ウサ琴2(4)
ウサ琴2(4)
STEP8 響き線の取付 さて,棹も出来た,表面板も貼りついて半月もへっつけた。 このまま裏板を貼れば胴体は箱状になって,糸を張ってはじけば,まあ音は出るのですが。 月琴の胴体は木の箱です。 厚みはたった3cm ほど,音を響かせる空間はあまりに小さく,バイオリンのようなF孔もなければ,ギターのように音を前に出すための円いサウンドホールもありません。 そんな閉鎖的な木箱に絹糸を張って弾くのですから,本来は余韻も何もないペンペンペコペコという音が出るだけのはず。それを古人いわく「玲瓏(玉やガラスの触れ合う音)」と評した,明清楽の月琴独特の音色たらしめている仕掛け。 それが「響き線」です。 この構造を取付けることで,ただの木の箱が「鳴り胴」と呼ばれる,特殊な胴体構造になるのです。 「響き線」は演奏による楽器の振動を拾って揺れることで,弦音の余韻に金属音めいた効果を加えるもの。 「振動を拾う」とはいっても,必ずしも弦音に「共鳴」して動作しているわけではなく,むしろ「勝手に揺れている」だけ,といったほうがいいでしょう。つまりは「音によって揺れる」のではなく,この線が「勝手に揺れている」ところに音がやってきて,効果が発生するわけです。 密閉された胴体内にあり,基本的には「コントロール不能」な構造で,弦音だけでなく演奏者の姿勢の変化による楽器の「揺れ」に対しても反応するため,時には演奏中のノイズの原因ともなります――そこらへんがシタールなんかの「共鳴弦」とかとは違うところ。 また効果として得られる音は,琵琶や三味線の「サワリ」に似てはいますが,胴体内にあり弦の振動と効果が,かならずしも直結していないところが,構造・発想的に異なります。 「響き線」というと月琴が有名で,ある方面ではこの楽器固有の構造のように書かれている場合もあるのですが,じつは明清楽の楽器の多くに,同じような構造が取り入れられており,じっさい,阮咸はもちろん,三線,清琵琶,洋琴(短い琴の形で撥で弾奏する)などでも胴体に同じ構造を持つ例を見た事があります。 しかしこれは,そうしたすべての楽器が,もとからそういう構造をもっていたということではなく,明清楽の流伝・流行したある時期,音楽的に「金属っぽい余韻」が求められたことがあったため,と庵主は考えています。 現代の中国月琴もそうですが,この構造が廃れたのはおそらく,金属弦の登場によるものでしょうね。 たとえば波多野先生の『月琴音楽史略』にも「…この月琴の中の構造を作る技術は,今は亡んでしまって居るとか。」と書いてあったりしますね。この「鳴り胴」の構造を,多くの本では何やら難しい「匠のワザ」みたいな仕組みのように書いていますが,実際は何てことはありません。 基本的には胴体内部にハリガネを挿してあるだけのことです。 線の取付方法はだいたい二種類。 胴体の内部に穴をあけて直接挿すか,これを挿したブロックを取り付けるか。 2号月琴のような渦巻き線の場合だけ,上桁に取付けられてますが,これらは実例としてはそれほど多くありません。 また,古い中国月琴では,中央の一本桁に線をとりつけ,楽器の下半円に向けて半円形に線が取り付けられているようです。一本桁の構造は明清楽の月琴でも見ますが,これと同様の響き線には,まだお目にかかったことがありません。 ウサ琴は側板が薄いのと竜骨構造があるので,線を「胴体に直接挿す」ということはできません。 なもので,前作のような渦巻き線のとき以外,すべてブロック付きの構造となります。 んでは4面の取り付けを通して,それぞれの線の工法上の特徴など見ていきましょう。 まずはイ号胴。 鋼の曲一本線,楽器裏側から見て左肩から胴内を半周する長い響き線を持ちます。 この構造は松音齋,彼氏月琴とほぼ同様。 また,ある楽器の解説書に月琴のX線写真が載っていたのですが,それもこの構造になってましたね。 もし月琴製造の教科書があったなら,たぶん載っているくらいポピュラーな内部構造の一つでしょう。 やや細め,0.75mm のピアノ線を使用しています。 胴内の形に合わせてあらかじめ曲げておいた線をブロックに挿して,ニカワを塗った竹釘で留めます。 わたしは下桁の穴を大きな一つ穴にして,線の動きをより自由にするとともに,ひっかかりにくくしましたが,松音齋では曲がりの頂点が下桁の上にあり,彼氏の場合は左右の穴をくぐらせてますね。 線の加工自体は難しくありません。 曲げの角度をどうするかのほかは,焼入れも適当でいいし,取り付けも同様。 ただし取付後の調整がちょいと難しい。 響き線の理想は,楽器が演奏姿勢になった時に,線がどこにも触れず完全に宙に浮いたような状態になっていることなんですが,この型の線の場合,長いわ曲がってるわのせいで,ほんのわずかな微調整が,線全体に大きな影響が出てしまいます。 具体的に言うと,根元の部分をちょっとペンチでつまんだだけで,線の先が下桁に触れたり,頂点部分が穴のへりにくっついてしまったり。ちょうどいいな,というくらいに調整しても,あらためて演奏姿勢で持ってみると,線自体の重みで変形してやっぱりどっかに触れてしまったりと,けっこうタイヘンです。。 しかしながら,この型の線は音と振動に対する感性が強く,かなり響きがよろしい。 出る音はいかにも「月琴らしい」余韻をもった,比較的素直で明るめの音色です。 欠点としては,感性が強いぶん楽器の揺れによるノイズもまた出やすいというところでしょうか。 しかし,この響き線が触れて出るガランガランという胴鳴りもまた,月琴という楽器の「特色」のひとつとされてますから,これはこれで良いのかもしれません。 この構造が普及したのは,効果が強いということと,線自体の加工や取り付けが比較的楽なこと。また本気で理想を追えば調整が難しいところが難点ですが,線が長いので,多少加工や調整が雑で,線が胴内のどこかにひっかかっていても,いちおうの効果が得られるというところもその一因でしょうか。 つぎに取り付けたのはニ号。 四面中もっとも単純な鋼の直一本線の構造です。 ブログにある中では,1号月琴,おりょうさんの月琴などがそうですね。 曲り線ではありますが,曲がりが浅く,中央に位置し単線である,という意味では,4号やコウモリさんも,これとあまり変らない構造と言えるかも知れません。 ナニ,真っすぐなハリガネを挿しゃあイイだけじゃねーか。 何て考えてるなら大間違いです。 何事も,単純なるものがもっとも難しい, それが意外にシンジツ。 「おりょうさん」に内蔵されていた線は,ベコベコなうえ見事に銀色で焼入れもしていない状態でした。 当然,弾いても「ボヨンボヨン」というだけで,音に対する効果もほとんど期待できません。 同じ構造ですが1号の線は表面が焼入れで青黒くなっており。指で弾くと「きーんかーん」と見事に響きます。 ピアノ線は買ってきた段階では上の「ボヨンボヨン」状態で,適度な熱処理をしてはじめて硬いバネの状態になります。焼きがすぎると「焼きなまし」状態になって,かえって柔らかくなったり,ただただモロくなってしまいます。 イ号胴のような細い曲がり線の場合は,その長さ・形状による感性の強さも手伝って,焼入れ加工の成否自体はさほど問題にならないのですが,直線の場合は胴径によって長さに制限があること,またやや太目の線が使われることもあって,この焼き入れ加工が音質にかなりの差を生むことが,今までの修理の経験から分かっていました。 線は太め1mm のピアノ線。これは1号とほぼ同じサイズのものです。 さて,コンロであぶって水で急冷するんですが,30cm 近い線をジュッと浸すような大きな入れ物がありません。そこで考えた――ヨコに出来なきゃタテにすりゃあいいんですね。 五合瓶に水を入れてコンロの横に置きます。 これに突っ込んでジュッ!とな。 …難しいです。コンロの火口は小さく,線は長いんでなかなか均等に火が回りません。 10本くらい失敗じりました――おもに焼きすぎでモロくなって次から次へポキポッキン! ようやく一本だけ,なんとかテンパーブルーに焼き上がり,軟くもなくモロくもなく,ペンチで根元をつまんで指で弾くと,「カーン」と澄んだ響きで応えてくれるようになりました。 ただしあちこち歪んで,ちょいとベコベコ気味。 理想を言うなら,真っすぐでないと音の伝わりが完全ではないのですが,材料が尽きました(笑)。 これでいきま~す。 失敗し続けの中,イ号に使った0.75mm の細い線でも一本作ってみたのですが,仮に組み込んで比べてみると音色がまったく違います。この太さで直線だと,振動や音に対する感性は強いのですが,「響き線」としての効果がほとんど出ません。胴体を叩いてみると,響き線はいっしょうけんめいブルブルふるえているのに,太い線のときにはしていたような金属の音が全然聞こえてこないのですね。 じっさいに弦を張って弾いてみると,太線のときにくらべて,余韻も音量もさらに小さく,ごくごく頼りない音しか返ってきません。 響き線はただふるえてるだけ,ついでに振れ幅が大きくて,ノイズばかりが出ます。 よくふるえているほうが効果がありそうなものなんですが,どういう理屈なんでしょうね(誰か教えてくださいな)。 もう一つ分からないことがあります。 はじめ裏板のないオープンバックの状態で試奏していた時には,このニ号は四面のなかでいちばん音量もなく,余韻もほとんど聞こえず,やはり失敗かと思っていたんですが,仮の裏板をつけて胴を密閉状態にしたとたんバケたかのように,大きな音,深い余韻を発するようになりました――なんででしょうねえ。 単純な一本線でありますので,取付,調整に関してはまったく難がありません。 演奏姿勢になったとき,先端が胴内に触れない程度の位置で固定すればよいだけです。 ただ,線の焼き入れ加工の難度が高く,その成否が楽器の音色を大きく左右するようです。 より間違いのない焼入れの方法を含めて,もっとも単純な構造ながら,多くのナゾの残ったニ号響き線でした。 鋼線の場合と違って,真鍮線は焼入れの必要がありません。 太い線でも細い線でも自在に曲がるので加工もラクですが,真鍮の響き線をもつ月琴の音色や余韻は,鋼線の場合にくらべるとやや繊細で優しげな感じがします。そこのところは少し好みが分かれるかもしれません。 ちなみに庵主サマは基本的には鋼線の音のほうが好きですね。 真鍮線使用のいちばんめはロ号胴。 上下に一本づつ,左右から響き線がつきだしています。
はじめ付けた線の長さは,鶴壽堂の寸法から上下の線の胴径に対する割合を出して,それをウサ琴のサイズに合わせてハジきだしたんですが,いざ弾いてみますと何とも物足りない音…オープンバックの状態でも,仮裏板を貼った状態でも,オリジナルの鶴壽堂には遠く及ばないレベルのシロモノ。 音量も出ない,余韻も浅い,そっけない音です。 はじめは凝った構造の割りに,期待のほうが大きすぎたのではないか?とも考えましたが,SPwave などで音を視覚化して比較してみると,やっぱりほかより低い結果が出てます。 いろいろと考えた結果,改修することにケテイ。 といっても,大したことじゃありません。 何せ響き線のことが分からないんでこうして実験をしているくらいで,効果があるかどうか分からないのですが。 線を長いのに換えてみました。 上線はでべろーんと長く,胴内ギリギリに。下線にはもとの上線を使ってこれもかなりギリギリの長さにしてみました。 結果は以下グラフの通り。下が改修前,上が改修後。 音量,音色がいくらか向上。 「劇的」とかいうほどではありませんが,じっさいに糸を張って聞こえてくる音もかなり良くなったように感じます。 響き線の長さにも,胴径や構造によって,最適の寸法というのがあるのだと思われます。 それが分かっただけでもミッケもの。 最後になったハ号の内部構造は,先日修理を終えた「赤いヒヨコ月琴」のちょいとフシギな内部構造を再現してみました。 上線は太めの真鍮線,直一本。これは普通。下の空間に広がるフシギワールド。 誰が考えたんでしょうね? ホント。 バネ状になった輪っかの真ん中に,直線を一本仕込む――今のところこれに類する構造を持つ例は,ほかに知りません。 ハ号では下線には0.65mm の細い線を使用。 真鍮なんで作るのはラクです。直線とバネ状線の間隔は6mm。これはオリジナルとほぼ同じ。 オリジナルは胴体直付けですが,こちらは接合部裏の地のブロックに穴をあけて差込み,竹釘でとめてみました。 上線は中央からまっすぐではなく,やや斜め下に向けて取り付けられています。 こちらにはロ号にも使った 0.9mm の太めな真鍮線を使いました。 さて,当初やるつもりだった実験に「響き線取付前と後でそれぞれ録音して,響き線の音に対する効果を調べる」というのがあったのですが,机の上のメモとともにうっかり忘れられ,気がついたときには,裏板を貼ってないのはこのハ号胴だけになっていました。 響き線はすでに取り付けられた状態だったので,完全な結果は得られませんが,このハ号でテープ等をまきつけ,動かなくした状態と,これを解放した場合のデーターを比べてみましょう。 上が響き線を殺した状態,下が解放したもの。 音のなかばくらいにふくらみが出来,余韻もわずかに長くなっています。 わたしは「響き線」をたんなる余韻の「効果構造」と考えていましたが,わずかではありますがリゾネイター,増幅器としての機能も有しているようですね。 |