N氏の月琴(仮)1
N氏の月琴 (仮)1
今回の楽器は,リュート奏者の方からの依頼。
観察・採寸ちなみに「月琴」は,リュート属ギター目に分類されます――楽器学上はね。 まだ銘がないので仮称「N氏の月琴」。 はやく名前付けないと,「ボッコちゃん」とか,ヘンな名前テキトウに付けて,定着させちゃうぞ~い。 まずは採寸と簡見から。 全長 645 全幅 346 胴厚 38 有効弦長 415 ■ 蓮頭: 色の濃い紅木紫檀。オリジナル,破損ナシ。 85×55×最大厚10。 よくある透かし彫りのデザインだが,かなり紋様化されているものの,伝統的なコウモリの意匠の目や羽のフォルムを微妙に残している。 ■ 軸:4本アリ。長 110±1,太 26-28。 上から2本はオリジナルと思われる。 材質は唐木ではなく, ミカン溝深し。 090117修正:染めではなくムクのマグロ黒檀でした。 3本目は後補,材質はタガヤサン。 軸尻に象牙のポッチ。ほかの楽器から移したものであろう。 4本目はオリジナルと同じ手だが,わずかに細く,後補の可能性なきにしもあらず。 上2本,オリジナルの軸にヒビあり。 最上のものは先端から握りの中央ほどまで,軸のほぼ中心を走る。 2番目のものは糸穴を中心に些少。 いづれもさしあたっての使用に,さほど支障はないものと思われる。
■ 胴体: 側部はおそらく花梨。凸凹接ぎによる接合,工作良くユルみなし。 楽器表から見て左下接合部に小ヒビ。貫通,遊離はしていない模様。落下による破損か。 棹穴を中心に表板側左右にヒビ走る。貫通はしておらず,剥離には至っていないが修理はなされていない様子。棹を動かすと拡がる。 ■ 表面板: 厚 4.5。かなり目の詰んだ桐の柾目板。 棹との接合部付近に,胴体からのハガレ。 ほぼ胴体天の板の全幅に渉る。 目摂: 左右オリジナル。材質は不明だが,檀木の類ではなく, 出品者は「向日葵」と書いていたが,意匠は菊。 かなり図案化され,蘂の部分がやや大きくなっている。 左目摂下辺にヒビ,補修痕アリ。 090117修正:軸と同じく塗りではなく,マグロ黒檀の板でした。 扇飾: 棹・半月と同じ素材。紫檀と思われる。無傷。 小ぶりで,8号などについていたと思われるものと同様の紋様。 フレット: 胴体上には4本残,ただし最終フレットには疑念アリ。 090117修正:象牙でした。 欠損したものの痕も含めると,9本ついていたことになる。 明清楽の月琴におけるフレットの追加というものは,書物の記述上ではないでもないが,あまりほかに実例を見ない。 またこの9本目のフレットは,通常の最終フレットである第8フレットよりも背が高く加工されているので,演奏のために追加されたとは考えられない。 さらにこれが胴上に残る他のフレットとは材質が少々異なること,またその接着がニカワではなく,ボンドの類によるものらしいことを考え合わせ,後の何者かによる蛇足的補修と思われる。 絃停: ニシキヘビの皮。120×83。 経年による変色はしているが,ほぼ原型のまま,完全なカタチで残っているものは珍しい。 周囲にニカワによる補修のシミが見られることから,数度貼り直しがなされていると思われる。 半月: 100×46 のほぼ半円形。 棹や扇飾りと同じく紫檀。 形態はごくポピュラーな板状半月だが,表面に花の飾り彫り。 糸穴にも象牙の丸板を埋め込むなど手が込んでおり,細工は緻密で美しい。 象牙板に少イタミあるも,ほぼ健全。取り付けにもウキ,ハガレはない。 ■ 裏面板: 厚 表と同様。 表面板よりは落ちるがほぼ柾目に近い,比較的良質な板が使われている。目だった損傷はナシ。 ■ その他: ・ 表面板に2箇所,裏面板に3箇所,虫食い穴を確認できるが,いづれもさしたる食損にまでは至っていない様子。 ・ 楽器右端,目摂のすぐ横あたりに,ヒビか虫食いの補修痕,長約 700。木糞を充填したものと思われる。 ・ 目摂,フレットの周囲に変色があるのは,おそらく一度表面を水拭きされた結果と考えられる。 簡見による推測 第4フレットの痕が,棹上にあること。 棹にテーバーがついてやや長く,胴径がやや大きく,厚みが薄いこと。 また表面板に柾目板が使われていることなどの特徴から見て,明治後期の大型月琴と思われる。 胴体が棹より一段落ちる花梨,軸や左右の目摂が唐木でないようだというあたりから考えると,最上級,特注品とまではいかないようだが,細工宜しく,当時においてもかなりの上級品であったと推測される。 山口には糸溝が切られており,糸倉の姿,また棹裏の直線的なフォルムなどから見ても,実用楽器として作られたことは間違いないと思われるが,面板上等に演奏による使用痕がほとんど確認できないことから,実演奏には使われず,長期間,カンバンもしくは飾り物として使われていた可能性が高い。 要修理箇所 現状での観察より確実なのは, 1)棹穴左右のヒビの補修。 2)後補の軸1本の再製作。 3)第9フレットの排除,ならびに欠損フレットの再製作。 の3点。 ただし棹が抜けないので,茎,また内部の状態が不明である。 通常,月琴の棹は三味線と同様に胴体に挿し込んであるだけで,抜けるのが正常である。 いままで修理した中には,棹材に茎(なかご)を継がず,棹ホゾを竹釘で固定しているという例が確かにあった(「おりょうさんの月琴」参照)。 今回の事態が同様の構造によるものであるならば,棹が抜けないことも納得はゆくが,この構造は月琴という楽器の工作としては,あまり一般的なものとは言えず,あくまで安価な普及品において,工作を簡略化するための方便と考えられるため,ここまで凝った作りの楽器においては,まずありえないと思う。 次に,これが修理などの事情により,棹を固定したものならば,まったく動かないようにするはずで,かなりたやすく5ミリほども動くというのは,かえって不自然な状態である。 接着による完全固定より,このような中途半端な状態を作り出すほうが,工作としては複雑で難しい。 しかもメリットが何も考えられない。 したがって現段階では,意図された構造・工作ではなく,修理者もしくは原作者による,何らかの工作不良が原因となっている可能性のほうが高いものと推測される。 計測したところ,現状でこの棹は,山口のところで,表面板がわに約3ミリお辞儀した状態になっている。これが棹穴のヒビによるものなのか,あるいは茎など内部構造に原因があるのかは分からないが,今までの経験から言って,この状態での正常なチューニングは難しく,また張弦によって事態がどう進行するのかも分からない。 棹が抜けない原因,また内部の状態を知るためだけならば,表面板棹穴付近にあるハガレをもうすこし広げるだけで良いと思うが,どちらにせよ,1)の修理を完璧にするためには,表面板をはがさなければならないだろう。 したがって今回は,表面板剥離後,内部の状態を精査した後に,再度,より正確な修理方針をたてたいと考えるものである。 ふうう。 なんか久しぶりにマジメそうな文章書いたら疲れたなあ。 要するに―― 「いやあなんか棹抜けねし,分がんねわ。ひっぺがして調べてみるね~。」 ――ということですね。 久しぶりのオープン修理――まあ早苗ちゃんは「分解再生」でしたからちょっと違ったし――楽器も良いし,緊張します。 古い楽器は宝箱。 たまにミミックだったりもします。 さてさて。何が出るかな,何がでるかな? |