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アルファさんの月琴(1)

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斗酒庵 アルファさんの月琴を作る の巻ヨコハマ買い出し月琴(1)


完成直前   「月琴」で Web 検索なさったことのある方なら,だいたいご存知かと思いますが。

  『ヨコハマ買い出し紀行』(芦奈野ひとし アフタヌーンKC 講談社)というマンガがあります。
  温暖化の影響か,あちこちの都市が水没した未来の世界――そう聞くとガチな長編SFなんですが――そこになぜか流れる,ほんわかゆったりとした日常をてろってろに描いた作品。一編数ページの短編でしたが全14巻,12年もに渡る長期連載で,いまもファンが多い名作マンガです。

  この作品で,主人公のアンドロイド,アルファさんが弾いている楽器が「月琴」だったのです。

  近年「月琴」という楽器が,一部でよく知られるようになったのも,ある意味,この作品のおかげだと言っていいですね――マンガを見て「月琴って何じゃいな?」と調べた人もいれば,通販で買った人もいるでしょう。

  本家HPのほうにも,小さいですがコーナー作ってるくらいで,月琴弾きの庵主も類にもれずこの作品のファンであります。

  ただしほかのファンとちょっと違うのは,庵主の場合「月琴」が先だったことくらいでしょうか?「月琴」で検索していると,あちこちでこのマンガの話が出てくるので,ナンジャラホイと読んでみて....ハマりましたね。

雲南イ族
  芦奈野さんによれば,アルファさんの楽器のデザインは,中国の少数民族の月琴をもとにしているそうです。たしかに雲南の少数民族なんかには,首が長く,面板に同心円状の飾りやペイントをほどこした,似たようなデザインの月琴がよく見られますね。少数民族が使用しているそうした月琴は,一般に市販されている中国月琴を改造したものである場合も多いのですが,まだ昔ながらに自分たちで作っているところもあります。
  それらの楽器は外見上,現在一般的な中国月琴よりは,19世紀末~20世紀初頭の頃の,古い楽器のスタイルをとどめていることが多い――つまり,ふだん庵主の扱っている「明清楽の月琴」に近いところが多々あるのです。

  そんなこともあって。

  この,マンガに出てくる月琴を作ってみたい,弾いてみたい,という思いは,じつはけっこう前,月琴をはじめたころから抱いていたんですが,こうして実際作ってみれるようになるまでには,ずいぶんと時間がかかりました。

  連載,終わっちゃったもんね――。

  とはいえ,原作ファンの庵主にとって,それはある意味「理想の一本」
  作るからにはカタチをなぞっただけじゃなく,楽器としてちゃんと辻褄のあった,ちゃんと音の鳴るものを作りたい。
  庵主は中国月琴の音も,少数民族の月琴の音も,明清楽の月琴の音もあるていど知ってます。
  だから原作を読んで,その楽器の姿を見て,頭に浮かんだサウンドは,現代の中国月琴のそれではなく,ナシ族とかイ族の月琴とかのソレ,もしくは明清楽の月琴のやさしげな音色でありました。

  キーンと澄んでるのに,どこかほわほわ。

アルさん
  そんな感じの音のする楽器。玩具や模型でなく,楽器として「アルファさんの月琴」を作ってみたい,弾いてみたいのですよ。
  もっとも,現在の庵主の技術と工房の限界からして,それはゲンミツには「月琴」ではなく,オリジナルの代用楽器・ウサ琴の延長になってしまうのですが,架空の楽器を,さまざまに制限のあるゲンジツのなかにどうランディングさせるか....これはこれで楽器製作者としては一つの大きな挑戦となりましょう。

  原作のコアなファンの方々にとっては,「そこチガうよ~」てなところもあるかもしれませんが,
  庵主のカッテな「思い込み」も,多々入る製作ともなりましょうが,

  よろしく,お付き合いのホドを。


1)棹を作る

棹(1) 棹(2)
  棹材はチーク,糸倉もチークの板です。

  棹の長さは糸倉の先まで 37cm,ふつうの月琴と比べると7cm,ふだん作ってるウサ琴より5cm以上長い。たぶんホンモノ――といってもマンガのなかの楽器ですが――は,ふつうの月琴と同じく糸倉までの一木作りでしょうが,このへんはウサ琴と同じ寄木作りでやらせてもらいます。


棹(3)
  原作を見るかぎり,この楽器の棹に「指板」がついてるかどうかは微妙なんですが,材質のこともありまして,このへんもウサ琴準拠で。

  指板の材はカリン。
  銘木屋さんで貰ってきた端材の薄板を切って貼りました。厚さ4mm,幅3cm,長さは 19.5cm。
  マンガではこの棹上に第6フレットまでがのっかっています。
  どのように作っても,今まで作ってきた楽器とスケールが異なりますし,最終的にその弦の長さがどのくらいになるかすら分からないので,どこにどのフレットがくるのか,この時点でははっきりと分からないのですが,いちおうカメ琴やウサ琴のフレット位置からだいたい予想をたてて,指板の長さを決めました。

  さてと,うまくいくやいなや?――こりゃもう賭けですね。

  ウサ琴等と違い,アルファさんの月琴は,棹元から山口(ナット)のところまで同じ幅で,テーバーがないのが特徴。
  山口を置く付近がちょっと太くなる,いわゆる「ふくら」のないこのデザインは,中国の現代月琴や,明清楽の月琴にもあるのですが,すらりと先細りになったウチの月琴の棹を見慣れた目には,やたらゴン太くんに見えます。

  Webで木工関係のサイトを見ると,よく「チークは接着に難」とあります。
  材質的に油分が多く,表面がロウ質で接着剤の染みこみが悪いためですが,接着面を粗めのペーパーで荒したり,エタノールなどでよく拭いたり,あらかじめお湯を多めに含ませておくなどの手間をちゃんとやっていればキチンとくっつきます。(わたしはその三つ,ぜんぶやってますヨ)

  部品を組み合わせてできた四角い物体を,コミックスを見ては削り,触ってなぞって確かめては削り…見た目のカタチと,実際の使用感との整合性との摸索は,ここからもう始まっています。

棹(4) 棹(5) 棹(6)

  糸倉の先端は,ふつう蓮頭の雲板を貼り付けるため,楽器の表側に向かって斜めに切りそがれたカタチになってますが,アルファさんの月琴はまっすぐ上に突き出し,裏面が船のように丸く削られています。

  この糸倉のカタチがまず第一関門。

  ここの出来不出来で,楽器の印象がずいぶん変ります。
  コレぞと思う一枚ができるまで,何枚も型紙を試作しました。

  先端はスパッと切り落とされた感じになってます。
  ここにわざとヤスリ目を粗く残して,民族楽器風味をもたせてみました。

棹(7) 棹(8)

  棹ができたところで,軸穴をあけます。

  さてここで二つ目の関門。

軸穴参考
  アルファさんの月琴は3弦ですが,軸の配置がフシギです。

  向かって左側に2本,右が1本。

  左右の本数はともかく,三弦の場合,使い勝手から言うと,三味線とかと同じ――つまり片方2本の「中間」に反対側の軸がささってる――という配置のほうがいいのですが,この楽器ではなぜか,右の1本が左の2本の「下に」位置しています。

  これをどう考えるか?

  最初から3弦の楽器として作られたにしては,少々奇妙な配置です。

  では,もともと「4弦だった」楽器を「3弦にして」使っているのだ,と考えてみたらどうでしょう?

  上から二本目の軸は折れてしまったのか,なくなってしまったのか,それとも使わないのでもとから挿してなかったのか,そのへんは分かりませんが,それならこの軸の配置も納得がゆきます。
  少数民族が市販の月琴を改造して使っている場合などにも,似たような例がありますからね。

軸孔をふさぐ
  とりあえず,軸穴は4本分あけてしまいました。

  そして上から二番目の軸穴(位置はかなりテキトウ)はふさいでしまう。
  原作ではちょうどここいらへんに,いつもストラップの布が巻きつけられてますよね。

  あれでふだんは,この痕は見えない――という設定でいかが?



2)胴体を作る

  胴体のフレームはエコウッド(30cm 径),内桁は檜(9mm 厚),左右の竜骨は杉板(6mm 厚)。
  天地には補強に桂材のウッドブロックを接着。
  棹を内桁に挿すための延長材は杉。
  このへんもまたウサ琴準拠です。

  つぎに作る方は当ブログ内,ホンモノの月琴の「修理報告」など参考に,ちゃんと広葉樹4ピースで胴体作ってみてください。なお,ウサ琴は材料の関係で,本物の月琴より胴体の直径が5cmほど小さいのですが,今回の場合,庵主的にはこの「やや小さめ」のサイズの方が,イメージ的にはぴったりハマったんですが,どうでしょう?

胴(1) 胴(2) 胴(3)

響き線・表面板
  メインの「響き線」は阮咸さん,ウサ初と同じ「渦巻き型」
  スプリング・リバーブばりのうねうねとした残響効果が特徴…てより,この選択は,そのゼンマイみたいなカタチが,なんとなく直線や弧線より「アルファさん的」だったからなんですね(笑)。

  表裏面板も,いつもと同じく\100屋の焼桐板。
  表面をこそいで白くした桐板を貼り付けて,半月を付ける前にヤシャブシで黄色く下染めをしておきます。



3)半月を作る

半月・比較
  さて「アルファさんの月琴」の目だった特徴の一つが,この独特のカタチをした「半月(テールピース)」です。
  少数民族の月琴でも,こういうカタチのものはまだ見たことがないですね。
  たぶん芦奈野先生のオリジナル・デザインでしょう。

  そしてこれが第三関門。

  この特徴あるカタチをどういう材料で,どうやってこさえようか,またそのサイズや取付け位置は?
  悩みは尽きず多ケレド――何はともあれカタチにしてみなくては何も分からない。
  とりあえず,糸倉を作った余り材のチークの板(1cm厚)で実際に作ってみることにしました。
  縦幅は 5.5cmと,ふだん扱ってる明清楽の月琴とあんまり変わらないのですが,幅は18cmとほぼ2倍,巨大な半月です。

  まずは材料から半月形を切り出します。
  角を落として全体を丸っこくしたら,うちの田舎でいうところの葬式饅頭みたいなカタチになりました。
  つぎに真ん中の部分の内側を刳って薄くします。この部分に糸がかかります。

半月(1) 半月(2) 半月(3)

  つぎはその左右を糸ノコでえぐり取り,内側のラインをヤスリでなめらかに整形します。
  真ん中の裏側をさらに刳って薄くし,面板に貼りつけたとき左右の開いたポケットみたいになるように削ります。

半月(4) 半月(5)

  最後に左右の張り出した部分を,いくぶん低目に削って完成です…試作品のつもりだったんですが,思ったよりそれっぽくなりました。

  ――これを使ってみましょう。

半月(6) 半月(7) 半月(8)

  チークは切削性が良いので,こういうちょっと複雑なカタチのものを作るのには最適なのですが,力のかかる半月に使うのには強度的に少し足りません。とくに糸のかかる真ん中部分の強度が心配なので,裏側を少し削って,黒檀の薄板を木目が交差する方向で貼り付けときましょう。

半月(9) 半月(10) 半月(11)

  これでまあ,ポキンと折れたりすることはそうありますまい。

  つぎ作るヒトはこの半月も,黒檀とかメイプルとか,目の詰まったもう少し丈夫な材料で挑戦してみてください。



4)山口を作る

山口(1)
  山口――ギターでいうところのナットのことですね。

  コミックスや画集をみると,フレットと同じ色だったりしていることもあり,今回はフレットと同じ材,竹で作ってみました。

  一般にこの部品は,黒檀や黄楊など硬木で作ることが多いのですが,竹の山口がそれほど悪くないものであることは,すでに前作ウサ琴2でお試し済み。
  ぜんぶ竹でできてる,ってほうが,よりアルファさん的な感じはするんですが,ここは斗酒庵工房準拠,糸擦れ防止に象牙をちょいと噛ませてもらいます。


  原作では1巻と3巻で多少カタチが変わったりしてますが,だいたいこんなところかと。

山口(2) 山口(3)

山口(4)
  写真右にあるのは,現在製作中のウサ琴3の黒檀+象牙の山口です。

  うちの楽器は,だいたいこの縦割りカマボコ型に統一しているのですが,アルファさんの月琴のもののように,両側が斜めになっているこのカタチに近いものも,幕末~明治の古い月琴で見たことがありますね。

  ――今回は,ここまで。
 

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