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9号早苗ちゃん(2)

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斗酒庵 明清楽月琴を直す9本目 之巻明清楽月琴9号(2)


修理(2)―表面板の製作

表面板(1)
  9号月琴早苗ちゃん,つぎの作業は表板作り。

  さいしょの方でも書いたように,オリジナルは表裏とも一見板にはなってますが,くわしく調べてみると,縦横無尽に虫食いだらけでスカスカ。たぶん木口から刃物をあてれば,紙のように薄く二枚に割れちゃうんじゃないかな?――てな状態です。

  いくら庵主でも,こいつはさすがに再生不能であります。


  材料はいつもの百均の焼桐板ですが,これまたサイズの関係で,ウサ琴と同じく一面が一枚の板の切り矧ぎ,単板仕様というわけにもいきません。20センチ幅の一枚を真ん中にして,別の10センチ幅の板を半分に切り,その左右に接着します。

  ウサ琴とは,ほんの5センチくらいの差なんですが…やっぱり大きいなあ。

  裏板は多少厚みがあっても問題ないと思いますが,表板はそうもいきません。
  そこでまたご近所さんに電動サンダーを借りて(感謝!),公園でバリバリバリ~ッ!と1~2ミリ削って,オリジナルとほぼ同じ4~4.5ミリの厚さに落としました。

  ほとんど一発勝負なので,胴材を置いて並べて,何度かシュミレーションしときます。

  削った板の余計な部分を落として,胴材を組み,面板に貼り付けます。
  まだ内部からの調整や補強があるので,この時点では内桁は仮どめ,支えてるだけで接着はしてません。
  真ん中の部分に使った板に少し反りがあったので,端っこのほうをちょっと大きめに残しておいて,そこを細板ではさみ,板全体を矯正しながらクランピングしました――なんせ安素材ですんで。

表面板(1) 表面板(2) 表面板(3)

表面板(4)
  クランプをかけたまま一晩ほど置いて,周縁を切り落として丸く整形します。
  この後,まだ裏板の貼り付けもありますから,だいたい作業のジャマにならない程度でよろしい。

  前にも書いたとおり,この楽器の胴体は胴材を丸く並べて面板でサンドイッチしただけの構造ですから,面板をはずすとバラバラになります。逆に言えば面板がついていればほとんどできあがっちゃうわけで――おお,これだけでもゴミの山から,楽器に戻ってきた感がありますねえ。


側板補強(1)
  面板に貼り付けるとき,4枚の胴材の接合も同時にやってるわけですが。
  ハズれてクギ止めされていた天の側板左右の接合部は,ちょっとガタがきているので補強する必要があります。
  いくつか方法はありますが,部材自体に反りや変形が出ているわけではないので,ここはいちばんカンタンなテで参りましょう。

  接合部の内側に補強板を接着します。

  面板に使った桐板の端材を使いましょう。
  ぴったり接合部にハマるよう,裏面をヤスリやリューターで削って,お湯でたっぷり濡らし,やわらかくなったところをニカワを塗って貼り付け,クランプで軽めにしめつけます。
  クリもキリも,両方とも空気を良く含んだ多孔質な素材なので,あんまり強く締めると圧縮され,かえって変形したり,割れやすくなってしまいます。

  補強板がついたら,左の欠けてるあたりをパテで埋めときます。
  下部接合部のほうはピッタリくっついているので心配はないのですが,いちおう和紙でも貼っておきますね。

側板補強(2) 側板補強(3)

棹穴周辺
  この作業中に気がついたのですが。
  この天の側板は,棹基部のあたりがやや平らに均されてますね。
  棹のほうも,面板側の基部はほぼ真っすぐになっています。

  平面と平面を合わせる――そのほうが取付けのさい調整がラク――というのが狙いでしょうが。
  ザンネンながらあんまり成功してませんね。
  挿すと棹裏のほうがわずかに浮いちゃってますよ。

  こいつはあとでぴったりハマるように再調整しておきましょう。

  補強も終わって,胴体はしっかりとした輪になりました。
  ここで内桁を接着します。
  両端と接着部にこびりついていた,劣化して黒くなったニカワをこそげ落とし,しっかりと収まるように多少調整してから,新しくニカワを塗ってハメこみます。

  内桁の接着を,半月接着の先にしようか後にしようか迷ったのですが,この楽器の下桁は,ちょうど半月を支える位置――そのまま圧をかけても大丈夫そうな場所についてるので,桁の接着を先にしました。

内桁接着(1) 内桁接着(2)


修理(3)―半月の接着

半月の位置決め
  つづいて半月の接着に入ります。

  まずは位置決め。

  棹を挿して,指板の山口でかくれるあたりの中心線上にピンバイスで一つ穴をあけ,ガビョウをさしこんで糸を結わえ,これをひっぱって楽器の中心線を出します。

  先にへっぱがしたオリジナルの面板で,半月の位置を測って,新しい板の上にケガいて写しときましょう。

穴あけ
  日本の月琴には琵琶の陰月にあたる位置,半月の裏に,小さな孔があけられています。
  ついでにこれの位置もオリジナルの面板から写して,あけておきます。
  ふつうはもう少し半月の端,手前のほうなんですが,この楽器のはかなり奥のほうにあけられていますね。

  つづいて,取り外しておいた半月の裏面を軽く磨きます。

  例のナゾのブリッジ(?)の件もあり,ハガしたときにもう一度,どこかコワれたり割れたりしていないか確かめましたが,糸孔に擦れた溝が多少ついてるのと,透かし彫りにゴミがつまってるくらいなもので,ほとんど無傷です。

  柔らかい材で出来ていますが,目が密なのでクリではありません。
  ホオあたりを黒く塗ったものでしょうか?

  下桁が面板にちゃんとくっついてるかどうか確かめ,接着します。曲面構成で,多少圧がかけにくいのですが,コルクと当て板,Fクランプ二個でなんとか。
  クランピングで桁に凹みがつかないよう,内側にチークの角材をテープでとめて補強してあります。

半月接着(1) 半月接着(2) 半月接着(3)

  下桁はちゃんとくっついていたんですが,上桁のほうは右側が多少浮いていたので,ついでにここも,ニカワを流し込んで再接着中。こんどは大丈夫でしょう。



修理(4)―お飾りの製作

左目摂(1) 左目摂(2)

  さて,胴体が片面できあがってゆく間に,小物その1・左の目摂を作っておくこととしましょう。
  こちらは扇飾りはブジでしたので,お飾りで作るのはこの左の目摂のみ――ああ,あと蓮頭もなくなってましたっけ。

  この目摂は,最近になってはずれたのを付け直したようですね。
  ハガしてみると裏に木工ボンドべったりでした。下の板がほとんど腐っているようなものだったから良かったものの,そうでなかったら,ハガすのはけっこうタイヘンだったかもしれません。

  するんなら,未来に恨みを買わないような補修をしましょうね。(怒)

  鳳凰の目摂は明治の月琴ではよく見る意匠ですが,実のところ作るのは初めて――しかし幸いにも,ありがたいことに。
  この目摂,あんまりデキがよろしくない。
  彫りもいささか雑で,全体のカタチから「鳳凰」ダナ,とは分かるものの,近くで見れば,これは目?それとも足?…とまあ,細部ナニやらよく分からないものになってしまっております。

目摂彫り(1)
  8号生葉のお飾りは精緻そのもので,あの彫りを真似ろ,と言われたらかなりヒイィイッ!――なもンでしたが,こちらのお飾りなら大丈夫――てか,たぶん庵主のほうが上手でしょうね。

  まずは全体の輪郭をアガチスの板に写し取り,大体のところで切り抜きます。

  もちろん左右対称なわけですが,オリジナルを見ながら細部を加工してゆきます。
  けっこう複雑な彫りのように見えますが,線が多少多いだけで,それほどタイヘンではありません。

  一日二時間,二日くらいで彫りあがりました。

  ちょっと頭でっかちになっちゃいましたが,まあ,こんなもんでしょう。

目摂彫り(2)
  細部をリューターで仕上げてから,目止めに砥粉をかけます。

  生葉の面板に使ったのが残ってました。ヤシャブシ入りですがちょうどいい。
  乾いたら布で磨いて,ざっと砥粉を落とし,オハグロベンガラをかけ,も一度乾いてから布で磨いて,最後にお湯で薄めた木酢酸鉄を塗ってできあがり。

  さてここまでで,色合い的にはオリジナルとほぼ同じになったんですが,このままだと全体にツヤ消しだし,年季(ヨゴレ,ともいう)が入ってないので丸分かりです。
  こいつを一見「どっちがオリジナル?」くらいまで誤魔化しましょう。

  まずは布にラックニスをつけ,お飾りの表面をたたくようにして染み込ませます。
  オリジナルの材質はおそらくホオの木。材質感を似せるため,ニスが生乾きのときに歯ブラシでこすって,表面に板のスジっぽい凸凹を出します。
  何度かくりかえし,表面がちょうどいい感じにテカってきたら,最後に「古び粉」をかけましょう。
  市販されているものもありますが,庵主は砥粉に茶ベンガラと炭の粉を足して,灰色のホコリっぽい粉を作ります。これをまた,ニスが生乾きのところにふりかけて,すかさず布で拭い取ります。粉が入りすぎちゃったようなところは,歯ブラシをかけて軽くこそぎ落とし,いかにも「長年放置されてましたあ」風のヨゴレを演出。

  なあにプラモでAFVやってたようなおいらには慣れたもんよ。

目摂彫り(3)

  とはいえ…つくづく。誤魔化しばかりの,人生でありますなあ。



修理(5)―裏板を貼る

裏板接着
  表面板と桁もちゃんとくっつき,接合部の補強もうまくいったようなので,いよいよ裏面板を貼って胴体を箱にします。

  オモテには,なるべくオリジナルの材質に近い,柾目っぽい良い板を使ったんですが,こちらはまあ何でもよろしい。板になってりゃ文句はありませんね。

  内部構造よ,サヨウナラ。
  これにはなるべくなら マタ アイタク ナイ ですね。


  翌日,また周縁を整形します。
  糸ノコで落とし,平ヤスリでだいたい削って,ブロックにペーパーをつけて磨きあげます。
  表面板のときはテキトウでしたが,こんどは面板と胴体の間に段差などないよう,どうせ使ってるうち丸くなっちゃうんですから,カドもピッっと直角に,ぶつかると痛いくらいに切り立てておきましょう。

裏板接着(2)
  表面のヨゴレと年季,おそらく塗装も剥げて。
  胴材表面は内部と同じ木地本来の色,クリの灰緑色に戻りました。
  胴体の周縁は良く見ると完全な円形ではなく,わずかに四角張ったカタチになっています。

  ――削りすぎたとかじゃないのよ!(怒)

  早苗ちゃんは棹も短く胴体も厚めで,どちらかというと古くからのタイプの月琴なのですが,これは明治末のころの,やや大型化した月琴などで良く見られる特徴ですね。

裏板接着(3)
  棹を挿して,お飾りをならべ,眺めます。

  ほんのちょっと前までバラバラで,ゴミの山同然だったモノがここまで…

  いよいよ生まれ変わったこの楽器の,新しい時間がはじまるのですね。



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