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斗酒庵流 月琴ピック製作記(2)

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斗酒庵流 月琴ピック製作記(2)月琴ピックの作り方

  月琴をはじめたころは,この楽器を演奏するのにどんなピックが使われていたのかなんて全然分からなかったもので。
改造サムピック
  とりあえず,いちばん最初は中国屋楽器店さんで中国月琴のピック(前記事参照)を買って使っていました。が,この中国製ピック,薄くペラペラなのと,材質のせいか滑りやすく,とくに細かいトレモロ演奏とかしてると,よくスッポンと指から逃げてしまいます。
  そんで次には,左(←)のようなものを使っておりました。

  これはギターのサムピック(親指にはめて使う指輪形のピック)をお湯でゆでて,延ばしたもの。
  やや短いことをのぞけば,厚みもそこそこあってつまみやすく,弾力やカタチなども悪くはありませんでした。

  まあでもニンゲンの欲というものは際限のないもので。
  弾きこんでいるうちにもっと「本物」っぽいもんが欲しくなってきます――とはいえ,本物の「明清楽月琴用のピック」なんてものがどこぞに売ってるわけもありません。

  じゃ作っちゃえ~~~っ!!!

――てのは貧乏なればこそ多能なる,庵主いつもの思考パターン。

  さてやがて,資料が集まり実物も何度か目にして,「明清楽月琴のピック」というもののサイズやらカタチも分ってきましたが,次に立ちはだかってきたのが「材料」というカベであります。

  …なんせ前の記事で書いたとおり,「象牙や水牛の角,ベッコウ」ですからね。

  二つは高価なうえ,ものの見事にワシントン条約に引っかかり,のこり一つは比較的安価で簡単に手に入るのだけれど,ものごつカタくて当時持っていた工具では削ることもできなんだ。
  もちろんカタチだけ真似して,アクリルやプラスチックの板で作るとか,竹を削るなんてこともやってみたんですが,どれも感触がイマイチでありました。

  そんな試行錯誤のある日,ふと「牛の骨」を使うことを思いつきまして。
  牛骨ならギターのナットなんかにも使ってるくらいですから,材質や加工性も問題ないでしょうし,そこらのペットショップで売ってるはず。

  さあいざ,ペットショップへ!!

――と,意気込んで行きましたら,ちょうどその時分,BSE問題真っ盛りのころでして,「牛の骨」なんてどこにも置いてありません(^_^;)。

  「てやんで~!おイヌ様が骨食っておかしくなるんなら,狂牛病じゃなくって狂犬病だァ!」

  なんて,やさぐれながら店内を見渡した時,ふと目に付いたのがこの素材。
牛のヒヅメ
  ワンちゃんのおやつ「牛のヒヅメ」¥200。

  骨はダメでもツメは良いものらしいですね。
  モノは験しと一つ二つ買って帰り,削ってみますと,これがイイ!
  何せモトが「ツメ」ですからね,弦を弾く感触が指先で爪弾くときのそれに非常に近い。象牙やベッコウにくらべるとやや柔らかですが,絹の三味線弦程度ではそんなに削れません。

  以来,斗酒庵工房製,月琴ピックの素材は,ほぼこれ一筋でやっております。
  まあ「月琴のピックをイチから作ろう」という人も,そうはおりますまいが,同じ材料と工程で,ギターやウクレレのピックも作れますのでとりあえずはご覧を。

  さて,お待たせしました。では斗酒庵流ピックの作り方を紹介紹介~。


○ 「牛のヒヅメ」は大手のペット・ショップなどで売っています。骨型クッキーとかガムとかのコーナーに,一緒に置いてあることが多いですね。通販などでも手に入りますが,もとが生物。カタチや厚さが一つ一つ違ってますんで,実際に手にとって加工しやすそうなのを選んだほうがいいでしょう。
○ 乾燥させただけのタイプのほか「燻製」にしたのもあります。ピックにするならもちろん,生に近い乾燥タイプのほうを買ってくださいね。



STEP1 切り分ける

  まず,牛のヒヅメは一晩ほど水に漬けておきます。乾燥した状態ではかなりカタく,そのままでは切るのも手ごわいモノですが,水に浸すと糸ノコなどでサクサクと切れるようになります。
切り分け
  切り分け方は左のとおり,月琴のピックには真ん中のヒヅメの「底」の部分を使います。
  左の横っ面の部分は,ギターやマンドリンのピックなど作るのに良いでしょう。
  右の内側部分は薄かったり小さかったりでまず使えませんが,マンドリンのピックくらいなら作れそうですよ。

  切り終わったら,周縁のでっぱりやもろもろとした弱そうな部分は,小刀でちょちょッと削っておきましょう。


○ 底の部分は筋が縦に長く通っており,加工後の反りや曲がりも少ないので,比較的長いもの大きいものが作れます。ただし厚いので,ピックの厚さにまで削るのがタイヘン。また側面にくらべるとちょっとだけ柔らかいかな?

○ 横の部分は底よりは薄くて加工しやすいのですが,筋が斜めに入っているので,作れるピックの大きさに制限があります。ギターのピック程度の大きさでは,どの方向に筋が向いていてもさほど問題ありませんが,月琴のピックを作るとなると,筋の向きによっては後々大きく変形してしまうことがありますので,あまり長モノには向きません。


STEP2 ヤキを入れる
焼き入れ
  初めの頃は,切り分けた牛のヒヅメをそのまま削ってカタチにしていたんですが,いちおう板になってるとはいえ,けっこう歪んでるし凸凹も多くて意外と工作がしにくい。
  これをどうにかして,もうすこし平らかにしようと思ったのがこの工程のはじまりでして。

  また,牛のヒヅメは生の状態だと湿気や温度に弱くて,ちょっと長い時間演奏していると,体温や手の湿り気で,すぐに変形してしまってましたが,この作業をすると,生のときより温度湿度に強くなり,変形が小さいし,材がぎゅっと焼き締まって堅くなるので,弾きごこちもより良くなります。

  まずは鉄板にはさんで,¥100屋のクランプでぎゅうっとしめつけます。

  鉄板には軽く油を塗っておくと,焦げたヒヅメがひっつかないのでいいですよ。わたしは工作に使う荏油とか亜麻仁油を使ってますが,燃えあがっちゃうようなものでなければ,ゴマ油やサラダ油,何でも良いでしょう。
焼き入れ(2)ひっくりかえす
  底の部分は比較的平らかなので,それほど大変なことはありませんが,側面部分は弓なりに曲がっているので,クランプであっちこっちと締めながら,均等に平らかになるようにします。
  あまり力任せで一気にやると,平らになる前にヒビが入ったり割れたりしてしまいますので,のんびりね。

  つぎにこれをコンロにかけます。火はごく弱火。

  火を使うのときはいろいろと気をつけてくださいね。
  コンロの前に陣取って,耳をすましながら,気長にやりましょう。

  水分が蒸発する,じゅうじゅういう音がしなくなったら,いったん火を止めて,クランプをはずしてひっくりかえし,ウラオモテまんべんなく熱を通します。
  裏表焼いて,なお焼きが足りないと思ったら,ヒヅメを一回水にくぐらせてから,もう一度焼きましょう。側面部分は比較的薄いのですぐ焼けますが,底の部分は分厚いので,けっこう時間がかかりますね。

焼き入れ(3)
  焼き入れが終わって板状に熨されたのがこちら(→)。


焼き入れ(4)
  焼き具合は…こりゃ伝えにくいんですが。

  まあ,焼きが足りないと,明かりにむけて透かしたとき,白っぽくて透明感がない。削ってみると柔らかすぎ,ピックにすると先がやたらと減ったり,体温や指の湿度ていどで,反ったり曲がったりしやすくなります。
  焼きすぎると透明になるかわり,繊維の筋が見えなくなって,内部に気泡が浮きます。これでピックをつくるとかっちり硬いけどモロいものができてしまいます。そうしたピックはまた使用に関係なく,時間がたつと自然に変形してしまいます。

  繊維の筋がくっきり見えてるくらいでありながら,全体が均一に透明で,心もちもとより黄色っぽい。

――ってぐらいがベストなんですが,コレがなかなか難しい。
  わたしもまだ時々失敗してますなァ。
  焦がしちゃったり,生っポすぎたり。

  うまく焼きあがったら,最低でも1~2週間。できれば2~3ヶ月ほど乾燥させてから次の工程に入ります。
  乾燥期間の目安に,焼入れした日を,マジックか何かで板に書きこんでおきましょう。
  水に一晩漬けたうえに鉄板で蒸し焼きしたんですから,芯のところに水分が残ってるんですね。
  ゆっくり水分を飛ばしましょう。
  このまま加工に入ると,できあがってからピックが変形しちゃったりします。

○ 乾燥をしているうち,せっかく平らにした板がまたちょっと反ったり曲がったりしてしまうかもしれません――でも放っておいてください。その曲がりや反りは,その素材本来の性質とかクセのようなものですので,あるていどピックのかたちにしてから削って修正するなり,火熨しするなりしたほうが,より変形の少ない,まっすぐなものが作れます。


STEP3 ピックに削る
削り(1)
  さあ,ここまでは素材作り。
  ようやくピック作りの開始です。
  以下は月琴のピックの作り方になりますが,ギターやマンドリンのピックも,工作自体は同じようなものです。

  まずは乾燥したヒヅメを,細長く切り分けます。

  つまさきのところが一番硬いので,弦を弾いた時,感触が良い。まずはそこらが先端になるように材取りをします。
  あとで削り込むうちに小さくなりますから,ちょっと大きめ長めに取りましょう。


削り(2)
  短冊状に切ったものを,切り出しやヤスリで削ってゆきます。
  白いオガクズ状のゴミがいっぱい出て,ちょっとヤなニオイもします。
  なんせ動物性,しかもツメですからね。ほら,髪の毛とか焼いた時みたいなニオイですよ。

  幅はいちばん太いところで1.2~5cmくらい。
  厚さはいちばん厚いところで 1.5mm 程度かな。

  糸をはじく先端部分を削るときがやっぱり,いちばん神経を使いますね。
  鋭角にしすぎるといらないところで糸にひっかかるようになるし,鈍角すぎると今度は糸を正確に捉えりにくい。
  薄すぎると刃物のようになって糸が痛むし,厚すぎると糸を弾いた時のレスポンスが悪くなります。

  堅さや弾力は素材の質によっても違ってきますんで,演奏をするときのように持ってみたり,指先で曲げて弾力を確かめたりしながら,自分の使いやすいカタチや厚みを追求してください。

削り(3)


STEP4 油に漬ける
油漬け
  表面を#250~400くらいの耐水ペーパーで荒磨きしたら,2~3日油に漬けます。
  油はまあ,ゴマ油とかサラダ油でも良いんですが,やはり乾性油の類がいいでしょう。
  わたしはテレピン油に荏油か亜麻仁油を混ぜたものを使っていますが,これもたまたま部屋にあったからで。乾性油の類なら,さほど何がヨロしい何がダメということはありません。

  漬け込みが終わったら,表面の油をよく拭いて,2日くらい陰干しします。
油漬け(2)
  写真は油からあげた直後のピック。
  月琴のじゃなく,側面で作ったギターやマンドリン用のものですね。

  もとが生モノなんで,乾燥しすぎるとヘンに曲がったり,ヒビ割れたりします。この油漬けはその対策なんですが,わたしは出来上がってからも鼻のアタマやおツムをしょっちゅう擦って,ピックに油分を補給してやっています。
  三味線の人なんかも良くやってますよね。
  ちょいとキタないですが,そのほうがより長持ちするみたいですよ。


STEP5 磨く

  ここまでくれば出来たようなものですが,この仕上げがけっこうタイヘンなんです。

  まずは#400の耐水ペーパーで,表面に残った加工痕やキズなどを均します。
  番手をあげて,次に#600でなめらか~にし,最後は研磨剤をつけて#1200くらいでこすると,かなりツヤツヤピカピカになります。

磨き(1)
  最後の仕上げはリューターにパフの類のビットをつけてやってもヨロシ。

  いづれにせよモノが小さいので,固定がしにくいのが苦労ですね。

  磨き終わったピックのお肌のアップはこちら(←)。
  ここまでにするのに,けっこう汗かきますよ!



STEP6 飾る

  さあ,完成です。
  紐などつけてあげましょう。

  『明清楽之栞』の絵のものもそうでしたが,古い写真や錦絵などでは,飾り房のついたもっと長い紐を付けてあったりします。
  もっとも,この紐には実用的な意味はさほどなく,演奏上はなくても別段構いません。
  実際に使うのなら,このくらいの房でじゅうぶんでしょう。右のについているのはどちらも手製の赤房ですが,左のはリリアン製の既製品で,カッコいいのですが一個¥300くらいしますね。

  弾く時にはこの房部分は手の中に握りこむか,手の甲に垂らすかします。
  握りこむと連続でトレモロなんかするときには,ちょっと支点のようになってやりやすいことがあります。ピンカラ弾きの時は,甲に垂らしておくと,糸をはじくたびにほどよく揺れて,ちょっと見栄えがしますね。

作品(1) 作品(2)

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