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月琴のフレットの作り方(3)

FLET_03.txt
斗酒庵 フレット削りを伝授す の巻3斗酒庵流 月琴のフレットの作り方(3)

フレット作り(実践篇 2)

『物識天狗』
2)明清楽の月琴のフレットのつくりかた

  そのまえに,基礎知識ちょっと追加。
  フレットの名称について。
  右は明治26年の『物識天狗』という本より。
  ここではフレットを「糸枕」と書いてますね。
  この本はべつだん月琴の専門書じゃありませんが,こうやって用語を調べてゆくと,日本人はどうやらフレット楽器に疎かったらしい,といったところが分かってきますね。コトバが固定化されてません。

  このころ月琴大流行で,そこかしこにお師匠さんがいたはずなんですが,いったいどうやって教えてたんでしょうね?音の場所――

  「ああ,そこそこ!その…三番目のアレのとこおさえて,そうそう。次は六番目のソレ。違う!太い方じゃなくて細い糸のほうの!」

  ――とか。たぶん一般的には,「工のところ」とか「高い尺のところ」と,当時使われていた文字譜「工尺譜」の音の名前で,音階の場所を指示してた,とは思いますが,それだと生徒さんが,月琴のどのフレットが工尺譜のどの音だかちゃんと覚えてくれてるのが前提…いやいや,そうは言っても,なかなか覚えてくれないもンですよ(実話)。
  そうするとやっぱり「細い糸の3番目のところ!」とかいうことに……ああ,そうか。それはそれで「フレット」に当たるコトバを使わなくても済むんだ!

  なっとくなっとく(自家消化\(^_^;)。



  さて,ではいよいよ庵主の本職。
  明清楽の月琴のフレットを,作ってみることといたしましょう。

  材料や工具は同じですが,明清楽タイプは,竹の表皮の側をそのまま片面として,その反対側の面と,底の部分を削ぎとって作ります。
  この方法だと,それこそ裏庭に生えてるような細い竹でも作れますし,削ぐのも一箇所減って,二箇所だけ――しかしながら,だからといって中国月琴のより作るのがカンタンかというと,そうでもないのでありますね。


(1)竹を切り分ける。

  ここはまったく同じ。糸ノコでシャキシャキと切り分けましょう。


(2)木口から割る。

材取り   やることは同じながら,違うのはココから。

  まず竹の木口を楽器に当てて,フレットの材取りを決めましょう。

  図のように,フレットを横から見たとき,表皮側の面がそのまま二等辺三角形の片方の辺になるわけなので,そことのバランスを考えながら,糸と指板のところ,底と頂点になる位置を決め,目印をつけといて,裏面のラインを描きます。

  木口に底と裏側のラインを書き込んだら,ノミで割ります。

  言うまでもないことですが,この時点では必要な大きさより,少し高め,少し厚めに割っておいたほうが,アトアトお得です。というのも,この底と裏側の角度が意外と微妙で,庵主もよく,実際に楽器にたててみてから,少し前倒れぎみだったり,反対にそっくりかえったりしてしまってることに気づくくらいですから,あとでじゅうぶんに修整できるように,てげてげのところ,ちょっと大きめに割っておきましょう。

割る(1) 割る(2) 割る(3)
(3)高さを調整。
頭を削る(1)
  実際に楽器に当てながら,フレットの高さを調整します。

  削るのは中国のと同じく,まず底面から。
  左右の高さが狂わないように,というのにプラス。横から見た角度にもご注意。

  両面どちらでも,あとから削って修整できる中国型と違って,明清楽型では表皮の側の角度が一定。せっかく高さが決まっても,そっくりかえったり前倒しになっちゃったら,また作り直しですよ~。

  かなり高さが近くなって,まだ少しビビるかな~。
  というところで,頭の部分をけずって仕上げてゆきます。

鶴壽堂 第1フレットはかなり鋭角
  明清楽タイプだと,フレットの頭を極限までシャープにすることができます。

  実際,古物でも刃物みたいに切り立ったフレットがついているのを,見たこともありますね。

  この部分が鋭角だと,指圧により敏感に反応し,精確な音程を出せるようにできるのですが,あまり尖らせると糸切れの原因になったり,かえって糸擦れで減りやすくなってしまうこともありますので,ほどほどに。

頭を削る(2)
  竹の表皮部分はガラス質で,面に対する摩擦には強いのですが,層の横がわからだと意外にモロいのです。

  庵主の場合,頭の部分には 0.6~0.8 ミリほどの厚みを残しておきます。


(4)左右の切り詰め。

左右切り詰め(1)   これも手順は中国月琴と同じなのですが。
  こちらのほうが,ちとツラい。

  というのも,明清楽タイプの場合,竹でいちばん丈夫な表皮の部分がヨロイのように片面を覆っているので,肉の部分の多い中国型にくらべると,カタくて刻みにくいのですね。

  裏の,柔らかい肉のがわからやるとラクそうに思えますが,そうすると,よく皮のほうに思わぬササクレとか割レが走っちゃうんで,やっぱり表がわからチマチマ刻んでゆくのが一番のようです。

  もっとも,堅いといっても厚みはたかが知れてますから,それほど大変でもありませんが。
左右切り詰め(2)
  幅を切り詰め,左右の木口を斜めに落として,ヤスリで磨きます。

  このときも,ヤスリはかならず「皮のがわ」から,裏側の「肉のがわ」に向けて走らせてください。
  反対にするとやっぱり,皮のはじっこのほうが欠けたり,へんなササクレが立ったりしますよ。


(4)磨く。

  最後に裏面をざっと磨いて仕上げましょう。
  皮のほうも,表面に染みとか汚れがついていることがありますので,軽くこすっておいてください。
  あんまりこすりすぎると,せっかくの皮の部分がだいなしになってしまいますから,ほどほどにね。

  幸運にも本物の煤竹が手に入った,とかいう方はべつですが,そうでない方で,削りたて,磨きたての竹の白っぽさがどうにもガマンできないというムキは,このあと柿渋を染ませるなり,生漆かカシューの類で茶色く塗装なされるとよろしいかと。



フレット比較(1)
  この明清楽の月琴の方法ですと,モウソウチクやマダケでなくとも,メダケのような,細く比較的肉の薄い竹からも作ることができますので,より材料選択の幅は広がります。また,片面がいちばん丈夫な皮の層で覆われているおかげで,かなり薄めに作っても丈夫で,衝撃等に対しても中国型のそれよりずっと強く,ヨゴレなどもつきにくい。

  ただ硬い皮の部分をそのまま使うので,ちょっと材取りのときにカタチのバランスで悩むのと,加工性においてすこし中国型には劣りますが,これらはいづれも,現在より日常的に竹という素材に親しんでいたむかしの時代には,さほどの問題ではなかったかとも思われます。
フレット比較(2)
  竹というものは,むかしは,いまのプラスティックやビニールにあたる日常の生活素材でしたので,いまよりずっと多くの人々が,我知らず,素材としての竹のいろいろな特性に通暁していたはずです。そのころには,自分でフレットを削ることも,誰教わることなく,見よう見まねでふつうに出来ていたんでしょうね――月琴弾きも。


 

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