« アルファさんの月琴(2) | トップページ | アルファさんの月琴(番外編) »

アルファさんの月琴(3)

A1_03.txt
斗酒庵 アルヨコハマ買い出し月琴(3)


8)フレッティング

フレッティング(1)
  いつもだと本体が完全に出来上がってからすることなんですが,今回は塗りと平行して,フレッティングの作業もやっています。

  いちおう,事前に計算めいたことをやって,原作の楽器のフレット位置に近くなるよう予測をたててはいるのですが,前にも言ったとおり,明清楽月琴やウサ琴とスケールが違うので,現実にフレットを並べたとき,予測どおりの位置になるかどうかには不安があります。
  あんまりにも違ってくるようなら,今のうちに棹を切り詰めるなりして,スケールを調整して対処したいわけですね。

  フレットは山口と同じく竹製。

  最大厚8mm と,ふだん庵主が削ってるフレットの2倍近い厚さですが,少数民族の月琴はだいたいこれくらいの厚さの大ぶりなものが多いようです。
  明清楽の月琴の竹製フレットは,最大厚3~4mm ほどのものが多いのですが,1cm くらいの厚さのある黒檀や象牙製のフレットが付いているものも見たことがあります。ただしそうしたものは主として装飾用に作られた,いわゆる「お飾り月琴」の感の強いものが多いですね。

  とはいえ,楽器的にはべつだん厚くてもそれほどの問題はありません。
  操作上の嗜好もありますが,薄い方が音階を精確に出しやすく,レスポンスもいい反面,指遣いに敏感すぎて嫌うムキもあります。多少音階が甘くなることはありますが,トレモロをかけず単音で弾くような場合は,安定のいい厚めのほうがよい場合もありますね――一長一短てとこです。

フレッティング(2)
  アルファさんがどのような調弦で弾いているのかはもちろん分かりませんが,とりあえずはふだんの月琴と同じく,開放弦C/Gで糸を張ってみました。

  まずは棹の上のフレットを並べます。

  第一関門は棹上最終,第6フレット……ビンゴ~ッ!


  原作とほぼ同じ位置,棹と胴体の継ぎ目手前に,みごとぴったりとハマりました。音階はC#1/F1,西洋音階で完全2オクターブのウサ琴にはありますが,明清楽の月琴にはないフレットですね。


フレッティング(3)
  つづいて第2関門,面板上二番目の第8フレット。

  これは面板の上の同心円状の飾りの通るところにハマれば成功。
  コミックスから寸法を割り出して,この飾りは直径約 20cm としています。

  とりあえず桐の板で作った試作品のお飾りをのせてみて,フレット位置を探ってゆくと……残念……5mm以上ズレてしまいました。

  試作とはいえせっかく作ったお飾りなので,できれば半月みたいにそのまま使いたかったのですが,対策としてフレットをもっと太いものに作り直すとか,お飾りを上にズラすとか,ラクな手もないではありませんが,どちらも見栄え的にあまりうれしい結果になりそうもないので,あきらめて地道に,お飾りのほうをもう一度,少し大きめに作り直すことにします。


9)軸そのほか

  さて,楽器本体の方はほぼ完成,と言っていい状況。
  製作もほぼ終盤です。
  ここらでこまごまとした小物類を用意しておきましょう。

  まずは軸。糸巻きのことですね。
  フレッティングまでは作業用の軸を使っていましたが,そろそろちゃんとした軸を削ってやりましょう。

中国月琴の軸
  現在一般的な中国月琴の軸は,握りのところが工具のドライバーのそれみたいなカタチで,縦筋が細かく入っているものが多いようですが,原作を見るとこの楽器の軸は,握りの先のほうに向かって開いたラッパ型円錐状になっていますね。

  これも少数民族の月琴でよく見られる型の一つで,アルファさんの月琴の外見上の特徴の一つ…なんですが。

  ふだん角のある軸で慣れてますと,この手の円い軸はどうにも使いにくくって……ここは演奏上の理由から,明清楽の月琴でよく見られる六角形の軸にさせてもらいます。

  近くで見ると角ばってますが,遠目にはまあ,同じラッパ型に見えますしね。

  最大径 2.8cm,長さは 10.5cm 。
  太さは同じですが,長さをふだん作ってるものより1cm ほど短くします。

軸(1) 軸(2)

軸(3)
  明清楽の月琴では,ほぼ左右にまっすぐ水平に突き出ているものもあるのですが,庵主はやや外側に向かって末広がりに,さらに楽器の表面に向けて少しだけ傾いでいるように配置します。

  斜めにしたほうが軸先と軸穴との摩擦面が増して軸がしっかりと停まるのと,演奏中の調弦がまっすぐのものよりしやすいからですね。

  ただし孔をあけるときに3Dで考えなきゃならないので,算数のニガテな庵主にはいつもちょっと大変です(笑)。



  小物二つ目は,面板に貼り付ける円状の飾り。

  少数民族の月琴風にするならただのペイントでも悪くはないのですが,コミックスを見ると,この部分,どうやら少し面板から盛り上がってるようです。
  絵によって多少サイズや半月との関係位置が異なるのですが,円周の頂上に第8フレットがあり,その反対側は半月の先端,糸孔の下あたりを通過していると想定されます。

  最初の試作ではまず,そうした推定から割り出した寸法どおりに型紙を切って,それをもとに作ってみたのですが,フレッティングのところで触れたように,第8フレットと重ねるには,ちょっとだけ大きさが足りなかったようです。

  本番の第二作も,材質は同じ桐の端材板。
  直径をほんの数 mm 広げた型紙をもとに部材を切り出し,同心円を描いた紙にはりつけて,円形に組上げてゆきます。
  各部品の両端は,接着面が広くなるように斜めに切っておきましょう。
  桐は接着がいいので,接着面がうまく平らなら,こんな細かい部品でもけっこう丈夫にくっつきます。

円飾り(1) 円飾り(2) 円飾り(3)

  うまく円形になったら,接着面にニカワを塗り,二枚の板ではさみこんで接着。
  できあがったものをヤスリで削って薄くしてゆきます。

  先に述べたように,この飾りは下のほうが半月の糸孔の下あたりを通過します。

  その部分の空間の高さは4mm ほどしかありませんから,そこに凸があると糸を通す時にジャマになります。高くても2mm,できれば 1.5mm くらいの厚さが望ましい。力のかかる部品ではないので,そんな薄さでもへいちゃらです――ただ作るのが難しくなるだけで。

  桐板が余っていたので庵主はこんなふうに作りましたが,ツキ板の類を積層して作ってもいいと思いますよ。

  整形したお飾りにベンガラを塗って,指板と同じような色に染め,ラックニスでがっちり固め塗りします。こういう繊細な部品のとき,細かい整形などは,塗装が固まってからのほうがラクですね。

円飾り(4) 円飾り(5) 円飾り(6)

  小物三つ目はピック。

ピック
  これも材質はいつものとおり,ペットショップで買ってきたワンちゃんのおやつ「牛のヒヅメ」を加工したものですが,カタチと大きさがやや異なります。
  色違いで二種類作りましたが,どちらも材質は同じです。

  原作では握ってるときに先っぽとか,半月に挿してあるお尻の部分が見えてる程度で,このピックの全体がはっきりと描かれている回はほとんどなく,全体の寸法や先端のカタチは想像するしかありませんが,絵からの採寸などからすると,およそこんなカンジではないかと。

  長さは 5.5cm ほど,ふだん庵主の使っているピックより2cm ほど短いのですが,同じような大きさとカタチをした例もないではありません。

明清楽月琴の義甲

  アルファさん月琴のピックにはヒモが結びつけられていて,その先はお尻の板の穴の輪っかにつながっています。

  古い写真などから見ると,明清楽の月琴ではこの義甲の孔に,長い飾り紐を付けたりして弾いていたようです。
  花結びや梅結びで飾られ,時に玉などが嵌め込まれていることもありますが,これなどは演奏中のぷらぷらひらひらさせるだけの純粋に視覚的・装飾的なもので,演奏上の意義はさしてありません。
プイ族の月琴・ピックに紐
  一方,古い中国月琴や,少数民族の月琴ではもっと実用的に,同様の孔にピックをなくさないようにするための留め紐がつけられ,棹尻か半月のところに結ばれている例をよく見ます。

  現在,中国月琴用のピック(今はギターのピックを使うのが一般的になってますが)として売られているものには,こうした孔は見られません。細長く,どちらの端も使える――両頭になってるからですね。
  おそらく明清楽の月琴の飾り紐も,もともとはこのような実用的なところにルーツがあったと思いますが,どうした理由でこんなふうに装飾過多なものになったのかはいまのところ不明です。


  アルファさんの月琴のピックの紐は,言うまでもなく後者の用途にあたるもの。荷物紐だったりビニールテープだったり,ワイヤーだったりと,そこらにある糸類がまあテキトウに使われているようですが,今回庵主が用意したこのヒモ,材質はたかがタコ糸なれど,ちょっと凝ってまして。

  ベンガラとヤシャブシの汁で作った黒い染料――江戸時代に使われてた「オハグロ」の液と同じものですね――に漬け込むこと三日。洗って干して媒染して二日。ただの糸屑に五日もかけてます(ムダ?)
  一見ただの黒っぽい糸ですが,陽に当たると独特の金属っぽい光沢があって,ちょっとイカすんですよ。


ストラップ材料
  小物三つ目,ストラップ。

  さてここでのいちばんの問題は,このストラップの布地です。

  カラーイラストを見ると,水色から藤色っぽい色で,幅は5~10cmくらいでしょうか。
  もちろんこれがどんな材質の布なのか,マンガのどこをみても書いていませんから庵主の勝手なイメージの世界なんですが――薄手のちょっとさらさらした感じの布,しかもリボンとかサテンほどのツルツルじゃない。

  そんな布が欲しくて,日暮里は繊維街へ。
  月琴の絃停とか飾り紐を買うため,ここにはしょっちゅう行ってますが庵主,布地のことは正直あんまり知らないんで,触感と見た目で布を探します。

  あちこちの生地屋に入っては,ながめて,触って…なんとか「それらしい」布にたどりつくまで,3時間以上も彷徨いましたで。

  それでも買った布はイメージにある色より,少しだけ鮮やかで濃かったため,漂白剤でわざとムラムラに脱色し,落ち着いた秋の空の色にしました。
  また,それをただ細長く切っただけでも良かったのでしょうが,幅 10cm に切ったものを半分に折り,いちおう袋帯みたいに縫いあげてます。
  単純な送り針でしか塗ってませんが,さすがに長さが2m――疲れました~。

ストラップ上端・糸倉のところ ストラップ下端

  庵主のカメ琴のストラップなんかは,首にひっかけてるだけなんですが,アルファさんの月琴はエレキギターやベースとかと同じく,肩から提げてますね。ストラップの布はまず,糸倉の,例の第二軸があったはずの場所に結び付けられ,左肩から背中を回って右脇へ,腰のちょっと上のあたりで,もう一方の端を片結びにして,そこに細めの紐が結わえられています。

  ストラップの長さはおそらく,この部分で調節するのでしょう。

  この紐のもう一端は小さい輪環に結わえられ,さきほど述べたピックと同じく,お尻の板の穴につけられた輪っかにぶらさげられています。

  このへんは3巻17話の絵から推測――ココネさんと歌合せする回ですね。

  ストラップを結ぶ紐は柔らかい麻糸の編み紐(2mm 太),ピックの結わえ紐と同じようにオハグロ液で軽く染めて色を落ち着かせます。

小物
  これらを結びつける金具類も,同じく日暮里で購入してきました。
  お尻の板にさげる大きな金輪(3cm 径),そこにナシ環(→ピックへ)と小さい金輪(1.5cm 径→ストラップへ)が一つづつぶらさがります。

  色はアンティークなブラスに統一。

  ピックにつながるナシ環はちょっと大きめだったんで,ペンチで壊して縮めました。
  ぜんぶカバンの金具で,一個数十円ほどのもの。ここではこうした金具を一個売りからしてくれるお店もあるんで助かります。

反省点その1:お尻の突起について

イ族八角月琴(庫竹)
  アルファさんの月琴のお尻には,四角く板状の部品が突き出ています。
  真ん中あたりにひとつ孔があいていて,ストラップの紐やピックを結んでる糸は,ここに繋がれています。

  この部分は本来,胴を貫通している棹の延長材の先っぽ,もしくはそれに付けられた「留め木」か「飾り」のようなものとして捉えるのが正しいでしょう。

  イ族の八角月琴などでは同様に棹の延長材が突き出た例が見られますし,現代の中国月琴もここまで突き出てはいないものの棹の延長材は胴体を貫通し,お尻のところまで達しています。

  しかし今回の製作では,ここは別部品で作ったものを,お尻のブロックにさしこんであるだけです。

内部構造比較
  これは庵主が当初,この楽器にどんな「響き線」を仕込むか決めていなかったので,胴体内部のスペースをより自由に使える,いつものウサ琴と同じ構造――明清楽の月琴や中国南方の小型月琴と同じ形式,すなわち棹の延長材が胴の途中で止まってるカタチ――にしたところからきたものなのですが。

  けっきょくのところ決めた「渦巻き線」にするんだったら,大きさを調整すれば,本来の構造でもちゃんと響き線を仕込むことはできたわけで――つぎに作る方はぜひ上述の通り,棹貫通型でやってみてください。



10)完成!!!!!!

最終工程
  さてさて,塗装は思ったより早く仕上がり,細かい部品も出来上がり。

  最後の作業は,先に作った円状のお飾りの接着です。
  実際にのせ,あちこちズラしては眺めて位置を決め,エンピツで面板の上に4~5箇所目印を付けて。
  せっかく輪にしたんですが第8フレットの幅のぶん,一部を切り欠きます。

  裏にニカワを塗って接着。染めに使ったベンガラが面板ににじむとイヤなので,一発でキめなきゃなりません~,キンチョーするなあ…面板の上にそっとすべりこませて,すかさずそこらのものを上に乗っけて重しにします。

  う~む,遠目に見ると(近くで見ても),これが楽器の最終工程とはとても……

  6時間ほどで接着完了。

  2008年1月22日。
  「アルファさんの月琴」,完成いたしました。




α-1四面
α-1横アップ
  [DATA]
  コードネーム:α-1/銘:Luna Herbière
  全長:70cm。
  棹長:37cm,指板:20cm。

  胴幅:31.5cm,胴厚:3.5cm。
  有効絃長:43cm,

  フレットは9本。
  低音複弦,高音単弦。
  調弦C/Gのとき,音域はC~C2
  B2を除いて2オクターブ。



  調弦は三味線の糸の時にはC/G,三線の糸などを使う場合にはF#/Cくらいがいいみたいです。

  1月29日現在,庵主は低音に三味線の二の糸,高音に奄美三線の中弦(なかじる)を張っています。

楽器地方向から
  最初はいつもと同じようにぜんぶ三味線の糸にしていたんですが,わずかなスケールの差でも弦のテンションがユルめになっていること,そして高音弦が単弦なせいで,高音弦の低音域でいらない bebung 効果(背の高いフレットの楽器で使われる効果,弦を強く押すことによってビブラートをかける)がかかってしまい,妙に音がうねうねとしてしまいました。
  bebung 効果が出ないようにと,指の力を弱めすぎると,こんどは音がミュートしたりノイズが出たりするので,ちょっと弾きにくくなる。三味線の絹糸は柔らかな優しい音色が魅力ですが,背の高いフレットの楽器で単弦だと,やや柔らかすぎて扱いにくいのです。

  次に,すべてを三線のナイロン弦に変えてみました。
  テンションは高くなり,bebung効果も気にならない程度に抑えられましたが,低音がやや野太く耳に障り,弾きこんでいるうちになんだかイメージと合わなくなってきました――月琴,というよりこりゃ,カンカラ三線の音みたいですね。
  ボンボンシャキシャキという感じのサウンドが欲しい時にはいいと思いますが。

斜めより
  奄美三線の弦は,三味線の弦と同じ黄色い色をしていて,沖縄三味線のそれよりやや細めです。材質は同じナイロンの編み弦なのでテンションは高め。
  クッキリとした音が出せ,指もへんに沈み込んだりしません。
  三味線の二の糸は,単弦対単弦なら,このナイロンの音に負けてしまうでしょうが,アルファさんの月琴では有難いことに複弦です。これを張ることで主張しすぎない柔らかな低音が得られます。

  いまのところ,演奏上はこれがベストの組み合わせですが,いやいや,まだまだ試してみないと。

  棹がにょろーと長いわりにはバランスのいい楽器に仕上がりましたね。
  なにせ横にして独りで立ちます。

半月付近
  振り回した感じも悪くない――ただ,演奏姿勢をとってるとそれほどでもないんですが,「線鳴り」がけっこうします。あおむけにするとそりゃもうがんがらと鳴り響く。
  内部の「響き線」の反応がいい証拠ではあるんですがね。
  最高音あたりだとイマイチかかりが悪いんですが,効果のほどはまあ合格ですね。
  そっと弾いてもリバーブがかかります,そりゃもううにょうにょと。

  ふだんの月琴とやや勝手の違うところもあり,まだ完全に調整も済んではいないので,外見はともかく,この楽器で本当に「アルファさんの月琴」らしいサウンドが出せるのか――そのへんはまだ断言できませんが。
  弾き込めばかなり面白い楽器にはなりそうです,ハイ。


 

« アルファさんの月琴(2) | トップページ | アルファさんの月琴(番外編) »