ウサ琴4(2)
ウサ琴4(2)
木地のスオウ染め 棹が出来たら。 ここでまず実験しょの1「スオウ染め」。 この染めの工程があるために,今回は下地段階でのラックニスによる木固めができませんでした。 サクラやチェリーは,前に使っていたカツラよりも硬く,木口も丈夫なので,かわりに木地を細かいペーパーで,ふだんより丁寧に磨きこみます。 さて問題は。 スオウで「布を染める」やり方は,あちこちの草木染めサイトなどで見られるんですが,「木を染める」やり方についてはほとんど誰も書いてない。 正倉院の琵琶や阮咸は,木地をこの染料で染めているとか,かつて檀木の低質なものや雑木を唐木に見せかけるために使われた,といったくだりは出てくるものの,肝心の「どうやるか」の詳細にはまったく触れられてないんですね。 わたしも昔話には聞いているものの,実際に作業しているとこを見たことはありません。 まあ布や糸と違って,木製品は汁にドプンと漬け込むわけにも,鍋にブチこんでグツグツ煮〆るわけにもいきません。もちろん糸で縛って絞りもいれられませんわな(笑)。 従って「染める」とは言え,どうにせよ,汁を木地に直接「塗る」しか方法はない,そこまでの推察は簡単ですね。 わからないのは,たとえば「媒染」の仕方。 塗料を表面に塗りつけるだけの「塗装」と違って,「染色」は化学の世界。 スオウの煮汁は,それだけでは薄いオレンジ色の液体でしかなく,この汁を塗っただけでは「染め」色は出ません。この汁をミョウバンや木灰や酢酸といった「媒染剤」と反応させることで,さまざまな色に変化させるのですが,ではその媒染剤の濃度は布と同じでいいのか? 交互に塗るのか? あるいは汁とはじめから混合してしまうのか? 外国のサイトも探索したし,書物にもあたってみましたが…まあ染色の専門家ではないので,けっきょくハッキリとしたことは分からずじまい。とりあえず,実際にいろいろと実験してみることとしました。 桐の板,棹作りで出たサクラやメイプルの端材,チークに檀木の欠片,と木種も変えつつ,いろいろと実験してみたその結果―― 1)ミョウバン液は最初に塗る(濃度は適当でいいが,布の場合よりいくぶん濃く)。 2)半乾きのときにスオウ液を擦りこむように塗布。 3)乾燥したらくりかえし。 ――というあたりがもっとも反応が良いようです。 ふだんやってる桐の面板のヤシャブシ染めと同じく,液は湯煎して温めておいた方が染みこみが良いのですが,そういう温かい液体をあんまりジャブジャブに塗ると,材が反ったり,ニカワがユルんで接合部がヤバくなるので,液は布につけて擦りこむようにするか,筆でやるときはいくぶんかすれ気味に塗って重ねていったほうが間違いがないようです。 また鉄媒染はスオウ汁と直接反応させるより,いったんミョウバン媒染して紅色になったものの上から,薄めた木酢酸鉄を温めたものを塗布した方がキレイなムラサキ色が出ました。 まあ,とにかくいろいろやってみただけで,化学的になにがどうというあたりはまったくなのですが。 何度か染めたら,木地の表面を#1000くらいの空砥ぎペーパーで均します。塗装と違って表面に塗膜はなく,木地自体に染み込んだ汁が発色しているので,このくらいの番手でちょっとやそっとコスったくらいでは薄くなりません。 トップにおいた写真の下はクスノキの4-3棹。1度目の染めが終わったところ。 上が4-1,バーチの棹。染め3度目。 もともとの木地の色も若干異なりますが,こんな感じになります。 前作ウサ3だと,塗装開始から4日目くらいの色でしょうか。 はじめからここまで染まっていれば,糸倉との色の差もそんなに気になりません。 このまま問題なくうまくいけば,ニスの層を薄く出来るわけで。 胴体の製作 「ウサ4(1)」でも触れたように,今回は棹4本に対して試験胴を一つ,まず用意します。 胴体は例によりエコウッド丸型30センチ径。 前回ウサ3のときに予備でこさえたものがすでにあったので,これを使います。 竜骨構造を組み込んで,仕込む響き線は長い孤線。棹穴のすぐ横からはじまるスタイルは「彼氏月琴」のものを参考にしました。 孤線タイプのものはウサ2-1以来ようやく2度目で,今回はじめて気がついたんですが。 このタイプの響き線だと,左利きのヒトは弾けない――というか「響き線が効かない」――楽器になるんですね。 月琴という楽器は,ほぼ左右対称。胴が単純な円形であることもあって,基本的には左右両用といっていいカタチになっています。 実際に左利きのプレイヤーに弾いてもらったこともありますが,演奏姿勢が鏡面対称となる以外は,そのままでもまあ弾けるし,糸を入れ替えてしまえばまったく問題ないようです。 その意味では月琴に「レフティー」タイプは必要ない,ハズだったんですが―― 孤線タイプの響き線は,楽器を演奏姿勢にしたときに,線全体が楽器内部で浮かんで揺れて,最大の効果をあげるように取り付けられ,調整されています。 このタイプの利点は,胴径よりも長い線を仕込めることにあります。線を長くすると,絃音に対する反応が敏感で,長く,美しいサスティンが得られるのですが,反面,揺れ幅が大きく,線自体の重さによる変形もあるため,ちょっと姿勢を変えただけでも,線が楽器内のどこかに触れて,ノイズ――いわゆる「線鳴り」が起きたり,効果がなくなったりしてしまいます。 今回のような線がとくに長い型だと,楽器の左右を逆にしてしまうと,線は桁か側板のどこかに座り込んで,動きもしなくなりましょう。 直線タイプの場合は,線自体もやや太く,振れ幅も変形ももともと小さいので,右左を変えた程度ではほとんど音色に差はありません。とくに前作ウサ3のように,2本左右互い違いに入っている場合はなおさら影響が少ないようですね。直線バンザイ。 ただし…響きがいいんですよ,孤線は。 いかにも「月琴」という楽器らしい音,ふるふるとした長く美しいサスティン。 その音色には,ちょっと捨てられない魅力があるのです。 むかしは左ぎっちょをキラって右利きに矯正したりしてましたからね,こんな問題もなかったんでしょうが,現代を生きる楽器「ウサ琴」としては考えなきゃならない点ではあります。
ああ…誤魔化しかたばかりおぼえた人生だなあ。 半月がついたら,竹釘で假止めしておいた響き線を固定して,裏面板を貼って。 胴体がめでたく箱になりました。 縞黒檀の半月が,なかなか色っぽいですね。 さて,今回の実験製作のテーマは,「棹材によって音色の変化があるかどうか」を調べることなんですが,とうぜんそのためには,4本の棹を何度も抜き差ししなきゃならないわけで。 ふつうに使う上では,棹を胴体から抜くということは,そう滅多にないので,通常はエコウッドに補強ブロックを内側に貼ったいつもの構造で強度的には充分。外側になるエコウッドは柔らかいスプルース材ですが,塗装後には表面も締まって,そう傷むこともなくなります。 しかし今回の場合は,塗装前の棹の調整だけでもその抜き差しはかなりの回数になると思われます。 あらかじめ補強の手を打っておきましょう――といっても,棹穴の周囲にツキ板を貼るだけのことですが。 最近買ったベトナム月琴では,棹元に同様の補強がされてましたが,明清楽の月琴などでは見ない工作ですね。まあ,ウサ琴は「実験楽器」ということでご容赦アレ。 古物の月琴では,よくこの棹元の穴周辺が割れたり欠けたりして壊れているものがあります。 いまのところすでに修理されている月琴で,こういう補強がなされている例は,まだ見たことがないのですが,この方法はそうした楽器の補修にもじゅうぶん使えそうですね。 割れた棹穴に内側から補強ブロックを噛ませ,さらに外側をこの手の薄板で包めば,まず壊れそうにありません。 こんど機会があったら試してみましょう。 |