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ウサ琴3(6)

USA3_06.txt
斗酒庵 みたびウサ琴作り の巻6ウサ琴3(6)


塗装道

塗装(1)
  響き線を取り付けたら,裏板を貼り付けて。さあ,いよいよ塗装です。

  前作までは下地を無色のラックニス,上から工作隠しと色付けのため,カシューを刷いていましたが,これだとカシューの塗膜が厚くなり,音が少々こもり気味になります。また木地をラックニスで,木固めをかねてツルツルに雑巾ポリッシュしている関係で,ぶつけたりすると上に乗っかってるだけのカシューの塗膜が剥がれ落ちたりもします。
  楽器として必要な塗装は,下地のラックニスでじゅうぶん終わっているので,表面保護のカシューが剥がれても,実用上はさして影響はないものの,見栄えは良くありませんよね。

  今回は日本リノキシンさんが,塗膜の薄いアルコールニスの色ニスを,ウサ琴カラーで調合してくれましたので,中塗りで色をつけながら仕上げてゆきます。
塗装(2)
  どんな色になるのか,どんなふうに効果が出るのか。
  楽しみです。

  アルコールニスは,乾きが早くて刷毛遣いが難しい。
  塗りは一発,一方向。「返し刷毛」がきかないのもツラい。
  慣れてないのもあって,どうやっても色ムラができてしまうので,形状の複雑な棹の方は刷毛塗りをあきらめ,カシューでやってた「かけながし」(アルコールニスでやっていい技法なのかは不明…)に。でも胴体のほうは面板が貼りついてる関係上,刷毛で塗り重ねるしかありません。

  刷毛を替えたり,塗り方を変えたり踊ってみたり,とけっこう悪戦苦闘。
  塗り重ねてゆくうちに,ムラもそんなに目立たなくはなりましたが――ここで誤算が一つ。

  ニスの塗膜が薄いぶん,なかなか色が思ったような濃さになってくれません。
  また,あるていど乾燥するまでは,塗膜が非常にデリケートなので手出し厳禁,一日一塗りが鉄則。
  前作と同じくらいの色合いになるまでに,1ヶ月半かかりました。

  たしかに前よりは塗膜が薄いのですが,これだけ重ねるとそんなに違いはないかなあ。


愚行その2 染めりゃよかった!!!!!!

  クリやクワなど,マトモな材料で作られている本物の月琴では,胴体や棹は,拭き漆ていどの軽い塗装で仕上げられていることが多いのですが,庵主のウサ琴では,毎度棹や胴体をこってりと色塗りをしています。

  これは主としてその素材感や工作のアラを隠すためなんですが,よ~~~く考えてみますと――そういうためなら塗りでなんとかするより,いッそ下地自体を何かの色で均一に染めあげてしまったほうがいいのじゃないでしょうか(^_^;)。

  下地段階で色があらかじめ付いていれば自然,色付けニスの塗膜も薄くて済みます。
  そしたらそのぶん塗料も浮くし,工期も短くて済むじゃあーりませんか!!!

  ――と,いうことに思い当たったのは,ながーい塗装期間もいいかげん終わりかけの,2月末ごろのことでした。

  指物では,こうしたときのステイン料として,「蘇芳(すおう)」という染料がよく使われます。

蘇芳
  唐木でない素材を,紫檀や黒檀といった素材のように見せかけるとき,また質の良くない唐木材料に高級感をつけるときなどに使ったそうです(耐久性がよくなくて褪色することもあり,今はもっといい塗料があるので,あまり使われない)。
  煮出した汁はそのままで赤,鉄媒染で暗紫色。
  オハグロ液と重ね塗りしたりすると効果がありそうですね。

  たしか正倉院の楽器にも,木地をこれで染めていたのがあったはずですが。

  次回作ではぜひ,挑戦してみるといたしましょう!


塗装(3)
  時間はかかりましたが,さすがリノキシンさんのニス。

  すばらしい色に仕上がりました。
  最初は赤がキツいかな~と思ったんですが,塗って一~二週間ほどすると,なんとなく落ち着いてきて,いかにもシックな感じのダークレッドに。
  先行する「アルファさんの月琴」の製作で試してみたら結果上々だったので,こちらも上塗りをオイルニスにしました。
  ああ,アルコールニスにくらべると刷毛塗りがラク……うう,天国です。

  紫外線硬化なので,お外に干してお日様に当てます。
塗装(4)
  ちょうど冬の関東のこととて湿度も低く,日差しがあっても気温は高くない。

  なんとなく予想されたとおり,もっくもくな3-4の表面板が多少ヒビた(乾燥による収縮の度合いが大きかったようです)ほかは,どの楽器の棹にも胴体にもほとんど深刻な影響は出ませんでした。
  3-4のヒビも,板の反りはなく,矧ぎ目にそったミリ以下の単純なものだったので,薄く削った桐板とパテを埋め込んですぐに解決。
  ――修理で培ったカラ度胸というか,慣れってコワいなあ。
  わたしゃヒビていどではもう,ぜんぜんビビりませんヨ。



仕上げ

  塗装も終わり,楽器の本体はほぼ完全に出来上がりました。
  あとはここに,毎度おなじみの小物の大量生産作業が続きます。

  山口4コ,蓮頭4枚,お飾り8枚――そして軸16本,フレット40本!

山口   山口は,斗酒庵工房定番の,黒檀と象牙のコンパチ。

  金属弦の中国月琴と違うので,絹糸の絃を使っているかぎり,象牙の減り止めはさほのど意味がありませんが,もはや工房の「伝統」なので――まあこれで「音が悪くなる」ということもありますまい(とくに「良くなる」わけでもないでしょうが)――黒と白のこのツートン部品は,アクセントにもなって,キレイです。

  指板が黒い4号だけ,木をローズウッドに替えました。


  蓮頭も,いつものとおり,アガチスに桐の厚板を貼って切って削ったもの。
  砥粉で目止めした上から,お歯黒ベンガラをこってり塗ってラックニスで固め,仕上げにオイルニスを刷いて磨いてツヤツヤにしました――ちょっと色が濃かったかなあ?

蓮頭(1) 蓮頭(2)

  つぎは胴体のお飾り。

  前作はよこすか龍馬会のほうでお使いになる関係から,明清楽の月琴に倣った植物柄のデザインにしましたが,今回はウサ琴,えーと,正式名称「玉兎琴」(<<忘れてたろ!)の正道に則り,左右の目摂はウサギさん――ちょっと古典的な「跳ねウサギ」をデザインします。

目摂(1)
  なんせ同じものを8枚も作らなきゃならないんで,なるべく素材にムダが出ないよう,かたちはごくシンプルに,彫りの回数もなるたけ少なく。できたデザインから型紙をおこし,それを使って,2匹一組の組み合わせでアガチスの板に写します。

  その板の裏に,さらにもう一枚,板を両面テープで貼り付けて糸ノコでカット。

  ヤスリで輪郭を整形しながら,裏表同時作業で,4枚をいちどに作ってゆきます。

目摂(2)   2枚の板を最後に剥がすときとか,2匹を分割する作業のときに,耳とかお尻のところがちょっと割れちゃいましたが,まあお飾りなので。
  割れた部分はニカワで合わせ,裏に補強で和紙を貼り付けておけば,ぜんぜんだいじょうぶ。

  たらったらった,らったらった…踊るウサギに見るウサギ。
  けっこう楽しい。

  できたお飾りの表面に,さッとペーパーをかけて,お歯黒ベンガラを刷いたら「黒ウサギ」さんのできあがり。

目摂(2)
  「月のウサギ」さんはお月様の「影」を見立てたもの。
  「黒ウサギ」が正しいのだよ,うん。


  仕上げに,胴体に使った色ニスをウェスにつけて,たたくような感じで染み込ませ,塗装止めとします。

  うむ,カワヨス。


  そして地獄の軸削り。

  ウサ琴3(2)「愚行その1」で触れたように,今回は作業の順番を変えて

今までの軸削り
  角材を軸の長さに切りわける→ 四面を斜めにそぎ落とす→ 六角形に整形

  としていたのを,

軸削り改訂版
  { 角材先端の四面を斜めにそぎ落とす→ 軸の長さに切る }×くりかえし → 六角形に整形

  に変えてみました。材料が長いと保定がしっかりできるので,イチバンたいへんだった「そぎ落し」の作業が,ずいぶんラクになりました。
  ホント…こんな程度のことなのになぁ。 気づかないものです。

軸(1) 軸(2)

  軸材はチーク。一本百円で一束買った荒材だったんですが,ときおりすごい木目のが混じっていたりします。
  とはいえ荒材なもので,削って磨いてみるまでそれに気がつかないことが多く,軸のカタチになってから「あちゃ~っ!これ,ほかのことに使えばよかった!」というようなコトもしばしば。
  今回も,マーブル模様みたいな縞目のものと,ギラ目の虎杢のがありました。

軸(3)   虎杢のなんかは,チークとしてはおそろしく硬くて,寸法もちょっと太めだったので,棹とかカメ琴みたいな楽器に使いたかったんですが……気がついたときには,後のお祭り。

  削りあがった軸は,ペーパーで磨いて表面を整えたら,表面の細かい木屑をエタノールで拭き取り,亜麻仁油を二度ほど染ませて磨いておきます。油磨きのあと一週間ほど乾燥させ,できあがった糸倉に挿して,軸先を調整。

  軸が糸倉にしっかり差し込まれるようになったら糸孔をあけます。

  糸の孔は,上下の二本は軸の握り側に近いほう,真ん中の二本は軸先に近いほうにあけると,あとで糸をかけるときに,美しく巻き取れますよ。

  フレットは竹製。

  月琴のフレットは消耗品。
  こちらについてはちかぢか,作り方等まとめた記事書きますんで,省略。
  今回も材取り・カタチは工房流,仕上げはヤシャブシ煮染め,ラックニス漬けでした。

柱(1) 柱(2)

  さて,今回はもう一つ。

  裏板に貼るラベルを作ります。

  前作までは,絵とかでも使ってた篆刻の号印を捺してたんですが,今回は余り材を削って,ちゃんと楽器名のハンコを作ってみました。

玉兎琴ラベル   ほとんどリューターで彫ったんですが,材料のせいか,なんだか手彫り感が出ていー感じです。

  墨汁にニカワを混ぜて粘度を増し,ヤシャ汁と柿渋で染めた紙におしまくり。
  これが意外に,なかなかうまくいかなくてね~。
  ここでも修行が必要カト。

  えっ…楽器の名前がチガう?

  だから~,これが正式名称なんですってば。




完成・反省

3-1ウサギ
  製作中,とびこみの修理が二面,塗装に思ったより時間がかかり,さらに最後の最後で糸を買うのを忘れていたとか,ゆっくりいくとは宣言していたものの,工期の遅れたこと遅れたこと。
  それでも5ヶ月で5面ですから,いちおう一月一面のペースは守られたわけですね。

  まるきり「愚行」そのものなのですが。

  今回の実験製作のそもそものテーマ,「棹材の違いによる音質の相違」を調べるためなら,最初ッから「棹を複数本」とそれに合う「共通の胴体」を「一つ」作れば良かったんですよね。

  それで実験が終わった後,残った棹に合わせて,胴体を作ってやれば良かったわけで。

  四本の棹を,それぞれ四面の胴体に合うように,ふつーに作りこんでしまった結果,作者のウデの問題で(^_^;),楽器間の工作上・寸法上の誤差が大きく,比較して格差が出ても,それが「棹の材質」のせいなのか「工作の違い」によるものなのか分からなくなってしまいました。

3-3オモ
  とりあえずどれか一面の胴体を基準胴として,それにほかの3本の棹を挿し換える,という手も考えたのですが,気がついた時点でもう,それぞれほとんど出来上がってしまっていたので,再度,個々の棹と胴体をフィッティングしなおすのが難しく,断念しました。
  山口の高さ,棹元の削り,フレットの高さ――いづれも工作が微妙で,わずかでも違うと,音すら出ませんから。

  最初からもう少し実験の内容をきちんと考え,それに即して製作の手順を見直しておけばよかったのですが,どうも今回はアタマより「手が先に」出てしまったカンがあります。

3-2ウラ
  まあ「実験製作」としてはまったくの失敗だったわけですが,数こなすことでの工作上の経験・修行になったのはもちろんのこと,「響き線」の取付け法や塗装など,次に解明すべき問題点や不明点も浮き彫りになりました。

  また,音の伸びや深みなどの点では,まだまだ物足りない部分があるものの,今回の4面もいちおう,「明清楽月琴の代用楽器」としては,じゅうぶん使用に耐えるデキになってるかとは思われます。



  恒例の音源公開。

  音階と,音色の違いを聞き比べてもらうため,4面でそれぞれ同じ曲を演奏しました。
  今回のテーマ曲は明清楽の「平板調」(百足登『明清楽之栞』ver.)です。

  波形はいつものように,フリーソフト・SPWave にて解析。
  左が低音・高音の順に鳴らしたもの,右はその高音がわの波形のおよそ2秒間ぶんを拡大したものです。


3-1
3-1
低音がわでかなりうねりが強く,コシのある残響が付く。
それにくらべると,高音がわは余韻の伸びが少し物足りない感じがし,音が硬めなこともあって,多少金属残響が耳につく。
高音弦と低音弦の音色のバランスは良くないが,対比させるとこれはこれで面白い。
楽器全体としては,大きく太く,くっきりとした音色を持ち。かなり大きな音が出せる。
音がはっきりしているぶん,調弦が多少シビアか。

棹材はイチイ。
フレット高は普通。直線的な棹裏のライン,やや太目の棹,いづれも実用的でムダがなく,操作性は良い。

♪ 3-1 音階
♪ 3-1 演奏
3-1波形1 3-1波形2
3-2
3-2

音量はそれほど大きく出ないが,高音弦と低音弦の音色バランスはよく,4面中いちばん月琴らしい,クセのない,あまやかな音色と残響をもつ。

棹材はカツラ。
軸穴の位置と角度を若干しくじってしまったようで(数ミリ上過ぎました),一番上の軸を調整する時,掌が蓮頭に少し触れる。
浅くアールの入った棹裏のライン,太さは中くらい。フレットは4面中いちばん低く,操作性は良い。

♪ 3-2 音階
♪ 3-2 演奏
3-2波形1 3-2波形2
3-3
3-3

音量はかなり大きく出,余韻の伸びもあり,うねるような効果が音の胴体にも余韻にも付くが,高音弦と低音弦の音色バランスがよく,全体としては耳にもやさしい,温かな音色となっている。
音がはっきりとしているので調弦は1号同様,シビアである。

棹材はホワイトアッシュ(DIY屋さんの端材)。
稚拙な工作の結果,胴体がほかの3面よりわずかに厚い。
浅いアールの入った棹裏のラインは3-2同様だが,やや四角張り腰の張った太い棹は,その硬めの素材感とあいまって好みの分かれるところ。
フレット高は普通で,操作性も悪くはないが,トラ杢チークの軸がやや太すぎたか,手の小さいわたしでは多少調弦がしにくい。

♪ 3-3 音階
♪ 3-3 演奏
3-3波形1 3-3波形2
3-4
3-4
高音側で3-3同様のうねるような効果が付くが,音が硬いため,金属的な残響がやや耳に障る。そのぶん低音の余韻が,わりとふつうな減衰残響なので,全体としてはさほど気にならない。
最低音から最高音まで,ほぼ均一に響き線の効果がかかり,3-1ほどではないが,かなり大きな音が出る。

棹材はクスノキ(銘木屋さんのゴミ)。
銘:初音モク。棹は赤の入った乱れ杢,面板も桐のもっくもくで,表板中央あたりを中心に渦を描くように木目がうねる。板目の材はふつう,柾目に比べると柔らかいものだが,これの表板は4面中もっとも硬く,木目が複雑なこともあって,磨く作業はけっこうタイヘンだった。

棹はやや細身で,フレット高やや低め。クスノキの柔らかな質感は意外と手に心地よく,素材がトンでもないわりには操作感は悪くない。

♪ 3-4 音階
♪ 3-4 演奏
3-4波形1 3-4波形2


 

月琴の製作者について(1)

BUILDER01.txt
月琴作者列伝月琴の製作者について(1)


  古い楽器を修理したりしていると,「あ~,この楽器はどんな人が作ったんだろうなあ」という思いにかられることがあります。

  ある月琴は胴材の擦り合わせがすばらしく,ある月琴は棹から糸倉のラインが夢のよう…明治末のころの月琴だと,近代的な工作機械で加工したらしいのもありますが,それでも楽器は手工による部分が多いものですから,作り手の巧拙や手先の感覚が,修理してると弾いてると,なんとなく伝わって,分かってくるのです。
  けれど国内の月琴の製作者についての記録は,ほとんど見かけたことがありません。

  たとえば『明治閨秀美譚』(M.25 鈴木光次郎)などという本にのっている明清楽の演奏家・長原梅園の伝記中に,彼女の使用していた月琴が「初代天華齋作にて,逸雲・卓文君等の二名器とともに渡来せるもの」であったという記述があり,名人の名前が見えますが,これも月琴が輸入品であったころの,大陸における古い作者の話です。

  いまも続く十字屋楽器さんが明治のころ月琴も扱っていた,とか明清楽の独習本の巻末に,楽器の販売元や価格一覧がついてたりするので,いくつかの製造元や職人の名前は分かっているのですが,そうしたものの実物には,意外とお目にかかったことがありません。

  庵主自身こういう時,まだどこをどう探せばいいのか,ちゃんと分かってないフシもあるんですが,とりあえず今回は,最近,偶然にも分かったあたりのおハナシを。


十六夜月琴

十六夜ラベル
  先日修理の終わった「十六夜月琴」の裏面には,製造元のラベルの断片がちょっとだけ残っていました。

  こうした月琴の製造元ラベルは,読みとれないような文字で書かれた,古くさい木版の印判であることも多いのですが,これはちゃんと精緻な銅版印刷で刷られていたので,断片ながら,上に「博覧会」「第5回」,中に「東京」,下に「齋二記」といったところが確実に読み取れます。おかげで,たったこれだけではありましたが,製造元が分かりました。

  といっても,過去に拾ってきた画像資料をあたってこれに近いものを探しただけのことですが。

  このラベルはどうやら「清琴齋」(清琴齋二記山田)というメーカーのもののようです。

清琴齋ラベル
  上のラベルで,真ん中に描かれていた円形の模様は,明治期に開かれていた「内国勧業博覧会」の受賞メダルのようです。
  同定作業で参考にしたほかの月琴の画像(右)では,このメダルは第2回(明治23年)のものだけでしたが,十六夜月琴のラベルには,大阪で開かれた「第5回内国勧業博覧会」(明治36年 1903)のメダルも加えられてます。

  ――ということは,この月琴が作られたのは1903年以降となるわけですね。明清楽はこのころすでにかなり衰退の色を見せ,明治の40年代になると楽器もあまり作られなくなったと言いますから,ここからそんなに遠くない年のことでしょう。

  思いがけず製作年代の手がかりなんかも得られました。

  第2回の方は分からなかったんですが,国会図書館のアーカイブで第5回の受賞者リスト(『第五回内国勧業博覧会受賞人名録』M.36)を調べてみると,この回には「浅草区蔵前片町 山田縫三郎」が尺八で三等,箏・月琴・木琴・清笛で褒状を受けています。

  同回における東京からの出展者で,楽器を扱い,「山田」姓のものは彼のみですから,この「清琴齋」はこの「山田縫三郎」の号である可能性が高いですね。Webでいろいろと調べたところ,明清楽器のみならず,鈴木政吉とほぼ同時期にバイオリンを製作したとか,縦笛型ハーモニカの独習本『吹風琴独案内』を編著するなど,手の広い製作・販売者だったようです。

『第五回内国勧業博覧会受賞人名録』M.36
  この「清琴齋」のマークのついた明清楽器は,東京芸術大学にも何本か所蔵されているようですし,ほかでもけっこう見かけますから,明治末期のころには大手のメーカーだったと思われます。

  糸倉の弦池の彫り込みなどは精確に真四角で,内側にも手工具によったときに見られる歪みや加工痕がほとんど見られないことから,規模は大きくないとしても,おそらくは近代的な工作機械によって,ある程度の数を加工・量産していたのではないかと考えています。


  ちなみに,人名録にあった「浅草区蔵前片町」は,今の蔵前1丁目から2丁目にかけてにあった地名で,江戸時代から大きな商業地域だったところです。
  この一帯は関東大震災や戦災で大きな被害を受け,古いものは少なくなってますが,こんど何となく散歩でもしてみましょう。



5号・鶴壽堂月琴

鶴壽堂ラベル
  裏面に「鶴壽堂」のラベルのあったこの月琴。

  内部の墨書から,明治35か36年(奇しくも「十六夜」と同じころですね)に,名古屋で作られたものであることは分かってましたが,庵主,手書きの字の判読がニガテなんで,分かったのは。

[表面板ウラ]
 明治三十五年 四月
  名古屋市上園町三丁目
   〓〓〓〓〓〓
       〓〓〓

[裏面板ウラ]
 和洋[音]楽器[等]之所
  名古屋市上園町三丁〓
   鶴[心]〓居
 明治三十六年 [春]


鶴壽堂・内部

  というところ。
  この解読も含めてその後,ずっと手詰まり状態だったんですが,最近,『愛知県実業家人名録』(M.27)という明治時代の人名録を見ていたら――

『愛知県実業家人名録』
 琴・三味線・明清楽器・西洋楽器
 上園町三丁目
 [山治(屋号)] 鶴屋 林治兵衛


  ――という方を発見しました。

  隣にある広告主は,前の記事でもちらと出てきた鈴木バイオリンの政吉さんですね。

  西洋楽器も扱ってるようなので,裏面墨書の「和洋楽器」ていうのとも合致。

  これでもってあらためて墨書の字を読み直してみると,表面ウラの三行目は「鶴屋治兵衛」「製造」,裏板ウラの三行目も「鶴[心]〓居」とかではなく「鶴屋治兵衛」を崩したものではないかと思います――先にも述べたとおり,手書き文字の判読はニガテなんで,自信はありませんが。

  こちらについてはこれ以上資料がなく,ここまで。


鶴壽堂・内部2
  「鶴壽堂」の月琴については,最近,前に直したものよりいくらか上級の月琴が一本,ネオクにあがっていました。象牙のフレット,彫刻のある半月,玉石の扇飾りなど高級感ある飾りが付いていましたが,ラベルもまったく同じものですし,棹頸のカタチや,指板,明るい黄色の木部など,基本的な工作の特徴はほとんどいっしょでした。

  当時の独習本の巻末などに載っている販売楽器の価格表などを見ると,高級品では5円,7円などというものもありましたが,低級品は1円前後からあったようです。明治38年ごろで,お米10kgが1円19銭だったそうですから,現在の値段に直すと,月琴は最低ランクので5~6000円,高いのは4~5万円てあたりだったと思います。
  琵琶が12円からとなっているのあたりと比べると,まあ庶民でも手を出せる値段だったのではないでしょうか?

  これも月琴が流行した理由の一つだったのかもしれません。

  5号「鶴壽堂」については修理中から,見かけは中級,普及品なのに,内部構造や本体の材質・工作がけっこうしっかりしていたことが印象的でした。音も良かった。おそらくこの店では,月琴の等級は,半月や蓮頭,お飾りの材質での格差で,本体の工作などはどれもほぼ均一に,同じ材質で同様に行われていたのではないかと思われます。まあ良心的。
  楽器商「林治兵衛」の名前は,明治42年の『名古屋商工人名録』にも見えますが,こちらでは住所が「西区下長者町一丁目」に変わってます。

  いづれ名古屋に行ったときには,「鶴屋」さんのあった場所なぞ訪ねてみたいものです。


十六夜月琴

MOONH27.txt
斗酒庵 十六夜の君を治す 之巻十六夜月琴(1)


  明清楽の月琴の本場,長崎より修理の依頼。
  銘「十六夜」。

  ふむふむ,一見したところは問題なさそうじゃが…。
  まあせっかく,遠くから来てくれた楽器,まずは調査をかねて採寸でもさせてもらいましょう――


十六夜・表 十六夜・裏  全長 665mm 
 棹長 310mm 糸倉 164mm 基~茎 153mm
 棹ホゾ 24×12mm 表板表面から9mm 裏板表面から15mm
 指板 140mm 厚 1.5mm
 胴径 355mm 胴厚 36mm 面板厚 4mm
 山口高 11.5mm 半月高 9mm 有効絃長 428mm
 半月 100×38mm 半円形曲面構成
 軸 長 112 最大径 26 最小径 8 


   側板はおそらくクリかクワで,棹も同材かと思われます。棹は糸倉の天までムクの一木作り。

糸倉(1) 糸倉(2)

   軸は糸倉からほぼ垂直に突き出す配置になっていて,材は何だかわかりませんが,檀木の類ではないようです。サクラあたりを,蘇芳かオハグロで染めた上から刷り漆をかけたのではないでしょうか。

蓮頭アップ
   蓮頭は透かし彫り。真ん中上の三枚突き出ているのは,蓮の葉としてよく使われる表現,ときどき見る意匠ですが何なのかは分かりません。「蓮葉と流水」なのかもしれませんが。

   中央から一度,上下に割れてしまったようですが,すでに継いであり,近くで見てようやくヒビが見つかるていどに直してあります。

表面板アップ
   左右の目摂…これは何でしょうねえ?菊にしてはツボミが尖がってるし。 扇飾りも意匠は不明。玉石で出来た真ん中の飾りは鳳凰です。

   いづれのお飾りもほぼ健全ですが,塗装は最近塗りなおしたもののようです。玉飾りにも少し欠けがありますが,それほど目立つものではありません。

   量産楽器だからでしょうか,イマイチ意味の読み取れる意匠が少ないですね。



   今回は面板を剥がす必要がなかったので,内部構造については棹のホゾ穴からの観察のみ。

   桁は二本で,曲尺やハリガネを挿し入れて測ると,上桁は胴上端より 110mm,下桁は 235mm のところに,楽器面に対し,ほぼ正確に垂直に取り付けられていました。板の厚さはだいたい7mmくらいです。材質はヒノキではなく杉だと思います。

   また,上桁には左右に木の葉型の音孔が確認できるのですが,穴からのぞいたかぎりでは下桁には音孔が見えず,ハリガネで探ってみても,穴があいているらしい感触がありません。下桁に音孔があいてないとすれば,これはちょっとはじめてのケースですね。

   響き線は鋼の孤線。 楽器右側部中央より,直挿しで。アールはやや深く,松音齋とコウモリ月琴の中間くらいでしょうか。

裏面ラベル
  裏面に製作元のラベルの断片が残っています。

  これとこの月琴の作者については,後ほど別記事にまとめますので,そちらをお待ちください。




要修理箇所について

  長崎で修理される前にも何度か手が入っているようですが,面板の大きな割れ,虫食い痕などは,前修理者が桐板の埋めこみなどで,すでに補修済み。
  側板,棹はおそらく,もとは薄く塗装されていたようですが,ほぼ剥がしてナチュラルな仕上げに変えています。だもので,外見的には庵主の仕事はほとんどありません。ところが――

  現所有者によれば糸を張ると「棹がおじぎ」して調弦が安定しない,とのこと。

  たしかに棹元をよく見ると,楽器背面側にスキマができてしまっています。

棹元のスキマ(1) 棹元のスキマ(2)

  曲尺をあてて測ってみると,山口のところで表面板がわに約2~2.5mm 倒れこんでしまっていました。これではたしかに,調弦が狂うし,棹もとのあたりには音の響かなくなるデットポイントも出来てしまっていたはずです。

  なんとか直そうと,何度も調整をしたのでしょう。

  棹を抜いてみると,茎にスペーサーの紙やら小さな板があちこちに貼られていました。

棹基部の補修(1) 棹基部の補修(2)

  棹の角度を矯正する方法としては,もっとも一般的なやりかたですが,しかし,この調整法でも直ってないということは,茎自体が曲がっているのか,胴体や内桁のホゾ穴に問題があるのか。

  どちらにしてももう少し抜本的な調整が必要なようです。

  胴体の問題箇所はほかにそれほどありません。

  ● 棹基部,延長材との接合ブロックに,前々修理者によると思われる木工ボンド付着。
  ● 胴体棹ホゾ周辺にハガレと浮き,少々。
  ● 裏板下端中央に側板からのハガレ少々。

  いづれもごく軽症。
  最後のハガレなんかも補修の必要ないくらいですね。

山口とフレット
  山口は一見象牙のムクのようですが練物。

  修理調整のときだと思いますが,この山口の上面を擦り直して,糸溝を切り直したようです。
  ただ高音側の糸溝が浅すぎて,糸の固定が不完全。
  現所有者が修理前に「調弦しにくい」とか「音がモヤっとする」と言っていた原因の一つは,これかもしれません。

  フレットも山口と同じ練物製。

(注) こうした加工品が本物かどうかは,刃物でちょっと削れば,モロモロと柔らかいんですぐわかるんですが,外見上から見分けるとしたら,「目」があるかどうかです。本物の象牙には木目のような薄い筋が走っています。ただし,江戸期の職人さんには,この「目」をすら作り出す技術を持ってる人もいたんで,「筋があるからホンモノ」と即断するのは避けましょうね。

  本物の象牙にくらべると練物はずっと柔らかいので,あちこちのフレットが削れて,頭がガタガタになっていたり,左右が不均等になっていたりしています。

最終フレット
  またこれはどうしたことか。

  最終第8フレットと第7フレットが取り違えて付けられています。どちらも絃高に対して低すぎるくらい削られてしまっているので,いちおう音は出ます。ただしたいへん押えにくかったでしょうね。
  明清楽の演奏では,この最高音あたりまではあまり使わないので気がつかなかったのかもしれません。
  けっこうよくありますね。



修理その1:棹元の調整

  すでに述べたように,十六夜月琴の棹基部と茎(なかご)の先には,棹の角度調整のために貼り付けたとおぼしい小板があちこちに貼られています。庵主のところに来る前にも何度か調整してもらったそうですが,それでも棹が「おじぎ」するということは,もっと根本的なところに原因があるのかもしれません。

棹元の調整(1)
  棹基部の延長材との接合部も隠れてしまってますし,まずはこの部分の現状を精確に把握するため,この補修の小板をぜんぶ剥がしてしまいましょう。

  ぜんぶ剥がした状態で棹を挿すと,胴体のホゾ穴ではぐらぐらのゆるゆる,奥まで挿すと棹はおじぎした状態で止まります。

  やっぱり茎が,背面側を弧にして,少し反ってしまっているようです。

  対処としてまずは,茎の内桁にささっている先のほう,指板側の面を1mmばかり削ってみたのですが,それでも「おじぎ」は直りません。この月琴の茎の材は薄めなので,あまり調子に乗って削ると,強度の方が心配になりますので,胴体内部にヤスリをつっこんで内桁の「穴」のほうも少し削りました。

  裏板オープンの状態でならなんでもない作業ですが,手探り,ヤスリを持った指先の感覚だけの盲作業で左右をちゃんと均等に削ってゆくのですから,ちょっとタイヘンでした。

  つぎにいったん棹を入れ,動かしてみて,どの方向に何ミリくらいのスキマがあるのか
,だいたいの見当をつけ,スペーサーをニカワで貼り付けます。
  茎の先に,シナの板をけっこう大きめに貼り,棹の基部のほうには,ブナのツキ板を貼りました。


茎の処理(1) 茎の処理(2)

  これで棹は奥まで挿しても「おじぎ」をしなくなりましたが。きっちり挿してもまだ,棹元と胴体との間には,スキマができてしまっています。
  棹元の接合部分が,横から見て(極端に言うと)Vみたいなカタチに,軽く潰れてしまっているんですね。
  つぎにはこの部分を整形してあげなければなりません。

棹基部
  ギターやウクレレ,バイオリンなどのネックと違い,月琴の棹は三味線のように胴体に挿してあるだけです。そういう西洋の弦楽器の構造を知ってると,棹元というものは,ぴったり胴体と密着してなきゃならないと,考えるものですが。

  これが西洋と東洋の思考の違いというもの?

  月琴の棹元の接合面は,胴体と完全に密着するかたち(図左)にはなっていません。
  ――おおよそ図右のような感じですね。
  棹元の中心,茎の周辺は胴体の輪郭より少し深くえぐられており,周縁がそのアールにかぶさるようなカタチになっています。

  だもので,まずはこの周縁の左右をVの字から,平らに,まっすぐに削り直し,それで減った分,内側の部分と指板と棹裏のアールを彫り下げて調整します。

  この作業で棹元はピッタリ胴体と密着,スキマも気にならない程度になりました。

棹元調整後(1) 棹元調整後(2)

  1ミリ2ミリ,ほんのわずかながら棹は短くなってしまいましたが,個体差の大きい月琴的には,製作誤差の範囲内程度ってとこでしょうか?

最終調整
  さらに棹元を調整して,棹全体を楽器背面方向へわずかに傾けます。

  山口のところで,胴体面に対して1~1.5ミリくらいが理想。
  楽器としては胴体面と指板が完全に同一水平面にあることのほうが理想,のような感じはしますが。修理前にそうなっていたように,長年使用していると糸の張力で茎が反って,わずかづつ楽器前面へ傾いてしまうことがあります。この楽器はすでにそういうことになってたぐらいですから,構成材にそういうクセがあることは明らか。

  楽器は一年二年で捨てるようなものではないですからね。
  ときには未来を見据えることも,たいせつかと。



修理その2:フレットの交換

フレット(1)
  「要修理箇所」の項でも述べたように,オリジナルのフレットはその材質のせいもあり,状態がそれほど良くありません。

  象牙のフレットは,ほかの材質のものより格段に勝る,というわけではなく,これが尊ばれる理由は,糸滑りの感触を除けば,多分に高級感からくる満足度の問題だと思います。
  また,象牙は材質としてはたしかに,硬く,粘りもあって,丈夫ですが,月琴のフレットくらいの細さだと,糸擦れによってけっこう削られてしまうので,それほど耐久性が高いというわけでもありません。

  ましてや十六夜月琴のフレットは,その象牙のニセモノ,練物です。
  質感と見た目が似ているほかは,硬さも耐久性も象牙に劣り,あまりいいとこはありません。

  うちには材料もあるので,本物の象牙で作り直す,という選択肢もないではないのですが,未来も同じ材料がずっと手に入るとは限りません。十六夜君は量産機とはいえ,お飾りではなく,現在も実戦バリバリで働いている現役楽器。今後のメンテのことも考えると,高級感を追うよりは,誰もが手にいれられ,どこでもすぐに作れるような材料で作り直したほうがいいと考えます。

フレット(2)
  そんじゃ――竹のフレットに替えちゃえー,てことで。
  竹フレットは例により材どりは明清楽風,カタチは中国楽器風の斗酒庵流。加工は容易いので,うまくゆけば1セット8本,2時間ほどで用意できますが…カタチを作るのは容易なれど,その後の作業にはこれでけっこう時間がかかります。
  今回もヤシャブシと砥粉をまぜた液の中で煮〆て一晩。ラックニスに漬け込んで一晩。乾燥させるのに一日。



かー   十六夜月琴の修理,最大の珍事はこの後に起きました。

  ニス漬けしたフレットをひきあげたあと,板にのせて屋根の上で乾かしてたんですが,バサバサッという異様な音にふりむくと,黒いヤツがフレットのそばに……カラスに1本―最終第8フレット―を盗まれました。
  今回はいつものコーパルニスに漬け込む前,一度,ウサ琴の胴体に使ってる色ニスを潜らせてます。日本リノキシンさんの色ニスは甘いニオイがするんで,食べ物と間違ったんでしょうかね?
  マンガみたいな展開に一瞬アゼンとしたものの,泣く泣く一本だけ削りなおし,一本だけまた染め直して,漬け直し…orz。
  でもこれが最終フレットでよかった…間のフレットだと,作り直すとき高さの調整がタイヘンですから。

山口
  山口も黒檀で作り直します。

  カラスの餌食になった最終フレットも再製作完了,そろったところで貼り付けて。

  2008年3月1日,修理完了しました。



十六夜修理後全図

  明治後期の「量産型」月琴ではありますが,直線的な棹裏のラインといい,飾り気のない糸倉のカーブといい,実用の楽器として弾かれることを中心に,きちんと作ってあります。多少,近代的な工作機械の力を借りてはいるようですが,いまの工場製の安物とかとは違って,材料も工作もしっかりとしたものです。

  音的には余韻がちょっと伸び足りないかなあ~。
  すこし硬めですが,耳には心地よい音ではあります。

  最初の方で述べたように,大きな要修理箇所はすでに長崎の方できちんと修理済み。
  あらかじめ棹の倒れこみとか,操作上の難点,音の違和感は伝えられていたものの,いづれも実物を見るまでは原因不明で,ちょっと心配でしたが。けっきょく庵主の仕事は,棹元の調整と,フレットの交換だけで済みました。
  めずらしく月琴のハラワタや血を見ることもなく(笑),作業がラクだったうえ,ちゃんとした楽器屋さんの本格的な修理の仕方とかいろいろと観察・勉強できて,これはこれで面白かったですよ。


   十六夜月琴音源集(MP3)



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