月琴WS@亀戸 6月場所!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2020.6.20 月琴WS@亀戸! みなつき場所の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 6月 のお知らせ-*


 コロナコロコロどう転がるか分からない中,
 5月の会に御出でいただいた方々,
 まことにありがとうございました。

 2020年6月の月琴WSは20日(土)の開催予定!


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのとぅるとぅ~開催。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか),やりたい曲などありますれば事前にリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 62号・64号の修理は完了。
 例によってお嫁入り先募集中。
 ご思案の方は,連載中の修理報告などご参考になさってください。
 まだ嫁入ってなければ持ってゆきまあす。

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

明笛について(27)51号

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斗酒庵 長いものにまかれる の巻明笛について(27) 明笛51号(1)

STEP1 そのもの蒼き衣をまとい…

 そうこうしているうちに(w)----
 また1本の明笛が,我家に舞いこんでまいりました。
 おぅ…長いですねぇ。
 いままであった長物たちとくらべてみましょうか。

 全長667は南京笛スタイル(現行の中国笛子と同類,管に糸もしくは籐の補強巻がある)のものを除けば,歴代第一位。竹の部分だけでも560あります。
 いままで一番だった31号で全長646,管長539ですからね。
 こっちのが2センチくらい長いです。

 青い錦織のきれいな袋に入ってきました。
 ちッ………もうちょっとボロけてたら,躊躇なくほどいて月琴のバチ布にしたものを。(w)
 縛り紐が若干傷んでますが状態はそこそこ良好。
 布地は上等ですが裏布もなく綿も入ってないんで,持ち歩く時の入れものには向きませんね。

 管頭の飾りがかなりボロボロ。
 前所有者か古物屋さんが再接着したらしく,接合部にどっちゃり接着剤盛った形跡が見て取れますね。
 管尾のお飾りにもちょっとカケがありますが,こちらの損傷はこの一箇所ていどです。

 笛として肝心の管の部分はやたらとキレイ。うむこれはあまり……いや,もしかすると楽器としては一回も使ったことがないんじゃないかな?

 唄口も指孔もほとんど加工時のままみたいな感じ,なにより響孔のまわりに笛膜を貼った痕跡がまったく見えません。
 管オモテには薄く生漆が塗られ,磨かれているようです。

 唄口のところの反射壁が黒くなってますから,ここもやはり漆か何か塗ってあるとは思いますが,管内ほかの部分には塗りが施されてません。削って磨いてはありますが,ほぼ竹のそのまま。やたらと白く,使ってて放置されれば自然とつくようなヨゴレやシミすら見えません。加工時の細かなヤスリ痕みたいのまで見えますね。

 中国笛子は管内いまもほぼ無塗装ですが,ただでさえ篠笛などより長い明笛----高温多湿の日本ではそのままだと保ちが悪いため,内塗りが施されているのがふつうです……いつごろの作かまだしかとは分かりませんが,作られてからこれまで,これでよく保ったもンですねえ。




STEP2 わが腐海(斗酒庵工房四畳半)へと降臨せり


 管の部分に損傷らしい損傷がないので,「修理」といいましても管頭管尾のお飾りの補修だけですね。

 どちらも鼠にカジられたと思われる,スプーンでエグったような浅い食害痕があちらこちらについています。先っぽのそりかえった縁のあたりには,かなり深い齧り痕もありますね。あと,管頭の飾りの管本体とお飾りの間にはまってたと思われる骨製のリングが1本なくなっちゃってるようです。

 まずはお飾りをはずします。
 管尾のお飾りはもともと接着してなかったらしく簡単にはずれてきましたが,管頭は先にも述べたよう,何らかの接着剤で固定されちゃってます。
 接着剤の正体がイマイチ分かりませんが,脱脂綿にお湯をふくませたのを接合部に巻いて,しばらく放置してみましょう。

 あ,白くなった。
 連邦の白い悪魔こと木工ボンドですね----接合部にべっとりはりついたのを,何度かお湯を刷きながらこそいでゆき,2時間ほどで分離に成功。
 うわあぁあ……外より中に詰まってたぶんのほうが量は多そうですね。

 この作業で管のほうも少し濡らしちゃいましたので,ボンドをキレイにこそげた後は,管端にパイプクランプを噛ませ,乾燥時の割れを防止しておきます。
 この大量のボンド……これがもしぜんぶお役にたってたら,この部分をはずすのに継ぎ目のとこで切らなきゃならないとこでしたが,もともとここはかなりギチギチに作られてますので,接着剤のほとんどは頭飾りの凹の奥のスキマに追いやられ,あふれた一部が接合部の外にへっついてただけだったようです。残ってるボンドも刃物やShinexを使って徹底的に除去します。

 さて頭尾のお飾りは水牛の角をメインに,骨もしくは象牙の部品でアクセントをつけてあります。

 時代の古い明笛にはこういうステッキの握り的なデザインのものはなく,まっすぐな筒状であったり,先端が解放された浅いラッパ状の,装飾の少ないものが多いですね。こんなふうにラッパがやや大きく末広がりでさらに管頭が閉じているデザインは,明治後期から大正期以降の,比較的新しい時代に作られた明笛によく見られるものです。

 同じような材質で作られたお飾りは,これまでいくつも補修してきましたが,問題は角の部分のキズを何で埋めるか,ってとこですね。

 基本,音に関係のある部分ではないので。何かにひっかかったりジャマになったりしないよう,欠けたりエグレたりしてる部分が埋まっていればいいだけなんですが。あまり目立つような素材だと,演奏中,目の端にチラチラ入ってきちゃうので,それなりに自然に,目立たないような素材で直したいところです。
 できあがりが透明なエポキだけでもいいのですが,この素材は骨材が入ってないとまとまりが悪く,べたーっと広がっちゃって肝心のキズがちゃんと埋まらなかったりします。そこでいままでも骨材にもなりそうな顔料系の塗料を混ぜてみたり,角を削った粉を混ぜてみたり色々やってはきたのですが………
 けっきょく最も扱いやすく,そして目立たなかったのは,月琴の修理のほうでもたびたび使ってる「木粉」を練ったやつでした。

 庵主の 「端材捨てられない病」 がこじれて貯めこまれた木粉----修理作業で出た削りかすを茶こしでふるったのがいろいろあります。

 白系の骨牙材だとツゲの粉なんかが良かったですね。ふだん月琴の糸巻材として使っている¥100均のめん棒の削りかすも,白くて悪くはなかったです。
 今回のお飾りは黒系。
 黒檀・紫檀といった唐木の粉を使いましょう。
 使うのは特に微細な粉。
 袋から出して茶こしに落とした時,自然に落ちてくる 「一番粉(w)」 だけを使います。
 これをエポキで練ってパテにし,エグレた部分に盛り上げ,さらに表面にも木粉をまぶしておきます。パテはふだんの木部に使う時より,気持ち木粉少な目,エポキ多めですね。
 表面に木粉をまぶすのは,半乾き状態の時に指で整形するからです。ただヘラで盛っただけだと,補修部分の内側までちゃんと入ってないことも多いので,そうやって後からエグレやキズの中までしっかり押し込むわけです。

 ちなみに,10分硬化のエポキでも,完全に硬化するのには最低でも半日くらいかかります。
 「作業可能な強度」になると言うのと,「完全に硬化する」というのは別ですからね。
 こうやって骨材を混ぜたりしたときは,さらに慎重になる必要がありますので,作業後まる一日くらいは間をとりましょう。

 そして整形。
 ツノの補修を木でやっとるわけですが,整形しちゃうと意外と目立たないですよ----ほれ。

 あとで全体を磨きなおしますので,この時点での整形作業は,削りすぎて新しいエグレとか作っちゃわなければ,そんなに神経質にやらなくてもけっこう。

 つづいてもう一つ。
 頭飾りと管本体の間にあった骨のリングですが----これに合うサイズの骨材も手元にありませんし,これもまあついてればイイていどのものなので。

 ツゲで勘弁してもらいましょう。

 ツゲの端材を削ってリングに……書いちゃえば1行にも満たないような工作ですが,コレ,実際作るのに半日くらいかかってますからね(w)
 64号の半月の骨の円盤もそうですが,この類の装飾部品はさしたる効用もないわりに作るとなるとめっちゃタイヘンで時間もかかるものですな。

 実際にハメてみながらさらに整形。
 目の細かいツゲじゃないとさすがにこの薄さにはできませんな。

 これで部品は揃いました。

 つぎに頭飾りの接合部を補強します。
 そもそもこの大きさ重さの部品を,管端の4ミリあるかないかの凸で保持しようというのが間違いなわけですが。
 かといってたとえば,接着のノリシロを増やすため凸を長くすればいいかと言えば。竹の肉部分にはそんなに強度がないんで,どっかに軽くぶつかった時,ポッキリ逝ちゃう未来が見えてくるだけですな。

 頭飾りの凹のほうの深さにはやや余裕があり,さらに凹の底の中心にはもう一段径の小さな凹があります。この小さい凹のところまで凸の先端がとどいてれば,いまよりずっと安定した接合がのぞめましょう。

 というわけでこうします。

 針葉樹材を削り,管頭の端にはめこむプラグを作成。
 これをまず管の凸の先端に接着。
 しかる後,お飾りをハメこむ----と。

 うん,イイんじゃないでしょうか。

 うちに来た時,このお飾りは接合部のところからくにゃりと曲がった感じで取付けられていました。
 前修理者がテキトウやったかと思ってたんですが……オリジナルの凸がちゃんと垂直に切られてなかったようですね。きっちり奥までハメこむと同じようにくにゃりとなってしまうので,一部にわずかなスキマはできますが,管尻のほうから見て確認しながらまっすぐになるよう取付けます。
 プラグで延長したぶん前よりも接着面が広く,さらに内がわも詰まって補強されてますので,ちょっとくらいの浮きなら強度に問題は出ません。

 何度も書きますが,管のほうにほとんど損傷がないので,「修理」つても今回はこのくらいしかやることがない(w)

 一晩おいて,お飾りの接着安定を確認。
 管の内外全体を少し多めの亜麻仁油で拭いて,二三日乾燥して修理完了!

 さて,試奏です。

  ○ □ ●●● ●●●:合 4Bb
  ○ □ ●●● ●●○:四 5C
  ○ □ ●●● ●○○:乙 5C#+35
  ○ □ ●●● ○●○:上 5Eb
  ○ □ ●●● ○○○:上 5Eb+15
  ○ □ ●●○ ○●○:尺 5F
  ○ □ ●●○ ○○○:尺 5F+15
  ○ □ ●○○ ○●○:工 5G
  ○ □ ●○○ ○○○:工 5G
  ○ □ ○●○ ○●○:凡 5A-15
  ○ □ ○●● ○●○:凡 5G#-5A
  ○ □ ○●● ○●●:凡 5G#-5A

 全開放は 5G#-5A の中間くらいでやや安定せず。
 呂音の最高は ○ □ ○●● ●●● で,筒音のほぼオクターブ,5Bb-11 が出ました。

 うん,やっぱりコレ比較的新しい----といっても百年くらいはたってましょうが----笛ですね。
 すでに書いたように,頭飾りのデザインからしてそんな感じはしてたんですが,吹いてみて確信できました。

 西洋音階にあまりも近いです。
 露骨に音が合いすぎてる。

 すくなくとも清楽器に合わせて調整されたものではないようです。
 清楽に使われたものなら 乙 と 工 がもう少し低いかな。
 作り自体はしっかりしてますから…そうですね,山田楽器店あたりの作ではないでしょうか?

 まあ逆に変な音階じゃないんで,用途は広そうですが。

 10分ぐらい吹いて,露拭きを通そうとふと唄口を見たら,唄口の縁の壁がちょっとささくれだってました----ううむ,管内無塗装の明笛のほぼ未使用品,なんてものを吹いたことがないんで分からんのですが,中国笛子なんかでも新品はこうなるのかな?
 なにか支障が出る,というほどのものではありませんがちょいと気になりました。こういう時はほっとけばいいのかな,それとも何か処置をするものなのかしらん?

 笛子吹きで分かる人がいたら教えてください。


 油が染みて刻字に入れられた墨が浮かびあがりました。
 修理前でもそこそこ読み解けてはいたんですが,従前の状態だと墨が薄くしか入ってないとこや,細かい刻みまで良く見えませんでしたので,あらためて解読いたします。

 まず管頭----

  青山隠々水迢々秋盡江南艸
  木凋二十四橋明月夜玉人何
  處教吹簫

 これは杜牧の詩 「寄揚州韓綽判官(揚州の韓綽判官に寄す)」 ですね。
 「二十四橋明月夜」 のところが特徴的なんで,これはすぐ分かっちゃいましたが。

  青山隠々水迢迢
  秋尽江南草木凋
  二十四橋明月夜
  玉人何処教吹簫

  青山隠々として水迢々(ちょうちょう)
  秋尽きて江南 草木凋(しぼ)む
  二十四橋 明月の夜
  玉人何処にか吹簫を教えむ

 三行目の後半,赤の入ってるとこが年記と刻者名なんでしょうがここが問題。最初 「嘉二丁卯 宮林氏」 と読みましたが,名前のところはほか 「雲林」「寒林」 とも 「室林」 とも読めなくはない感じです。そもそも年記と思われる 「嘉二丁卯」 が分からない。31号なんかには明の年号が入ってましたから,これも大陸のほうの年号だとすれば清の嘉慶年間あたりだと思いますが,嘉慶二年(1797) の干支は「丁卯」じゃない。嘉慶十二年(1807 文化4)が丁卯ですが…ううむ,どうみても「嘉」の下「十二」じゃなさそうです。

 日本の幕末,ペリーさんのきた「嘉永」は6年までで干支に「丁卯」がないし,この手の笛が製作されてただろうなー,と思われる時期の中だと 慶応3(1867) の後は 昭和2年(1927) までありませんね。

 指孔の横の二行は----

  三更笛音風在戸
  半夜簫声月在天

 だと思います。6文字目がどう見ても「生」なんですが,一画目が縦じゃなく横から入っているので「在」だと判断しました。いまのところ出典未詳。
 「簫」は意味的には縦笛もしくは「笙」のことで,一見縦笛・横笛と対でキレイに並べた感じにも見えますが,尺八やリコーダを「縦笛」ともいうように,横笛のことを「横簫」とも言います。俗文学だと横笛も合わせて気鳴楽器を「簫」と言っちゃうこともあるくらい,この「笛」と「簫」は通用される語なので,大陸の対句表現としてはあんまり見ない組み合わせです。これは日本の人がアタマひねって考えた対聯かもしれませんね。

 この手の長物にしては明るく軽めの音が出ます。
 おそらくは内塗りがないのが影響してるんでしょうが。

 いちおう完成した後に,唄口と響孔の端に小さなヒビが発見されましたが,すくなくとも唄口のヒビはウルシで修復済らしく,開くような気配もありませんので,そのままにしておきます。管の状態から見て,前所有者ではなく製作段階での補修だったようです。

 ほぼ未使用の楽器なので,庵主の目的である清楽の基本音階の解明には若干物足りませんが,楽器としては音が西洋音階に近いため,清楽以外のところでも使えるアイテムとはなりそうですね。



(つづく)

明笛について(26)49号/50号(5)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(5)

 春先に襲来した月琴の修理もひとだんらく。
 修理報告もあげたところで,ちょっと時間軸を巻き戻し。
 その前にやってた明笛の修理報告,完結篇をお送りいたします。
 これ,書いてる途中で月琴のほうが修羅場ったんで,ずいぶん放置しちゃってました。申し訳ない(^_^;)

STEP7 明笛49号

 さて,残すところ内塗りの乾燥をのぞけば仕上げの磨きくらいしかありませんが,明笛49号。

 箱を修理しておきましょう。

 最初の回で書いたように,この笛の入ってきた箱は,この笛のために作られたいわゆる 「共箱(ともばこ)」。
 前所有者の落款なども貼られてますので,それなりに貴重なものです。

 この箱は左右板の木端口近くに溝を切り,そこに上蓋をすべらせる形式になってます。
 まあ,薄くしたところに板つっこんで出したり入れたりするわけで,構造上当たり前の故障なんですが,その溝のところに,まず割れが入っています。
 蓋のついてるがわを,「明笛」と書かれたラベルのあるがわをとすると,右がわの板は上から下までほぼバッキリ,左がわも2/3くらいまで割れてますが,どちらもニカワによる修理が施されています----ほんと,大事にされてたみたいですね。
 しかし,経年の劣化により,現状修理個所右がわは全長のおよそ半分ほど,左がわも端が10センチくらいハガれちゃってますね。

 まずはここを再接合。ニカワによる修理は何度も出来るのが特徴です----壊れたら,また直せば良い。
 割れ目に薄目に溶いたニカワを流し,閉じたり開いたりして全体に行き渡らせてから,ゴム輪などで固定。
 過去の補修箇所もいちどお湯で濡らし,割れ目の周囲にあふれてるニカワなども拭き取って,キレイにしておきましょう。

 つづいて,箱表の上端。
 蓋のストッパーになる部分が欠けちゃってますので付け足しておきます。
 前所有者の貼った「明笛」の古いラベルに少しかかっちゃうとこなので,ちょっと慎重に……何年か前に桐の余り板で小物箱ばっかり作ってた時期があったんですが,ここにきてあの経験が役に立ってますね。なんでもやっとくもんだ。(w)

 この小板は,蓋がスキマなくおさまるように内がわが段になってます。
 このあたりの寸法は,実際にあてがい,蓋を入れてみながら実寸合わせで工作。ぴったりの部品が出来たところで接着し,最後に工房特製「月琴のしぼり汁(w)」などで古めかしく補彩して完了です。

 直った箱に笛を詰め,いざいざ試奏まで----

 ○ ■ ●●● ●●●:合 4B-30
 ○ ■ ●●● ●●○:四 5C+30
 ○ ■ ●●● ●○○:乙 5D-10
 ○ ■ ●●● ○●○:上 5Eb-5E
 ○ ■ ●●● ○○○:上 5E-30
 ○ ■ ●●○ ○●○:尺 5F#-45
 ○ ■ ●●○ ○○○:尺 5F#-40
 ○ ■ ●○○ ○●○:工 5G#-30
 ○ ■ ●○○ ○○○:工 5G#-20
 ○ ■ ○●○ ○●○:凡 5Bb-5
 ○ ■ ○●● ○●○:凡 5Bb-30
 ○ ■ ○●● ○●●:凡 5Bb-30
 全開放は 5Bb+15。  呂声での最高は ○ ■ ○●● ●●● で 5B-5 が出ました。

 数字だけ見るとやや波瀾ぶくみの音階にも見えますが,平均して-30%ほど低くなってると考えれば,全体としてはそろった音階で,聞いててあまり不自然さはありません。

 管の細い笛は鳴らしにくいものなんですが,この笛は比較的鳴らしやすいほうです。もちろん管が細いため,唄口に息の当る角度に微妙な制限がありますが,それを考えて楽器のバランスをとってあるのか,ふつうに構えればだいたい自然と「鳴る」角度に笛がおさまってくれます----でっかい管尾の紐飾り,演奏の時は少々ジャマっけなんですが,どうやらこれもそういうためのウェイトになってるみたいですね。
 甲音(息を集束させて出すオクターブ上の高音)が出しやすいです。唄口の小さい明笛だと,ふつう甲音が出しにくいものですが,この笛だとがんばれば大甲音の上くらいまでイケそうですね。ただそのぶん,ふつうの息遣いで吹く呂音のほうが少し不安定なようで,ちょっと力んじゃうと甲音が混じっちゃいます。
 息の向きをやや管尻がわに傾けると低音が,管頭がわにむけると高音がやや出しやすい----同じような傾向は他の笛でもふつうにありますが,この笛ではそれが少し顕著です。これらも管が細いための現象かと思われます。

 音色的には----意外とやや重たい音がします。低音,ということではなく,音圧が高めと言いますか,ギュッと中身がつまったような,ドスのきいた響きですね。
 内外しっかり塗り込められてるせいもありましょうか。ちゃんとした笛膜を貼って吹いてみたら,笛全体がビリビリ震えるくらいの共鳴がキました。よくある甲高い倍音,ってより重低音ウーハーの横にいるみたいな感じ,日本人の感覚だとちょっとコワい音かもですわい。

 笛自体の調が西洋音階からは少しハズれてるので,こちらを基音としない限り,単純にほかの楽器とコラボするってのにはちょいと難しいところがありますが,清楽器として合奏してみるのはかなり面白いかもしれません。


STEP8 明笛50号


 50号も塗装の乾燥と仕上げを残すのみ。

 こちらは管の内外両方塗りましたが,まあ手間としてはさほど違いはありません。
 管外はShinexや水砥ぎペーパーの細かいのに石鹸水をふくませ,塗装中に付着した微細なホコリなどを削り落とし均して,柔らかい布に研磨剤と亜麻仁油をつけて,管内も細棒の先にShinexをくくりつけたので磨き上げました。

  ----どやぁ!

 オリジナルの状態では表面処理が雑で少しザラザラしてたんですが,割レ継ぎついでに磨いて塗って……とぅるっとぅるのお肌です。
 割れ目が微妙に見えちゃってますが,しっかり継がれているのでまあ再発はしますまい。逆に,あの瀕死の大怪我状態だったのがこの程度に直ってるんですからホめてくださいよぉ(^_^;)


 さて,ではこちらも試奏へ!-----
 ○ ■ ●●● ●●●:合 4C+5
 ○ ■ ●●● ●●○:四 5D-10
 ○ ■ ●●● ●○○:乙 5E-30
 ○ ■ ●●● ○●○:上 5F+20
 ○ ■ ●●● ○○○:上 5F+35
 ○ ■ ●●○ ○●○:尺 5G+10
 ○ ■ ●●○ ○○○:尺 5G+40
 ○ ■ ●○○ ○●○:工 5A+40
 ○ ■ ●○○ ○○○:工 5A-Bb
 ○ ■ ○●○ ○●○:凡 5B+20
 ○ ■ ○●● ○●○:凡 5B
 ○ ■ ○●● ○●●:凡 5B-20

 いわゆる「ドレミ笛」ですね。
 ただ第3音が20%ほど低くなってるのは,清楽の音階の名残かもしれません。
 清楽の運指にした時,「工」 がやや不安定なのですが,これはこのあたりの割れがいちばん酷かったせいもあるかもしれません。管自体が少し変形しているため,指孔の縁が微妙に歪んでいるようなんですね。そこから少し空気が漏れちゃうのかも。
 まあ,もともと量産楽器のため,指孔の加工自体がやや雑,「開けただけ」みたいになっているのも原因でしょうね。押さえるのに少々コツが要りましたが,庵主より指の太い人だとなんともないようですので,これは手が小さく指の細い庵主の特殊事情もあったかもしれません。
 そのままだとちょっと扱いにくかったので,リューターのバフで指孔の縁の角をほんのちょっと丸めてやったら,低音域での不安定さはかなり改善されました。

 全開放は 5B と 5C の中間くらいで安定せず。呂音の最高も ○ ■ ○●● ●●● で # に近いくらいまでいきましたが,これも当初は安定せず。あとで指孔の縁を丸めてから再挑戦したら 5C+20 で安定しました。甲音は少し出しにくく,息道を若干変えたり,笛を少しひねったり,ちょっと工夫をする必要があります。

 まあ難しいことをしないのなら,鳴らすこと自体はたやすい笛です。
 呂音ではよく鳴りますね。
 49号に比べると,音は明るく軽め----うんポップスの笛ですわ。



(おわり)

鶴寿堂4(終)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 鶴寿堂4(6)

STEP6 昼間助けていただいたツルはルルイエへと飛んでいった,いあいあ。

 およそ2ヶ月ぶりに胴体が箱に戻った鶴寿堂4。
 さあて,仕上げますか!

 まずは胴側面。
 飾り板はオリジナルよりもはるかにニカワ少なく,精密かつ均等に胴側本体にへっついております。そのため,元は浮いていたところや,ニカワで増量されていたところなどは,へっこんだぶん板縁が余っておりますのでこれを削り落とし,側面を面一にします。

 表板はほとんどオリジナルの状態のままですし,裏板もいつもよりきっちりギリギリの位置でもどしてますので,削られるぶんはさほどもないですね。
 飾り板の表面にまだ補修の痕が残ってますので,そこもいっしょに均して磨いてしまいます。

 #400くらいまで番手を上げたところで側板をマスキング,表裏板の清掃に入ります。

 そんなに汚れては……うむ,意外と汚れてましたね。
 汚れかたが全体に均等なので気づきにくい手合いかな。

 表裏清掃が終わったところで,再接着の時にがんばってくれたガイド孔を埋めます。桐板の端材を削って細い丸棒を作り埋め込みました。
 よーく見ると気づくていど。補彩もしておくので何年かして色があがってきたらほとんど分からなくなるんじゃないかと。
 表板も半月剥離の時についた小さなエグレなんかを埋めておきます。

 表裏板がキレイになったところで,今度は板の木口のほうをマスキング。
 飾り板にサンディング・シーラーをかけます----ツヤッツヤですなあ。
 翌日表面を削り直し,#1000くらいまで磨いたら油拭き・ロウ仕上げ。

 半月も表面をシーラーで固めてからとぅるッとぅるに磨き上げます。
 うん木目が清々しい。
 いい木には飾りなんていらんのです。
 エラい人にはそれが分からんのです!

 さて,棹を挿して半月の取付けです。

 オリジナルの状態で山口にはいちおう糸溝がついてましたが,なにやらお情けていどの刻みで,浅いわ左右のバランスも変だわだったので,木粉パテでいちど埋めこみ,新たにちゃんとしたものを刻み入れます。

 糸を張り,新しい中心線を決め,左右のバランスを考えながらの位置決め……まあ結局ほぼ原位置に落ち着きましたが(w)

 この楽器の半月は位置が板縁からやや離れているため,庵主の家にあるクランプ類では届かず,直接押さえつけることができません。
 さてどうするか?

 ----こうしましょう。

 あらかじめ,半月の裏面と接着面はよく湿らせ,ゆるめに溶いたニカワをふくませておきます。
 つぎに半月を取付け位置に置き,当て木で固定。
 そして,その上にコルクをのせ,柔らかめの板をその上に渡して,左右端をクランプで固定します。

 この楽器の胴表裏は浅いながらアーチトップ・ラウンドバックになっているので,この半月辺りも微妙に平らではありません。オリジナルの工作で左右端が少し浮いていたのは,原作者が自分でやっておきながらソレを忘れてたせいですね。
 今回は半月裏の接着面の真ん中をわずかにくぼませてますし,この方法だと半月の左右端に均等な力を加えられるので,前よりはちゃんとつくでしょう。

 半月さえついちゃえば,あとはもうハナシが早い----

 オリジナルのフレットは竹。

 煤竹ですらないふつうの晒し竹,白竹ですね。
 7枚残っており,加工も悪くはありませんが,さすがにちと安っぽい。
 ほかの部分はけっこういい材を使っているのになんでここだけ,って感じもしますし,未来へのお土産に,ちょっといい材料で一揃い作ってあげましょう。

 ひさびさ,黒檀の黒フレットでいきます。
 全体的に色味の淡い楽器ですので,かなり映えるかと思いますよ。

 端材箱から縞黒檀の角材を発見。
 マグロや青にくらべると,黒檀の中では下のほうの扱いをされる材ですが,くっきりした縞模様は逆にこれにしかない持ち味ですよね。もちろん,フレットの材料としての強度や質に問題はありませんが,庵主のとこにある材料ですから,とうぜんそんなに高いもンではありません。割れが入ってたんで切り捨てられた部分ですね。実際,素体作りの段階で何枚かそっから割れちゃいましたが……もちろん継いで使います。ムダは出しません,モッタイナイ。
 ちなみに加工の時に出た削り粉も,修理の際につかうパテの骨材になるためとってあります,エヘン(端材不可捨病膏肓ニ入ル,ともいう)

 で,糸を張ってフレッティング…………あれ?
 なんでしょう,ヘンですね。
 指板の歪みは直しましたし,あれだけ事前に棹と胴体のフィッティングをやって,棹と胴体はピッタリのはずなんですが……糸を張ると,棹が微妙にねじれやがります。

 これじゃフレッティングどころじゃありませんね。
 急遽棹をはずし,あらためて調べてみたところ----

 これですね,これ。
 ここ,スキマはあったもののそれほど大きくもなく,部品同士はいちおうちゃんとくっついているんでそのままにしておいたのですが。
 このスキマが意外と悪者だったらしく,糸を張るとこのぶん傾いてわずかに棹を浮かせてしまっていたようです。
 カヤは針葉樹としては硬いほうですがしなやかさもあるので,このくらいじゃ割れたりハガれたりしないんですねえ。

 お湯とニカワを流し込み,薄く削いだ板をスキマきっちりに打ち込んで,クランプで固定。
 くそーちくそー,この期に及んで原作者の奴。
 大事な場所なので,用心のため二日ばかり間をおきました。

 二日後,ふたたび糸を張ってテスト。
 うん,こんどはかなりキリキリに張ってもビクともしません。

 さっそくフレッティングを再開。
 オリジナル位置での音階は----

開放
4C4D+354E-464F+134G+404A-315C+255D-5Eb5F+41
4G4A+314Bb-4B5C+45D+225E-465G+115A-5Bb6C+7

 うわ…かなり波瀾に富んでますね。
 そもそもこの楽器が原作者の「若作り」実験的な楽器らしい,ということはすでに述べましたが。ほかの楽器と違うところは,このフレットの配置にもあります。第4フレットが棹の上なんですよね----前にもちょっと書きましたが,これは主に関東の,渓派の楽器の特徴で,連山派の強かった関西では唐物月琴と同じく,胴の上,棹との接合部ギリのあたりにあることが多い。前に扱ったバラバラ鶴寿堂も22号も,第4フレットは胴体上にありました。
 じゃあこれは渓派の楽器として作ったものか,と言うと……この音階のバラけ具合だとちょっと信じられませんね。清楽の音階をちゃんと理解してなかったのか,あるいは実験したせいなのか……いや,むしろ 「デザインまずありき」 で組んだ結果だとか言われたほうがまだナットクがゆきますね。
 ただ最低音オクターブの高音弦3と最終フレットの音はほぼ合ってますから,完全にテキトウ,というわけではなさそうですが。

 このあたりも最初の持ち主がちゃんと使っていれば 「ちょっとォ!コレ音がぜんぜん合ってないじゃなぁい!」 とかクレームがついて,ある程度は直されてたんでしょうがね。

 原作者のフレットは糸が切れちゃうんじゃないかと思うくらい,頭が尖ってて薄いのが特徴。
 計測作業の後でさらに削りこみ,庵主のフレットもいつもよりは先端薄作りでまいります。
 フレット頭を尖らせると正確な音階がとれ,運指に対する反応が敏感になりますが,反面音の深みや柔らかさはなくなります。指先の感触的な好みもありますが,庵主は若干尖ってるほうが個人的には好きです。

 計測を終えたフレットは,#1000まで磨いてラックニスの瓶にどぼん。1時間ほど漬け込み,三日ばかり乾燥させてさらに磨きます。

 完成したフレットを,最低音4Cの西洋音階に近い配置にたてなおして接着----シマシマ…うちゅくすぃです。

 続いてお飾り類。

 同時修理の62号と同じく,この楽器のお飾りも唐木製です。
 やや大きめなのと,62号ののようなちょっとした工夫(反り防止)がされてなかったため,右のニラミの端が反ってしまってます。62号のニラミを参考に,裏面に切れ目を入れてから接着します。

 まずふつうの手段(w)で固定してから,クリアフォルダの切れ端など使って,浮いてる部分を見つけます。
 浮いてるところに挿しこんだクリアフォルダとお飾りの板のスキマにお湯やニカワを含ませた筆を当てると,表面張力か何かしりませんが,そんな力(w)で,ニカワがお飾りの裏に吸い込まれてゆきます。

 何度かやってから,クリアフォルダをそっと引き抜くと,ただ筆で垂らしこんだ時みたいに余計なところには散らばらず,お飾りの裏だけに接着剤を広げてやることができます。
 62号同様,丈夫な唐木のお飾り,やや厚めですので,今回も浮いてる場所はクランプかけてガッチリおさえこみ,再度接着!

 バチ布はオリジナルのものを。

 フレットやお飾り類をはずした時いっしょにハガし,裏打ちをしなおして,いままで板にはさんでおきました。

 多少傷んでますが,端のほつれたあたりを少し落として貼りつけます。
 ここはニカワじゃなく,ヤマト糊ですね。

 62号・64号に遅れること一週間。
 2020年4月30日,
 明治二十五年十月,名古屋市上園町
 鶴寿堂・林治兵衛作,銘「燕花林」
 ----修理,完了!!!!


 最初の最初のほうで言ったとおり。
 今回手がけた4面のなかで,いちばんキレイで保存状態の良かったこの楽器が,ハンガーアウトはいちばん最後。
 キレイなバラにはトゲがある,キレイな古物にゃ悪魔が住みます。(w)

 未使用放置品であるゆえの,使い込まれた楽器ではありえない初期不良のこじれた故障。かてて加えて原作者のやらかす,なかなかキツい厨二病的工作加工(w)。

 いままで扱った彼の楽器の修理では 「ああ,接着がヘタだよなあ」 くらいの印象だったんですが,林治兵衛……「向こうにいったらゲンノウで殴りたいリスト」に載せときましょう。

 とはいえ----何度も書いてるように,庵主,この人の楽器はキライじゃありません。
 切った削ったの木の仕事の腕前は確か…というより相当高い技術力を持ち,棹背のラインやお飾り見ても分かるように美的センスもかなりなもの。内部の書き込みからも分かる通り,漢文やら漢詩やらにも通じてるようですしね。清楽家とのつきあいもけっこうあったのでしょう。

 前回も書いたよう,この楽器は鶴寿堂・林治兵衛の実験作であった可能性が高いと思います。まあ庵主のウサ琴みたいに,とくに「実験しよう」と思って作ったわけではなく,ふつうに作って売ってたうちの1面だったとは思うんですが,ちょうど「こういうことをしたかった」時期に作られたものだったんでしょうねえ。

 音にはなにも問題がないです。
 音量・音圧の面では多少物足りないところもあるかとは思いますが,カヤの胴体と柔らかな真鍮の響き線の紡ぎだす余韻はやわらかくあたたかく,聞いていて気持ち良くなる音ですね。
 響き線を二本入れる,という工夫は,ほかの作家の楽器でも時折見られるのですが,上下に真鍮線を方向互い違いに入れた彼の構造は,そのなかでは数少ない成功例のひとつです----たいていは「やってみた」だけで,効果がまるでないのが多いんだよなあ。

 操作性の面では,糸巻が細すぎるのがまず欠点ですね。
 握りが細く若干力を入れにくいうえ,先端も細すぎ,材質的な強度にも多少不安があります。実際,ほかの部分はほとんど損傷がなかったのに,糸巻だけ1本欠損,1本は先端が欠けてましたしね----あんまり無理してねじ切るような操作はしないほうが良さそうです。

 細い,ということは,糸巻を支える摩擦面が小さい,ということでもありますので,音合わせの時,糸を巻き上げてすぐ手を離すと,張力に負けて糸がもどりがちです。調弦の際,チューナーの針がピッタリのとこに来ても,糸巻は押し込んだまま一息二息,しばらく手を離さないでいてください。

 補作の糸巻のほかに,先端の欠けてたオリジナルも補修して,予備の糸巻としておくことにします。まあこれでポッキリポッキリ逝くようなら,ツゲとか黒檀とか,この太さでも壊れないような素材で作り直すくらいしか手がありませんなあ。(泣)

 あと棹背の曲線はこの人の楽器の特徴であり,いちばんの美くしい部分でもあるんですが,この楽器ではちょっとやりすぎちゃったらしく。うなじの下あたりで太さが2センチありません。
 そのため他の人の楽器で慣れてる人がいつもの調子で弾くと,低音部で指が糸に届かない----スカっと空振り(w)----みたいな事態が起きます。
 また,ここを細くした影響で棹背のアールが全体にややきつくなっており,とくに低音域から高音域へと手を滑らせた時,一瞬,演奏姿勢が崩れ気味になることがあります。

 いづれもあらかじめ分かっていれば,また楽器に慣れてしまえばさほどの問題になるものではありませんが,いちおうご注意までに。

 姿も音も美しい楽器です。
 長く大事に使ってください。


(おわり)


月琴64号(終)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴64号 (5)

STEP5 サリーちゃんのともだち

 月琴64号・初代不識。
 胴体のほうはすでにがんじょうな桶----水入れてもたぶん漏れませんね,こりゃ。前回棹も仕上がったことですし,裏板のついてない今のうち,まずはてって的に胴体とのフィッティングをやっておきます。

 棹基部で延長材を継いだ一般的な構造だと,胴体が箱になった後で,棹の角度などに大幅な修整が必要となった場合でも,延長材をはずしてかなり大胆な調整が可能ですが,糸倉から棹なかごまで一木造りの不識の棹では後からの調整が難しいので,いざとなったら内桁の棹孔までいぢれるこの状態で棹と胴体の接合具合を確かめておくのが得策です。

 同時進行でやっておくことのひとつめは裏板の補修。

 表板よりは少ないものの,こちらもやはり下縁部----補作の側板がついていたあたり----を中心にクギ打ちの痕やヘコミなどがあります。まずはこのあたりを重点的に。
 つぎに中央付近に虫食い由来の割れがありましたので,ここから切り離して2枚に。せまいはぎめの木端口にうねうねと広がっていた虫食いは,木粉パテで埋め込んでキレイに均しておきます。
 あと,右肩のあたりに10センチほどの割れがありました。
 ここは虫食いではなく,板の収縮によってはぎめが裂けたもの。少しせまいので,細い三角形に切り広げてから埋め木を押し込みます。

 板裏のヘコミやキズも見つけたら埋めて均しておきます。

 同時進行ふたつめは半月の製作です。

 オリジナルの半月も直せば使えないこともないのですが,糸孔のところの損傷が厄介そうですし,材質や加工などの面から,これも地の側板同様,後補部品である可能性もありますので,もうちょっと良い材料で作り直してあげようかと思います。


 とまれ,この半月を不識のほかの楽器と同じように唐木のムクで作るとなるとフトコロ具合的にタイヘンですし,元ついてたのと同じホオやカツラで作り直すのも味気ないので,庵主はちょうどその中間をゆくことにしましょう。
 材料はカツラと黒檀の板。カツラの土台の上に黒檀の板を貼りあわせ,半分に割ったプリンみたいのをつくります。
 半月の上面,楽器前面に向いた部分は本物の唐木。側面さえうまく誤魔化せば,ちょっと見,ぜんぶ唐木で出来てるように見えるでしょ?

 半月の下縁部が面取りされて角ばってるのが,不識の月琴の半月の大きな特徴の一つなんですが。この加工,やってみると意外にタイヘンですね。
 削りが足りないと角がピンと立たないし,一面削りすぎるとほかの面にも影響が出ちゃう----いやいやどうして,けっこう繊細な作業です。
 正直,ふつうの斜面にするか全体をなだらかな曲面にしちゃうほうがよっぽどラクですわい。

 形が出来たところで,裏中央を櫛げに刻んでポケットになる部分を作り,糸孔を二重にして骨で作ったパイプを埋め込みます。
 この骨パイプ,径5ミリ----骨材を丸く削って孔をあけただけのシロモノですが,なにせ小さいので作るのがそれそこタイヘンです。今回もこれだけの部品に4時間くらいかかりましたかね。

 半月側部,プリンみたいな二重構造が見えちゃってる部分には緩めたエポキを塗って,表面補強かつシーラーとし,その上からスオウで赤染め。黒ベンガラとオハグロで黒染めをほどこし,カシューで固め,黒檀の上面部分を平らに砥ぎだしますと-----

 ----じゃん。

 ちょっと見には元プリンだと分からない物体となりました。

 部品がそろったところで,まずは裏板を接着。
 接着後,二枚の小板のスキマにスペーサを埋め込み,整形します。

 補作の地の側板は若干厚め大きめに作りましたので,この時点では板縁から最大で2ミリ近くハミ出てるところがあります。
 ただ,表板はほぼ柾目だったのでさほどではなかったんですが,裏板はあちこちにフシ目のある低質な小板をはぎ合わせたため,表板より縦方向の縮みが大きかったらしく,このまま表板に合わせて削ると,板端に一部足りないところが出来てしまうことが分かりました。

 といってもまあ,1ミリあるかないかといった段差なのですが。あるていど削ってから,へっこんでしまいそうなあたりに,補材を足しておくことにしました----桐板の端材を木目の方向に合わせて刻み,接着面の木口を平らに削って貼りつけます。
 この状態で,地の側板を中心に削り込み,側面を面一に。

 板の縁が均等に削られ新しい面が出たところで,側板をマスキングして表裏板を清掃します。
 表も裏も見事に真っ黒ですからねえ~やりがいがありますヨ。(w)
 あとこれだけ色ついてますと,清掃の時出た汁を補修部分になすりつければ,一次的な補彩になって目立たなくなりますんで,それはそれで有難い。

 重曹を溶いたお湯をShinexにふくませてゴシゴシ----
 不識の楽器は染めに使ってるヤシャブシが濃く,砥粉も多めなので,10分もしないうちにお湯は真っ黒ドロドロです。

 二日ばかり乾燥させたら,こんどは表裏板の木口をマスキングして側板を染めてゆきます。

 まずはスオウで赤染め。
 ミョウバンで発色させ,鮮やかな赤色になったところで,オハグロで黒味をつけ,ムラサキから深みのあるダークレッドに。

 表面に浮いた余計なオハグロを,亜麻仁油で軽く拭いながら染めを定着させ,カルナバロウで磨いて仕上げます。
 補作の地の側板以外はそんなに削り込んでないんですが,接合部をしつこいくらい補強した甲斐あって,側面はいまやほとんど一本の輪----光の加減によっては継ぎ目も見えなくなりますね。

 胴体と同時進行で,棹も同じ色に染めました。

 こちらは糸倉のあたりを若干黒っぽく,紫檀の指板は染めずにそのまま。磨いてラックニスをはたいて仕上げます。

 糸巻は蓮頭や半月側面と同じく,スオウ下地のベンガラ・オハグロによる黒染め。亜麻仁油と柿渋で仕上げています。

 山口はオリジナルのがしっかり残ってますのでこれを取付け,棹を挿して楽器の中心線を計測。黒檀コンパチな補作の半月を取付けます。

 一度糸を張ってみた結果,山口がわのほうがわずかに弦高が低いせいで,4~5フレットあたりで音に狂いが出ることが分かりました。
 月琴の棹は低音域での音響効果のためフレットを高くするのと,弦の張力への対抗として楽器の背側に傾いています。トップナットである山口の高さは本来,この傾きを考慮したうえでいちいち決められるべきなのですが,量産期の楽器は数をこなすため,同じ規格で作られた部品を組み合わせて作っているので,これはよくあること。
 煤竹のゲタを噛ませ,半月がわの弦高を1ミリ下げて対処します。

 フレットもオリジナルが7枚残ってます。こちらで作るのは最終第8フレットのみ。オリジナルのは使用によってちょっと上面が削れちゃったりしてますが,半月にゲタした影響でもとよりいくぶん弦高が下がってるんで問題ありません----いやむしろおかげでピッタリ----かな?

 オリジナル位置での音階は----

開放
4C4D+124E-24F+54G+114A+195C-5C#5D+255F#-33
4G4A+64B-215C+25D+35E+25G+105A+186C#-49

 5フレット以降にやや乱れがありますが,これは上に書いたよう元の弦高設定だと,このあたりからピッチに狂いが出てたはずですのでその影響でしょう。

 お飾りは,柱間のコウモリさんの羽根が片方欠けてます。まずはこれを修復。

 左右のニラミは色が褪せていたくらい。修復したコウモリさんといっしょに染め直しました。

 一気に組上げます。

 2020年4月24日,
 初代不識・神田錦町石田義雄作の月琴一面,修理完了!

 最初見た時は----表裏真っ黒,板ボロボロ,棹と側板にはナゾの塗料がベットリ,端にはクギまで打ってある----と,まあ。正直,だいじょぶかなコレ?という状態だったんですが。

 直るもんですねえ。

 しかし考えてみますと,完全になくなっていた部品は糸巻くらいなもので。
 山口やフレット,お飾り類は,一部壊れてはいたもののほとんど揃ってましたし,内部や棹,糸倉にも部材単位では深刻な損傷がなく。
 地の側板が補作だったことを除けば,想定外の事態のほとんどない,順調な修理でした。

 塗料は削り落とせばよかったし,クギ打ちの処理なんかもやることをやればイイだけでしたしね。

 指板に紫檀の良材を貼り,半月も数割が唐木(w)。いちど完全に分解し,ゆるんでいた側板や内桁の接合を強固にしたうえ,さらにガッチリ補強してありますし,棹や弦高の調整もかな~りしつッこくやっております。多少手前味噌ではありますが,おそらく現時点ではただの量産型だったオリジナルより良い楽器に仕上がっているかと。(www)

 庵主のつけた銘は「涼葉」。

 不識の月琴は棹やや長く,胴も薄く大きいため,運指の感触や構えるポジションが一般的な作の月琴と少し異なり,操作性にちょっとクセがあります。

 そのあたりのクセがバッチリはまると,けっこうなパフォーマンスを発揮するんですが,合わないとちょっとしたジャジャ馬。乗用車というより,レースに特化したスポーツカーとかF1みたいなもので,ギリギリな工作に起因する多少余計な手間もかかります。

 庵主は最初に出会った月琴が不幸にも(w)この人の作だったせいで,かなり慣らされちゃいましたが,さて,あなたはどうなるか?
 まあ,楽器は音を出すための道具。合うものを使うのがイチバンだと思いますが。
 吾と思わん方はどうぞご連絡を----お験しのご要望も含めて,絶賛お嫁入り先募集中であります!


(おわり)


月琴62号清琴斎(終)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴62号 (5)

STEP5 黒の戦士--最後の戦い!

 この楽器は,胴体に損傷らしい損傷や加工上の問題がなかったので,棹さえ直ってしまえば,あとはルーチン----なくなってる部品を補充してあげればよいだけです。

 まずは糸巻。
 ここまでの調整は他の楽器の糸巻を借りてやってましたが,4本,新しいのを削りましょう。

 清琴斎の糸巻はこのころの楽器としてごくごく一般的な形状,六角一溝で,量産化のためか,少しだけ短めで11センチくらいです。
 同時進行の不識や鶴寿堂の糸巻と比べるといくぶん太めですね。
 ----というか,あッちが細すぎるンじゃ。(w)

 今回は棹が後補で軸孔も開け直したもの,孔それぞれが完全に同じ寸法,とまではまいりませんので,それぞれにきっちり合うよう削りました。

 糸巻の先端にはシルシが入っており,どれがどこに入るのか分かるようにしてあります。いちばん下から1・2本線,3つめは無印でいちばん上はX印です。

 スオウ下地のベンガラ・オハグロで黒染めし,柿渋と亜麻仁油で定着させます。

 不識の糸巻より,握りの帽子の部分が浅い。でもこのくらいのほうが当時の月琴界(w)では多数派ですね。

 おつぎは蓮頭----うちに届いた時にはなくなってましたが,棹のてっぺんにはニカワがついてましたから,オリジナルの棹が交換されたあとも,なんらかのものが貼られていたとは思います。このクラスの清琴斎の楽器だと,

 ----こんな感じのがついていたかと思うんですが。
 まあ,時節流行にのりますか。(w)
 祈願もこめまして----

 アマビエ様!
 こう,海からドバーンと出現!----みたいな感じで。(w)

 彫りあがったビエさまは,スオウとミョウバンで僻邪の赤に染め,
 ベンガラで不穏な黒靄をムラムラにまとわせてから,
 破邪漆黒の黒へと仕上げます。

 うむ,思ったより色モノっぽくなりませんでしたね。
 ただまあ,数年後にこれが何だか分かる人がいるかどうか(w)

 おつぎはフレット。
 オリジナルが5枚無事で加工に問題もありませんので,新たに作るのは棹上の3枚だけ。

 ここはワンちゃんのおやつ,カットボーンで補作。
 だいたい板状のところまで加工してくれてるんで,従前,骨まンまから切り出すのよりははるかにラクですが,硬いですからねえ,手工具だとそれなりにタイヘン。
 ヤシャブシで染めてロウ磨きで仕上げます。

 山口はオリジナルのが残ってますので,これを取付け----この部品,いまは白いですが,最初汚れて真っ黒だったので,洗うまで黒い唐木製のものだと思ってました----糸を張って音階計測開始です!
 棹上の目印は整形作業で消えてしまいましたので,フィールドノートを頼りに原位置にエンピツでシルシをつけます。
 まあそもそも棹自体が後補別人の作ですので,計測結果がどこまで当初の楽器のそれに近いのかについては疑問が残りますが……

 オリジナル位置での音階は----

開放
4C4D+404E-204F-284G+144A-35C+145D+285F+19
4G4Bb-484B-285C-335D+85E+155G+45A+116C+17

 うむ…もうシルシつけてる時点で思いはしたんですが----第1フレットの位置がヘンです。半月がわに寄り過ぎ,半音近く高いです。第3音が西洋音階のドレミより20~30%低いのが清楽器の特徴ですので,第2フレットの音はこれでヨイ。
 ただそれに釣られた感じで第3フレットの音も3割ばかし低くなってますから,これは明笛などほかの清楽器の音を参考に位置決めをしたわけじゃないようですね。5度の第4,オクターブの最終フレットはだいたい合ってますので,完全にテキトウというわけでもなさそうですが。

 さて,部品は揃いましたね。
 まずはフレットを最低音4Cの西洋音階に近い配置でたて直し,接着します。

 柱間の飾りと左右のニラミはオリジナルのまま。
 かなり質が良く,丈夫な唐木製なのでキズもほとんどありません。

 裏面,花の部分の中心に刻まれてるスジは,反り防止のためのものですね。このあたり,木使い…いや気遣いがしっかりしております。
 軽く油拭きするだけで元通りのしっとりツヤツヤです。

 剥離の時割れちゃった中央飾りは修復済。胴上に日焼け痕が残っておりレイアウト的にも問題はないので,どれも元の位置に戻すだけですが。
 左右のニラミなどは唐木製,通常の方法で接着してから,部分的に浮いちゃってるようなところを,クランプなどを使ってガッリリおさえこみ,再度接着しています。
 硬い素材でできており,通常のお飾りよりいくぶん厚めなので,浮いたところがあると変なビビリの発生源ともなりかねませんし,ハガレが出た時,ここまでの接着は器具がないと出来ないでしょうから,次の人が困らないように,しっかりやっておきます。

 いつもは悩むバチ布ですが,
  今回は蓮頭をアマビエさまにした時点でこれに決まりですね!

 「荒磯」----蓮頭が浜辺ならここらは水中,半月を海底といたしましょう。

 そんなこんなでコロナ禍騒動のただなか
 2020年4月23日,
 月琴62号,浅草蔵前片町清琴斎二記・山田縫三郎作,修理完了!

 棹が後補だと分かってから後の展開がけっこう怒涛でした。
 とくにあの糸巻の配置は……はじめてのことでしたので目を疑っちゃいましたよ。
 多少慣れてない感はありましたが,工作自体はそんなに悪くなかったし,見た感じ,たいした問題もなさそうだったんですが。
 あとでフィールドノート見たら,数字はちゃんと物語ってましたもんねえ。
 いやいや,庵主,さんすうが不得手なもので 「数字のコトバ」 が届かなかったのですよハイ----ええ,反省してもうちょい勉強します。(汗)

 さて。
 一般的な清琴斎の月琴の,楽器としての評価はだいたい「中の上」くらいです。
 工作は精密ですし見た目も悪くない。

 操作性にクセはなく,音もそこそこ。
 よく言えば「万人向け」なんですが,ふだん,ピーキー気味ながらポテンシャルの高い不識の楽器なんか使ってる庵主としましては,物足りないところがナイでもナイ----そんな感じです。

 今回の楽器は,お飾り類がけっこう良い唐木で出来てたあたりから見て,清琴斎の月琴としては高級品の部類に入るものであったと推測されます。とはいえ,楽器自体の材質や構造が,量産数打ち品とそれほど違うわけでもありませんが,出来は良い。うちに届いた時点では,うかつに触るのもちょっとハバがカラレルくらい真っ黒でしたが,棹以外は部品の欠損・損傷も少なく,特に胴体は意外と良い状態で保たれていました。

 現状,かなりいい音を出してます。
 そしてなにより弾きやすい。

 楽器のバランスがよく,ヘンなクセもないので,演奏姿勢や運指のポジションが多少違ってても,ちゃんと鳴ります----演奏者に優しい楽器ですね。

 はじめて手にする清楽月琴としてはじゅうにぶん。
 思ってたより良い楽器に仕上がってると思います。ああ…アマビエさまが気になる方は言ってください。(w)何かふつうのに取替えますから。

 お嫁入り先,ぜっさん募集中です。


(おわり)


鶴寿堂4(5)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 鶴寿堂4(5)

STEP5 昼間助けていただいたツルですと手で片目を隠しながら厨二病の彼氏は言った。


 依頼修理の鶴寿堂4----

 古物としては新品同様,使用痕ほとんどなし,欠損部品少なしの優良物件ですが。長年の未使用放置と,原作者の月琴製作者特有の厨二病的シワザの数々のあいまって,思いのほか作業が滞っております。

 とくに後者,いろんなところで細かく細かく入れてきやがりますねえ。(w)

 前回,さて胴体はなんとかなりそう,では棹のフィッティングだ!……と意気込んだとたん発覚した棹の歪み。
 詳しく測ってゆきますと,基部における指板の水平面を基準とした時,指板の右がわが上端から第1フレットの上くらいまで左回転でややねじれ,持ちあがっている状態。

 同時修理の64号不識も同じように指板部分の先端が持ち上がっていましたが,あちらの原因は材料とした木材自体の変形,こちらは糸倉先端側と棹基部がわの二方向から工作を進めたことにちなむ工作不良と考えられます。
 そもそも,これが同じような素材の狂いから生じたねじれだったら,へっついてる,さなだきに薄い唐木の指板がタダでは済まないハズですからね。

 原則的には糸倉左右の垂直面と指板の水平面は90度の関係になってなきゃならないわけですが,どっちかを調整してるうちにズレちゃったんでしょう。
 この場合,糸倉は多少ならどちらかに傾いていても,さほどの支障にはならないので,とにかく指板面を面一で水平にしてくれれば問題は起きなかったんですが,鶴寿堂----

 間をなだらかに削って誤魔化しやがったようです(怒)

 ううむ,ある意味なんと大胆な工作。

 とはいえ弦楽器の常識として,ネックがねじれたままではハナシになりません。
 とりま指板をハガして,指板面を削り直しましょう。

 指板は薄くはありますが滲みこみの悪いカリン。
 濡らした脱脂綿で全面を覆い,ラップでくるんで約1日----

 ハガれた痕を刃物でこそげば…うわあぁあ…なんという量のニカワ。
 たかだかこの面積にこの量,いくらなんでも盛りすぎです。

 さらにこの板,加工がヒドすぎます。
 表面はキレイですが,裏がこれでもかというくらいデコボコ。
 これじゃそりゃ,あれくらいニカワ盛ってスキマを充填しなきゃくつきませんわな。

 棹本体のほうにも少しエグレがありますね。
 どちらも木粉粘土で充填しておきます。
 翌日に軽く整形,上からエタノで緩めたエポキをたっぷり滲ませておきます。
 さらに翌日,硬化を確認してから整形。
 指板裏面の凸凹を均します。

 棹本体は指板の接着部分を擦り直し。時折山口を置いて具合を確かめながら水平面一に削ってゆきます。
 先端での傾きがなくなったところで指板を再接着。
 棹本体のカヤは針葉樹,材に微量の油分をふくんでいますので,いつもより少ししつこめにお湯をふくませてからニカワを塗布します----量は原作者の1/10も使いませんヨ!

 鶴寿堂の棹はいつも見惚れてしまうくらい美しいアールが棹背と左右についているのですが,この作業ではこれがかえってアダとなり,クランプなんかだとこの薄い板をうまく所定の位置に固定できませんので,まずマスキングテープを数箇所に巻いて軽く固定してから,ゴムテープを伸ばしながら巻き付け,しめあげます。最後にさらに輪ゴムをかけてがっちりと固定。
 指板は薄いですし,カヤ材もそんなに硬くはないので,テープや輪ゴムが直接触れないよう,細幅に切った桐板を噛ませてから固定しています。

 用心も兼ねて二日ばかり放置養生してから固定具をはずしました。

 さて,この指板は棹本体よりわずかに幅広に作られています。

 左右にハミ出てるぶんは1ミリ以下,指で触って感じる程度----ではありますが。
 とうぜん指板に合わせて,てっぺんにある山口も,ふくらの部分よりわずかにハミ出してるわけです。

 いちおう元のままに戻したんですが----庵主,考えても考えてもこの工作の意味が分かりません。
 たぶん原作者が 「せや!…誰もやってないしカッコヨカろう!」 くらいの思いつきでやった工作でしょう。なんにせえ,棹を握った時,この部分が手に妙に触ったり,あげようとした指がひっかかったりしてただただジャマなので,山口ともども棹幅ピッタリに削ってしまうことにします。

 これで山口が取付けられれば,胴体とのフィッティングに移れるのですが。
 指板面を均す際に削った影響で,山口の取付け部分が前より少し広くなっているのですね。
 山口を所定の場所に取付けると,指板との間に1ミリほどのスキマが出来てしまいます。

 山口取付けの前に,これを埋めるカリンの細板を接着しておきます。
 少し大きめにしておいて,後で実物合わせで削ってゆけばいいですね。

 修整の終わった棹を油拭き・ロウ磨きします。
 油切れで白茶けていたカヤが,しっとり色鮮やかに…波打っていた指板のカリンも鏡のような平面となり,ギラギラとした杢が浮かび上がりました。
 工作はアレでしたが,材質自体はかなり良いものだったみたいです。

 さてさて,これで棹は仕上がり,胴はとうに「桶」の状態。
 表板との接着,内桁の固定,側板接合部のスキマ埋めや補強も終わっておりますが,なかなか裏板を戻す段階にまでたどりつけません。
 その最大の理由が,例の「飾り板」です。

 棹の指板もそうでしたが,この飾り板もまた加工がヒドい。

 裏面はエグレだらけ,厚みも不均等。
 薄板とはいえ,この長さになれば均質な良い材料は入手しにくいというのは分からぁでもありませんが,それならそれでやっとくべき,貼りつける前の処理があまりにも雑でなっちょりません。

 そういう板をムリヤリ曲げて,大量のニカワで固めてへっつけてたものですから,剥離の際に割れる割れる----いくつものパーツになってしまったその薄板を,何日もかけて継ぎ直してゆきました。
 割れたところはカケラをつなげて継いでから裏に薄い和紙を貼りつけて補強,エグレ部分には木粉パテを充填。急に厚くなってるような部分は削り,急に薄くなってる部分は和紙で補強。それでもあっちを直せばこっちに問題が,こっちをなおせばあっちに問題が見つかる,ってなもんで……なんか,ちゃんと終わるのかなあコレ,って思っちゃうくらいの果てなき作業でございましたシクシク。

 もう途中で,いッそ新しいツキ板買ってこようかとも思ったんですが,ヒドいとはいえ時代を生き残ってきたオリジナルの部品。
 さらにソレすると修理代がぼひゅーんとハネあがっちゃうので,オイソレともイカず。
 継いではいで埋めて削って補強して……地道な作業を続けて半月,ようやくもとの1枚の板に!!

 接着の際,この飾り板をお湯で柔らかくしてやる必要があるんですが,すでにあちこち無尽に補修してるものですから----鍋にどぼんと漬けて煮込むといったわけにもまいりませんので,長い薄板の端から端まで,アツアツのお湯をふくませた脱脂綿を貼りつけ,ラップをかけてその代わりにします。

 胴体のほうの接着面は,接合部のスキマからあちこちのちょっとしたエグレや細かいキズまでとおに補修済です。
 胴体接着面に薄目に溶いたニカワをお湯と交互にムラなくたっぷり滲ませたら,薄板の片方の端を棹口のところに合わせてクランプで固定,脱脂綿をはぎとり,ニカワを刷きながら胴をぐるりと回します----まずこの時点で飾り板がどっか「バキッ!」とか「ビリッ!」とか逝ってないことに感謝一安心。

 もう片方の端を最初の端に重ねるようにして,別のクランプで固定。
 上から太い輪ゴムを2本かけ回し,棹口のクランプを抜いて,ゴムをしごきながら薄板を均等にしめあげます。

 そのまま二日ばかり固定。

 この楽器の製作当初,彼の手元に「輪ゴム」なんかなかったでしょうから,この作業も麻紐とか革紐でやったんだと思います。
 麻紐や革紐を濡らして周縁に巻,端を棒などで軽くひねって乾燥させれば,同じようなことは可能なのですが,ゴム輪と違って締め付けの力を均等にするのは難しく,その効力も時間によって変化してしまうため,現代,庵主がやってる方法のように,確実に接着することはかなりの難事です。
 層になるほどの大量のニカワでスキマを埋めていたせいもありますが,従前は棹口のところでぴったり合わさっていた端と端が,板が余ったせいで5ミリくらい重なっちゃってます。

 二日後,重なってる飾り板の端を切り落とし,重なってたことで接着されてない部分をも一度接着し直します。
 従前はあちこちでふくらみ,ハガれ,浮いていた飾り板ですが,今度はそういう箇所がほとんどありません----100年前は腕利きの林治兵衛より,さらに高度で繊細な技術を持ってないとできなかったようなことが,輪ゴムというありふれた,一般的なモノのおかげで毛素人レベルの庵主でもできちゃってるんですからね。この重なった飾り板の5ミリこそが,林治兵衛と庵主の間の100年の時間の差,みたいなもんです。

 棹口の部分を切り直し,オープンバックの状態で棹のフィッティングを済ませたら,いよいよ裏板を貼りつけ,胴体を箱にしましょう!

 最初のほうで書いたように,この楽器の胴は内桁の加工によって,浅いアーチトップ・ラウンドバックとなるようになっています。
 平らなものに平らな板を貼り直すのは簡単ですが,平面の板を曲面に貼り直すのは難しい。
 さらには側面に飾り板を貼り回してることもあって,オリジナルの板をなるべく損傷少なくもどすためには,いつもより高い精度の作業が必要となっています。

 ここでようやく役に立つのが,修理の最初のほう,板をハガす前にあけておいた小さな孔です。
 まず裏板を2枚に分割します----ま「元に戻す」と言ったところで「無傷」で,ってわけにはいきやせんやね。
 裏板ウラにも墨書がありますんで,なるべくそれにかからないようなあたりでスパンと切り分けました。
 次に,胴の小孔に細く裂いた竹をつきたてます。これが板を原位置に近くもどすためのガイドになります。
 竹のガイドを頼りに板をもどすと……うん,左右小板の間に約2ミリのスキマが出来ました。飾り板は従前よりピッタリ胴材に貼りついてますので,胴の全周はいくぶん小さくなっています。ぐるりと回してみましたが,この状態で板縁が余っても,足りなくなってるような箇所はほとんどありません。

 確認したところで接着面を濡らし,ニカワを刷いて接着に入ります。
 いつもの道具----ウサ琴の胴整形用の外枠だった板クランプ,ひさびさの登場です。
 ガイドを使って板を所定の位置に戻し,ズレないようテープで固定してから,ガイドの竹クギ抜き取り,板ではさんでしめあげます。

 ううううう,長かった……長かったよぅ。ようやくここまで…

 一晩おいて接着を確認したら,スキマに埋め木をしてまた一晩。
 翌日整形……ああ,これでほぼ2ヶ月ぶりに,胴体が箱になりました。

 この楽器はおそらく,林治兵衛の 「若作り」 の一つなんでしょうねえ。
 ああいえ,林治兵衛サンがこの時点で何歳だったかは知りませんが,べつだん実年齢には関係なく,月琴というものを作り始めてから,それほどは経っていない頃。しかしそれなりの数をこなしたころなのでしょう----

 月琴製作者の多くは「月琴」という楽器についてそれほど知識のないまま,「流行=作れば売れる」 くらいの思いつきではじめています。
 石田義雄のように,はじめから清楽に関わりがある者だとあまり余計なことはしないのですが,そうでない連中は,あるていど作っているうちに 「ここ,こうしたらもっとヨクなんじゃね?」 とか 「こうすればもっとカッコいいべさ!」 というようなことをはじめちゃうんですね。まさしくこれが,そう。
 たぶん,この楽器と同時期に作られた 「黒歴史的楽器」 が,あと4面くらいはあると思いますね。そして,いままで扱った楽器から考えて,この前に作られた楽器にもこの後に作られた楽器にも,この楽器のような奇をてらった変な工作はない(w)のじゃないかと。

 細すぎる糸巻,意味不明にハミでた指板,厚すぎるアーチトップ----どれも簡言すれば「やってみた」けど,けっきょくたいした役にはたってない工作です。

 「誰もやってない」 のは 「誰も思いつかなかった」 からとは限りません。

 誰もトンカチにラジオの機能を付けないように,楽器のような「道具」では,周りを見回して「誰もやってない」事には,「誰もやらない」だけの経験的理由があることのほうが多いわけですね----曰く 「無効」 と言い 「無駄」 と言う理由が。

 まあそれでもついそういうことをしちゃうのは。
 漢がみんな厨二病であるから,と言えなくもありませんが。(w)


(つづく)


月琴64号(4)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴64号 (4)

STEP4 だがしかしのいか

 ついてた地の側板が,後補で使えないことが分かり。
 側板一枚でっちあげてハメこんだ,月琴64号初代不識……

 それでもいまのところ,修理は順調----と言えますね。
 表裏真っ黒,クギ打ちに板割れにヘンな塗装……おもに前修理者のシワザ中心ですが,あれだけの損傷・不具合があったにしては,さしたるストレスもなく,再生に向け順調にコマを進めております。

 これはひとつに。
 ふだん庵主の使ってるのが同じ作者の楽器なので,この楽器について,てのひらのところで熟知しているというところがあります。
 はじめの1号から,現在使っている27・61号もぜんぶ,自分で分解し,直し,使い続けてますので,アタマのなかにはこの人の楽器の事が,内部構造や工作のクセも含めて細部まで叩きこまれてる感じ。

 あと,最初のほうでも言いましたが。
 古物のくせに,保存状態が良く未使用みたいなキレイな楽器は,かならずその内にトンでもない悪魔を抱えており。修理をしてるといづれそいつがトンでもないジャマを仕掛けてくるものですが。
 表板の使用痕などから,この楽器は62号同様に歴戦の勇者,いわゆる「使い込まれた楽器」であります。楽器という道具は不具合をメンテしながら使うもので,使われるうちに不具合が矯正されてゆくものです。すなわち,この楽器には厄介な「初期不良」はあまり残っていナイ。
 さらにここまできちゃなくヨゴレ,クギまで打たれまくっちゃってますと,貧乏神も住めないアバラ家みたいなもので,ジャマをしかける者もなく,河童の川流れのように(誤用)物事もスッキリと流れてゆくものであるらしいです,ハイ。

 庵主の修理を妨害するものがあるとすれば----それはふたつ。
 「前修理者」と「原作者」のシワザ,で,あります。(w)

 「前修理者」のほうはまあ,無邪気にクギを打ったり,ヘンな色塗ったり,ボンドでへっつけたりするくらいなものでカワイイものですが(でも呪う)

 「原作者」のシワザは,その奥に「手抜き(メンドウ)」とか「吝嗇(ケチ)」とか「無茶」とか,時には 「むしゃくしゃしてやった,どうでも良かった。あとヨロシク。」 と言った理由が透けて見えたりするうえ,間違いなくすでに故人なので(ゲンノウで)殴るのに殴れないという腹立たしさがあります。

 とりあえず写真の残っているような奴は,画像拡大コピーしてダーツの的にでもしておきましょう,エイッエイッ!

 さて,64号,棹の修理に入ります。

 糸倉の先端に,欠けた蓮頭をけっこうぶッといクギ2本,ブチ込んでとめてましたが,これは調査の段階ですでに引っこ抜いてあります。これ自体はけっこうインパクトのあるシワザではあったものの,実のところこの他には,棹に「損傷」と言えるような箇所がありません。
 壊れているとはいえ蓮頭もあり,山口やフレットもオリジナルのものがそろっています。基本的には,表面になぜかムラムラに塗られたムラサキ色の塗料をこそげ落し,糸巻を4本新たに作れば修理完了,なのですが………

 こないだ見つかった鶴寿堂4の棹の指板部分の歪みは,棹を基部と糸倉の二方向から工作していったことが原因だと思われます。ブ○タモリでやってた札幌の街のハナシのように,両端から作っていって合わせ目のところで合わなくなっちゃったので誤魔化した,みたいなものですね。問題はそれを 「ま,いいかあ」 と放置しやがったことで(呪)

 同じような棹の歪みは,この初代不識の楽器でも見られました。ただしこちらの場合は,そういう工作加工が原因ではない----いや,ある意味その「工作加工が原因」なのですが,鶴寿堂の場合とはいささか異なる原因理由により生じてますね。

 初代不識の月琴の棹は,蓮頭を除く糸倉の頭からなかごまで一木で作られています。

 もともと,高価な唐木製の唐物楽器でも,胴体に入る棹基部から先には針葉樹材を継ぐのが一般的な工作です。初代不識・石田義雄は清楽の東京派流祖・鏑木渓菴の弟子だったらしく,彼の月琴もまた渓菴自作の楽器を模していると考えられるので,そのあたりから継承された構造だったのかもしれませんが,彼の楽器は安い量産版から高級な総唐木製のものまで同じ構造,棹は一木彫り貫き削り出しとなっています。

 一木作りの棹は一般的な構造のものより加工の難度が高く,それでいて不具合が出やすい。さらには後で調整・修整するにも限界があるため,製品としての歩留まりが発生しやすいものです。さらに言うなら,一般的なものと比べてとくに強度が上るわけでもなければ,思ったほど音響的な効果が顕著に出るわけでもありません。
 「なかごを継いだものよりは一木で作ったほうが音は良いはずだ!」 という現実軽視の妄想的満足を除けばムダとしかいえないこの工作(もうヤメてあげて!一木棹のHPはマイナスよ!)の数ある欠点の一つとして,一般的な構造の棹より大きな材料が必要となるため,材料由来の歪みや狂いが出やすいというのがあります。歪み・狂いは木取りの関係で,とくに細くなる棹の先端部(糸倉の手前あたり)と基部なかごの部分に発生しやすいですね。


 棹の狂いは,だいたい基部がわから糸倉のほうを見た時に,全体が右か左にねじれるようになっていることが多く,そうしたねじれは製作時にすでに生じていたこともあったようで,はじめから山口やフレットがそれに合うように左右に傾けて加工されていた例も見たことがあります。たいていは何年か経ってから生じていたようで,使用者がフレットの頭を削ったりして修整対応しているのをよく見ます。

 この楽器では棹基部の指板面を水平の基準とした時,糸倉がわが右やや高く,左方向にわずかにねじれたようになっていました。
 取り外した山口やフレットに,左右の高さを調整したような加工の痕跡はなかったので,使われなくなってから生じたものかもしれません。

 ありがたいことに,変形の度合いはそれほど大きくなかったので,表面を擦り直して均せば直るくらいのものではあったのですが,不識の楽器はどこもかしこもかなりギリギリな寸法で作られているため,調整で削ったぶん,表板と指板部分の間に段差ができてしまいました。一般的な構造の楽器なら,棹基部の調整でカンタンに修整できるのですが,上にも書いたように,一木造りの棹は,後で修整するのが難しいので----

 削ったぶんを足してやることで調整することにします。

 材料は紫檀の板。
 かつて銘木屋さんからもらってきた端材で,白太(色のついてない部分)が混じってたために切り捨てられた部分だったんですが,おっちゃんが 「これ…けっこういい紫檀だったんだよなー。」 と,板撫でながら惜しそうにしてた逸品(w)ですね。

 埋めたい段差は1ミリ以下なので,3ミリの板を2枚に挽き割ります。
 サイズからすると3枚に割りたいところですが,道具の関係でさすがにできません。
 まあ,やったことのある人は分かると思いますが,このサイズでも手道具でやるのはかなーりタイヘンです。
 2時間ちかくかけてようやく2枚に~~(疲)
 表裏を均し,修整して胴体面と面一にした指板面にへっつけます。

 おおーぅ……悪くないんじゃないですかあ?

 この楽器はもともと指板のついてない量産版タイプだったんですが,これだけで1ランクレベルが上がっちゃいますね(w)

 続いては,糸巻をこさえます。
 全損ですので4本ですね。

 毎度言ってますが,庵主,「糸巻を六角に削る」から先の作業はキライじゃないんですよ?
 その前の「材料四面を斜めに切り落として素体を作る」という作業が大ッ嫌いなだけなのです。(w)
 今回はほかにも全損のやら足りないのやらがあるためアキラメて,最初のほうで素体を14本ぶんも作っちゃいましたので気が楽です。何本か失敗してもだいきょうぶですからねえ。

 不識の月琴の糸巻はやや細め長めで,六角一溝,握りの帽子の部分がちょっと突き出てるタイプが多いですね。
 毎日のように握ってグリグリしてる部分,てのひらがカタチをオボえてますので削るのもサクサク----

 ----とは言っても,まあ1本小一時間はかかりますが。(汗)
 月琴の糸巻は,側面が握りの先端に向かってラッパ状に反り上がってるのが多いのですが,不識の糸巻は弦池に入る部分が細いのもあって,その反りがすこし顕著です。
 素材のクセもあり,なかなか思ったような曲面にならないことも多いのですが,今回は4本ともに,何とかそこそこ,うちゅくしい曲線に仕上がったかと。

 これであとは欠けた蓮頭----糸倉の上にへっつけられてるお飾りだけですね。この手のモノの修理,庵主は得意中の得意です!

 まずは剥離の作業中にクギ孔のところから2つに割れちゃったのを継ぎます。
 ど真ん中に2つあいたクギ孔は木片で埋め,欠けた前縁部分を整形。
 もぎ取られたようにガタガタになってたのを,まっすぐに加工してから補材を接着。その補材を同じ作者でほぼ同レベルの楽器,27号の蓮頭などを参考に,もとのカタチを模索しつつ加工してゆきます。
 右がわに打ち込まれていたクギは,打ちこむときに曲がったらしく,真ん中の円形になった部分にクギ頭の横たわった痕がくっきりついてました。ここらは木粉パテで埋めてあとで彫り直します。

 整形中に補材の一部を欠かしてしまい,ちょっと修整したりもしましたが。あちこちのモールドを彫り直すついでに,表面に塗られた塗料もハガしてしまいます。
 最後にスオウとオハグロで染め直し,カシューを2度ほど刷いて完成です!

 補修中のようす,右にあるのが参考にした27号の蓮頭です。
 はっはっは----毎度言うようですが,こういうのを修復したものだと一目で見破れるようなヒトは何らかのヤバいプロですのでむしろ注意してくださいヨ。(w)

(つづく)


月琴WS@亀戸 5月場所!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2020.5.23 月琴WS@亀戸! さっちゃん場所の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 5月 のお知らせ-*


 さてさて,コロナ禍のなか4月の会にご来場いただいた方々。
 まことにありがとうございました。

 2020年5月の月琴WSは23日(土)の開催予定!


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのさらさら開催。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 62号・64号の修理は完了。
 例によってお嫁入り先募集中でございます。
 ご思案の方は,連載中の修理報告などご参考になさってください。
 まだ嫁入ってなければ来月も持ってゆきまあす。

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

月琴62号清琴斎(4)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴62号 (4)

STEP4 黒の戦士--三たび深紅に染まる

 前回,棹が後補であることが判明した62号清琴斎。

 いやあ----人間,見たくなかったことを見ちゃうと,二度見するんだということを実体験しちゃいました。正直,したくはありませんでしたが(w)

 はじめは手熟れてないフォルムのがたつき修整だけでいいかな,なんて思ってたもんですから,けっこうショックだったものの,気を取り直して,糸巻の孔も修正しましたし,棹の修理はいまのところ順調。

 おそらくは,折れたか糸倉が割れたかしたので,その山口,フレット,指板を使って作りあげたものだと思います。その素材がサクラであること,弦池が彫り貫きになっているのと,先端背側が浅く三角に突き出た構造と形状は,清琴斎の一般的な楽器よりは,いま同時進行で修理している石田不識の月琴(64号)に近いですね。

 壊れた時期が,月琴があちこちにあった流行期だったとすると,もしかすると石田不識の楽器なんかも参考にしたのかもしれません。

 棹のほうはあちこちアラだらけですが,胴体のほうはほぼオリジナルのままのようなので,たぶんそんなに問題がありません,たぶん(^_^;)

 胴四方の接合部のうち一箇所が剥離しています。
 これは経年による部材の収縮が原因。ほか,表板に二箇所裂け割れがありますが,これも原因は同じようなもので。
 製作後百ン十年を経,棹が交換されるような目にも会い,さらにこれだけ全体真っ黒々になるような環境に置かれていながら,損傷がこのていどというのは逆に誉むべきかな,ホサナ。

 まず接合部のスキマには突板を埋め込みます。
 先端を少し薄く砥ぎ,薄めに溶いたニカワを流し込んだスキマにぎゅぎゅっとな。
 表板二箇所の割レのうち一箇所は,この接合部の剥離が原因ですから,ここもいっしょに処理してしまいましょう。
 接合部がはじけたせいで裂けちゃったんですね。断続的な裂け割れになってるのを,刃物で1本のミゾにつなげ,桐板をさしこんで完成。

 接合部の木口の合わせに少し食い違いも出てますので,埋め木を挿したら周辺を湿らせ,当て木の上からゴムをかけ,軽く矯正しておきます。当該箇所がたわむ前に木が乾いてしまっては元の子もないので,当て木の下には湿らせた脱脂綿を敷き,ラップをかけておきましょう。
 変形はわずかなので,このていどで大丈夫なはずです。

 もう一箇所,ピックガード横の割れは構造には関係なく,おそらくはここに貼り付けられていたヘビ皮のせいですね。
 何度も書くようですが,月琴の桐板は生皮の収縮に耐えられるほど丈夫ではありませんので,長年貼っておくと必ずこういうことになります。もともと意味のない恰好つけのためのものなので,現在貼ってる人も早いところハガして布か和紙にでも貼り換えたほうが良いですよ。
 これも板が左右方向に引っ張られたことによる裂け割れになっています。3~4本のやや不規則な割れ目が連続してますので,ここも刃物でつなげて1本にしてしまいます。もともとの割れ目はさほど広くないのですが,この長さになりますと,せまいミゾでは埋め木をうまく奥までおしこめないので,さらにカッターで切り広げ,少し太いミゾにします。
 あとはしっかりおさまるよう桐板を加工して,ハメこみましょう。

 接合部の矯めもあるので,そのまま二日ほど放置。

 接着具合などを確かめたうえで,各補修箇所を整形。

 そのまま清掃に入ります。
 さあて,洗うぞお!

 例によって重曹を溶かしたお湯にスポンジ型研磨材のShinexをつけてゴシゴシです。

 キレイになると,それまで見えなかったものが色々と見えてきます。
 まずこの表板,かなり目の詰んだ柾目板で構成されてます。群馬あたりの桐だと思いますが,硬めで清琴斎の楽器にしては良い材です。
 中央周辺のバチ痕……けっこうスゴいですね。

 清掃中に見つけたエグレなどを埋め,左肩の割れ目補修痕を少し修整。裏板の清掃に入ります。

 裏板には目だった損傷がありません。
 右端になにやら虫食いのような不定形の溝がありますが,やたらキレイなんで,これも後で食われたというより,もともとこの材についてた粗みたいな気がするなあ。

 とりあえずけっこう大きいので,清掃はこれを埋めてからですね。
 比較的保存の良い清琴斎の後期ラベルは,資料として貴重なので清掃作業の前に保護カバーをつけておきましょう。
 んでゴシゴシっとな…うん,表板より裏板のほうがキタなかったのかな,こっちのほうが出汁が濃く出ました。

 板がキレイになったら,最後にラベルのカバーをはずし,きれいな水をふくませた脱脂綿を置いてラベルの清掃。綿が汚れを吸って色が変ったら取り替えて,ニ三度やるとかなりキレイになります。

 表裏ともにきれいに染められていました。
 砥の粉はやや少なめ,ヤシャブシはけっこういい質のものが使われていたみたいですね。

 表板が乾いたところで,半月の周辺をマスキングし,半月を油拭きしておきましょう。
 油切れで少しパサついてますが,損傷はなく,接着もいまのところ強固で問題がありませんので,今回はこのままにしておきます。

 さて,工房到着時のこの楽器はどこもかしこもヨゴレで真っ黒でしたが,その下からのぞく木肌は,ほぼナチュラルカラーといった薄い木の色をしてました。
 半月とお飾りそれにカリンの指板が目立つ感じですね。

 今回,棹の不具合あちこち徹底的に直しました関係で,棹はその補修部を隠すためにも,すこし濃い色に染める必要があります。そうすると,胴側の色がそのままではいまいち合わなくなりますので,バランスを考えると,こっちも同じように染めなおしたほうがよろしいかということになりました。

 まあ,色の濃い薄いはあるものの,もともと染められてたのが使用と保存環境のせいで,色あせてこんな色になっちゃってたんでしょうから,染めなおすこと自体にはさほどの忌避感はありません,どんどこイキましょう。

 まずはスオウですね。
 棹の補修で木を盛り足したあたりは,数度余計に重ね,周囲より少し濃い色に発色するようにしときます。

 ミョウバンで一次媒染して真っ赤に。
 それから黒ベンガラやオハグロを銜えて紫っぽい黒褐色にしてゆくんですが……胴体のほうは1度でうまくいったものの,棹のほうが。
 補修部分がうまく隠れ,自然に見えるように染めてゆくのが難しく,2度ほど失敗しちゃいました。(^_^;)

 イチから染め直しての3度目に,ようやく満足のゆくような染まり具合に。
 下地を隠したいところにベンガラを塗って真っ黒にしておきます。

 そしてオハグロ液の濃度を少しづつあげながら塗布。
 スオウに鉄媒染で,全体を紫がかった黒褐色に染め上げてゆきます。

 このとき,多少のムラがあるとかえって自然な感じになるのでいいんですが,逆にムラなく上手に仕上がっちゃうと,妖怪ぬり壁みたいにのっぺりとした表面になってしまいます。
 いかに自然な稚拙さを出すか----という,修理を重ねることでムダに技術が上がっちゃった庵主にとって,むしろ難しい課題をつきつけられました。

 それゆえの,三度目の正直----

 染めの初期段階まで戻すこと自体はそれほどタイヘンじゃないんですが,いちどリセットすると,木が乾くまでちょっとした時間を食っちゃうんですよねえ。

 胴側はチョコレート色。棹は画像だとかなり真っ黒ですが,実際にはあちこちに赤が透けて,もっと赤っぽく見えます。
 清琴斎の楽器でよく見る色合いですね。19号なんかがけっこうこんな色してました。

 オリジナルに比べるといくぶん派手な色合いになっちゃいましたが,数年もすればスオウが褪せて,もうすこし落ち着いた感じになりましょう。

(つづく)


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