彼氏月琴(終)
![]() STEP5 胴体の塗装 胴体および棹の基礎工事は終わりました。 というより,これ以上のことをしてあげられません。 いちばんは体内に残るクギをぜんぶ抜いてやりたいのだけれど,前回述べたような理由で抜くことが出来ない。 今回の作業は「修理」というより「延命処置」ですね。 より長く音を奏でていられるように,より長く弾いてもらえるように,少しでも楽器が長持ちするように手立てをするだけ――もとは無限に近いイノチを持ってたのにね。 オリジナルの木部には擦り漆程度の薄い塗装がなされていたようです。 ![]() 本来この楽器はその程度の塗装で良い。 もっとも,今回はその上から前々修理者か骨董屋が,オイルステンか水性ニス様を塗ってくださいやがっているようです。 まずはそいつをハガして,内部のクギに湿気の影響などがおよびにくいよう,また補修箇所の補強のために,あらためてこってりと塗りこめることにしましょう(苦笑)。 ![]() 今回も下地~中塗りは日本リノキシンさん謹製,シェラックコーパルヴァーニッシュを使用。 下塗り段階でもう,けっこういい木の色が出てたんで,カシューによる上塗りも4度ほどで済みました。 ![]() 最後の塗りから一週間ほど乾かして,塗装終了! さあ,あとは仕上げを待つばかりです。 STEP6 お飾りを作る ![]() 乾燥待ちの間に,お飾りを作っておきましょう。 オリジナルは右のがほぼ完全なものの,左はかなり欠損してしまっています。 はじめは欠けた部分を継ぎ足していこう!と思ったんですが――いや,新しくこさえたほうが早いわ,こりゃ。欠損部分が多すぎます。 ちなみにこのお花,何だと思います? 某SNSのコミュニティでも質問したんですが,草花に詳しい方々でもよう分からんとのことでした。 花の形がかなり意匠化されてしまっているので,ちょっと判別に難いところはあるんですが,どうやらこれは「ツユクサ」の類のようです。 ![]() いちばん雰囲気が似ているのは「オオトキワツユクサ(→)」なんですが…これは昭和初期に入ってきた帰化植物とのこと。この楽器の製作年代は,おそらくそれよりちょいと古いのが難。 ツユクサの古名に「月草」というのがあるそうです。 万葉集にある歌が典拠といわれています。 「月の草」なら「月の琴」に付いていて,何らフシギはござんせんでしょ? もっとも,その万葉集の歌に出てくる「月草」というものは,じつのところ正体不詳の植物で。 この「ツユクサ=月草」というのも,江戸時代にはじまったいわゆる「学間の巷説」みたいなものなのですが,巷説だけにかえって広く浸透してしまったようで――月琴を弾くような風流人だと知っていたはずです。 ![]() まず全体のフォルムは欠けの少ない右のお飾りを参考にし,左右ともに欠けている部分については,似たようなお飾りの例から推測します。 材はいつものアガチス。 ![]() だいたいのカタチができたら,両面テープで木片にはりつけて,2/3程度の厚さまで裏を削って薄くします。 ![]() 仕上げ彫りを済ませたら塗装。 細かい彫りをする前に,あらかじめ裏に和紙を貼っておくとラクですよ。 今回は「オハグロ」――ヤシャブシと反応させて真っ黒にしたベンガラとその溶液――で黒く染めます。 ![]() 染め終わったお飾りは,ウェスにラックニスを含ませたもので表面をたたくようにして仕上げます。 何度かニス塗りをしたら,木目方向に歯ブラシで擦ってやりましょう。 表面の糸屑とかもとれるし,いい風合いが出ます。 この塗装はオハグロ・ベンガラをとめる程度のものなんで,テカテカになるまでやることはありません。 まだちょっとつや消し状態でやめときましょうね。 ![]() 左右の目摂は残ってましたが,扇飾りはなくなってしまったようなので,こちらはイチから新作せにゃなりません。 ――まあ,無難なところで,定番のコウモリさんでいきましょう。 STEP8 仕上げ~完成 まずはマスキングをはずし,#2000のペーパーに石鹸水をつけて,塗装面の磨きあげをします。 今回はカシューの層が薄めですから,やさしくやさしく。 カシューは乾きが遅いので,どんなに注意しても表面に細かいゴミやチリがついてしまったりしますが,こうやって磨いてるうちに,だいたいはとれてしまいます。 表面が平らになり,一様に白っぽく曇ったら磨きは終了。 この段階で表板の再塗装もしてしまいましょう。 表板の塗装で砥粉がついちゃったりしますからね,最後にカシューで塗装した部分を掃除がてら,亜麻仁油をちょっとつけた布に研磨剤(白棒)を粉にしたものをつけて軽く磨いてやりましょう。 これがほんとの仕上げ。へんにテカらず,しっとりと落ち着いたツヤで仕上がります。 ただ磨き終わったら,油が乾くまで一晩ぐらいは触らないようにしてやりましょうね。 指紋とかがついちゃうことがありますので。 ![]() このオリジナルのフレットは竹製。 ほとんどオリジナルのまま残っていたようですが,第4フレットのみ欠損。 写真にあるのは前にミウさんが来室した時,庵主が応急に作ったローズウッド製のものです。 一見,煤竹とかのようですがこの茶色い部分は塗りです。 新作のフレットはこのところの工房定番,やっぱり竹のフレットです。 ![]() 削って,たてて,位置と高さを調整して(ここまでは早い!)。 両角落として,両面磨いて,お湯で下茹で。 ついでヤシャ液+柿渋+二鍋頭(北京の焼酎)の溶液で煮込んで,一晩漬け込み。(だんだん) 翌日乾燥後,ラックニスを塗ってさらに一晩。(遅くなって…) 乾いたところを磨きまくります。 竹をツヤツヤに磨き上げようとするのはけっこうタイヘンなもので,8本仕上げるのに約3時間もかかってんですよ! はじめは早いんですが,手間は前のツーピースと同じくらい…多いぐらいですかね。 さてここまできて,細かい仕事が2点発生。 半月の取付位置が,左にわずかにズレてしまったようです。 オリジナルの取付痕どおりに接着したんですが…表板の接着でズレたのか,もともとこうだったのか? ![]() それだけならまあ,誤差の範囲内程度のものなので,演奏上さしたる問題もないのですが。 山口の手前の指板の切れ目がちゃんと真っすぐになっていなかったため,山口をそのまま取り付けると,半月のズレと相まって,糸が誤差の範囲外に飛び出しちゃうので,手直しせにゃなりません。 まずは指板の端をちょっと切りなおして,黒檀の板を細く切ってスペーサーを作ります。 つぎに外弦を張り,弦の左右のバランスを見ながら,山口との間に噛ませたスペーサーを削って調整。 半月から山口まで,弦が左右バランスよく通るようになったところで,スペーサーを接着します。 小さな部品ですが,ナットのそばなんでしっかりくっつけましょ。 板切れを2枚組み合わせて,糸倉の背にはコルクをはさみ,輪ゴムでとめてみました。 ![]() つぎに表面板の塗装後,板の右下にヒビが再発。 ヤシャ染めで濡らしたからですね。板も傷んでいるのでこれくらいはしょうがない。 もっとも,この手の修理は手馴れたもの。 こんくらいのヒビじゃもう,ビビりもしませんわ。 まずは周辺を少し濡らしてから,薄めたニカワを筆でヒビにたらしこみます。 ![]() ニカワが固まらないうちに,ヒビに沿って両側を指でウニウニっとマッサージするようにしてやって,ヒビ全体にニカワを行き渡らせ。 仕上げはヒビの左右のポイントにだけ圧がかかるように板辺をおいてクランプ。 押せば見えなくなるくらいのヒビなら,翌日にはピッタリくっついてます。 クランプするまえに,ヒビの上に和紙をかけとくと,ニカワが板にくっつかなくっていいですよ。 そんなこんなも乗り越えて,フレットをたてて,お飾りを付けて。 2007年5月16日――「彼氏月琴」半壊の淵より帰還す!! ![]() 修理後所感 ![]() 胴径からいうとやや小型の月琴ですが,器体のバランスはよく,フレットも低いのですごく弾きやすい楽器です。 オリジナル加工がいいのですね。 これだけ修理を重ねているのに,そのあたりは変りません。 あらためて眺めると棹なんかも,糸倉のアールがやや深く,蓮頭の位置も山口から見てかなり下のほうになってます。本タガヤの指板,わずか末広がりに配置されたやや長めの軸とあいまって,小ぶりながらじつによくまとまった美しいデザインになってます。 ![]() 胴体の各所に残る加工痕を見たり,お飾りを複製するのにその刀跡をなぞってみたりしてても感じられたんですが。この楽器の作者は,ほんとうにウデのいい職人さんですよ。 音は大きくもなく派手でもなく,「ふつうの月琴」の音色です――イヤ,このところ「赤いヒヨコ」とか「楓渓さん」みたいな「月琴らしからぬ」巨音月琴が続いたんで,なんだか落ち着くなあ。 正統派癒し系楽器の音色ですね。 コウモリさんとおなじく,さすがに使いこまれた楽器だけあって「枯れた」味わいの音。 コウモリさんとくらべると,やや軽やかかな? 彼氏月琴音源集(MP3) |