ウサ琴EX (4)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.1~ ウサ琴EX (4)
-過去のウサ琴シリーズ製作記事へは こちら から。-


STEP4 どけ,おれはおにいさまだぞ

 さて,国産清楽月琴の進化形を模索する,ウサ琴作りの旅。
 いよいよ最終章です。

 ちょくちょく書いてますが,月琴という楽器は,作り手のがわにとっては,材料費と手間のわりには利益率の高い商品だったので,流行期には国内で,そりゃもう粗製濫造と言って良いほどの数が大量に作られていました。

 しかしながら,石田不識や田島真斎といった,はじめから「清楽」という音楽分野に関わりのあったらしい作者は別として,ほとんどの作家は正直「はやりものだから作れば売れる」という理由で,その音楽に関しても楽器そのものに関しても「ほとんど知らない」,「よく分からない」ままに作っていたと思われます。
 まあ,実際,ギターやバイオリンに比べると,そんなに複雑でも緻密でもないモノなので,そんなぼやーっとした知識や認識でも,参考となる楽器さえあれば,比較的容易に作れちゃったんだとは思います。国産月琴の構造や工作に,ちゃんとした規格や統一性がほとんど見られないのも,そのあたりから来てますね。だいたい共通しているような部分の加工や工作も,量産優先のためにふつうの楽器に比べるとかなり雑になっており,見えない部分の手抜きなどには,思わずゲンノウ投げつけたくなるくらいの仕業も珍しくはありません。
 もちろん月琴の作り手は,プロの職人であることが多いので(ときおり楽器職以外も混じる),彼ら多くの本来のウデマエは,しょせんシロウトである庵主からすれば及ぶべくもない領域なはずなのですが,丁寧にやってる部分がちゃんと出来てるかと言えば,そっちはそっちで 「なぜソコをそうした!」 みたいな,意味のない余計なだけの工作をしでかしていることが多く,こちらもこちらで五寸釘で手足を戸板に打ちつけ,四條川原にさらしてやりたくなる事態のほうが断然に多いですね----「雑」なだけの仕事はやり直してやれるだけの余裕がありますが,「丁寧」なほうは,やり直しが効かないくらいすでに削られちゃったりしてますから。

 しかしながら----はじめに触れた『鼻行類』ではないですが,彼らのそうした「手抜き」や「余計な工作」が,逆説的に「なぜソコはそうでなければならないのか」の理由を教えてくれたことも多かったので,それらを発見し,向き合うことは,決してイヤではありませんでした----まあそれはそれとして,いつか全員ブチころがします。(怒)

 薄い表裏板,浅いアーチトップ/ラウンドバック,一枚板の側板,極限まで削り込んだ内部構造,単純かつ効果の高い響き線----今回の製作は,古い楽器の修理で積んだケーケンと,それによって得られた,過去の作家の工作の上澄み部分の知識をふまえ,「月琴」という楽器の,どこをどうすればより良い性能より広い音楽分野において使用可能な「一般的な楽器」となるのか,その一つのカタチを探ってゆく小さな実験でもありました。

 前回もちらッと書いたように,フレットは10枚。
 清楽月琴は8枚で,もとが基本5音階の楽器のため,高音域のファとシにあたるフレットがありません。まあその2枚を足しても2オクターブ,出せる音数がたかだか13から15コに増えるだけですが,あとはギターのチョーキングと同じテクで,だいたいの半音は出すことができます。複弦なため,音的には少々安定に欠けますが,慣れればそんなに難しいことではありません。

 棹は楽器背がわに少し傾いでおり,指板面は山口(トップナット)のところで,胴体表板の水平より3ミリちょっと下がっています。
 これにより,低音域のフレットは背が高く,チョーキングやハンマリング・プリングオフ,あるいは弦を推しこんでのbebung効果などがかけやすくなっています。低音域は多少ノイズが混じってもけっこう味になるので,フレットの頭に弦が触れてビビるかどうかといったギリギリの高さにし,弦を押しこまなくても軽く鳴る,ほぼフェザータッチの設定にしてありますよ。もっとクリアな音が欲しい場合は,調整しますね。

 フレットの丈は高音域で極端に低くなります。
 通常1センチほどの高さのある半月(テールピース)が,この楽器では7ミリしかないのと,胴中央部がわずか~に盛り上がったアーチトップ形状となっているせいなんですが……最終フレットなんてもうツマヨウジなみの大きさですってばよ。(清楽月琴の平均は5~6ミリ高ていど)
 高音域はフレットの背が高いと,操作性が悪くなったり,振動がキレイに伝わらず音が小さくなってしまうことが多いのですが,これだけ低いとノイズの少ない,かなりクリアな音が出せますね。

 フレットを接着した時点で,各所をチェックし,最後にお飾り類を接着して----
 2022年,4月28日。
 最終形態のウサ琴EX,完成です!

 記事のタイトルから想像できた方も多いかとは思いますが(w),銘は「ライスシャワー」。
 コンパクトにまとまった器体と,上出来に染まった棹と胴側の色味が,かの漆黒のステイヤーを彷彿とさせます。
 板厚や内部構造,オニが宿っちゃうくらい極限までそぎ落としてますしね………え~,もうラベルにも書いちゃったから変えないもん!

 フレットは煤竹,山口(トップナット)は国産ツゲ…自作のへなちょこ楽器ではありますが,このあたり,部品単価が無駄に高級品ですなあ(www)

 通常,月琴の響き線は,楽器を平置きにした状態だと先端が裏板(もしくは内桁)に触れてしまうので効かなくなりますが。今回採用した「天神」構造は,もともと三味線に仕込むために考案したこともあり,平置きの状態でも表裏の板にはあまり着かないようになっています----なんせ三味線の場合,そこにあるのは木の板じゃなくてパンパンに張った皮ですからね。そこにハリガネがぶッささる,なんて事態は考えたくありませんでしたから。
 月琴演奏中に,響き線が胴内部に触れてノイズを発生させることを「胴鳴り」と呼んでいます。響き線と言う構造は言うなれば,制御不能な状態で勝手に震えているハリガネに,弦の振動が勝手に絡んで,勝手にスプリング・リバーブ的な効果(エフェクト)がかかる,というモノなのですが,もちろんこの「胴鳴り」をしてる状態では,マトモな効果は得られません。

 Z線の構造は,振幅の方向をあるていど容易に調整することができますので,「天神」では前後(月琴の場合だと表裏板の方向)を小さく,さらに左右は楽器の縦中心方向へ大きく振れるように構成してあります。内部構造に干渉しにくいので,平置きの状態でも響き線の効果はかかりますし,楽器を逆さにするか,鳴らそうと思って意識して振らなければ,演奏中や移動中にもほとんど「胴鳴り」は出ませんね。

 うちでふだん教えている弾きかただと,ピックは弦の高さより下には落ちないんで,半月の手前に貼られているバチ布は,ほぼ無用のお飾りでしかないのですが,この楽器は半月(テールピース)位置での弦高が通常の月琴よりもずっと低いので,バチ布がピックガードとしてちゃんと機能しています----いやあ,正直,コレ貼ってないと板に穴があきますね。
 弦高は操作性と音質のために下げれるだけ下げたのですが,このせいで半月がわでの操作(糸替え等)がちょおっとヤリにくくなっちゃいましたねえ。そんなにヒドくはない欠点ですが,このあたりはいづれ何か考えないと。

 棹は唐木屋の楽器のコピーで,清楽月琴のものとしてはごくごくスタンダートなデザインですが,さすがに使いやすいですね。カタチとしては少し太めで糸倉も武骨な感じなものの,棹背にへんなひっかかりもなく,弦池(糸倉の弦を巻き取っている部分)もやや広めなので,こっちがわの糸の交換とかはラクです。手に直接触れる部分だけに,このあたりは余計なこと考えないで,実用の中で勝ち残ってきた,こうした定番のスタイルがけっきょく一番イイわけです。

 月琴よりいくぶん小さく,全体でもかなり軽いですが,なかでも胴が軽く,ややヘッドヘビー。
 重量バランスはけして良くはない----すでに月琴を弾いてる人にとっても初心者にとっても,取回しには些少の習熟が必要かな?
 いつもより少し意識して固定しないと,演奏中に腕から楽器が逃げちゃう。まあここいらは現在使用している素材や構造の面からは少し改善しにくいところかもしれませんね。
 もっとも,座ってでの演奏では問題ですが,辻楽士のような立位での演奏だと,逆にすごくおさまりが良いです。うむ,横出しのアルファさん風に,棹にひっかける型のストラップをつけるといいかもせん。

 操作のうえでの問題点はそのくらいですが,音の面ではいささか評価が分かれるところかな。

 音,かなりデカいです。
 この楽器を嗜もうなどと考える御仁には,着物でも着て独り部屋にゐて,司馬遼風幕末物語にでも思いをはせながら,チントンパラリみたいな事を思ってる酢豆腐……いやいや(w)風流人が多いようですが,せまい部屋で弾くにはちょっと合わない音ですね----いや,音自体の質は良いのよ,月琴にしては音量にすこし容赦がないだけで。
 あくまでも「月琴にしては」ですがね。ギターとかほかの弦楽器と合わせるなら,これでもちょっとパワー不足かも…ナイロン弦,いちばん細い番手の組み合わせなら張れるかな? 張れればもっと音量が出せるし,天候にも左右されにくいかと。

 あと三味線の時にも言われたんですが,「天神」の効果がハンパないです。
 「胴鳴り」はしませんが,楽器に耳を着ければ,指先で軽くはたいたくらいでも,「キーン」っと内部の線の振動が伝わってきます。感度,効果ともにすごく高い。
 長時間弾いてると,この金属余韻がちょっと耳にキますね。線長2/3くらいでも良かったかも。

 そのあたりいろいろと考えますと,現状,この楽器は古い月琴をすでに1本なり持ってて,庵主みたいにその性能になんにゃら不満を持ってる野心家プレーヤー(笑)向きかな?
 正直,初心者向けではないかもしれませんねえ。

 ひさしぶりのウサ琴製作----いかがでしたでしょうか?
 楽器としては絶滅してしまったといって良い清楽月琴の,存在しないはずの未来の記憶の1ページなり,感じとれた方がいらっしゃれれば幸いこの厨二病め。(w)
 いやあ,あんまりにもひさしぶりだったので,ラベルの木版を探すのに苦労しました。
 間にカメ2とか阮咸とか作ってるものの,ウサ琴のシリーズを最後に作ったのは,もう10年以上むかしのハナシでしたからねえ。ハンコ見つからなかったら,イチからまた彫るか,手書きでやらなきゃならんとこでしたよ。

(おわり)


ウサ琴EX (3)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.1~ ウサ琴EX (3)
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STEP3 淀の3200M

 さて,楽器の本体部分は,あと裏板を貼っちゃえばほぼ完成。
 そのほかの部分も作ってゆきましょう。
 まずは胴体上にのっかるテールピース。琵琶で言う覆手(ふくじゅ)にあたる部品ですが,月琴ではこれを「半月」と呼んでます。

 ウサ琴シリーズは,胴の主材に円形に撓められた既製品のスプルース材を使っており,この素材の規格の関係で,清楽月琴の標準より,胴が5センチばかり小さくなっています。
 ですが「清楽月琴の代替楽器」として,スケールや操作性などをなるべく損なわないため,有効弦長(トップナットからテールピースまでの寸法)はそれほど変えられないので,半月も取付位置を胴尻ギリギリまでズラし,さらに半月自体の寸法も縦方向を少し縮めて製作します。

 清楽月琴の半月は,底面の部分ではほんとうに「半月」な半円形をしてますが,今回の半月は木の葉を半分に切ったかんじで,ちょい細長くなってます----変化の理由も過程も違うのでしょうが,このあたりもけっきょく現在の中国月琴に近くなっちゃうあたりは面白いですね。
 いつもは量産工程の実験もあって,かんたんな板状の部品として作ってますが,今回はワンオフの進化形として作ってますんで,曲面にして彫りまくりました。とはいえ材料もカツラですし,透かし彫りにすると前回の天和斎みたいにぶッ壊れちゃいますので,浮彫ていどですが。
 ウサ琴の象徴であるウサギが2匹,上にはカエル----どっちもお月さんの眷属ですね。中央のカエルは左右の糸孔になってる銅銭を挿した紐を咥えています。

 これを糸巻といっしょにスオウで赤染め,オハグロで黒染めします。

 もとの木地がツートンカラーでしたので,それもちょっと活かして,イイ味が出るよう染めてゆきます。

 今回の製作は,清楽月琴の進化形---あくまでも音楽の道具である「楽器」としてどうなったか---を模索するというコンセプトの実験でもありますんで,その意味からは,装飾品である唐物月琴みたいに,胴の共鳴の邪魔にしかならないようなお飾りをゴテゴテと付けるわけにはいきませんが,日本の国産月琴はその「装飾品」を基にしたもの,という歴史は,それもアイデンティティの一部として残しておかなければならないかもしれません。
 まあ,すでに半月思いっきり彫っちゃってますので,装飾云々はいまさらという気もしますが,(w)楽器としての機能・性能を第一に考えて,基本的には最小限の装飾で留めたいところですね。

 ということで----つけるのは,蓮頭,扇飾り,ニラミ(胴左右につく装飾板)とバチ布とします。
 国産月琴の装飾としては,これがだいたい最少の構成ですね。ここにあと,胴中央に円形の飾りが足されるかどうかといったところ。さすがに,円形の共鳴胴のド真ん中に,振動を阻害するしか能のないアホな部品をへッつけることは,たいして理屈を知らない庵主でも愚行と分かりますので,これは却下。

 胴左右のニラミはコウモリで。
 半月なみに凝ったお飾りも考えましたが,いろんなデザインのなかでこれがいちばん邪魔にならず,サイズもきわめて小さめにできます。うちの7号ちゃんなんかにも付いてますが,この,コウモリが円形胴に貼りつく図は,「円銭蝙蝠」と見立てられ,音通で「眼前遍福」というおめでたい意味となります。

 扇飾りは,通常の清楽月琴のものと少し形状が異なり,上部に四角い切り抜きがあります。
 清楽月琴はもともと5音階の楽器なため,西洋音階で考えた時の高音域のファとシにあたるフレットが存在しません。現代の音楽を演奏したりほかの楽器とあわせる時に,これだとちょっと困ることが多いので,ウサ琴ではそのフレットを2枚足して,完全長2オクターブの楽器としています。
 まあ長音階さえ出せれば,あとの半音は,チョーキングやなんやらで,あるていど何とかなりますからね。
 その,清楽月琴に存在しない「高音ファ」のフレットが,このちょうど扇飾りのところに当たっちゃうんでこうなりました。
 さいしょは飾り自体をサイズダウンし,第6・7フレットのあいだに収めようとやってみたんですが,これを小さくすると,見た感じ,どうにもおさまりが悪くて……(^_^;) このお飾りは楽器的に,高音弦のオクターブの目印にもなってますので,あったほうが運指の際,咄嗟の目当てが効いて良いんです。
 これだとちょっと,お飾りからフレットが生えてるみたいな感じ(w)にはなっちゃいますが,全体のサイズはオリジナルの月琴に付いてるのとほぼ同じ,遠目にもより自然なバランスとなりましたね。

 最後に……ここは,ここだけは楽器としての音質や性能にほとんど影響のないところなので!

 てっていてきに凝らせていただきます!

 わはは----最初は『鳥獣戯画』的なウサギさんが,待て~~って感じでトラを追っかけてるのを彫ってみたかったんですが。スペースとウデマエの関係でさすがに断念(www)

 むかしの北京の秋の風物詩「兔兒爺(とぅるいえ)」です。中秋節に飾られる「兔兒爺」は,ごくごく素朴な張子や粘土の人形で,前に彫った時のはそちらに寄せたのですが,今回はそこにちょいとリアル風味を加えて----劇画版「兔兒爺」かな?

 こういう半立体の彫刻だと「裏彫り」が大事なんですねえ。
 むかーし,指物屋の親父が「やりすぎ,というくらい思いっきりやれ!」と言ってましたが,なるほど。

 裏彫による陰影の視覚効果でかなり盛り上がって見えますが,横から見るとほぼ板のまま,むしろ盛り上がってるどころかちょっとへっこんでますのよ。

 ここもスオウ染め,オハグロがけ。
 装飾部分は,胴体や棹の仕上げに比べると,工程をいくつかは省いていますが,それでもそれなりの色つやに仕上げてゆきます。

 さて,楽しいお飾りづくりもあらかた終わりましたので,次回はいよいよ組みたててゆきますよおっ!!

(つづく)


ウサ琴EX (2)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.1~ ウサ琴EX (2)
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STEP2 菊の花の咲くころ

 太華斎に使う予定だった板は,オリジナルのいちばん薄い部分に合わせて作ったもので。ふつう月琴の表裏板の厚みは4~5ミリほどですが,これは3ミリあるかないかといったところです。

 ギターのスプルースなんかと比べても桐は柔らかですが,三味線の絹弦を使用している限りにおいて,月琴の弦圧はそれほど高いものではないので,このくらいでも大丈夫----かと思いますが,まあ,月琴の板としてはかなりギリギリの厚みですね。
 さすがにちょいと気にはなりますので,裏から少し補強することとしましょう。

 まずは表板(上左画像)。
 内桁は唐物と同じく1枚ですが,半月の上辺(糸の出る真っ直ぐなところ)の前あたりに,細い板材で補強を入れ,さらに半月が接着される一帯に薄いツキ板を貼っておきます。
 裏板(上右画像)には縦方向の補強材を入れます。
 清楽月琴の胴体には本来,縦方向への支えがほとんどありません。円形に組んだ胴材を,表裏から板でサンドイッチしただけの構造ですんで,あえていうならこの表裏の桐板が,弦の張力とかを受け止めてるわけですね。

 最初に書いたように,今回の板はこの楽器のものとしてもうすーいシロモノですんで,そのあたりにはやっぱり不安が出ますから。
 この細板自体は裏板に接着されますが,ネックブロック,内桁,エンドブロックの中央には凹が彫り込んであり,板接着時に補強板がガッチリはまり込むようにしてあります。

 胴中央を支える内桁は,針葉樹材で厚7ミリ。
 清楽月琴の標準だと,厚みは1センチくらいのが多いですね。胴材の内壁にごく浅い凸を刻んで,そこにはめこんであります。
 この内桁は,中央部分が左右端より2ミリほど幅広くなっており,板がかぶさると,表裏,ごく浅いアーチトップ/ラウンドバックになるようにしてあります。左右の音孔部分を強度の限界まで削り,さらに内がわに向いた面の角も丸めて,極力共鳴空間の邪魔にならないようにしてます。
 現在の大陸の月琴では,この内桁に相当する部品が一枚の板ではなく,庵主が板ウラの補強材に使ってるような,胴内を渡る薄くて細い板と,棹のなかごを受ける中央の四角い小板を組み合わせたものとなってることが多いのですが,板を削ったか3ピースかの違いはあれ,窮めてゆくとけっきょく,似たような発想,カタチに落ち着くもんですわい。
 内桁以外の補強材はすべて広葉樹材で,ネック/エンドブロックやバスパーはカツラ,ツキ板はブナですね。

 響き線は庵主お気に入りのZ線。
 工作と調整がしやすく,弧線に近い余韻の効果が期待できる構造で,たぶん,この楽器に日本人が加えた種々の改造のなかでは,いちばんマトモで画期的なものだったのじゃないかな----ぜんぜん広まりはしなかったようですが。(w)
 今回はそれをWで。
 34号などで見られたオリジナルの構造は横向きですが,庵主はこれを縦向きにして,ネックブロックのところから左右下に展開させます。
 空からカミナリが降ってきてるみたいなんで「天神」と名付けたこの構造は,以前,三味線の胴に響き線を仕込むという依頼を受けた時に思いついたもので。制限のあるせまい空間のなか,いろいろと実験した中で,もっとも効果の高かった組み合わせでした。

 棹は前回書いたように,以前の修理のとき予備として作ってあった唐木屋の楽器の複製品を使いますので。
 これに糸巻の孔をあけて,胴に入るなかごの部分を削りこんだら,あとはぶっぴがぁーんと合体させるだけ。
 糸巻もまえに染めに失敗して放置したのが1セット見つかりましたので,これを削り直してぶすッっとな。今回は黒染めしちゃいますので,多少の染めムラは問題ナシです。
 ----まあもっとも,イチから作らなくて済んだだけで,取付け位置や細かい角度の調整で,三日も四日かかっちゃうところは変わりませんが。(泣)



(つづく)


ウサ琴EX (1)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.1~ ウサ琴EX (1)
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はじめに-マンモスハナアルキの夢-

 『鼻行類』という本があります。

 南洋の孤島に,鼻で歩くという独自の進化を遂げた生物群がいる,として。その生態や分類,進化の過程が書かれた本ですね。
 もちろん,ハナアルキは実在しませんが,ハナアルキが実在しないということは,逆に我々がなぜ今あり,このような姿になっているのか,ということを考えさせもするわけですな。

 庵主言うところの「清楽月琴」というモノは「絶滅楽器」です。

 大元の大陸や台湾には,いまも「月琴」という名前の楽器が実在し,実際に演奏されていますが,現在の大陸の「月琴」は,胴体構造も弦制も古い月琴とは違うものになっています。この,現在通販とかでも気軽に買える現行の中国月琴は,伝統的な月琴の外面(ガワ)をもとに,解放後,「改良」の名のもとに創作された楽器なので,名前は同じであっても庵主は「中国現代月琴」もしくは「モダン月琴」と呼んで,4弦2コースの中国月琴や清楽月琴と同類の楽器とは考えていません。

 あー,だからそこの今デキ月琴抱えて幕末ごっこしてるヒト……それ,名前が同じだけの違う楽器だからね。

 中国南部および南西部では現在も,清楽月琴と同じく4弦2コースの月琴も作られ,弾かれていますが,構造的には現代月琴と大差ない頑丈な胴体をして,棹の極端に短いものが多いですね。台湾で「月琴」といえば長棹のほうが有名ですが,短い棹の月琴も存在しています。こちらも基本は4弦2コースですが,胴がぶ厚く,側部がギターのように薄板で構成されているものが多いようです。月琴が日本に伝わってから百年ちょっと,最大で見積もっても二百年かそこらですが,鳥のくちばしが短くなるように,その間にもそれぞれの進化は続いていったのですな。
 清楽流行当時,日本に渡ってきた古い中国月琴---「古渡り」とか「唐物」とか呼んでるやつ---は,中国月琴の古形をそのまま今に伝えている,とか言いたいところではありますが。これらは「輸出用」の装飾品として作られていたフシがあり,当時の「楽器」として一般に使われていたモノとは別個のモノであったと考えたほうが良いかもしれません。ですので,厳密には「楽器」でないかもしれないモノも含む,これら清楽に使われた「唐物月琴」と,それのコピーからはじまった「国産月琴」というモノは,「月琴」という名前の楽器の歴史のなかで考えるなら,進化の流れからははずれ,どんずまりの中へと消えたギガントピテクス(途絶えた一族)みたいなモノなわけですね。

 清楽/明清楽の衰退とともに,音楽の表舞台から姿を消した月琴ですが,明治のころにはすでに,主流は輸入品ではなく,国内で生産された楽器となっていました。流行に乗じて,けっこうスゴい数が作られたようで,国内に現在も残っている楽器の多くは国産品です。
 すでに書いたよう,国産月琴ははじめ,輸入された唐物月琴のコピーからはじまりましたが,その短い流行期の間に独自の進化を遂げました----いや「遂げかけた」というくらいが正確なところかな?

 文化文政のころ,お江戸の文化人の間に中国音楽が流行ったことがあります。当時,学問的にちょっとした変換点があって,その必要から「子曰く」みたいな古典的文章ではなく,「白話」と呼ばれるふだん使いの中国語に近い文で書かれた小説などを読むのが流行ったのですな。
 いまもむかしも,活きた外国語をまなぶうえで有効な手立ての一つが,歌----音楽です。そこで長崎に留学経験があり,清国の人と交流があったような先生連の中から,そういうのも習ってきたようなヒトを招いて「最新の中国音楽を聴く会」みたいのが開かれたりもしました。
 幕末から明治にかけて流行した「清楽」「明清楽」というのはその流れを汲むもの……ではありますが,実は学者先生を中心に広まったこの第一次の流行との間には一世代以上の途絶があって,後で流行ったほうはある意味,「中国風」を騙るインチキ音楽であります。一部に勘違いしている方もいますが,「清楽」とか「明清楽」とかいうのは,当時これに関わってた連中が勝手につけた呼び名で,べつだんそういう名前のひとかたまりの音楽が,大陸から伝わったとかいうわけではないんですよ。さしたる脈絡もなくバラバラに伝わった音楽をそれらしくまとめ,自分たちで捏造した「中国風」の楽曲や邦楽の俗曲でふくらましたのが,この第二次の流行,「清楽」とか「明清楽」と呼ばれた音楽なのです。

 明笛でも唐琵琶でも阮咸(双清)でもなく,月琴という楽器が主流になった背景には,極論すれば,これがそのインチキ音楽を「それらしく見せる」ための効果的な「小道具」として,一番有効なものであったからとも言えます。小さく可愛らしく物珍しく,見た目にインパクトがあり,取り扱いが容易で教えやすい----そして,他と比べて「利益率」が大変によろしい。(www)
 まあ,インチキだの詐欺行為だと言っても,やらかしてることは落語「酢豆腐」の若旦那ていどのものなので,あまり目くじらを立てないでいただきたいものではあります。
 とはいえ「詐欺」とか「インチキ」というものは,100%の虚偽ではまずもって成立いたしません。もちろん,清楽や明清楽の音楽が100%日本人による捏造なわけもないのですが,第一次の「お偉い先生たち」が気に入って弾いたり聴いたりしていた曲にすら,ほんとうに中国人から教わったのか怪しげなものはあり,当時捏造された創作曲も,教わる時に何もおことわりがなければ,二人目からは「中国の曲」になっちゃいますので,どれがホンモノでどれがニセモノなのかを判別することは,曲が古くなればなるほど難しい。
 ましてやレコードもカセットテープもCDもMDもICレコーダもない時代,もともとの中国人が鼻歌レベルで覚えていたような曲が,どれだけ原曲を伝えているのかも知れたもンではないでしょう。
 研究者として清楽やら明清楽の資料を見る時は,まずもって根っこのとこから真偽を疑う,というあたり,胸の奥に留めておく必要はありますよ,ぜったい。

 さて,清楽や明清楽というものがインチキであることは,開国開化を経て,さまざまな情報が入ってくるようになると,ちょっと鼻の効く,勘の良い連中はたちまち気づいてしまいました。楽器のカタチや使い方の違い,日本式のやり方で読めない楽譜,教わったのと合致しない音楽理論,「流行ってた」ハズなのに,向こうの人が誰も知らない歌や曲----そうした連中(とくにこの分野に関わって上のほうでドヤ顔してた類)は,周囲に気づかれないうち,静かに河岸を変える(琵琶とか尺八とか一絃琴とか)とか,そこからフェイドアウトしてゆくとか,あるいは「清楽」というものそれ自体を「なかったこと」にして,以降見ぬふり聞かぬふりをキメこんだわけですな。
 「日清戦争」という大事件と,それに向かう対清国感情の悪化というのも,これを「ホンモノ」として商売していた連中にとってはもちろん大きな打撃でありましたが,それ以上にそしてそれ以前から,新しく押し寄せた「情報」という大波によって,「清楽」という音楽分野はすでに根幹から破綻しつつあり,その象徴楽器として一蓮托生だった「月琴」とともに消えてゆく運命にあったのだと,庵主は考えております。

 ----前置きのハナシが長くなりましたが。
 庵主は思う,音楽分野自体の衰退によって,独自の進化を「遂げかけた」で終わった国産月琴でありますが,もしこれが「ちゃんとした楽器」として,あのまま進化していったら,どのような楽器になっただろうか,と。


STEP1 皐月のころはまだつぼみ

 今回の製作のきっかけは,ちょっと前にやった「太華斎」の修理でした。

 この楽器の表裏板は工作がヒドく,質的にも問題が多かったので----庵主,もしオリジナルの板が使えなかった場合のため,楽器表裏に貼れるくらいの大きさで同じくらいの厚みの桐板を接いで作っておいたんですね。
 けっきょく,オリジナルの板をなんとかして戻すことには成功したんですが。そのため,用意しておいた板が余っちゃいました。
 いざという場合の予備としてこさえただけのものではありますが,コレ,なんかもったいないなぁ……

 そうだ,ウサ琴つくろう!

 胴側はウサ琴の最後のシリーズを作った時に,予備として途中まで組んだものが3セットほど残ってましたので,これを使います。
 円形に撓められたスプルースの板を輪に接合して,ネックブロックとエンドブロックが付けられた状態になってます。

 棹は過去の修理で,今回の桐板みたいに,予備として作ったものや,研究用に複製してみたものがいくつかありました。
 そのなかから今回は「唐木屋」の棹の複製品を選択します。

 やや太めいくぶん頑丈そうに見えるタイプなのですが,いままで触った中では,これがいちばんクセがなく,使いやすいカタチだと思います。
 ちなみに----棹の造形としての美しさで言えば,名古屋の鶴屋・林治兵衛の楽器のなんかがキレイでしたね。店名にかこつけたわけではないでしょうが,鶴の首のような優しい曲線を描く細身の棹が特徴でした。ただし,キレイなことはキレイなんですが,鶴屋とか石田不識の棹とかには独特のクセがあって,「弾きやすいか」どうかはまたかなり判断が分かれる,とも思いますね。

 さあ,これでだいたいのコンセプトが決まりましたので,ひさびさに,いっちょう作ってまいりましょう!

(つづく)


2022年5月 月琴WS@亀戸

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斗酒庵 WS告知 の巻2022年 月琴WS@亀戸!5月!!
(ひさしぶり!)



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 皐月場所 のお知らせ-*



 今年はじめての~ 月琴ワークショップ~ 開催でえすぅ!!!

 


 5月の清楽月琴ワ-クショップは,いつもよりちょっと早めの月半,第2土曜日,14日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのうりゃうりゃ開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 



 現在製作中のウサ琴EXもお披露目できるかなあ。
 あと新作のピックは配布できるかと思います。請うご期待!!

 

 

月琴ピック配布のお知らせ

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斗酒庵 ピック配布 の巻2022.4 月琴ピック配布のお知らせ

斗酒庵謹製・牛蹄月琴ピック

 はいはい,月琴ピック作りの季節が今年もめぐってまいりました。

 作業によっては,ニオイも出るし,火の前で2時間ぐらいぢッとしてなきゃならないんで,寒い冬にはできないし,暑い夏にはぜってーやりたくねぇ。
 例によって牛のヒヅメを加工して作っています。元が爪ですからね,プラとかベッコウより優しく柔らかいので,使いやすいし音も良いですよ。

 欠点としましては,材料がナマモノなんで,ほおっておくと虫に食われたり,知らないうちにイヌネコ類に食われたりします。なんせ元はワンちゃんのオヤツ,しかもそれを食べやすい大きさに加工して,油で揚げてますからね。ワンまっしぐら。

 材料がやや小さめだった関係で,今回の牛蹄3コから採れた素体は15枚。
 前回,焼き過ぎで歩留りを大量に出しちゃいましたので,今回は慎重に焼きましたが,乾燥中や加工中にニュウが入ったり折れたりしちゃうかもしれません。それでもまあ10枚くらいは仕上がるでしょう。

 欲しいかたはご連絡を。
 うちで修理した楽器のオーナーさんは初回タダです。
 使ってない切手がありますので,使ってみたいというような方も,感想いただければできるだけタダで送っちゃいます。

 すでに持ってるけど違うのが欲しい or イヌネコに食われた向きは,いくらか振り込んでもらえるとサイワイ。
 遭った時にお酒でも一杯オゴってくれるとか,現物支給でもいいですよ。

 厚め,薄め,硬め,柔らかめ,長いの,短いの。
 ご要望,ございますれば受け付けます。
 近場,東京圏の方々は,言っていただければ,WSまで数枚取り置きしておきますんで,実際に試してみるのも可。


 引き手がないようなら,WSとかでテキトウに配っちゃいますからね~。
 お早目にご連絡ください(メラド等はプロフィール,もしくはHP「斗酒庵茶房」TOP最下参照)。

(おわり)


天和斎の月琴(6)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (6)

STEP6 祝,ニシノフラワー実装!

 さて,ウマ娘メインストーリー第1部も天和斎の修理も最終章のきょうこのごろ,すみません朝ガチャ1発でフラワーちゃん引き当てた友人がストーリーで尊死して使い物にならなくなったので,一日バイトがトびました。そして,春のG1いまのところ全敗の庵主は,はたして皐月賞でふっかつできるのかッ!!

 ----まあ,それはともかく(w)
 伝統的な材料が多用される古楽器の修理は,天候に左右される要素が多く,今回の作業はずいぶん遅れてしまいました。使うべきところには最新の化学素材も躊躇なく使う庵主でありますが,それでも仕上げのあたりになると,伝統手法のほうが多いもので。
 二三日,低温雨降りが続いただけでかなり響きますねあなかしこ。

 前回用意したフレットを接着します。
 オリジナルフレットを使ったため,低音域はけっこう糸頭ギリギリになってますが,高音域がやや低めで。少し押しこまなきゃならないぶん,やや運指が重くなっています。清楽月琴のフレットは,通常ですと調整の労を回避するため全体に低めになってますが,本機で低音域のフレットが高くなっているのは,おそらく棹孔が割れていたことに関係しているかと。あのまま糸を張ると,棹が持ち上がりますから,フレット頭と糸との間隔は大きくなりますわな。それに合わせるとどうしても高くなるわけで。
 使用しているうちに違和感があるようなら取替えますので,まずしばらくはオリジナルの設定でやってみてください。

 つぎにお飾り類を接着。

 胴左右のニラミは何や言うてこの楽器の顔ですから,位置決めにはけっこう気を使いますね。これ,と思う位置が決まったら板に目印を付け,ニラミの裏にニカワを点付け。ズレないようマスキングテープでかるく固定してから,お飾りの全体に均等に圧がかかるよう,そこらにある重量物総動員でバランスをとりながら接着します。
 修理者泣かせの極薄部品でしたが,裏面からの補強がそこそこ成功したようで,再度の貼りつけも割れることなく成功。

 いちどへっつけたところで,クリアフォルダの切れ端を使い,浮いている箇所がないか確認します。一回目で付かなかったところは再度接着。この時にも,このクリアフォルダの切れ端は,裏面にニカワを滑り込ませる道具として使えるので重宝しております。
 クリアフォルダの片面に溶いたニカワを塗ってスキマにすべりこませると,浮いてるとこの裏面にだけニカワがついて,下の板への被害が最小限で済むんですね。

 最後に柱間の小飾りですね。
 7つ必要なところ,オリジナルは3つ残存。
 あと4つを削りました。
 凍石のお飾りは,すべて接着面に和紙を貼りつけてから接着しています。これは直接だと接着が強力過ぎ,メンテの時にハガせなくなっちゃうからですね。

 直接だと,ニカワが乾く時の収縮で,木材と凍石の間が真空状態のようになって超密着してしまううえ,凍石がまったく水気を通さないものですから,ハガしにくいことこの上もないのですが,こうして和紙を貼っておくと,濡らせば和紙の層に水気が入って,簡単にはずすことが出来るんですね。ちょっと前に,ほかの楽器でやっててはえ~と思い,真似しています。
 個々のお飾りの意匠の意味は正確には分かりませんが,だいたいの傾向は把握しているので,それに沿って作ります。
 今回はオリジナルの装飾が比較的多く残っており,庵主的にあんまり「遊べる」ところがありませんでしたので,小飾りの1コをちょいと----真っ赤な金魚ちゃんを彫りました。

 唐物月琴の装飾では,こういう赤っぽい石の飾りが最低1コは入っており,それらはたいてい魚か,それを大きく崩した魚と植物のあいのこみたいなデザインになってることが多いのですが,今回はモロおさかなちゃん。中国語で「魚(ユー)」「余(ユー)」と同音。「金魚」は「金余」なわけで----この楽器の半月の意匠は水関係ですから,そのつながりとしても悪くはないでしょう。
 けっこう上手く彫れたので,できればなくさないでほしいなあ。

 あとはバチ布を合わせて,切って貼って…

 令和4年3月末,福州洋頭大街天和斎。
 修理完了いたしました!

 各画像クリックで別窓拡大します。
 修理前の画像と並べると,もとのニラミの位置がかなり左右ガタピコ(w)になってたってのがお分かりになれるかと。ちょっと位置を上にして,左右をだいたいそろえただけですが,全体の印象がずいぶんと変わるもんです。

 カタチができて,糸を張れるようになってからおよそ1週間とちょい。糸をキンキンに張って,いつもよりちょっと長めに耐久テストを行いましたが,今のところ半月も棹孔も不具合は再発しませんでした。あそこまでバラけてた半月の再生(再作成じゃなく)はハジメテだったので,テストちゅうにまたぶッ壊れんじゃないかと,正直ちょっとシンパイしてましたヨ。
 この感じだと,三味線の絹弦で4C/4Gプラス長3度の調弦圏内なら,金属弦とかワウンド弦を張ったりしなければ,まあ大丈夫なんじゃないかと思います。

 フィールドノートは以下----

 各部寸法の詳細や,修理前の状態についてはこちらをご参照ください。
 百年以上前の大陸における工作が,製作時の状態で良く残っている保存の良い物件であったので,オリジナル工作の保護・保存のため,多少やり切れなかった部分はありますが。現状,楽器としての通常の使用上,大きな支障となりえるような不具合はないものと考えます。
 まあその「保存すべき」原作者の工作に,じつは「くっそ!いッそ直してぇ!」ってとこが含まれていたりもするんですがね。(^_^;)
 たとえばここ。

 いちばん上の糸巻の取付位置がすこし上過ぎて,糸巻の操作時に蓮頭が干渉することがあります。
 まあ「気になる」くらいで,操作不能なわけではぜんぜんありませんし,同じようなことは天華斎の53号でもありましたので,ある意味,福州月琴ではこれがデフォルトの設定だったのかもしれないです。

 あとは棹が少しねじれており,先端部がわずか~に左回りで傾いております。

 これも唐物月琴ではよくある事態なのですが,材が暴れやすいタガヤサンなため,単純に原作者の工作のせいなのか,後で自然にねじれたのかが現状定かでない(後者ならまだねじれる)ため,ちょっと様子見なのと。これ削るとけっこうな範囲で影響が出るわりには,実際の運指および音合わせの上で影響がほとんどないので,今回はそのままにしてあります----月琴は棹が短いので,このくらいなら三味線やギターほどの影響はないですね。

 音は例によって,国産月琴より明るめの唐物月琴の音です。
 響線が太いので,余韻は天華斎より玉華斎のほうに近いかな?
 うまくかかるとかなり重低音な効果がかかりますが,原作者の調整が完全ではないため,胴鳴り(演奏時に響き線がたてるノイズ)が出やすく,響線の効果を十分に発揮できる最善な演奏姿勢の範囲がややせまくなっています。

 記事中にも何度か書いたように,純粋な「楽器」としてより,利益率の高い「輸出用の装飾品」寄りに作られたものではありますが,作ったのは楽器屋ですし,楽器としての機能は十全に持っています。フレットの頭や胴上に使用による痕跡がついてますので,輸入された当時に,楽器として使用されていたことは間違いありませんが,どちらの痕跡も浅く,「使い込まれた」というほどには弾かれてなかったものと推測されます。

 半月が破壊された時期は不明ですが,そのほかにも庵主の所見したとおり,最初から棹口も割れていたとするなら。もとから弾けるにゃ弾けるものの,エラく弾きにくい楽器だったと思われますので,使用痕が浅いのも当然かと。

 そうした致命的な部分の故障や不具合はあらかた改善したものの,大きいの細かいのふくめて,まだ調整の余地はイロイロと残ってるんですが,今はまだどうしようもない部分もございますので,なにはともあれ弾いて……それこそまたぶッ壊れるまで大いに弾きまくってください。なんせ今は「壊れてない」んで直せないんです。壊れたら----直せます(小声)。庵主,斬って済むものなら,笑って馬謖くらい何人でもたたッ斬りますよ。

 現代の楽器にくらべると,「古楽器」というものは,その入手の段階からはじまって,メンテにするにしろ演奏するにしろ,さまざまに手間のかかるシロモノです。修理するにしてもいろいろな制限があるので,今の時点で「こうしたほうが良い」とは分かってても,迂闊に出来ないことも多いですね----まあ,そういうメンドくさい所も含めて「古楽器」の面白さではあるのですが。(w)

(つづく)


天和斎の月琴(5)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (5)

STEP5 剣の流星・天空神,その名は!

 ウマ娘の影響で,去年からとつぜん競馬を観始めた----なんてヒトは幸運でしたね。去年は史上まれに見る激アツ当り年。今年も引き続きレイパパレ,パンサラッサ,ジャックドール…と,世代に1頭出るか出ないかの個性的逃げ馬が次々登場,同じ世代でブチあたるなんてのは,そうそう見れるもんじゃおへんえ。秋に海外遠征組と国内組のガチ対決希望。
 今年のクラッシック路線では,オニャンコポンですねえ。いや,名前カワイイし…お父ちゃんのエイシンフラッシュには,毎度馬体詐欺喰らわされた思い出しかありませんが(w)----皐月賞がんばれ!後世に語り継がれるオニャンコポン王朝の幕開けだぁ!!

 ともあれ,胴体の補修や清掃も終わり,棹のフィッティング,並行してやってた上物の細かな補修もあらかた目途が付いたので。
 いよいよ半月を戻します。

 正直緊張しますね。
 やれることはやれるだけやったので,少なくともクランプかけた途端にふたたびバッキリ~ッ!!----なんてことにゃならないとは思いますが,あの細工の細かさでオリジナルの部品のまま再生,というのは,いままでにもほぼなかったことなので,庵主この後もどうなることか,正確には分かりません。
 まずは半月の接着位置の確認をします。
 棹を挿し,指板の三箇所にテープを貼って中心を出します。その三箇所を結んだラインを胴体のほうに延長して,楽器全体の中心線を確定。

 半月の上辺(まっすぐなほう)はこのラインと垂直になっているのが理想的----うむ,だいたいオリジナルの指示線と合致してますね。
 「半月の中心」は半月自体の大きさにが関係なく,外弦左右の糸孔の真ん中ということになります。上辺のラインに沿って半月を置き,中心線に合わせます----はい,左右もほぼオリジナルの指示線どおりの位置に収まりました。このあたりは天和斎,かなりしっかりやっているみたいですね。

 さらに糸倉から色糸を引いて,中心や左右のバランスを何度も確認します。
 半月はお飾り類とちがい,一度くっつけちゃうとまずそうそうハガれないようガッチリと接着しますので,このあたりの検証はどんだけやっても丁寧過ぎることはありません。

 接着位置の検討が整ったところで,作業中にズレないよう,半月の周りに当て木を噛ませて位置を固定。半月の材のタガヤサンは水滲みが悪いので,接着面をぬるま湯で湿らせたら,ガラス板やクリアフォルダのようなすべらかなものの上にしばらく置いて,じゅうぶんに水気を吸わせてからニカワを塗ります。こうしないとすぐ外れちゃいますからね。
 やや薄目に溶いたニカワを,何度も塗っては拭い取るのを繰返し,接着面にニカワが滲みて,触れたら何も塗ってなくても指先が少しくっつくくらいになったところでようやく接着。
 Fクランプでやさしくしめつけます----せっかく修復した半月ですから,壊さないためでもありますが,実際ニカワの場合だと,接着剤たっぷりでぎゅうぎゅうに締めつけるのより,接着剤薄めで軽くほどほどに固定したほうがより強く接着されますよ。

 さて,半月接着の折にひさしぶりで棹を挿し糸巻もつけ,いちおう組みたてた状態で,中心出しやら糸のコースの確認やらしてたわけですが,先に進む前に,その際に気付いた不良個所をいくつか直しておきます。

 まずは糸巻を指す孔の調整。いちばん上の孔の加工がひどく,糸巻がガタガタ動いて安定しません----まあ,小さいほうの孔なんか,完全に楕円形になってましたからね,さもはんきんぽーさもありなん。
 黒檀の欠片を削って孔の一部に接着,リーマーで削って丸く整形します。作業後,下地が出てしまった孔の周縁はオハグロで補彩。

 楽器に付いていた山口(トップナット)は,材質・工作から見て,オリジナルのもので間違いないとは思うんですが,幅が指板より1ミリほど大きく,従前は棹から左右わずかに突きでた状態となっていました。

 楽器としての機能上はさほど問題ありませんが,演奏時に指先や服の裾などに少しひっかかります。まずはこれを棹幅ピッタリに。

 つづいて,その上面に刻まれている糸溝の間隔がわずかに広く,そのままだと胴との接合部付近で外弦が棹幅ギリギリになってしまいますので,いちど糸溝を埋め,ちょうど糸1本分ぐらい中央に寄せて切り直します。

 糸がフレットの左右端ギリギリですと,かなり正確に指を落とさないと,フレットの角に糸が引っかかって音が死んじゃいますからね。修整はわずかですが,これで3フレットあたりでもそれなりの余裕ができたかと思います。

 低音弦がわ,内弦の糸溝は2本彫ってあります。

 これは切り間違えたとかじゃなくて,わざと。画像の設定だと狭いほう,もう1本のほうにかけ替えると,弦間がわずかに広くなります。
 庵主は手指が異様に小さいのでこれで良いのですが,押さえた時に糸と糸がくっついたりして音が響かないようなら,広いほうにかけ替えてみてください。

 補修の終わった棹と胴側を油磨きします。

 唐木の類は油切れすると割れやすくなりますからね。
 しかしながら,この春は思いのほか気温の低い日が続いたもので塗料や油の乾きがおそく,この手の作業が遅れに遅れて難渋いたしました。

 そうこうしている間に,裏板に新たなハガレが生じたりもしたので,そうしたところを補修しつつ,部品の乾きを待ち。当初の予定より遅れることおよそ二週間ほど----

 ようやくフレッティングにまでたどりつけました!
 第1~3フレット頭に多少使用の痕跡はついていますが,不具合が生じるほどの減りもなく,状態も悪くないので,今回はここもオリジナルの部品を清掃してそのまま使用します。
 オリジナルの位置で組んだ場合の音階は,このようになりました----

開放
4C4D-234Eb+374F-44G-144A-365C-145D-365F-6
4G4A-324Bb+305C-115D-325Eb-5E5G-455G#-5A6C-27

 作りから考え,かなり装飾品寄りに組まれていたということもありましょうが……けっこう波瀾。老天華,清琴斎あたりはもう少し揃ってましたね。
 第1・2フレットがかなり低めなのは,棹孔が割れていたせいでもありましょう。従前では,糸を張ると割れ目が開き糸倉がわがわずかに持ちあがったはずなので,接合部から遠い場所ほど音は安定せず狂いが顕著だったろうと考えられます。
 3フレット以降はさほどヒドくもありませんが,5・7フレットの誤差が大きいのも,これらが1・2フレットの音を基準としているせいでしょうね。

 オリジナルの音階を採ったところで,フレットを西洋音階準拠に並べ直すため,再びチューナーで各個の位置を探ります。
 ついでに,オリジナルではまっすぐに切り立っていたフレットの左右端を少し斜めに削り直します。これもまた楽器としての機能上の問題ではありませんが,そのままだと置いてる時に何かにひっかかって倒れちゃったり,弾く時に袖裾とかがひっかかったりしやすいので,たいていの作家さんは少し斜めに落としていますね。上でも書いたように,山口の糸溝を切り直して間隔を狭くしたので,元は端ギリギリに糸がかかっていた第3フレットあたりでも,いまは左右に少し余裕があってこの加工が可能です。
 加工した両端に新しい断面が出ちゃいますので,ヤシャブシと月琴汁(清掃時に出た板のヨゴレを煮詰めたもの)で染め直し,ラックニスに漬けこんで補強もしておきますね。

 ニスから引き揚げて数日乾燥,リューターで磨いて完成です!

(つづく)


天和斎の月琴(4)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (4)

STEP4 ダイタクヘリオスのお父さん

 さてウマ娘では主人公格ですが,実は庵主,98世代の印象があまりありません。シービーやルドルフの時代と違って,群雄割拠,みたいな感じで,どれか一頭に焦点がしぼれないぶん,記憶が曖昧になっちゃってます。ばっちり観てましたし,葦毛のウンスちゃんが好きでしたけどね。
 ハイセイコーからホリスキーくらいまでは,まだ子どもでしたし,なんとなく見てた感,その後オグリよりはイナリワンが好きでした。そして98前後の,ブライアンが絶対君主だったころや,世紀末覇王を倒すのは誰か!というあたりが,庵主いちばんの胸アツ世代だったかもしれません。
 ----せめてビゼンニシキは出してやってください。

 さて,半壊半月の修理,棹孔の補修,棹と胴体のフィッティング,表板の割れ処理,と,いまのところ順調に進んでいる天和斎の修理です。
 これで現状,半月を再接着すれば,楽器としての再生へと大きく踏み出せるわけですが,その前に一つ。
 胴体を清掃します。
 もともとの保存が良かったので,汚れはそんなにひどくありませんが,それなりに変色はしていますし,ハガしたお飾りの痕も真っ白に目立ってしまっているので,なんとかしなければなりません。
 まずはいつもどおり。

 重曹を溶かしたぬるま湯で,表裏板をゴシゴシっとな----うん,やっぱりこの表板の右がわ,木目がゴチャゴチャしてて,いかにも暴れそうでコワいですね。
 
 Shinex#400に重曹水を付け,板の表面を軽くしごくように擦り,染み出てきた茶色い汁を布で取り去るのですが,その一部を色ヌケしてしまっている箇所に回してなすりつけ,白い部分を染め直します。
 一回目の清掃で,だいたいこんな感じに(上右画像)。
 白ヌケの日焼け痕,だいぶん目立たなくはなりましたが,明るいところだとまだかなり色の違いが際立っちゃいますね。

 板の乾燥を待つ間に,半月以外の上物の修理もしておきましょう。
 まずは胴の左右につく鳥型のお飾り----ニラミです。
 左がわの鳥にはほとんど損傷がないのですが,右がわは何度か壊れたらしく,再接着と補修の痕跡がありました。

 下に向いてる翼の先端近くに欠けがあって,そこが薄い黒檀板で埋めてあったのと,嘴の下から胸元あたりに伸びる細い部分の下半分が割れてなくなっちゃってたみたいです,ここにもそれっぽい形に刻んだ薄板がくっつけてありました。
 うむ…この部分,何なのでしょうね?

 上の十字になっているところは,他の作例や吉祥図の例から見て,おそらくは口にくわえている楽器(笛か笙),と思われるのですが,その下のバナナみたいな部分が分かりません。
 後補の部品は表面がツルンとしていて何の彫りもありませんが,上画像のように,左の同じ箇所には毛の表現と思われる筋が付いているので,ここは鳥の身体の一部だと考えられます。

 同じ唐物の,天華斎や老天華のニラミではこういうふうに,縦のラインが弧を描いて下向きの翼にまで伸びています。太華斎や玉華斎のもだいたい同じようなもので,今回のに似た例はまず見ません。
 ううむ……ニワトリみたいに顎に生えてる「肉ひげ」の表現にしては場所が離れてますよね。唐物ではありませんが,国産月琴の作例で同様の箇所を,反対がわの翼の付け根としている例があるのでそれかもしれませんが……もう面倒くさいから「ホーオー袋(中にホーオー汁が詰まっている)」でいいや!
 右の後補の部品は出来が良くないので,マグロ黒檀の端材を削って,新品のホーオー袋(仮)を削ってくっつけてやります。

 最初のほうでも書きましたが,このお飾りは丈夫なタガヤサン製ではあるものの,あまりにも極薄で細工も繊細なため,強度はほとんどなく,基本的には一度貼りつけたらおしまい,ハガせばもれなく壊れるようなシロモノです----輸出用の贈答品・装飾品寄りに作られてるので,後のことを考えてないんですね。
 音楽の「道具」としての楽器には,メンテナンスが欠かせません。これを「楽器」として長く使用するためには,これらの部品が,メンテナンス時にはずせるような仕様になっていなければなりません。とりあえずは補修のついでに,裏がわ全面に樹脂で薄い和紙を接着し,お飾り全体を補強しておきましょう。これで少なくとも,通常の手順を踏めば,何度かは五体無事にハガすことができるでしょう。

 樹脂・接着剤の硬化後に,新しくくっつけた右のホーオー袋(仮)を整形。左に合わせて細かいモールドも彫り直して揃えます。

 補修が終わったところで,全体を清掃し,表がわからも樹脂を軽く染ませ,保護して完成----裏に張った和紙は薄いですし,樹脂が滲みてほぼ透明になっているので,横から見てもほとんど分かりません。また前にも書いたように,タガヤサンは黒檀や紫檀に比べると,反ったり割れたりしやすい暴れ木です。そんなものをこんなに薄く削ったのも,そもそもの故障の原因と思われますが,今回の補強でそのあたりも,だいぶんおとなしくなるとは思われます。

 同じ材質で同じように細工の細かい扇飾りにも,割れの補修といっしょに同様の処置をしておきましょう。

 つぎは,表板の補彩と裏板の清掃に取掛ります。

 清掃後,表板の日焼け痕はかなり目立たなくなりましたが。乾燥して数日,いちど落ち着いた色が再びあがってきてから見ても,まだ少々白っぽくて目につきます。
 日焼けで色が白く抜けた部分を中心に,ヤシャ液を塗り,濡らした布で周囲になじませながら補彩してゆきます。上にも書いたように,木板の染めでは,染め液が乾いてから数日すると,色味が表面に「あがってくる」という現象が起きるので,この補彩も少しづつ,間を置いてやりすぎないようにしなければなりませんので,けっこう時間がかかりました。

 裏板は上物が付いてないぶん手間がありませんが,資料として,またこの楽器のアイデンティティとして大切なラベルが貼られているので,これを傷つけないよう,汚さないように清掃します----これはこれでけっこうタイヘン。

 表裏板の清掃が終わったところで,板の木口をマスキングして,側面の処置です。主材部分にさほどの汚れはありませんが,接合部隠しの飾り板のところ,細工が混んでいてヨゴレが溜まってます。

 ここはまず歯ブラシでゴシゴシとやって,細かいスキマにつまったホコリを掻きだし,ついで同じく歯ブラシと布を使って,亜麻仁油を塗布,余分を拭き取りながら磨いてゆきます。
 この時,油のついた指で表裏の桐板を触ろうものなら,けっこうその後が悲惨な事態となりかねないので,保定の際とかかなり注意しました。

(つづく)


天和斎の月琴(3)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (3)

STEP3 ハギノの弾丸娘

 むかしの競馬映像なぞ見てますと,ここ数十年での日本語の変化なんかを実感できる時がありますな。
 1980年当時,「ハギノトップレディ」「ディ」は,1音節でなく,「デ・イ」もしくは「デ・エ」の2音節に近く発音されてました。最近多い「ヴ」のついた馬名もほとんどなかった----うん「ヴ」の発音も,まだ一般的でなかったわけです。そういや「グルーヴ」も「グルーブ」だったなあ。「グループ」と勘違いしてる友人がいました。
 江戸~明治にかけての清楽歌謡の発音を考える時,どうしても現代の発音を基軸に中国音と比較しがちですが,発音というものはこのように,ほんの数十年でも変わってしまいます。庵主の場合,もとからお江戸の文学が好きだったのであまり困りませんが,歌に付せられたカタカナ音を見る時は,少し範囲を広げ,当時の読み物や刊行物から類例を探し,確認しながら考えたほうが良いですよ。
 ハギノトップレディ,ハギノカムイオー,姉妹設定でウマ娘化希望。

 バラバラだった半月,なんとか復活。
 依頼修理の天和斎であります。

 まずまずこれで,この楽器の修理における最大の案件のひとつが片付いたところ。いつもですとこの後は問答無用で開腹,バラバラにすることが多い庵主の修理ですが,今回は内部を確認したところ,内桁接着や響き線の状態も良く。胴体の損傷も少ないため,このままでゆきます。

 研究屋としましては,内部構造の詳細は知りたいところですし,職人的には響き線や棹との接合調整とかもガチ徹底的にしたいところではありますが,古物愛好家としては,オリジナル部分の保存状態のきわめて良いレアな百年前の楽器,ということで----必要最小限の破壊すら庵主の心臓にけっこうキます,うううう。
 そのあたりは今後,楽器として使用しているうち,暴走する10式戦車に轢かれてガッツリ壊れたり,じつは中にひとつながりになった秘宝の地図が隠されているなど,エラい不具合が出た時に。いまはとりあえず,分かる範囲最大限を記録して,次代につなぎます。

 棹孔の割れに取掛ります。

 この故障の原因は実に明解。
 棹基部の最大厚が,この棹孔より1ミリほど大きいせいです。
 小さい孔に大きい棹,ムリヤリぶちこめば割れます----あたりまえですね。
 楽器として使用によって割れたのでもなければ,何かの衝撃で割れたのでもありません。
 原作段階でやりやがったものです。
 割れが薄く,完全にバッキリ逝かなかったものですから 「まあ分からんやろ」 ていどで出荷されたものとおぼしい。「楽器」ならありえないことですが,東のほうのチョンマゲ結ってる蛮族に買わせる「装飾品」なので,見た目は問題ないし,これでもヨカロウということでしょう。

 半月でも使った強力接着剤をエタノールで少し緩め,割れ目に流し込んでクランプで軽く締めます。

 長年の放置で少し食い違いも出てしまっていますので,胴の表裏方向に締めるのと同時に,この部分も矯正しながら固定する必要があります。この修理のため,棹孔に入る小さなクランプを自作しました。

 まあ適当な大きさの端材の木片に穴あけて,ボルトを通しただけのモノですが,小物製作時の固定具としても使えるので意外と便利。
 半月同様,ここも力のかかる箇所なので,接着剤で継いだだけでは不安があります。割れ目が開かないように,チギリも打っておきたいところなんですが,この棹口のあたりは意外に目立つ場所,プレーヤーにとっても演奏中けっこう目の往くところなので,補修箇所は最少範囲にまとめ,なるべく目立たないようにしたいところです。
 色的には真っ黒なマグロ黒檀あたりで作ればイケそうですが,チギリを小さくすると,たとえ丈夫な唐木であっても強度は落ちます。さらに唐木は丈夫ですが割れやすい。ふむ,小さくとも丈夫で,かつ目立たないようなチギリを作れ,とな?----hahahaha,ジョージ,そいつぁムチャってもんだぜ。
 というわけで,こうします----

 黒檀と象牙のコンボ。唐木は硬いが粘りがない,象牙は粘りますが色が目立つ----この2つを,目が交差する形で貼り合わせたものです。これだと,かなり小さくしても丈夫で……1センチないくらいのモノなので,必要なカタチ大きさに加工するのが,エラいタイヘンでしたが~。(大汗)
 棹口のすぐわき,ヒビ割れの上下に少し斜めにズラしてφ3ミリのドリルで,くぼみを2つ穿ちます。

 胴材の厚みは棹口のところで6ミリほど。ドリルの先端にテープを巻いて目印に,貫通しないようにしときましょう。ついでアートナイフやリュータービット総動員で,先に作っておいたチギリのカタチに合わせ,接着剤と唐木の木粉をまぶし,象牙の面を中にして木槌で軽く打ち込みます。

 これも旧来のようにニカワでできなくもない作業ですが,強度と耐久性は現在の接着剤のほうが上ですね。もともと二つの部品だったわけでもなく,構造上もしくは使用上「割れているのが自然」な箇所でもなく,使用範囲もごくごく狭いのでセーフです。

 故障の原因となった棹基部のほうも,もちろん再調整して削っときました。

 もともと,原作段階での取付けが見事にガッタガタでしたからね?
 それでも棹基部,削った後の調整は突板の2~3枚で完了。このあたりから考えるに,同じ福州の月琴作りのなかで天和斎の加工の腕前は,老天華より下,太華斎よりはやや上と言ったところでしょうか。お飾り加工の無駄な精度を別にすれば,全体の作りは玉華斎がいちばん近いと思います。
 大変だったのは,棹なかごと内桁の孔の噛合せです。
 オープン修理だと,内桁の孔のほうから徹底的に調整できるんですが,今回は開けてません。

 棹がわしか加工できないうえ,挿しちゃうと見えなくなるから,確認しながらの調整が出来ない----まあ,あたりまえですが。
 またこの楽器の棹なかごがなぜか無駄に長いもので,延長材の途中にコブがついたみたいに,ちょっと不恰好になっちゃいましたが……なんとか調整は完了。現状,使用上の問題はまったくありません。
 このあたりの再調整も,いづれぶッ壊れてオープン修理となった時に,つぎの修理者に任せましょう。

 例によってこの棹位置・角度の調整と,取付におけるスルピタの実現で1週間近くかかっちゃいましたが。ここは楽器の使用感に直結している部分ですからね。しっかりやらせていただきます。

 胴体のもうひとつの要修理個所は,表板の割れ。
 前修理者が割れ目に木瞬流し込みやがったらしく,現状,上端からバチ皮の手前くらいまでの割れの進行は止まっています。手段は不正ですが,いちおう止まっていますし,これを正そうとするとムダに大きな傷をつけてしまうことになるので。血涙は滂沱と流れますが今回ここはそのままにし,粘土人形の尻にさらに何本かの錆びて曲がったマチ針をねじ込むことで我慢します。

 バチ皮と半月に隠れていた部分から下端までの割れ目を処理します。
 ここはいつもの手順で。
 前々回あたりでも述べたよう,この割れ目は衝撃によるものでなく,板自体の材質的な問題が原因で,板が弱いところから裂けたものです。

 唐物月琴の表裏板は接ぎ数が少なく,さらに景色重視の板目板が使用されるので,もともと板自体の質的な影響が出やすいところがあります。この手の故障は,言うなれば板がなりたいようになろうとした結果なので,単純な対処だと何度も再発することが多いです。
 まずは断続的な裂け割れを,刃物で一本につなげます。つぎにその割れ目を少々広げ,開いたところに薄く削いだ桐板を埋め込む。板が縮みたいなら縮みたいように,広がりたいなら広がりたいように,いったん板を満足させ,反抗する力を散らせたところに,ピンポイントでキツめの逆撃を加えてやるのがコツです。
 板も人間も,黙らせる手段というものに大した違いはないものですね。(悪い顔)

 割れ目の右がわは異常に硬く,左がわは極端に柔らかい----割れの原因はこの質的な落差でしょうね。
 加工上の粗と経年の収縮により,右がわ2センチほどの範囲で板が若干薄くなっており,補修後わずかですが段差が生じてしまいました。

 食い違いはわずかですが,少しだけ半月の接着部にかかっています。こうした場合は板を削って平らにするのが定石ですが,これだと不具合の程度のわりにけっこうな範囲を削らなければならなくなるので,今回はどうしても面一でなければならない半月のかかる部分のみ,薄く埋めて平らにします----うむ,オリジナル,大事。
 これで修理した半月をお迎えする下準備は出来ました~。

(つづく)


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