8号生葉月琴
![]() ![]() 小人閑居して月琴修理 ウサ琴4は塗装工程に入り,しばらくは塗って磨いて乾かして。 単調な作業が続きます。 この期にちょいと,破れ月琴の一本でもあれば間が保とうというもの。 久しぶりにネオクをノゾくと,ちょうど何本か古い月琴が出ておりましたので,そのなかから争わないで済みそうな,なるべくボロけたのを選んで入れたところ,うまいぐあいに落ちました。 ![]() ネオクの写真を見た感じで,小汚く,胴に変な色を塗られた安物月琴だと思って入札したのですが,届いてみてビックリ――思いのほかマトモ,いや,かなりマトモ。 てか……むしろリッパな「高級月琴」でした。 出品者の写真が悪かったんですね。実物と,色がぜんぜん違います。 ケータイのカメラだったのかな? 秋田から届いたことにより9号月琴,銘は「生葉(いくは)」。 今年前半,ちょっと話題になった某伝統行事,ね。―― 観察・採寸 ![]() さてまずは各部の観察,採寸からまいりましょう。 全長 655 棹長 300 うち糸倉部分 170 指板ナシ 胴幅 357 胴厚 35 有効絃長 424
■棹は紫檀,なんと棹茎までムク。
やたらと糸倉が厚いな,と思ってよく見たら,糸倉の左右に,厚さ3ミリのタガヤサンの板が貼り足されていました。ちょうど山口のあたりのふくらみのぶんですね。 タガヤの板の幅の分,棹本体の紫檀の材取りを小さくできるから――という考えからでしょうか,それとも二種類の唐木を使ってより高級感を出そうと考えたのか。 少々興味深い作りですね。 このタガヤサンの板のおかげで,裏から見ると糸倉が,左右にちょっとエラの張った四角顔に見えますが,横から見た糸倉はごく細身で,アールもきつめ。うなじも短く,糸倉から棹への曲面も自然で美しい。 棹の傾きは,山口のところで背面側に約4ミリ。棹裏にもアールがほとんどなく,ほぼ直線。 実用月琴の作りです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ■面板は表裏ともほぼ柾目の桐。 裏板のほうが目が詰んでる,というのは,今までの例から見るとちょっとフシギ(質の悪いてきとうな板が使われることが多い)。 裏板の上のほうに,3×5.5センチほどのラベルの痕があります。 ■胴材は三味線なんかで使う「紅木」(赤っぽい木,「紅木紫檀」ではない)だと思います。 カリンにしては気胞が細かい。 よくある凸凹継ぎで組んでますが,工作はまあ見事の一言で,「カミソリの刃も通らない」どころか,一部ほとんど継ぎ目が見えません。 ![]() ![]() ![]() ■半月はタガヤサン。 幅 100,奥行き 45。高さは9ミリ。 糸孔のふちに糸擦れ防止の象牙が埋め込んであります。 糸孔の間隔は,外弦 31,内弦 25。 下縁部を斜めに削いで面取りしたこの工作は,1号月琴などにも見られます。 斜めに削いだ木口の面取りを,平滑にせず,わざとノミでこそいだようにラフな感じにする理由がいまひとつ分かりませんが,完全な板状タイプのものと,全面を丸くした曲面構成タイプの中間みたいなものでしょうか? ■山口とフレットは象牙。 山口は高さ 10.5,最大幅 28,最小幅 21。 下から見て台形になった,いわゆる定番のカタチ。大きさも平均なのですが,タガヤを貼り足した糸倉の加工のせいで,のっているフクラの部分の幅がやや広いため,ナニヤラちょっと小さめに見えます。 第3フレットのみ後補部品のようです。色とカタチが少々違いますね。 最終フレットが欠損,あとはオリジナルのようす。 5フレット以下が糸擦れで少々削れているのと,第6フレット(いちばん長いやつ)の右側にかなり大胆な調整痕があります。高音弦の触れるところ約1cm ほどがずいぶん削りこまれていて,ほとんど凹になってます。 ![]() ![]() ![]() ■蓮頭や目摂といったお飾りも,なんと塗りじゃなくてホンモノの檀木。 蓮頭の意匠はコウモリ。蓮華に噛みつき,羽根の部分の先端が唐草模様にメタモしてます。 裏に間木がくっついてましたが,ここまで棹と同じ紫檀材です。 楽器中央の蓮華飾りが半分以上欠損していますが,左右目摂はまったくの健全。 いづれも彫りは緻密で刀が細かい――唐木細工にかなり習熟した,指物か飾り物の経験者でしょう。 ![]() ![]() ![]() ![]() 月琴の軸としてはやや短めなほうで,庵主が作ってるウサ琴の軸と長さ太さともにほぼ同じですね。 4本とも健全。真っ黒ですが,ここはなぜか,黒檀とかではないようです。 サクラかクワを染めたものだとは思いますが,木目が見えない塗りなので定かではありません。 握りについている溝は単純な一本線ですが,握りの先端には凝った彫りこみがしてあります。 また軸の入れる位置を指示する「刻み」が軸先に着いていました。 運搬の際にはずしといてもらったので原位置は不明ですが,実際にはめて軸穴との相性を調べたところ,下から順に一・二・三本線,十字になっているのがいちばん上の軸のようです。 内部簡見 ![]() と,いっても面板を剥がしたわけではないので,今回はあくまでも棹穴から覗いて見た観察ですが。 いままではこうした場合,棹穴にミニライトを当てて覗いていたのですが,棹穴は小さいのでライトの光の届かないところが多く,見えるのは棹穴のごく周辺のみ,ほとんどはハリガネによる触検や数字上の計測くらいしかできませんでしたが,今回はこれに先立ち,ちょっとしたツールを作成――ライト付き内視鏡「うつみくん1号」です。 ![]() 百均屋さんで売ってる工作用の内視鏡を改造。タンスの裏とかのぞいて,落とした10円探すやつですね。 先の角度が自由に変えられて,長さも最大50センチくらいまでは伸びる――とな。 オリジナルの鏡は直径が2センチくらいあり,棹穴から突っ込んで,内部で自由に動かすにはちょっと大きいので,歯磨きチェック用の鏡と取替え,先っちょにライト付き耳掻きの発光ダイオードをエポキシで貼り付けました。 本物の医療用内視鏡やファイバースコープとやらのように,先端の方向・角度を手元で自由に調整できたりすると良かったんですが,さすがに百均の品でそこまでの仕掛けは望めず。また発光ダイオードが緑色だったため,色がちょっと分からなくなってしまうのが欠点ですが,これによってけっこう奥のほうまで見ることができるようになりました。 ![]()
■胴材内側に綾などの特別な加工はなし。
回し挽きの痕が残るが,表面は比較的平滑。軽くカンナがけなどの処理がされているもよう。 ■内桁は二本。 材質はおそらく杉。 ハリガネで位置を測ってみると,ほぼちょうど,直径を三等分するような位置に配置されています。 左右端は,定かではありませんが,おそらく胴材に切られた浅いミゾにはめこまれているらしい。 木の葉型の音孔が,上桁に二つ,下桁には(どうやら)三つあいているようです。 下桁の孔は全体が見えないので,見える範囲から察して,上桁より小さめの孔が三つ,だと思われるのですが,下述響き線のタイプからして,もしかするとつながった一つの孔になっているのかもしれません。 ■響き線は一本。 浅いアールをつけた鋼の孤線で,根元は胴体左中央の内側に貼り付けられたブロックに,差し込まれ,丸釘の頭を切ったようなもので固定されています。 ブロックの大きさは,先端1センチ角,底部2センチ角,長さ2センチほど。四角錐の頭を切ったカタチになっており,底部が胴材に接着されているだけで,面板には直接触れないような加工がなされています。 作者につながる墨書などあれば,と期待したんですが,簡単な指示線や印以外の書き込みはないようです。 全体に状態は良く,すこしヨゴレてるのと,いくつかの部品の欠損をのぞけば,このままでもじゅうぶんに演奏が可能な状態です。 飾りや各部の作りを見る限り,三味線屋の手ではないのですが,作者は楽器素人ではありません。 楽器としての作りにはまったくおかしな点はなく,あちこちの細工は熟れたもので,内部構造までほとんどスキがない。 ラベルがなくて作者の分からないことが,ほんとに惜しいですね。 修理開始~(テンション低!) さて修理開始…といってもホントあんまりやることがありませんなあ。 ヨゴレ落しをのぞいて,要修理箇所は以下の通り。 ![]() ▲ 蓮頭と糸倉の間木いっしょに剥離。 ▲ 最終フレット欠損。 ▲ 面板中央の蓮華飾り,半分を残して欠損。 ▲ 絃停傷み激し。 ○ 蓮頭と糸倉の付け直しは,工作時間わずか10分。 ほとんどニカワを煮直した時間です。 ニカワを塗ってハメこんだら,もう修理完了。 糸倉の右側に貼ったタガヤサンの板が少し浮いてましたので,ついでにニカワを流し込んで止めてしまいました。 ![]() ○ つぎはお飾りとフレットをはずして面板の清掃。 いつものように水で薄めたエタノールを垂らしながら,#240の耐水ペーパーで擦ります。 乾いたらヤシャブシで染め直し…なんですが。 この楽器の面板,思ったより質が悪く,全体にネズミ色なうえ,黒ずみやシミが目立ってしまいました。板のアク抜きがちゃんとされてなかったんでしょうね。 はじめは古物なのでまあしょうがないかなーと思ったのですが,一度気になるとどうにもならないので,少々オキテ破りのワザを使い,板を漂白しました。ウデにあるていど自信がないと出来ないワザなので,工程は↓に隠しておきます。 塩素系の家庭用漂白剤に重曹を少し落とし,水で薄めた液を塗布。 乾いたら,水に酢を落としたものを布に染ませ,固く絞ったもので拭いて中和します。 二三回くりかえしたらやめて,完全に乾かします。 あんまりやると,白くはなりますが,板が傷んでボロボロになっちゃいますからご注意。 黒ずみやシミが,染め直せば目立たない,てくらいになったらヤメましょう。 なにもマジ真っ白にする必要はありません。 絃停の下,右の目摂,第5フレットの下に虫食いがありましたが,いづれもごく浅い表面的なもので,クリーニングのついでにパテ埋めでふさいでおきました。 ![]() ![]() ![]() ○ さて,この楽器修理のメインはフレットの再製作なわけで。 さいしょは「なくなった最終フレットだけ作りゃあいいや~」とナメてたんですが,どーしてどーして。 ![]() 昔の人はいろいろとワナを仕掛けてくれてます。 糸を張ってみますと,第4フレットから先が,異様に低くて押えにくいんですね。 実際に弾いてみながら見てみると,前のフレットを押さえたとき,次のフレットと糸との間が2ミリ近く空いており,測ってみると,なんと胴体上の第5から最終フレットまでが,ほぼ同じ高さに加工されていました。 これではいくらなんでも,高音部が弾きにくい。 第4フレットから4本をぜんぶ作り直すことにしました。 ――明清楽ではこの高音部はあまり使われませんから,これでもよかったんでしょうね。 いッそ竹で全とっかー,というのも考えたんですが,さすがに好い楽器なのでもったいない。 ここは素直にオリジナルと同じく,象牙を削ります。 硬かった~。 新しいフレットは高低差もあり,頭がぐんと糸に近づいたので,反応は良く,操作性は格段にあがりましたが,削ったばかりなんで真っ白白です。山口から2フレットまでの象牙は質も良く,年季も入って,いー感じの飴色になっています。 庵主の作ったフレットも,あと半世紀ほどもすればじっさい同じような色になりましょうが,いま現在,いくらなんでもこの白さでは目立ちますので,ヤシャブシ液に二日ほど漬け込んで古色をつけます。根付細工なんかでよくやる手法ですね。 ○ あとは扇飾りの再製作。 現物が残っていないので,表面板に残った日焼け痕をもとに作ります。 細部は定かではありませんが,この日焼け痕に類似した柄の扇飾りは,ネオクで出たりした古い月琴でも見たこともありますから,今回はそういう写真を参考にして,彫ってみました。 アガチスの板を切り抜き,削って穴彫って。 オハグロベンガラで染めて――ちょっと平面的で,左右の目摂にくらべると,彫りも一目で分かるほど雑ですが,まあこんな感じでしょう。 ![]() ![]() ![]() ちょっと足踏み さて,部品もそろったので,あとははっつけたらできあがり…のはずだったんですが。 オリジナルと再製作したフレットを楽器に置いて試しに弾いてみたところ,第3フレットで大ビビリ発生となりました。 ![]() このフレットはオリジナルではなく,後補の部品なんですが,良く見ると加工が悪くて,フレットの両肩がわずかに落ちています。 うまく定位置に指が入ればまあそれほどビビらないのですが,少しでも指がズレるとたちまちビビリ気味になります。 ちょっと悩んだものの,ここは糸合わせにも使うフレットなので,ちゃんとしたのが付いていたほうがいい――ということでこの期に及んで再製作となりました。 いささか急造だったんですが,再度再製作したフレットも二三日で出来上がり,続いてフレッティングにはいります。 いつもはチューナーを使って西洋音階にきっちり合わせるのですが,今回はそのまま,楽器にもともとついていた位置にたてました。C/GのときD(レ)とE(ミ)がわずかに低い,明清楽のチューニングです。 最後に目摂と扇飾りを貼り付けて,修理完了。 真ん中の蓮華飾りは残部が少なく,再現できませんでしたが,そのあたりは錦でお似合いの絃停を貼り付けて,にぎやかにしようと思っています。 おしまいのほうでちょいと足踏みましたが,演奏可能状態に戻すまで,実質修理に要した期間は一週間ありませんでした――平成20年6月,明清楽月琴8号・生葉,修理完了! ![]() 修理後感想 重い……さすがに棹茎までムクの檀木というのは,こうも重たいものか。 座奏でまっすぐ立ててるときはいいんですが,棹が重いので,ちょっと傾けると握り位置がどんどん下がっていっちゃいますね。 楽器も重いが,音も重い。 音量はそれほどでもなく,音の胴体自体もそれほど太くはありませんが,余韻がよろしい。 運指への反応が少し劣る太目のフレットが付いてるせいもあるのですが,それよりも余韻が長くはっきりとしているので音的に早弾きには向きません。つぎの音の出だしに前の音の余韻がかぶって,ややノイジーになってしまうからです。 ただ,ゆっくりとした曲を,一音一音しっかりと――余韻の切れ端,音の尻尾まで楽しんで弾くのには最高の楽器だと思います。 琵琶みたいに正座で弾いたりすると,ちょいと足・膝への負担はあるのですが…楽器自体が重たいおかげで,座奏のときに楽器が動きにくく,演奏姿勢はきっちりと決まります。 まさしく文人楽器仕様。 「日本の」月琴,ですね。 |