« 2008年5月 | トップページ | 2008年8月 »

臨時増刊 8号/9号弾き比べ

MOONH09_04.txt
斗酒庵 明清楽月琴を弾きくらべる 之巻臨時増刊・8号/9号弾き比べ


くらべてみませう!

8号生葉/9号早苗
  絃停は8号には緑の桐唐草,9号には前にウサ琴で使った丹色の梅唐草を貼りました。
  修理はこれにて,ほぼ完全完了。あとはしばらく病後の様子見と各部の微調整ですね。

  8号生葉は棹から胴材から高級な唐木で出来た,かなり上物の月琴。

  これに対して9号早苗ちゃんは棹から胴材から,クリという,この楽器では一般的な素材で作られた,普及品~お手軽価格クラスの楽器であります。

  これだけレベルの違う月琴が,いちどき同じ場所にあって,しかも両方とも演奏可能状態,というのも一般家庭ではあまり例のないことなので(あるかッ!),今回のデーターは,両機の音声が比較可能なように一緒にまとめて載せたいと思いまする。


  まずは開放弦の響きをどうぞ――

■ 8号生葉・開放弦
■ 9号早苗・開放弦

  つづいて全音階。Fまでは低音絃,G以降が高音弦で,13音です――

■ 8号生葉・音階(29kb)
■ 9号早苗・音階(33kb)

  試奏。まずは明清楽の基礎曲第一歩め「韻頭」

■ 8号生葉・韻頭(121kb)
■ 9号早苗・韻頭(112kb)

  つづいて定番の「九連環」

■ 8号生葉・九連環(166kb)
■ 9号早苗・九連環(100kb)

  本記事にもあったように,8号の音は余韻が強く,早弾きの曲には向きません。
  そのかわり,たとえばこんな曲をやると響きが深くてステキでした。

■ 8号生葉・散花落(117kb)
■ 8号生葉・蝴蝶飛(115kb)
■ 8号生葉・四季曲(160kb)

  逆に9号は軽やかな曲に向いています。楽器も軽いしね。
  向き不向きのおためしに,8号とおなじく「四季曲」を弾いてみましょう。

■ 9号早苗・四季曲(164kb)

  うむ…これはこれで悪くはないが,音符の間がちょっと保ちませぬ。
  そのかわり,こんなのはけっこういいですね。

■ 9号早苗・茉莉花(152kb)

  長崎明清楽の「茉莉花」はもっとゆっくり弾きますが,当時の楽譜を現在の中国民歌版のテンポで弾くとこのぐらいになります。もっと早くてもいいかもしれない。




  例によってSPWaveで,開放弦の音の波を視覚化してみましょう。

  まずは8号,右が全体,左が二番目の音(高音の開放弦)を拡大したものです。

8号開放弦拡大 8号開放弦

  続いて9号。以下同文。

9号開放弦拡大 9号開放弦

  音の胴体(線が太くなっている部分)は,9号の方が多少太く,長いですね。
  最大音量も9号の方が上でした。

  余韻のはじまりは8号のほうが先,全体の音の減衰はなだらか。音のしっぽの付け根部分が,いちどくびれて,ぷくんと膨れてますよね。ここで弦音が楽器内で増幅された効果,音の胴体とは違う,いわゆる「余韻」が発生しているわけです。
  また,しっぽのあとのほうの線の太さを,アタック直前のそれと比べてみてください。一見,弦をはじく前と同じくらいに戻ってしまっているようですが,わずかに太くなっています。拡大図では切れてしまっていますが,このわずかな余韻が,最高で4秒以上かかることもあるようです。

  一方,9号のしっぽの付け根の減衰は急激で,8号のような盛りかえしはなく,「余韻」というよりは音の胴体がそのまま小さくなった感じになっています。たんにボリュームをしぼって出すフェードアウトみたいなものですね。また音の胴体が太く長いため,実際の演奏では,前の音が「余韻」になる前に,つぎの音がかぶさってしまいがちです。

  うん,ちょっとお勉強もしたので,さいきん少しづつこの波形図の見方が分かるようになってきたぞ。(ホントか?)


  最後におまけ。

  この音は弦が生み出す楽器の音色とは直接関係ないのですが,これもまた「月琴の音」
  大流行していたころは,町のあちこち,お師匠さんのところへ通う女の子たちの背中から,こんな音が鳴っていたことでしょう。
  それぞれの楽器でそれぞれに違う響きなので面白いですよ。

■ 8号生葉・響き線
■ 9号早苗・響き線

9号早苗ちゃん(3)

MOONH09_03.txt
斗酒庵 明清楽月琴を直す9本目 之巻明清楽月琴9号(3)


修理(6)―古色付けでクリ色復活

胴材・修理前
  さて――

  黒檀や紫檀など高級な材料で作られた古い月琴では,棹や胴材の表面加工は油磨きやロウ引きくらいなもので,「塗装」というほどのものはほとんどされてませんが,中級から安月琴クラスになると,素材の安物感を誤魔化すために,簡単な塗装がなされていることが多いようです。

  9号早苗ちゃんの主構成材はクリ。

  いま現在,糸倉の左部と胴体は,修理によって表面がこそげられたため,灰緑色になっています。
  もとの状態はクリ色に近い茶色をしていました。クリという木材は,長い時間がたつとそういう「クリ色」となりますが,いまもむかしも楽器屋さんは意外と気が短い。素材が自然とそんな色になるまでは待ってられないわけで。たいていの場合,塗装で「クリ色」を捏造してしまいます。
  早苗ちゃん自体はクリが茶色に変わるくらい古いものでありますが,胴体をこそいだ時の感触やその粉,そして処理後の木地色との比較などからして,その色は経年変化にもとづく自然なものではなく,やはりそうした塗装がなされていたと考えます。

  最近傍からちょいと教えていただいた,家の柱なんかの古色付けの方法が,ちょうどよさそうなうえ,我が家にある素材で出来るものだったので,今回はこれを応用して「クリ色への道」を摸索してみようと思います。
  まずはウサ4のスオウ染めのときと同じく,そこらに散らばっている木片,端材でいろいろとテストをしてみました――その結果

 ●柿渋とヤシャ液をまぜたタンニンな液を作ります。

 ●そこに茶ベンガラと砥粉,炭を粉にしたものを少量落として,よく溶きます。

  明るい色にしたいときは砥粉を多めにし,暗い色にしたいときはベンガラとか炭の粉を増やすのですね。

 ●これを少しづつ,布につけて,擦りこみます。

  まずはテストをかねて糸倉から。塗装前の状態はこんなふう――

塗装前(1) 塗装前(2)

  ヒビ割れの処置で色が薄くなった部分を中心に,少しづつやっていきます。
  濡れてるときと乾いた後では色合いが変ってくるので,時間をあけて様子を見ながら。
  ベンガラの量を調整して,やや赤っぽさを強調しました。
  少しやってはベンガラや砥粉を足して,色具合を調整します。

塗りたて(1) 塗りたて(2)

  まあ,こんなもんでしょうか。
  仕上げに炭の粉だけを布につけてさっと拭くと,い~感じにくすんで,さらに目立たなくなります。

  色合いはいい,とわいえ,このままだとびみょーにツヤ消し状態ですんで。
  じゅうぶん乾かしたら,少量の亜麻仁油を布につけて磨きあげます。

油磨き後(1) 油磨き後(2)

  うむ。うまくいった。
  んではつぎ~。

  胴体にも同じ液を擦りこみます。

  こちらでは少し砥粉と炭粉を足し,赤から茶色へ。
  仕上げは同じ。いちおう面板の木口はあらかじめマスキングしておきましたが,胴材を通して油分が染み込んじゃうとタイヘンなので,布につける油の量はついてるかついてないかという程度で何度か,さらに気をつけながら繰り返します。

胴体・塗装前 胴体・塗装中 胴体・仕上がり

  胴体のクリ色,復活です。

  柿渋が入っているので,少し時間がたつと,もうすこし濃くなるでしょう。
  仕上は単なるオイルではなく,拭き漆だったかもしれませんが,当時の細工師や楽器屋の工房にまずありそうな素材,というあたりから考えると,おそらくオリジナルにされていた塗装も,だいたいこんなものだったと思いますよ。



修理(7)―ハプニング

棹基部の接着不良
  ここで問題発生!

  前のほうで書いたように,この楽器の胴体の棹元部分は,少し平らに削られているのですが,棹を挿すと,裏のほうの根元がわずかに浮いていました。

  ふつう月琴の棹は,楽器背面側にわずかに傾いたかたちで取りつけられていることが多いのですが,この楽器では,指板が面板とほぼ同一の水平面上になるように調整されています。
  弦楽器の加工としては,それはそれで素晴らしいことなので,庵主はこれはもともとそういうふうに作られていて,根元が浮いているのは調整が悪いからだろう――と,思っていたのですが。

  糸を張ると,棹が楽器前面がわに,わずかに倒れてくるのです。

  これもやはり棹元の調整のせいだろうと,何度か削ったり足したりしたのですが,何回やっても,やっぱり棹がおなじようにお辞儀してきます。
  そこで棹を抜いて,再度じっくりと見直したところ,茎の根元に割れが入っていて,棹基部のV字型になった入れ込みの,下半分がくっついていない状態になっていることが分かりました。

  写真のように力を加えないと,割れてるのが分からないので,ぜんぜん気がつきませんでしたね。

  糸を張ると,その張力でここが開いて,棹が傾く――これじゃ何度調整してもお辞儀するはずです。

  ヒビに薄く溶いたニカワを染ませて一晩しめあげたら,くっついたようすですが,心配性なので,おまけに割れていた棹基部と茎の接合部のうえにブナのツキ板を貼って補強しておきます。

棹基部調整(1) 棹基部調整(2)
  こんどは糸をギリギリに張って一晩置いても,棹の傾きに変化は出なくなりました。
  とりあえずは治ってるようですが,再発するようなら,こんどは棹茎を交換しなきゃですね。
  それはそれで大作業なんですが。



修理(8)―小作業いろいろ

  さて,楽器として問題のあるような要修理箇所は,あらかた片付けてしまいました。
  一気にラストスパートとまいりましょう。

  小作業その1,表裏面板のヤシャブシ染め。
  ヤシャブシの汁に砥粉を混ぜたものを,鍋で温め,塗ります。
  8号と違って新品の板なので染みこみが良く,ほとんど一塗りで決まりました。
  黄色いお月様のできあがりです。

  小物2,山口はいつものように黒檀に糸擦れ防止の象牙を噛ませたコンパチ。
  ウサ3の製作時に余分に作ったものがありましたので,それをちょっと削って流用しています。
  オリジナルはなくなっているので,形はてきとう。高さは11ミリ。
  半月との絃高差は3.5ミリです。

フレット製作
  小物3,これもいつものように安月琴の定番・竹製フレット
  毎度毎度何十本もこさえてるので,年々製作時間が速くなっております。
  今回はなんと,8本作るのに40分じゃすと

  自分でもびっくりだ。

蓮頭
  小物4,蓮頭。
  これもオリジナルはどんなのが付いていたのか分かりませんが,半月と同様に透かし彫りのあるタイプだと思います。定番のコウモリを彫りましょう。
  ちょうどウサ4の蓮頭を作ってあったので,これの予備をひとつ,くすねるとします。
  材料はアガチスの薄板の上に,桐板を木目が交差するように貼り合わせたもの。薄くて軽くて柔らかですが,丈夫です。
  だいたいの絵を描いて浅く彫ってから,透かし部分をドリルや彫刻刀で彫り貫きます。桐やアガチスなんで彫りぬくのも簡単。コウモリさんのデザインは庵主オリジナルのテキトウですが,彫りは半月を見ながら,原作者の刀法を真似てみました。

  そういう「模写」みたいなことをしていると,なんとなく分かってくるんですが,この人,彫りはヘタクソだけど,仕事は丁寧です。彫りに自信がないので,陰影を出そうとつい深彫りになっちゃう(上手なヒトほど彫りは浅い)――分かりますねえ,庵主もそうだ。

  悪い作り手ではありませんね――けっして「上手く」はないのだけれど。

  これもまた目摂同様に染めて,ラックニスで固めます。

  小作業その2,フレット立て。
  製作時にあらかじめ,位置を楽器にけがいてありますが,もう一度チューナーで探り,微調整をしながら立ててゆきます。下手をするとこっちのほうが,作るのよりも時間がかかってますね。

完成直前
  小作業その4,お飾りの接着をして――

  平成20年6月19日。
  早苗ちゃん,半壊の淵より生還す。




修理後感想

修理完了!

  とにもかくにも,直るもんだなあ。

  あの虫食いだらけの楽器が。
  オリジナル部分の欠損は少なかったものの,面板ウラオモの全面張替えで,古物の「修理」というよりは,「楽器としての再生」と言っていい作業でした。

  オリジナルの山口の位置が不明なので,はじめからそうだったとは言えませんが,修理後の有効絃長は 405 ミリとなりました。山口の厚みは諸例くらべてもそれほどの違いはないので,おそらく原寸より最大でも±2ミリ程度の誤差しかないはずですが,ほぼ標準型のコウモリ月琴と比べて1センチ,大型の8号と比べると2センチ以上も短いですね。

蓮頭&糸倉
  短めの棹,きわめて軽い胴体。
  フレットはやや高めですが,反応も操作性も悪くありません。
  軸は材質が悪く,多少傷みもあるのですが,握りの形状,糸倉との噛み合わせともに悪くない。
  棹のお辞儀も直ったし,調音はラクなほうです。

  まあ,最初から見てきてお分かりのように,もともと安月琴。

  良いモノではありませんが,悪くはナイ。

  原作者の腕前もそれほど高度ではないものの,手抜きは少なく,安物なりに丁寧に作られているのは非常に好感が持てます――といったあたりが修理者としての感想。


  つづいて演奏者として,試奏してみて,音やら弾きかげんやらを言うと――

張替えた表面板
  表面板を薄く,裏面板を厚めに(じつはたんに削るのがメンドかったため)したためかもしれませんが,音がしっかり前に出てますね。まだ諸接着部,面板とも完全には乾いていないので本気と書いてマジな状態ではありませんが,音はかなり大きく,抜けがいい。

  響き線はそこそこ効いているのですが,音の胴体が太すぎてすこし消されちゃってるのと,やはり部材が軽い分,8号にくらべると余韻がやや物足りない。
  けれど転がるような軽快な響きはいかにも「中華」っぽく,本来の意味での「月琴」らしいとは思います。
  8号のほうがしっとり「和風」――琵琶に近い――の音ですね。

  ただ,ちょっと楽器が軽すぎて,座奏ではバランスが悪いかもしれません。
  ひざのうえで弾いてるとちょっと暴れて,線鳴りも起こります。
  演奏上のバランスからいうと良くないのですが,楽器自体の重心はしっかりしていて,横にしても,みごとに自立します。
  急須でもなんでも,ふだん使う姿勢から90度倒してなお立つものは,品として悪くないといえるそうな。おそらくは明清楽の座奏よりも,門付けとか演歌の辻楽士とかむき。立奏するなら,このほうがかえっていいと思います。


9号早苗ちゃん(2)

MOONH09_02.txt
斗酒庵 明清楽月琴を直す9本目 之巻明清楽月琴9号(2)


修理(2)―表面板の製作

表面板(1)
  9号月琴早苗ちゃん,つぎの作業は表板作り。

  さいしょの方でも書いたように,オリジナルは表裏とも一見板にはなってますが,くわしく調べてみると,縦横無尽に虫食いだらけでスカスカ。たぶん木口から刃物をあてれば,紙のように薄く二枚に割れちゃうんじゃないかな?――てな状態です。

  いくら庵主でも,こいつはさすがに再生不能であります。


  材料はいつもの百均の焼桐板ですが,これまたサイズの関係で,ウサ琴と同じく一面が一枚の板の切り矧ぎ,単板仕様というわけにもいきません。20センチ幅の一枚を真ん中にして,別の10センチ幅の板を半分に切り,その左右に接着します。

  ウサ琴とは,ほんの5センチくらいの差なんですが…やっぱり大きいなあ。

  裏板は多少厚みがあっても問題ないと思いますが,表板はそうもいきません。
  そこでまたご近所さんに電動サンダーを借りて(感謝!),公園でバリバリバリ~ッ!と1~2ミリ削って,オリジナルとほぼ同じ4~4.5ミリの厚さに落としました。

  ほとんど一発勝負なので,胴材を置いて並べて,何度かシュミレーションしときます。

  削った板の余計な部分を落として,胴材を組み,面板に貼り付けます。
  まだ内部からの調整や補強があるので,この時点では内桁は仮どめ,支えてるだけで接着はしてません。
  真ん中の部分に使った板に少し反りがあったので,端っこのほうをちょっと大きめに残しておいて,そこを細板ではさみ,板全体を矯正しながらクランピングしました――なんせ安素材ですんで。

表面板(1) 表面板(2) 表面板(3)

表面板(4)
  クランプをかけたまま一晩ほど置いて,周縁を切り落として丸く整形します。
  この後,まだ裏板の貼り付けもありますから,だいたい作業のジャマにならない程度でよろしい。

  前にも書いたとおり,この楽器の胴体は胴材を丸く並べて面板でサンドイッチしただけの構造ですから,面板をはずすとバラバラになります。逆に言えば面板がついていればほとんどできあがっちゃうわけで――おお,これだけでもゴミの山から,楽器に戻ってきた感がありますねえ。


側板補強(1)
  面板に貼り付けるとき,4枚の胴材の接合も同時にやってるわけですが。
  ハズれてクギ止めされていた天の側板左右の接合部は,ちょっとガタがきているので補強する必要があります。
  いくつか方法はありますが,部材自体に反りや変形が出ているわけではないので,ここはいちばんカンタンなテで参りましょう。

  接合部の内側に補強板を接着します。

  面板に使った桐板の端材を使いましょう。
  ぴったり接合部にハマるよう,裏面をヤスリやリューターで削って,お湯でたっぷり濡らし,やわらかくなったところをニカワを塗って貼り付け,クランプで軽めにしめつけます。
  クリもキリも,両方とも空気を良く含んだ多孔質な素材なので,あんまり強く締めると圧縮され,かえって変形したり,割れやすくなってしまいます。

  補強板がついたら,左の欠けてるあたりをパテで埋めときます。
  下部接合部のほうはピッタリくっついているので心配はないのですが,いちおう和紙でも貼っておきますね。

側板補強(2) 側板補強(3)

棹穴周辺
  この作業中に気がついたのですが。
  この天の側板は,棹基部のあたりがやや平らに均されてますね。
  棹のほうも,面板側の基部はほぼ真っすぐになっています。

  平面と平面を合わせる――そのほうが取付けのさい調整がラク――というのが狙いでしょうが。
  ザンネンながらあんまり成功してませんね。
  挿すと棹裏のほうがわずかに浮いちゃってますよ。

  こいつはあとでぴったりハマるように再調整しておきましょう。

  補強も終わって,胴体はしっかりとした輪になりました。
  ここで内桁を接着します。
  両端と接着部にこびりついていた,劣化して黒くなったニカワをこそげ落とし,しっかりと収まるように多少調整してから,新しくニカワを塗ってハメこみます。

  内桁の接着を,半月接着の先にしようか後にしようか迷ったのですが,この楽器の下桁は,ちょうど半月を支える位置――そのまま圧をかけても大丈夫そうな場所についてるので,桁の接着を先にしました。

内桁接着(1) 内桁接着(2)


修理(3)―半月の接着

半月の位置決め
  つづいて半月の接着に入ります。

  まずは位置決め。

  棹を挿して,指板の山口でかくれるあたりの中心線上にピンバイスで一つ穴をあけ,ガビョウをさしこんで糸を結わえ,これをひっぱって楽器の中心線を出します。

  先にへっぱがしたオリジナルの面板で,半月の位置を測って,新しい板の上にケガいて写しときましょう。

穴あけ
  日本の月琴には琵琶の陰月にあたる位置,半月の裏に,小さな孔があけられています。
  ついでにこれの位置もオリジナルの面板から写して,あけておきます。
  ふつうはもう少し半月の端,手前のほうなんですが,この楽器のはかなり奥のほうにあけられていますね。

  つづいて,取り外しておいた半月の裏面を軽く磨きます。

  例のナゾのブリッジ(?)の件もあり,ハガしたときにもう一度,どこかコワれたり割れたりしていないか確かめましたが,糸孔に擦れた溝が多少ついてるのと,透かし彫りにゴミがつまってるくらいなもので,ほとんど無傷です。

  柔らかい材で出来ていますが,目が密なのでクリではありません。
  ホオあたりを黒く塗ったものでしょうか?

  下桁が面板にちゃんとくっついてるかどうか確かめ,接着します。曲面構成で,多少圧がかけにくいのですが,コルクと当て板,Fクランプ二個でなんとか。
  クランピングで桁に凹みがつかないよう,内側にチークの角材をテープでとめて補強してあります。

半月接着(1) 半月接着(2) 半月接着(3)

  下桁はちゃんとくっついていたんですが,上桁のほうは右側が多少浮いていたので,ついでにここも,ニカワを流し込んで再接着中。こんどは大丈夫でしょう。



修理(4)―お飾りの製作

左目摂(1) 左目摂(2)

  さて,胴体が片面できあがってゆく間に,小物その1・左の目摂を作っておくこととしましょう。
  こちらは扇飾りはブジでしたので,お飾りで作るのはこの左の目摂のみ――ああ,あと蓮頭もなくなってましたっけ。

  この目摂は,最近になってはずれたのを付け直したようですね。
  ハガしてみると裏に木工ボンドべったりでした。下の板がほとんど腐っているようなものだったから良かったものの,そうでなかったら,ハガすのはけっこうタイヘンだったかもしれません。

  するんなら,未来に恨みを買わないような補修をしましょうね。(怒)

  鳳凰の目摂は明治の月琴ではよく見る意匠ですが,実のところ作るのは初めて――しかし幸いにも,ありがたいことに。
  この目摂,あんまりデキがよろしくない。
  彫りもいささか雑で,全体のカタチから「鳳凰」ダナ,とは分かるものの,近くで見れば,これは目?それとも足?…とまあ,細部ナニやらよく分からないものになってしまっております。

目摂彫り(1)
  8号生葉のお飾りは精緻そのもので,あの彫りを真似ろ,と言われたらかなりヒイィイッ!――なもンでしたが,こちらのお飾りなら大丈夫――てか,たぶん庵主のほうが上手でしょうね。

  まずは全体の輪郭をアガチスの板に写し取り,大体のところで切り抜きます。

  もちろん左右対称なわけですが,オリジナルを見ながら細部を加工してゆきます。
  けっこう複雑な彫りのように見えますが,線が多少多いだけで,それほどタイヘンではありません。

  一日二時間,二日くらいで彫りあがりました。

  ちょっと頭でっかちになっちゃいましたが,まあ,こんなもんでしょう。

目摂彫り(2)
  細部をリューターで仕上げてから,目止めに砥粉をかけます。

  生葉の面板に使ったのが残ってました。ヤシャブシ入りですがちょうどいい。
  乾いたら布で磨いて,ざっと砥粉を落とし,オハグロベンガラをかけ,も一度乾いてから布で磨いて,最後にお湯で薄めた木酢酸鉄を塗ってできあがり。

  さてここまでで,色合い的にはオリジナルとほぼ同じになったんですが,このままだと全体にツヤ消しだし,年季(ヨゴレ,ともいう)が入ってないので丸分かりです。
  こいつを一見「どっちがオリジナル?」くらいまで誤魔化しましょう。

  まずは布にラックニスをつけ,お飾りの表面をたたくようにして染み込ませます。
  オリジナルの材質はおそらくホオの木。材質感を似せるため,ニスが生乾きのときに歯ブラシでこすって,表面に板のスジっぽい凸凹を出します。
  何度かくりかえし,表面がちょうどいい感じにテカってきたら,最後に「古び粉」をかけましょう。
  市販されているものもありますが,庵主は砥粉に茶ベンガラと炭の粉を足して,灰色のホコリっぽい粉を作ります。これをまた,ニスが生乾きのところにふりかけて,すかさず布で拭い取ります。粉が入りすぎちゃったようなところは,歯ブラシをかけて軽くこそぎ落とし,いかにも「長年放置されてましたあ」風のヨゴレを演出。

  なあにプラモでAFVやってたようなおいらには慣れたもんよ。

目摂彫り(3)

  とはいえ…つくづく。誤魔化しばかりの,人生でありますなあ。



修理(5)―裏板を貼る

裏板接着
  表面板と桁もちゃんとくっつき,接合部の補強もうまくいったようなので,いよいよ裏面板を貼って胴体を箱にします。

  オモテには,なるべくオリジナルの材質に近い,柾目っぽい良い板を使ったんですが,こちらはまあ何でもよろしい。板になってりゃ文句はありませんね。

  内部構造よ,サヨウナラ。
  これにはなるべくなら マタ アイタク ナイ ですね。


  翌日,また周縁を整形します。
  糸ノコで落とし,平ヤスリでだいたい削って,ブロックにペーパーをつけて磨きあげます。
  表面板のときはテキトウでしたが,こんどは面板と胴体の間に段差などないよう,どうせ使ってるうち丸くなっちゃうんですから,カドもピッっと直角に,ぶつかると痛いくらいに切り立てておきましょう。

裏板接着(2)
  表面のヨゴレと年季,おそらく塗装も剥げて。
  胴材表面は内部と同じ木地本来の色,クリの灰緑色に戻りました。
  胴体の周縁は良く見ると完全な円形ではなく,わずかに四角張ったカタチになっています。

  ――削りすぎたとかじゃないのよ!(怒)

  早苗ちゃんは棹も短く胴体も厚めで,どちらかというと古くからのタイプの月琴なのですが,これは明治末のころの,やや大型化した月琴などで良く見られる特徴ですね。

裏板接着(3)
  棹を挿して,お飾りをならべ,眺めます。

  ほんのちょっと前までバラバラで,ゴミの山同然だったモノがここまで…

  いよいよ生まれ変わったこの楽器の,新しい時間がはじまるのですね。



9号早苗ちゃん(1)

MOONH09_01.txt
斗酒庵 明清楽月琴を直す9本目 之巻明清楽月琴9号(1)


修理前・梱包
  ウサ琴4塗装の合間に,と入手した「生葉」ちゃんがあまりにも健康体だったため,不健康なヤンデレ好きの庵主としてはフラストレーションが溜まり,さらに一本,今度こそ思いっきり不健康そうな破れ月琴を落としました。

  庵主の好きな「修理」とは,もっとこう――バリバリッ!ガリガリッ!ドリドリドリ~ッ!――な行為なもので。たまさか間違って8号のように 「転んじゃったの~,テヘッ」 みたいのが来ると,思わず首絞めたくなりますね。

  写真で見たかぎりでは,全体にヨゴレもヒドく,状態は悪そうなものの,軸も4本そろってて,部材の欠落は少ない。まあ,壊れLv.中度,くらいのカンジだったんですが,さて,ブツがとどいて見ると,こちらもどうしてどうして……予想以上にヒドいオンボロ月琴で。

  コワれたあと,軒下に三年くらいぶるさげてあった――てなとこでしょうか。

  一目見て分かる半壊状態。ひさびさの重症患者ですねえ。

  蓮頭も間木もなく,二股になった糸倉。面板はひび割れバックシ,虫食いだらけ。
  棹のささってる天の側板は,表裏の面板から完全に浮いて,左右の接合部もハズれ,どうやらクギを打ってとめているみたいです。

ナゾの補修(?)
  そして何よりも,白眉はこの半月のところ。

  ネオクの写真で見たときは,半月が壊れたんでギターのブリッジでも貼り付けてあるんだろう,とか考えていたんですが(実例アリ),実際に見てみるとコレが――ギターのブリッジどころか,ただ2枚の板を組み合わせたものをはっつけてあるだけ,おまけに半月はぜんぜんどこもコワれてません!……わけ分からん工作です。なんのつもりだったんだろう?


  庵主の命銘は「早苗」ちゃん。

  5月に買ったからではありません。某ギャルゲの病弱少女から。
  なにせ重傷,この半壊状態――さて,直るかどうか。

  マタ アエルト イイネ



採寸と観察

修理前・全景

  全長 638
  棹長 383 うち糸倉部分 158
  指板アリ 長 14 最大幅 30 厚 1
  胴幅 355 厚 40

  山口がなく,痕跡も定かではないため,正確な有効絃長は分かりません。
  外見からより分かる要修理箇所は以下の通り。

 ▲ 蓮頭・糸倉間木,欠損。
 ▲ 山口・指板上フレット,欠損。
 ▲ 左目摂,欠損。
 ▲ 糸倉左にヒビ割れ。
 ▲ 面板,表裏とも虫損激し。
 ▲ 天の側板,面板からほぼ完全に遊離,クギにてとめる。
 ▲ 絃停部分に後補のブリッジ(?)が貼り付けられている

  ――とはいえ,ここまで状態がヒドいとこの後ナニが出てくるか知れたもんではありません。
  まあ,現時点で言えることは

  とにかくキタナイ。
  とにかくコワれてる。

  ――って,くらいで。

  胴材はおそらくクリ。棹も同じだと思われます。
  月琴ではふつうの素材ですが,前8号がヘビー級だったのでやたらと軽く感じますねえ。
  指板は紫檀のようですが,汚れがひどいこともあり,ホンモノか染めなのかは現状では分かりかねます。

  まあ,とにかくこのコワれっぷり。
  各部ガタガタで正確な寸法も取れそうもなく,外側から眺めていてもこれ以上のデーターは得られない――という状況ですので,さっさと修理に入るとしましょう。



修理開始

面板(1)
  表裏の面板は,一見すると大きな割れがあるだけで,それほど状態も悪くはなさそうに見えるのですが,近くば寄って目にも見ると,表面には無数の虫食い穴。縦横無尽に食い散らかされて板の内部はスカスカ――虫食い痕をほじくってゆくと,おそらく板がなくなります。

  面板は楽器の音色に大きくかかわる部分なので,修理ではなるべくオリジナルの面板を補修して使うのが本筋。これを取替えることは楽器の「復元」というよりは「再生」に近いのですが,いくら庵主でも,こりゃさすがに使えません。

  オリジナルの板は破棄し,新しい板で張り替えるしかなさそうです。
  裏板の張替は何度かやってるんですが,そういえば両面張替は初めてですね。

  張替を決めたんで,オリジナルの板が割れてもかまわない。そのままでハガれそうなところは力まかせにバリッと。残ったところは面板の周縁にお湯を含ませ,隙間に刃物を押し込んで剥ぎとります。

  今回の月琴の胴体は,部材の木口同士を接着しただけのいちばん単純な方法で接合されています。しかも長年の劣化で,ほとんどニカワもとんでしまっていますから,表裏の面板を剥がすと,楽器はほぼ完全にバラバラ状態。もうバラバラ。あ,ベリベリ(と,板をハガす),バラバラ(部品が)

  バラしながらの観察です――


内部簡見

9号解体

 ■胴材:4枚。
  木口部分の接着により接合。
  材質はクリと思われる。
  内側には回し挽きノコの痕がそのままのこり,ほぼ切り出したままの状態に近い。
  全体に薄く,最大のところで9ミリ,薄い部分は3ミリほど。
  
胴材(1) 胴材(2)

 ■桁:二本。
  上桁は杉,下桁は檜のよう。厚さも微妙に異なり,上桁のほうがやや薄め。
  工作はかなり雑で,下桁の表面などは,ほぼ荒材のまま。

  上桁は左右側板に貼り付けられた角材に乗るカタチで取付けられ,下桁は胴下部の接合部の手前で,左右側板に直接接着されている。
  音孔は直径6ミリほどのたんなる○穴で,上桁のみ。
  おそらく壺ギリによる加工と思われる。
  また,上下桁のオモテ面板に接着されるがわの両端は,すこし斜めに落とされている。
  この丸く小さな音孔と,両端がそぎ落とされた桁は,ともに「コウモリ月琴」でも見られた構造である。
  響き線の空間が広くとられているので,音孔に関しては申し訳程度のものと考えるが,桁材両端の加工については,現状では不明なものの,なにか意図があるものと思われる。

  それが証拠に,ほぼ同じ構造のコウモリさんの音は,それほど悪くない。

内桁(1) 内桁(2)

 ■響き線:弧線一本。鋼製。
  楽器右の上桁を乗せる角材に,四角釘でとめられている。
  線はそこから楽器の垂直方向へ5センチほどのびたあたりで,ほぼ直角に曲げられ,全体として草刈鎌の刃先のような大胆なアールを描く。
  表面に少しサビはあるものの,線の状態は良く,焼きもきちんと入っており,弾いてみると意外と良い音がする。

響き線(1) 響き線(2) 響き線(3)

  薄くてガサガサの内側,クリの側板は異様なほどに軽いし,ここまでゴーカイさんな曲げ方の響き線もはじめて見ますねえ。




修理開始
9号解体(2)
  完全にバラけた楽器を見ながら,あらためて,部品数の少ない楽器だなあ――と。
  バラけた部品をぜんぶ重ねてみても,「一山」というほどにもなりませんなあ。

  ではいよいよ修理,というか「再生」作業に入りましょう。
  なんかまた,フランケンシュタイン――あ,いやフロンコンスティンでしたか――博士の気分です。
  庵主はサイエンティストではありませんが…ああ,「マッド」なところは同じかあ。

こんなとこまで食われてるぅ!
  まずはバラした部材のひとつひとつを磨いては,あっちのヒビを止め,こっちのアナを埋め…と,細かな作業を続けます。
  幸いなことに打ち付けられたクギは3本だけでしたが,胴材が薄いので,そのうち2本はほとんど表面に貫通して,抜いた痕もしっかり痕を残しています。

  そもそも柔らかい桐板をクギで止めよう,ってほうが間違いなんだけどなあ…

胴材(3)
  クリは家の根太にするくらいで,比較的虫食いにも強い木なのですが,面板との接着面などに,さほど深くはないものの,かなり食い荒された痕があります。いやはや――胴材がここまで食われているのもハジメテ見ましたね。

  胴材を重ねてみると,木目がほぼ一致しますね。
  おそらくは同じ一枚の部材から,こんなふうに切り出したのでしょう。


糸倉のヒビ
  下拵えが済んだところで。
  まずは楽器のアタマ…糸倉のほうからいきましょうか。

  左の糸倉の根元,一番下の軸穴をはさんで2本のヒビが見えます。
  間木がないのと板になってる部分自体が薄いので,ちょっと押すとプヨプヨ動き,かなり広がりますが,軸穴の前後から木目に沿って斜めに入っているものの,貫通はしていません。棹表からのものは単純で直線的なですが,棹裏,糸倉の根元部分のほうは多少複雑なカタチにヒビが走っていますね。

  間木を付けちゃうとこの部分が動かせなくなりますから,最初にこのヒビ割れを処置しておきましょう。

  まずはゆるく溶いたニカワを,ヒビ割れに流し込みます。
  ヒビが余計に広がらないように注意しながら,板になっている部分をウニウニと動かし,ニカワをヒビ割れ全体に行き渡らせたら,ニカワの染み出し対策に和紙を巻き,当て板をしてクランプで固定します。

糸倉修理(1) 糸倉修理(2) 糸倉修理(3)
  ニカワがくっついて,傷んだ部分が固定されたら,糸倉の天に間木をはめこんで接着しましょう。
  間木はサクラの端材を切り出しました。
  本当は同材のクリがいいんですが,さすがに手元にはなかったもので。
  間木がつくと糸倉左右はちょっとやそっとじゃ動きません。ヒビも貫通してなかったことだし,ニカワでの接着もうまくいき,何かこのままでも当分は良さそうには思うのですが,糸倉は弦楽器のなかでもとくに力のかかるところ――楽器の未来のためにも,きちんと補強しておきましょう。

  まずは割れた部分に竹釘を打ち込みます。多いほうがいいのですが,材が薄いので5本くらいでやめました。棹表のヒビに3本,棹裏に2本。これでひび割れに対して斜め垂直に繊維を通します。

  つぎに軸穴の前後に溝を二本,あさく切り回し,籐を巻き込んで補強。
  何度もやってる作業なんで手馴れたもんですが,何度も言っているように「糸倉は弦楽器のイノチ」――慎重にやります。

糸倉修理(4) 糸倉修理(5) 糸倉修理(6)

  巻き込んだ籐を焼き鏝で均し,パテを盛ってスキマをふさぎ,軽くペーパーがけをします。

  痕が多少目立ってはしまいますが,糸倉の総すげ替え,棹全交換を別にすれば,これがまあ,オリジナルの状態を使った,いちばん丈夫で長持ちする補強法だと思いますよ。

  指板の左側が少し浮いていたので,ついでにここにもニカワを流し込んで,当て木と輪ゴムで固定しました。
  最後に,大きめに切ってあった間木を整形して,棹の修理はだいたい完了です。


  あらためて観察すると,この棹――
  糸倉や指板部分が短かくてコンパクトなわりには,茎(なかご)がずいぶん長いんですね。
  190ミリもあります。
  茎の先がV字型の入れ込みの奥まで多少キチンと入ってませんが,工作自体は丁寧でキレイなものです。

糸倉修理(7) 糸倉修理(8) 糸倉修理(9)


8号生葉月琴

MOONH08_01.txt
斗酒庵 明清楽月琴を直す8本目 之巻明清楽月琴8号(1)

修理前・梱包
小人閑居して月琴修理

  ウサ琴4は塗装工程に入り,しばらくは塗って磨いて乾かして。

  単調な作業が続きます。

  この期にちょいと,破れ月琴の一本でもあれば間が保とうというもの。

  久しぶりにネオクをノゾくと,ちょうど何本か古い月琴が出ておりましたので,そのなかから争わないで済みそうな,なるべくボロけたのを選んで入れたところ,うまいぐあいに落ちました。

修理前・梱包
  ネオクの写真を見た感じで,小汚く,胴に変な色を塗られた安物月琴だと思って入札したのですが,届いてみてビックリ――思いのほかマトモ,いや,かなりマトモ。

  てか……むしろリッパな「高級月琴」でした。

  出品者の写真が悪かったんですね。実物と,色がぜんぜん違います。
  ケータイのカメラだったのかな?

  秋田から届いたことにより9号月琴,銘は「生葉(いくは)」
  今年前半,ちょっと話題になった某伝統行事,ね。――



観察・採寸

修理前・全景

  さてまずは各部の観察,採寸からまいりましょう。

  全長 655 
  棹長 300 うち糸倉部分 170 指板ナシ 
  胴幅 357 胴厚 35
  有効絃長 424

 ■棹は紫檀,なんと棹茎までムク。
  やたらと糸倉が厚いな,と思ってよく見たら,糸倉の左右に,厚さ3ミリのタガヤサンの板が貼り足されていました。ちょうど山口のあたりのふくらみのぶんですね。
  タガヤの板の幅の分,棹本体の紫檀の材取りを小さくできるから――という考えからでしょうか,それとも二種類の唐木を使ってより高級感を出そうと考えたのか。

  少々興味深い作りですね。

  このタガヤサンの板のおかげで,裏から見ると糸倉が,左右にちょっとエラの張った四角顔に見えますが,横から見た糸倉はごく細身で,アールもきつめ。うなじも短く,糸倉から棹への曲面も自然で美しい。
  棹の傾きは,山口のところで背面側に約4ミリ。棹裏にもアールがほとんどなく,ほぼ直線。
  実用月琴の作りです。

棹(1) 棹(2) 糸倉(1)

面板(ウラ)
 ■面板は表裏ともほぼ柾目の桐。
  裏板のほうが目が詰んでる,というのは,今までの例から見るとちょっとフシギ(質の悪いてきとうな板が使われることが多い)。
  裏板の上のほうに,3×5.5センチほどのラベルの痕があります。

 ■胴材は三味線なんかで使う「紅木」(赤っぽい木,「紅木紫檀」ではない)だと思います。
  カリンにしては気胞が細かい。
  よくある凸凹継ぎで組んでますが,工作はまあ見事の一言で,「カミソリの刃も通らない」どころか,一部ほとんど継ぎ目が見えません。

胴体(1) 胴体(2)
半月
 ■半月はタガヤサン。
  幅 100,奥行き 45。高さは9ミリ。
  糸孔のふちに糸擦れ防止の象牙が埋め込んであります。
  糸孔の間隔は,外弦 31,内弦 25。
  下縁部を斜めに削いで面取りしたこの工作は,1号月琴などにも見られます。
  斜めに削いだ木口の面取りを,平滑にせず,わざとノミでこそいだようにラフな感じにする理由がいまひとつ分かりませんが,完全な板状タイプのものと,全面を丸くした曲面構成タイプの中間みたいなものでしょうか?

 ■山口とフレットは象牙。
  山口は高さ 10.5,最大幅 28,最小幅 21。
  下から見て台形になった,いわゆる定番のカタチ。大きさも平均なのですが,タガヤを貼り足した糸倉の加工のせいで,のっているフクラの部分の幅がやや広いため,ナニヤラちょっと小さめに見えます。

  第3フレットのみ後補部品のようです。色とカタチが少々違いますね。
  最終フレットが欠損,あとはオリジナルのようす。
  5フレット以下が糸擦れで少々削れているのと,第6フレット(いちばん長いやつ)の右側にかなり大胆な調整痕があります。高音弦の触れるところ約1cm ほどがずいぶん削りこまれていて,ほとんど凹になってます。

フレット(1) フレット(2) 山口

 ■蓮頭や目摂といったお飾りも,なんと塗りじゃなくてホンモノの檀木。
  蓮頭の意匠はコウモリ。蓮華に噛みつき,羽根の部分の先端が唐草模様にメタモしてます。
  裏に間木がくっついてましたが,ここまで棹と同じ紫檀材です。

  楽器中央の蓮華飾りが半分以上欠損していますが,左右目摂はまったくの健全。
  いづれも彫りは緻密で刀が細かい――唐木細工にかなり習熟した,指物か飾り物の経験者でしょう。

蓮頭 中央飾り 目摂
軸  ■軸は長さ11.5センチ。
  月琴の軸としてはやや短めなほうで,庵主が作ってるウサ琴の軸と長さ太さともにほぼ同じですね。
  4本とも健全。真っ黒ですが,ここはなぜか,黒檀とかではないようです。
  サクラかクワを染めたものだとは思いますが,木目が見えない塗りなので定かではありません。
  握りについている溝は単純な一本線ですが,握りの先端には凝った彫りこみがしてあります。
  また軸の入れる位置を指示する「刻み」が軸先に着いていました。
  運搬の際にはずしといてもらったので原位置は不明ですが,実際にはめて軸穴との相性を調べたところ,下から順に一・二・三本線,十字になっているのがいちばん上の軸のようです。

内部簡見
内部構造(1)
  と,いっても面板を剥がしたわけではないので,今回はあくまでも棹穴から覗いて見た観察ですが。

  いままではこうした場合,棹穴にミニライトを当てて覗いていたのですが,棹穴は小さいのでライトの光の届かないところが多く,見えるのは棹穴のごく周辺のみ,ほとんどはハリガネによる触検や数字上の計測くらいしかできませんでしたが,今回はこれに先立ち,ちょっとしたツールを作成――ライト付き内視鏡「うつみくん1号」です。

内部構造(2)
  百均屋さんで売ってる工作用の内視鏡を改造。タンスの裏とかのぞいて,落とした10円探すやつですね。
  先の角度が自由に変えられて,長さも最大50センチくらいまでは伸びる――とな。
  オリジナルの鏡は直径が2センチくらいあり,棹穴から突っ込んで,内部で自由に動かすにはちょっと大きいので,歯磨きチェック用の鏡と取替え,先っちょにライト付き耳掻きの発光ダイオードをエポキシで貼り付けました。

  本物の医療用内視鏡やファイバースコープとやらのように,先端の方向・角度を手元で自由に調整できたりすると良かったんですが,さすがに百均の品でそこまでの仕掛けは望めず。また発光ダイオードが緑色だったため,色がちょっと分からなくなってしまうのが欠点ですが,これによってけっこう奥のほうまで見ることができるようになりました。

内部構造(3)
 ■胴材内側に綾などの特別な加工はなし。
  回し挽きの痕が残るが,表面は比較的平滑。軽くカンナがけなどの処理がされているもよう。

 ■内桁は二本。
  材質はおそらく杉。
  ハリガネで位置を測ってみると,ほぼちょうど,直径を三等分するような位置に配置されています。
  左右端は,定かではありませんが,おそらく胴材に切られた浅いミゾにはめこまれているらしい。
  木の葉型の音孔が,上桁に二つ,下桁には(どうやら)三つあいているようです。
  下桁の孔は全体が見えないので,見える範囲から察して,上桁より小さめの孔が三つ,だと思われるのですが,下述響き線のタイプからして,もしかするとつながった一つの孔になっているのかもしれません。

 ■響き線は一本。
  浅いアールをつけた鋼の孤線で,根元は胴体左中央の内側に貼り付けられたブロックに,差し込まれ,丸釘の頭を切ったようなもので固定されています。
  ブロックの大きさは,先端1センチ角,底部2センチ角,長さ2センチほど。四角錐の頭を切ったカタチになっており,底部が胴材に接着されているだけで,面板には直接触れないような加工がなされています。

  作者につながる墨書などあれば,と期待したんですが,簡単な指示線や印以外の書き込みはないようです。


  全体に状態は良く,すこしヨゴレてるのと,いくつかの部品の欠損をのぞけば,このままでもじゅうぶんに演奏が可能な状態です。

  飾りや各部の作りを見る限り,三味線屋の手ではないのですが,作者は楽器素人ではありません。
  楽器としての作りにはまったくおかしな点はなく,あちこちの細工は熟れたもので,内部構造までほとんどスキがない。

  ラベルがなくて作者の分からないことが,ほんとに惜しいですね。




修理開始~(テンション低!)

  さて修理開始…といってもホントあんまりやることがありませんなあ。
  ヨゴレ落しをのぞいて,要修理箇所は以下の通り。

蓮頭脱落
 ▲ 蓮頭と糸倉の間木いっしょに剥離。
 ▲ 最終フレット欠損。
 ▲ 面板中央の蓮華飾り,半分を残して欠損。
 ▲ 絃停傷み激し。

○ 蓮頭と糸倉の付け直しは,工作時間わずか10分。
  ほとんどニカワを煮直した時間です。
  ニカワを塗ってハメこんだら,もう修理完了。
  糸倉の右側に貼ったタガヤサンの板が少し浮いてましたので,ついでにニカワを流し込んで止めてしまいました。

面板清掃
○ つぎはお飾りとフレットをはずして面板の清掃。

  いつものように水で薄めたエタノールを垂らしながら,#240の耐水ペーパーで擦ります。
  乾いたらヤシャブシで染め直し…なんですが。
  この楽器の面板,思ったより質が悪く,全体にネズミ色なうえ,黒ずみやシミが目立ってしまいました。板のアク抜きがちゃんとされてなかったんでしょうね。
  はじめは古物なのでまあしょうがないかなーと思ったのですが,一度気になるとどうにもならないので,少々オキテ破りのワザを使い,板を漂白しました。ウデにあるていど自信がないと出来ないワザなので,工程は↓に隠しておきます。

  塩素系の家庭用漂白剤に重曹を少し落とし,水で薄めた液を塗布。
  乾いたら,水に酢を落としたものを布に染ませ,固く絞ったもので拭いて中和します。
  二三回くりかえしたらやめて,完全に乾かします。

  あんまりやると,白くはなりますが,板が傷んでボロボロになっちゃいますからご注意。
  黒ずみやシミが,染め直せば目立たない,てくらいになったらヤメましょう。
  なにもマジ真っ白にする必要はありません。


  絃停の下,右の目摂,第5フレットの下に虫食いがありましたが,いづれもごく浅い表面的なもので,クリーニングのついでにパテ埋めでふさいでおきました。

虫食い(1) 虫食い(2) 虫食い(3)

○ さて,この楽器修理のメインはフレットの再製作なわけで。
  さいしょは「なくなった最終フレットだけ作りゃあいいや~」とナメてたんですが,どーしてどーして。

フレット再製作(1)
  昔の人はいろいろとワナを仕掛けてくれてます。

  糸を張ってみますと,第4フレットから先が,異様に低くて押えにくいんですね。

  実際に弾いてみながら見てみると,前のフレットを押さえたとき,次のフレットと糸との間が2ミリ近く空いており,測ってみると,なんと胴体上の第5から最終フレットまでが,ほぼ同じ高さに加工されていました。
  これではいくらなんでも,高音部が弾きにくい。
  第4フレットから4本をぜんぶ作り直すことにしました。
  ――明清楽ではこの高音部はあまり使われませんから,これでもよかったんでしょうね。

  いッそ竹で全とっかー,というのも考えたんですが,さすがに好い楽器なのでもったいない。
  ここは素直にオリジナルと同じく,象牙を削ります。

  硬かった~。

  新しいフレットは高低差もあり,頭がぐんと糸に近づいたので,反応は良く,操作性は格段にあがりましたが,削ったばかりなんで真っ白白です。山口から2フレットまでの象牙は質も良く,年季も入って,いー感じの飴色になっています。
  庵主の作ったフレットも,あと半世紀ほどもすればじっさい同じような色になりましょうが,いま現在,いくらなんでもこの白さでは目立ちますので,ヤシャブシ液に二日ほど漬け込んで古色をつけます。根付細工なんかでよくやる手法ですね。


○ あとは扇飾りの再製作。

  現物が残っていないので,表面板に残った日焼け痕をもとに作ります。
  細部は定かではありませんが,この日焼け痕に類似した柄の扇飾りは,ネオクで出たりした古い月琴でも見たこともありますから,今回はそういう写真を参考にして,彫ってみました。
  アガチスの板を切り抜き,削って穴彫って。
  オハグロベンガラで染めて――ちょっと平面的で,左右の目摂にくらべると,彫りも一目で分かるほど雑ですが,まあこんな感じでしょう。

扇飾り(1) 扇飾り(2) 扇飾り(3)


ちょっと足踏み

  さて,部品もそろったので,あとははっつけたらできあがり…のはずだったんですが。
  オリジナルと再製作したフレットを楽器に置いて試しに弾いてみたところ,第3フレットで大ビビリ発生となりました。
けっきょく第3フレットも…
  このフレットはオリジナルではなく,後補の部品なんですが,良く見ると加工が悪くて,フレットの両肩がわずかに落ちています。
  うまく定位置に指が入ればまあそれほどビビらないのですが,少しでも指がズレるとたちまちビビリ気味になります。
  ちょっと悩んだものの,ここは糸合わせにも使うフレットなので,ちゃんとしたのが付いていたほうがいい――ということでこの期に及んで再製作となりました。


  いささか急造だったんですが,再度再製作したフレットも二三日で出来上がり,続いてフレッティングにはいります。
  いつもはチューナーを使って西洋音階にきっちり合わせるのですが,今回はそのまま,楽器にもともとついていた位置にたてました。C/GのときD(レ)とE(ミ)がわずかに低い,明清楽のチューニングです。


  最後に目摂と扇飾りを貼り付けて,修理完了。

  真ん中の蓮華飾りは残部が少なく,再現できませんでしたが,そのあたりは錦でお似合いの絃停を貼り付けて,にぎやかにしようと思っています。


  おしまいのほうでちょいと足踏みましたが,演奏可能状態に戻すまで,実質修理に要した期間は一週間ありませんでした――平成20年6月,明清楽月琴8号・生葉,修理完了!

修理後・全景



修理後感想

  重い……さすがに棹茎までムクの檀木というのは,こうも重たいものか。
  座奏でまっすぐ立ててるときはいいんですが,棹が重いので,ちょっと傾けると握り位置がどんどん下がっていっちゃいますね。

  楽器も重いが,音も重い。

  音量はそれほどでもなく,音の胴体自体もそれほど太くはありませんが,余韻がよろしい。
  運指への反応が少し劣る太目のフレットが付いてるせいもあるのですが,それよりも余韻が長くはっきりとしているので音的に早弾きには向きません。つぎの音の出だしに前の音の余韻がかぶって,ややノイジーになってしまうからです。
  ただ,ゆっくりとした曲を,一音一音しっかりと――余韻の切れ端,音の尻尾まで楽しんで弾くのには最高の楽器だと思います。
  琵琶みたいに正座で弾いたりすると,ちょいと足・膝への負担はあるのですが…楽器自体が重たいおかげで,座奏のときに楽器が動きにくく,演奏姿勢はきっちりと決まります。

  まさしく文人楽器仕様。

  「日本の」月琴,ですね。


« 2008年5月 | トップページ | 2008年8月 »