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月琴の軸の調整(1)

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斗酒庵 糸巻の調整を伝授す の巻4月琴の軸の調整(1)

月琴の軸の調整(1)

中国月琴・軸
  前4回に続いて,問い合わせの多いことをもう一つ。

 ▲ 月琴の軸がゆるんで,調弦が安定しない。
 ▲ せっかく〆あげてもすぐ,するんぱすっと戻ってしまう。


  ――と,お嘆きの,そんなアナタに。

  弦楽器は弦を張ってナンボですからね。調弦が決まらなければ,演奏も何も,それ以前の段階。

  おハナシにもなりません。

  明清楽の月琴の場合は,糸も絹絃でテンションも弱いため,糸巻がくるくるっと戻ってしまうようなことはめったにありませんが,中国月琴は近年の「改良」で,糸もナイロンや金属のワウンド弦にしたのに,糸巻はなんの工夫もなく,ほぼ旧来のまま,ただの丸い木の棒なのですから。糸巻きにはつねに強い張力と復元力がかかっており,ちょっとしたはずみ,ちょっとした衝撃で軸の固定がゆるんで,たちまちわわわわわっ,とひとりでに回って,ユルユルになってしまうことも珍しくありません。

  じっさい月琴を買ったものの,弦がすぐユルむのがシャクに触ってやめてしまった,という人もいますが,これもちょっとの調整,工作で改善される場合が多いので,まあまずはカンシャクを起こさず,試してみてくださいな。



1)月琴の軸・基礎知識篇

明清楽月琴・軸
  例によって基礎知識講座からまいりましょう。

  庵主は「軸」と呼んでます。
  西洋の楽器用語で言うと「ペグ」。機械式の糸巻きと区別して「ウッドペグ」とも言いますね。

  例によって用語があまり固定化されてないんですが,そのほかには「糸巻き」「音締め(ねじめ)」「轉手(てんしゅ)」「轉軫(てんしん/てんじん)と書かれることもあります。

『筠庭雑考』
  「弦軸」もしくは「軸」というのは,中国の一般的な楽器用語。
  「音締め」は三味線,「轉手」は琵琶,「轉軫」とか「軫」というのは琴の用語ですね。

  江戸時代の『筠庭雑考』という随筆では「吟車」,『月琴詞譜』(1860)には「唫車」と書いてあります。中国語で読むとどちらも「jinche」なんで,字は違うけれども同じ語なんでしょうが,あまり他では見ませんね。

  ちなみに糸巻きのささっているところを,庵主は「糸倉」と言ってますが,これは西洋では「ペグボックス」,中国語では「弦槽」,『筠庭雑考』では「吟池」となってますね。

  現在の中国月琴はほかの中国楽器と同様の,工具のドライバーの握りのようなカタチが多いようですが,明清楽の月琴では握りが六角形で先がラッパ型に広がったものが主流です。
  強度の必要な箇所なので,材質は黄楊や黒檀・紫檀などの丈夫な硬木の類が多いのですが,明清楽の月琴の中級以下のものでは,正体不明の雑木がいろいろと使われております。
  だいたいは胴体や棹と同材,たとえばクリやサクラを唐木風に染めたものが多いのですが,時には糸を張って大丈夫かいなというくらい,軽い柔らかな木で作られていたりもしますね。

  ちなみに庵主のウサ琴シリーズは,チークを使っています。
  黒檀や黄楊にくらべると,強度上は少し足りませんが,加工性が良い。
  せっかちで,黒檀や紫檀を悠長に削ってられない庵主には合ってますし。
  金属弦を張るならともかく,ナイロン弦くらいまではぜんぜん大丈夫なようですね。



2)レベル1:松脂をつける

  さて,軸のゆるみにはその原因と症状によって,いくつかの段階があります。
  処置は,じっくり記事を読んで,自分の楽器がどの段階なのかきちんと把握してから作業に入ってくださいな。

  ハヤトチリして,取り返しのつかないようなコトしでかさないでくださいよ。


  軸の取り付けや工作自体には問題がない,たんに「ゆるみやすい」という程度なら,松ヤニをつけましょう。

  調弦でけっこう力をいれて何度も回したりしているうち,軸先や軸穴が,摩擦でスベスベになってユルみやすくなったりしているのです。

  松ヤニ,ロジン,ですね。野球のピッチャーが,ボールの滑り止めに手にはたく粉入り袋を「ロジン・パック」って言います。ああいう粉を軸先にまぶして,穴にさしこむと,けっこうギュッとしまって軸のふんばりが効くようになります。

工芸用松ヤニ
  けっこう間違っちゃう人が多いのですが,「松ヤニ」とはいっても,月琴の軸先にこすり付けるのは,高価な「楽器用」の松ヤニでなくてぜんぜんよろしい。

  バイオリンなどの擦弦楽器で使う松ヤニは,弦と弓にこすりつけて「音を出す」ためのモノですが,軸の固定に使うのはホント,たんなる「滑り止め」,使うのは工芸用の松ヤニでけっこう。

  版画の防食材,染色の防染材として,また宝飾関係の人が,小さな鋳型を造るときなどにも使われるようで,そういうアート関係の素材屋さんで置いてあることもありますし,通販でも買えます。

  黄色い氷砂糖かザラメみたいなやつを,ほんの一欠片とって,適当な棒,たとえばエンピツのお尻などでつぶして擦ると,白い粉になります。これを軸の先端や軸穴と触れているあたりにこすりつけ,指でなぞってまぶしてあげましょう。

  工芸用なら,一袋¥500もしませんが,ほぼ一生分の分量。
  庵主も上の写真のブツを,買ってからもう3年以上も使ってるんですが,なんぼか減った,というような気すら一向にしません。

  どうしても楽器用のしか手に入らない(とか,安いのはなんとなく使いたくない,とか)ような場合には,かならず「固形」タイプのものを選んでください。柔らかい「クリーム」状のタイプだと,軸につきすぎて,ヤニが軸穴の内壁にへばりついて固まり,かえって穴を傷めてしまいます。

  また,固形タイプや工芸用のを粉にしたものも,つけ過ぎはやっぱりいけません。
  しょっちゅうつけているような場合には,たまに軸穴をエタノールなどでぬぐって,掃除してあげてください。



3)レベル2:軸先を調整する

  さて,松ヤニをまぶしても,状況があまり変わらないような場合。
  まずご確認いただくことは,軸先が軸穴とちゃんと噛み合っているかどうかです。
  中国月琴の場合はたいてい,軸の先端が握りと反対のほうの軸穴から,少しだけ突き出てるのがふつうですが(職人モノ,工作の良いものはピッタリおさまっている)――

  (A)奥まで挿しこんでも,軸先が糸倉にきちんとはいっていかない。
  (B)軸は糸倉にしっかりと挿しこまれているのに,それでもユルむ。


――という場合。(A)の場合はモロなんで分かりやすいのですが,(B)の場合,まずは軸先や軸穴に大した変形がないこと,糸倉にもへんな歪みや割れ等がないことを確認してください。
  一見して,どちらにも異常がないようならば,それもやっぱり軸と軸穴がちゃんと噛み合ってないわけで。
  たとえば軸を挿したままの状態で,糸倉の内側に光をあてて横から見ると,軸と軸穴の間のわずかなスキマから,光が漏れてきたりします。

  楽器は基本的に木材でできてるんで,はじめどんなに精確に作っても,長い間使っているうちに,寸法に狂いがでてきます。
  そうでなくても工場生産品の楽器では基本的に,規格であけた孔に,規格で作った軸を入れてるだけ。加工や調整がカンペキとはいえないものも多々あるわけで。向こうの弾き手さんは楽器を買ったら,あちこち手を入れてマトモに弾けるようにしてから弾くのがフツウなんだそうです。
  とくに中国製月琴は,もとの作りがけっこうテチトウなので,この手のハナシはよく聞きますね。

軸のすりあわせ(1)
  軸穴のほうが歪んでいる場合は次の「レベル3」へどうぞ。
  ここでは軸のほうを調整して,孔にきっちりおさめる方法を書いておきます。
  おっとその前にまずは軸と軸穴の関係がどうなっているのか,きっちり調べるところから。

  (1)紙やすり(#400~600)くらいでまず軸先全体を軽くこすり,表面をつや消し状態にする。

  (2)孔にギュッと押し込んで,二三度回す。


  こうすると,軸穴にちゃんと触れてるところはツヤツヤになるし,触れてないところはツヤ消しのまんま。
  ツヤツヤのところは微妙に凸ってるわけだし,ツヤ消しのとこは凹んでるわけですね。
  これでどこがどうなっているか分かればあとはカンタン。

  (3)ツヤ消しのところがなくなるように(ツヤありの部分を!ですぞ),少しづつ紙やすりをかけては押し込むくりかえし。

  (4)二筋のツヤツヤゾーンが,軸ぐるりにまんべんなく出来たら完成。


  これで軸と軸穴の噛み合わせがよくなり,そうはユルまなくなります。
  左に以前書いた図説を載せときます。絵をクリックすると拡大されますので,ご参考に。
軸のすりあわせ(2)
軸のすりあわせ(3)


4)レベル3:かなりヤバい

  (A)軸先が歪んでる。/軸が折れてます。
  (B)穴の奥まで入れても,軸がガタガタ揺れる。
  (C)穴自体が歪んでいる。

赤いヒヨコ・軸
  ――など。
  明清楽月琴の場合は軸もまた消耗品(よく折れたりします)なので自分で削るのが基本(売ってないし)なのですが(うう…泣),中国月琴の場合,(A)のように,軸のほうがおかしい場合は,中国楽器のお店で買うことができます。在庫にない場合は,多少時間はかかりますが取り寄せてももらえますよ。


  (B)は長年の使用(もしくは調弦がランボー)によって穴が広がってしまった場合が多いようです。
  軸はまっすぐさしこんで,しぼりこむように回すのが基本なのですが,これをぐりぐりと,メッタやたらとネジ込んでるとよくこうなります。軸先のほうの穴は大丈夫なのに,軸の握りがわ,大きい方の軸穴が広がって,左右の軸穴が不均等になっているため,軸が揺れるのです。

  あまりヒドい場合は(C)と同じ処置が必要ですが,揺れがそんなにひどくないようなら,「レベル2」でやったように,軸のほうを調整するか,もしくはユルいほうの軸穴の内側に,薄い和紙を貼り付けてみてください。

  応急処置としてはヤマト糊で貼り付ける程度でじゅうぶんですが,やや本式に,あるていど恒久的な修理にしたい方は,つぎのように――

  (1)軸穴の内側に薄く溶いたニカワで和紙を貼り付ける。
  (2)乾燥後,軸をさしてみて調整。

  キツすぎるようなら,軸先に#600ほどの紙ヤスリを巻いて削り,ユルいようなら,また和紙を重ね貼りします。

  (3)表面にカシューを刷いて,乾燥後ふたたび調整削り。

  この方法は,次の(C)の場合のうち,穴の歪みが軽度な場合にも,ある程度有効です。部分的に凹っている場所に,パテの代わりに紙を貼り付けて調整することもできますから。
  紙を貼るだけのハナシですが,紙はもと木です。
  ちゃんと加工してあげれば,強度は木でやったのとさして変わりません。


彼氏月琴糸倉(修理中)
  さて,カナしいことに,買ったら(C)だった。
  …というハナシも聞いたこともありますが。

  どうしようもなく軸穴がイッっちゃってる場合の処置です(ただし糸倉が割れているようなわけではない場合)。
  この場合の処置は多少の大工仕事が必要。

  泣きながら,軸穴をあけなおします。

  (1)ハンドリーマーで軸穴を広げ,歪んだ軸穴を○く整形。
  (2)ほかの木を削って,いったん穴を埋め。
  (3)あけなおして調整。


  カンタンに言うと,こうですね。

  失敗すると楽器がオジャンですから,しんちょーにやってください。

  埋木には糸倉と同材のものが望ましいのですが,シナなどのやわらかい材質の木材を使うと作業はラクです。ただし強度はちょっと劣るので,軸穴の内側を焼くとか,上の和紙の場合同様,カシューなどを刷いて強化しておくと良いと思います。

  軸穴のあけなおしは,本ブログ内記事,「ゴッタン阮咸(2)」とか「彼氏月琴」の項なんかでやってます。
  ご参考に。


 

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