太清堂6らんまる (4)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (4)

STEP4 穴の国月

 さてさて分解した部品の補修も進み,再組立てに向かって邁進中の太清堂らんまる。

 ----じつは表板がかなりボロボロです。

 まあ,見た感じは少しヨゴレがあるものの,そんなに深刻には見えないかもしれませんが,ケガキの尖ったほうとかで触るとずぶッと刺さっちゃう皮一枚になってる箇所が大小,そこらじゅうにありますのよ。
 関東より北で保存されてきた楽器だと,ここまでのことにはそうならないんですが,南のほうにあった楽器はこういう食害のヒドいものが多いですね。

 はじめからぜんぶホジくりかえしてしまうと,板自体がバラバラになってしまいそうですので,まずは表面に見えている虫食い痕と,組立ての際に強度の必要な部分だけ,先に補修しておきましょう。
 分解の時に割れた矧ぎ目は接着面の虫食いを充填して矧ぎ直し,左肩部分のエグレなど大きな欠損箇所には桐板を刻んで埋め込み,あとの細かいエグレや溝は木粉粘土をヤシャ液で練ったものを充填。周縁部と内桁周辺の補修箇所のみ,エタノールで緩めたエポキを吸わせ,あらかじめ強化しておきます。

 板全体である程度の強度が保たれてるところで,表板に側板を付けます。
 例によってこの楽器は縦方向の支えがないため,壊れた状態で放置されていると天地の側板に歪みが発生します。らんまるも天の側板が少し潰れてますが,板自体が厚めだったのと,接合部の工作が精密だったため,さほど深刻な狂いにはなっていません。板の端に残っていたオリジナルの中心線を目安に組み立てましたが,部材個々の歪みはわずかにあるものの,接合部にズレはほとんどなかったですね。
 一晩おき,側板が接着されたところで次は接合部の補強板を戻します。オリジナルの工作は適当に刻んだ小板を接合部に渡しかけてただけなんで,分解したらカンタンにもげてきちゃいましたが,これを各接合部の形状や段差に合わせて削り,ピッタリと密着させます。

 この作業で,接着前に木を柔らかくするためニカワを湯煎する鍋で補強の小板をいっしょに煮たんですが。煮込んだ後のお湯が飴色というかハチミツ色になりました。やっぱりこれクリですね。

 クリの木は40号の棹茎にも使われていました。木材にタンニンが多く含まれており,虫に強く腐りにくいので家の根だとか船材なんかには多用されますが,楽器のような細かい細工のものでは本来あまり使われません。ただ月琴の場合は唐木屋の楽器や関西の作家さんの楽器などに,これが胴の主材となっている例をいくつか見たことがあります。

 丈夫ですが加工性と接着にやや難があります。32号や58号ではより軽軟で安価なホオに代わってますので,やっぱりこれは40号と同じ時期の作と考えたほうがよいでしょう。
 整形し,煮て少し柔らかくした小板をそれぞれの接合部にニカワでつけて圧着。オリジナルの工作でもそこそこの補強にはなっていたようですが,こんどはさらにバッチリですわ。

 この側板の組み付け・補強の段階では,内桁は形状保持のためハメこんでいるだけでまだ接着していません。接合部の補強が済んで胴体構造の外がわを固めているうちに,つぎにこの内桁を補修します。

 クリ材は一般的に狂いが少ないはずですが,あらためて組み付けてみるとわずかに丈が足りません。さらに裏板がわの中心部は少しくぼんだようになってますね。うむ,このままだと板の中心がわずかに凹んでしまいます。

 前回も書いたように,日本の作家さんはこの楽器の胴を三味線の胴と同じようなものと考えて工作しているフシがあります。胴表裏の板を三味線の皮と同じようなものと考えてるので,その観念からはずれる内桁など,板に触れる部品の加工や接着が適当だったりする傾向があるんですね。
 現実にはこれがちゃんとついていないと月琴は鳴りません。月琴の胴は表裏の板が鳴る「太鼓」ではなく,胴の構造全体で弦音を共鳴させる「箱」だからですね。
 とまれ,このままだと内桁と表裏板の接着がしっかりできませんので,すこし補修しときましょう。

 表板がわの接着面は水平を出した後,左右端を少し斜めに落とします。これは内桁と面板を密着させるための小さなテクニックです。
 丈の足りない裏板がわには桐のスペーサを接着。足りない分は1ミリありませんが,まずはかなり大きめに。「小さいものの加工は大きくしてから」が基本です。最初から1ミリの板を貼りつけるより,少し大きめの材を足してやったほうが,材料の保定がラクになるぶんより精密な加工が可能ですし,途中での修正も容易になりますからね。

 貼りつけたスペーサは真ん中のところを周縁よりわずかーに高くしてあります。前回修理したぽんぽこでもやりましたが,わずかなラウンドバック。まあ音のため,というよりは凹んでいるより凸ってるほうが強固に接着できますからね。

 この状態で2日ほど。
 太清堂の木工は精密なので,接合部の矯正などがなかったぶん,ここまでの作業は順調そのものです。

 さて,胴の接合部が固まり内桁も接着されて,構造が安定したところで-----

 ほじくります。

 ひたすらほじくります。
 ケガキの尖ったほうでツンツンと触診しながら見つけた虫食いを,ほじっては埋めほじっては埋め……正確に言うと「ほじくりかえして」はいませんね。虫に食われてトンネル状になっている部分の天井を突き潰してそこに埋め込んでゆく感じです。薄皮1枚とはいえ,これもオリジナルの部材の一部ですからね。無駄にせず穴の底に押し込んで,そのまま埋め込みます。食害が板裏まで貫通しているような箇所はそれほどありませんが,とにかく多い----すごい数ですね。

 ひたすらほじっては埋めてのくりかえし。50箇所くらいまでは数えてたんですが,整形時に一度埋めた部分の周縁や延長線上につながって見つかるものも多く,途中からもう数えるのもやめちゃいました。
 この楽器は表板が裏板よりも矧ぎ数が多い(表4~6,裏3枚)のですが,板の矧ぎ目はまずぜんぶ食われていると言って良いようです。
 組む前に矧ぎなおした部分は,矧ぎ目に沿って上から下までまんべんなく食べられちゃってたので割れちゃったわけですが,ほかの箇所も板が分離するほどではないにせよ虫害を受けてますね。そのほか周縁の接着部,木口などから侵入した虫が,板の繊維の弱いところに沿って長く食い荒らしてもいます。半月やフレットなどニカワで接着された部品が多かったせいで,中央部分の食害が特に深刻です。

 はいほー,はいほー。ああ,この虫食いが金脈か何かならうれしいのに……小さい虫食いはまだまだ残ってるんですが,馬鹿正直にぜんぶほじくると,ほんと板がバラバラになっちゃいますので,あとでその上になにか貼りつけたりするような所や半月の周辺など,強度的に不安のある箇所を中心に補修を行いました。まあ一度充填すると木粉粘土が固まるまで一晩はかかりますし,ただこればっかりやってたわけでもありませんが,上の連続画像の最後の絵の段階になるまで一週間はかかってますね。

(つづく)


太清堂6らんまる (3)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (3)

STEP3 毎月もう夏休み

 さらに分解作業を続けます。
 糸倉の先っぽの蓮頭はオリジナルの部品ですが,上下逆に付けられちゃってています。そのうえその下の間木も接着が剥がれていて,糸倉左右とちゃんとくっついていない状態ですねえ。

 これを直すのにはまず蓮頭をひっぺがさなきゃならないんですが,ここに大問題。

 ----これ,よりによってウルシでつけられちゃってるんですね。

 前所有者がやったのか昔の古物屋がやったのか……楽器として「使うため」の修理にしては雑なので古物屋のシワザだとは思いたいんですが。蓮頭とかフレットとかお飾りがポロリするのがこの楽器の宿命とはいえ,時折イラッとする余りボンドや強力な接着剤を使っちゃう人もおりますから,前所有者がやったとしても,まあ気持ちは分からぁでもありません。
 ウルシは塗料としてのほうが有名ですが,たぶん日本の伝統的な素材のなかでは「最強」の部類に入る接着剤でもあります。硬化までの時間がやたらと長いのが欠点ですが,いちど固まったウルシは耐水耐熱耐薬品,硬く衝撃にも強く,ちょっとやそっとのことではハガれません。
 現在だとエポキなんかがこれに近いですかね。

 同じようにウルシを使った形跡が,棹や胴のフレット接着痕なんかに見えますが----

----これらのフレット痕はいづれも少しエグレてガタガタになっちゃってます。一度ウルシで固めたフレットを除去した際,下地の材もいっしょにモギとられちゃったんですね。このように,「壊れるべき時に壊れるべきところ」を「壊れないように」してしまった場合,それを元に戻すには「壊れなくてもいいような部分を壊さなければ」ならなくなるのです----分離とか分解ではなく,文字通り「破壊」しなきゃならないんですね。

 ウルシで接着されているこの蓮頭は「剥がす」ことができません。ここは装飾ではありますが,棹をぶつけたりしたときなど,はずれて衝撃を吸収してくれる,という機能もいちおう持ち合わせております。何度も書いている「壊れるべき時に壊れるべきところ」の一つなのです。

 ----というわけでこうだ。

 スプラッタ映画よろしく首をちョん切り,接着面についたウルシを粗いペーパーでこそぎとります。ウルシが滲みこんでるとニカワでの接着ができませんので,塗膜の下も少し削ってしまわなければなりません,がっでむ。
 ウルシまで使ったにしては接着があまりにも雑。
 こちらにとっては幸運なことに,間木がぜんぜんくっついてなかったので,左右のウルシ層を切ったら間木ごとはずれてきました。

 さらに分解し,まだ付着している固まったウルシを刃物やペーパーで丹念に除去します。上に書いたとおり,ここは丁寧にやっとかないと再接着の作業に支障が大です。
 きれいに清掃した糸倉の先は,さっさと再接着してしまいます。ここはそのままにしていると壊れやすいところですので。
 間木がもともと小さめだったようですが,削ったせいもあって少し痩せてしまいましたので,間に薄いスペーサを入れて調整します。色味が違ってますが,ここは後で染め直します。

 ウルシ接着による棹の被害個所をもうひとつ始末しておきましょう。
 指板上のフレットのついてたところがエグレてしまっています。庵主のやったみたいに切り取ればまだ良かったんでしょうが,かなり力まかせにモギとったらしく,かなり深くなってる箇所もありますね。
 唐木の木粉をエポキで練ってパテ埋め。フレット接着痕周囲にはウルシもまだ少し残ってますが,それは整形の時いっしょに削り落とすことにします。
 少し色味が違っちゃいますが,まあこんなものでしょう。

 唐木粉のパテを作ったので,それをついでに山口の上面にも盛っておきます。
 無駄な糸溝がいくつも切られてますので紛らわしい。ぜんぶ埋めてから,後でちゃんと切り直しましょう。
 パテはやや緩め,曲面ですので盛ったままにしてると少し流れて,てっぺんの部分が薄くなったりします。こういう時は盛ってすぐ,クリアフォルダの切れ端などをかぶせて少しおしつけてやると,思ったところに安定したまま硬化してくれますよ。

 次に地の側板の端の欠けを補修します。
 ここについていた補強の小板の接着が自然でしたので,製作後に衝撃か木質による自壊で欠けたのだと思いますが,大事な胴の接合部のところですので,直しておかないとちゃんと組み立てられません。
 まずは斜めになった欠け部分をヤスリで少し整形----なんかモロモロとした感触ですので,すこし腐れも入ってたのかな?
 ここに少し大きめに削った端材を接着します。
 ちょっと精密な細工になりますので,加工しやすいカツラを使っています。

 固まったところで整形。
 太清堂の工作は精密でこの部分などもピッタリ合わさってましたので,オリジナルの木口をなるべく傷つけないよう,補材だけうまく削っていきます。
 ----うん,ピッタリ。

(つづく)


太清堂6らんまる (2)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (2)

STEP2 フロイド式らんまる

 内外の調べがいちおうキリついたところで,修理に入りましょう。
 まずは表板の上のものを取り外します。
 最終的にはほぼ完全に分解しちゃうんですが,時計の修理なんかと同じで,こういうものは一定の手順を踏んでやっていかないと,あとあと不都合が出たりしますからね。

 古道具屋が体裁整えようと,いちおう何かしようとしたみたいですが,全体があまりにもキチャナイので途中で諦めたもよう。(w) 胴上のフレット痕の上に2枚なにやらへっつけてありましたが(1枚は白竹製の月琴のフレット,ただし本来は棹上にあるようなもの。もう一枚は木片をくっつけただけ,どちらももちろんオリジナルではない。)そのていどで,ありがたいことに,今回はボンドが使われてません。

 蘭のニラミ,竹の扇飾り,鳳凰の中央飾り,緑の鶴と雲の裂地のバチ布,みな比較的かんたんにはずれてくれました。
 半月の接着がけっこう頑丈で少してこずりましたが,半日ほど湿らせて浮いたところにクリアフォルダを細長く切ったのを挿しこみ,しごいて挽き切るようにはずします。
 ニラミはクスノキ,半月は三味線の胴などに使われる唐木の紅木(こうき)ですね。

 そういえば40号のニラミもクスノキでしたね。
 内桁と棹茎の延長材,そして胴接合部の補強の小板にはクリが使われてました。棹や胴がカヤだったところも同じです。

 ----楽器職としてはその工作にチグハグなところがあることから,太清堂という作家はもともと楽器屋ではなかった,と庵主は考えています。しかし木の扱い自体は巧く,その木工のワザそれ自体は間違いなくプロのものです。
 「クリ」も「クスノキ」も楽器の材料としてはあまり一般的なものではありません。それの薄く挽いた板が手に入る環境。カヤや薩摩ツゲの使用,あと第4フレットが胴上に位置することから,関東の作家さんではない。桐板も年輪が広いので比較的南のほうのものだと思われます。派手な使い方はしていませんが,カリン・黒檀・紫檀・紅木などの唐木もふつうに使っています。しかし,唐木の扱いはほかに比べるとあまり上手ではありません----こういうところも,太清堂の正体へとつながってゆく一つの鍵かもしませんね。

 つぎに裏板をはがしたあとの接着部分を清掃します。
 筆で湿らせ,接着剤を浮かして,断切りでコシコシ……と,白い粉状の物体がもりもりっとこすり取れてきました。裏板の接着に使われてるこれ。ニカワじゃないですね----お米の接着剤「そくい」です!
 はっ!と気がついて側板や内桁にへっついてる例の謎の薄黄色い丸い物体をつついてみました。カタい…コレ虫の繭じゃなくて,ご飯粒ですわッ!!(^_^;)

 ここまでの観察と作業から,表板上の装飾や,胴接合部の接着は間違いなくニカワなのですが,この楽器では表裏の板の接着だけ「そくい(続飯)」が使われているようです。おそらくこれは,三味線で胴皮の接着に「寒梅粉」という餅米の粉を使うところから発想したものでしょう。
 前も書きましたが,日本の作家さんは月琴の胴を「太鼓」,表裏の板を「三味線の皮」と同じように考えている節があります。唐物月琴や石田義雄の作など,清楽月琴を「分かって作ってる」作家さんの楽器を見てきた結果,実際には月琴の胴は「太鼓」(表裏板だけが鳴る)ではなく「箱」(構造全体で鳴る)だというのが庵主の考えで,三味線の発想からの工作のほとんどはほぼ意味がなく,これがネイティブな楽器でなかったことと,月琴の作家にもともと琴三味線職が多かったことからきた誤解の類でしかないと考えております。
 「そくい」は刀の鞘の合わせに使われるくらいで,その接着力自体はニカワよりも強力です。三味線屋が皮の接着にこれを用いるのは,ニカワと違って接着剤が伸び縮みしないので,皮の収縮に対して固定が保たれるからですね。しかし月琴の面板は桐,皮のように収縮はしませんので,特にここだけをこれで接着しなければならない理由は何もありません。そもそも唐物月琴だって,接着はぜんぶニカワだってばよ。
 さらにこの接着剤自体は,太清堂がご飯をてきとうにこねくって作った速成・自家製のもので,刀装匠の使うものや三味線屋の接着剤とはあきらかに別物です。
 大工さんなんかだとこんなふうに,荒く粒が残るくらいにご飯を練って使うかもしれませんが,楽器などの精密な細工ものに使われる「そくい」はふつう,もっと細かくすりつぶし,布で漉したりして使います。こんなふうにご飯粒が原形をとどめて残ってることはまずありません-----つまり太清堂は「こういうところに米の接着剤を使う」という知識はあっても,「それがどういうものか」という実態を知らなかった可能性があります。
 これゆえ,三味線と同様の工作ではありますが,「三味線屋ではなかろう」と考えられるわけです。いや,そもそも胴内にご飯粒垂れてる時点で,いくらなんでも工作雑すぎですしね(w)

 このご飯粒……どこぞで分析してもらったら,なんか面白いこと分かるかもな~と思いますので,こそいでとっておきます。ゴミとはいえ「百年以上前のご飯粒」ですからね。前回59号ぴょんきちの「百年前のカエルの皮(ニホンヒキガエル)」に引き続き,楽器とは関係ありませんがある意味レアな研究材料。

 興味おありのお方は,提供しますのでご連絡を。


 さて作業に戻りましょう。
 オモテについてた物体をはずし,裏がわもキレイになったところで表板をハガし,同じように清掃。
 こちらも周縁部の虫害,ヒドいですね。
 裏板同様,天地の板の接着部分はかなりボロボロです。

 ちなみに,板のあちこちで垂直方向に入っている深い溝は桐板の製材の時に埋め込んだ竹釘の痕で,虫食いとか板の損傷ではありません。裏板にはほとんどついてなかったんですけどね~,なぜか音直結の表板のほうが下手すると質が下というフシギ。(w)たぶん板の木目の様子でキレイなほうをオモテにしたんでしょうねえ。
 板にもともとついていたもので,べつだん損傷の類ではないのですが,もちろん板の強度上の問題にはなるので,ここはあとでちゃんと埋めておきます。

 楽器オモテから見て中央右がわに板割れがあります。これ虫食いによるもので,矧ぎ目に沿って上から下まで完全に食われちゃってて,板が乾いてから持ち上げたら,カンタンに割れちゃいました。
 同じく中央部の左がわにもちょっと割れてるとこがありましたが,こちらは接着がトンだだけ,虫食いによるものではありませんでした。

 側板も接合部の接着がトンでましたので,表裏の板を剥いだら自然に分解されました。接合部に補強の小板が噛ませてありますので,ふつうならこんなに簡単にはいかないんですが,保存の悪さによる部材の歪みもあり,またもともとの工作が雑で四角い板をただ渡してあっただけなので,くっついてたところもちょっとねじっただけでとれちゃいます。

 分解した部材はひとつひとつ,接着面をきれいに清掃した後,向きや順番などが分かるように簡単な印を書き入れてから,乾かしておきます。
 棹は別として,桐板2枚,側板4枚,内桁1枚,糸巻4本,半月・山口各1コ,フレット8枚,装飾類少々----もし棹まで完全に分解したとしても,ぜんぶで30あるかどうか…いつもながら,月琴てのはこうして分解して積み重ねると,ほぼすべての部品が直径30センチくらいの面板の上に乗っちゃう。
 この手の弦楽器としては,たぶん極端に部品数が少ないほうですからね----なんか面白い。

(つづく)


太清堂6らんまる (1)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (1)

STEP1 五月怪談

 これはまあ,ずいぶん最近のことになるんですがネ。
 うちにその,荷物が届いたんですよ----荷物が。
 もしかしたらアレかな,アレかな~って思って箱をあけたら……入ってたんですヨ,月琴が。
 ヤバい,こいつマジなヤツだ!って思いましたね,一目見て。
 まさか例のヤツじゃないよね例のヤツじゃないよね
 ----って思いながら,楽器をひっくりかえしてみたら, そこにッ!!

 一家に一面太清堂。(w)
 ども,斗酒庵主人です。

 年のはじめの58号修理で,月琴のお尻の腺を刺激して盛大に「月琴汁」を吹きださせてしまったせいか,あるいは捌くとき内桁のちょっと上のほうにある「月琴袋」を知らないうちに破ってしまっていたのか。

 ニオイにつられ集まってきた太清堂の月琴にたかられております。(w)

 現在,工房には糸巻折れで帰ってきた32号をふくめ,4面の太清堂製月琴が鎮座ましましておられます。前々回にも書きましたが日本の清楽月琴てのは,百年以上前に流行った今はどちらかといえばかなりレアな楽器ですよ----たとえばそこのアナタ,清楽月琴の実物,リアルで何回見たことあります?
 ましてやほぼ同じ時期に,強いて集めてるわけでもないのに,同じ作家の楽器が4面もつぎつぎと集まってくるというのは,もう偶然とおりこして怪奇現象でしかありませんてばよ。(w)

 さて,今回の依頼修理の楽器。
 装飾のない蓮頭,六角無溝の糸巻,唐物に近い形の棹と糸倉。ラベルも残片しかありませんので,まあ決定打的証拠はありませんが庵主には分かります。間違いなく「太清堂」の楽器ですね。
 全体の印象として,ぽんぽこの時のような違和感は感じないので 「いつもの(w)太清堂」 だと思われます。板ひっぺがせば,見慣れた太清堂の構造が出て来るでしょう。

 まず目立つのはこのニラミ(胴左右の装飾)。片方は欠損してますが……

 えっ!?
 太清堂のお飾りが…「比較的マトモ」…だとッ!?
 し……信じられん!
 コレてんぺんちいの前触れとかじゃないでしょうね。
 gkbr

 ----図柄は 「蘭」 ですね。
 月琴の飾りとしてはかなりモダンなデザインですが,前のコウモリ(ぬるっとコウモリ-32号参照)やキクモドキ(40号クギ子さん参照)に比べると,今回のはびみょーでもなんでもなく,何を表したものだかちゃんと分かるような彫り(w)となっています。
 扇飾りは「竹」ですね。(こちらの彫りはかなりギリギリかな)
 うっすらとではありますが,柱間に小飾りの痕跡も残っているので,組み合わせて「四君子(梅・竹・蘭・松)」になってたのかもしれません。

 ちなみに,本来「四君子」の「蘭」はオーキッドの類ではなく「蘭草」,オミナエシの類なのですが,南画でも中国の吉祥図でも,こっちのお花の「蘭」にしている例がふつうにあるので,これでもまあ問題はありますまい。

 ちょっと見ただけで,虫食いネズ食い板割れと,ナゾのぶッかけ汚れにエグレにハガレ。
 楽器を振ったら茶色い粉がどこからかパラパラとこぼれてくる----と,内外かなりヒドくキチャナイい状態のようではありますが,糸巻は4本そろってるし,糸倉や胴体に致命的損傷はなし。

 新品同様おキレイに,とまではいかないものの,ふつうに弾けるとこまでもってゆけるとは思いますが…さて。

 まずは調査・計測。

 全長:650
 胴縦:355,横:354,厚:38(板5)
 有効弦長:422

 胴径が5ミリほど大きく,持ち重りもするので,クギ子さんやこないだのぽんぽこ同様,量産器である32号や58号以前の,太清堂の比較的初期の楽器の一つなのじゃないかと思われます。

 棹基部の左右に段差がなく,指板と棹茎の幅が同じになってるところは唐物月琴と同じで,古い倣製月琴の名残です。
 その基部のところに何やら和紙が巻いてありますね。このタイプの楽器は棹孔の加工が鷹揚で棹のガタつきがあるのがふつう(基本的には糸を張ると定位置にもどる),それを嫌ってガッチリ固定しようとしたんでしょうか。ボロボロになってるのは使用によるものではなく(ふだん棹なんか抜きませんものね),紙をニカワで貼りつけたせいで,虫にやられたもののようです。これはおそらく原作者じゃなくて後補。


 内桁に棹茎のウケ以外の穴があいてないタイプなので,棹孔からの観察では,内部構造がほとんど分かりません。
 外からの観察で分かる限りの損傷を書き留めたら,裏板をハガして内部の確認に移ります。

 あそーれ,ペリペリペリ!
 かなりカンタンにキレイにハガれました。

 胴材はおそらくカヤ。関東の楽器ではあまり見ませんが,名古屋の鶴寿堂など関西では比較的上物の楽器によく使われています。やや厚めで最大15~6ミリほど。前にも書いたようにこの胴材をちょっと薄くするとけっこうなコストダウンが図れますので,ここが厚く取ってあるのはこの楽器を作り始めたころのものか,あるいはコスト度外視の一品ものです。全体の作りにさほどのスペシャル感はありませんし,32号や58号がもっと薄かったことから考えると,やっぱり前者でしょうね。
 唐物と同じ一枚桁,響き線は長い直線が1本と,バネ構造のが一組,四方の接合部に補強の小板を噛ました「いつもの」標準的な太清堂の内部構造です。

 天地の板裏や内桁の表面あちこちに,なにやら薄黄色の丸い物体が付着してますね----何でしょう,虫の繭かな?

 この大きな溝状のエグレは,楽器表がわから見て左肩のところにあった損傷の続きですね。虫食いにしては大きすぎますし木粉の付着もないので,節か何かが脱落した痕なんじゃないかなあ。あいた穴のところに何か小板を突っ込んでごまかしてたみたいですね。

 響き線表面が黒いのはヨゴレではなく,焼き入れしたときの焦げですね。太清堂の響き線は真鍮なんで,ほんらいは黄金色をしています。
 真鍮は鋼線よりはよほど低温で溶けてしまいますので,焼き入れはかえって難しい。ほかの楽器だともっとほんの先端部分だけにうっすら焼きが入れてある程度でしたが,この楽器のは派手ですね(w)多少ヤニっぽい感じもするので,ロウソクか行灯の火あたりで,じっくり炙ったんじゃないかな。
 変色はしてますが線自体の健康状態は良く,取付にも問題はありません----うむこれはまずまず僥倖。なんと言っても,月琴の音の命ですからねここは。

 表裏板ともに,天地周縁部の損傷がけっこうヒドい。

 カヤは虫に食われにくいので,胴材のほうの虫損はそれほどではありませんが,板のほうはかなりボロボロになっています。

 あと胴四方の接合部,4箇所のうち3箇所が接着トンでいます。天地の板には多少の狂いも出ているらしく,接合部が少し食い違ってる箇所もあります。太清堂の楽器はこの部分の工作が良く補強の小板も噛ませてあるので,よほどの環境でないとここまでは割れませんね。
 あと裏がわから見て左下の接合部,地の板の端が欠けてしまっています。衝撃によるものか木の質から割れたものか,欠片がないので前後は分かりません。よく見ると表がわにもうっすらヒビが入ってるみたいです----ここは要修理っと。

 さて,オモテウラからの観察は終了。
 形状的な記録は採りましたし,後は直して音階と音を調べるだけです。
 ここまで分かった各部の細かい数値などは,フィールドノートをご覧ください。(画像クリックで別窓拡大)


(つづく)


月琴59号 ぴょんきち(4)

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どっこい生きてる 斗酒庵 の巻2018.3~ 月琴59号 山形屋ぴょんきち(終)

STEP4 あの顔色から考えて,五郎は病院に行ったほうがよいと思う。

 あれは 20号の時だったか29号の時だったか。
 半月をはずしたら,陰月(半月のポケットの中,表板にある小孔,空気孔,一説にサウンドホール(w))が2つあいていて。なんでかなーと思ってましたが,あとで内部構造見たら,最初の孔が下桁の真上になっちゃったのであけなおしたものでしたねえ。
 腕が良く技が切れる職人さんほど,こういうミスを意外としがちです。
 今回の陰月は下桁のかなりギリなれど,ちゃんと内がわには通ってましたが,孔のあけかたが雑すぎて,ささくれでふさがっちゃってます。キリでキレイにあけなおしておきましたが,もしかすると,ここがふさがってたおかげで外気が入らず,響き線とかも無事だったのかな?

 さて,こうした細かいところも忘れず手直ししておいて,裏板の接着へと進みます。
 いつもですとここらで棹のフィッティング,角度の調整という,時間のかかるいちばんタイヘンな工程がはさまるとこなんですが,そこは山形屋。事前の調査で,この楽器の棹の取付けはこの楽器のほぼ理想値となっていることが分かっています。
 まあそれでも,ここまでの作業でそれに変化が出ちゃってないか,裏板再接着の作業に入る前にいちおう確認したところで,いざ。


 裏板は中央少し右がわに入っていたヒビのところから2分割。剥離するときに,左がわの板の端が少し欠けちゃいましたので,小板の矧ぎ目から切り取って新しい板に替えました。
 少しだけ間をあけて接着。
 一晩置いたら,スペーサを入れて。
 再接着後の板は左右がわずかにハミ出てますので,周縁を整形。側板にはマスキングテープを巻いて保護しておきます。同時進行のぽんぽこと違い,山形屋の側面は気持ちいいほどスッキリ平ら,シャープな印象ですんで,板の端を丸めてしまわないよう注意しながらの作業です。

 表板の虫食いは,清掃の時にほじくって木粉粘土を埋め込み,緩めたエポキを吸わせて樹脂化してあります。

 後で水のかからないところなら,桐板を埋め込む方式でも木粉粘土だけでも良いんですが,ニラミや半月の下は接着の時に濡らさなきゃなりませんので,エポキで強化しとかなきゃダメですね。
 木粉粘土で補修した部分は乾いちゃうと分かりにくくなるので,テープを貼って目印にします。エポキはエタノで緩め,補彩の時と同じ要領でちまちま細筆で塗って,補修部にじっくり吸い込ませます。庵主がいつも補彩などで使っている筆は,画材屋で買ったそこそこイイものですが,これはさすがに¥100均で買った筆を1箇所で1本使い潰すつもりでやってます。

 エポキが固まってから最後に完全に均すんで,最初の段階での木粉粘土の整形は皮一枚凸ってるといったぐあい。またエポキがじゅうぶん滲みると,余ったエポキがエタノといっしょに補修部の輪郭に浮いてきます。これをそのままにしておくと,エポキが周辺の余計なところにまで滲みて厄介ですので,固まる前にエタノールをしませた布で丁寧に拭き除いておきましょう。

 バチ皮痕の補修部がけっこう目立ってますが,ここはあとで隠れるところなんで,そう気にしなくてだいじょうぶ。
 半月の下など同様に隠れるところはそのままでいいんですが,ニラミの上など見えるところは,最後に板の凹凸に合わせてペーパーを貼った木片などで軽く削れば,ほとんど目立たなくなります。


 表板の補修も終わったところで。
 さてさて,裏板をキレイにしましょ。
 重曹をぬるま湯に溶かして,Shinexでコシコシコシ。洗い液はたちまち真っ黒。 裏板をキレイにする一方で,無限に湧き出てくる黒い汁を表板の補修部になすりつけて補彩とします。表裏の色合いが同じくらいになったところで終了。もともと古いものですし,ちゃんと使い込まれてもいますので,神経質に真っ白にまで戻す必要はありません。

 作業後に出た汁があんまりにも見事に真っ黒なものですので,この月琴汁は表板の時に出た汁と合わせて煮込み,スタッフが美味しく……いえいえ,補彩用の染液としました----「端材捨てられない症候群」がこじれて,とうとう汁まで捨てられなくなりましたよ(w)

 この裏板の中央上のところには,もともと四隅を切ったカタチの四角い紙が貼られていたんですが,全面真っ茶色なだけで文字も何も読み取れなかったため,庵主,前所有者の名札か何か,後で貼られたものだろうと思ってました。
 まあオリジナルのものじゃなさそうなんで,ついでにハガしちゃおうと,これの上からかまわずコシコシやったんですが----

 薄皮のように表面を覆っていた真っ茶色い汁の下から,オリジナルのラベルが出てきました。
 穴も開いてますし上下も少し散切れて完全なカタチではありませんが,間違いなく山形屋雄蔵のラベルですね。(画像クリックでラベル部分の拡大。左のほうに「山形屋雄蔵」の1行が確認できます。)
 表裏板の染めに使われるヤシャブシは砥粉を混ぜて塗られることが多いのですが,その砥粉のせいで染液が顔料みたいになって紙の表面を覆ってたみたいですね。
 最初のほうで書いたように,山形屋の楽器は元来かなり色白で,表裏板の染めは砥粉の少ない薄いヤシャ液をさっと塗った程度。この楽器がこれほど真っ黒になっていたのは,何者かが何らかの目的で,染め直したものと思われるわけですが。このラベルの状態から考えても,それは砥粉も多めのかなり特濃な染め液だったのでしょう。
 清掃した限りにおいては,特に目立つ変色部分や水濡れの痕のようなものも見つかりませんので,おそらくは演奏者ではなく,古物屋が古色づけとして施したようなものだったのではないでしょうか。

 表裏板の清掃が終わったところで,側板のマスキングをはがし,今度は板の木口をマスキングして,胴側の染め直しです。
 分かりやすくスオウの赤染めですんで,温めたスオウ液を数回塗布,ミョウバンで発色。亜麻仁油を布につけてさっと染ませ,数日してから柿渋を塗ってゆきます。先に柿渋を塗ると,どういう化学反応なのかスオウが褪せてしまうので,ここは油が先ですね。

 棹や指板も同様に染め直し。指板はさらにオハグロで黒染め。半月や蓮頭も染め直ししておきます。
 亜麻仁油の乾燥に最低でも2日はかかりますから,ここはけっこう間が空きます----このあいだに半月の位置決めをしたり小物を作ったりしといちゃいましょう。

 今回はお飾りがぜんぶ無事で足すものもありません。
 作るのは糸巻が1本のほか,山口とフレットのみ。
 糸巻の材料はいつものように¥100均のめん棒……ああ,もう何本削ったっけね(w)山形屋の糸巻は六角一溝と国産月琴でいちばん多いタイプですが,握りの尻のところが若干太く,石田不識の糸巻同様,ほかの作家のものと見分けのつくスタイルになっています。

 ¥100均のめん棒にはφ28のとφ30のがあるんですが,今回はもちろん太いほうを使います。四角錘から六角形,糸倉に合わせながら先を調整してゆきます。楽器元々の癖からか前使用者の癖からか,この一番下の軸孔だけ軸先がわの孔が少し広がっちゃってますので,補作の1本はここに合わせ,ここ専用にしちゃいましょう。この楽器がけっこう使い込まれていたことは,このあたりからも分かりますね。
 微妙な違いではあるんですが,ラッパ状に立ち上がる側面のカーブとかを山形屋のオリジナルに似せるのがけっこう辛悩。オリジナルを横において,見比べながらの削りです。

 山口は57号とかでも使った流水ツゲ,フレットは表面を白くした漂白ツゲを使います。

 染め直して色をそろえたお飾り類を取付け,
 WS前日,2018年4月27日。
 薬研堀・山形屋雄蔵作,月琴59号ぴょんきち,
 修理完了です!!

 作業名の由来となったこの皮ですが,破れがひどいのでさすがに戻せません。バチ布ははじめ少しいわくにつながりそうな「荒磯」で作ってみたんですが,左右目摂扇飾り中央飾りと,中心線上に黒が集まっちゃうのでイマイチ。とりあえず工房定番のエンジの梅唐草を貼っときますが,カエル柄の布でもあったら貼り換えてやってください。(w)

 フレットの丈は低く操作性はまずまずなものの,座奏だと器体が軽いので膝の上での安定はやや悪いですね。抱えて立奏した場合は問題ありません。むしろそッち向きかなあ。
 オリジナルの位置でフレットを配置した時の音階は----

開放
4C4Eb-484E-124F+384G+74A+125C5D-435F+24
4G4A+484B-255C+215D-35E+45G-85G#+486C+8

 かなり滅茶苦茶(w)特に第2音が半音近く高いあたりどうなんだという感じですが,4・6・8フレットはいちおう合ってるみたいだし(4フレットは高低間5度の基準6フレットは開放の1オクターブ上,8は最低音の2オクターブ上),ほかの山形屋の楽器との比較,また指板上の痕跡などから見て何度もフレットを付け直しているようなので,これが製造当初の音階だったわけではなさそうです。

 音は山形屋らしい澄んだ音,ガラスの風鈴のような凛とした響きです。響き線の構造からやや線鳴りが起こりやすいのものの,これまで手掛けた山形屋の楽器のなかではいちばんおとなしいほうだと思います。
 美しい,じつに美しい音の楽器なのですが,音の輪郭がくっきりはっきりしているため,チューニングにかなりの厳しさがあります。少しの音ズレや運指のためらい指すべり指,ピッキングのミス----そんなちょっとしたところまで,はっきり聞きとれちゃいますからね。道具としては正確無比なわけですが,演奏者にはあまり優しくない楽器(^_^;)>と言えましょう。

 性格のキツい成績優秀な優等生タイプ----といったところでしょうか。でも,こういうのこそ デレるときが素晴らしく可愛らしい。 クーデレ,ツンデレ好きにおすすめの一品ですね。(www)

 銘は「ぴょんきち」改め「春蛙(しゅんあ)」。
 春先のカエルみたいに,にぎやかに声を響かせてほしいものです。

(おわり)


太清堂5ぽんぽこ (5)

太清堂5
斗酒庵 月琴の喚ぶ声を聞く の巻2018.3~ 太清堂5ぽんぽこ (終)

STEP5 無人の斗酒庵で発見された酒器

 裏板は3分割して,中央を先に取付けます。
 何度も書いてますが,この楽器には縦方向への支えとなる構造がなく,あえて言うならこの表裏板の中央部分がそれにあたるもの,楽器の背骨となっているわけです。
 また前回書いたとおり下桁(?)を補強するさい,裏板が中央部分で左右周縁より1ミリほど高く盛上がるように改造してありますので,内桁をより確実に板に接着するためにも,この方法がもっとも妥当かと。

 分離した右がわの部分は,もともとここに入っていたヒビ割レから割りました。表板には下桁(?)が渡っていましたが,裏板には楽器下部に板をおさえるものがなにもなかったため,胴材の収縮変形に耐えられず矧ぎ目から裂けたものと思われます。割レは下端がわが広く開き,上桁のところで止まっていました。今度は裏板にも同じようなバーがついてますので,そうは割れますまい。
 作業中にオリジナル・ラベルを傷つけないように,クリアフォルダの切れ端をテープでとめて保護しています。

 一晩おいて,接着具合を確認したら整形。
 板周縁のハミ出しの整形といっしょに,古物屋が変に削ってしまったらしい胴側表面の凸凹も均してしまいます。
 この楽器は胴側が厚いので,ちょっと削り直すくらいなら何の影響もありません。
 ふうわりとした微妙な曲面の胴側----キレイです。

 だいたいの整形が終わったところで表裏板を清掃。
 板自体のヨゴレはさほどでもなかったので,これは一度で済みました。
 ヨゴレが薄かったのは有難かったのですが,裏板の補修部分などを誤魔化せるほど濃い月琴汁が出なかったため,補彩には同時修理の59号から出た特濃月琴汁(w)を使いました。やっぱりこういうのは同じ楽器から出たものが良くって,びみょーに染め色が違っちゃうんですよね~。

 そして板の木口をマスキングして胴側の磨きと染め直し。削り直す前部分的に残っていた痕跡と板清掃の重曹水に反応したところから,もともとスオウで染められていたのは間違いないんですが,黒染だったのか赤染めだったのかは色が薄くなっちゃってて,イマイチはっきりしませんでした。

 棹もあまり濃い色じゃなかったようですし,とりあえずスオウの生がけ,媒染ナシ。ナチュラル・ウッドっぽい赤茶色にしときます。(ちなみに材はホオなので,本来の木地の色は灰緑)
 染めては磨きで数日間。軽く油を染ませ,柿渋を重ね,さらに磨いてできあがり!
 蓮頭と棹と半月も,同じ方法で染め直し,磨いておきます。

 彫りの手から考えて,この楽器の蓮頭と半月の線刻は,太清堂ではなく前所有者の作のようであり,胴左右についていたニラミも同様に,工作の違いや現在ついているものとは異なる形の日焼け痕がその下に見えることからオリジルナルではない後補の部品と考えられます。
 蓮頭と半月のほうに関してはまあいいんですが,このニラミのほうはそちらに比べるとどう見ても出来がイマイチ。帯が卍型に交差している,いわゆる 「万帯(=万代)」 の意匠なんでしょうが,クローバーなんだか平行植物なんだかよく分からないものになっちゃってます。
 せっかくの機会ですから,胴上のお飾り類は新しく作ってあげることにしました。オーナーさんにお伺いをたてたところ 「牡丹か菊がいい。」 ----とのことでしたので。

 斗酒庵,ふたたび牡丹に挑みます。


 はぁ,ひぃ…さ,さすが「花王」。片方2日,足かけ4日かかりましたわい。花が重なってるとことかやっぱり難しい。
 前にも書きましたが,この手の彫刻というものには「格」がありまして。龍虎とか唐獅子牡丹ってのは,けっこう上級者コース,庵主のような三下が,ほんらいオイソレと彫って良いシロモノではありません。現に庵主,いままで彫った「牡丹」は,どれも「キャベツ」の域を脱しませなんだものねえ....orz 意をふるって挑んだ今回ようやく,キャベツから「レタス」くらいには進化したかと(www)

 中央飾りはちょうちょが2匹,これで「富貴畳来」の吉祥図と仕上がります。(牡丹の別名が芙蓉,「芙」が「富」に通じる,蝶と「畳(かさなる)」が同音なところから,牡丹に蝶が近づく絵柄がそういう意味になります)
 そして扇飾りは太清堂のマスコット・キャラ(?)「ぬるりんちゃん」(名前はいまつけたww)を……この飾り,後の太清堂の楽器に良くついている謎デザインで,おそらくは含珠の龍のつもりではないかと思われます。この,ナメクジだかヒルだか分からない,あまりといえばあまりの単純化に,58号の時「せめて "龍" と分かるように」と思い彫線を2~3足してやったら,今度はウナギにしか見えなくなりたいへんカナしい思いをしましたので,今回はオリジナルのデザインにもどしました。
 こんなのですが,裏のラベルとともに 「太清堂の楽器」 であることを示す重要な目印の一つですんで----しかしながら。所詮キャベツ牡丹のレベルではあるものの。庵主,こういうお飾りの彫りの手だけは,太清堂より(わずかに)上と自負しております。その庵主がオノレを曲げて,へたっぴ太清堂に合わせる!----ああ,なんたる恥辱屈辱ぐぎぎぎぎ,と歯噛みしながら彫りあげました。

 山口はカリンで補作。
 棹が傾いているのと,指板が厚めなため丈が15ミリもあります----月琴にしては巨大。
 フレットもカリンで揃えました。赤フレット,ひさしぶりですね。
 この類の唐木は削って磨けばツルッツルになるんで,仕上げの手間は少ないんですが,そのままだとテラテラで悪目立ちするので,スオウや修理の時出た月琴汁などで染めて古色をつけます。

 仕上がった部品を取付け,
 WSわずか数日前の4月24日。
 太清堂ぽんぽこ,修理完了!


 いつものとまるで違った太清堂----
 もう何面も修理してますからね,「いつもの太清堂」なら,どんなんなってても「音だけは間違いなく良い(w)」と言えるのですが,今回の場合は直ってみないと分からない。内部構造上の不備はなンぼか改善したし,接合部の補強などほかにもいろいろと手はかけたつもりですが,その効果のほどは分からないですしね。で,その結果は----

 うん,悪くない音です。

 柔らかく,優しく,温かい。響き線がむやみに(w)ぶッ太いので,余韻に少し深みが足らずサスティンはやや浅め短めですが,胴内の空間がめいっぱい広いので,音自体の奥行きがけっこうあります。音量もほどほど出るので,この楽器の音としてはじゅうぶんに好評価できるものに仕上がっておりましょう。やはり太清堂,木の仕事自体が確かなので,多少発想で自爆してても,ちょっと手を加えれば良いものになるのですね。

 フレットの取付け位置に,目印のため引かれたと思われるケガキ線が複数あるうえ,それらとは関係のない位置に接着痕があったりもしているので,この楽器の「オリジナルの音階」というものをどの位置でどう採ればいいのか,音楽・楽器が専門でない庵主には多少不明な点もあるのですが,複数録ったデータの中からもっとも妥当な数値を選んで表にすると----

開放
4C4D-24E-214F-154G-54A-12
(接着痕)
5C-105D-105F-5
(接着痕)
4G4A-114B-265C-225D-9
(接着痕)
5E-21
(接着痕)
5G-145A-186C-12
(接着痕)


 ----といった具合になります。第3音が20%ほど低く,清楽のほぼ典型的なスケールになってますね。元データで比較すると,胴上のフレットで特に数値の差が大きく,ケガキ線の位置だとフレットをその上に置いても下につけても,標準的な数値より半音以上異なる音になってしまうところもありました。いろいろ試してみた中では,最初の所有者が付け直したとおぼしき 「接着痕」 の位置が,もっともマトモな音階に近くなったりするところもあることから,この楽器を製作した時点での太清堂は,清楽の音階についての知識,もしくは明笛や調子笛のような音階の参考となる他の楽器を持っていなかった可能性があります。
 このあたりからしても,やはりこれは初期の実験作的楽器のひとつだった考えたほうが良いようですね。


 あと----これは「楽器の評価」の中に入れて良いのか迷うところですが。

 この楽器「抱き心地」がとてもよろしい。

 胴材が厚いぶん,このクラスの月琴としては重たいほうなのですが,楽器を立てた状態で床の上に置いて自立するぐらいバランスがよく(あの内部構造なのに!),側板がわずかに曲面になっているのも膝にしっくりときますし。そうした楽器自体のモノとしての感触が,温みのある音色と相まって,弾いてると膝の上にいつまでものっけていたい気分になります。
 音の印象も合わせて喩えるなら。中身のぎゅっとつまったヌイグルミのクマさん……シュタイフのテディ・ベア的な抱き心地の月琴,とでも申しましょうか。(w)

 何度も書いてるとおり,太清堂はデザイン・センスの全般と楽器職としての常識の一部に穴があいてますが,その木の仕事は確かですし,作る楽器は音が良い。
 修理に入る前のボンドはがしで一週間も食ってしまったため,後半かなり作業が詰まってタイヘンだったのですが,今回の修理----庵主の知らない太清堂の楽器を,太清堂の楽器を知っている庵主が,太清堂の代わりに修正したというとこになるのかもしれません。そっちィ逝ったら酒ぐらいじゃカンベンしないからカクゴしておけ。

 さて----

 この修理完了の時点で,庵主の手元にはぽんぽこと58号,2面の太清堂製月琴があったわけですが,このあと糸巻折れで32号(太清堂)が帰還。さらにもう一面,WSの日になって届いた楽器も,なんと太清堂。
 まさに----

 たいしんどう は さらに なかま を よんだ。

 この修理の第1回で「楽器は楽器を呼ぶ」なんてハナシをしましたが,集めたわけでもないのに同じ作家の楽器が次々と……一時,このせまい四畳半一間に太清堂の月琴が4面も集まるという異常事態となりました。(百年前の,どっちかと言えばレアな楽器ですよ----ふつうあり得ません!)27号の時と同じ,タタリのレベルの偶然ですね,こりゃ(w)

……ああ,わたしは知らない間に邪神(たいしんどお)の封印を解いてしまったのか。
 おお,遠くから雷鳴に似た音が近づいてくる。
 いや待て,あれは響き線の鳴る音だ!
 ドアが音をたてている。
 おびただしい数の月琴が,つるつるした丸い胴体や蓮頭を,カチカチとぶつけているかのような音を。
 だがドアを破ったところで庵主を見つけられはしまい----いや……そんな!あの糸巻は何だ!

 窓が…窓にッ!……


(おはり)


月琴WS@亀戸 2018年5月場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2018.5.19 月琴WS@亀戸 皐月の琴は鯉の胆 の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 5月場所 のお知らせ-*


 2018年,5月清楽月琴ワークショップは,19日,土曜日の開催予定!
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,ニョロニョロ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲なんとか弾けるようになっていってください!
 三味線,琵琶,中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 57号「時不知」58号「太清堂」,59号「春蛙」,お嫁入り先募集中です。興味のある方は試奏もかねてどうぞ~!

 ほか,庵主所有で弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 夏も近づく卯の花のくたして散るは川風に舞って混じるは琴の音。すこし冷たき月琴の,音色で涼んでくださいな。


月琴59号 ぴょんきち(3)

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どっこい生きてる 斗酒庵 の巻2018.3~ 月琴59号 山形屋ぴょんきち(3)

STEP3 ガールフレンドがいたよね,カエルの。

 さて,自出し月琴59号・山形屋ぴょんきち。
 修理に入ります。

 世界の中心が愛を歌うように,修理も中心からはじめましょう。
 雄蔵様の野郎殿がエラいもんブチこんでくださりやがったため,まずはなにより内桁の補修から。
 前回も書きましたように,単純な構造である月琴にとって胴体の構造を支えるこの内桁は,楽器の背骨でもあり腰骨でもある重要箇所。これをしっかり直しておかないと,他の作業になんて移れません。
 いっそ新しいちゃんとした材で作り直そうかとも思ったんですが,いちおうこれでもオリジナルの部材。割レ欠ケに節抜ケ,けっこう複雑な感じですが,手順さえ踏めばきちんと直りそう。とりあえずはやってみるといたしましょう。

 まず,木目方向の割レをエポキで継ぎます。

 ここは本来壊れてちゃいけないパーツなので,頑丈なバケガク系接着剤の使用も可とします。
 針葉樹は材に油分を含んでますので,あらかじめ割レ目全体にエタノをふりかけてしばらくおき,そこに同じくエタノで少し緩めたエポキを流し込みます。
 元通りに合わせたところで,くっつかないようにラップ,ズレないように輪ゴムとかクランプをかけ,これで一晩固定。 
 割レ目がくっついたところで,つぎに表板にへっついていたがわの欠ケをなんとかします。

 用意するのは-----

 ひのきのぼう
 こうげきりょく:2 ねだん:15

 ななめに欠けた部分を整形して平らにし,うまく合わさったところでテープや輪ゴムで固定します。ここもまた接着はエポキ。

 またまた一晩圧着。くっついたヒノキの棒の余分を取り去ったら,最後に節穴を埋めます。

 エポキと木粉,骨材はもちろん,欠ケの補修で出た同材のヒノキの粉を使っております。

 これだけの部品ですが,足かけ三日かかりました。
 作業前は節穴のあったあたりから割れてグラグラ,潰れてグシャっとなってましたが,こんどはビクともしません。

 内桁の修理が終わるまでの間に,胴本体のほうもできることはやっておきましょう。
 ひとつめは響き線の手入れ。
 前回も書いたように,外が真っ黒だったわりに内部はキレイで,響き線もたいしたサビは浮いてませんでしたが,ちゃんと磨いて,柿渋とラックニスで防錆処理をしておきます。

 ふたつめは接合部の矯正です。
 2か所ばかり部材の変形からくる食い違いが出ています。
 はみ出てるほうの板端にお湯を刷き,さらにヒドい箇所には濡らした脱脂綿とラップをあて,太輪ゴムを渡してそのかけ位置をズラしながら,接合部の両端がピッタリ合うように調整してゆきます。ゴムだけでうまくいかない時は,さらに当て木とかクランプも使うんですが,今回はそこまでではなかったようです。

 側板の矯正と並行して,表板の剥離個所の再接着も行います。事前調査時には右下の一箇所だけだったんですが,接合部の矯正でゴムかけたら,その圧力で天の側板にもハガレが出ちゃいました。(^_^;)
 とはいえどちらも軽傷。
 出来たスキマにお湯とニカワを流し込んで,クランプかけて部分接着。このへんは山形屋,もとの工作が確かなので助かります。

 矯正が終わったところで,三つの接合部にニカワを流し込み,再接着。
 ニカワがじゅうぶん行き渡ったところで,周縁にゴムをかけまわし,接合部を密着。高度な加工技術を持った山形屋,側板の厚みは最大で8ミリ,接合部となる端のほうは5ミリあるかないかというところ。材が薄いので矯正も効きますが,接着面がせまいので接着はたいへん。いちど矯正した部材を,ピッタリ合うようにさらに指先で微妙に調整しながらの精密作業です。

 また一晩おいて,接着に問題がないと確認したら,いつもの補強。
 接合部の裏がわに,薄い和紙を重ね貼りします。
 緩く溶いたニカワを染ませ,硬めの筆で叩くように,目を交差させながら3重ねさせます。
 空気とか入っちゃうとそこからハガれたりしますので,けっこう慎重に。
 紙ってのはもとは木ですからね,薄くても木の板貼りつけてるのと同じですし。ニカワを染ませるてことは,木と皮の複合素材にするみたいなもの,かなり丈夫です。乾いたら補強・保護&防虫に柿渋を2度ほど塗り,表面にラックニスを刷いて完了。

 胴四方の接合部もカッチリと固まり,立派な「桶」の状態になったところで問題の内桁を戻します。
 接着部を筆でじゅうぶんに濡らし少し柔らかくしたところで,ニカワを塗った内桁をハメこみ,重しをかけます。この内桁,音孔のあたりが薄々なので,当て木を工夫して,なるべく桁全体が密着するように調整してます。

 20号とかでもやったんですが,下桁の左右端に端材を削ったスペーサを挿入して,下桁と側板とのスキマを埋めました。

 唐物月琴がそうであるように,この楽器は内桁が中央一枚だけでも本来構造的な不利はなく,国産月琴の下桁は「見た目的により安定したカタチ」にするため入れられるようになったもので,当初はあってもなくても構わない,盲腸的な部品だったと庵主は考えております。ここの取付けが不安定なカタチになっている例はほかでも見られるので,この楽器の作家の間では,あるていど広く伝えられていた工作だったのでしょうが,この工作自体に確たる意味や効果はなく,おそらくは唐物楽器から国産月琴が出来てゆく過程で生みだされた迷走的工夫の一つだったのだと思いますね。
 現に,渓派の月琴の系を正しく引く石田義雄などは上桁も下桁も完全なハメ殺しにしちゃってます。また,この楽器は胴体がしっかりした箱になってるもののほうがより良く鳴るというのも,いつも言っている通り----ここはもうガッチリへっつけちまいましょーぜー。

 さて,接合部の補強もバッチリ,内桁もガッチリ噛み合いました。
 いよいよ裏板を貼って,胴体を箱に戻します!

(つづく)


太清堂5ぽんぽこ (4)

太清堂5
斗酒庵 月琴の喚ぶ声を聞く の巻2018.3~ 太清堂5ぽんぽこ (4)

STEP4 ティンダロスな量刑

 前修理者のシワザ(怨)により,最初のほうで足踏みがあったものの,ようやく組み立てまでたどりついた太清堂ぽんぽこ。

 前回も書いたとおりこの作者,楽器職としての一般常識とデザイン・センスに時折穴があいているだけで,木の仕事の腕前は素晴らしく。今回の楽器も保存の状態はかなり過酷だったと思われる割に,部材の狂いも少なく。ボンド抹殺後の現状,このまま単純に組直して行けば,だいたいもとの状態にはなるかと。


 追加した補強板が干渉しないのを確認したところで,上桁を接着しました。

 ほかの楽器では見たことのない,上桁を上方に極端に寄せたこの構造は「胴内の共鳴空間を広くする」というメリットはあるものの。メリットを追求すると,かならずデメリットが発生します----これは,物質に対して反物質が存在するくらい宇宙の深淵から言っても間違いがないこと。金持ちが儲かれば貧乏人が苦しむし,転生して授かったチート能力には「魔王の討伐」というデメリットがついてくるものです。
 これをこうすれば,胴体の強度やバランスに問題が出るだろうな~ということは,ふつう見ただけでも容易に想像がつきましょう。
 さらに追い込むなら,この太清堂独創の構造…実のところあまり意味をなしていません----ていうか,どっちかというと失敗してますね,コレ。(w)
 表板を軽くタップしてみると分かりますが,桁のある上部は「コツコツ」とほとんど音が響かず,桁のない下部は「ボワボワ」としまりのない感じで,ただただ鈍く振動が散らばるばかり。強度的なバランスが悪いだけでなく,音の響きにもかなりのバラつきが出ちゃってます。この構造だと棹口から上桁までの間はモノが詰まってるのでほとんど振えないし,そこから下の空間はたしかに広いものの,ギターのブレイシングのように振動を指向するものが何もないので,ただ無秩序に拡散するだけになってるみたいです。

 古物屋がボンド漬けにする前のこの楽器の原状から推測して,このバランスの悪い構造が「バラバラ一歩手前」という状態の遠因であることはほぼ間違いないかと思います。接合部や面板の剥離が楽器下部にとくに集中していたのも,ここに板や部材の収縮の影響を抑えこんだり散らしたりできるような構造がなかったからですね。

 メリットととデメリットは物質と反物質のように相反の関係ですが,メリットの方向性を少しズラし,わざと毒にも薬にもならない「暗黒物質」がわに寄らせると,メリットとデメリットの間がなだらかに埋まって 「なんとなく存在するのにちょうどいいくらいの」関係が成立することがあります。

 太清堂の工夫の要は,上桁の位置取りとこの薄い下桁(?)。
 この構造は,胴の背面が筑前琵琶や中国のピパのようなボウル状の「槽」になっている,もしくは背面の板が桐でなくもっと硬い----たとえば唐木の薄板になっているといった場合なら,弦音を前方向に反射するという効果を生み出す可能性がありますが,この楽器のように表裏ともに桐板では意味をなしません。ましてや同じ材質で片がわにだけこれがついているのでは,表裏で板の収縮に差がついて部材のバランスをくずし,故障の遠因となりかねません。

 いつも書いてるように,原作者の工作に改変を加えるのは,修理者としての正道にはもとるのですが,原作者の工作そのものに問題があることが確実な場合,それをそのまま看過することはできません。とはいえ,この構造自体を全変更というわけにもいきませんので,ここに必要最小限の改変を加え,せめてこれを「メリット寄りの暗黒物質」に変えてやりたいと思います。

 ----で,こうだ。

 まずは現在開いている裏板がわに,表板と同じ工作を施します。
 下桁(?)の対面に同じようなものを追加するんですね。材質は同じヒノキの板。左右端のはめ込みも,桁がずれたりはずれたりしないよう,やや台形に刻みます。
 この状態だと単に 「表裏板ウラの工作を同じにした」 という程度ですが,これでは意味がない。表裏にかかる力を相殺して散らすためには,この二枚の細板がつながっている必要があります。正直なところ,これとッぱらって上桁と同じような板をもう1枚入れちゃうのが最善策なんですが,そうすると原作者の意図全否定になってしまいますので。

 表裏下桁(?)の中央に小板を固定します。
 そういえば,中国月琴やベトナム月琴の内桁はこんな感じ。これでもこの楽器の内桁として成立するということでもありましょう。
 中央の板の幅は4センチほど。
 これによってひとつには「ただ表板の裏にへッついてるだけ」の存在だった下桁(?)が,構造を支える立派な「下桁」になったわけで。ふたつにはこれに,振動を指向させる「魂柱」みたいな効果も期待しています。そのための小細工として,中央の小板のところで裏板が1ミリだけ盛り上がる----ごく浅いアーチ状になるようにしてあるんですね。わずかでも音が前方向に反射してくれれば良いんですが,駄目でもさほどの寸法差ではないのでこの工作,「暗黒物質」となるていどで落ち着いてくれましょう。(w)

 とりあえず内がわの用事は済んだので,裏板を接着します。
 構造的なバランスの悪さの解消と補強という目的はクリアしてますので,そのうえ余録を求めるのはいくぶん強欲なれど----さて,これでどうなることやら。

 …おっと,その前に。
 裏板が開いてるうちに,棹の調整をしとかなきゃなりませんな。
 いや,あやうく忘れるとこでした。


 毎度フシギに思うんですが。
 太清堂の楽器の棹は(1)のライン,すなわち胴体との接合面を基準として測ってみると,棹全体はゆるく楽器の背がわに傾いていて,指板面が山口(トップナット)のところで胴表面板の水平より-3~5ミリ下がっている----といった,この楽器としては理想的な作りになっているのですが。
 毎度棹口付近の工作がまずかったり,棹茎の接着が甘かったりで,楽器に挿した状態だと指板面が水平から下手すると前かがみになっちゃってたりしてるのですよね。
 今回の楽器でも,棹本体部分の工作はバッチリなんですが。棹茎のとこがなぜか上向きになっちゃってるといったナゾ加工になっています。
 たいていほんのちょっとした修正で直るので,なんか毎度百年越しの尻拭いをさせられてる気分になります。(w)

 今回も棹の調整は,棹茎の上面を少し削り,スペーサを上桁に1枚,棹基部に3枚貼ったくらい。
 いつものように延々と続調整地獄もなく,すこし物足りないぐらいの作業でスルピタ・バッチリが実現されました。



(つづく)


月琴59号 ぴょんきち(2)

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どっこい生きてる 斗酒庵 の巻2018.3~ 月琴59号 山形屋ぴょんきち(2)

STEP2 ゴリライモってすごいあだ名だよね

 作業名の由来の紹介で,前回は半分ぐらい使っちゃいましたので,今回は調査の続きから。

 表板と側面の一次清掃で,楽器の状態がかなり分かるようになりました。
 そもそも清掃前は板と言わず側面と言わず真っ黒で,どこにどんなキズがあるやら,まったく分かりませんでしたからね。これによって外がわからの観察はだいたい終わりましたので,つぎに裏板をハガし内部の状況をチェックしてゆきたいと思います。
 さいわい裏板の中央に大きなヒビ割れがあり,その左右はほぼ完全にハガれちゃってましたし,そのほかにも剥離してる個所があり,さらには余計なボンド漬けもされてませんでしたので,今回はかなりラクにはずれてくれやがりました。

 山形屋の内部構造はどれもほぼ同じ。パラレルの二枚桁で,上桁はがっちり固定されてますが,下桁は左右が側板に密着しておらず,ほとんど表裏の板ではさんで固定してるだけ,みたいになってます。桁には音孔があったりなかったりしますが,桁に使われている板が,ほかの作家さんのよりやや薄め(厚6~7ミリ)なところを含め,基本的なところは変わりません。

 外がわは真っ黒だった割に,内部は比較的キレイですね。
 響き線にもほとんどサビが浮いてません。

 板の内がわは染めもされてないので,この板を構成する小板の枚数を数えるのが比較的容易なんですが,この表板,数えてみたら,確認できるだけで12枚もの板を矧いで作ってますね。いちばん幅のあるので43ミリ,もっとも細いものは18ミリしかありません。関東の月琴はとくに,かなり早い時期から表板に柾目が好んで使われていたせいもあり,小板が多いのですが(柾目板のほうが目が合わせやすい),それにしても多いほうですね。
 裏板は9枚矧ぎ。例によって表板より若干質の劣る部分で,板目の合わせもややテキトウですが,表板もふつうは,多くてもせいぜいこんなぐらいなんですがね。

 いままで扱った山形屋の楽器のデータを比較したら,少し面白いことが分かってきました。
 胴の大きさは20号が346,29号が345と340ミリ台。54号が360で,この楽器がその中間の350となります。
 同時作業中の太清堂ぽんぽこの記事でも触れましたが,この楽器は胴の厚みや大きさをわずかでも小さくすると,けっこうなコスト・ダウンにつながります。胴材の厚みについては山形屋,さすが石村を名乗るだけあってもともと桁違いに腕が良い。どの楽器もほとんど素材の限界みたいな厚みで切り出されてますんで,これ以上は無理。そうすると後は全体の大きさしか切り詰めるところがありません。利益率の低い薄利多売の楽器ですので,わずかなコストの削減が儲けにつながります----そこからすると胴の小さいほうが後で作られたものである可能性が高くなります。

 そしてこの響き線。
 前回修理した54号の響き線は,胴内に入る限界まで長くした弧線だったものの,その形状や工作には特に見るべき特徴はありませんでした。この楽器のものも,単体ではさして言うべきところもなかったのですが,これを今まで扱った彼のほかの楽器の響き線と並べてみると,面白いことに気づきます。
 はじめのころに見た20号や29号の響き線は,根元のところで急に上に立ち上がって折れるという個性的なものになっていました。これは36号のZ線と同じく,根元に折れ曲がりをつけることで,線の振幅に一定の指向性を持たせようとした試みの一つと思われます。
 響き線は長いほど弦音に対するエフェクトが深くなるのですが,長くなるほど振れ幅や自重による変形が大きくなり,効果よりも演奏の邪魔(ノイズ)になる「線鳴り」を起してしまいがちになります。そこで国産月琴では,前後よりも上下方向により大きく振れるよう,線の動きを制限するさまざまな方法が試みられていました。
 20号や29号の線も,そういう試作と経験を経て出来あがっていったものだとするなら,上にも述べた胴の大きさなどのデータとも照らし合わせ,いままで庵主の扱った4面の楽器の製作順と響き線の形状は,右図のような関係になるのじゃないかと推測されます。(基部の上の線は上桁の下面)
 -----とはいえ。
 国産月琴の響き線の工夫については,これまでにも何度となく紹介してきましたが,正直その多くは 「まあやってみただけ」 的な,あまり効果の期待できないシロモノで。
 山形屋のこの構造も,考えとしては間違っていない方向なのですが,彼とにかく長い線をブチ込むのが好きなので,今まで扱った彼の楽器の響き線はことごとく,先端が桁に刺さる・ひっかかるなどして,ちゃんと効果的に働いていないという情けない状態になっていました。
 さいわいなことに,今回の楽器のはその工作が(おそらくは意図的ではなく)奇跡的に噛合っていて,オリジナルの状態ではじめて響き線が(いちおう)使えるモノになってます----いやほんと奇跡的。山形屋,腕は格段にいいんですが,こういうけっこう大事なところの最終的な仕上げとか調整を雑にほっぽらかす傾向があるんですね…… orz 響き線自体の工作も状態も良いので,ちゃんと直ればかなりの激鳴り楽器になるでしょう。

 ひとつ褒めても続けちゃ褒めきれないのが山形屋の楽器です。(笑泣)
 この単純な構造の楽器にとって,内桁というものは背骨でもあり腰骨でもある大事な部品です。下桁は上にも書いたよう,もともと左右端がほとんど接着されておらず不安定な状態なので,こうやってハガれてしまってるのはよくある故障なんですが。上桁………なんですか,こりゃあッ!?(怒)

 節があったところからバッキリ割れて,端のほうが少し潰れたみたいになってます。もちろんこれは衝撃とかによる破損じゃありません。ここがここまでぶッ壊れるような事態なら,表板のこのへん,もっとぐちゃぐちゃになってますもン----材質的な自壊ですね。

 修理の関係上これもはずしたんですが,そしたらこんどは表板にひっついてたがわに長くて大きなカケが……この部分の接着面,厚さ6ミリの半分もありません! いや,外から見えない内部とはいえ,いくらなんでもこんな大事なとこに,こんなアブない材料使うなよ!

 胴の接合部は,三箇所接着が飛んで,一箇所だけがくっついています。
 はずれてる接合部にはわずかですが狂いも出てますね。

 楽器正面から見て右下にあたる接合部には小さな割レ欠ケがあり,接着も飛んで少し食い違いも出ており,そのすぐ横には竹釘が1本打ちこんでありました。
 当初はコレ,前修理者がこの剥離や食い違いをなんとかしようと,クギで板の向こうがわにある(はず)のカタマリに,浮いた部分を打ちつけて固定しようとした----んじゃないかとか思ってたんですが。この軽い楽器を持ってみれば,この外殻の向こうに何か「カタマリ」があるなんてそもそも考えるわけないですわな。(w)
 あらためて観察してみますとここには,接合部の小割レ欠ケ食い違いのほか,表裏板にヒビ割れ,打圧痕など。それぞれがそれほど大きくはないものの,様々なキズが集中していました。その割レやヒビの延長線上の交点にこのクギ孔があり,よく見たらその上下斜めにもうす~くヒビが入っています。
 そこからすると,このクギは板を固定するためではなく,おそらくはこのヒビがこれ以上進行しないよう穿たれた「ヒビ止め」の孔をふさぐものだったと思われます。

 側板の損傷がもう一箇所。
 地の側板のほぼ中心あたり,裏板がわにもヒビが入っています。
 表面的にはそんなに大きくありませんが,思いのほか深く,板との接着面にまで入りこんでますね。

 これらから考え,この楽器は少なくとも2度ほどけっこうな衝撃を受けてているようですね。
 ひとつめの衝撃は,割れ欠けのある右下接合部のほぼ直上,表板の縁のところにかかったもの----おそらくは抱えていて落っことしたんだと思います。ちょっとではありますが,接合部が砕け,斜めにヒビが入ったくらいなので,下は石敷きかなんかだったんじゃないかな? 楽器は表板がわを下にしてやや斜めに落ち,板の縁が当って少しはずみ,何かの角にぶつかって止まった感じ。この損傷部の少し上表板の縁にあるかなり深い打圧痕が,その最後の過程の結果ではないかと。
 地の側板中央のヒビは,裏板がわの縁がぶつかってできたものなので,これとは別件かな,と考えてます。こちらは楽器尻からほぼ垂直に落っこった感じですね。
 内桁の損傷も最終的にはまあこれに関連してるのかもしれませんが,穴が開いたのも割れたのも基本的には山形屋の雑な素材選びに起因しており,ここに関しては前所有者無罪と庵主は考えます。

 さて----これにて外面から内面まで調べ終えました。
 今回もけっこういろんなことが分かり,興味深い。
 月琴の内部はやはり「宝箱(時折ミミック)」なんですな。
 59号ぴょんきち,フィールドノートはこちら(画像クリックで別窓拡大)。

(つづく)


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