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ウサ琴4(3)

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斗酒庵 よいよいウサ琴作り の巻ウサ琴4(3)

塗装

塗装(1)
  スオウによる木地の下染めが成功したおかげで,塗装は前作までよりはるかに少ない回数で済みました。

  棹は中塗り(色ニス・シェラック)4回で,継ぎ目加工や木地色の違いが目立たなくなりましたし,胴体に至ってはわずか2回でほどよい色に。これに上塗りとしてオイルニスを2度ほど塗布――使用した塗料の量は,たぶん前作の半分くらいでしょう。

  しかしながら今回は,作業が「お仕事期間」と重なってしまったため,けっきょく時間のほうは,前作と同じく一ヶ月ほどもかかってしまいましたけどね(笑)。
  この期間に入ると,製作に多く時間を割けるのは,週末しかありませんから,ほおっておけば乾くアルコールニスの中塗りまではいいんですが,上塗りのオイルニスは紫外線硬化。わずか2回のことなれど,週末が雨だと作業が出来ないんですよ。

  そのうえ,季節は梅雨。

  週末になるたび,空を眺めながら,むきーっ!ってしてました。むきーっ!って。


塗装(2)
  最後の一塗りの前に,糸倉の内側,軸孔,蓮頭の接着部などに溜まった塗料をこそげおとします。
  木地までこそいだ糸倉の内側は,オハグロベンガラを塗ってラックニスで固着。

  最後に全体を水砥ぎして塗膜を均したあと,あらかじめ作っておいた山口を接着します。
  つぎに布にオイルニスを染ませて棹全体を拭き,仕上塗り。

  試験胴のほうも二度目の上塗りと水砥ぎのあと,研磨剤と亜麻仁油をつけた布で磨いて仕上げています。
  いづれも塗膜が前作の半分くらいしかないはずなので,砥ぎには細かめのペーパーを使い,いつもより少し慎重に作業しました。

塗装(3)
  それから数日――

  塗料はいまだ完全に乾いてはおらず,棹や糸倉を多少強く握ると指の痕がついてしまうくらいですが,夏の帰省もせまっているため,ちょっと早めではありますが。

  7月20日,いよいよ玉兎琴4号による実験,開始です。




4号による実験

フレットをたてる
  実験過程,というほどのことでもありませんが,各棹ごとの手順は以下の通り。

  1)試験胴に棹を挿す

  2)試験用の軸を挿し,外弦を張ってフレット(棹上4本,1オクターブぶん)を仮設

  3)内弦を張って調音

  4)開放弦・音階・試験演奏(九連環)を録音


内弦を張る
  棹の取り付け角度などは,前作で1デキだった3-2の寸法を参考にしたので,どの棹でもフレット高は低く,第4フレットで最高6ミリ。どの棹も操作性はよろしい。
  しかし,±1ミリ以内ではあるものの,わずかながら出たこの工作誤差のため,すべてのフレットをたて,楽器として完全な状態での実験をするには至りませんでした。

  棹は挿しかえるのに胴体は同じなわけですから,胴上のフレット高を最低のものに合わせると,そのほかの棹では低すぎて,押えたときに音高が狂い,最高のものに合わせると,棹のが低いものでは糸が触れてビビリが出たり,音が出なかったりする可能性があるためです。

  そもそも音色の違いを調べたいというだけなら,録音は開放弦の音のみでも良いとは思うのですが,棹上1オクターブぶんのみとはいえ,フレットをたてれば分析材料としての音のデータも増えますし,あるていどの曲弾きも可能になるので,棹の違いによる操作感などもよりハッキリと分かる,と考えました。

フレット
  急ぎの実験なので,今回のフレットは極力手間の少ない明清楽型に統一しました。

  3回削げばできあがり――片面には,竹の皮の部分がそのまま残っています。


  さて,その実験の結果ですが。

  正直,庵主自身の耳で聞こえる範囲においては,生音にしても録音したものにしても,それぞれの棹によって,顕著といえるほどの差異は感知できませんでした。

  つぎに開放弦のみの音を録音したデーターをSPWAVEによって視覚化すると,波形のうえでは4-1と4-3,そして4-2と4-4が似ており,一見2タイプ(くびれの多いものと,少ないもの)あるように思えるのですが,のちほど行った音階や試験演奏などの例から,より多くの音を摘出し,比較してゆくと,どの棹でも同じように二つのタイプの波形が見られることが分かってきました。

4-1開放弦4-2開放弦
4-3開放弦4-4開放弦

  この波形の違いは,工作や棹の材質の違いによるものではなく,演奏時のピッキングや楽器の姿勢によるもののようです。簡単に言うと,くびれの多い型は糸をうまく弾けているとき(楽器の姿勢も正位置で,響き線の効果もかかり,余韻の効いた音が出ている場合)で,そうでないときがもう一方のくびれの少ない型(響き線が効いていない)になるようです。

  月琴の「響き線」というのはコントロール不能な部品ですし,そのなかでも今回の試験胴に仕込んだ長い弧線の型は,扱いが難しい。楽器にかかるちょっとした姿勢のくずれやある種の振動の影響で,響き線の効きに大きな差が出てしまうのです……3号と同じ,影響の少ない直線型にしておけば良かったですね。

  ともあれ,波形のタイプは違っても,4本の棹によるそれぞれの音の撥弦から終束までの時間や,音量の上下限は,実際,ほとんど同じと言ってよく,結論としては,棹材に由来すると思えるような,特筆すべき差異は,音の上ではほとんどない,として良いようです。

棹4本
  つまり,月琴という楽器では,棹材の選択は,音色より楽器のバランスなど操作性のほうに関係があるものだと考えます。楽器としての音色の違いは,棹よりも,胴体の材質や加工・工作のほうに拠っており,三味線などの楽器ほど,影響はないということだと思います――まあ,月琴の棹は短いですしね。

  木地の素材感による,視覚的,触感的な部分も,本来の月琴では当然考慮されていると思われますが,胴材が同一(エコウッド,セミモノコック構造)で,表面を塗装することが前提の代用楽器・ウサ琴の製作においては,音色上の差異がこの程度なら,棹材というものは,さほど問題にしなくてもいい部分のようです。

  本を見ると,古い月琴もいちおう伝統的に使用する素材が決まっていたかのように書かれていますが,表裏の面板が桐なのをのぞけば,胴や棹は庵主がいままで見てきた例でも,檀木の類からはじまって,クリ,サクラ,クワ,エンジュなど,まあ楽器によく使われる材のほか,針葉樹をふくめた正体不明の雑多な木材で作られていた例もありましたから,つまりは弦を張って,曲がったり折れたりしないほどの,硬さや丈夫さのもならば,素材に関しては,さほど選好みしなくてもよい,ということなんでしょうねえ――よ~し,ウサ琴ではさらに安月琴を追求するぞ(笑)。

  これが分かっただけでも見っけもんです。



4号あとしまつ

追加胴
  さて,実験も終わり。

  残されたのは棹が4本と,まるい胴体が1コ。

  この胴体にあと3つ棹穴をあけて,どっかの怪獣みたいな楽器を作る,というテもないではありませんが。ともあれ結果を出してくれた棹たちに,敬意を表して。

  あと3つ,胴体をこさえました。

  追加ぶんの胴体の製作は,実際には棹塗装のちょっと前からやってたんですが,いささか急造ぎみで,試験胴と違って棹とのフィッティングも十分できなかったため,いざ棹を挿してみると,胴体と棹の中心線が合ってなくて,半月がわずかに傾いていたり,糸を張ってみると左右不均等になったりしてしまいました。

  一面などは,半月の取付位置が,正中から左右に1センチ以上ズレてしまっています。

  こうなると,棹元の調整だけでは修整がしきれません――

半月貼り直し(1)
  一度取付けた半月をへっぱがして,付け直しました。

  半月は糸の張力のかかる場所なので,庵主はいつもかなりしっかりと接着してしまっています。

  周囲を濡らすこと1時間以上。

  はじっこのほうに刃物を入れ,持ち上げるように揺すっては,できたわずかなスキマに筆でお湯をたらし,ニカワをゆるめながらハガしてゆきます。
  下地が柔らかい桐なので刃先をもぐりこませやすい反面,力を入れすぎると板が割れたりもしますからね,たいへんですが,少しづつ,慎重にハガしました。

  胴体と棹を一対一でもう一度,ちゃんとフイッティングをしてから,新しく楽器の中心線を出し,より正確な位置に半月を貼りなおします。

半月貼り直し(2)
  ただしこんどの場合は,胴体がすでに箱状になっているので,最初のときほどしっかりと接着することができません。
  半月の真下に,これを支えるようなかたちで下桁がある場合なら別でしょうが,こうした事態を考えていなかったため,そういう構造にはなっておらず,クランプで圧をかけすぎると,面板が割れてしまう可能性があります。

  半月のついていた部分は,さいしょの接着ですこし凹んでしまっています。
  まずは半月裏と面板がより密着しやすくするため,いつもより余計に接着面を均し,薄めに溶いたニカワをよく染ませて,半月の上と裏板に当て板を噛ませ,Fクランプでやさしーくしめつけました。

  そのまま一日以上おき,はずしてまた一日ほどたってから,糸をギリギリと強く張ってテスト。

  ちょっと心配でしたが,なんとか糸を張っても,半月がハガれてぶッ飛ばないくらいには,再接着,成功したようですよ。



付録・半月の取付について

半月貼り直し
  庵主のように胴体が半完成の状態のときにやるのか,あるいは胴体が完全な箱状になっている最後のほうでやるのか。月琴の製作工程において,テールピース――半月をどの段階で取付けるのか,これはいままでひとつのナゾでした。

  修理などで実際に見てきた例から考えると,古い月琴ではこのどちらのやりかたもされていたようですが,概していうなら,比較的高級な月琴では前者のものが,中級以下の量産月琴では,後者の例が多いように思われます。


9号早苗・半月
  これは,高級な楽器では,一つの楽器は棹と胴体が一対一の関係で,一貫して作られたのに対して,中級以下の量産品では,生産性をあげるため,今回の棹と追加胴のように,胴と棹がべつべつに作られ,あとで組み合わされることがあったのではないかと考えます。

  じっさい,量産品の月琴では,たんに各部品を同規格で別個に作った,というだけではなく,部品によって工作の精度がまったく違っていたりする場合も良く見られます。外注というカタチほどではないにせよ,家内分業のような形で,一部の部品の製作が家族や徒弟の手にゆだねられていた,というようなことはあったに違いありません。

彼氏月琴・半月
  こうした分割生産や分業制をはかった場合は,今回の追加胴の場合のように,じっさいに組み合わせてみないと,棹と胴の取付け具合がどうなっているのか正確には分かりません。

  棹と胴体のフィッティングは微妙な工作なので,わずかな工作のバラつきであっても,楽器の中心線が大きくズレてしまうことがありますが,この場合,半月の取付けを最後に回せば,あるていど大きな範囲で,弦の片方の端の位置を前後左右に調整できるので,棹・胴体,どちらかの加工に多少の問題があったとしても,楽器として使用可能なものに仕上げることが,比較的かんたんにできます。


半月貼り直し・参考
  最初から同一の正中線に沿って,棹も胴体も調整されながら作られてゆく場合と異なり,この工法では修整の結果,かならずしも楽器の中心線が,胴体を円と見た時の中心線とぴったり合うとは限らない場合もあるでしょう。そうするとその結果,左右が非対称な楽器ができたりするかもしれません。

  じっさい古い量産品の月琴には,そうした例がけっこう見られますね。

  また,オープンバックの状態で接着する場合には,半月に,面板の表裏から直接圧をかけることができるので,糸の張力のかかるこの部品を,よりしっかりと面板上に固定することが可能ですが,すでに胴体が中空の箱状になってしまっていると,その上からそれほど強い圧をかけることはできません。

  前者の接着方法をとった場合,そもそもこれが自然にハガれてしまうような事態は,まず考えられないのですが,やはり古物の量産品では,この大事な部品が浮いたり,完全にハガれてしまっている例をいくつか見たことがありますし,弾いている最中に半月が飛んできておデコに当たった人も知ってます。

ウサ2・半月接着
  たとえば今回の追加胴の修整でもそうだったのですが,強い圧をかけて接着した場合,半月をはずすのは一大作業で(「ゴッタン阮咸」の時に,どんなにしてもハガれないので切り取ったこともあります),その下には桐が圧縮されて,半月のカタチにわずかに凹んだ痕がついていましたが,ここが壊れてしまった古物の月琴で,そうした圧縮痕が見られたことはほとんどありません。

  一方,胴体がすでに箱として完成している状態で,なお半月により強い圧をかけ,接着するための手段としては,胴体内部の下桁を,半月の真下にくるよう配置する,というテが考えられます。

  その位置に下桁が渡っていれば,間に胴体をはさんだとしても,面板にあまり負担をかけずにかなり強い圧をかけることが可能になります。ただしこの場合は,桁の位置がかなり下のほうになってしまい,胴体の補強材としての役割上は,ややバランスを欠くことになるかもしれません。

月琴4号内部構造
  庵主は彼氏月琴や4号月琴の内部構造などは,そうした実例なのではないかと推測していますが,この下桁の配置については,響き線の形状との関係とか,ブレーシングというか音梁としての効果を狙ったものである可能性も考えられるので,必ずしもここで述べたように,半月接着時の補強が目的だとは言い切れません。

  この点に関しては,もう少し類証が必要かと。




4号あとしまつ・2

追加胴・内部構造
  さて庵主にとって,本来の意味での「ウサ琴4」というのは,実験のために作った棹4本と試験胴のことであって,後付の胴体による3面は,ショ○カーの再生怪人とか,アイスの当たりでもう一本,みたいなものなのですが,楽器として完成させたからにはこれも我が子。

  今回はいささか急造気味で,いままでのウサ琴からすると,多少アラの見える作りになっているかもしれませんが。半月付け直しという非常事態はあったものの,もともと棹の出来は悪くないので,どれもフレットの低い,比較的操作性の良い楽器に仕上がりました。


ウサ琴4-1
  4-1 糸倉:サクラ 棹:バーチ 指板:ニセ紫檀? 胴:追加作 鋼の弧線(コウモリ月琴のコピー)

  4面中もっとも操作性が良く感じられる。
  棹はやや太目で幅広だが,運指は滑らかで,最高音まではっきりと出る。
  バーチの棹はそれだけ手にとると,重たく,かなりヘッドヘビーな楽器になっているはずなのだが,じっさいに胴に挿して持ってみると,意外とバランスは良く,それほど気にならない。
  響き線はコウモリ月琴のコピーだが,オリジナルと比べ,少しばかりアールを深めにしてあるぶん線長があり,反応は良い。演奏時のノイズも少なく,4面中いっとう扱いやすい楽器に仕上がっている。


ウサ琴4-2
  4-2 糸倉:同上 棹:メイプル 指板:紫檀 胴:追加作 響き線:鋼の孤線(9号早苗ちゃんのコピー)

  その棹の細めなフォルムと本紫檀の指板は美しい。
  ただ,棹幅が細いため,糸間がややせまく感じられる。
  手の大きな人では,運指に多少の不満が出るかもしれない。
  開放弦での余韻は澄んで美しいが,高音低音のバランスが少し悪いのか,チューニングがやや微妙で難しい。

  操作性も音色も,ややクセのある楽器となった。

  響き線は試験胴のものほどではないにせよややノイズが出やすいが,線鳴りはすぐおさまるので,長い弧線としては比較的扱いやすいだろう。弦音に対する反応はやや鈍いようだが,響き線の効果がうまくかかったときには,どちらかというと直線タイプに近い,力強くコシのある余韻が出る。


ウサ琴4-3
  4-3 糸倉:同上 棹:クスノキ 指板:黒檀 胴:追加作 響き線: 響き線:2本直線(上・鋼/下・真鍮)

  棹背を少し削りすぎてしまったため,やや薄めの棹になってしまったが,操作上の問題はない,というよりはかなり扱いやすい楽器に仕上がった。
  乱れ杢,クスノキの棹は軽くて美しく,楽器として手に持った時のバランスは良い。
  直線の響き線はノイズが出にくいため,演奏姿勢をかなり自由にとることができ,少々暴れてもちゃんと余韻のついた音は出る。響き線の反応は良く,振幅の大きな,あたたかくやわらかな余韻がかかる。



ウサ琴4-3
  4-4 糸倉:ニューギニアウォルナット 棹:マコレ 指板:黒檀 胴:試験胴 響き線:鋼の孤線(彼氏月琴のコピー)

  銘:スピードスター

  試験に使った棹と試験胴を組み合わせたものだから,この一本が正真,「ウサ琴4」と呼べるものなのかもしれない。
  NWナットの糸倉とマコレの棹は,ほかの3本と違ってどちらも木地の色が濃いため,スオウ染めはしていないが,光線により透けてツーピースに見える木地色が,なかなかシャープで恰好が良い。
  糸倉がやや重く,しっかりと作った試験胴とともに機体は頑丈,フレット高も4面中もっとも低いが,操作性には少しクセが出た。敏感な響き線のせいもあいまって,やや扱いには難がある。
  ノイズは出やすいが,やはりこのタイプの響き線は,楽器の姿勢とピッキングがぴたりと合ったときに出る余韻が素晴らしい。もっとも「月琴らしい」という響きを持つ楽器である。
  室内でじっくりと弾きたい人にはよかろう。ステージ上で暴れたいムキには向かない。



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