2020年2月 清楽月琴WS@亀戸!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2020.2.29 月琴WS@亀戸! 2月場所の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 2月 のお知らせ-*


 

 雪のないほっかいどおに雪かき帰省中のよりお知らせ申し上げます~。(^_^;)
 2020年最初の月琴WSは2月末の29日の開催予定!


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りの,ちょろちょろ開催。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

明笛について(26) 明笛49号/50号(4)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(4)

STEP5 明笛49号

 明笛49号の修理は,まず細かくヒビが入り,塗膜の浮いている響き孔周辺の剥落止めから。

 ゆるめに溶いたニカワを小筆で刷いては,布で軽く押して吸い取ります。 管頭のお飾りの接合部周辺以外に竹自体にヒビは入ってませんし,この周辺以外の塗膜は比較的無傷ですので,このあたりのヒビ割れはおそらく,もともとの漆塗装の下地処理か,塗装作業自体に問題があったのだと思います。

 一晩おいて,触ったらプラプラしててハガレそうになってたあたりが,いちおうへっついてるのを確認----ものが笛ですからね,ツバもかかれば息でも湿る,手汗もつくしヨダレも垂れます----道具としての使用を考えるなら,このニカワによる処置は,あくまでも次の作業のための一時的な応急処置です。

 修理作業中にボロボロ逝かれたらたまらんですからね。


 次の作業のための準備をしましょう。
 まずは薄い和紙を小さく丸めたものを用意します。
 お腹の赤丸薬くらいの大きさかな。

 これにニカワをふくませ,反射壁の欠けたところ(上右画像参照)に押し込みます。
 今回の虫食いはこの欠けたところから,90度曲がって横方向へも少し広がってますので,濡らした紙玉をさらに小さくちぎっては,ピンセットや曲げたハリガネで,少しづつ,なるべく深く,奥のほうまできっちり詰め込んでゆきました。

 穴から紙玉が顔を出すようになったら,筆で少量の水をふくませ,管尻から挿しこんだ棒のあたまで表面を軽く叩いて潰す。そしてまたハリガネでつついて押し込み…これを何度かくりかえしました。

 うむ,場所が場所だけに手先の感覚だけでやったみたいなところもあったんですが----なんとか埋まったようですな。

 充填箇所がかっちり乾いたところで,管内を塗装。

 赤と透を半分くらいづつ混ぜ,元の色に合わせてます。
 先に,修理した反射壁と唄口の周辺だけ何度かこってり塗りこめておき,後の部分は保護塗りていどにあっさりと塗りあげました。

 管頭飾りとの継ぎ目あたりに,何本か割れ目が出来てます。唄口にかかってないあたりなので,楽器としての使用上は問題ありませんが,使ってるうちに開いてきちゃったりしたら嫌ですからね----ここも埋めこんでおきましょう。
 修理で出た黒檀の粉を茶こしでふるい,微細な粉をエポキで練って充填します。


 あとは最初に表面の剥落止めをした部分ですが,漆塗りを塗りで補修するのは難しいですので,エタノで緩めたエポキをヒビに沿って流し,固定します。塗膜がめくれちゃってる部分なんかは,アートナイフなどでこそいで落し,パズルよろしく元の場所にハメこみました。
 とりあえず響孔周辺が,竹紙を貼ったりハガしたりしても大丈夫なくらいになってればよかろうもん。

 唄口や指孔など,この笛の各孔には金で縁どりが施されていました。各孔の壁を塗装し直すついでに,この孔の縁もちょちょいと補彩しておきましょう。

 まあ「金彩」っていってももちろん,本物の黄金の粉末が使われているわけでもありません。色合いから言って元のも,いろんなのの混じった工芸用の偽金粉ですね。
 このあたりは使用でかすれて消えちゃうでしょうから,軽く百均の金粉マニキュアを使いましょう。
 もちろん,直接塗ったりはしませんよ。
 まずは,クリアフォルダの切れ端などにマニキュアを塗り,乾かします。次に保護塗りちゅう孔の縁に押し当てますと,軽くハミ出た生乾き状態の塗料にへっついていい感じでプリントされました。
 保護塗りの塗料が固まったところでクリアを軽く上塗りして完成とします。前にも書いたと思いますが,この笛の金彩はもともと,庵主のやったのと同じように,塗料で絵を描いて上から粉ふっただけの 「なんちゃって蒔絵」 なので,強く擦るとほとんど消えちゃうようなシロモノです。上塗りして砥ぎだしたものだと,ちょっとやそっとじゃ消えないんですけどねえ。(^_^;)

 あとは管内の塗装が乾くのを待って,磨いたら完成です!



STEP6 明笛50号

 ヒビ割れの処理の終わった50号。

 しばらく放置して,ヒビが再発したり新しくバッキリ逝ったりしないか様子を見ます。

 中性洗剤でザブザブしましたし,ヒビの修理であちこちコスりましたので,内外ともにパッサパサな感じですが。
 一週間ほどたってもバッキリ鳴ったりパックリ逝ったり(w)しません。

 …………だいじょうぶのようですね。

 内部にハミ出たエポキを削るのといっしょに,管内の塗装もあらかた削ってハガしてしまいました。
 もともと塗ってあった塗料は,明治~大正期の量産品明笛でよく使われていた正体不明のやつで,水ではビクともしないのに,エタノールを流すとベトつきます----たぶんスピットニスみたいなアルコールで溶かして使う手の顔料だったんだと思います。

 酔っぱらって吹いたらエラいことになりそう(www)

 そういえば----前のほうの回で紹介しましたが,この笛の作者の吉田源吉さんはヴァイオリンの作家でもありました。
 今回の笛の管表の染め色は,ふつうの明笛よりやや赤みがありましたが,これってヴァイオリンの胴染めると同じ染料か塗料が使われてたのかもしれませんね。

 管の内外を塗ります。
 管内は赤に透を混ぜたものを唄口や指孔から筆で垂らし,細めの棒切れの先に使い切ったSHINEXの切れ端をくくりつけたもので均して,まんべんなく塗りこみます。
 管表はもともとの色合いを損ねないように,透とクリアを半々くらいにしたものをゆるめに溶いて二度ばかり拭き漆風に滲みこませ,下地を作ってから,ごく薄く表面を塗りあげました。これもそうでしたが----大正期以降の明笛は竹管表面の扱いが雑で,古い管にくらべるとちょっとガサガサした感じなのが多いのですが,補修箇所の保護もありますし,オリジナルより少し塗りを厚くしておきましょう。

 これでこちらも,後は塗料の乾くのを待つだけです!
 それぞれどんな音が出るのか----一週間後が楽しみですねえ。



(つづく)

楽器製作・名前はまだない(6)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(6)

STEP6 そしてわたしは のぞむ それを 塗って まっくろけのけ

 「長い棹の月琴」 が「短い棹の月琴」になったとする説には,納得のゆかない点がいくつもあります。

 その最大の問題が「短い棹の月琴」にしかない 「響き線」 という構造です。

 いまのところベトナムや台湾の長い棹の月琴に,こうした構造が入っている,もしくは過去には入っていたという情報はありません。もちろん,正倉院の阮咸にも入ってませんし,韓国のウォルグムにもありません。
 ではなぜ----

 長い棹の月琴が短い棹の月琴になるに際し,
  「響き線」が入れられるようになったのか。

 日本で清楽器を作っていた人たちは,音楽におけるメインの楽器である月琴に仕込まれていたのだから,と琵琶から弦子から果ては洋琴(ピアノにあらず,短いお箏に金属弦を張った和製ダルシマー)にまで,何でもかんでもこの構造を仕込んでおりますが,オリジナルの中国琵琶や向こうで作られた双清(清楽で「阮咸」と呼ばれた長棹八角胴の楽器)にこの構造はありません。*

 中国の楽器の研究書などには 「(短い棹の)月琴には響き線が入っている」 といったような説明しかありません。それはあたかも,どの楽器にでもある普通のことみたいに書かれているのですが,実際にいろいろ調べてみますと,中国の楽器でこの構造を有していると確実に分かるものは,ほぼこの「(短い棹の)月琴」だけということになります。

 同じ「月琴」という名前の楽器でも,古い輸入品の月琴と国産の清楽月琴にしかないもの----それがこれら表板に貼られた薄板や凍石製の飾りと,この響き線。

 「長い棹の月琴」が「短い棹の月琴」を産んだとするのなら,そこには必ず,この二つの起源と理由がなければならないのです。

 *ベトナムの琵琶---ダン・ティパの覆手(テールピース)の接合には接着剤のほかやや長めの鉄釘が用いられており,釘の先端が胴内部に出ていて,共鳴音にわずかな金属味を与えている。また弦子(中国蛇皮線)の皮のいちばん端の部分は,胴をぐるりと巻いた真鍮線によって止められている。この線もまた,主なる目的は胴皮の固定であるが,月琴の「響胆(響き線)」のように弦音に金属的な余韻効果を与える部品ともなっている。同様の例はほかにもないではないが,月琴の響き線のような,余韻効果のための独立した構造を持つ例はほぼ見当たらない。



 さて,製作です。

 黒よりも黒く,闇よりも深き漆黒に,
    我が真紅の混淆を臨みたまふ----

 むかし,染めの人が言ってたのですが。
 黒く「塗った」ものと黒く「染めた」ものの色味の差異は,
 「壁」と「闇」の違いなのだとか………

 「向こうの無い」黒さ と「向こうのある」黒さ,とでも言いましょうか----分かるような分からないような。(w)
 我らが闇をのぞきこむとき,闇もまた我らをのぞいておるのですな。

 いちど真っ赤に染めた楽器に,黒ベンガラを塗ります。

 ベンガラは隠蔽性の高い----すなわち下地を覆い隠して見えなくできる----塗料です。
 国産月琴ではけっこう使われていますね。
 高価な楽器は,なにか塗ってあってもまあ生漆をさっとていどで,木地が見えてるのがふつうですが,特に安価な楽器では,その「隠蔽性」を利用して,材料や工作の粗を隠すため,こんなふうにどばちゃとばかり塗ったくられていることがあります。
 実際こうして塗ってみると分かるように,表面はべったらとして艶もなく,いかにも「安物」っぽい感じに仕上がります。しかしこの塗料,もともと漆塗りなどで,貴重なウルシを節約する目的でも使われていたわけで。使い方次第ではいくらでも高級っぽい感じに仕上げることが可能です。

 ベンガラはあらかじめエタノールで溶いてしばらくなじませ,使う寸前で柿渋で溶いて塗りあげます。

 このままベンガラ塗りで仕上げたい場合は,ベンガラが乾いた上から柿渋と亜麻仁油などの乾性油を塗り重ねますが,今回は乾いたところで,糸倉や基部の部分をのぞき,布で擦ってほとんど落としてしまいます。
 「落とす」と言っても,服なんかに着いたらちょっとやそっとじゃ落ちないくらい頑固な塗料ですんで。けっこう拭いても,棹の表面には薄くまんべんなくベンガラがかかっております。糸倉と棹基部のあたりを残したのは,異材を継いでますので,その継ぎ目を隠すためですね。
 ベンガラの上から,こんどはオハグロをかけてゆきます。
 スオウの上から直接オハグロをかけても反応がイマイチなんですが,いちどベンガラをかけて落としてからだと,かなり染まりがいいのですよ。
 何度か塗り重ねてゆくうちに,ベンガラとスオウ,オハグロとスオウが再び反応し,これによって,ベンガラの「塗り」の黒が,より「染め」の黒に近い,木地の透けた奥のある黒になってまいります。

 染まったところで木地を軽く整えて,上塗りに入ります。
 「黒」を使わない「黒塗り」…ってのも不思議なものですが。ここで塗るのはカシューの「透(すき)」ですね。

 下塗りをしっかり乾かして固め,中塗りをなんどか重ねて,中砥ぎ,上塗り,仕上げ磨き。

 棹頭の飾りと半月も磨いて,胴の表裏板はヤシャブシで染めます。

 出来てきましたねえ。

 山口(トップナット)はツゲ。糸を張って半月を接着する位置を探ります。有効弦長は651と決まってますが,棹が細くて長いので左右のバランスとるのがけっこうタイヘンですね。なんせ今回は2弦でも3弦でも4弦でも,いちおう弾けるようにせにゃなりませんし。

 半月がついたところで,とりあえず手元にある糸を張って耐久テスト。
 一見丸胴の箱三味線ですが,弦高が高いのでまだ開放弦しか音は出せませぬよ,おほほほほ。

(つづく)


明笛について(26) 明笛49号/50号(3)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(3)

STEP3 明笛49号あらため "封印されし邪黒龍の笛"


 黒い笛です…うん,黒いね。
 そしてだいぶかすれちゃってはいますが,管オモテには金銀で龍(ドラゴン)の線画……これはもう。

 明笛49号あらため----命名 "黒龍を封印せし闇の明笛"。

 この笛の "所有者(マスター)" となるためには,一定の条件を満たすことが必要である。まず最低限必要な装備として----

 1)黒革の指出し手袋(甲に銀糸でドーマンセーマンを刺繍,左手のみ)
 2)同材・眼帯(中心に朱で,梵字もしくはルーン文字が描かれているもの)
 3)編み上げブーツ
 4)古代文字の書かれた布テープ(あらかじめ笛に巻きつけておく)

 ……ほか,マントなどあるとなおよろしい。

 そして左足に体重を寄せるようにしながらやや斜めに立ち,その内部から噴き出さんとする強大な闇の力を押さえつけるかのように笛を握りしめ,開いた右手の指を額に翳すようにしながら以下の台詞をつぶやき,吹くのである。

 ふっ………永劫の時を経て還って来たか我が半身よ。
     いまこそあの忌々しき古代の神々による封印を破り,
  すべてを渾沌へと帰するため,
    その闇の力のすべてを現世に解き放たん!!

 「ぽーーーーーーー。」

 さあ出でよ!

 封印の黒龍よ!
   汝とこの世界の支配者たる我が命ず!
 煉獄にたちのぼる漆黒の炎にて,
   すべてのもの焼き尽くせ!!

 「ぴーーーーーーー。」

 ----とか,いうことをやりたいと思うのですが。
 誰か手袋と眼帯,持ってませんか?


 49号,調査の続きです。

 前回も述べたよう,現状,吹けばいちおう音は出る状態ではありますが,古物の楽器はかならずどっかしら壊れているものです。
 この笛で中二病的なこともしたいので,まずはしっかりと直してまいりましょう。

 外見的には唄口や指孔,響孔周辺を中心とした塗膜の劣化と剥離が若干ある程度ですがさて内部は……と管尻のほうからのぞきこみましたら。

 うわわわわわ…

 管頭の詰め物----反射壁になってるところが一部分,ぞろっとなくなっちゃってるみたいですねえ。
 到着時に露切り通して掃除したんですが,さしてゴミも出ませんでしたから,この崩れたぶんはおそらく,前の持ち主か古物屋さんに掃除されちゃってたんでしょう。唄口のほうからだといまいち見えないんで気づかなかったんですが,こりゃタイヘン。

 明笛の反射壁は,管頭から和紙や新聞紙の丸めたのをつっこんで固めたものが一般的ですが,ハリガネなどを用いて触診してみますと,この紙の詰め物の部分は3~5ミリほどしか厚みがないようで,そこから先には何か硬いものが詰まっています。
 管頭のほうからつついてみても,詰め物のずっと手前で行き止まりになっていますので,おそらくは下図のような構造になっているのではないかと考えられます。

 最初のほうでも述べたようにこの笛の管体はかなり細いので,お飾りを固定するのにじゅうぶんなホゾを作れなかったのでしょう。そこで管内に細い棒を挿して笛本体とお飾りを接合しているのだと思われます。
 明笛の詰め物は,和笛などのように蜜蝋で一時的に固定したものではなく,ニカワなどで固定し唄口がわは管内ごといっしょに塗り固めてあるのが一般的です。
 紙のカタマリを固めるためや固定のためにニカワを使うので,そこを虫に狙われる可能性もないではないのですが,この楽器の場合,管頭がわは上に書いたようお飾りを固定するための棒でふさがれていますし,唄口がわはウルシでカッチリ固められちゃってますから,通常侵入ルートがなく,こんなふうにはならないはずなのですが……おそらくは,使用によって表面の塗膜が劣化し,部分的にハガれたところから侵入されたのでしょうねえ。

 とまれ,ここがこの楽器最大の要修理個所のようです。

 これもふくめ,要修理個所はこんなところでしょうか。(下図クリックで拡大)

 この楽器は頭尾の飾りがとりはずせない構造になってますので,反射壁の修理も唄口がわからするしかありません。また,全体に塗りが施されているため,内部の保護塗りやヒビの補修などの作業も,オリジナルの塗りをなるべく損なわないようにやらなければならないでしょう----ちょっとタイヘンそうです。


STEP4 明笛50号,ランポー怒りの大修理

 50号は修理に入ります。

 まずは洗おう,ジャブジャブジャブ。
 ぬるま湯に中性洗剤で管の内外を……真っ黒ですわあ。
 洗い終わっても乾かさず,濡らした脱脂綿で包み,ラップをかけて2時間ほど放置します。

 ほおら…開いてきましたよぅ。
 前のヒトが連邦の白い悪魔(w)で「修理」したところがねぇ。

 割れ目周りに固まったのはShinexでこそぎ落とし,割れ目の内がわに入ってるぶんは,クリアフォルダの切れ端やアートナイフの刃を入れてほじくりだします。

 こうしてまず,前修理者の「修理」を「なかったこと」にするまでに,3時間くらいかかりました。

 割れ目の清掃が終わったところで,もう一度軽く全体を濡らしてから,パイプクランプを軽めにかけて矯正します。この時点でギッチギチにしめあげちゃうと,別のところが割れ始めたりしますんで。管の形がくずれないていど 「割れ目がせまくなってる」 あたりでよござんす。

 数日乾燥させてから,あらためて割れ目の継ぎに入ります。
 接着剤はエタノールで緩めたエポキ。

 パックリ逝っちゃってるところは,クリアフォルダなどを切ったものをつっこんで両岸まんべんなく,薄物も入らないようなせまいところには,最初にエタノを流し,そこに接着剤を小筆で垂らして何度も流し込み,ヒビの奥まで浸透させてゆきます。エポキだけだとそこに留まってしまいますが,最初にエタノールを流し込んでおくと,そのエタノールに引っ張られる形で接着剤が流れてゆきますので。
 そこそこの作業時間がかかるので,接着剤は硬化までの時間が長めのものをおススメいたします。
 また,今回のように上から下までバッキリ逝っちゃってる場合は,いちどきにやらず,数回に分けて作業するほうが確実です。

 今回は笛全体を4つか5つに分け,管尻のほうから3日かけて順繰り接着してゆきました。

 充填剤としてのエポキシは,作業後の「ひけ」が少ないのが特徴なのですが,ひび割れの修理では,溶剤をせまい箇所の奥まで浸透させるためにエタノールを使っておりますので,硬化後,エタノールが蒸発したぶん,どうしても「ひけ」が生じ,表面にうすーいミゾが残ってしまいます。
 明るいとこだと見える程度であり,内部はしっかりくっついてますから構造上さほど問題はないのですが。唄口周辺はいわずもがな,響孔の周縁だと竹紙を貼るのに影響が出ますし,指孔でもわずかな凸凹が原因で,演奏に何らかの支障が出ないとは言い切れません。
 ま,なにせ吹いてる本人には見えちゃいますしね。
 気にならないといえばウソになる(w)

 これを埋めるのに,も一度エポキを流すのですが。
 このとき,緩めたエポキをただミゾの上に流してもミゾは埋まってくれません。
 ミゾにあるていどの深さがある場合は,筆でふくませれば勝手に吸い込まれていってくれるのですが,ミゾが浅いとエタノを落としても,蒸発するさい混じってるエポキだけ外がわに散ってしまうんですね。

 これを防止するため,補修箇所にエポキを垂らした後,細く切ったクリアフォルダの切れ端をかぶせます。

 こうするとエポキ&エタノの溶剤は,表面張力かなんか知らん力(w)によって蓋のがわにひっぱられ,そのままそこで固まってくれます。
 指定の場所に軽く 「盛った」 感じになってくれるわけですね。

 一晩ほどおいて固まったところで整形します。

 管内にはみ出したぶんは,細棒にSHINEXをくくりつけたやつを管尻から挿しこんでこそぎとりました。

 さあて,これであとは内外を保護塗りしたら完成ですね。



(つづく)

明笛について(26) 明笛49号/50号(2)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(2)

STEP2 明笛50号

 49号に遅れることわずか1日。
 50号が到着いたしました。

 「HEIWA」 の明笛ですね。

 いままで見たことのあるラベルでは 「平和」 のところが英文字で 「HEIWA」 になっていました。
 漢字表記になってるのを見たのは,今回がハジメテです。

 どちらのラベルでも 「平和」 の字の上には,丸がいっぱい重なりながら横に並んでる真ん中に,平和の象徴である鳩。下には 「MANUFACTURED BY G.Y.」「TOKYO, JAPAN,」 と書かれています。さらに下には 「No.」「¥」とたぶん笛の番手とか号数,値段を書き込むと思われる白枠がありますが,この中に何か書かれてた例はいまのところ見たことがありませんねえ。
 比較的よく見かけるメーカーの笛なんですが,いままで製造元の身元は分かりませんでした。
 今回,笛の実物が手に入ったので,一丁調べてみることといたします!

 ラベルに書かれているとおりなら,「MANUFACTURED BY G.Y.」 ということは作者のイニシャルは G.Y.「TOKYO, JAPAN,」 ということは東京の作家さん,ということですね----この条件で拙「楽器商リスト」を調べてみると,大14年発行の『職業別電話名簿』(東京之部)に 「笛製作業 浅,北元,4 吉田源吉」 というヒトが見つかりました。

 GENKICHI YOSHIDA----頭文字は G.Y.ですね。で,東京の浅草で,笛屋と。

 …うむ,いちおう条件はぴったりですね。
 ただ頭文字 G.Y. で笛屋,というだけなら他にもいるかもせんので,確証を得るためこのヒトについてさらに探ってゆくと,電話帳では 「笛製作業」 となっていましたがこの方,初期の国産ヴァイオリン製作者の一人でもあるということが判明しました。同じ浅草の山田楽器・山田縫三郎も,月琴や明笛のほかヴァイオリンなんかも作ってましたからね。この頃の楽器屋ではよくあったことなのかしらん。

 そしてさらにさらに探っていったところ,いま話に出てきた 「山田縫三郎」 とこの吉田源吉さん,二人そろって明治11(1922)年に開催された 「平和記念東京博覧会」 に,その 「ヴァイオリン」 を出品していることが判明!!----っと…「平和記念」?

 「平和」 …ですかい?

 もしやと思い,もいちどラベルに立ち戻ってみます。

 過去に見た,別バージョンのラベルの画像をちょー拡大したところ,鳩の後ろに 「平和博覧会 大正十一年」 と書いてあるじゃああーりませんか!!
 鳩のバックの丸いのは,どうやら博覧会のメダルだったようです。

 博覧会のメダルを商品のラベルの意匠として使うのは,このころ楽器のみならず日用品や食品でもよくあったこと。石田義雄や田島勝も楽器の背に貼りつけてましたね。
 お祭りみたいなものとはいえ,もちろん何の係累もないのに博覧会を引き合いに出すわけにもいかないでしょうから,少なくとも,この笛の作者は 「平和記念東京博覧会」に楽器を出品して,何らかのメダルをもらい,その記念に,作ってた笛を「平和」と名付けたのでは,ということになりましょう。
 平和記念博覧会の受賞者とその詳細については,一覧が Web公開されていないのでまだハッキリと分からないのですが,さっきも書いたよう,審査記録などからかの 「吉田源吉」さん が,明笛はともかく「ヴァイオリン」を出品していたことはほぼ間違いありません。

 後に「吉田源吉」さん作のヴァイオリンのラベルの画像を見つけたので見てみると,そこにはなんと,明笛のラベルにあるのとほぼ同じデザインの,鳩と重なった丸の絵が………明笛のラベルではかなり省略されてたようですが鳩の左右に並ぶこの丸いもの,もともとは一枚一枚,作者が出品した色んな博覧会や共進会のメダルの図像だったようですね。

 以上の事から,明笛「HEIWA」の作者「G.Y.」は「吉田源吉」でまあ間違いない,とは思われますが,さて----まだいくつか決定的な証拠が足りませんので,とりあえずは推測,としておきましょう。

 ちなみに…ではありますが,平和記念東京博覧会の審査員サマは吉田源吉氏のヴァイオリンについては, 「 f 孔デカすぎ!音粗ぇ!」 との評価を下しております。
 山田縫三郎の楽器なんか 「外面がキレイなだけじゃ」 とバッサリですのでまあ,それよりは…って感じですが。(www)
 まだ当時は国産でのヴァイオリン製造の初期も初期段階なれども,鈴木政吉のヴァイオリン以外はほぼボロクソでございました。


 大正時代のドレミ明笛です。

 「平和記念博覧会」の開催が大正11(1922)年ですから,作られたのはもちろんそれより後ということになりますね。
 月琴をはじめとする明清楽の楽器の多くは,日清戦争(1894)以降明治の終わりくらいにはもうほとんど作られなくなっていたんですが,「明笛」だけはずっと生き残り,大正・昭和,そして現在もなお細々とながらも製造され続けているんです。

 明治時代の明笛ですと,頭尾には骨や象牙あるいは黒檀紫檀などの唐木で作られたラッパ状の飾りが付いてますが,このころになるとこういう木製のちゃッちい挽物のほうが多くなってきます----材質が一般的な木を使ってるのはともかく,もう唐木っぽく染めたりもしてませんし分解できるような機構もありません。このお飾りで黒や白に塗られてるところには,ほんらい骨や牛の角などを加工したリングがはまってたりもしたものですが,もうコレ,旋盤でちョちょイと削って近代的な塗料でべったら塗りですわあ。

 これは明笛というものが,明清楽の楽器から子供などのための教育玩具的楽器となっていったせいもありましょうね。
 6孔,全閉鎖がドで,基本的には端から指を開けていけば西洋音階になるという演奏の単純さと,日本の笛とはちょっと違った音質,そして値段の安さというあたりが売りだったみたいです。子供むけの安価な楽器,ということで価格競争みたいなものもあったようで,大手のものほど形も作りもどんどん単純化されていきました。いままで扱った中だと…19号 なんかがそうした類ですね。

 現在売られているものと比べると,今回の楽器のはそれでもまだ清楽時代の明笛のお飾りの形をそのままかなり踏襲してる感じではありますね。

 続いてその他の部分を見てゆきましょう----

 ははははは。

 いちおう継いでありますが----派手に割れてますねえ,そして誰ぞが 「修理」 してますねえ。

 しかも木工ボンド使いやがったな,ケツ割るぞコラ。(笑っているが目がマジ)
 唄口上下から最下の管尾飾りの前まで,すべての孔間がバッキリ逝っちゃってるみたいですね。

 このほか裏孔ところにも一箇所。
 あちこちに糸か何かで巻き締めていた痕跡があります。
 かなり容赦なく締め上げたようで,ちょっと横縞の傷になっちゃってるとこもありますね。
 古い補修の痕なのか,ボンドで接着するときの固定痕なのかはちょいと不明。おそらくは後者でしょう。

 損傷状況をまとめるとこんな感じ----

 ううむ……「平和」の明笛,戦線はけっこうな激闘となるもよう。




(つづく)

明笛について(26) 明笛49号/50号

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号

STEP1 明笛49号

 さて新作の実験楽器製作ちゅう,この年の瀬になってとつぜん,明笛が2本やってまいりました。(W)

 まず,箱に入った1本が到着。
 こちらを49号といたします。

 お暇なかたは過去記事から「李朝華竹横笛」の記事などご覧くださると分かると思いますが,「箱入りの古物」 ってのは概してロクでもないことが多いです。今デキの贋物をそこらにあった古めかしい箱に入れるってのは,安物をさも高価なものに見せかける一番容易な常套手段ですものね。
 まあ「李朝華竹横笛」の場合,中身自体の質もさりながら,ヨゴレの上から書かれた箱書きとか,蓋が別の木だとか問題にもならないシロモノでしたが,「筋のいい」古物商の方ですと,同じようなことをするにしても(するんかい-ツッコミ-ww)古色付けにせよ箱の選別にせよ,それなりの手間とコストをかけてやらかしますので,素人さんが見てそうそう分かることはございませんよ,ほほほほほ。

 「ほんとうに良いもの」というのは,良いだけにしょっちゅう使われるので,どんなに大切にされててもどこかしら壊れてる確率が高いものです。出し入れされる回数も多いので,箱なんかも壊れてたりなくなってるのがふつう。だからほんとうの 「掘り出し物」 ってのはハダカで出回っていることが多いのです。

 まあ元・古物屋の門前小僧として,そのように散々脅されてましたので,今回も正直さほどの期待はしてなかったんですが………あ,ひさびさの「当たり」だわコレ。(www)

 まず,箱を見て分かりました。
 これ,「共箱」 ですね。

 こうした古物の笛には,掛け軸なんかの箱が流用されるのが定番です。しかし,軸物の箱というものは寸法やカタチが決まっていますので,見慣れていればそうと分かってしまうものなのですが。この箱は作りと寸法がかなり特殊----一目で軸物の箱でないことは分かります。

 そしてこのブツの収まり具合(w)----ギチギチでもなく,スカスカでもない。
 これはこの箱が,この笛を入れるために作られたものであることを如実に語っていますね。

 箱頭に貼られた「明笛」と言う貼紙の年季も問題なさそうです。
 まあ古い「明笛の箱」にサイズの合うほかの笛を入れるなんてシワザは,そもそも「明笛の箱」というもの自体がレアなことから考えてもあり得ないでしょうな。

 蓋はスライド式になっていて,箱上面の溝にはめこむようになっていますが,箱側面,その溝になってる部分に割れがあります。片面はこの部分からいちど完全にバッキリと逝ったらしく,全面に継いだ痕も見えますが……まあ構造としてこれはしょうがないか。ほかにも上下に接合の剥離,部品の欠損,ネズミに齧られた痕なども多少ありますが,明治時代の箱の状態としては上々----よくいままで,この笛を護ってくれました。

 全面に漆塗りの施された,すらりとした細身の美しい笛です。
 ほんとに細い……明笛の管体にはホウライチクのような,節間が長くやや太目(径2センチくらい)の竹が使われることが多いのですが,そういうむこうから輸入された竹ではなく,国産の篠竹あたりが材料でしょうかね。
 漆塗りの黒地に金銀で装飾が施されております。

 管頭部分には 「仙管鳳凰調」 と文字。
 響孔上下に金銀彩・細筆で描かれているのはのようですね----指孔第六孔の少し上あたりに頭があるんですが,かなり薄くかすれてほとんど見えなくなっちゃってます。

 ちょっと変わった工作だなと思われるところは,黒塗りが管体の竹の部分だけでなく,上下のお飾りの一部にまでかかっているところでしょうか。

 塗りの端部分には,細かな筆でぐるりと輪模様が描きこまれていますが,頭尾管飾りの接合部はそこより手前----管と一体となるように整形されているため,一見すると継ぎ目がどこか分からないような作りになっています。

 そしてこの立派な房飾り----
 笛が細いものでなおのことでっかいく見えますね,この房飾りは。

 笛自体とほぼ同じくらいの長さがあります。
 平紐で編まれていて----蝶と吉祥紋かな?

 では,採寸----

 サイズ,特に管の太さからすると明笛18号が一番近いかな?
 管体は細いですが唄口から裏孔までが325もあるので,おそらく 全閉鎖BもしくはBb の清楽に使われた明笛だと思われます。

 唄口まわりをさっとエタノで拭いて吹いてみましたら,音は出ました。

 外からざっと見た感じでは,あちこちに小さな塗りのハガレや塗膜の浮きはあるみたいですが,それほど深刻そうな損傷は見当たりません。まあ,古いものですからどっかしら壊れている,とは思いますが,楽器自体の状態はさほど悪くなさそうです。

 箱の蓋の端のほうに2センチ角ほどの正方形の紙が二枚,上下に貼られておりよく見るとなにかハンコが押されているようです。

 最近はまあ目も悪くなってきましたので裸眼だと何だか分かりません(w)
 デジカメで撮って拡大,SNSの伝手で何て彫ってあるのか読んでもらったところ,上の白字が 「瑞清」,下の朱字印が 「呉×民(一文字不明)」 とのことです。

 「瑞清」 がこの笛の名前,「呉×民」 が所有者もしくは製作者でしょうなあ。
 不明の2文字目は「ムギ」を本字の「麥」でなく 「麦」 の字体に近く篆字に仕立てたもの…にも見えなくはないんですが定かにあらず…検索では「麦民」 だと何にも出てきませんねえ。

 辛亥革命の先鞭者であった康有為とか梁啓超の仲間が,日本で中国語の雑誌を出したことがあるんですが,その同人の一人に 「呉天民」 という人がいました。明治のころの日本に留学していたみたいですが,革命成る前に行方不明になっているとか…………

 ……たぶん,この笛を修理してゆくと,中から固く巻き締めた紙縒りのようなものが出てきます。

 それを開くと,いくつもの茶碗の絵と短い工尺譜が描かれた手紙。
 さらに小豆粒ほどの小さな宝石と,妙なる芳香を放つ細いお香の欠片のようなものが出てくるわけですね。

 茶碗の絵は革命派を支持していた青幇の暗号で,これを解いてゆくと大運河沿いに山西省にある謎の土地へと至る道筋の地図が。

 そして,そこまで解読した瞬間,

 「ほあたああああああああああッ!!」

 -----と奇声を挙げ,斗酒庵工房四畳半の窓を蹴破って,謎のパンダ顔拳士が!!!

 どうなる庵主!仙管鳳凰調の謎とは!?

(もちろん妄想ですがなにか)




(つづく)

楽器製作・名前はまだない(5)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(5)

STEP5 わたしは 見ます ひとつの 赤い とびらを


 長棹の台湾月琴に現在統一された規格はなく,寸法は作家により微妙に異なっているようですが,だいたいは----

 全長:850~900
 胴径:360~400,多くは370前後
 棹長:500±30
 有効弦長:650±20

 といったあたりなようです。

 まあ清楽月琴などもっとバラバラで,個体によって全長や有効弦長が4~5センチ違ってたりしますからね,よそさまのことはとやこう言えぬ。(w)

 徳川美術館所蔵の御座楽(琉球の古い宮廷音楽)の月琴は,全長820,胴径400,棹の長さは420,有効弦長は510で,有効弦長をのぞけば外見上の寸法は,この台湾の月琴に近いのですが,棹と胴体のバランスから見ると,清楽月琴のほうにいくぶん近い----中間的な楽器ですね。

 ただ御座楽の月琴がずっとこういう姿だったかというと,若干疑問があります。現に「座楽並躍りの図」(沖縄県立博物館蔵)の絵巻に見える月琴は4弦なところは同じなものの,琴頭が現在の台湾やベトナム月琴と同様,三味線のような海老尾型となっていますし,天保時代に描かれた琉球楽器図の月琴も,棹が長く琴頭も海老尾型。琉球関連の資料の絵図で見られる「月琴」には現存南方の長棹月琴の姿に近いものしか見られません。

 このシリーズの第2回で紹介した「丐弾双韻」が,長870,棹360(おそらく糸倉琴頭ふくめず),胴径351,胴厚55,有効弦長551。有効弦長からすると,台湾月琴と徳川美術館の御座楽の月琴の中間くらいですが,図で見る限り,この楽器の糸倉と琴頭の形状は徳川美術館の御座楽の月琴と同じです。もしかするとこれ自体が本来は「丐弾双韻」として作られた楽器だったのかもしれませんね。

 徳川美術館の「月琴」に響き線が仕込まれているかどうかは分かりませんが,荻生徂徠が見たという琉球使節の楽器には,「琵琶に似ていて,茶筒を横に切ったような丸い胴体で,胴の中に仕掛けがあり振ると金属の音がする」というものがあったようです(『琉球聘使記』宝永7=1710)。

 残念ながら寸法などについては描写がないため,これが長棹タイプであったのか短い棹の清楽月琴タイプの楽器であったのかについては判然としません。

 これらのことから考えて,御座楽で「月琴」として使用された楽器には,実際にはいろいろな種類のものがあったと推測されます。
 また,琉球使節招来の楽器については,唐渡りのものであった可能性も,唐渡りのものを模して当地で作られたものである可能性もありますから,そこで何らかのアレンジが加えられたかもしれませんし,琉球オリジナルの楽器であった可能性もないではありません。
 こうした長棹円胴4弦の楽器が,そのまま中国南方を含む地域で当時流行っていたものかどうか。またこれらが,今の台湾月琴や清楽月琴を含む「短い棹の月琴」に直接つながってゆく楽器なのかどうかについては,まだいまひとつ調べが足りませんが,ともかく,長崎ルートで清楽月琴が流行る以前の「月琴」には,長棹のものも含まれていたことは間違いないようです。


 さて製作です。

 裏板がついて胴体が箱になりました----まあ,エレキ仕様なんで穴だらけですけどね(w)
 まずは周縁を削ってキレイにしましょう。

 裏蓋のふちも,テープで蓋を仮止めして,いっしょに削ってしまいます。
 表板は厚みを落としましたが,裏板はそのままでいきますよ。

 次にやることは棹孔の補強。
 側面の材エコウッドの原材料はスプルース。ギターの表板なんかに使われる木ですので,音響特性とかは問題ないものの針葉樹材です。内部に1センチちょい厚みのあるネックブロックが付けられていますので,強度的な面では問題がないんですが。表裏板の桐と同じで表面が柔らかめなので,糸を張り続けてると接合面が圧縮されて棹が微妙に傾く可能性も考えられます。

 棹孔の周りにブナの突板を貼りました。

 そういえば同じ工作----以前,ウサ琴シリーズでもやったことがありましたね,なつかしい。
 あの時の製作実験は,同一の胴体に対して複数の違う種類で作られた棹を挿し,その音質等の変化を探るというもの。一つの胴体で何度も棹を抜いたり挿したりする必要があったので,棹孔のまわりを補強したのでした。
 同じような補強工作は,ベトナムの長棹月琴でも見られます。あちらは台湾月琴よりもさらに棹が長いですからね。ここにかかる弦圧もけっこうなものだからでしょう。

 ほぼ同時の作業として棹の染めも開始。
 まずは赤染め。

 いつものようにスオウを刷いてミョウバン媒染----なんですが。
 今回は棹本体が米ツガ。
 染まり自体は悪くないんですが,染めの作業による退けがすごくて…染液塗ってから乾かすと,せっかくツルツルにした表面がでっこぼこになってしまいます。
 これを防止するため,ニ三度下染めをしたところで,サンディング・シーラーを塗って磨き,染液の吸いを抑制しました。

 シーラー塗ってもちゃんと染まりますからね。
 もちろん,塗る前より染液の浸透は悪くなりますが,これで表面の退けもほとんどなくなりました。
 これで,たださえ細い棹を,色付けのためにさらに削るようなことは避けられたわけです。

 胴のほうも----側面はスプルースですからね。
 同じような加工が必要でしょう。
 こちらはもう染める前にシーラーを塗布しちゃいました。

 今回はいつものウサ琴シリーズのように竜骨(内部から側面形状を支える構造)を仕込んでいないので,染めの作業で胴側が歪んだりしたらタイヘンですし。

 さて,棹も胴もまっかっか。
 剣をとっては日本一か,3倍速い赤い人のザクのようになりました。
 このままでも悪くはないのですが,今回はこれを----


 ----黒く塗れ!


(つづく)


楽器製作・名前はまだない(4)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(4)

STEP4 裏(板)に命を賭ける男

 そもそも,唐代の古い「阮咸」は,四川省の墓地から出土した青銅で出来た楽器を木で作り直したもの,とされています----

 もちろん晋の時代の音楽家である阮咸が弾いていた楽器というのはこじつけですし,だいたいが四川省に阮咸さんが行って弾いていたわけも証拠もありません。それ以前にあった「秦漢子」という似た楽器がこれと同じものだ,という説もずいぶんと見るのですが,肝心の「秦漢子」という楽器自体がどういうものであったのか,の部分が,たいへんアヤフヤで話にもなりません。

 中国の西南地方などで阮咸に似た,長い棹で丸い胴で4本弦の楽器が古い壁画になっていたり,古いお墓の装飾レンガに刻まれているのが見つかったりしていますから,四川省をふくむそうした地方にそういう楽器が古くから存在していたことは確かだろうとは思いますが,いまのところそうした古い楽器の実物そのものが,スッポンと遺跡から出土してきてもいませんし,絵や模様からだけではもちろん,その詳細は分かっていません。

 たとえばそれが琵琶や阮咸のように 「4単弦」 の楽器であったのか。
 あるいは清楽月琴や八角胴の「阮咸」(双清)のように 「4弦2コース」 の複弦楽器であったのかさえもです。

 いまたとえば,唐の時代にあったように,どこかのお墓から大昔の楽器を模した祭器が出てきたとしましょう。

 史書には「青銅で出来た楽器」というようには書かれていますが,それが演奏可能なものであったとか,誰かが弾いてみた,とは書かれていません。
 そもそもお墓にお供えされた副葬品ですからね----しょせんは装飾品です。 細かな形状も弦やフレットの配置も,どこまで正確であったかは疑問です。

 実際に演奏可能な楽器を,そういうモノから復元製作するとしたら。

 そうした 「分からない部分」 は,自分たちの身近にある少しでも似たような楽器を参考にするしかないでしょう。

 『唐書』などにあるように,墓地から出た祭器を木で作り直した,というお話しが本当なら,同時代に流行っていた同じ4弦の楽器である琵琶や,まだ当時はどこかに残っていたかもしれない「秦琵琶」「秦漢子」に倣った弦やフレット,そしてチューニングが参考にされただろうと思います。

 以前あげた「月琴の起源について」のシリーズで庵主は,この壁画やレンガ,そして唐の時代にお墓から出てきたものの 「モデルとなった古い楽器」 を 「原阮(げんげん)」 と名付け,それを唐宋の阮咸や短い棹の月琴の共通の祖先としました。

 「原阮」 は,西アジア起源のリュート属の楽器とは別に,いまも東南アジアから中国西南部にかけて広く分布している,原始的な弦楽器の一つだったと思われます。2本の糸を間4度もしくは5度に張って,かき鳴らす----弓の弦を弾いたり擦ったりして音を出す「楽弓」の,ちょっと先くらいのものですね。音数は少なく,それ自体単体で音楽をなす,というよりは,歌に合わせたり複数で合奏したりするのに使う伴奏楽器だったと思いますね。

 そうした「原阮」を青銅で模した祭器をモデルに,分からない部分を琵琶の構造や調弦で補したのが唐宋の(正倉院の)「阮咸」という楽器だということです。
 いまある円胴で長い棹の「月琴」は,唐宋の「阮咸」よりはむしろ,そのモデルとなったであろう「原阮」の仲間に近く,短い棹の月琴はそれがおそらく中国の西南地方あたりでショートスケール化したものと思われます。
 いうなれば,現行の長い棹・短い棹の「月琴」の祖先は正倉院にある「阮咸」ではなく,その 「元となった楽器」 である----すなわち,先祖が同じという意味では親戚の関係にはあるものの,阮咸=月琴はあくまでもその外形をのみ真似たもので,現行の長い棹・短い棹の「月琴」と楽器としての直接的な因果関係はない,ということですな。


 さて製作です。

 最初のウサ琴を作った時もそうだったんですが,この楽器をエレキ化する上でのネックの一つが,表裏板が「桐」であることでした。
 月琴の表裏板の厚みは3~5ミリ。
 軽くて柔らかい桐でも,これだけ厚みがあるとまあ,赤ちゃんパンチで穴があくことはないですが,表面がいささか柔らかすぎるんですね。
 通常はクギやネジが使えない材料で,ノブやジャック部分のように動かしたり抜き差ししたりと言う動作にもあまり強くはありません----穴が広がって,すぐ取付けがユルくなっちゃったりしますね。

 カメ琴2号ではスピーカーやスイッチ等の取付け部分の裏に黒檀の薄い板を貼り,実質この板に取付けることで表面の桐板には力がかからないよにしましたし,カメ琴1号にスピーカーユニットを増設した時には,板の裏がわにブナのツキ板を貼り回して強化しました。

 今回はまた違う方法を験してみましょう。

 取付け孔のふちとその板裏の周縁を中心に,エタノールで緩めたエポキを塗布します。

 桐は多孔質なので滲みこみがいい----という性質を逆手にとって,この部分を樹脂浸透の強化木化してしまおうというわけです。

 この夏,江別の博物館で,戦中に作ってた 木製戦闘機キー106 の展示見てて思いついたんですな。

 キー106と言っても,主翼の一部とか増槽,骨組みに刻む前の強化木の板材とかタイヤしか残ってないんですが,男の子なのと初期航空マニアなので,それだけでもずいぶん血沸き肉躍りましたわあ。

----まあそれはともかく(w)

 この方法なら強度の必要な部分だけピンポイントで補強できますし,板自体は材として完全に連続している上に,余計な板を貼りつけるわけでもないので,音への影響をかなり軽減できるかとも思います。

 さてお次です。

 修理もメンテナンスもしないつもりなら,回路を組み込んでから裏板でフタしちゃえばいいんですが,楽器と言うものは常にメンテナンスの必要な道具です。エレキ楽器というもの,しょっちゅう開けたり閉めたりすることはないものの,なにかあったときのために,いつでも内部にアクセスできる環境がないといけません。
 表板は共鳴板ですので,こちらはなるべく一枚板であってほしいわけですから,当然メンテ孔は裏板がわにするのがふつうでしょう。

 この後の作業の便で,八角形に切った裏板の一部を切りぬいて,蓋になる部分を作ります。

 前回書いたように,この蓋の部分に電源となる9V電池と,アンプの回路が取付けられます。回路のほうは楽器自体がもうちょっと組み上がらないと正確な位置が決まらないんですが,電池のほうはもうだいたい決まってますので,裏蓋の一部に四角い穴を切って,先に電池ボックスを作っておきます。

 表裏板の端材を刻んで組んでっと…あとで組み付けながら切り刻むので,ちょっと大きめに作りました。
 最終的には縦横半分ぐらいになっちゃいましたね(w)

 この電池穴の表面周縁には後で薄板を一枚貼り回すことにしています。電池のお尻部分が2~3ミリ隠れるくらいの感じですね。電池は指で少し押し上げ,頭のほうを楽器内部がわに傾けると,お尻のほうが上ってきてつまめるようになります。

 通常,箱電池1本で2~3時間は保ちますから,オールナイトライブでもない限り,そんなにしょっちゅう交換することはないとは思いますがね。

 ウサ琴1号の時,ちょっと苦労したのがこの裏蓋でした。

 ウサ琴1号も今回の楽器と同じく,胴体が箱のフルアコエレキ楽器でしたが,弦を鳴らすと裏蓋のあたりから強烈なビビリ音が……原因は裏蓋と裏板の接合部の工作でした。
 裏板と裏蓋の間にスキマがあると,それは裏板にヒビが入ってるのと同じ状態になり,それを中心として変な振動が発生しちゃうんですね。

 裏板と裏蓋の接合は,スキマなくピッタリキッチリ,これ理想----

 宮大工級の腕前ならまあそういう工作も可能でしょうが,こちとら凡夫の身(w)でごぜえやす。さらにこの裏板と裏蓋の接合部である木口の部分は,脱着する部分であるゆえに補強もしなくちゃなりません。さっきも書いたとおり,しょっちゅう開けたり閉めたりする部分ではありませんが,動作には必ず危険が伴います。木材の木口部分というのは縦方向の圧力に関してはでえらー強いのですが,その他の方向からだとけっこう容易く欠けたり割れたりしちゃうとこですからね。

 カメ2号の時には,木口の接触する部分に突板を貼って補強しました。洋楽器の製作者なら,唐木かプラスティックの薄板を貼り回してバインディングで保護するところかな?
 さて,凡夫は凡夫なりに,さらなる最善の方法を模索することとしましょう。
 目的は板木口の補強と,その接合の精度をあげること----この二つをまとめて一度でやれれば,ムフフのワハハですわな。(これをこれ不捕狸算用皮といふ)

 まずは蓋部分の板の木口にラップをかけます。
 次に裏板本体を板に固定----台板も表面をラップで覆っておきますね。
 続いて,裏板の裏蓋と接触する部分に,木粉をエポキで溶いたパテを盛りつけ。
 木口をラップでマスキングした裏板を当てがって,ギュギュっとな----

 一晩おくと…何ということでしょう!

 裏板の木口が薄い樹脂の層でキレイにコーティングされているではないですか!
 さてさて,パテがじゅうぶんに固まったところでハミ出した部分を削り落とし,こんどは裏板がわの木口をラッピング。

 裏蓋のほうの木口にパテを盛って,もう一回ギュギュッと----

 あらかじめ木口にエタノールを滲ませてからやってるので,樹脂の層は一部木口にしみこみ,ほぼ一体化しております。これならプラのバインディング材みたいにハガれることもありませんし,合わせ目のスキマを充填しているようなものなので,接合部はまさしく「寸分の狂いもなく」ピッタリキッチリ合わさっておりまする。

 今回は木粉でやりましたが,この方法。
 骨材をたとえば胡粉(貝殻の粉)とか砥粉(石の粉)にするとか,アクリル絵の具を混ぜるとか工夫すれば,さまざまな素材や色にすることが可能ですねえ。
 新しいバインディングの方法としては,ちょっと興味深い。

 難点と言えば,今回はもともと合わさるようになってる裏板と裏蓋という関係ですし,作業範囲もそれほど大きくないからいいんですが。たとえばこれをギターなどに応用したいと思うなら,胴やネックに合わせた外枠か,最低でも部分枠のようなものが必要になるわけですね----ふむ,それはそれでけっこうタイヘンですな。

 裏蓋の問題が片付きましたので,裏板を接着します。
 ----と,その前に。

 これは仕込んでおきましょう。

 唐宋の阮咸はもちろん,台湾やベトナムの長棹月琴にも付いてませんが,日本の清楽器の阮咸には付いてますね----

 響き線をつけます。

 胴の片がわに回路やスピーカーが入りますので,直線や曲線では長さが限られ,効果が期待できません。そこで今回の響き線は渦巻型,直径約75ミリ。
 「目指せ,カルマン渦!」 を合言葉に,指にマメを作りながら3時間ほどかけてみっちり巻き上げました。まあ,けっきょく焼き入れで少し歪んじゃいましたけどね。

 取付け部を中央にしたところ,そこまでのアーム部分がちょいと長すぎて振れ幅が大きくなり,反応はきわめて良いものの,線が胴内に触れてのノイズ(胴鳴り)がヒドくなってしまったので,急遽,桁の音孔の中央に支えを作りました----うむ,最初からここを基部にすれば良かったか。(泣)

 改造後の反応は上々。
 胴鳴りはかなり抑制されましたし,板をタップした時の余韻の雑味も薄れました。

 響き線が片付いたところで裏板を接着,いよいよ胴体が箱になります!

 といったあたりで,次回をごろうじろ!!----

(つづく)


楽器製作・名前はまだない(3)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(3)

STEP3 長いアナタと短いワタシ

 長い棹の月琴と短い棹の月琴の関係は良く分かっていません。

 また棹の長い「月琴」と呼ばれるよく似た構造の楽器同士の関係についても,前回述べたように,今のところきちんとした資料に基づいた研究は出されていないようです。
 まあ棹の長い連中(w)は,古代に「月琴」と呼ばれていた「阮咸」にカタチが近いのは自分たちの楽器だからこちらのほうが古く,現代の短い棹の月琴は,うちらの楽器が縮んだモノだろう----てなことを言いたがる,とは思いますが。

 事態はそう簡単に問屋がおろし金。

 そもそも,弦楽器が小さくなる理由は古今,高音が必要か,携帯の便のためかのいづれでしかありません。以前から書いてるように,一部の資料でもっともらしく書かれている 「月琴は清代に音楽の変化に伴い,速弾きする必要から縮んだ」 なんてことはありないわけです。

 台湾にもベトナムにも,長い棹の月琴のほかに,わたしたちの清楽月琴や中国の現代月琴と同様の,棹の短い円形胴の楽器が存在しています。台湾ではとくに名前を違えず,どちらも「月琴」と呼ばれています。分ける必要のある時は長い棹のほうを「南月琴」とか「丐仔琴」と呼んだり,短い棹のほうに「大陸の」とか「北の」とか「小さいほうの」みたいに言ったりするようですね。使用される音楽分野が異なるらしく,伝統的な音楽の演奏ではこの大小の月琴が合奏しているような例をあまり見たことがない。

 台湾の短い棹の月琴は,外見上4弦2コースの中国月琴--古い型の--とよく似ています。大陸の楽器がそのまま使われてたりすることもありますが。台湾製のものでは響き線がなく,胴側が木片の組み合わせではなく,ギターとかと同様に薄い板を曲げたもので出来てる,きわめて軽量な楽器をよく見かけますね。(上画像の楽器などがそう)
 細かいところを言うなら,胴がぶ厚く,棹が大陸で一般的なものよりやや長くなってますね。大陸の月琴では棹上のフレットは2枚が一般的ですが,台湾のは3枚----日本の清楽月琴の関西型に近いでしょうか(関東型,とくに渓派の月琴は,棹が長く棹上のフレットは4枚ある)

 ベトナムでは短い棹の月琴は 「ダン・ドァン」 と呼ばれています。
 前にも書いたように 「ダン」 は弦楽器につく冠詞ですが,「ドァン」 は数の 「4」 のことですので 「四弦」 とか 「四本弦の楽器」 と言った意味になります。
 中国の西南少数民族にも,自分たちの弾く短い棹の月琴の類の楽器を 「四弦」 と言っている例がありますから,地域的にもそちらと同じと考えています。
 これも作りは古型の中国月琴とほぼ同じですが,フレットの形状胴の厚みにやや違いがあります。長い棹の月琴「ダン・ングイット」と同様に,全体にインレイ装飾が入っている美しい楽器をよく見ますね。
 最近はうちのウサ琴みたいにエレキになっているものもあるようです----ううん,興味深い。

 さて,前回も述べたように,唐宋代の阮咸と「月琴」という楽器との関係は,文献上の名称のみの符合で。弦制や楽器としての構造を考えると,長い棹の月琴と古代の阮咸の間の共通項は「棹が長くて胴が丸い」というごく浅い外見上の部分でしかありません。さらに,長い棹の月琴には,短い棹の月琴にも増して文献上での裏付けがない。
 これらの楽器が短い棹の月琴より前から存在していたかどうか,そしてそれが短くなって今の月琴となったということを証明するだけの根拠となるような資料は今のところ見つかっておらず。今ある資料からはどちらの楽器の存在も,それほど大昔までさかのぼることはできません。

 基本的に,庵主は 「阮咸が(長い棹の)月琴」 になったという説をちゃんちゃらアホらしく,可笑しなものとしてしか捉えていません。

 その大きな理由の一つが 「弦の数」 です。

 唐宋の阮咸は4単弦,琵琶と同じく4本の弦がそれぞれ違う音階に調弦された楽器です。
 清楽月琴の弦も4本ですが,2本づつ同じ音に揃えられており,実質,弦が2本しかない楽器と同じです。
 有効弦長が同じだったとしても,4単弦の楽器と4弦2コースの楽器では,出せる音の数がまったく異なります----そうですねフレットの数が同じだとしたら,複弦楽器のほうは単弦楽器の半分ぐらいでしょうか。

 4弦2コースの楽器が4単弦の楽器になることがあるとすれば,その理由はまさにその 「出せる音の数」 です。実際,現代中国月琴は「改良」の結果,4単弦もしくは3単弦で弾くことのできる楽器となっていますね。逆に,4単弦の楽器が4弦2コースの複弦楽器になったとしたならば,演奏家としては,出せる音の数が半分以下になることを許容しなければならないわけです。
 まあ,ふつうに考えるなら……音楽が幼児退行レベルで単純化されたような状況----たとえば 北斗の拳の世界レベルで文明が崩壊した とかぐらいしか原因が思いつきませんね。

 弦を複弦にするのは,同じ弦長でより大きな音を出すためか,音に深みを与えるためか。どちらにせよ演奏上影響の大きな音の数には関係なく,むしろ音色表現の上での必要からで,基本的には4単弦の楽器が複弦化するなら,通常8弦の楽器になるはずです。複弦と同じような効果は,アルペジョーネとかシタールみたいにもっそい共鳴弦を仕込むとか,ドブロみたいにリゾネーターを付けるといった構造によっても得られるので,それ自体は演奏家にとって,楽器の音の数を半分に削ってまで追求するようなものではないと考えられます。

 これ以外にも推論上はいろんな理由で否定できますが,それでも 「4単弦の楽器が音数を半分以下に減らしてまで4弦2コースに変った」 というなら,そこには音の数が半分に減っても問題がないくらいのメリットか,あるいは互換性のようなものが存在している必要が出てくるのですが,残念ながら既存の研究でそれらのことを実験により調査した例は見つかりません。

 ないならば,いっちょうやってみようではないですか。(w)


 さて製作です。
 今回はまず糸倉の孔あけから。

 孔の数は8コ----4本ぶんですね。
 半月の孔は4単弦なら等間隔,4弦2コースなら2本づつ寄せてあけなけばなりませんが,糸巻のほうは基本的に同じ間隔でいいわけですね。

 毎度のことですが,糸巻の孔は単に左右にぶッ通せばよいのじゃなく,使い勝手を考えて微妙に角度をつけます。
 糸巻は,糸倉に対して垂直に出てるよりは,わずかに上下に開き,楽器前面方向に傾いでいるのが,人間工学的に正解です。

 で,糸巻と反対がわ,テールピースのほうですが。

 前回書いたように,台湾月琴のテールピースはベトナム月琴や唐琵琶と同じ凸形のものと,清楽月琴などと同様の半円半月形の2種類があります。正倉院の阮咸のテールピースは楕円形ですが,弦を止める部分は基本的に現代の薩摩や筑前琵琶の覆手と同じような構造になっています。『皇朝礼器図式』の「丐弾双韻」と韓国のウォルグンは凸型ですね。

 今回は資金難からくる材料上の制限(w)もあり,全長800ほどのなかに651の有効弦長を確保しなければならないため,テールピースの取付け位置も胴体のかなり端っこのほうにせざるを得なくなっております。
 円形胴の端っこのせまいスペースなため,横幅もさほど広げられません。こうなると凸型の場合,接着面がせまくなり,安定に若干不安が出ないでもない。
 弦を替えていろいろと実験する関係上からも,より接着面を広くとれ,安定の良い半月形にします----まあそのほうが,ウサ琴や月琴の修理で作り慣れてるのもありますしね。

 さて素材をどうするか----と端材箱をひっくり返してましたが,どうもいいものに当らない。
 それでふと手周りを見渡してましたら,大きさがちょうど手ごろだったため,切削の時の定規としてずっと使っていた紫檀の板材が目に留まりました。

 幅は35ミリ。
 月琴のテールピースとしてはやや小さめですが,現在のベトナム月琴のテールピースとほぼ同じ大きさですね----これでいきましょう。
 横幅は月琴の普通サイズの半月と同じ10センチ,やや縦長の半分に切った木の葉に近い半円形に切りだし,下縁部を整形。

 上面の直線になった上端部から5ミリほど下がったところに,5ミリ幅の溝を一本彫り込んでおきます。
 ひっくり返して,ポケットになる部分も刳っておきましょう。
 糸鋸や回し切りで切れ目を入れて,鑿でほじくり,ヤスリで整えます。

 上面に彫った溝の中心に,2ミリ幅でもう一段溝を彫り込み,底を丸く整形しておきます。
 今回はここにピックアップを仕込みます----そう,基本的に実験とは関係ないんですが,今回の製作楽器はエレキ仕様なのですよ,ハイ。

 え,聞いてない?
 はい,いまハジメテ言いましたから。(www)

 今回使うピックアップはワイヤータイプのピエゾで,本来はギターやウクレレのブリッジのサドルの下に仕込むやつです。
 ギターだとブリッジのところでサドルの上に弦が乗っかって,その下にあるピエゾ----すなわち圧電素子が圧迫され,振動が電気信号に変わるわけですが,月琴のテールピースにはその形式でピエゾに圧をかけれるような場所がありません。

 そこで今回は,糸孔の位置をふつうより若干下げ,この溝に上面よりわずかに高い板を渡して,その下にピエゾを仕込みます。
 半月に弦を結わえると糸の輪がこの板の上にかかり,それが締まってピエゾが圧迫固定されるわけですね。

 ウサ琴1号やカメ琴シリーズでは,共鳴板である表板の裏がわに板型のピエゾを貼りつけていたのですが,それだと胴体が小さいせいもあって,楽器に手が触れたり服が擦れたりするような音までけっこう大きく拾ってしまうんですね。
 こちらとしてはより「弦の音」だけを拾ってもらいたいので,今回このような工作にしてみたわけで----
 まあはじめての工作なので上手くゆくかどうかはお楽しみですが,上手くいったら今使ってるカメ琴なんかも同じ形式に改造しようかと思っております。

 さまざまな実験に対応するため,糸孔は7つ。

 孔の裏がわは,前方向に軽く溝を刻んでおくと,糸を通す時に糸先が半月の外に出やすくなります。関西の松音斎なんかがやってる細かい気遣いの一つですね。

 半月での間隔は4弦2コースの時が外弦間27,内21,内外3ミリ。
 4単弦の時で8~9.5(現の太さが違ってくるため)。
 棹が細いので,山口のほうでの間隔は4弦2コースと4単弦の時でほとんど変わりません。4単弦の時に内弦が糸1本分中心がわにズレるくらいかな?

 もとよりマルチな楽器にするつもりはなく,実験後はこの楽器に最も合った弦制のものに調整し直すつもりですので,不要な糸孔・糸溝はその折埋めてしまってもいいでしょう。


 エレキにするのは既定路線なわけですが。

 もちろん生音の検証も実験項目に入ってますので,カメ琴のようなシースルーのサイレント楽器ではなく,胴体がちゃんと箱になったエレアコ・スタイルでまいります。

 まずはレイアウト。
 なにをどこに置くかを決めます。
 表板上に取付けられる部品は,電源スイッチ,スピーカー,ボリューム抵抗,外部出力のジャックとスピーカー or Line-OUT の切り替えスイッチ。

 こういう時は,紙をそれぞれの部品の大きさに切って,福笑い式でやるのがいちばん分かりやすいですね。
 電源となる9Vの箱型電池とアンプの回路は裏板のほうにつける予定ですので,表板の部品が干渉しないように,軽く検証もしておきます。
 ピエゾからのワイヤーは,表板に専用の小孔をあけるとか,半月内の陰月なりから内部に取り込むことも考えたのですが,後でピエゾ自体をより良いものに交換することも考えて,ゾロっとそのまま出しておくことにしました。胴側,スピーカーとボリュームポッドの中間くらいにミニプラグを通す孔をあけて,ここに挿しこみます。
 楽器をアコでしか使わないようなときは,ワイヤーごとピエゾを取り外してしまってもいいでしょう。

 各部品の位置が決まったところで穴あけです。
 いちばんデカい,スピーカーの穴からまいりましょう。

 まずは中心位置に小径のドリルをブスリと通し,それを目印に板の裏がわにコンパスで,表に開ける穴より2ミリほど大きな円を描きます。
 つぎにその円の内がわに溝を彫り,表から所定の大きさですっぽんとくり貫き,周縁を軽く整形。

 んで,表板の端材を円形に刻んで取手をつけ紙ヤスリを貼ったものを,段になった板裏にハメこんでグリグリグリ……っと。
 ----ホイ,キレイなクボミができました。
 ここにスピーカーがはまるわけですね。

 電源スイッチは最後に表がわからハメこむだけなので,孔はただの穴でいい。
 ボリュームのノブと Line-OUT のジャックのところは,動かしたり抜き差ししたりするんで,補強しとかなきゃなりませんね----両方とも,スピーカーの板裏と同様に一段彫り下げて底を均し,薄く削った黒檀の板を貼っておきます。
 切り替えスイッチはポッチが少し出るくらいでいいので,小さな長方形の孔を穿ち,操作しやすいように長辺の左右をすこし丸く抉りました。

 まだぜんぜんですが----ここまでの作業の確認とモチベ向上のため,ちょっと仮組みしてみましょう。

 といったあたりで,今回はここまで----


(つづく)


清楽月琴WS@亀戸 2019年12月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2019.12.14 月琴WS@亀戸! 12月場所の巻



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 12月 のお知らせ-*




 

 …では,おにょおにょがた,
   討ち入りでごじゃる。

  どーんどんどんどどん(山鹿流陣太鼓)

 2019年ラスト,師走の清楽月琴ワークショップは,兵庫県のほうの方々が本所に突撃なさった12月14日・土曜日の開催予定!


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りの,ちょろちょろ開催。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)



 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 
 現在,お嫁入り先募集中の楽器は60号「碧空(あおぞら)」。


 古い月琴欲しいというお方も,試奏がてらにぜひどうぞ~。
 楽器は実際に弾いてみてなんぼ----
 触って弾いて,相性を確認するのがいちばんです。

 

 

 

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