ウサ琴2(1)
![]() 今年の前半だけでも―― 去年の暮れに,自分でしょいこんだ2面のほか,さらに2面の修理が舞い込むなか,阮咸さんを仕上げウサ琴を試作し,サイレント月琴・カメ琴まで作ったわけで。 いや,読み返して見るとけっこうやっとるなー,と。 さて,しかれども貧乏人に休みはない。 かといってべつだんコレで稼いでるわけでもないので,ムシロ働くほどに貧乏になってゆく今日この頃ではありますが。 明清楽月琴代用楽器・兎琴,通称「ウサ琴」。 第二弾に参ります。 今回は4面同時製作に挑みます。 目的は二つ。 一つは響き線の形状や棹の材質の違いによる,効果,音質の変化の比較。 もう一つは,あるていどの数を同時に作ることで,月琴の工程や加工のまだ分かっていない部分を解決すること。 月琴は大流行した楽器です。 そうした当時はどの職人も,ある程度の数をまとめて製作していたはず。 楽器に限らず,モノを一個だけじっくり作ってゆくときと,あるていどの時間制限の中,何個かまとめて作るときでは,おのずと使われる技術・技法が違ってくるものです。 そのへんから何か糸口がつかめればと。 ![]() 胴体は前回と同じくプログレスさん謹製,エコウッド円形(30cm 径)。 5cm 幅のものを半分に切って使います。 ![]() 棹の材料はとりあえず3種類用意しました。 ほんとは四本,ぜんぶ違う材でやりたかったんですが…ちと資金難でして。 いつもの桂のほか,イチイとチーク。桂とチークはすでにウサ・カメと試し済みですが,イチイは今回がはじめて。わたしの故郷では「オンコ」って言いますね。 よく旧家の庭先に古い樹をみかけます。中は腐れてすっかり空洞,外から見ても枯れ果てたような灰色で,壊れたバネのようにくねった,スケスケの皮だけみたいな樹が,春になるとちゃんと新しい緑の葉を茂らせる――厳寒に耐える丈夫で長生きな樹です。 夏になると赤くなる実は甘く,こどものころよく食べましたね。 ギターのブレーシングなんかに使っている人もいましたが,たしかアイヌの「トンコリ」はこれを使っていたのではなかったかと記憶しております。 ちょっと期待大。 糸倉も前作と同じく桂の版画用板(1cm 厚)。前回の製作の時,半月といっしょに切り出しておいたものを,とうとう使用いたします。 さァ,出番だぜ! STEP1 棹を作る 工程は前と同じ。 ただし前回は棹だけ先に試作しちゃってたんで,そのあたり,ちょっと記録が間に合いませんでした。 今回はちゃんとイチから書いてきましょう。 まずは糸倉を作ります。 本物の月琴の糸倉は棹と一体で彫りぬきの一木作り(天のところに間木を埋めることが多い)ですが,作業スペースと資金の関係で当工房では寄木で作っています。工程は,写真左から―― ![]() 1)板から糸倉の左右を糸ノコで切り出す。 2)両面テープで二枚を貼り合わせ,左右そろうように木口を整形。 3)はがして棹と合わせる。 ![]() 乾燥してから次の削り。仕上がりまでちょいと削ったら,ニスをしませのくりかえし。写真左はその加工中,表面はまだボサボサしてますが,木口にニスが染みてるのが分かりましょうか? 右は磨いたものです。木目が見えてきてますね。 桂はそれほど堅くない木ですし,もともと板の木口の部分は弱いので,こうして木固めをしながら作業をしないと,余計なところを欠いてしまったり,削りすぎたり,なめらかに削れず仕上がりが凸凹になったりしてしまいます。 棹の方は3cm角ほどの角材,長さおよそ20cm。 指板の貼られる部分は 15cm ,山口(ナット)をおくスペースに1cm,胴体にさしこむホゾの部分に3cm ほど使いますが,そのほかこの後の作業でしくじったりしたとき修正できるように,少し長めにとっておいたほうが良いですね。 ![]() 1)片方の先から左右を,長さ6cm,幅1cm 切り落として頭を「凸」のカタチにする。 2)この 凸 の左右を内側に1cm ほど切り下げて,糸倉をハメこむ「ウケ」を作る。 糸倉の板とウケの角度がピッタリで,ハメただけでビクともしない――てのが理想ですが,現実はそれほどチョコレートパフェ。 これを正確に擦り合わせるのは,けっこうタイヘンです。 わたしは糸倉のほうを先に削っておいて,あとはとにかく棹の「ウケ」のほうを合わせるようしています。先にも書いたように,棹の方には「しくじった」時用の余裕をつけてありますから,思いっきりしくじって,ウケを切りなおすことになっても(1回だけですが…)大丈夫。 一方,糸倉のほうは削って短くしちゃうと,左右が合わなくなってイチから作り直しですもん。 桂のと,チークのが,ちょっと短くなってしまいました。 うう…棹ホゾにまわす分がギリギリだよぉ。 イチイという材を削るのははじめてだったんですが。 持った感じはそれほど重くないんですが,じゅうぶんに堅く,また針葉樹とは思えないぐらい粘りのある材でした。拍子木みたいに叩いてみると,乾いたいい音がします。 これはやっぱり,イケるかもしれませんね。 ![]() 糸倉と棹のウケの擦り合わせができたら,棹と糸倉を接着します。 ニカワを塗る前に,両方の接着面にあらかじめお湯を少し含ませておきましょう。 同時に糸倉の先端と,背の根元のところに木片をはさみこみます。 幅は糸倉の内側,棹の凸の部分の幅同じ。 どちらもあとで整形しやすいよう,幅以外はちょっと長め,大きめのほうがよろしい。 すべての部品にニカワを塗ったら,クランプで固定します。 二日ほどそのままにしたら,いったんクランプをはずし,指板を接着。 ニカワを塗る前には,接着面にハミ出た乾いたニカワや表面の凸凹を均しておきましょう。 指板は今回も新木場でもらってきたギリギリ黒檀。 「銘木」的には多少問題がありますが,とにかく黒檀。 材質・強度的には何ら問題はありませぬ。 厚みも4~5mm ほどあるんで,棹材の方が多少ナニでも,絹弦のテンションくらいならじゅうぶんに持ちこたえてくれましょう。 またまた,クランプでしめつけ,一~二晩ほど。 ニカワ派なもので,このあたりに時間がかかるのはどうにもなりません。 ![]() 二日ほどのち――この時点で作り始めてから四日ぐらいたってるワケですが。 クランプをはずすと,チョコがけお菓子みたいな四角い物体が出来上がっています。 工房製の糸巻きを見た人によく「こんなふうに六角形にするのはタイヘンだったでしょ?」なんて言われることがありますが。じつは六角形に削るの自体は,タイヘンに「楽しい」作業なのです。 ツラいのはその前。 四角い角材の四面を斜めに落として,頭の平らな四角錐にする作業――これがイチバン「タイヘン」。 六角形のものを作るために,延々と四角錐を切り出し続ける…一本で四回,一面分の糸巻きのために16回もそれをくりかえすんです。 それに比べたら,正確な六角形を削りだすことの,なんと挑戦的で甘美なことか! こうした素体作り,下ごしらえのツラい作業をワタシは「四角い作業」と呼んでおります。 棹作りもここまでは「四角い作業」。 時間ばっかりかかって,面白くもなんともありませんが,ここからが暫時の至福。 この四角い物体を,美しい曲面で構成された,楽器の「棹」に仕上げましょう。 ![]() まずは棹の根元に,胴体にさしこむ 凸ホゾ を刻みます。 このホゾは棹と胴体をつなぐ大事な部分なので,ピラニア鋸などを使って,なるべく正確に挽きましょう。 つぎにふつうのノコギリや糸ノコを使って,粗削りをします。 あとで削るから,これはほんとだいたいでイイですね。 あとは木工ヤスリの出番。 わたしはノミやカンナといった刃物の類で削ってゆくより,ヤスリでゴリゴリやってゆくほうが好きだし,得意ですね。ただの角材みたいだったシロモノが,一ゴリゴリごとに「楽器の棹」に仕上がってゆくのは何とも楽しいですよ。 ![]() 糸倉部分のだいたいの作業手順をGIFにしてみました。 1)棹の背のところをノコギリで削ぎとる。 2)糸倉の背中に残った 凸 を糸ノコ・ヤスリで削り取る。 3)指板の端から5mm くらいのところの左右を丸棒ヤスリでエグる。 4)棹の左右をヤスリで削ぎとり,テーバーをつける。 5)仕上げ。糸倉の根元,棹の背をヤスリでなめらかにする。 最後の5)で,糸倉の根元から棹にかけての部分(色の濃いあたり)を,なだらかでなめらかな曲面で仕上げるのが,やはりいちばんムズかしい箇所でしょうか。 ここの作業ばっかりはちょいと感覚的で,コトバでも図でも伝えきれないですね。 木口のもっとも削りにくい部分にあたっていることもあるんですが,この部分の微妙な曲面の姿と仕上げ一つで,棹全体がウツクしくなったりミニクくなったりするというのは,いままでの修理で知りえたところであります。 棹の背の部分は,何度も弾くときみたいに握ってみては削ってゆきます――まあ,あんまり握って弾く楽器じゃないんですが。 すごいですよね,ニンゲンの手先・指先の感覚って。 ![]() もう最後の方になると,凸も凹も目なんかじゃあ分からないレベルになってきます。 それを,目をつむって指先でなぞる。 丸棒ヤスリで一こすり二こすり。 またなぞる――紙やすりで一拭き,二拭き。 材質によって,ヤスリのかかり具合が違って面白いですね。 イチイはカリカリ,チークはモロモロ,桂はサクサク。 桂のがちょっと細めになったほかは,だいたいカタチは揃ったかと。 4本削り終えるまでの所要時間はおよそ3時間。 準備にかかった時間と比べると,至福の時間は,短い。 ※ ひさしぶりに作ったんで,GIFアニ熱ちょっと再燃しちゃいました。 「棹作り物語」GIF版,どぞ~。 ![]() いつもナゼカ忘れてしまうんですが。 今回もあやうく後回しにするところでした(汗)。 糸倉に軸穴をあけます。 ――小町の糸倉じゃあ楽器にはなンめえ。 ![]() と,そこで問題が発生。 考えてみますれば,前回のウサ琴の棹は1号月琴のフルコピーでしたんで,穴の位置なんかも1号のを測って丸写しすればよかったんですが,今回の棹は糸倉も含めてオリジナルの寸法,デザインであります。 どこにどう穴あければカッコが良いのやら? 4号やコウモリ月琴のように,軸が横にまっすぐ突き出るタイプならば,軸同士の間隔だけを決めれば良いので比較的ラクなんでしょうが。わたしは個人的に1号月琴の糸倉のように,やや末広がりになった配置が好きであります。 三味線に近くて,操作性に慣れがあるのと,真っすぐなタイプより軸先の摩擦面が大きいので,糸がユルみにくいのです。 ![]() とりあえずは手持ちの月琴の軸穴の位置や間隔を測りまくり,今回新作の糸倉のサイズにあてはめてみて,だいたいの理想の位置ってぇモンを割り出してみました――しかしながら結局のところ。 「とりあえず一本,"棹身御供","棹柱" になってもらいやしょ。」 ということに――いや,やっぱり数学のテストで「3点」(式の「一部が」合っていた,らしい)という赤点をなしたことのある庵主。 数字では分かりません。 右が計算の結果の,理想形の数値を参考にあけてみた試作品。 左はそれをもとに修正したもの。 「修正」といっても,ほんの1~2ミリのハナシなんですが,まあ姿の変ること。 試作品も穴あけなおすのタイヘンだし,これはこれでこのままイキましょ。 ![]() リーマーで穴を広げ,仕上げに焼き棒をつっこんで,軸穴の内面を焦がしてから,最後の擦り合わせをします。 これにて棹本体は,ほぼ完成であります。 |