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十六夜月琴

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斗酒庵 十六夜の君を治す 之巻十六夜月琴(1)


  明清楽の月琴の本場,長崎より修理の依頼。
  銘「十六夜」。

  ふむふむ,一見したところは問題なさそうじゃが…。
  まあせっかく,遠くから来てくれた楽器,まずは調査をかねて採寸でもさせてもらいましょう――


十六夜・表 十六夜・裏  全長 665mm 
 棹長 310mm 糸倉 164mm 基~茎 153mm
 棹ホゾ 24×12mm 表板表面から9mm 裏板表面から15mm
 指板 140mm 厚 1.5mm
 胴径 355mm 胴厚 36mm 面板厚 4mm
 山口高 11.5mm 半月高 9mm 有効絃長 428mm
 半月 100×38mm 半円形曲面構成
 軸 長 112 最大径 26 最小径 8 


   側板はおそらくクリかクワで,棹も同材かと思われます。棹は糸倉の天までムクの一木作り。

糸倉(1) 糸倉(2)

   軸は糸倉からほぼ垂直に突き出す配置になっていて,材は何だかわかりませんが,檀木の類ではないようです。サクラあたりを,蘇芳かオハグロで染めた上から刷り漆をかけたのではないでしょうか。

蓮頭アップ
   蓮頭は透かし彫り。真ん中上の三枚突き出ているのは,蓮の葉としてよく使われる表現,ときどき見る意匠ですが何なのかは分かりません。「蓮葉と流水」なのかもしれませんが。

   中央から一度,上下に割れてしまったようですが,すでに継いであり,近くで見てようやくヒビが見つかるていどに直してあります。

表面板アップ
   左右の目摂…これは何でしょうねえ?菊にしてはツボミが尖がってるし。 扇飾りも意匠は不明。玉石で出来た真ん中の飾りは鳳凰です。

   いづれのお飾りもほぼ健全ですが,塗装は最近塗りなおしたもののようです。玉飾りにも少し欠けがありますが,それほど目立つものではありません。

   量産楽器だからでしょうか,イマイチ意味の読み取れる意匠が少ないですね。



   今回は面板を剥がす必要がなかったので,内部構造については棹のホゾ穴からの観察のみ。

   桁は二本で,曲尺やハリガネを挿し入れて測ると,上桁は胴上端より 110mm,下桁は 235mm のところに,楽器面に対し,ほぼ正確に垂直に取り付けられていました。板の厚さはだいたい7mmくらいです。材質はヒノキではなく杉だと思います。

   また,上桁には左右に木の葉型の音孔が確認できるのですが,穴からのぞいたかぎりでは下桁には音孔が見えず,ハリガネで探ってみても,穴があいているらしい感触がありません。下桁に音孔があいてないとすれば,これはちょっとはじめてのケースですね。

   響き線は鋼の孤線。 楽器右側部中央より,直挿しで。アールはやや深く,松音齋とコウモリ月琴の中間くらいでしょうか。

裏面ラベル
  裏面に製作元のラベルの断片が残っています。

  これとこの月琴の作者については,後ほど別記事にまとめますので,そちらをお待ちください。




要修理箇所について

  長崎で修理される前にも何度か手が入っているようですが,面板の大きな割れ,虫食い痕などは,前修理者が桐板の埋めこみなどで,すでに補修済み。
  側板,棹はおそらく,もとは薄く塗装されていたようですが,ほぼ剥がしてナチュラルな仕上げに変えています。だもので,外見的には庵主の仕事はほとんどありません。ところが――

  現所有者によれば糸を張ると「棹がおじぎ」して調弦が安定しない,とのこと。

  たしかに棹元をよく見ると,楽器背面側にスキマができてしまっています。

棹元のスキマ(1) 棹元のスキマ(2)

  曲尺をあてて測ってみると,山口のところで表面板がわに約2~2.5mm 倒れこんでしまっていました。これではたしかに,調弦が狂うし,棹もとのあたりには音の響かなくなるデットポイントも出来てしまっていたはずです。

  なんとか直そうと,何度も調整をしたのでしょう。

  棹を抜いてみると,茎にスペーサーの紙やら小さな板があちこちに貼られていました。

棹基部の補修(1) 棹基部の補修(2)

  棹の角度を矯正する方法としては,もっとも一般的なやりかたですが,しかし,この調整法でも直ってないということは,茎自体が曲がっているのか,胴体や内桁のホゾ穴に問題があるのか。

  どちらにしてももう少し抜本的な調整が必要なようです。

  胴体の問題箇所はほかにそれほどありません。

  ● 棹基部,延長材との接合ブロックに,前々修理者によると思われる木工ボンド付着。
  ● 胴体棹ホゾ周辺にハガレと浮き,少々。
  ● 裏板下端中央に側板からのハガレ少々。

  いづれもごく軽症。
  最後のハガレなんかも補修の必要ないくらいですね。

山口とフレット
  山口は一見象牙のムクのようですが練物。

  修理調整のときだと思いますが,この山口の上面を擦り直して,糸溝を切り直したようです。
  ただ高音側の糸溝が浅すぎて,糸の固定が不完全。
  現所有者が修理前に「調弦しにくい」とか「音がモヤっとする」と言っていた原因の一つは,これかもしれません。

  フレットも山口と同じ練物製。

(注) こうした加工品が本物かどうかは,刃物でちょっと削れば,モロモロと柔らかいんですぐわかるんですが,外見上から見分けるとしたら,「目」があるかどうかです。本物の象牙には木目のような薄い筋が走っています。ただし,江戸期の職人さんには,この「目」をすら作り出す技術を持ってる人もいたんで,「筋があるからホンモノ」と即断するのは避けましょうね。

  本物の象牙にくらべると練物はずっと柔らかいので,あちこちのフレットが削れて,頭がガタガタになっていたり,左右が不均等になっていたりしています。

最終フレット
  またこれはどうしたことか。

  最終第8フレットと第7フレットが取り違えて付けられています。どちらも絃高に対して低すぎるくらい削られてしまっているので,いちおう音は出ます。ただしたいへん押えにくかったでしょうね。
  明清楽の演奏では,この最高音あたりまではあまり使わないので気がつかなかったのかもしれません。
  けっこうよくありますね。



修理その1:棹元の調整

  すでに述べたように,十六夜月琴の棹基部と茎(なかご)の先には,棹の角度調整のために貼り付けたとおぼしい小板があちこちに貼られています。庵主のところに来る前にも何度か調整してもらったそうですが,それでも棹が「おじぎ」するということは,もっと根本的なところに原因があるのかもしれません。

棹元の調整(1)
  棹基部の延長材との接合部も隠れてしまってますし,まずはこの部分の現状を精確に把握するため,この補修の小板をぜんぶ剥がしてしまいましょう。

  ぜんぶ剥がした状態で棹を挿すと,胴体のホゾ穴ではぐらぐらのゆるゆる,奥まで挿すと棹はおじぎした状態で止まります。

  やっぱり茎が,背面側を弧にして,少し反ってしまっているようです。

  対処としてまずは,茎の内桁にささっている先のほう,指板側の面を1mmばかり削ってみたのですが,それでも「おじぎ」は直りません。この月琴の茎の材は薄めなので,あまり調子に乗って削ると,強度の方が心配になりますので,胴体内部にヤスリをつっこんで内桁の「穴」のほうも少し削りました。

  裏板オープンの状態でならなんでもない作業ですが,手探り,ヤスリを持った指先の感覚だけの盲作業で左右をちゃんと均等に削ってゆくのですから,ちょっとタイヘンでした。

  つぎにいったん棹を入れ,動かしてみて,どの方向に何ミリくらいのスキマがあるのか
,だいたいの見当をつけ,スペーサーをニカワで貼り付けます。
  茎の先に,シナの板をけっこう大きめに貼り,棹の基部のほうには,ブナのツキ板を貼りました。


茎の処理(1) 茎の処理(2)

  これで棹は奥まで挿しても「おじぎ」をしなくなりましたが。きっちり挿してもまだ,棹元と胴体との間には,スキマができてしまっています。
  棹元の接合部分が,横から見て(極端に言うと)Vみたいなカタチに,軽く潰れてしまっているんですね。
  つぎにはこの部分を整形してあげなければなりません。

棹基部
  ギターやウクレレ,バイオリンなどのネックと違い,月琴の棹は三味線のように胴体に挿してあるだけです。そういう西洋の弦楽器の構造を知ってると,棹元というものは,ぴったり胴体と密着してなきゃならないと,考えるものですが。

  これが西洋と東洋の思考の違いというもの?

  月琴の棹元の接合面は,胴体と完全に密着するかたち(図左)にはなっていません。
  ――おおよそ図右のような感じですね。
  棹元の中心,茎の周辺は胴体の輪郭より少し深くえぐられており,周縁がそのアールにかぶさるようなカタチになっています。

  だもので,まずはこの周縁の左右をVの字から,平らに,まっすぐに削り直し,それで減った分,内側の部分と指板と棹裏のアールを彫り下げて調整します。

  この作業で棹元はピッタリ胴体と密着,スキマも気にならない程度になりました。

棹元調整後(1) 棹元調整後(2)

  1ミリ2ミリ,ほんのわずかながら棹は短くなってしまいましたが,個体差の大きい月琴的には,製作誤差の範囲内程度ってとこでしょうか?

最終調整
  さらに棹元を調整して,棹全体を楽器背面方向へわずかに傾けます。

  山口のところで,胴体面に対して1~1.5ミリくらいが理想。
  楽器としては胴体面と指板が完全に同一水平面にあることのほうが理想,のような感じはしますが。修理前にそうなっていたように,長年使用していると糸の張力で茎が反って,わずかづつ楽器前面へ傾いてしまうことがあります。この楽器はすでにそういうことになってたぐらいですから,構成材にそういうクセがあることは明らか。

  楽器は一年二年で捨てるようなものではないですからね。
  ときには未来を見据えることも,たいせつかと。



修理その2:フレットの交換

フレット(1)
  「要修理箇所」の項でも述べたように,オリジナルのフレットはその材質のせいもあり,状態がそれほど良くありません。

  象牙のフレットは,ほかの材質のものより格段に勝る,というわけではなく,これが尊ばれる理由は,糸滑りの感触を除けば,多分に高級感からくる満足度の問題だと思います。
  また,象牙は材質としてはたしかに,硬く,粘りもあって,丈夫ですが,月琴のフレットくらいの細さだと,糸擦れによってけっこう削られてしまうので,それほど耐久性が高いというわけでもありません。

  ましてや十六夜月琴のフレットは,その象牙のニセモノ,練物です。
  質感と見た目が似ているほかは,硬さも耐久性も象牙に劣り,あまりいいとこはありません。

  うちには材料もあるので,本物の象牙で作り直す,という選択肢もないではないのですが,未来も同じ材料がずっと手に入るとは限りません。十六夜君は量産機とはいえ,お飾りではなく,現在も実戦バリバリで働いている現役楽器。今後のメンテのことも考えると,高級感を追うよりは,誰もが手にいれられ,どこでもすぐに作れるような材料で作り直したほうがいいと考えます。

フレット(2)
  そんじゃ――竹のフレットに替えちゃえー,てことで。
  竹フレットは例により材どりは明清楽風,カタチは中国楽器風の斗酒庵流。加工は容易いので,うまくゆけば1セット8本,2時間ほどで用意できますが…カタチを作るのは容易なれど,その後の作業にはこれでけっこう時間がかかります。
  今回もヤシャブシと砥粉をまぜた液の中で煮〆て一晩。ラックニスに漬け込んで一晩。乾燥させるのに一日。



かー   十六夜月琴の修理,最大の珍事はこの後に起きました。

  ニス漬けしたフレットをひきあげたあと,板にのせて屋根の上で乾かしてたんですが,バサバサッという異様な音にふりむくと,黒いヤツがフレットのそばに……カラスに1本―最終第8フレット―を盗まれました。
  今回はいつものコーパルニスに漬け込む前,一度,ウサ琴の胴体に使ってる色ニスを潜らせてます。日本リノキシンさんの色ニスは甘いニオイがするんで,食べ物と間違ったんでしょうかね?
  マンガみたいな展開に一瞬アゼンとしたものの,泣く泣く一本だけ削りなおし,一本だけまた染め直して,漬け直し…orz。
  でもこれが最終フレットでよかった…間のフレットだと,作り直すとき高さの調整がタイヘンですから。

山口
  山口も黒檀で作り直します。

  カラスの餌食になった最終フレットも再製作完了,そろったところで貼り付けて。

  2008年3月1日,修理完了しました。



十六夜修理後全図

  明治後期の「量産型」月琴ではありますが,直線的な棹裏のラインといい,飾り気のない糸倉のカーブといい,実用の楽器として弾かれることを中心に,きちんと作ってあります。多少,近代的な工作機械の力を借りてはいるようですが,いまの工場製の安物とかとは違って,材料も工作もしっかりとしたものです。

  音的には余韻がちょっと伸び足りないかなあ~。
  すこし硬めですが,耳には心地よい音ではあります。

  最初の方で述べたように,大きな要修理箇所はすでに長崎の方できちんと修理済み。
  あらかじめ棹の倒れこみとか,操作上の難点,音の違和感は伝えられていたものの,いづれも実物を見るまでは原因不明で,ちょっと心配でしたが。けっきょく庵主の仕事は,棹元の調整と,フレットの交換だけで済みました。
  めずらしく月琴のハラワタや血を見ることもなく(笑),作業がラクだったうえ,ちゃんとした楽器屋さんの本格的な修理の仕方とかいろいろと観察・勉強できて,これはこれで面白かったですよ。


   十六夜月琴音源集(MP3)



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