくつも作らなきゃならないわけでもなく,原価を下げたいわけでもないないので……あ,お出汁は昆布やニボシでちゃんととる派です。
 内桁・四方接合部の再接着の前に,右側板の内外に板を貼りつけておきます。この右側板,表板がわは比較的均等な厚みになっているんですが,裏板がわが極端に薄くなっており,さらに全体が両手でタオルを絞るみたいに,中央からそれぞれ逆方向にねじれてしまっています。ある程度は矯正したのですが,それでもこのまま接着すると,天の板との間にけっこうな段差ができて,現状だと端っこのほうを,最大で1ミリ以上2ミリ近く削らなければならなくなりそうです。

 再接合の際,さらに矯正するので,実際にはもうすこし小さい段差で済むでしょうが,どちらにしろ現状3ミリほどしか厚みがないところを1ミリ削るっていったらけっこうなもんですので,補強も兼ねて裏がわに板を足しておこうというわけです。

 同じく右側板,反対の地の板がわの端は,逆に外がわがへっこんでしまっているので,こちらにも板をちょい足ししておきます。

 そしていよいよ内桁と四方接合部を接着。

 つぎに桐板で作った補強板を,四方接合部の裏がわに接着します。同時進行の田島真斎は凸凹継ぎだったので,これを整形するのがすこし大変だったんですが。こちらはこちらで板自体の工作が見事にバラバラなため,接合部が3D的に不定型な形状になっており,かなりタイヘンでした----うまく合わせられなくて,板5枚くらい失敗しましたね(w)

 貼りつけた補強板はギリギリまで厚みを落し,外がわからもスキマを徹底的にふさぎます。

 さて,これで胴体構造はあるていど固まり,だいぶん安定してきました。あとは裏板でふさぐ前に,棹の取付け調整を徹底的にやってゆきます。
 まずは胴オモテに新しく楽器の中心線を決め出します。

 側板の棹口も内桁の棹孔も,オリジナルのはやや大きめにあけられており,棹の取付けはかなりユルユルです。補作の内桁の棹孔も,位置は変えましたが(既述参照)孔自体の寸法はオリジナルと同じくやや大きめにしてあります。
 以前にも書いたように,こうした唐物月琴の工作は,糸を実際に張ってみると,だいたいは使用可能な範囲で安定するようになってるものではありますが,こういうあたりがどうしても気にしィになる日本の職人としましては,角度バッチリ抜き差しスルピタを目指し,邁進してゆきたい所信であります。

 棹と胴水平面を面一にしたところ,棹の指板部分先端の右がわがわずかに高くなっていたので,擦り直しておきます。

 あとこの楽器の棹の背がわ基部には,ふつうほかの唐物月琴で表裏についている段差が,何故か無かったのですが----

 おそらくはこれも,胴体に棹挿してみたら棹がお辞儀して,背がわの根元に大きなスキマができちゃったため,誤魔化すために段差を削って均したものと考えられます。数打ちの量産楽器ですので,歩留まり回避のための辻褄合わせはしょうがないとしても……職人としてここまでやってイイかかなり悩む,ギリギリな工作ですね。
 今回,棹と胴の関係をマトモにしたら,その段差のあったあたりが棹口にひっかかるようになりましたので,その修整を兼ね---さすがにちょっと浅いですが---あるべきところに段差を復活させます。

 あと,棹と延長材の接合部に少々スキマができちゃってます。接着自体は頑丈で使用上の支障はありませんが,この手の工作不良は演奏中の音の狂いや調音の困難等の不具合の原因となりますので,ここもきっちりと塞いでおきましょう。

 さらにフィッティングを重ねてゆきます----庵主,この作業に関してはしつこいですよ。
 棹の角度も傾きも,そして抜き差し具合も,だんだんベストの設定に近づいてきました!

(つづく)


田島真斎(4)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (4)

STEP4 (     )人類には発音できない月琴の呼び声

 ただいまあ~。  ああ,疲れた。
 家はやっぱりいいねぇ。
 はい,これ。お土産の「インスマス饅頭」----アンコが独特でさあ……え,原料?

 知ラナイホオガ良イコトハ,コノ世ニイッパイアルンダヨ。

 …タコっぽいモノをプレスした「インスマスせんべえ」もあるヨ。


 旧支配者(=前修理者)により異空間に固定されていた棹の一件もなんとか一段落したので,お次は胴体のほうへとまいります。

 エポキが流し込まれたことをのぞけば,胴体には原作者・田島真斎によるオリジナルの工作のままのところが多く残っています。
 何度も書いている通り,腕前はお上の保証付きですので,木の仕事はかなり上手い。響き線にサビ一つなかったことから見て,胴体に限って言えば,もともとの(前修理者がやらかす前の)保存状態は,かなり良好であったと言えましょう。その意味では,内部確認と棹の除去のため,庵主が裏板ベリッっとひっぺがしたのが,現状,最大のキズかもしれませんね。
 とはいえ製作されてから百年以上,まったく劣化がないわけではなく,天地の板と表板の一部,そして四方の接合部で接着がハガれちゃっています。
 まずはここを再接着して,水も漏らさぬ「桶」の状態に復活してもらいましょう。

 まずは天地の板。
 板端に虫に食われているところもあるようですので,ハガレてるところに桐塑を詰め込んでから,ニカワを垂らして再接着します。
 最初のほうの回でも書いたように,四方の接合部は凸凹継ぎ。精密強固に接合させるためではなく,ほとんど見映(みば)のためみたいな工作ですが,原作者の腕前がムダに良いので,接着がトン出る状態でもいちおうちゃんとくっついています。とはいえ,ここがきちんと密着しているかどうかが,この楽器の音色の良否をかなり左右するという箇所ですので,ニカワを足してただ再接着するだけではなく,いつものとおり補強をしておきましょう。
 桐の小板を刻んで接合部の裏がわに接着します。

 凸凹継ぎなのと,内面が綾彫りモドキになってる関係で,凹凸がかなり複雑になり,合わせるは少々タイヘンでしたが,なんとか作成成功。

 補強板が完全にくっついたところで,余ってる部分を切り飛ばし,内がわからもギリギリまで薄く削って整形します。
 ただたんに「強力に密着させる」ということが目的なら,それこそ接合部にエポキや木瞬でも接合部に流しこめばいいのですが,そうした場合,ここは二度と「直せなく」なります。
 この部分は楽器の音色的には密着していないと困るところですが,胴体に衝撃がかかったとき,割れることで被害を最小にする,という役目もあります----つまり「壊れるべき時に壊れなければならない」箇所でもあるのです。
 前修理者は接着剤を 「AとBを固定するもの」 というニワトリ以下に単純な考えで使用したようですが,修理において 「どこにどういう接着剤を使うのか」 という問題は,そのモノとその構造と部品個々の役割を良く理解したうえで正しく選択しなくてはなりません。
 接着剤が強力であればあるほど,その選択はより難度を増します。おツムに自信がなく,腕前がクソ以下という自覚があるなら,いッそツバでもつけときなさい。そのほうが後世への被害は最小で済みますから。

 さて,胴体が一段落したところで,ちょっと小物のお手入れでもしますか。

 まずはお花の飾りをへっつけられ 「ヴェルサイユ」 と化していた半月。「ヴェルサイユ」はなんとかハガしましたが,その痕がいたいたしい…

 こんなもンへッつけんでも,元々の材料と工作が素晴らしい,ということが分からんあたり,古物屋としても失格ですな。
 こびりついた接着剤をこそげおとし,ヴェルサイユにつけられたヘコミを唐木の粉を練ったパテで埋めます。そんなに大きくはないキズですが,目立つあたりなので丁寧に均しました。

 続いて中央飾りが真ん中あたりからポッキリ逝ってるのを継ぎ,左ニラミのシッポを継ぎます。
 あとは…そういや前修理者が糸倉の頭にへっつけてた 「ふンぐるむん」 もありましたな。真ん中にへっつけられた凍石のカケラが邪神の召喚石なみに禍々しい,しかもなんかボンド垂れてるし……何を参考にしたのかは知りませんが,真似るならもう少しマトモに真似ろ。

 というわけで,オーナーさんにお尋ねしたところコウモリの意匠をご希望とのことでしたので,補作の蓮頭は田島真斎風のコウモリさんを彫りましょう。
 以前所有していた8号月琴がおそらく田島真斎作(当時は石田不識の楽器だと思ってましたが)で,これについてた蓮頭がコウモリさんでしたね。

 …胴体がちょっと寸詰まりになっちゃいましたが(汗)。お顔はそれなりに似せれたと思いますよ。

 あとひとつ,なくなってる扇飾りも作っておきましょう。
 田島真斎はここに,けっこういろんな形の飾りを付けたりしますが,扇型になってる場合のパターンは三つくらい。その中でいちばん無難なやつでまいります。

 ちなみにこの作者の場合,「いちばん無難なやつ」でもこの細かさになります。(^_^;)このお飾り,もともとの唐物月琴のも国内のほかの作家さんのも,もっと単純で,こんなに凝ってないんだけどなあ。

(つづく)


福州南台太華斎2(4)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (4)

STEP4 余った唐揚げで天丼

 ----余るンです。

 天地の板の中心を,裏板に引いた中心線に合わせて置き,両端を裏板の端に合わせますと。

----と。ご覧のように,天の板・地の板ともに,真ん中のあたりで裏板のふちが天地板の輪郭より外に出てしまいますね。
 いつもですと側板の変形を疑うところですが,今回は庵主,思いあたるところがあり,これは原作者の工作が原因ではないかと推測しております。その理由の一つがコレ----

 分解したときに,天地の板の下から出てきた指示線です。
 いや,ほんとだったら天地の板はこの内がわに接着されてるはずなんですよね。
 あらためて天地の板を合わせてみますと,外がわの輪郭がこのオリジナルの指示線とほぼ重なります。つまりは----本来この位置に取付けるはずだった部品が,ちゃんと取付けられてなかった,ということですわな。
 内桁が不自然にへにゃ曲がってたうえ,その状態で接着されていたこととか,胴全体が縦長になっていたことなども考え合わせますと,おそらくは,納期が迫ってたかなにかで,寸法の微妙に合わない部材を,無理やり変形させて組み立てた……んじゃないか,と。
 その状態で湿気の多いところにでも放置されていれば,木材もそれなりに諦めてそのカタチになってくれたでしょうが,百年以上,木としてはけっこう良い乾燥・保存状態で放置されたもので,こないだバラしたため解放されて,ほぼもとのカタチに戻ったんじゃないのか----つまり現状は「部材が変形した」のではなく「元来の姿に戻ってる」のでしょうね

 とりあえず,加工の悪かったせいで狂いの出てる右の側板以外は,組立て上問題ないと考えられます。
 再組立てに向かって,まずは表板を徹底的に補修いたしましょう!

 現状,まずは楽器正面から見て右端にあった節目が,板の剥離作業中にポロリしてます。
 あと,中央と左の小板の接ぎ目に沿って虫食い。
 左肩,ニラミのついてたとこの斜め上くらいに,比較的大きな虫孔があるほかは,表面上それほど問題なさそうに見えるのですが,この虫,かなり律義な性格だったらしく,孔のところから接ぎ目全体の5/6くらいまでをトンネル状にスカスカにし,さらに接ぎ目から右方向へ,最大2センチの範囲くらいまで,あちこち食べちゃってるようです。
 節目のほうはノリつけてぶッこみゃあスグに直りますが,まずはこの虫食いからですね。といっても,やることは棹や胴体と同じ。樹脂を注入して充填します。
 縦方向へまっすぐは,緩めに溶いた樹脂を入れて板を立てておけば,重力の関係で下へ下へと勝手に流れて埋まってくれるんで比較的充填しやすいのですが。横方向への食痕へは流れて行きにくいので。針の先などで虫食いのルートをたどっては,途中か終点附近に小さな孔を何箇所かあけ,そこから樹脂を足してやります。
 ほかの充填箇所とほぼ同時進行でしたが,これにも一週間くらいかかりました。なるほど,文化財の修理が時間かかるわけだ。

 虫食い箇所の補強が終わったところで,板ウラを整形します。
 板オモテなんて飾りです!楽器の良し悪しは板ウラで決まるんです!エラいヒトにはそれが分からんとですたい!----いやほんと。この楽器,ジ○ン軍整備兵A(九州出身)になっちゃうくらい,板ウラの処理があまりにもテキトウです。
 まずは内桁の貼りつく中心部と,側板の貼りつく周縁部分を中心に,接着部分のヘコミを埋め込み,段差を均し,てっていてきに平らにしてゆきます。

 表板の左肩部分にネズミが齧った痕があります。
 被害はそんなに大きくないのですが,これがまた,ちょうど胴接合部の真上にかかっているので,組立て前にはちゃんと修理しておかなきゃなりませんね。
 ガリガリとカジられてエグレた箇所をいちど平らに均し,そこに補材を接着。整形します。

 続いては下縁部,左右の板の接ぎ目の割れの補修。
 すでに述べたように,組立てがかなり無理無茶だったみたいなので,部材の収縮で割れちゃったんでしょうね。それでもこの程度で済んでるあたり,板接ぎの工作だけはそれなりに優秀。
 ごく薄い割れ目なので,カッターの刃を通してすこし広げてから,桐板を薄く削いだのを埋め込みます。

 最後にもう一度,板ウラ全体を擦って厚みをなるべく均等にします。上にも書いたように,板作りの加工工作自体がかなりテキトウだったようなので,鋸痕もそこここ残ったままでガサガサしてますし,場所によっては1ミリ以上も厚みが違ってましたからね。

 そしていよいよ天地の板----この楽器の背骨----を戻します。
 場所は最初に書いたように,新しい中心線に沿ったところ。こんどは原作者の引いた指示線の正しく内がわです。

 天地の板がついたところで,左右の側板を接着します。
 天地板を正位置で接着したため,縦方向に少し縮みましたからね。
 端を少し削って,はまるように調整しました。

 内桁もまだついてませんし,四方の接合部も接着されてませんが,バラバラだった楽器の胴体がこれで,とりあえず 「桶」 の状態にまで戻りました!

(つづく)


田島真斎(3)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (3)

STEP3 あんしゅはさくらんしている。

 うーん…うーん………1d100で振っても振っても出目が。

 …(隠)ここにゃァむかし川橋さんってヒトが住んでなさってな。(与)カワハシさん。(隠)この川橋さんが,エロい!(与)エロいッ!(隠)で,近所の子供らがうちの前ェ通るたびに 「エロ川橋!エロ川橋!」 と囃したてたのが訛って「江戸川橋」。

 ………はッ!………夢か。

 あやうくギャグの暗黒面に飲み込まれてしまうところでした。
 この数日で,上のような小芝居を夢に見させられ,夜中に爆笑しながら突然目覚め,むせ返って悶絶すること数度。
 二面同時修理中の斗酒庵主人でございます。

 そして,現実は悪夢よりもツラいのでありますよとほほほほ。

 これでもかとばかりの大量のエポキシどろどろでネックが固定されていた田島真斎。
 さすがにここまでやられちゃいますと,これを無事に引っこ抜く方法はありませんので,まずは----

 ----ゴトリ。

 ………やっちまった。
 かァちゃん,オレ,とうとうやっちまったよ。


 おいらの手は月琴の返り血で真っ赤っかさ。

 というわけで,首ちょんぱした切断面にもエポキがこびりついてますのでこれをこそげ落し,棹孔が見えるように……うん,ここもみっちりエポキ。スキマもナニもありませんね。こりゃまあ,ほじくるしかしようがない。
 つぎに,棹のなかごの胴内部に入り込んでる部分を取り除こうと,これを棹孔の内がわと内桁の上面二箇所を切断したんですが----ビクとも動きません。
 両端たしかに切れてるのにね,ひっぱってもゆすっても,持ちあがりもしませんね。

 とりあえず天の板の棹孔のほうから棹茎をほじって,なんとかひっぺがしてみましたら,まあなんと大量に塗られたエポキが流れ,表板との間に溜まって固まり,棹なかごを表板にがっちりくっつけてておりましたとさ。

 hahaha…ヘイ,ジョージ,こいつァ何のジョークかな?

 答えのないジョージの脳天に俺の44マグナムを突きつけつつ,挽き回しなどを使って二箇所の棹孔をほじくり直します。

 さて,切り取った棹のほうは,表面に塗られていた茶色い塗料をこそげ落します。

 はじめのほうの回で書いたように,もともとこの棹には,田島真斎のオリジナルにしては加工が粗いため,後補部品である疑いがあったのですが,ここまでの作業でさらにそのアラがいろいろと増えまして。
 「疑い」はいまや「可能性」にまで到達しております。
 さらにその「可能性」が「確信」にまで変わった理由がコレ----

 (解説画像クリックで別窓拡大)
 国産月琴では左右の糸巻が,糸倉を中心にそれぞれわずかに楽器前面に向かって突き出すかたちで取付けられるのがふつうです。この傾きは上下方向にもあるもので,補作の棹を作る時など庵主はいつもこの3Dの穴あけ工作に悩まされるのですが,対してこの楽器,左右の軸がそれぞれ前後反対方向に向かって突き出しています。すなわち片方の糸巻は楽器前面,反対がわは背面に向かって突き出してるわけですね----いかにも使いにくそうだなあ。

 前も書いたとは思いますが。
 田島真斎,という作家さんは,いくらなんでもこんな阿呆な工作をする人ではありません。

 ここまでなんとかこの棹を修整して使おうと,あれこれやっていたんですが,この糸倉の工作でもって諦めがつきましたね。糸巻の角度自体は,軸孔をいちど埋めて開けなおす方法で修整は可能ですが,今回は糸倉自体がかなり細めに作られているのでそれもちょっと難しい。
 そこでこうすることに----

 工作があんまりな糸倉を切り取ってすげ換えます。
 前の糸倉も,全体のフォルムや軸孔の位置などはいちおうオリジナルを模していると思われますので,新しい糸倉は基本的にそれに準拠しましたが,真斎の他の楽器の画像や,形状の近しい石田不識の楽器の糸倉などを参考に,よりオリジナルに近い形状を目指します。
 あとは前修理者より工作精度をずっとあげてまいりましょう,おのれジョージ!(かなり色んなモノが見えています)

 で,糸倉に,問題の糸巻の孔をあけます。

 庵主は3D的な数学に弱くかつビビリですので,穴あけ作業は慎重に,段階を踏みます。まず下孔は2ミリくらいのビットで----このくらいなら全然修整利きますもんね。
 竹串などを挿して角度や傾きを確認したところで,長いドリルで下孔を通し,リーマーで広げ,最後は焼き棒でじゅわッっと焼き広げて仕上げます。
 真斎や不識の糸巻は先端が細く,糸倉の孔は太いほうで9~10ミリ,細いほうは7ミリくらいです。

 ヘイ,ジョージ!
 これがほんとうの糸巻の角度ってもんだぜ!

 糸倉の反対がわ,胴との接合部は,切断の際に数ミリ削れてしまいましたので,そのぶんも足せるような工作にしなきゃです。

 補材はマコレで作りました。
 この角ばったおしゃぶりみたいのを棹と合体させます。

 そして整形して,棹本体と一体化。
 胴の中に入る基部の部分も削り出します。
 ----田島真斎と石田不識の楽器では,棹は一木からの削り出しで,棹なかごの部分も一体であることが多く,前修理者の補作の棹も,不恰好ながらそうなっていたことから,オリジナルも一木作りだったとは思いますが,今回はふつうに棹基部に延長材を接ぐタイプの工作とします。
 前にも何度か書きましたが,この楽器における「一木作りの棹」というモノには「一木で作ったから音が良いはずだ」というロマンしかありません。工作として難易度が高いだけで,音質に特別な差異はないですね。のちのちのメンテや調整上の面倒が多いだけなので,ここは庵主,断固として変えさせてもらいます。
 春先の老天華同様,糸倉すげ換えの粗隠しを兼ね,指板部分には黒檀の薄板を貼りました。

 あとは実際に胴体に挿しこみながら取付角度を調整。
 延長材はふつう杉や松といった針葉樹材が多く使われますが,今回はサクラ材を選択----まあこの材質の違いにもあまり意味や効果はないんですけどね。もとが一木作りだったみたいなのでなんとなく。(w)

 これでようやく,ボンドで固められ,抜けなくなってた棹が,もともとの着脱可能な状態にもどりましたあ!!
 帰ってきたよ…ここがインスマスさ。

(つづく)


福州南台太華斎2(3)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (3)

STEP3 からくれないに水くくるとは。

 さて,棹の上物は,蓮頭・山口・フレットに柱間の小飾り
 胴体と同じに水で濡らしてニカワをゆるめ,剥離してゆくのが定石ですが。今回はちょっとそういかない状況があります。

 それがこの棹本体の虫食い虫食い虫食い虫食い虫食い。

 胴体の虫食いは天の板数箇所と表板に一箇所と限定的ですし,剥離の際に濡らなきゃならないところと微妙にズレててくれたのであまり問題にしませんでしたが,棹の虫食いは棹本体のほかけっこう大事な糸倉やその根元のうなじのあたりにもあります。
 オモテに見えてる穴から細いハリガネなどさしこんで,ある程度の深さや方向は分かりますが,正直ハリガネの入らないその先で,どこがどれだけ食われてるのか,まったく想像もつかない。そのため,うかつにへんなとこ濡らしたら,思い切りイヤなところが 「くしゃ」 っと逝っちゃいかねません。

 なのでこちらは上物除去の前に,ちょっとくらい濡らしても「くしゃ」っとならないくらいに補強しておきましょう。

 文化財修理の映像なんかでよく見かける光景ですね。
 虫食い孔に樹脂をちゅーっと注入して固めます。
 なるべく奥までつめこみたいので,最初はゆるゆるに溶いたものから,すこしづつ時間を置いて何度も注入してゆきます。
 完全硬化を待ちながらの作業なので,これだけで1週間以上かかっちゃいましたね。
 作業前は薄皮一枚になってるけっこうヤバげな箇所もあったのですが,この補強でとりあえず,弦を張った時に「くしゃ」っと崩れたりパッキン折れたりまでしそうなところはなかったごようす。とりあえず,オリジナルの棹はこのまま使えそうです。

 んで胴体と同じく上物を除去。
 こちらも接着はオリジナルのまま,ニカワ。
 剥がしたところに新たな虫食いが発見されたり,蓮頭・間木や山口・第2フレットの接着部が,樹脂を流し込んだ虫孔とつながっていた関係で,ハガすときに少し苦労があったりもしましたが。
 これでこんどこそ完全分解完了~!
 ようやく本格的な修理作業に入れます。

 糸倉のてっぺん,蓮頭の下にある間木は,うちにきた段階で片方の接着がハガれ,ぷらぷらしていたんですが。上にも書いたとおり,糸倉の右端から入った虫にけっこう食われておりますんで,はずしたついでに,これは新しい木に交換しちゃおうと思います。
 改めて状態を確認してみますと。虫に食われてたがわはしっかり貼りついていたようですが,反対がわの面が当初からほとんどくっついていなかった模様。下地染めのスオウの赤の上から,後でスキマから入り込んだ黒染めの色が,まだらになってかかっています。黒染めの段階で,すでに赤いとこだけでなんとかへっついてたというわけですね。
 この接着不良の原因はかんたんで----

 糸倉左の内がわ,間木の接着部分がガタガタ。
 まあ,逆に----一時とはいえ,これでよくくっついていたものだと。(www)

 このまま間木を戻しても,またぱちゅんとハガれるのは目に見えてますので。ガタガタになっているところを中心に,軸孔の縁のカケ・エグレなんかを,唐木の木粉を練ったパテで埋めこみ,平らかに整形----もともとちょっと雑な工作で,かなり薄く削れちゃってましたので,補強も兼ねてます。そこにサクラ材で作った新しい間木を,オリジナルと同じくニカワで接着しました。接着面同士が密着してますので,こんどはそうたやすく剥がれますまい。

 蓮頭も修理しておきましょうか。
 庵主の得意分野です。
 外枠が欠けてるのと,てっぺんのあたりに割れと虫食いがあります。この虫食いと割れはどうも一つのもののようで,虫が食って弱くなったところが割れた,みたいな感じですね。まずはここを洗濯バサミで固定してから,虫食い孔から樹脂を注入し,充填接着してしまいます。

 折れたり割れたりしてた箇所がつながったところで,欠けてる部分に端材を刻んでハメこみ,接着。硬化後,補材を整形して彫り線をつなげたら,最後に縁の部分に鋸目をつけて完成。
 古い唐物月琴のお飾りは,縁にこういう鋸目が残ってるのが本当。コレ,一見,切り出したそのままのようですが,実際には整形した後で,あえて飾りとして付けてるもののようです。日本の職人さんは,こういう手抜きに見える工作にガマンならないみたいなので,もしこれがなかったら,楽器自体が唐物騙りの偽物か,その部品は後補品なんじゃないかとか疑ってください。
 あとは磨いて補彩するだけですね。

 胴体のほうは,側板と表裏板との接着面をキレイにします。

 板を並べてあれこれ組み合わせた結果,この向きこの順番がもっともピッタリ重なるので,おそらくはこんな感じで元の材料から切り出されたんだと思います。外に向いてるがわは,当然あとで整形したんでしょうが……ううむ,鋸ラインはかなりヨレヨレ,厚みもバラバラですね。
 何度も書いてるように,月琴の円形胴になるこの4枚の木材は,一枚の板をたわめたものではなく,円の1/4の部材を板や角材から切り出したもので構成されています。切り出す際には円の1/4弧の型紙なり定規なりが使われていたと思いますが,これを少しづつズラして指示線を描くので,たいていの側板は厚みが均一ではなく,真ん中が厚く両端が薄いカタチとなっているわけですね。

 天の側板と板との接着面にはかなりの虫食いがあります。
 一部は板オモテの虫孔とつながってるみたいですね。

 樹脂を充填する前に,板を振ったり軽く叩いたりしたら,あちこちの孔から木粉がこんなに出てきましたよ。
 側板表面の虫孔と表裏板の接着部の両方から,ここも一週間くらいかけて樹脂を注入してゆきました。


 右側板(楽器正面から見て。裏板方向からだと左。)の加工がかなり雑で,裏板がわの両端が極端に薄く,全体がわずかにねじれるように変形してしまっているようです。
 左側板(同右)のほうはこれと逆に,中央部分がエグレたように薄くなってしまっています。その薄いところに,内桁をハメこむ溝を彫ったものですから,溝の底が表面ギリギリ……うん,内桁のはまってない状態だとカンタンに折れちゃいそうですね。
 右側板のほうは修整が3Dに複雑なので,この段階でどうこうするより,実器合わせでやってゆくこととして。こちらはほかの作業中にパッキリ折れられてもこまるので,さきに補修しておきましょう。ギリギリな溝を一度埋め平らに整形。そこに中央部の厚み足しも兼ねて補強板をこんなふうに接着します。

 胴材の補修がある程度できたところで,表板に合わせてみます。

 板ウラに新しく中心線を引き,天地の側板の中心を合わせて配置します----あれ?なんか余るぞ。

(つづく)


2021年12月,月琴WS@亀戸のおしらせ。

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸!12月!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 師走場所 のお知らせ-*



 本年も月琴WS@亀戸,大勢のご参加有難うございました!

 


 12月の清楽月琴ワ-クショップは,年末というにはちょっと早めの第3土曜日,18日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのどんぶらこ開催。

 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 

 

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