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彼氏月琴(1)

KARE01.txt
斗酒庵 彼氏月琴怒りの修理! の巻(1)彼氏月琴(1)

彼氏月琴・全形
  今回の月琴は某SNSサイトでマイミクの(隠してない!)法悦系パフォーマー,語り部のミウさんよりの依頼,どのようなご縁の楽器なのかはミウさんのサイト(こちら)にてご覧ください。
  ちなみにミウさんはうちのウサ琴試作機のモニターさん(モルモット?)もやってくれとります。

  大事な彼氏を預かったもんで責任重大ですが,まずこれだけは最初に声を大にして言っておきたい。ア,ソレ――

  これを「修理」とホザく奴,地獄へ落ちろ!!


――ああ,すっきりした。

  依頼主によれば,購入の際,骨董屋が知り合いに頼んで「直して」もらったそうだが,これがヒドい…こんなヒドいものは初めて見た。楽器の状態?…いや,それにも増してその「修理」がヒドいっ!!

  この楽器が骨董屋の店先に並ぶ以前,すでに壊れていたことは間違いない。
  さらに最初に「修理」しようとしたものが,シロウトさんだったことも確かだろう。シロウトさんにとって木モノの「修理」といえば「クギ」である。はたしてハガれた板といわず,割れた糸倉といわず,めったやたらと鉄クギが打ちこまれたようだ。
  ただ打ち込まれている釘は細く一定の大きさの新品で,2号やコウモリさんに打ち込まれていたような,サイズも材質もバラバラの,土蔵の床に転がっていたような錆びクギとかじゃないところはエラい(…かぁ?)。

彼氏月琴・全形(裏)
  次の修理者は骨董屋によれば,家具か何かしらないものの,いちおうは木工の「修理」の経験やらあるヒトらしい――にしても最低の腕前だ。「楽器の修理」に慣れてないとか,そんなことやったことがナイとかいうことがあったとして,その分さッぴいても,野ツボ一杯分くらいのおつりが来る。
  もとの破損状態というのも,たしかにかなりヒドいものだったようだが,さらにこのヒトが「修理」さえしないでいてくれたら,庵主の苦労は100分の1もなかったろう。



「彼氏月琴」採寸

全長: 618mm

胴体:径 347mm 厚 38mm
  (うち表面板/裏面板ともに3.5~4mm)

棹:長 273mm
 (蓮頭をのぞく・うち糸倉 150mm/
  指板部分(山口-基部)130mm )

有効絃長(山口-半月) 406mm

蓮頭(表) 蓮頭(裏)
  備考

棹・胴体:ともに材はサクラと思われる。
蓮頭:残。オリジナル。損傷ナシ。意匠は4号,コウモリ月琴などと同じ(宝珠?)。

軸:長 125mm 最大径 30mm 先端径 6.5mm。4本ともに残。おそらくオリジナル。使用痕あり。

山口(ナット):残。おそらくオリジナル。カリン?使用痕,擦りキズあり。現糸溝は依頼主か?。

軸
指板:本タガヤサン。厚 0.6mm ほど。

(フレット):7本残。竹製,表皮側に塗り。おそらくオリジナルだと思われるが高さの変化が少ないなど,ややギモン点もあり。第4フレット欠,現在付いているものはミウさんが工房見学の折,庵主が応急処置で製作したもの。

絃停:110×80,ニシキヘビの皮。劣化,損傷ヒドし。右下に木工ボンドかセメダインと思われる補修痕。




  主な破損箇所は以下――


糸倉に割レ:左三箇所,右1~2箇所。4~5つの欠片に分かれる。
  1)クギによる修理痕。 2)左右一番下の軸穴を中心に二枚づつ薄板埋め込み。
  3)表裏に木工パテ
最下軸穴:糸倉の割レにより破損。
  1)木工パテによる補修。 2)内面保護(?)のため和紙を貼る。

表裏面板:表左に上下貫く割レ,右下にヒビ。汚れヒドし。
  1)周囲ぐるりと中央部(おそらく桁上)数箇所にクギ痕。木工パテで埋める。
  2)木工ボンドによる割れ・ハガレの補修痕。

半月:修理により歪んで取り付けられている。
  1)面板から周縁浮き,ほとんどハガれかけている。
  2)左右と中央下部に釘。左右のものはクギは残らず穴のみ。

側板:
  1)天の側板,棹ホゾ上左右に割レ。真ん中でさらに二つに割れている模様。補修接着済み。棹取り付けややユルし。
  2)左肩接合部凸凹継ぎのスキマをヒノキ薄板で埋める。左下接合部に割レ(補修済み)
  3)各接合部スキマに透明な物質充填。ニカワにあらず。おそらく木工ボンドならん

左右目摂:右一箇所損傷,左損傷激しく1/4程度が欠損。
扇飾り:欠落。

  ほかにも木工ボンドで適当に接着したような箇所がたくさんあったのだけれど,怒りにまかせてひっぱがしたところが多いもンだから,今回は記録もちゃんととってない。


  もっともサイテーなことは。


  最初の修理者が打ちまくった釘のアタマを,(おそらく前修理者が)切り取りまくってくれやがったことであるッ(超怒)!

  表板などに点々と見える,釘穴かくしのパテ埋め痕の大きさから見ると,明らかに以前はここにクギのアタマが突き出ていたことは間違いない。クギのアタマが残っていれば,引っこ抜いて「修理」が出来るのだが,これを切られてしまっては容易に抜くことができない。
  一部だけ,とかいうならばそれも何とかなるのだが,打たれたクギほぼことごとくであるから始末が悪い。
側板
  まして今回の楽器の側板などは,とくに薄くて最大のところでも8mmあるかどうかなので,1本1本ほじくって抜くわけにもいかない。そんなことしたら「修理」の前に楽器がバラバラになってしまう。
  コンバトラーVが合体できるぐらいの,超強力な超電磁石でもあるならハナシはべつだが…いまのこの楽器の状態とわたしの腕前では,抜きたくても抜けない。このままの状態で修理するほかがないのである。

  楽器というものはもともと壊れやすい構造物である。
  たとえ歩き出したばかりの赤ん坊でも,ストラディヴァリウスを完全破壊することぐらいは可能だろう。
  楽器は家でも家具でも食器でもなく,「音」を出すための器である。
  見えないかすかな音のために,ギセイにしている箇所は多い。

  しかしたいていの楽器は,壊れても適切に修理することによって何度でも蘇り,百年,二百年と生きながらえる。では修理が「適切」じゃない場合は,どうなるのか?――永遠のはずの生命に「寿命」がデキるのである。

  月琴はヴァイオリンほど繊細な構造はしていない。
  またよほどカコクな環境にさらされ続けない限り,一年二年でどうにかなるということはないだろうが,十年,二十年――あたかもかつて少女を守ろうとして爆発にまきこまれ,その時の破片が身体中に残っていて,いつそれが心臓に突き刺さって終わるかもしれない,というドラマの元従軍記者のように(長っ!)――いづれ内部に埋め込まれたこのクギがサビ,膨張して木部を破壊するだろう。


半月
  もともと部品の欠落が少なかったことと,骨董屋の外見的な「修理」によって,一見遠目にはマトモそうに見えるのですが,近くば寄って目にもみると,はっきり言ってその実は「修理不能」に限りなく近い状態にあります。楽器のシアワセを考えるなら,もうこのままただのオブジェにして有限の余生を穏やかに過ごしてもらうか,いっそゴミとして燃やして昇天させてしまったほうがいいのかもしれません。

  しかしながら楽器は出会い,楽器は縁――たとえ死にかけの楽器でも,依頼主が「彼と生きてゆきたい」と言っている。多少見栄えは悪くなっても「この楽器を弾きたい」と願ってます。

  本来,古楽器の修理は原状回復。オリジナル部分はなるべくイジらないようにする,というのをムネとしますが,これではそうも言っていられません。
  修理はしましょう。しかし修理不能状態のものを,「演奏可能」なところにまでもってゆくのですから,そうとうなオキテ破りは覚悟しなければなりません。
  しかし,どのように直しても,今回の楽器は「寿命つき」でしか蘇らない――それはわたしにとってはいちばんツラく,カナしいことです。

  今回の作業は「修理」の本筋からはハズれた,かなりキビしいものになるでしょう。



STEP1 糸倉の修理

糸倉(修理前)
  まずは糸倉のアップ。
  これが前修理者の仕業である。わたしにとっては怪奇心霊写真よりもオソロしい絵だ。

  上にも触れたように,糸倉は一番下の軸穴を中心に,4~5つに割れてしまっている。
  細釘を縦横に打つことで継ごうとしたのは最初の修理者だと思うが,これはまったく効果がなかったろう。糸倉,とくに軸穴周辺は力のかかるところだから,クギで継いだ程度では軸を挿しただけで割れ目が開いてしまう。

  次の修理者はこれらのクギそのままに(2~3本は抜いてみたかもしれない,クギがなく,ほじったような穴の痕があった),まずは前修理者の「修理」によるキズ痕を,家庭用の木工パテで埋め込んで誤魔化したものである。

糸倉(側面)
  つぎに側部に二本づつ溝を彫り,ヒノキかなにかの薄板をはめこんで接着。
  埋め込まれた板は白いので,仕上げに「目立たないように」(イヤ,近くで見ると相当メダってますが!)おそらく水性の赤サインペンで塗ったくってある――ナンテコッタ…orz.......。

  割れ目に対し垂直方向に板を埋めて上下を継ごう,という考えだったようだが,現実にはまあ糸倉がバラバラになるのをかろうじて止めている,といった程度である。
  もしこの方法をとるならば,せめて板の左右中央を刻んで「チギリ」のようにしたほうが,まだ効果があっただろう。さらにこの板は左右の表側にしか埋め込まれていない。「ヒビ」の補修ならばそれでもアリとは思うが,パックリ完全に割れているので,しっかり確実に継ぐなら同じものを内側にも(角度をやや変えて)埋め込む必要がある――もっとも,この糸倉の「内側」の適当な場所に溝を彫りこむ,なんて作業はエラくタイヘンだろう。

  割レのいくつかは一番下の軸穴を貫き,二番目の穴にもわずかにかかっている。
  前修理者はこの軸穴の補修にも木工パテを使用。ガタガタになった穴の内部をパテで○っぽく整形。
  パテはごくモロいので軸を挿すと割れたり砕けたりする。
  で,ここに和紙を貼り付けた。
――それもまあなんという工作か…余った紙は同じく赤サインペンで塗ったくったようだ。

  このヒト,よほど赤サインペンがお好きらしい,

  割れ自体が木目に沿った自然なものであったことと,接着に木工ボンドの類が用いられていなかったことが,なんとか不幸中の最悪を免れたところかと。


  今回の作業は,まずここからはじめます。
  この修理報告で何度も書いているとおり,「弦楽器にとって,糸倉はイノチ。ここがやられると楽器はたいていもうダメです。」てか,この状態…これはふつうに考えれば,もう完全に死んでます!棹ごと新しいものに取り替えてしまった方がイイかもしれない。

  そいでも修理するのだ。

  まずはゴテゴテと塗ったくられた木工パテごと,糸倉部分の塗装をハガします。

  木工パテのほとんどは表面に「なすりつけた」程度の仕事で,ちょっとペーパーでこすると,ぜんぜん埋まっていない暗黒の穴やらミゾやらが顔をのぞかせましたので,いつも使っている木粉ベースの新素材パテにて,こんどは完全に充填します。

糸倉修理(1 側面から)
  上にも書いたとおり,割レは実質ぜんぜん継がれてないんで,この作業中に早くも一度バラバラになりましたよ(脱力~)。

  割れ目部分をキレイにしてから,あらためてニカワを塗り,接着。
  いつものように,細い竹釘にニカワを塗ったのをピンバイスで穴をあけては打ち込む。竹釘はなるべく多いほどいいのだが,最初の修理者がすでにこれでもかというくらい鉄クギを打ち込みまくっているので,場所があまりない。それでも4~5本は打ったか。
  報告内で前にも言ったように,この竹釘は鉄クギとは意味合いが違ったもので,割れ目に対して垂直方向に丈夫な繊維を通すのが目的。釘自体の強度はそれほど必要ないが,ピンバイスであけた穴のなるべく深く,できれば底まできちんと押し込むのが肝心である。

  おまけに糸倉の内側にニカワで薄い和紙を二枚,目が交差するように貼り付けておきます。

  次に側部のぐるりにヤスリで浅く溝を彫り込み,籐を巻きます。
  今回,籐はガラス質の表皮を剥いて,なるべく細く,薄く削りました。
  巻いた上から焼きゴテをあてて平らにします。

糸倉修理(2 上面から)

  一番下の軸穴ははじめにも書いたとおり,穴自体が欠けてガタガタになったところを,木工パテでいちおう「丸く」なるように補填してあります。
  力のかかるところですから,はじめからその程度の工作で済むようなものではありませんし,上に貼った和紙は補強にも問題にもなりません(邪魔にはなった)。

  ここは木片をハメこんで埋めてしまってから,あらためて開けなおします。

  本来は,補填されている木工パテをすべてこそいでしまってから,同材(たぶんサクラ)の木片を,ガタガタになった穴のそのカタチに削り,埋め込む,というのがスジなんですが,細かな凸凹にまで入り込んでしまっているので,マトモにやるとなりタイヘンです。
糸倉(修理中3)
  そこでパテを削り取りがてら,一度穴をやや大きめにエグってから,その内側を割レへの影響が少ない柔らかめの材で埋めることにします。ちょうど以前,阮咸さんの製作時に失敗した軸がありました。柔らかいシナか白楊なのでこの作業にはちょうどいいでしょう。

  あけなおした穴。
  内側に薄い木のチューブを埋め込んだようなものです。
  埋め木の材質自体は弱いものですが,焼き鉄棒で内側を焦がし,ラックニスを染みこませるなどするとかなり強化されます。


糸倉(修理中4)
  んで,上からこってりとカシューで塗りこめてしまいます。

  オリジナルはしっとりとした刷り漆っぽい仕上げだったのでザンネンなのですが,この糸倉の割れ目と根元のところにも,アタマを切られた細クギが何本も埋め込まれたままです。補修部分の保護・強化のためと,少しでも楽器を長持ちさせるためには,湿気の影響を少なくする必要もあるので,あえてオリジナルと異なるツルツル塗装にします。


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