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N氏の月琴(仮)3

NSHI_03.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)3

内部について

  さて,宝箱のふりしたミミックに驚かされたハナシばっかり書いててもイけません。
  作ったり修理したりするうえで,滅多にお目にかかれない,こういう楽器内部の情報が「お宝」であることには変わりありますまいて。

内部全景
■ 胴材:4枚接ぎ。

  材は花梨。最大厚 10,最小 6。

  凸凹継ぎにより接合。

  寸法はほとんど同じく,加工の精度は高い。
  内部の加工痕はかなり薄く細かく,挽回し鋸による加工後に,ヤスリ等でざっと均した様子。
  仕上げの際に出たと思われる,微細な木屑が,桁の隅などにたまっている。

  棹穴左右のヒビも左下接合部のも,内側にまでは達していません。貫通や剥離はしていないようです。


内桁(1)
■ 桁:上下2本。

  杉板と思われる。
  胴体の天から上桁までが 140,上桁から下桁まで139,下桁から楽器の地まで 58。

  上桁は 長 328,幅 30,厚 7。
  両端を左右胴材に彫られた溝にハメこんで固定。
  音孔左右2つ。

  下桁 長(最大) 260 幅 30,厚 7。
  基本的には上桁と同じ材からとった板と思われる。
  左右端を斜めに削ぎ落とし,胴内に直接接着。
  音孔真ん中に1つ。

  いづれも加工は荒く,中途半端にテキトウ。
  きちんと仕上げられているのは,面板との接着面だけといっても良い。

  ・ 上桁中央の棹茎を挿しこむ穴も,進入側はきっちりと四方にノミを入れているが,裏側には多少ムリヤリひきはがしたような痕。
  ・ 音孔の表面板側の線は鋸できちんと直線に切られているが,左右とその反対側はノミを荒く入れ,はぎとったようでガタガタ。
  ・ あちこちにササクレが立ち,下桁音孔の左端には大きな取り残しがある。
  ・ 下桁の両端の切り落としもやや雑で,胴材とちゃんとくっついていない。
  ・ 下桁の左端部分に割れ。
内桁(2)
内桁(3)


  いつも思うんですが,見えないからってここまで手を抜かなくても…ねえ。



■ 響き線:鋼の弧線,1本。

  基部は紫檀。おそらく棹の余り材と思われる。
  大きさは 25×22×13。
  上桁に接触する形で左胴裏面に接着されているが,表裏の面板とは接触しておらず,2ミリほどのスキマがある。

  響き線はその中央に細い丸釘でとめられており,基部から斜め下方に2センチほど出たところで弧を描く。
  太さ 0.8 ミリほど。長さは弦長で測って 285。アールの頂点で上桁から 100。

  小サビ,ところどころに浮くが健全。

  基部に調整によると思われる歪みが少し見られるものの,弧の部分にはほとんど歪みもなく,作りとしては悪くない。
  線自体がかなり細く,繊細であるため,弾いて出る音は大きくはないが,反応は良い。
響き線(1)
響き線(2)


棹茎
■ 棹茎:サクラかカバ。

  現在の取り付け状態とかについては前号参照。

  棹ホゾの寸法は 34×26×14。

  通常は杉や檜など,安価な針葉樹が使われることが多い部品だが,杢の入った,それなりに上質な材が用いられている。加工は良い。

  全長 140。基部で幅 23,厚 12。末端は幅 15,厚 8。棹ホゾにV字継ぎ。



■ そのほか:

表面板の裏がわ
 ・ 表面板の裏側に3箇所,ほか内桁や胴材の裏側にも数箇所,エンピツによる目当てや線引きが見られるが,作者の記名・墨書の類は残念ながらなかった。

 ・ この楽器の表面板の半月で隠されている部分にあけられている小孔は,おもてがわから見ても,比較的小さかった(直径3ミリほど)のだが,板裏から見ると,その上部1/3ほどは下桁の接着箇所にかかり,ふさがってしまっている。
   この小孔が何のためにあけられているかについては諸説あるが,なんにせよ,この楽器ではあまり役には立っていないように思う。



  かくデーター書き終わり。自作の折にでも,ご参照あれ。





修理作業開始!

棹/茎の分離(1)
  ここからがようやく,本当の修理ってやつですね。

  まずは棹をひっこ抜かなきゃどうにもなりませんが。

  茎(なかご)がズレたまんまでガッチリとくっついてしまっており,ちょっとやそっとじゃはずれてくれそうにはありません。

  胴体から棹を抜くためには,どうあっても,この茎と棹本体を分離しなくちゃなりませんが,手段としては。


  1)接合部のニカワをゆるめ,棹と茎に平和的に別れてもらう。
  2)刃物で接合部を切り離し,分割分離する。
  3)問答無用で茎をぶッた切る。


  という3パターンがございます。
  2)3)は刃物沙汰でイチバン話が早いし,作業も早い。

  普及品の月琴でよくあるよう,この茎材が今もたやすく手に入る杉や檜の類であったなら,迷わずたたッ切り,ポイして,交換しちゃってるところなんですが,今回の場合はここに,ちょっと質の良い広葉樹材が使われています。
  もっと高級品なら8号のように棹からムクで削り出し,もしくは棹と同材,ふつうの楽器なら安い針葉樹材を継いで構わないところに,あえてこういうものを付けたところには,この楽器の原作者の意図が何かしらあったはず。

  なるべくならばこのまま,このオリジナル部品を使いたいところですね。

  修理の本筋から言っても,1)が理想ではありますが,今回の場合,作業上いくつか難点があります。

  1) 一度くっついたニカワをユルませるには,第一に水分,できればそこに多少の温度が加わるとさらによろしい――ようするに,くっついてるあたりをお湯でまんべんなく,間断なく濡らし続ければいいわけですが,今回のこの場合,場所が場所なので,部材全体にお湯を含ませるのが難しいのです。

  2) とくに,棹ホゾの裏の部分なんて,筆やハケをもぐりこませるのにも苦労しそうですし,棹も茎もともに水の滲みこみの悪い,硬く密な材で作られているので,筆でコショコショとやってるくらいでは,どれほどの時間がかかるか知れたものではありません。

  3) もともとヤリにくいところへもって,作業が長くなればなるだけ,水垂れや湿度で,楽器のほかの接着部,関係のない箇所にまで支障が出る可能性が高くなってゆきます。裏板などはともかく,すぐそばの棹穴にはすでにヒビが入ってますので,いまここに余計な影響を与えたくはありません。


  もちろんお金があれば,強力なスチーム系の器具でぶぉーっとやって,短時間のうちに必要な箇所だけ確実にふやかしてしまう,という手もありましょうが,なにせそういう文明の道具がナイので有名な斗酒庵工房――家にありげなモノを使って,最善と思われる方法を考えてみました。

棹/茎の分離(1)
 1) まず接合部分の下に,ラップを敷きます。

 2) その上に脱脂綿を敷き詰め,お湯を垂らして湿らせます。

 3) 脱脂綿だけだと水の量に限界があるので,スポンジの欠片にお湯を含ませたのもいっしょに置いて,ラップを持ち上げ,包み込みます。

 4) あとは上下をタコ糸でしばり,密封。


  タコ糸でしばるときに水が少し漏れちゃいましたが,大事には至らず,余った脱脂綿で処理。

  これで筆の入らないような裏の部分も含め,該当箇所をまんべんなく,しかも手間なく長時間湿らせ続けることが出来ますし,さらに時々,この上からドライヤーで熱風を浴びせ,ラップしてレンジでチンしたときみたいに膨らむくらいまで温めてやり,お湿りの効果をあげてやりますた。

棹/茎の分離(2)
棹/茎の分離(3)


棹/茎の分離(4)
  半日ほど放置したところ,ニカワがユルみ,茎さんは平和裏にはずれてくださいやがりました。
  はずれた後の接合部をのぞくとこれがまあ,必要以上にべっとりとニカワが塗りつけてあります。

  何度か書きましたが,ニカワは薄いほうが接着が強固です。

  ニカワの層の両方にモノをくっつけるのじゃなく,ニカワの染みこんだ接着面同士をくっつけた場合,上手い人がやるとそりゃもう,分子レベルで結合してるんじゃないかと思うくらい,接着痕も見えず,ちょっとやそっと濡らしたくらいじゃハガレやしません。

  今回の場合,原作者さんの失敗は,ニカワがちゃんと固まる前に作業をしたこと,そしてさらにこの「着けすぎ」ですね。

  ニカワが薄ければ,接着面がきちんと噛み合わさっていないので,そもそもこんなふうにくっつかなかったと思うのですが,変に生乾きのうえ厚塗りだったもので,接着剤の層がかえってグリスみたいになって,茎を横スベリさせたのでしょう。



棹/茎の分離(5)
  まずは,無事はずれた棹と茎の接合部の,古いニカワをこそいできれいにし。
  部材がまだ湿っているうちに,ニカワを今度は「うすーく」染ませて再接着しました。

  接合部の工作自体はじつに丁寧で,ちゃんと組み合わせたら,ご覧のように,茎が棹ホゾの奥の奥まできっちりとはまります

  この状態で試しに棹穴に入れてみたら,そこもまた見事に「するぴた」,てカンジで……ほんとうに。これだけのウデを持っていながらなんであんな……orz。


  最後に,茎が本来の位置に,まっすぐになるように調整したら,当て板をしてクランプで固定。

  100年ぶりくらいだと思いますが。
  今度こそちゃんと組み立ててあげますからね。


  何はともあれ,まずは今回の修理,第一関門,突破,かな?





絃停をハガす

表面板清掃(1)
  まあ,商売でやっているわけではないので,それほどでもないとは思うのですが。

  それでも,自分でネオクで落とした楽器を修理するのと違い,他人様の楽器を扱う時には,いろいろと気を遣います。

  前も書きましたが,庵主は気が短いほうなので,修理でもバリバリーッ!とかドリドリーッ!ていうようなワイルドな行為が好きで,今回もうきーっ!とかがーっ!!てやっちゃいたいトコはイッパイあるんですけどね。


  なるべくオリジナルの部品・部材を使うところはいつもと変わりませんが,今回は依頼主よりのご指示にもより,さらに古色を損なわないような修理に挑戦します。


  次に待つ作業は,表面板上の諸物のひっぺがし。

  ――いやあ,カンタンに取れる取れる――さすが接着が下手だねえ。
  そして取れない部品は,かならず後の誰かさんの手が加わってやがりらっしゃいます。


第9フレット除去
  5~8フレット目までの取外しには,まったく支障がありません。
  周囲に筆で軽く水をしませるだけで,数秒で浮き上がり,つぎつぎとはずれてしまいます。

  第9フレットの接着は,たぶんセメダイン。
  水で濡らしても白くならない,カチカチした透明なやつでくっつけています。


  前にも書いたとおり,この9番目のフレットは,明清楽の月琴にはふつうないもので。
  剥がしてみると案の定,ほかのフレットの下にはあった原作者による目当てのケガキ線が,こいつにだけありません。

  おそらくですが,このフレットがへっつけてあったあたり,楽器の中心には,丸いお飾りが付けられていることがあります。
  たぶんそういう飾りがとれた痕を隠すために,こんな蛇足のフレットをへっつけたんじゃないでしょか。


目摂除去
  右の目摂は,ほぼ濡らしたとたんに,「ポン」とはずれてきたんですが,左目摂がまた手強い。

  右目摂はもともと傷ひとつありませんでしたが,この左の目摂には,割れたり欠けたりしたのを,直した痕が見られます。
  後に修理の手が入っていることは間違いありません。

  30分ばかり格闘したあと,はずれたのを裏返してみると,やはり,ほぼ裏全面にボンドを塗ったくった痕が…orz。



  さて,再接着やクリーニングの作業でジャマになる,面板上の諸物の除去。
  残るは「絃停」だけとなりました。

  オリジナルではヘビの皮を貼っていることが多いのですが,明治のころには,女性がよく弾いた楽器なんで,ヘビが嫌いなムキも多かったと見え,実際に演奏されていた楽器ではよく,庵主がやっているように,これを錦裂や金襴の類にはりかえてしまっている例も少なくはありません。

  お飾り月琴の場合も,どっかにしまわれているうちに,たいていはネズ公や虫に食べられちゃったりするのがふつうなので,これがほぼオリジナルのまま,ここまで残っている例はあまり見たことがありません。

  依頼サイドからも残して欲しい旨の申し出があったので,今回は努力してみま~す。

  とはいえ――もとが薄い生皮なんで,ただでさえ原型をとどめたまま剥がすのが難しいんですよ,コレ。

絃停除去(1)
  そこへ来て…木工さんですよボンドさんですよ真っ白いやつですよドクロちゃんのクラブ活動ですよ!

  左右にそりゃもうべったりと。

  いつもならベリベリッ!とハガして,木工ボンドこそぎにかかるところですが,今回はそうはいかない。
  お湯を含ませ,低温にした焼き鏝でゆるゆると温めながら,少しづつ……2時間以上,かかりましたとさ。


絃停除去(2)
  それでもまあヘビ皮の絃停を,ほぼ原型をとどめたまま剥がすのに成功しました。

  とにかくはがれてしまえば,古いとはいえ丈夫な皮革,扱いはそれほど難しくありません。

  裏についたボンドや表のヨゴレをぬるま湯の中でキレイに洗って,濡れているうちによく伸ばし,和紙で裏打ちして,板にはさめて乾燥しております。

  さすがに,ハガすとき少し四辺を傷めてしまったので,貼りなおすとなると多少切り詰めなければなりますまいが,劣化もあまりしておらず,表面もきれいな状態ですし,うまくゆけば,じゅうぶんに再利用が可能でしょう。


絃停除去(3)
  ヘビ皮を剥がした痕を始末していて気がついたんですが,この白くなった木工ボンドの下に,つまりその前に一度,別の接着剤で着けようとしたた痕がありますね。

  絃停の周囲に,茶色というか汚いオレンジ色のシミや汚れがついているんですが,それはどうやらその最初の接着によるもののようです。

  いまひとつ,正体の分からないものなのですが,何かゆるい,ゴム系の接着剤のような気がします。

  一部は木地に染みこんでしまっており,完全な除去には到りませんでした…ザンネン。

絃停除去(4)
  つねづね言ってるし,いちおう心がけてることなんですが。

  修理や製作をするとき気をつけなきゃならないことは,その作業が「次のヒト」のメイワクにならないようにすることです。

  下手でもいいんです,まだしも。
  雑でもいいんです,まだしも。
  でもやるなら,その前にちゃんと,勉強を。

  庵主が接着にボンドでなくニカワを使うのも,それが強度で劣っても,何度でも貼りなおして,ずっと使い続けることができるからです。
  ボンドで貼った箇所はたしかにはずれにくい。
  けれどはずれる時には,そして何らかの理由ではずさなきゃならなくなった時には,かならず本体や他の部品に少なからぬダメージを与えます。

  どちらのモノが,より長く生きながらえられるでしょうか?

  むかし親方が言ってたんですが,良い職人というのは「絶対に壊れない」モノを目指すヒトではなくて,「壊れるべき時に壊れるべきところが壊れる」モノを作れるヒトなんだそうで。

  作ったからには,修理するからには,その楽器がより長く,少なくとも自分よりは後まで,元気でこの世にありつづけることを,庵主は願います。


  いー感じの言葉を吐きやがったところで,修理担当者から,最後に一言。

  こんなふうにボンドを使って「修理」するみなさァん…いいですかあ。
  こういう真似をすると,こういう知らないところで,罵られたり,嘲られたり,蔑まれたり,怨まれたり,恨まれたり,呪われたりしますからねえ。

  ワタシとっては,あなたがシロウトだろうがクロウトだろうがかんけーはありません――夜中にうなされたり,金縛られたり,おシッコが近くなったりするのがおイヤなら,くれぐれもお気をおつけになりやがってくださあい。

  あー,少しスッキリした。

N氏の月琴(仮)2

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斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)2

  依頼主より,この月琴の正式な名前がとどきました。

  命名:「乙女月琴」。

  月琴を弾くきっかけとなった龍馬さんにちなんで,とのこと。

  うむ,いいのじゃないでしょうか,お姉さん月琴……あ,でも,そういえば。ウチのウサこどもは「 F 女子月琴」て呼ばれてるなあ。  一人,貴 F 人がオーナーで弾いてるし,イイ男だと出る音が違うとか。
  「乙女」といえば,今は I 袋の,アノ通りを――いやいや(汗)。



修理への助走

  さて,修理を開始します。
  今度の作業は,表面板のオープンがメイン――久し振りの大ごとであります。

  とはいえ,庵主は瞬発力のないタイプなので,スタートダッシュが悪い。
  大事の前に,ちょいと助走をつけておいたほうが,より精密な作業が続けられるかと。

  今回はまず手慣らしに,軸を削ることにしました。

  いちおう4本そろってはいますが,一本だけ材質や工作が違うのが雑じっています。
  その後補の軸も出来は悪くなく,そのままでも使用上さほどの問題はないようですが。
  まあこれだけの上級楽器,せっかくですからカタチだけでも揃えておきましょう。

  ちょうどウサ琴の第5弾の製作を開始したところで,四面落しした材料が床のあちこちに転がっております。

軸(1)
  材質はスダジイ,長さをオリジナルの一本に合わせて,削りまくります。
  ウサのだと,いつもは 「揃っていればいいや」 程度の工作なんですが。
  先端は何度も糸倉と合わせながら,きちんと収まるように。
  握りはオリジナルを横において,はじめは目で,最後のほうは手で触って,感触を確かめながら削り込んでゆきます。

  2時間ぐらいで完成!

軸(2)
  それにしても,この楽器の軸の「ミカン溝」は深いですねえ。

  いつもはこの溝,百均の棒ヤスリの細いので入れているんですが,それだとぜんぜん間に合いませんので,両刃の目立てヤスリでさらに深く彫り込みました。
  うちにあったヤスリが少々小さいもので,溝がわずかに細いですが,まあ,こんなものでしょう。

  空砥ぎペーパーの番手をあげて,表面を磨いたら,オハグロベンガラを何度か塗って黒染めしておきましょう。この時点ではフラットなステルス戦闘機色をしていますが,あとは塗装してピカピカにしますね。

  さてウォームアップも終わったことだし。
  いよいよメイン作業に入りますか!





何が出るかな?オープン修理

  はじめに,表面板のハガレてるところをちょっと広げ,そのスキマから,棹穴の上の胴材あたりまでを観察してみたのですが,べつだん何もない。

  棹を抜こうとしたときの感触から言うと,ちょうどそのあたりに何かひっかかるものがある感じなのですが,クギとかクサビのようなものは見えません。

表面板をハガす(1)
  さて…何はともあれこうなると,表面板を剥がさない限りは,それがどうしてなのかも分かりません。 棹穴のヒビの状態もちゃんと確かめなければいけないので,やはりオープン修理ですね。

  棹との接合部付近の左右がハガレてますので,刃物を二本挿し,水を垂らしながらさらに広げてゆきます。
  ニカワの扱いが上手な人だと,このくらいでもハガすのに苦労があるのですが,この原作者,ニカワづけがそれほど上手くないらしく, ぱりぱりぱり,と,1時間ほどで刃物が一周。

  けっこう簡単にはがれました。

  最後に内桁から剥がすため,曲尺をつっこんで胴体を引き通します。

  ――さあて,楽器の内部は宝箱!――


表面板をハガす(2)
  …ミミックでした。


  なんと,楽器の内部で,茎が左へ5ミリほどズレたまんま,ガッチリとくっついていらっしゃいます。
  庵主もずいぶんと月琴のハラワタを覗いてきましたが,こういうのはさすがに初めてだなあ。

  初モノを拝むと寿命がのびるんだそうな。


  ――鶴亀,鶴亀。

ズレ(1)
  いやはや,これならぜったい抜けるわけございません。
  まずはこうなった原因を,推測してみることとしました。


  1)後の修理者が,茎が抜けたり折れたり(けっこうある)のを,適当に再接着し,しかも着いていないうちに挿し込んだ。

  …うむ,まず接着はニカワです。

  楽器を知らない骨董屋さんやシロウトさんだと,木工ボンドとかセメダイン,アロンアルファの類でくっつけていることが多いですね。

  また,再接着の場合,たいていはオリジナルの接着痕や,調整や再加工した痕が,何かしら残っていることが多いのですが,この接着部はキレイです。

  前回推測したように,この楽器は主にお飾りとして使われていた模様なのですが,もしそういう状態で,茎が抜けたまま放置されたような場合,ユルんだ棹穴のスキマから胴内にホコリや汚れが侵入していることが多いのですが…内部はキレイですね。

  オリジナルで,胴材内部を仕上げたときに出た細かな木屑が,桁の隅っこに固まっているくらいで,外からの汚れはほとんど入っていない感じですし,桁材の色や状態からしても,この楽器の内部は,製作当初から今日まで,ほぼ密閉状態のままだったと思われます。

ズレ(2)
ズレ(3)


  つまり,この楽器はいままで,そういう内部構造にかかわる「修理」をされたことはないようだ,ということなんですね。

  そいでは推測,その2――

  2)これはこういう構造にワザとして,棹が抜けないように工夫しているのである。

  …と言われてもなあ。
  だいたいアナタ,この状況,どうやって作り出します?


  どうやってもこの状態で棹穴から挿しこむのは不可能ですから,茎を胴に押し込んでから,棹本体を入れ,手探りで,上手い具合に中途半端なところで接合する――まあ,出来なくはありませんが,かなり難しいでしょうなあ。
  とくに,見えない内桁のホゾ穴に,茎だけをここまでしっかりと埋め込む方法が,ワタシには思いつきません。


  月琴の棹はふつう,三味線と同じように,抜けるようになっているモノです。

  あまりそういう事態はなかったようですが,この構造だと,弦の張力によって反りや曲がりが生じた場合の調整や,イザ棹が壊れたとなればまるっと交換したりすることもできます。流行していたころは,最初,安い材料の棹で買って,後に高い紫檀や黒檀のものに,棹だけすげ替える,なんてこともあったかもしれません。

  そもそも 「棹が抜けないように」 というだけなら,前回も言ったように,棹ホゾと接合部にニカワを塗りこんで,完全に固定してしまったほうがはるかにラクですね。

  そうすると,この工作自体には,あまりメリットが考えられない。

表面板をハガす(3)

  えー,結論としましては。

  この職人さんは,よほど急いでいたのかなあ――――と。
  納期が迫ってたとか,ムスメさんの結婚式が近かったとか。

  「てやんでえ!ニカワも塗ったし,棹もがっちり突っ込んだ…これでヨシっと。
  おおっと,もうこんな時間じゃあねえか!どれ,ちょいと出てくるぜいっ!」


  ――てとこで長屋を飛び出していった留さん(仮名)でしたが,
  残された月琴の内部で,やがて悲劇が…

  棹はたしかに根元まで,しっかり収まっています。
  ニカワがユルかったんでしょうかね。
  茎は内桁の穴にちゃんとハマり,棹ホゾもまっすぐ入っているものの,二つの部品をつなぐ部分はいまだ完全には乾いておらず。上から押し込まれたときの圧力によって,そこを中心に,茎だけが横方向にうにょーっ,とズレ,そのままくっついてしまったのだたのだたのだたのだ…………

表面板をハガす(4)
  庵主,これだけ何本も修理してまいりますと,原作者の「手ヌキ」と思われる加工なぞは,ハイ,そりゃもう結構,しょっちゅう目にいたしております。

  しかし,こういう――あきらかな失敗――というものは,ええ,はじめて見ましたねえ。

  まあ,そもそも月琴の棹をしょっちゅう抜くという人も,そういなかったようですし。よほどのことでもなく,気がつかなきゃ,それはそれで済むかと。

  先にも触れたように,この楽器,実際の演奏には使われなかったようなんですが,もしかすると失敗作(でも外見はうまくいった)ゆえに,楽器屋のカンバン娘でもしていたのかもしれませんね。

N氏の月琴(仮)1

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斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴 (仮)1

  今回の楽器は,リュート奏者の方からの依頼。
  ちなみに「月琴」は,リュート属ギター目に分類されます――楽器学上はね。

  まだ銘がないので仮称「N氏の月琴」。
  はやく名前付けないと,「ボッコちゃん」とか,ヘンな名前テキトウに付けて,定着させちゃうぞ~い。



観察・採寸

  まずは採寸と簡見から。

修理前・全体
  全長 645  全幅 346  胴厚 38  有効弦長 415


蓮頭
■ 蓮頭: 色の濃い紅木紫檀。オリジナル,破損ナシ。

   85×55×最大厚10。
   よくある透かし彫りのデザインだが,かなり紋様化されているものの,伝統的なコウモリの意匠の目や羽のフォルムを微妙に残している。


軸(1)
■ 軸:4本アリ。長 110±1,太 26-28。

   上から2本はオリジナルと思われる。
   材質は唐木ではなく,硬木を黒染めしたものと思われる。
   ミカン溝深し。

   090117修正:染めではなくムクのマグロ黒檀でした。

   3本目は後補,材質はタガヤサン。
   軸尻に象牙のポッチ。ほかの楽器から移したものであろう。

   4本目はオリジナルと同じ手だが,わずかに細く,後補の可能性なきにしもあらず。

   上2本,オリジナルの軸にヒビあり。
   最上のものは先端から握りの中央ほどまで,軸のほぼ中心を走る。
   2番目のものは糸穴を中心に些少。
   いづれもさしあたっての使用に,さほど支障はないものと思われる。


糸倉・棹(1)
■ 糸倉~棹:  全棹長(蓮頭含む) 300。

   材は紫檀,縞目のややキツい材だがほぼ柾目。
   糸倉の天までムクの一木作り。
   ほぼ無傷,ただし胴体から抜けないため,茎の状態は不明。

  糸倉: 長 150(蓮頭を除く) 幅 32。
   糸倉側部の平均幅は 30。
   アールの頂点は,棹の水平面から 76。
   弦池は 長 100 幅 13。

  棹: 指板はナシ。指板に相当する部分は,長 150。
   胴体に向かってわずかに末広がりになる。
   幅は糸倉とのくびれの部分で 26,胴体との接合部付近で 32。

   断面は底部の丸いカマボコ型,裏はほぼ直線で,最大太は 32,最小が 22。

   棹上に山口,第1,第3フレット残。
   おそらくオリジナル。象牙にしては白っぽく,ともに練物ではないかと思われる。

   090117修正:棹上の2本と山口はともに鹿角。

   第1フレットに再接着痕,ボンドか?
   第2・第4フレットは欠損。 接着痕のみ残る。

糸倉・棹(2)
糸倉・棹(3)

■ 胴体: 側部はおそらく花梨。凸凹接ぎによる接合,工作良くユルみなし。

   楽器表から見て左下接合部に小ヒビ。貫通,遊離はしていない模様。落下による破損か。
   棹穴を中心に表板側左右にヒビ走る。貫通はしておらず,剥離には至っていないが修理はなされていない様子。棹を動かすと拡がる。

胴体左下 棹穴ヒビ/表面板ハガレ
■ 表面板: 厚 4.5。かなり目の詰んだ桐の柾目板。

   棹との接合部付近に,胴体からのハガレ。
   ほぼ胴体天の板の全幅に渉る。

表面板

  目摂: 左右オリジナル。材質は不明だが,檀木の類ではなく,軸と同じ黒染めと思われる。

   出品者は「向日葵」と書いていたが,意匠は菊。
   かなり図案化され,蘂の部分がやや大きくなっている。

   左目摂下辺にヒビ,補修痕アリ。
   090117修正:軸と同じく塗りではなく,マグロ黒檀の板でした。

  扇飾: 棹・半月と同じ素材。紫檀と思われる。無傷。
   小ぶりで,8号などについていたと思われるものと同様の紋様。

胴上フレット
  フレット: 胴体上には4本残,ただし最終フレットには疑念アリ。

   おそらくは本物の象牙ではないかと考えるが,不明。
   090117修正:象牙でした。

   欠損したものの痕も含めると,9本ついていたことになる。
   明清楽の月琴におけるフレットの追加というものは,書物の記述上ではないでもないが,あまりほかに実例を見ない。

   またこの9本目のフレットは,通常の最終フレットである第8フレットよりも背が高く加工されているので,演奏のために追加されたとは考えられない。
   さらにこれが胴上に残る他のフレットとは材質が少々異なること,またその接着がニカワではなく,ボンドの類によるものらしいことを考え合わせ,後の何者かによる蛇足的補修と思われる。

絃停/半月
  絃停: ニシキヘビの皮。120×83。
   経年による変色はしているが,ほぼ原型のまま,完全なカタチで残っているものは珍しい。
   周囲にニカワによる補修のシミが見られることから,数度貼り直しがなされていると思われる。

  半月: 100×46 のほぼ半円形。
   棹や扇飾りと同じく紫檀。
   形態はごくポピュラーな板状半月だが,表面に花の飾り彫り。
   糸穴にも象牙の丸板を埋め込むなど手が込んでおり,細工は緻密で美しい。
   象牙板に少イタミあるも,ほぼ健全。取り付けにもウキ,ハガレはない。

■ 裏面板: 厚 表と同様。

    表面板よりは落ちるがほぼ柾目に近い,比較的良質な板が使われている。目だった損傷はナシ。


■ その他:

  ・ 表面板に2箇所,裏面板に3箇所,虫食い穴を確認できるが,いづれもさしたる食損にまでは至っていない様子。

  ・ 楽器右端,目摂のすぐ横あたりに,ヒビか虫食いの補修痕,長約 700。木糞を充填したものと思われる。

  ・ 目摂,フレットの周囲に変色があるのは,おそらく一度表面を水拭きされた結果と考えられる。

表板補填痕 裏板虫食い穴 目摂周囲のシミ



簡見による推測

第4フレット痕
  第4フレットの痕が,棹上にあること。
  棹にテーバーがついてやや長く,胴径がやや大きく,厚みが薄いこと。
  また表面板に柾目板が使われていることなどの特徴から見て,明治後期の大型月琴と思われる。

  胴体が棹より一段落ちる花梨,軸や左右の目摂が唐木でないようだというあたりから考えると,最上級,特注品とまではいかないようだが,細工宜しく,当時においてもかなりの上級品であったと推測される。

  山口には糸溝が切られており,糸倉の姿,また棹裏の直線的なフォルムなどから見ても,実用楽器として作られたことは間違いないと思われるが,面板上等に演奏による使用痕がほとんど確認できないことから,実演奏には使われず,長期間,カンバンもしくは飾り物として使われていた可能性が高い。



要修理箇所

斜めから

  現状での観察より確実なのは,

 1)棹穴左右のヒビの補修。

 2)後補の軸1本の再製作。

 3)第9フレットの排除,ならびに欠損フレットの再製作。

  の3点。

  ただし棹が抜けないので,茎,また内部の状態が不明である。

  通常,月琴の棹は三味線と同様に胴体に挿し込んであるだけで,抜けるのが正常である。

  いままで修理した中には,棹材に茎(なかご)を継がず,棹ホゾを竹釘で固定しているという例が確かにあった(「おりょうさんの月琴」参照)。
  今回の事態が同様の構造によるものであるならば,棹が抜けないことも納得はゆくが,この構造は月琴という楽器の工作としては,あまり一般的なものとは言えず,あくまで安価な普及品において,工作を簡略化するための方便と考えられるため,ここまで凝った作りの楽器においては,まずありえないと思う。

ここまでは抜ける
  次に,これが修理などの事情により,棹を固定したものならば,まったく動かないようにするはずで,かなりたやすく5ミリほども動くというのは,かえって不自然な状態である。

  接着による完全固定より,このような中途半端な状態を作り出すほうが,工作としては複雑で難しい。
  しかもメリットが何も考えられない。

  したがって現段階では,意図された構造・工作ではなく,修理者もしくは原作者による,何らかの工作不良が原因となっている可能性のほうが高いものと推測される。

棹穴のヒビ(右)
  計測したところ,現状でこの棹は,山口のところで,表面板がわに約3ミリお辞儀した状態になっている。これが棹穴のヒビによるものなのか,あるいは茎など内部構造に原因があるのかは分からないが,今までの経験から言って,この状態での正常なチューニングは難しく,また張弦によって事態がどう進行するのかも分からない。

  棹が抜けない原因,また内部の状態を知るためだけならば,表面板棹穴付近にあるハガレをもうすこし広げるだけで良いと思うが,どちらにせよ,1)の修理を完璧にするためには,表面板をはがさなければならないだろう。

  したがって今回は,表面板剥離後,内部の状態を精査した後に,再度,より正確な修理方針をたてたいと考えるものである。



  ふうう。
  なんか久しぶりにマジメそうな文章書いたら疲れたなあ。
  要するに――

  「いやあなんか棹抜けねし,分がんねわ。ひっぺがして調べてみるね~。」

  ――ということですね。
  久しぶりのオープン修理――まあ早苗ちゃんは「分解再生」でしたからちょっと違ったし――楽器も良いし,緊張します。

  古い楽器は宝箱。

  たまにミミックだったりもします。

  さてさて。何が出るかな,何がでるかな?


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