代用月琴1号(仮)1
代用月琴(仮)1
さて,明清楽の月琴とその工程にはまだまだナゾが多く,「昔のままに楽器を復元・製作出来るぞい!」――という域には,庵主,いまだ至っておりません。 しかしながら修理も10本を越え,さすがにサル程度の技能や知識は何とか蓄積されております。ですので明清楽月琴そのものではなくても,その「代わりになる」楽器程度のものは,なんとかデッチあげることが出来ましょう。 条件は―― ● 外見・音色が近いこと。 ● 共通の部品(軸・フレットなど)を用いる。 ● スケールがほぼ同じで,操作感が近いこと。 ● 素材・構造・工法は問わない。 さらに,年収100万円に遠くおよばないド貧乏ビルダーの庵主にとって,重大かつ最重要条件としまして―― ¥¥¥¥ ● 比較的安価に作れること。 ¥¥¥¥ ――が付帯いたしましょうか。 現在腹算用にある材料・設計から考えると,できあがる楽器は外見的にはただの「小型月琴」となりましょう。 しかしながら,今回作る楽器はあくまでも「代用」楽器なので,「これも月琴じゃ!」などと軽々に放言するにはイササカ抵抗があります。 とはいえ「代用月琴」とか「まがい月琴」とか言い続けるのも何かシャクですね……ま,いずれナニヤラ考えましょう。 STEP1 棹作り 月琴という楽器の製作を考えた時,まん丸なボディと共に,この棹,特にアールのついた糸倉の部分をどう作るかということが問題になります。 本物の明清楽月琴の棹は,糸倉までまるまるの削り出しか,糸倉の左右の部分までを一木から削り出し,音叉のような形にしたてっぺんに間木を挟めるかのどちらかです。 棹を糸倉ごと切り出せるような,大きないい材料がふつうに手に入った昔はともかく,現在ではそんなことをしたらけっこう高くつきますし,そんな大きな材を切り刻むには,それそこの道具と作業スペースが必要。 お金もないし,四畳半一間,住居兼書斎兼工房のわが家ではとてもムズかしいので,角材と板切れを組み合わせて,寄木細工のようにカタチを作ることといたします。 まるまるの削り出しに比べると,工程は多少増えますし,強度的な心配もありますが,とりあえずは試作してみましょう。 棹本体には 3cm 角の桂,糸倉にはDIYなどで「版画用」として売られている 1cm 厚の桂の板を使います。 まずは板から,糸倉の左右の部分になる部品を二枚切り出します。 アールのついた糸倉の部分から,棹とつなげるホゾ(長・3cm ほど)になるところまで。ホゾの部分のはじっこは,糸倉の内側に向かって斜めに切り落としておきます。 つぎに棹の角材の先端を凸型に刻んで,左右の肩をこれも内側に向かって斜めに切り込み,糸倉のホゾを組み込む「受け」を作ります。 三つの部品がぴったり合うように接合部をすり合わせ,ニカワで接着しましょう。 ついでに,糸倉の裏の付け根のところと,天のところのスキマに,ニカワを塗って小さな木片をはさみこんでおきます。いづれも糸倉や棹を刻んだときに出た端材を刻んだのでじゅうぶんです。 クランプで固定して,三日ばかりおきます。 左右がくっついたら,お次はこれに指板を貼りつけます。 棹材自体がそれほど強くないですから,ここは黒檀とか紫檀とか,堅くて丈夫な木がいいでしょう――棹の指板を貼り付ける面は,かなり神経質に水平リーベぼくの船に均しておきましょう。 こんどもまた,クランプでがっちり固定。 ちゃんとくっつくまで,また二三日置いておきましょう。 クランプをはずすと,四角ばった「棹みたいなモノ」が出来ました。 何やらチョコレートのかかったお菓子みたいですね。 ちょっと美味しそう。 さて,「棹みたいなモノ」を,だんだんちゃんとした「棹」にしてゆきましょうか。 まずは胴体にさしこむホゾの部分を刻みます。 この部分にはあとでV字を横にしたカタチに切込みを入れて,胴体の中に入れる延長材を継ぐんですが,この時点でやってしまうとジャマだし,切れ込みを入れるとホゾのところが弱くなって作業がやりにくいので,この時点ではまだ挿さないでおきます。 あとは全体をミニカンナや切り出し・ヤスリでヒタスラ削る削る削る! ――2時間ほどで,だいたいのカタチになりやした。 糸倉の表裏に木目の関係で加工しにくいところ,削るとボサボサになっちゃうようなところがありますが,そういう箇所は薄く溶いたニカワか,ラックニスを染ませてから作業をすると,キレイに仕上がります。 ニカワ接着にちと時間を食いますが,うむ,できるもんだ。 少々継ぎ目がみっともないですが,このへんは塗りである程度ごまかせましょう。 次に軸穴をあけます。 今回のモデルにしたのは1号月琴。ほかの月琴より糸倉が長いだけでなく,軸に少し角度がついてます。それも「左右に末広がり,やや前かがみ」という3D構造なもんで,2Dな庵主のアタマ,ちょいとついて行けません――こういう時は,ヘタにアタマで考えず,実際の作業で確かめながらやってゆきましょう。 1)まずは失敗じっても取り返しのつくくらい小さな下穴をキリであけます。 2)つぎにその穴に竹串をさして角度方向を確かめましょう。 3)イマイチなら下穴をあけ直したり,削ったりしてもう一度。 4)「これだっ!」というバチリな角度になったら,クランクドリルや棒ヤスリ,リーマーで穴のサイズを広げます。 このとき,希望のサイズ一歩手前,ぐらいで止めて,仕上げにもう一作業やっておきましょう。 写真でキリのむこうにある銀色の棒が今回の新兵器です。 これは釘の頭を埋め込むときとかに使う「釘シメ」という道具の先端を,軸先の寸法(3cm で直径 7-9mm )になるようシコシコ削って尖らせたモノ。 これをコンロでがーっ!と熱して下穴につっこみ,軸穴を焼き広げるのです。 これは三味線なんかでよくやる加工で,この方法で仕上げると,ドリルやリーマーだけでやった場合より強くて,ペグ穴からのヒビ割れ等も発生しにくいそうです。 ただし,うまくやらないと,糸倉がただコゲちゃうからご注意。 いままで修理した月琴では,この軸穴内部を焦がした状態そのままにしてある場合と,さらに上から漆などで固めている場合の二通りがありました。 さて,こうして棹のカタチはできましたが,問題は実際の使用に耐えられるかどうか。 そのへんは,まだまだ,分かりません。 STEP2 半月を作る 糸倉を切り出すのに使った 150×250 の板からは,糸倉の部品になる板が3枚と,半月が2枚切り出せます。 今回の楽器ではスケールはなるべくフルサイズの月琴に近づけたいのですが,操作感が変化しないように,棹の長さはオリジナルの月琴と同じにしてあります。 山口(ナット)から半月まで,有効絃長は 41cm――胴体が小さいのに棹が延ばせないとなると,まず半月の取付位置を地ギリギリのところまでぐっと下げなきゃなりません。 それでも足りなくて,半月自体の縦の寸法を削ったたため,「半月」というよりは,木の葉を縦半分に切ったような,ちょっと横長のカタチになってしまいましたが,まあそれはさておき―― まずは側面の木口の荒肌を均しながら,天方向から見て台形になるように,斜めにそぎ落とします。 つぎに,面板に貼り付けたときポケットみたいになるように,真ん中の裏側をエグります。 糸孔のあくあたりは薄く,奥は厚くなるように。 まれにま四角く凹状に彫り込んだものもありますが,だいたいはこれと同じく,奥の方ですぼまるように削りこんだだけのものが多いですね。 #240のペーパーでざっと表面の凸凹を均し,#600で表面を処理したら,お茶で溶いた茶ベンガラをすりこみましょう。 以前は柿渋で溶いたベンガラを塗りつけてたんですが,その方法だと濃すぎで木目が見えなくなっちゃうので,このごろはまずこうしてベンガラを刷り込んでから,柿渋を上塗りするやりかたで木を染めています。 直接塗りつけた場合より,木地への色の染みこみもいいですね。 上からカシューの透を刷いた場合,最初に赤ベンガラを刷り込むと紫檀っぽく,茶ベンガラだと黒檀っぽくなります。 両方合わせてマダラにすると,さらにソレっぽくなりますよ。 STEP3 胴体を作る 通常,月琴の胴体は,円周を4等分した形に厚板や角材から切り出された四枚の木片を組み合わせてできています。部材同士の接合は,多くは両端の木口同士を接着しただけ,良くても単純な凸凹組みですが,まれに複雑な組み方でがっちりと接合しているものもあります。 板木口同士の接着は,擦り合わせが良く,ニカワが健在な場合はもっとも素直に振動を全体に伝えることが出来ますが,ニカワが劣化したり虫損などして接着部が弱ると,強度だけではなく音の面でも質の低下が顕著になります。 一方,凸凹組みは誰もが考える接合法だと思いますが,実はこの組み方,単純で,かつ丈夫ではあるものの,曲面構成のこの側板で,ピッタリはまるように工作するには意外にウデが必要です。 事実,今まで修理した凸凹組み月琴の接合部には,1mm から最大で2mm 以上にもなるスキマが開いているようなことが多々ありました。 たいていはスキマに木片を詰め込んだり,ニカワを流し込むなどして埋めていますが,そうすると振動の伝わりにムラができたり,埋め切れなかったスキマのせいで一種の胴鳴りのような現象が起きたりしてしまいます。 さて楽器について書かれた一部の資料には,この月琴の胴体を「蒸気で撓めた板」で出来ている,と書いてあるものもありますが,事実は上に述べたように否。 ギターやヴァイオリンの側部と違い,月琴の胴体は1cm はある厚い板。 杉やヒノキの突き板ならいざしらず,この厚さの木材を自在に曲げることのできるような設備が,町の楽器職人さんの各工房にあったとは考えにくいですわな。 またじつは,そういう木材の加工技術が出来たのは,つい近年になってからのことで,月琴が作られていた時代にはまだ,そういう厚い木材をこんな円になるまで「蒸気で撓め」ることは難しかったのです。 たんなる外見と思い込みから来た間違いなのですが――現実に,そうしたものでこれを作ってみたらどうなるだろう? 第一次世界大戦中に飛行機が,それまでの木骨羽布張りからモノコック・ボディになったように,月琴の流行があともうすこし続いていたなら,そうした技術革新もありえたのではないか? そんな思いが,以前からあったのですが,ふつう入手できるそうした材料といえば,曲げワッパの弁当箱か,蒸籠の枠くらいなものです。いづれもサイズが小さかったり,薄すぎたり,円形を保つためにタガのようなものが必要だったりで,今ひとつ使えそうにナイ。 そこでいろいろと探しているうち,こういうモノを見つけました。 埼玉県入間市「プログレス」さん加工の「エコウッド」。 家具や室内装飾に使う素材で,材質はスプルース。なんでも水だけで曲げる最新工法で作られたものだそうです。 丸いし,厚さも6mm ほどあります。 月琴の胴体としては多少柔らかいし薄いのですが,先にやった阮咸さんの製作で,針葉樹の薄板でも,この手の楽器の胴体らしいものは作れることが分かってます。 また,あえて失敗するつもりはありませんが,一本¥500くらいと安価なうえ,外径 31cm,幅 50ミリのやつを半分幅に切って使う――1本で2面分の胴材がとれるわけで――まずは果敢にチャレンジ,チャレンジ! まずは作業用に,外枠を作ります。 ギターとかウクレレのビルダーさんたちが使う「型」というほど精度のあるものではなく,作業中に円形を保ってくれりゃイイ,という程度のシロモノであります。 DIYでテキトウに買ってきた正体不明の端材,なんかやたらサクサクと切れる厚板と,12×20mm 角の松材で出来てます。半月を切り抜いた板に松材を両面テープでとめて,ボルトでしめこんだだけ。 これに継ぎ目を加工したエコウッドをハメこんで,接合部にニカワを塗ってつなげて,円形にします。 胴体の継ぎ目はこの一箇所だけ――うほほ,ほんとにほとんどモノコックボディですね~。 最初から丸いのはいいんですが,材質がスプルース,厚さはあっても柔らかいんで,内側にいろいろと工夫こいておきましょう。 棹を挿す,天の部分の補強の仕方は,コウモリさんと阮咸さんで実験・経験済みです。 地のほうに板の継ぎ目をもってきたので,こちらにも裏にブロックを貼って補強しておきましょう。 分厚い板や角材から,うんしょうんしょと切り出すこともなく。 まぁるい胴体ができました! 次に問題になるのが,内部構造です。 ホンモノの月琴の場合は,外側が丈夫ですから内部桁は添え物みたいなものですが,今回の楽器は外側が柔らかい。横ざまに抱きしめたら,たちまちコワれちゃいそうです。 横に桁を渡して補強するのは当然のことですが,また,その桁の固定のしかたも問題。 ただ両端をニカワで胴体内面に接着しただけだと,横からの衝撃で定位置からたやすくハズれて,ズレてしまうでしょう。かといってハズれないように,はめこむための溝やホゾを切るには,胴体の材が薄くて弱い。 そこでこういう方法を考えました。 ――箱の中に,もう一つ箱を。 この場合,補強のために入れる箱は,さほど丈夫なものでなくてもイイ。 楽器中央の側面に,船の龍骨(キール)のような板を渡し,上下二本の横桁をつないで,内部構造をあらかじめ箱のような構造に組んでしまいます。さらに竜骨の真ん中にクボミを彫って,胴体内に貼り付けたガイドに噛ませれば,容易なことではズレたりハズれたりしないでしょう。 横桁はヒノキです。上桁には真ん中に棹をさしこむ穴と,左右に音が通る孔。 下桁にも大きな音孔を二つ。最初は左右ぶっ通して一つの大きな孔にしようと思ってたんですが,強度が気になり,くじけました。 2号月琴のように,黒檀や紫檀など堅い材の突き板で,円周ぐるりを覆ってしまう。 ――箱の外に,も一つ箱を。 というのも,同じように弱い箱構造のものを補強するためには有効な手段でしょう。 でも,そういう板は手持ちにナイし,モノがツキ板だけに,高くツキますものね。 |