N氏の月琴(仮)2
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依頼主より,この月琴の正式な名前がとどきました。
命名:「乙女月琴」。 月琴を弾くきっかけとなった龍馬さんにちなんで,とのこと。 うむ,いいのじゃないでしょうか,お姉さん月琴……あ,でも,そういえば。ウチのウサこどもは「 F 女子月琴」て呼ばれてるなあ。 一人,貴 F 人がオーナーで弾いてるし,イイ男だと出る音が違うとか。 「乙女」といえば,今は I 袋の,アノ通りを――いやいや(汗)。 修理への助走 さて,修理を開始します。 今度の作業は,表面板のオープンがメイン――久し振りの大ごとであります。 とはいえ,庵主は瞬発力のないタイプなので,スタートダッシュが悪い。 大事の前に,ちょいと助走をつけておいたほうが,より精密な作業が続けられるかと。 今回はまず手慣らしに,軸を削ることにしました。 いちおう4本そろってはいますが,一本だけ材質や工作が違うのが雑じっています。 その後補の軸も出来は悪くなく,そのままでも使用上さほどの問題はないようですが。 まあこれだけの上級楽器,せっかくですからカタチだけでも揃えておきましょう。 ちょうどウサ琴の第5弾の製作を開始したところで,四面落しした材料が床のあちこちに転がっております。 ![]() 材質はスダジイ,長さをオリジナルの一本に合わせて,削りまくります。 ウサのだと,いつもは 「揃っていればいいや」 程度の工作なんですが。 先端は何度も糸倉と合わせながら,きちんと収まるように。 握りはオリジナルを横において,はじめは目で,最後のほうは手で触って,感触を確かめながら削り込んでゆきます。 2時間ぐらいで完成! ![]() それにしても,この楽器の軸の「ミカン溝」は深いですねえ。 いつもはこの溝,百均の棒ヤスリの細いので入れているんですが,それだとぜんぜん間に合いませんので,両刃の目立てヤスリでさらに深く彫り込みました。 うちにあったヤスリが少々小さいもので,溝がわずかに細いですが,まあ,こんなものでしょう。 空砥ぎペーパーの番手をあげて,表面を磨いたら,オハグロベンガラを何度か塗って黒染めしておきましょう。この時点ではフラットなステルス戦闘機色をしていますが,あとは塗装してピカピカにしますね。 さてウォームアップも終わったことだし。 いよいよメイン作業に入りますか! 何が出るかな?オープン修理 はじめに,表面板のハガレてるところをちょっと広げ,そのスキマから,棹穴の上の胴材あたりまでを観察してみたのですが,べつだん何もない。 棹を抜こうとしたときの感触から言うと,ちょうどそのあたりに何かひっかかるものがある感じなのですが,クギとかクサビのようなものは見えません。 ![]() さて…何はともあれこうなると,表面板を剥がさない限りは,それがどうしてなのかも分かりません。 棹穴のヒビの状態もちゃんと確かめなければいけないので,やはりオープン修理ですね。 棹との接合部付近の左右がハガレてますので,刃物を二本挿し,水を垂らしながらさらに広げてゆきます。 ニカワの扱いが上手な人だと,このくらいでもハガすのに苦労があるのですが,この原作者,ニカワづけがそれほど上手くないらしく, ぱりぱりぱり,と,1時間ほどで刃物が一周。 けっこう簡単にはがれました。 最後に内桁から剥がすため,曲尺をつっこんで胴体を引き通します。 ――さあて,楽器の内部は宝箱!―― ![]() …ミミックでした。 なんと,楽器の内部で,茎が左へ5ミリほどズレたまんま,ガッチリとくっついていらっしゃいます。 庵主もずいぶんと月琴のハラワタを覗いてきましたが,こういうのはさすがに初めてだなあ。 初モノを拝むと寿命がのびるんだそうな。 ――鶴亀,鶴亀。
つまり,この楽器はいままで,そういう内部構造にかかわる「修理」をされたことはないようだ,ということなんですね。 そいでは推測,その2―― 2)これはこういう構造にワザとして,棹が抜けないように工夫しているのである。 …と言われてもなあ。 だいたいアナタ,この状況,どうやって作り出します? どうやってもこの状態で棹穴から挿しこむのは不可能ですから,茎を胴に押し込んでから,棹本体を入れ,手探りで,上手い具合に中途半端なところで接合する――まあ,出来なくはありませんが,かなり難しいでしょうなあ。 とくに,見えない内桁のホゾ穴に,茎だけをここまでしっかりと埋め込む方法が,ワタシには思いつきません。 月琴の棹はふつう,三味線と同じように,抜けるようになっているモノです。 あまりそういう事態はなかったようですが,この構造だと,弦の張力によって反りや曲がりが生じた場合の調整や,イザ棹が壊れたとなればまるっと交換したりすることもできます。流行していたころは,最初,安い材料の棹で買って,後に高い紫檀や黒檀のものに,棹だけすげ替える,なんてこともあったかもしれません。 そもそも 「棹が抜けないように」 というだけなら,前回も言ったように,棹ホゾと接合部にニカワを塗りこんで,完全に固定してしまったほうがはるかにラクですね。 そうすると,この工作自体には,あまりメリットが考えられない。 ![]() えー,結論としましては。
この職人さんは,よほど急いでいたのかなあ――――と。 納期が迫ってたとか,ムスメさんの結婚式が近かったとか。 「てやんでえ!ニカワも塗ったし,棹もがっちり突っ込んだ…これでヨシっと。 おおっと,もうこんな時間じゃあねえか!どれ,ちょいと出てくるぜいっ!」 ――てとこで長屋を飛び出していった留さん(仮名)でしたが, 残された月琴の内部で,やがて悲劇が… 棹はたしかに根元まで,しっかり収まっています。 ニカワがユルかったんでしょうかね。 茎は内桁の穴にちゃんとハマり,棹ホゾもまっすぐ入っているものの,二つの部品をつなぐ部分はいまだ完全には乾いておらず。上から押し込まれたときの圧力によって,そこを中心に,茎だけが横方向にうにょーっ,とズレ,そのままくっついてしまったのだたのだたのだたのだ………… ![]() 庵主,これだけ何本も修理してまいりますと,原作者の「手ヌキ」と思われる加工なぞは,ハイ,そりゃもう結構,しょっちゅう目にいたしております。 しかし,こういう――あきらかな失敗――というものは,ええ,はじめて見ましたねえ。 まあ,そもそも月琴の棹をしょっちゅう抜くという人も,そういなかったようですし。よほどのことでもなく,気がつかなきゃ,それはそれで済むかと。 先にも触れたように,この楽器,実際の演奏には使われなかったようなんですが,もしかすると失敗作(でも外見はうまくいった)ゆえに,楽器屋のカンバン娘でもしていたのかもしれませんね。 |