月琴のフレットの作り方(1)
![]() ![]() 言うて回ってることなのですが。 月琴のフレットは消耗品です。 よくポロリと取れるし,なくなります。 家の中で落ちても見つからないことがあるくらいで,ライブの時なんかに,薄暗いステージの上でポロリしようものなら,もーぜったい見つかりません。 フレットの接着は,基本,ニカワづけです。 たしかにボンドほどの接着力もなく,衝撃にも弱く,耐候性も劣るのですが,たとえポロリしてもなくなりさえしなければ,接着面をペロリと嘗めて,しばらくしてから元の場所に押し付けると,何度でも,ちゃんとくっつきます。 中国製の安月琴のように,こんもりハミ出すほどの強力ボンドで,ぜったいはずれないようにへっつける,というテもありますが,そうすると今度は,修理・調整が必要な時や,糸擦れで減ってしまって取り替えたいときなどの作業が大変で,メンテナンス上,大きな支障となりかねません。 楽器の寿命を考えないなら,ボンドづけでもけっこう。 でも楽器をなるべく長く,ずーっと使い続けてあげたいなら,ニカワでゆる~くお付き合いとまいりましょう。 基本的なメンテナンスもできない人に,楽器を扱う,演奏する資格はありません。 大流行していた時分。そこらの楽器屋さんが月琴を扱ってくれていたころならともかく。 誰も直してくれない,もらえない現在では,取れたり,減ったり,なくなったら,自分で削って貼り付けるのがあたりまえ。 ちなみに,単にフレットぽろりの類の修理や再製作(けっこう問い合わせがくる)に関しては,古い月琴・ウサ琴を問わず,庵主,以後ぜったい引き受けません。 今度の記事を参考に,ご自分でご修行のうえ,ご製作くだされ。 重ねて言います―― 基本的なメンテナンスもできない人に,楽器を扱う,演奏する資格はありません。 1)月琴フレット基本知識 まずは敵を知り,己を知れ,というわけで。 月琴のフレットについて,ちと勉強してみることとしましょう。 ![]() 「フレット」というのはもちろん西洋の言い方で,こちらでは「柱(じ)」とか「品(ほん)」と書かれます。「徽(き)」と書いている本もありますね。 「品(ほん/ピン)」は現代の中国の楽器での言い方で,「柱」は「琴柱(ことじ)」の「柱」,日本の琵琶でも,あの背の高くて大きなフレットを「柱(じ)」と言っています。「徽(き)」は,古琴や一弦琴などの琴面に螺鈿などで打たれている勘所,ポジションマークです。単に平面的なマークではないと言うため「徽枕(きまくら/まくら/まくらぎ)」「徽柱(きばしら)」とも書きます。 月琴という楽器は,それだけを作る専門の職人より,三味線や,琴や琵琶の製作者がついでに作っていたことが多いので,その各部の名称には,ほかの楽器から流用された語が多いようです。唯一「月琴の用語」と言っていいのは,お飾りの「蓮頭」「目摂」のほか,絃を止めるエンドブロック,もしくはテールピースを示す「半月」くらいではないしょうか。琵琶ではこれを「覆手(ふくしゅ)」と言い,「半月」といえばそれは,胴体左右の小さなC孔,サウンドホールのことになりますね。 ちなみに明清楽の月琴ではフレットは8本ですが,古い本では西洋楽器で言うところの「ナット」である「山口(さんこう)」もこの類に含め,いっしょくたに「九柱」とか「九つの徽枕」などと書いてありますので,そういう古い資料を読む際には,フレットの本数を勘違いしないよう,ちょっと注意してください。 ![]() ![]() 古い明清楽の月琴では,楽器の等級などによってフレットの材質が違っていました。 高級なものでは象牙・玉石のほか,黒檀・紫檀・黄楊などが用いられています。以前,工房でやっていたように,頭に糸擦れ防止で,鼈甲や象牙を貼った類もあるそうですが,今のところ実物にはお目にかかっていません。 中級以下の品でも,一見象牙に見える紛いものの練物製や鹿角,あるいは正体不明の骨の類で作ったものも見たことがありますが,主流はやはり,現在の中国月琴などと同じく竹になります。 ![]() その竹製のものにもさらに等級があったようで,良いものにはやはり本物の「煤竹」が使われています。 笛などの材料としても最適だそうですが,表皮の部分が茶色く艶光りして,堅くよく乾き,部材の芯まで色が染みています。 安物の月琴で,これに似せて,竹の皮の部分を漆やニスで塗り,それっぽく仕上げたものが見られますが,こちらはちょっと擦ると,色が剥がれて,ふつうの竹の地肌が見えてしまうので分かってしまいますね。 さらに安物だと,裏庭に生えてる竹を削って形にしただけみたいなものもないではありません。 また,オリジナルではないのかもしれませんが,杉かヒノキのような軽い木材で作られているものも見たことがあります。 基本的に月琴は,絃高が山口がわのほうが半月より数ミリ高くなっているので,フレットは高音のものほど背が低くなってゆきます。 ![]() 通常山口の高さは指板面より10~13ミリ,糸を張った時の半月との高低差は2~3ミリほど。 第1フレットの高さは9~11ミリ,最終第8フレットで5~6ミリほどになります。 象牙や玉製のフレットでは,厚みがあってただ四角い板の上面を丸くしただけのようなものも見られますが,多くの月琴では現在の中国月琴などと同じく,フレットを横から見たとき,頭の丸まった三角形をしています。厚みは底の部分で3~6ミリ,頭の部分で1~1.5ミリほど。 たいがいのフレットは,正面から見たとき,頭のほうがわずかにせばまった台形になっていますが,まれに,左右が垂直に切り立った,真四角のお札のようなカタチになっているものや,現在のベトナム月琴や琵琶のように,頭のほうに向かって末広がりになっているものもあるようです。 ![]() 古物のオリジナルでは,棹上のフレットは,指板の幅いっぱいではなく,左右に0.3~0.5ミリほどの余裕ができるよう,わずかにせまく作られていることが多いですね。 琵琶などでも同じようになっていて,このフレット横の余裕を「蟻道(ありみち)」と言っています。 第4フレットは楽器によって,棹の上だったり,胴体と棹の境目にあったりしますが,胴体上にある場合も,これはほぼ棹の指板の幅と同じくらいの長さであることが多いようです。 むかし風の中国月琴では胴体上のフレットを裙広がり(「古い中国月琴」参照)に,少数民族の楽器や現在の中国月琴では,最終フレットまでほぼ同じ幅で作られていることが多いのですが,明清楽の月琴では,開放弦のちょうど1オクターブ上の音にあたる第6フレットをいちばん長くして,その前後を短く作り,ちょっと装飾的なデザインにしてあることが多いですね。 ![]() ![]() ![]() 第5フレットが40~50ミリ,第6が55~70ミリ,第7が40~45ミリ,最終第8フレットの幅は35~40ミリほどです。 ![]() 製作者の好みや楽器のデザイン,たとえば柱間の飾りの大きさとか,左右の目摂との関係でだいぶん違ってくるので,ここにあげた寸法はあくまでも目安に過ぎません。このデザインがどこから来たのかは定かではありませんが,通説で「月琴のご先祖サマ」とされる正倉院の阮咸の胴体部分のフレットも,ほぼこれと同じ様子になっていますね――胴体と棹の境目にあるフレットは指板と同じ幅,いちばん長いフレットをはさんで上下が短く,しかも下のほうが,上のものよりほんの少しだけ短いとこまで同じです。 さて,誰がどういうつもりではじめたことやら? さて,次回はいよいよ「実践篇」。 おてもとに材料と工具のご用意を。 |