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ウサ琴3(6)

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斗酒庵 みたびウサ琴作り の巻6ウサ琴3(6)


塗装道

塗装(1)
  響き線を取り付けたら,裏板を貼り付けて。さあ,いよいよ塗装です。

  前作までは下地を無色のラックニス,上から工作隠しと色付けのため,カシューを刷いていましたが,これだとカシューの塗膜が厚くなり,音が少々こもり気味になります。また木地をラックニスで,木固めをかねてツルツルに雑巾ポリッシュしている関係で,ぶつけたりすると上に乗っかってるだけのカシューの塗膜が剥がれ落ちたりもします。
  楽器として必要な塗装は,下地のラックニスでじゅうぶん終わっているので,表面保護のカシューが剥がれても,実用上はさして影響はないものの,見栄えは良くありませんよね。

  今回は日本リノキシンさんが,塗膜の薄いアルコールニスの色ニスを,ウサ琴カラーで調合してくれましたので,中塗りで色をつけながら仕上げてゆきます。
塗装(2)
  どんな色になるのか,どんなふうに効果が出るのか。
  楽しみです。

  アルコールニスは,乾きが早くて刷毛遣いが難しい。
  塗りは一発,一方向。「返し刷毛」がきかないのもツラい。
  慣れてないのもあって,どうやっても色ムラができてしまうので,形状の複雑な棹の方は刷毛塗りをあきらめ,カシューでやってた「かけながし」(アルコールニスでやっていい技法なのかは不明…)に。でも胴体のほうは面板が貼りついてる関係上,刷毛で塗り重ねるしかありません。

  刷毛を替えたり,塗り方を変えたり踊ってみたり,とけっこう悪戦苦闘。
  塗り重ねてゆくうちに,ムラもそんなに目立たなくはなりましたが――ここで誤算が一つ。

  ニスの塗膜が薄いぶん,なかなか色が思ったような濃さになってくれません。
  また,あるていど乾燥するまでは,塗膜が非常にデリケートなので手出し厳禁,一日一塗りが鉄則。
  前作と同じくらいの色合いになるまでに,1ヶ月半かかりました。

  たしかに前よりは塗膜が薄いのですが,これだけ重ねるとそんなに違いはないかなあ。


愚行その2 染めりゃよかった!!!!!!

  クリやクワなど,マトモな材料で作られている本物の月琴では,胴体や棹は,拭き漆ていどの軽い塗装で仕上げられていることが多いのですが,庵主のウサ琴では,毎度棹や胴体をこってりと色塗りをしています。

  これは主としてその素材感や工作のアラを隠すためなんですが,よ~~~く考えてみますと――そういうためなら塗りでなんとかするより,いッそ下地自体を何かの色で均一に染めあげてしまったほうがいいのじゃないでしょうか(^_^;)。

  下地段階で色があらかじめ付いていれば自然,色付けニスの塗膜も薄くて済みます。
  そしたらそのぶん塗料も浮くし,工期も短くて済むじゃあーりませんか!!!

  ――と,いうことに思い当たったのは,ながーい塗装期間もいいかげん終わりかけの,2月末ごろのことでした。

  指物では,こうしたときのステイン料として,「蘇芳(すおう)」という染料がよく使われます。

蘇芳
  唐木でない素材を,紫檀や黒檀といった素材のように見せかけるとき,また質の良くない唐木材料に高級感をつけるときなどに使ったそうです(耐久性がよくなくて褪色することもあり,今はもっといい塗料があるので,あまり使われない)。
  煮出した汁はそのままで赤,鉄媒染で暗紫色。
  オハグロ液と重ね塗りしたりすると効果がありそうですね。

  たしか正倉院の楽器にも,木地をこれで染めていたのがあったはずですが。

  次回作ではぜひ,挑戦してみるといたしましょう!


塗装(3)
  時間はかかりましたが,さすがリノキシンさんのニス。

  すばらしい色に仕上がりました。
  最初は赤がキツいかな~と思ったんですが,塗って一~二週間ほどすると,なんとなく落ち着いてきて,いかにもシックな感じのダークレッドに。
  先行する「アルファさんの月琴」の製作で試してみたら結果上々だったので,こちらも上塗りをオイルニスにしました。
  ああ,アルコールニスにくらべると刷毛塗りがラク……うう,天国です。

  紫外線硬化なので,お外に干してお日様に当てます。
塗装(4)
  ちょうど冬の関東のこととて湿度も低く,日差しがあっても気温は高くない。

  なんとなく予想されたとおり,もっくもくな3-4の表面板が多少ヒビた(乾燥による収縮の度合いが大きかったようです)ほかは,どの楽器の棹にも胴体にもほとんど深刻な影響は出ませんでした。
  3-4のヒビも,板の反りはなく,矧ぎ目にそったミリ以下の単純なものだったので,薄く削った桐板とパテを埋め込んですぐに解決。
  ――修理で培ったカラ度胸というか,慣れってコワいなあ。
  わたしゃヒビていどではもう,ぜんぜんビビりませんヨ。



仕上げ

  塗装も終わり,楽器の本体はほぼ完全に出来上がりました。
  あとはここに,毎度おなじみの小物の大量生産作業が続きます。

  山口4コ,蓮頭4枚,お飾り8枚――そして軸16本,フレット40本!

山口   山口は,斗酒庵工房定番の,黒檀と象牙のコンパチ。

  金属弦の中国月琴と違うので,絹糸の絃を使っているかぎり,象牙の減り止めはさほのど意味がありませんが,もはや工房の「伝統」なので――まあこれで「音が悪くなる」ということもありますまい(とくに「良くなる」わけでもないでしょうが)――黒と白のこのツートン部品は,アクセントにもなって,キレイです。

  指板が黒い4号だけ,木をローズウッドに替えました。


  蓮頭も,いつものとおり,アガチスに桐の厚板を貼って切って削ったもの。
  砥粉で目止めした上から,お歯黒ベンガラをこってり塗ってラックニスで固め,仕上げにオイルニスを刷いて磨いてツヤツヤにしました――ちょっと色が濃かったかなあ?

蓮頭(1) 蓮頭(2)

  つぎは胴体のお飾り。

  前作はよこすか龍馬会のほうでお使いになる関係から,明清楽の月琴に倣った植物柄のデザインにしましたが,今回はウサ琴,えーと,正式名称「玉兎琴」(<<忘れてたろ!)の正道に則り,左右の目摂はウサギさん――ちょっと古典的な「跳ねウサギ」をデザインします。

目摂(1)
  なんせ同じものを8枚も作らなきゃならないんで,なるべく素材にムダが出ないよう,かたちはごくシンプルに,彫りの回数もなるたけ少なく。できたデザインから型紙をおこし,それを使って,2匹一組の組み合わせでアガチスの板に写します。

  その板の裏に,さらにもう一枚,板を両面テープで貼り付けて糸ノコでカット。

  ヤスリで輪郭を整形しながら,裏表同時作業で,4枚をいちどに作ってゆきます。

目摂(2)   2枚の板を最後に剥がすときとか,2匹を分割する作業のときに,耳とかお尻のところがちょっと割れちゃいましたが,まあお飾りなので。
  割れた部分はニカワで合わせ,裏に補強で和紙を貼り付けておけば,ぜんぜんだいじょうぶ。

  たらったらった,らったらった…踊るウサギに見るウサギ。
  けっこう楽しい。

  できたお飾りの表面に,さッとペーパーをかけて,お歯黒ベンガラを刷いたら「黒ウサギ」さんのできあがり。

目摂(2)
  「月のウサギ」さんはお月様の「影」を見立てたもの。
  「黒ウサギ」が正しいのだよ,うん。


  仕上げに,胴体に使った色ニスをウェスにつけて,たたくような感じで染み込ませ,塗装止めとします。

  うむ,カワヨス。


  そして地獄の軸削り。

  ウサ琴3(2)「愚行その1」で触れたように,今回は作業の順番を変えて

今までの軸削り
  角材を軸の長さに切りわける→ 四面を斜めにそぎ落とす→ 六角形に整形

  としていたのを,

軸削り改訂版
  { 角材先端の四面を斜めにそぎ落とす→ 軸の長さに切る }×くりかえし → 六角形に整形

  に変えてみました。材料が長いと保定がしっかりできるので,イチバンたいへんだった「そぎ落し」の作業が,ずいぶんラクになりました。
  ホント…こんな程度のことなのになぁ。 気づかないものです。

軸(1) 軸(2)

  軸材はチーク。一本百円で一束買った荒材だったんですが,ときおりすごい木目のが混じっていたりします。
  とはいえ荒材なもので,削って磨いてみるまでそれに気がつかないことが多く,軸のカタチになってから「あちゃ~っ!これ,ほかのことに使えばよかった!」というようなコトもしばしば。
  今回も,マーブル模様みたいな縞目のものと,ギラ目の虎杢のがありました。

軸(3)   虎杢のなんかは,チークとしてはおそろしく硬くて,寸法もちょっと太めだったので,棹とかカメ琴みたいな楽器に使いたかったんですが……気がついたときには,後のお祭り。

  削りあがった軸は,ペーパーで磨いて表面を整えたら,表面の細かい木屑をエタノールで拭き取り,亜麻仁油を二度ほど染ませて磨いておきます。油磨きのあと一週間ほど乾燥させ,できあがった糸倉に挿して,軸先を調整。

  軸が糸倉にしっかり差し込まれるようになったら糸孔をあけます。

  糸の孔は,上下の二本は軸の握り側に近いほう,真ん中の二本は軸先に近いほうにあけると,あとで糸をかけるときに,美しく巻き取れますよ。

  フレットは竹製。

  月琴のフレットは消耗品。
  こちらについてはちかぢか,作り方等まとめた記事書きますんで,省略。
  今回も材取り・カタチは工房流,仕上げはヤシャブシ煮染め,ラックニス漬けでした。

柱(1) 柱(2)

  さて,今回はもう一つ。

  裏板に貼るラベルを作ります。

  前作までは,絵とかでも使ってた篆刻の号印を捺してたんですが,今回は余り材を削って,ちゃんと楽器名のハンコを作ってみました。

玉兎琴ラベル   ほとんどリューターで彫ったんですが,材料のせいか,なんだか手彫り感が出ていー感じです。

  墨汁にニカワを混ぜて粘度を増し,ヤシャ汁と柿渋で染めた紙におしまくり。
  これが意外に,なかなかうまくいかなくてね~。
  ここでも修行が必要カト。

  えっ…楽器の名前がチガう?

  だから~,これが正式名称なんですってば。




完成・反省

3-1ウサギ
  製作中,とびこみの修理が二面,塗装に思ったより時間がかかり,さらに最後の最後で糸を買うのを忘れていたとか,ゆっくりいくとは宣言していたものの,工期の遅れたこと遅れたこと。
  それでも5ヶ月で5面ですから,いちおう一月一面のペースは守られたわけですね。

  まるきり「愚行」そのものなのですが。

  今回の実験製作のそもそものテーマ,「棹材の違いによる音質の相違」を調べるためなら,最初ッから「棹を複数本」とそれに合う「共通の胴体」を「一つ」作れば良かったんですよね。

  それで実験が終わった後,残った棹に合わせて,胴体を作ってやれば良かったわけで。

  四本の棹を,それぞれ四面の胴体に合うように,ふつーに作りこんでしまった結果,作者のウデの問題で(^_^;),楽器間の工作上・寸法上の誤差が大きく,比較して格差が出ても,それが「棹の材質」のせいなのか「工作の違い」によるものなのか分からなくなってしまいました。

3-3オモ
  とりあえずどれか一面の胴体を基準胴として,それにほかの3本の棹を挿し換える,という手も考えたのですが,気がついた時点でもう,それぞれほとんど出来上がってしまっていたので,再度,個々の棹と胴体をフィッティングしなおすのが難しく,断念しました。
  山口の高さ,棹元の削り,フレットの高さ――いづれも工作が微妙で,わずかでも違うと,音すら出ませんから。

  最初からもう少し実験の内容をきちんと考え,それに即して製作の手順を見直しておけばよかったのですが,どうも今回はアタマより「手が先に」出てしまったカンがあります。

3-2ウラ
  まあ「実験製作」としてはまったくの失敗だったわけですが,数こなすことでの工作上の経験・修行になったのはもちろんのこと,「響き線」の取付け法や塗装など,次に解明すべき問題点や不明点も浮き彫りになりました。

  また,音の伸びや深みなどの点では,まだまだ物足りない部分があるものの,今回の4面もいちおう,「明清楽月琴の代用楽器」としては,じゅうぶん使用に耐えるデキになってるかとは思われます。



  恒例の音源公開。

  音階と,音色の違いを聞き比べてもらうため,4面でそれぞれ同じ曲を演奏しました。
  今回のテーマ曲は明清楽の「平板調」(百足登『明清楽之栞』ver.)です。

  波形はいつものように,フリーソフト・SPWave にて解析。
  左が低音・高音の順に鳴らしたもの,右はその高音がわの波形のおよそ2秒間ぶんを拡大したものです。


3-1
3-1
低音がわでかなりうねりが強く,コシのある残響が付く。
それにくらべると,高音がわは余韻の伸びが少し物足りない感じがし,音が硬めなこともあって,多少金属残響が耳につく。
高音弦と低音弦の音色のバランスは良くないが,対比させるとこれはこれで面白い。
楽器全体としては,大きく太く,くっきりとした音色を持ち。かなり大きな音が出せる。
音がはっきりしているぶん,調弦が多少シビアか。

棹材はイチイ。
フレット高は普通。直線的な棹裏のライン,やや太目の棹,いづれも実用的でムダがなく,操作性は良い。

♪ 3-1 音階
♪ 3-1 演奏
3-1波形1 3-1波形2
3-2
3-2

音量はそれほど大きく出ないが,高音弦と低音弦の音色バランスはよく,4面中いちばん月琴らしい,クセのない,あまやかな音色と残響をもつ。

棹材はカツラ。
軸穴の位置と角度を若干しくじってしまったようで(数ミリ上過ぎました),一番上の軸を調整する時,掌が蓮頭に少し触れる。
浅くアールの入った棹裏のライン,太さは中くらい。フレットは4面中いちばん低く,操作性は良い。

♪ 3-2 音階
♪ 3-2 演奏
3-2波形1 3-2波形2
3-3
3-3

音量はかなり大きく出,余韻の伸びもあり,うねるような効果が音の胴体にも余韻にも付くが,高音弦と低音弦の音色バランスがよく,全体としては耳にもやさしい,温かな音色となっている。
音がはっきりとしているので調弦は1号同様,シビアである。

棹材はホワイトアッシュ(DIY屋さんの端材)。
稚拙な工作の結果,胴体がほかの3面よりわずかに厚い。
浅いアールの入った棹裏のラインは3-2同様だが,やや四角張り腰の張った太い棹は,その硬めの素材感とあいまって好みの分かれるところ。
フレット高は普通で,操作性も悪くはないが,トラ杢チークの軸がやや太すぎたか,手の小さいわたしでは多少調弦がしにくい。

♪ 3-3 音階
♪ 3-3 演奏
3-3波形1 3-3波形2
3-4
3-4
高音側で3-3同様のうねるような効果が付くが,音が硬いため,金属的な残響がやや耳に障る。そのぶん低音の余韻が,わりとふつうな減衰残響なので,全体としてはさほど気にならない。
最低音から最高音まで,ほぼ均一に響き線の効果がかかり,3-1ほどではないが,かなり大きな音が出る。

棹材はクスノキ(銘木屋さんのゴミ)。
銘:初音モク。棹は赤の入った乱れ杢,面板も桐のもっくもくで,表板中央あたりを中心に渦を描くように木目がうねる。板目の材はふつう,柾目に比べると柔らかいものだが,これの表板は4面中もっとも硬く,木目が複雑なこともあって,磨く作業はけっこうタイヘンだった。

棹はやや細身で,フレット高やや低め。クスノキの柔らかな質感は意外と手に心地よく,素材がトンでもないわりには操作感は悪くない。

♪ 3-4 音階
♪ 3-4 演奏
3-4波形1 3-4波形2


 

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