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9号早苗ちゃん(3)

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斗酒庵 明清楽月琴を直す9本目 之巻明清楽月琴9号(3)


修理(6)―古色付けでクリ色復活

胴材・修理前
  さて――

  黒檀や紫檀など高級な材料で作られた古い月琴では,棹や胴材の表面加工は油磨きやロウ引きくらいなもので,「塗装」というほどのものはほとんどされてませんが,中級から安月琴クラスになると,素材の安物感を誤魔化すために,簡単な塗装がなされていることが多いようです。

  9号早苗ちゃんの主構成材はクリ。

  いま現在,糸倉の左部と胴体は,修理によって表面がこそげられたため,灰緑色になっています。
  もとの状態はクリ色に近い茶色をしていました。クリという木材は,長い時間がたつとそういう「クリ色」となりますが,いまもむかしも楽器屋さんは意外と気が短い。素材が自然とそんな色になるまでは待ってられないわけで。たいていの場合,塗装で「クリ色」を捏造してしまいます。
  早苗ちゃん自体はクリが茶色に変わるくらい古いものでありますが,胴体をこそいだ時の感触やその粉,そして処理後の木地色との比較などからして,その色は経年変化にもとづく自然なものではなく,やはりそうした塗装がなされていたと考えます。

  最近傍からちょいと教えていただいた,家の柱なんかの古色付けの方法が,ちょうどよさそうなうえ,我が家にある素材で出来るものだったので,今回はこれを応用して「クリ色への道」を摸索してみようと思います。
  まずはウサ4のスオウ染めのときと同じく,そこらに散らばっている木片,端材でいろいろとテストをしてみました――その結果

 ●柿渋とヤシャ液をまぜたタンニンな液を作ります。

 ●そこに茶ベンガラと砥粉,炭を粉にしたものを少量落として,よく溶きます。

  明るい色にしたいときは砥粉を多めにし,暗い色にしたいときはベンガラとか炭の粉を増やすのですね。

 ●これを少しづつ,布につけて,擦りこみます。

  まずはテストをかねて糸倉から。塗装前の状態はこんなふう――

塗装前(1) 塗装前(2)

  ヒビ割れの処置で色が薄くなった部分を中心に,少しづつやっていきます。
  濡れてるときと乾いた後では色合いが変ってくるので,時間をあけて様子を見ながら。
  ベンガラの量を調整して,やや赤っぽさを強調しました。
  少しやってはベンガラや砥粉を足して,色具合を調整します。

塗りたて(1) 塗りたて(2)

  まあ,こんなもんでしょうか。
  仕上げに炭の粉だけを布につけてさっと拭くと,い~感じにくすんで,さらに目立たなくなります。

  色合いはいい,とわいえ,このままだとびみょーにツヤ消し状態ですんで。
  じゅうぶん乾かしたら,少量の亜麻仁油を布につけて磨きあげます。

油磨き後(1) 油磨き後(2)

  うむ。うまくいった。
  んではつぎ~。

  胴体にも同じ液を擦りこみます。

  こちらでは少し砥粉と炭粉を足し,赤から茶色へ。
  仕上げは同じ。いちおう面板の木口はあらかじめマスキングしておきましたが,胴材を通して油分が染み込んじゃうとタイヘンなので,布につける油の量はついてるかついてないかという程度で何度か,さらに気をつけながら繰り返します。

胴体・塗装前 胴体・塗装中 胴体・仕上がり

  胴体のクリ色,復活です。

  柿渋が入っているので,少し時間がたつと,もうすこし濃くなるでしょう。
  仕上は単なるオイルではなく,拭き漆だったかもしれませんが,当時の細工師や楽器屋の工房にまずありそうな素材,というあたりから考えると,おそらくオリジナルにされていた塗装も,だいたいこんなものだったと思いますよ。



修理(7)―ハプニング

棹基部の接着不良
  ここで問題発生!

  前のほうで書いたように,この楽器の胴体の棹元部分は,少し平らに削られているのですが,棹を挿すと,裏のほうの根元がわずかに浮いていました。

  ふつう月琴の棹は,楽器背面側にわずかに傾いたかたちで取りつけられていることが多いのですが,この楽器では,指板が面板とほぼ同一の水平面上になるように調整されています。
  弦楽器の加工としては,それはそれで素晴らしいことなので,庵主はこれはもともとそういうふうに作られていて,根元が浮いているのは調整が悪いからだろう――と,思っていたのですが。

  糸を張ると,棹が楽器前面がわに,わずかに倒れてくるのです。

  これもやはり棹元の調整のせいだろうと,何度か削ったり足したりしたのですが,何回やっても,やっぱり棹がおなじようにお辞儀してきます。
  そこで棹を抜いて,再度じっくりと見直したところ,茎の根元に割れが入っていて,棹基部のV字型になった入れ込みの,下半分がくっついていない状態になっていることが分かりました。

  写真のように力を加えないと,割れてるのが分からないので,ぜんぜん気がつきませんでしたね。

  糸を張ると,その張力でここが開いて,棹が傾く――これじゃ何度調整してもお辞儀するはずです。

  ヒビに薄く溶いたニカワを染ませて一晩しめあげたら,くっついたようすですが,心配性なので,おまけに割れていた棹基部と茎の接合部のうえにブナのツキ板を貼って補強しておきます。

棹基部調整(1) 棹基部調整(2)
  こんどは糸をギリギリに張って一晩置いても,棹の傾きに変化は出なくなりました。
  とりあえずは治ってるようですが,再発するようなら,こんどは棹茎を交換しなきゃですね。
  それはそれで大作業なんですが。



修理(8)―小作業いろいろ

  さて,楽器として問題のあるような要修理箇所は,あらかた片付けてしまいました。
  一気にラストスパートとまいりましょう。

  小作業その1,表裏面板のヤシャブシ染め。
  ヤシャブシの汁に砥粉を混ぜたものを,鍋で温め,塗ります。
  8号と違って新品の板なので染みこみが良く,ほとんど一塗りで決まりました。
  黄色いお月様のできあがりです。

  小物2,山口はいつものように黒檀に糸擦れ防止の象牙を噛ませたコンパチ。
  ウサ3の製作時に余分に作ったものがありましたので,それをちょっと削って流用しています。
  オリジナルはなくなっているので,形はてきとう。高さは11ミリ。
  半月との絃高差は3.5ミリです。

フレット製作
  小物3,これもいつものように安月琴の定番・竹製フレット
  毎度毎度何十本もこさえてるので,年々製作時間が速くなっております。
  今回はなんと,8本作るのに40分じゃすと

  自分でもびっくりだ。

蓮頭
  小物4,蓮頭。
  これもオリジナルはどんなのが付いていたのか分かりませんが,半月と同様に透かし彫りのあるタイプだと思います。定番のコウモリを彫りましょう。
  ちょうどウサ4の蓮頭を作ってあったので,これの予備をひとつ,くすねるとします。
  材料はアガチスの薄板の上に,桐板を木目が交差するように貼り合わせたもの。薄くて軽くて柔らかですが,丈夫です。
  だいたいの絵を描いて浅く彫ってから,透かし部分をドリルや彫刻刀で彫り貫きます。桐やアガチスなんで彫りぬくのも簡単。コウモリさんのデザインは庵主オリジナルのテキトウですが,彫りは半月を見ながら,原作者の刀法を真似てみました。

  そういう「模写」みたいなことをしていると,なんとなく分かってくるんですが,この人,彫りはヘタクソだけど,仕事は丁寧です。彫りに自信がないので,陰影を出そうとつい深彫りになっちゃう(上手なヒトほど彫りは浅い)――分かりますねえ,庵主もそうだ。

  悪い作り手ではありませんね――けっして「上手く」はないのだけれど。

  これもまた目摂同様に染めて,ラックニスで固めます。

  小作業その2,フレット立て。
  製作時にあらかじめ,位置を楽器にけがいてありますが,もう一度チューナーで探り,微調整をしながら立ててゆきます。下手をするとこっちのほうが,作るのよりも時間がかかってますね。

完成直前
  小作業その4,お飾りの接着をして――

  平成20年6月19日。
  早苗ちゃん,半壊の淵より生還す。




修理後感想

修理完了!

  とにもかくにも,直るもんだなあ。

  あの虫食いだらけの楽器が。
  オリジナル部分の欠損は少なかったものの,面板ウラオモの全面張替えで,古物の「修理」というよりは,「楽器としての再生」と言っていい作業でした。

  オリジナルの山口の位置が不明なので,はじめからそうだったとは言えませんが,修理後の有効絃長は 405 ミリとなりました。山口の厚みは諸例くらべてもそれほどの違いはないので,おそらく原寸より最大でも±2ミリ程度の誤差しかないはずですが,ほぼ標準型のコウモリ月琴と比べて1センチ,大型の8号と比べると2センチ以上も短いですね。

蓮頭&糸倉
  短めの棹,きわめて軽い胴体。
  フレットはやや高めですが,反応も操作性も悪くありません。
  軸は材質が悪く,多少傷みもあるのですが,握りの形状,糸倉との噛み合わせともに悪くない。
  棹のお辞儀も直ったし,調音はラクなほうです。

  まあ,最初から見てきてお分かりのように,もともと安月琴。

  良いモノではありませんが,悪くはナイ。

  原作者の腕前もそれほど高度ではないものの,手抜きは少なく,安物なりに丁寧に作られているのは非常に好感が持てます――といったあたりが修理者としての感想。


  つづいて演奏者として,試奏してみて,音やら弾きかげんやらを言うと――

張替えた表面板
  表面板を薄く,裏面板を厚めに(じつはたんに削るのがメンドかったため)したためかもしれませんが,音がしっかり前に出てますね。まだ諸接着部,面板とも完全には乾いていないので本気と書いてマジな状態ではありませんが,音はかなり大きく,抜けがいい。

  響き線はそこそこ効いているのですが,音の胴体が太すぎてすこし消されちゃってるのと,やはり部材が軽い分,8号にくらべると余韻がやや物足りない。
  けれど転がるような軽快な響きはいかにも「中華」っぽく,本来の意味での「月琴」らしいとは思います。
  8号のほうがしっとり「和風」――琵琶に近い――の音ですね。

  ただ,ちょっと楽器が軽すぎて,座奏ではバランスが悪いかもしれません。
  ひざのうえで弾いてるとちょっと暴れて,線鳴りも起こります。
  演奏上のバランスからいうと良くないのですが,楽器自体の重心はしっかりしていて,横にしても,みごとに自立します。
  急須でもなんでも,ふだん使う姿勢から90度倒してなお立つものは,品として悪くないといえるそうな。おそらくは明清楽の座奏よりも,門付けとか演歌の辻楽士とかむき。立奏するなら,このほうがかえっていいと思います。


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