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N氏の月琴(仮)3

NSHI_03.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)3

内部について

  さて,宝箱のふりしたミミックに驚かされたハナシばっかり書いててもイけません。
  作ったり修理したりするうえで,滅多にお目にかかれない,こういう楽器内部の情報が「お宝」であることには変わりありますまいて。

内部全景
■ 胴材:4枚接ぎ。

  材は花梨。最大厚 10,最小 6。

  凸凹継ぎにより接合。

  寸法はほとんど同じく,加工の精度は高い。
  内部の加工痕はかなり薄く細かく,挽回し鋸による加工後に,ヤスリ等でざっと均した様子。
  仕上げの際に出たと思われる,微細な木屑が,桁の隅などにたまっている。

  棹穴左右のヒビも左下接合部のも,内側にまでは達していません。貫通や剥離はしていないようです。


内桁(1)
■ 桁:上下2本。

  杉板と思われる。
  胴体の天から上桁までが 140,上桁から下桁まで139,下桁から楽器の地まで 58。

  上桁は 長 328,幅 30,厚 7。
  両端を左右胴材に彫られた溝にハメこんで固定。
  音孔左右2つ。

  下桁 長(最大) 260 幅 30,厚 7。
  基本的には上桁と同じ材からとった板と思われる。
  左右端を斜めに削ぎ落とし,胴内に直接接着。
  音孔真ん中に1つ。

  いづれも加工は荒く,中途半端にテキトウ。
  きちんと仕上げられているのは,面板との接着面だけといっても良い。

  ・ 上桁中央の棹茎を挿しこむ穴も,進入側はきっちりと四方にノミを入れているが,裏側には多少ムリヤリひきはがしたような痕。
  ・ 音孔の表面板側の線は鋸できちんと直線に切られているが,左右とその反対側はノミを荒く入れ,はぎとったようでガタガタ。
  ・ あちこちにササクレが立ち,下桁音孔の左端には大きな取り残しがある。
  ・ 下桁の両端の切り落としもやや雑で,胴材とちゃんとくっついていない。
  ・ 下桁の左端部分に割れ。
内桁(2)
内桁(3)


  いつも思うんですが,見えないからってここまで手を抜かなくても…ねえ。



■ 響き線:鋼の弧線,1本。

  基部は紫檀。おそらく棹の余り材と思われる。
  大きさは 25×22×13。
  上桁に接触する形で左胴裏面に接着されているが,表裏の面板とは接触しておらず,2ミリほどのスキマがある。

  響き線はその中央に細い丸釘でとめられており,基部から斜め下方に2センチほど出たところで弧を描く。
  太さ 0.8 ミリほど。長さは弦長で測って 285。アールの頂点で上桁から 100。

  小サビ,ところどころに浮くが健全。

  基部に調整によると思われる歪みが少し見られるものの,弧の部分にはほとんど歪みもなく,作りとしては悪くない。
  線自体がかなり細く,繊細であるため,弾いて出る音は大きくはないが,反応は良い。
響き線(1)
響き線(2)


棹茎
■ 棹茎:サクラかカバ。

  現在の取り付け状態とかについては前号参照。

  棹ホゾの寸法は 34×26×14。

  通常は杉や檜など,安価な針葉樹が使われることが多い部品だが,杢の入った,それなりに上質な材が用いられている。加工は良い。

  全長 140。基部で幅 23,厚 12。末端は幅 15,厚 8。棹ホゾにV字継ぎ。



■ そのほか:

表面板の裏がわ
 ・ 表面板の裏側に3箇所,ほか内桁や胴材の裏側にも数箇所,エンピツによる目当てや線引きが見られるが,作者の記名・墨書の類は残念ながらなかった。

 ・ この楽器の表面板の半月で隠されている部分にあけられている小孔は,おもてがわから見ても,比較的小さかった(直径3ミリほど)のだが,板裏から見ると,その上部1/3ほどは下桁の接着箇所にかかり,ふさがってしまっている。
   この小孔が何のためにあけられているかについては諸説あるが,なんにせよ,この楽器ではあまり役には立っていないように思う。



  かくデーター書き終わり。自作の折にでも,ご参照あれ。





修理作業開始!

棹/茎の分離(1)
  ここからがようやく,本当の修理ってやつですね。

  まずは棹をひっこ抜かなきゃどうにもなりませんが。

  茎(なかご)がズレたまんまでガッチリとくっついてしまっており,ちょっとやそっとじゃはずれてくれそうにはありません。

  胴体から棹を抜くためには,どうあっても,この茎と棹本体を分離しなくちゃなりませんが,手段としては。


  1)接合部のニカワをゆるめ,棹と茎に平和的に別れてもらう。
  2)刃物で接合部を切り離し,分割分離する。
  3)問答無用で茎をぶッた切る。


  という3パターンがございます。
  2)3)は刃物沙汰でイチバン話が早いし,作業も早い。

  普及品の月琴でよくあるよう,この茎材が今もたやすく手に入る杉や檜の類であったなら,迷わずたたッ切り,ポイして,交換しちゃってるところなんですが,今回の場合はここに,ちょっと質の良い広葉樹材が使われています。
  もっと高級品なら8号のように棹からムクで削り出し,もしくは棹と同材,ふつうの楽器なら安い針葉樹材を継いで構わないところに,あえてこういうものを付けたところには,この楽器の原作者の意図が何かしらあったはず。

  なるべくならばこのまま,このオリジナル部品を使いたいところですね。

  修理の本筋から言っても,1)が理想ではありますが,今回の場合,作業上いくつか難点があります。

  1) 一度くっついたニカワをユルませるには,第一に水分,できればそこに多少の温度が加わるとさらによろしい――ようするに,くっついてるあたりをお湯でまんべんなく,間断なく濡らし続ければいいわけですが,今回のこの場合,場所が場所なので,部材全体にお湯を含ませるのが難しいのです。

  2) とくに,棹ホゾの裏の部分なんて,筆やハケをもぐりこませるのにも苦労しそうですし,棹も茎もともに水の滲みこみの悪い,硬く密な材で作られているので,筆でコショコショとやってるくらいでは,どれほどの時間がかかるか知れたものではありません。

  3) もともとヤリにくいところへもって,作業が長くなればなるだけ,水垂れや湿度で,楽器のほかの接着部,関係のない箇所にまで支障が出る可能性が高くなってゆきます。裏板などはともかく,すぐそばの棹穴にはすでにヒビが入ってますので,いまここに余計な影響を与えたくはありません。


  もちろんお金があれば,強力なスチーム系の器具でぶぉーっとやって,短時間のうちに必要な箇所だけ確実にふやかしてしまう,という手もありましょうが,なにせそういう文明の道具がナイので有名な斗酒庵工房――家にありげなモノを使って,最善と思われる方法を考えてみました。

棹/茎の分離(1)
 1) まず接合部分の下に,ラップを敷きます。

 2) その上に脱脂綿を敷き詰め,お湯を垂らして湿らせます。

 3) 脱脂綿だけだと水の量に限界があるので,スポンジの欠片にお湯を含ませたのもいっしょに置いて,ラップを持ち上げ,包み込みます。

 4) あとは上下をタコ糸でしばり,密封。


  タコ糸でしばるときに水が少し漏れちゃいましたが,大事には至らず,余った脱脂綿で処理。

  これで筆の入らないような裏の部分も含め,該当箇所をまんべんなく,しかも手間なく長時間湿らせ続けることが出来ますし,さらに時々,この上からドライヤーで熱風を浴びせ,ラップしてレンジでチンしたときみたいに膨らむくらいまで温めてやり,お湿りの効果をあげてやりますた。

棹/茎の分離(2)
棹/茎の分離(3)


棹/茎の分離(4)
  半日ほど放置したところ,ニカワがユルみ,茎さんは平和裏にはずれてくださいやがりました。
  はずれた後の接合部をのぞくとこれがまあ,必要以上にべっとりとニカワが塗りつけてあります。

  何度か書きましたが,ニカワは薄いほうが接着が強固です。

  ニカワの層の両方にモノをくっつけるのじゃなく,ニカワの染みこんだ接着面同士をくっつけた場合,上手い人がやるとそりゃもう,分子レベルで結合してるんじゃないかと思うくらい,接着痕も見えず,ちょっとやそっと濡らしたくらいじゃハガレやしません。

  今回の場合,原作者さんの失敗は,ニカワがちゃんと固まる前に作業をしたこと,そしてさらにこの「着けすぎ」ですね。

  ニカワが薄ければ,接着面がきちんと噛み合わさっていないので,そもそもこんなふうにくっつかなかったと思うのですが,変に生乾きのうえ厚塗りだったもので,接着剤の層がかえってグリスみたいになって,茎を横スベリさせたのでしょう。



棹/茎の分離(5)
  まずは,無事はずれた棹と茎の接合部の,古いニカワをこそいできれいにし。
  部材がまだ湿っているうちに,ニカワを今度は「うすーく」染ませて再接着しました。

  接合部の工作自体はじつに丁寧で,ちゃんと組み合わせたら,ご覧のように,茎が棹ホゾの奥の奥まできっちりとはまります

  この状態で試しに棹穴に入れてみたら,そこもまた見事に「するぴた」,てカンジで……ほんとうに。これだけのウデを持っていながらなんであんな……orz。


  最後に,茎が本来の位置に,まっすぐになるように調整したら,当て板をしてクランプで固定。

  100年ぶりくらいだと思いますが。
  今度こそちゃんと組み立ててあげますからね。


  何はともあれ,まずは今回の修理,第一関門,突破,かな?





絃停をハガす

表面板清掃(1)
  まあ,商売でやっているわけではないので,それほどでもないとは思うのですが。

  それでも,自分でネオクで落とした楽器を修理するのと違い,他人様の楽器を扱う時には,いろいろと気を遣います。

  前も書きましたが,庵主は気が短いほうなので,修理でもバリバリーッ!とかドリドリーッ!ていうようなワイルドな行為が好きで,今回もうきーっ!とかがーっ!!てやっちゃいたいトコはイッパイあるんですけどね。


  なるべくオリジナルの部品・部材を使うところはいつもと変わりませんが,今回は依頼主よりのご指示にもより,さらに古色を損なわないような修理に挑戦します。


  次に待つ作業は,表面板上の諸物のひっぺがし。

  ――いやあ,カンタンに取れる取れる――さすが接着が下手だねえ。
  そして取れない部品は,かならず後の誰かさんの手が加わってやがりらっしゃいます。


第9フレット除去
  5~8フレット目までの取外しには,まったく支障がありません。
  周囲に筆で軽く水をしませるだけで,数秒で浮き上がり,つぎつぎとはずれてしまいます。

  第9フレットの接着は,たぶんセメダイン。
  水で濡らしても白くならない,カチカチした透明なやつでくっつけています。


  前にも書いたとおり,この9番目のフレットは,明清楽の月琴にはふつうないもので。
  剥がしてみると案の定,ほかのフレットの下にはあった原作者による目当てのケガキ線が,こいつにだけありません。

  おそらくですが,このフレットがへっつけてあったあたり,楽器の中心には,丸いお飾りが付けられていることがあります。
  たぶんそういう飾りがとれた痕を隠すために,こんな蛇足のフレットをへっつけたんじゃないでしょか。


目摂除去
  右の目摂は,ほぼ濡らしたとたんに,「ポン」とはずれてきたんですが,左目摂がまた手強い。

  右目摂はもともと傷ひとつありませんでしたが,この左の目摂には,割れたり欠けたりしたのを,直した痕が見られます。
  後に修理の手が入っていることは間違いありません。

  30分ばかり格闘したあと,はずれたのを裏返してみると,やはり,ほぼ裏全面にボンドを塗ったくった痕が…orz。



  さて,再接着やクリーニングの作業でジャマになる,面板上の諸物の除去。
  残るは「絃停」だけとなりました。

  オリジナルではヘビの皮を貼っていることが多いのですが,明治のころには,女性がよく弾いた楽器なんで,ヘビが嫌いなムキも多かったと見え,実際に演奏されていた楽器ではよく,庵主がやっているように,これを錦裂や金襴の類にはりかえてしまっている例も少なくはありません。

  お飾り月琴の場合も,どっかにしまわれているうちに,たいていはネズ公や虫に食べられちゃったりするのがふつうなので,これがほぼオリジナルのまま,ここまで残っている例はあまり見たことがありません。

  依頼サイドからも残して欲しい旨の申し出があったので,今回は努力してみま~す。

  とはいえ――もとが薄い生皮なんで,ただでさえ原型をとどめたまま剥がすのが難しいんですよ,コレ。

絃停除去(1)
  そこへ来て…木工さんですよボンドさんですよ真っ白いやつですよドクロちゃんのクラブ活動ですよ!

  左右にそりゃもうべったりと。

  いつもならベリベリッ!とハガして,木工ボンドこそぎにかかるところですが,今回はそうはいかない。
  お湯を含ませ,低温にした焼き鏝でゆるゆると温めながら,少しづつ……2時間以上,かかりましたとさ。


絃停除去(2)
  それでもまあヘビ皮の絃停を,ほぼ原型をとどめたまま剥がすのに成功しました。

  とにかくはがれてしまえば,古いとはいえ丈夫な皮革,扱いはそれほど難しくありません。

  裏についたボンドや表のヨゴレをぬるま湯の中でキレイに洗って,濡れているうちによく伸ばし,和紙で裏打ちして,板にはさめて乾燥しております。

  さすがに,ハガすとき少し四辺を傷めてしまったので,貼りなおすとなると多少切り詰めなければなりますまいが,劣化もあまりしておらず,表面もきれいな状態ですし,うまくゆけば,じゅうぶんに再利用が可能でしょう。


絃停除去(3)
  ヘビ皮を剥がした痕を始末していて気がついたんですが,この白くなった木工ボンドの下に,つまりその前に一度,別の接着剤で着けようとしたた痕がありますね。

  絃停の周囲に,茶色というか汚いオレンジ色のシミや汚れがついているんですが,それはどうやらその最初の接着によるもののようです。

  いまひとつ,正体の分からないものなのですが,何かゆるい,ゴム系の接着剤のような気がします。

  一部は木地に染みこんでしまっており,完全な除去には到りませんでした…ザンネン。

絃停除去(4)
  つねづね言ってるし,いちおう心がけてることなんですが。

  修理や製作をするとき気をつけなきゃならないことは,その作業が「次のヒト」のメイワクにならないようにすることです。

  下手でもいいんです,まだしも。
  雑でもいいんです,まだしも。
  でもやるなら,その前にちゃんと,勉強を。

  庵主が接着にボンドでなくニカワを使うのも,それが強度で劣っても,何度でも貼りなおして,ずっと使い続けることができるからです。
  ボンドで貼った箇所はたしかにはずれにくい。
  けれどはずれる時には,そして何らかの理由ではずさなきゃならなくなった時には,かならず本体や他の部品に少なからぬダメージを与えます。

  どちらのモノが,より長く生きながらえられるでしょうか?

  むかし親方が言ってたんですが,良い職人というのは「絶対に壊れない」モノを目指すヒトではなくて,「壊れるべき時に壊れるべきところが壊れる」モノを作れるヒトなんだそうで。

  作ったからには,修理するからには,その楽器がより長く,少なくとも自分よりは後まで,元気でこの世にありつづけることを,庵主は願います。


  いー感じの言葉を吐きやがったところで,修理担当者から,最後に一言。

  こんなふうにボンドを使って「修理」するみなさァん…いいですかあ。
  こういう真似をすると,こういう知らないところで,罵られたり,嘲られたり,蔑まれたり,怨まれたり,恨まれたり,呪われたりしますからねえ。

  ワタシとっては,あなたがシロウトだろうがクロウトだろうがかんけーはありません――夜中にうなされたり,金縛られたり,おシッコが近くなったりするのがおイヤなら,くれぐれもお気をおつけになりやがってくださあい。

  あー,少しスッキリした。

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