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N氏の月琴(仮)終

NSHI_05.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)終

棹の調整

調整中
  面板も戻り,茎を付け直し,磨いた棹を胴体に挿します。

  ようやく「楽器」のカタチに戻りました。

  ――そう,ここまでの作業はある意味「楽器のカタチ」を復元してきただけで。
  ここからが,実はタイヘン。

  なにせ「楽器のカタチをしたモノ」と,「楽器」は違うわけで。
  岩を削って,ヴァイオリンの形にしたとして,たとえそれが,どんなに精巧なものであったとしても音は出ません。木で外見だけ同じに作っても,やはりそれは 「楽器ではないモノ」

  さらに内がわも外がわもちゃんと作ってあったとしても,その楽器に合う調律や調整というものがちゃんと施されていなければ,やっぱりそれは「楽器」ではないです。
  音の狂いまくったピアノは,ジャマなオブジェか物置台にしかなりません。ネックのズレたギターは,ギグでお客をぶン殴る小道具くらいにしか使えません。

  その楽器としてちゃんと使えるようになっていて,はじめてそれは「楽器」と言えるわけで…


まあ,こうなってましたんで
  前にも推測したとおり。

  この物体は楽器として作られたものの,原作者のミスによる不具合のためか,演奏に使われた形跡はなく,どうやら装飾品のように,ただ飾られていたようです。

  途中まではちゃんと「楽器として」作られたわけですから,岩のヴァイオリンよりはマシと言うものの,「音を出すため」の大切な作業,たとえば本来ならば,棹を抜き差ししながら行う,仕上げ調整の部分などが出来ていない可能性があります。(参照→)

  そのあたりに「楽器として足りないところ」,不都合や不安要素がいろいろ出てきてるわけですね。

  まず,棹の指板面と面板がほぼ同一の水平面となっていること。

修正前・水平
  西洋の弦楽器では理想的なこともあるし,加工技術の精密さもうかがい知れますが。
  じつはこれ,月琴という楽器においては,あまり有難くない状況なのです。

  通常,月琴の棹は表面板の水平面から,山口のところで2~5ミリほど背面側へ傾いたカタチに取り付けられます。

  この構造はフレットの低い楽器だと,棹と胴体の合わせ目あたりで音が響かなくなる――いわゆるデットポイントが出来てしまいますが,月琴の場合もともとフレットが高く,その高さで調整が可能なので,あまりそういうことはありません。
  またネックの取り付けが,ギターやリュートのように接着固定ではなく,三味線のように胴体に挿してあるだけなので,絃のテンションに対抗するためにも,多少反り気味なほうが良いということもありましょう。

  これが浅いと,全体的にフレットが高くなって,多少弾きにくい楽器となります。

  今回は胴体上のオリジナル・フレットがかなり低めですので,できれば8号生葉なみの,3ミリくらいは倒れていてほしいものです。

* あるいは低音域でフレットを思い切り高くするため,だったかもしれません。
  フレットが高いと,bebung 効果,というものがより有効に使えます。
  中国月琴やこちらの月琴ではあまり聞かないテクニックですが。
  弦を強く押し込んで音程を変えたり,ビブラート的効果とするその奏法は,南方の楽器,棹の長い台湾の南月琴や,ベトナム月琴では,よく使われていますし,明清楽の阮咸でも使われていたと言われています。

棹基調整
  さて,棹基を削ったり,棹ホゾと茎にツキ板を貼って調整したのですが,例のヒビ割れのせいで,棹穴の強度に不安があるため,あまり大胆な工作・加工ができません。

棹基修正後

  それでもなんとか,2ミリほど背面に傾けることが出来ましたが,ここでの加工は,残念ながら,これが限界ですね。




フレットの再作製と調整

  糸を張ります。
  音が鳴ります。
  楽器が,甦ります。

左2本がオリジナル
  さるナイフ作家さんに鑑定してもらったところ。

  棹上の山口と,二本残っていたフレットの材料は練物象牙ではなく 「たぶん鹿角」 とのことでした。
  そういえばフレットの横に,象牙や練物では見たことのない,気胞みたいな孔があったり,山口にへんなエグレ痕が残っていたりしています。
  胴体上のフレットのほうは,間違いなく象牙だそうです。
  時代がかかってアメ色に変色しています。

  胴体上のフレットのほうは,質も加工も良いし,かなり低めに作ってあるんで,操作性も問題なさそうです――こちらはそのまま使うことにしましょう。
  一方,棹上の鹿角フレットのほうは,質も加工もそれほど良くないので,胴体のと同じ象牙で,いッそ総交換しちゃうことにしました。
  まずは,低音域のフレット4本,普通に作って,たててみたのですが。

  やはり,棹を思ったように傾けられなかったせいですね。
  絃高が高いのが問題です。


フレット落差
  庵主はフレットを新しく作るとき,その高さを糸ぎわギリギリ,ビビリの出ない限界のところに調整します。そのほうが反応が良い――指で糸をおさえれば,すぐ音が出る楽器になるからですね。

  しかしそうしたところ,新しく作った第4フレットと,胴上の第5フレットの落差が3ミリ近くにもなってしまいました。また棹の上,低音域での操作性はいいんですが,高音域では糸が高すぎて,音は出ないわ,出ても狂ってるわ。

  明清楽だけしか弾かないのなら,胴体上の高音域はあまり使われないので,今のままでもさほど困らないかもしれません。
  また段差をなくすだけなら,棹上の4本をもっと削って,上手く背丈をそろえてもいいのですが,そうすると全体に糸が高くなって,糸のおさえにくい,たんに使いづらい楽器になってしまいます。
  逆に,胴上のオリジナルをあきらめ,8本ぜんぶを新しく作り直す,という手もありますが。そうすると今度はフレットが全体に高くなりすぎて,反応は良くても音程の狂いやすい――やっぱり弾きにくく,使いにくい楽器になってしまいます。

  これだけの素材の楽器が,そうした半端モノになるのは,あまりにも可哀そうというもの。
  より反応が良く,より正確な音の出せる,最高の楽器に仕上げるため。

  絃高を下げる,算段をいたしましょう。


ゲタを履かせる(1)
  方法はいくつかありますが,そのうち 「棹を倒す」 という方法は前述の通り限界です。

  あとは 「山口(ナット)を削る」,という手もあるのですが,それをした場合,山口のほうが半月より低くなってしまいます。実際そのようになっていた例もないわけではありませんが,運指や演奏ポジションの関係もあって,この月琴という楽器では,やはり山口のほうがほんのわずか半月がわより高くなっていたほうが弾きやすいようなのですね。

  その反対側, 「半月をはずして裏面を削る」 という手もあります。
  何度もいっている通り,原作者さんは接着がナニな方ですから,半月の取外しもさほど難しいことではないでしょう。ただこれはその裏側を平均に削るのも,元の位置に戻すのもタイヘン。

  修理も終盤のこの期に及んでは,なるべくヤリたくない仕事です。

  ではむかし,カメ琴やコウモリ月琴で使った手を使うことといたしましょう。

  半月のポケットの内側に,竹でスペーサーを作ってニカワ着けし,この部分の厚みを増すことで糸の出る位置を下げます。 庵主はこれを 「ゲタを履かせる」 と表現するんですが,ギターだとサドルを「削る」ところ,月琴では「足す」ことになるわけですね。

ゲタを履かせる(2)
  材料箱を漁ったらちょうどいいサイズの竹の端材が出てきました。斑竹の皮ぎし,かなりしっかりとした硬い部分なので,素材的にも申し分ありません。

  これを削って半月にはめこみ,絃高を半月のところで1.5ミリほど下げることに成功しました。
  これにより,棹上第4と胴体上第5フレットの高低差も,およそ半分になり。運指もスムーズで,高音域もかなりおさえやすくなりました。

  さあ,フレットも出来た。弾きやすくもなりました。
  あとは,調律ですね。
  音程を合わせながら,フレットの高さをさらに微調整してゆきます。



棹上オリジナルのフレット痕
  今回は依頼主よりのご要望で,オリジナルの音階に合わせます。

  さて,明清楽の楽器の音合わせは,本来は「排簫(はいしょう)」,もしくは明笛の音階に合わせるものですが,現在わが庵にはそのどちらもないし,そもそもがところ庵主,笛の類がまったくの不得手で,あったとしても,たぶんマトモに吹けません。

  なもので,こうした場合は主として,原作者の残してくれたフレット痕に頼ることになるわけですが,今回の場合,そのフレット痕にいまひとつ信用がおけないのですね。

  再々言っているように,なにせこの楽器には「実際の演奏に使われた」形跡がありません。
  お飾りでしかないようなモノが,果たしてきちんと調律されているか,否か…………まあ,考えていてもしょうがないですわな。

  まずなにはともあれ,オリジナルのフレット痕にたててみましょう。

  さいわい,斗酒庵のコンサーティナ・8号生葉は,ほぼオリジナルのままのフレット構成になっています。
  この貧乏人にはあまりにももったいない高級月琴だったんで,きっちりの西洋音階に調整するのは,さすがに気が引けたんですよね。
  この楽器は実際に使われていたものですから,その音階は当時の明清楽のそれに近いはず――さらには材質や寸法も,おそらくは製作年代も乙女ちゃん月琴に近いので,こういう比較の対象とするには,まさに適任と考えます。

  そこで今回はこの8号・生葉ちゃんを基準として,乙女ちゃん月琴の音を比較検討してみることにしました。

  使用したチューナーは SEIKO の SAT-800。

  どちらの楽器も,開放弦で低音4C,高音4G,±05%の範囲内で計測し,低音域では3度鳴らしてその平均を,音の拾いにくい高音域では6度鳴らして,最大と最低値を除いた値の平均をとりました。

  これが適当かどうか,音響学は専門じゃないんで分かりませんが,まあ傾向ぐらいは分かりましょう。

乙女月琴
フレット
高音弦4A
(10)
4B
(-36)
5C
(11)
5D
(9)
5E
(-30)
5G
(26)
5A
(10)
6C
(2)
低音弦4D
(13)
4E
(-32)
4F
(15)
4G
(15)
4A
(-12)
5C
(35)
5D
(25)
5F
(36)
8号生葉
フレット
高音弦4A
(3)
4B
(-20)
5C
(4)
5D
(-7)
5E
(8)
5G
(19)
5A
(16)
6C
(1)
低音弦4D
(2)
4E
(-16)
4F
(11)
4G
(-2)
4A
(3)
5C
(26)
5D
(33)
5F
(6)

  高音域が高めの数値になっていますが,音がそれほど伸びないんでチューナーで正確には拾いにくいため。第6フレット以降の数値はそれほどアテになりません。

  うむ,基準とした8号と比べると…ずいぶん第2フレットの音が低いですねえ。

  第5フレットが同じくらい低くなっているのも,第2フレットを基準にたてたからでしょう。

  「明清楽の音階」については――加藤先生のHPでも紹介されているんですが――『明清楽独まなび』(大塚寅蔵 十文字屋楽器店)という本に,西洋音階と明楽・清楽の音階の対応表が載ってます。そこでは 上(低音弦)=Eb/六(高音弦)=Bb になっており,長崎などではこのチューニングも使われています。
  もしかすると,そっちのチューニングでフレッティングしたのかなあ,とも考え,そちらでもいちおうテストしてみました。

乙女月琴
フレット
高音弦5C
(16)
5D
(-28)
5Eb
(10)
5F
(11)
5G
(-32)
5Bb
(15)
5C
(-23)
6Eb
(-9)
低音弦4F
(5)
4G
(-44)
4G#
(3)
4Bb
(6)
5C
(-30)
5Eb
(15)
5F
(-1)
5G#
(-10)
明清楽独まなび音階図より推定
フレット
高音Bb#/Eb#/Bb#/Eb
低音Eb#/Ab#/Bb

  うむ,ほかの部分は正確な音程に近づいてる気がするんですが,第2と5だけ,やっぱり低すぎるなあ。

  第2フレットの音が低めなのは8号でも同じです。

  古渡りの月琴では,より第2が低く,第3がやや高いようですが,フレット位置は後期の楽器になるほど,より西洋音階ぴったりに近くなってゆきます。
  明清楽という音楽分野自体が衰退したのと,世の中も作ってる楽器屋も,西洋楽器を扱うようになってきたためでしょう。

フレット位置修正
  しかし乙女ちゃんのこの第2フレットの低さは,「古い音階に合わせた」とかにしては,ちょっとどっちつかずで,前後の音階とのつながりも悪く,どちらかというとただ浮いた,気持ち悪いだけの音になっています。
  そもそも,ほかの部分が西洋音階に対して10%くらいの誤差のうえ,第3フレットもこれに合わせて高くはなっていない,ってとこもなんだかアヤしい。

  ためしに一度はずして,生葉の音くらいの位置を探ってみると…オリジナルの目当てから,ちょうど 「フレットの厚み」 ぶんズレてます――

  うん,決定的ですね。

  これが 「1センチ」 だとか,逆にもっと 「微妙な値」  だとかだったなら,それはそれでこの奇妙な音階も「こういうもの」として納得できたんですが,ただの音楽屋ならぬ楽器職(みたいなもん)として,この 「フレットの厚み」 という違い,しかもそれが 「測ったようにキッチリ」 というところが何をかイワン。

  ――「目当ての付け間違い」ですね。

  この目印のケガキ線,人によりフレットの上につけたり,下につけたり,はたまた中心になってたりしますが,音に直結の重要な作業である割には,自分でもたまに 「あれ,どっちだったっけ?」 なんてことがあります。

  そのうえ演奏されたことがないお飾り楽器だったから,誰もツッコミを入れてくれなかったんでしょうねえ。そもそも,カンバン楽器をちゃんと手順を踏んでフレッティングしたかどうか,ちょっとアヤしいものですし。

  けっきょく第2・第5を下げたほか,第4フレットの位置を微調整することにしました。

  第4フレットは,楽器のチューニングにも使う重要なとこなんで,ピッタリ合ってなきゃいけません。
  こちらは原作者のせいではなく,庵主の貼り間違いでした。
  目印はちゃんと付いてたんですが,元の線がちょっと薄すぎて,正確な位置に貼れていなかったんですね。
  ちゃんと貼り直したところ,4G(+15) が ±2 くらい,ほぼ正確な音程に直りました。

  このへんはキチンとしてるのになあ。




小物さんたちのサンバ

玉兎(1)
  さて,今回のブツは欠損部品も少なく――

  目出度いこととはいえ,小物好きの庵主としてはサミシイかぎりではあります。
  前の記事で書いたとおり,どうやら元はフレット間に満艦飾でお飾りが着いていたようですが,跡形もないうえ,痕跡も定かではないので,どんなものがついていたやら,再現ができません。
  残っている目摂も扇飾りも,本物の紫檀やマグロ黒檀,といった高級材で出来てますから(「塗り」ではありませんでしたあ!!),まあそれだけでもじゅうぶんに贅沢なものと思うのですが。

  これからちゃんとした「楽器」となるあなたへ,縁有りてこの時代の修理者となったニンゲンから,ひとつ,贈り物を。

  蛇足の第9フレットの場所には,もと円形のお飾りの類が着いていたものと思われます。
  前修理者がおそらくその痕跡をごまかそうと,使えもしない蛇足のフレットを貼ったのだろう,という推測は既述の通り。
  ただ,そのおりボンドをこってり使ってくださいやがりましたため,そこに少々キタない痕が残ってしまっています。絃停の周囲にも,同様のシミのような痕が少し残っていますが,この楽器の中心,いちばん目立つところなもので,少々問題があります。

玉兎(2)
  まあ,ついでにここを誤魔化すため,でもあるんですが。

  工房の定番デザインで申し訳ないが「跳ねウサギ」のお飾りを,キミに。

  材料の黒檀板は,ウサ琴の指板の余り,それ自体そもそも新木場で銘木屋さんから譲っていただいたゴミなんですが――やっぱり,磨くとキレイですね。

  八角蓮華鏡,太極玉兎。
  月とめぐるよ,永遠に。




軸
  いちばん最初に手がけた作業だったんですが。
  新作の軸は仕上げにけっこう時間がかかり,塗膜が実用強度になるまで一ヶ月はかかるので,それまでの間使えるように,もともとついてた後補のタガヤサンの軸を改造することにしました。

  この軸,材料や工作はいいのですが,しょせんほかの楽器から「とってつけた」モノなので,軸穴とちゃんと噛み合っていません――先端が細すぎるのですね。
  握りのがわはほぼ軸穴と合っているので,このままでも使用できなくはないのですが,これをこのまま使い続けると,片方の軸穴だけに余計な負担がかかり,楽器のためにはあまりよろしくありません。

  軸が合わない,てのはまあ,現代の量産品中国月琴ではよくあるハナシ。
  詳しくは当ブログ内「軸の調整について」をお読みください。


  ふつうは軸穴のほうに和紙を貼ったりして調整するのですが,今回の場合は新作の軸が仕上がるまで保てばいい,ということですから,ちょっと冒険して新技法を――
  細い軸先に,薄く溶いたニカワで和紙を交差貼り。カチンコに乾いたところで磨いて調整し,ラックニスを染ませて強化します。

改造後補軸
  オリジナルはオリジナルでリッパな軸ですから,ちょっともったいない,というか,修理の本筋にはもとるような気もするんですが。
  さらに操作感と外見をほか3本にそろえるため,ポッチを削って,アタマを少し尖らせ,ミカン溝を彫り込みました。

  先端の工作は意外と丈夫に仕上がり,まあ半年くらいは保ちそうですが,しょせんは間に合わせ。

  新作軸が交換可能になったら,即とりかえてくださいね。




そして,修理完了!

  今回はなるべくオリジナルを尊重,古風に,とのことでしたので。

  庵主が作り直したのは低音部フレット4本と軸1本,付け足したのは中央の円飾りと半月の「ゲタ」くらい。
  胴側を削りなおし,虫食い穴を埋めたほか,楽器として基本的な部分での改変は,それほど大きくないかと。
  まあ原作者のめーよのため,(伏字→)「茎」のことは言うなーっ! てこととして(どこが「めーよ」だ)。

  そもそも「楽器として」作られながら,きちんと「楽器として」成立されず,「楽器として」使われたことのないような物体を,「楽器として」使えるように「修正」する,という行為を,何ンと言っていいのかが分かりませんが――

  2009年1月12日,乙女ちゃん月琴,修理完了!

修理後全景

  前修理者の「修理」痕を完全には取除けなかったのが,ちょっとザンネンかなあ。

  呪!ボンド使いめ!

修理後胴体アップ
  さて,肝心の音ですが。

  お飾りであったとしても,作りはほぼきちんと「楽器」のそれになってますし,もともとの保存状態も,材料も工作も(伏字→)(「茎」のことは言うなーっ!)悪くはない。

  ちゃんと直せば,よく鳴るのはあたりまえ。


修理後
  楽器として弾かれたことのない割には,角のとれた,まるっこい,暖かみのある音質で,懐の深い余韻がついてきます。

  作られて百年ちかく,楽器として作られたのに楽器として使ってもらえなかった。
  こんなにいい音なのに――と考えると,さすがに可哀そうになりますね。

  願わくば,次の一世紀,御身つねに人の手と。
  そして,音楽とともに,あらんことを。





乙女ちゃん月琴・音源

  1.開放弦
  2.音階(1)
  3.音階(2)低音弦/高音弦それぞれ
  4.試奏(徳健流水)


N氏の月琴(仮)4

NSHI_04.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)4

表面板の清掃(2)

表面板の清掃2(1)
  庵主はたいてい新品同様に真っ白にしちゃいます。

  この楽器の桐板は薄く,琵琶やお琴のそれよりは,三味線の皮に近く,恒久的なものではないと考えるので。桐箪笥と同じに,汚れたら削り直して使う,スカスカになったら貼りなおす,というほうが,いっそこの素材にはふさわしい,と思ってるからですね。

  しかし,今回はなるべく古色を残して,とのことですので。

  いつものようにエタノールやら掟破りの漂白剤やら強力なモノは使わず,軽く「汚れ落し」をする,という方向でやっていきましょう。

表面板の清掃2(2)
  まずはその前に。
  ようやくはずした絃停の下やら,お飾りの下やらにいくつか虫食いができてます。
  そのまま作業すると,板のあちこちにヘコミが出来ちゃいますので,パテでうめておきましょう。

  さて,月琴の面板上の汚れは,桐板が吸い込んだ塵埃と,色付けに使われているヤシャブシの汁が反応したもので,茶色いのは部屋の油やホコリ,黒ずんでるのは鉄分ですね。

  草木染ではヤシャブシと鉄を反応させて黒染に使います。
  庵主が良く色付けで使うオハグロも,ベンガラ,つまり酸化鉄とヤシャ液,それに木酢酸鉄を混合したものです。

表面板の清掃2(3)

  今回の作業には「重曹」を使います。

  最近,低公害な洗剤として人気ですよね。
  湯飲みの茶渋なんかはよく落ちます。
  その茶渋は,お茶に含まれる「タンニン」ですが,ヤシャ液の成分も,じつは「タンニン」
  こういうのが,うまく落ちるのも当たり前で。

  薬局で買ってきた重曹をぬるま湯に溶いたものを,#240の耐水ペーパーにつけて軽くこすります。

  ただし,エタノールと違い速乾性はないので,一度に大きな範囲をするのは,板に負担がかかり危険です。特に汚れのひどい箇所からはじめ,乾かして全体の様子を眺めながら,なるべく変なムラができないように,ちょこまかとやってゆきます。

清掃前の状態
  おそらく古物屋さんの仕業でしょうが,この表面板は一度,雑巾か何かで水拭きされたことがあるようです。

  水拭きすること自体はいいんですが,お飾りやフレットをつけたままでやると,その周辺がぬぐい切れず,面板が二日酔いのパンダみたいになってしまっていますね。
  こういうシミやムラをなくして,全体を均一な色合いにもどしてゆきましょう。


  いつもそうなんですが。
  たいていはこのクリーニング中に,楽器のもとの状態について,なにかしらの新しい発見があります。


胴体上のお飾り(楓溪月琴)
  まず,もとは胴体のフレット間すべてにお飾りがあったようですね。
  ちょうどそれぞれの中心のあたりに,ニカワ付けの黒いシミが見つかりました。
  形までは分かりませんが,おおよそ1センチか2センチくらいの,小さなものだったようです。
  扇飾り以外のそうしたお飾りは,玉や凍石の類で作られることが多いので,ニカワ着けだとはずれてしまいやすい。

  ――ましてやこの原作者先生,ニカワの扱いが下手くそです。

  残らなかったのもしょうがない。

  蛇足の第9フレットの着いてた下からも,同様のシミを発見しました。
  こちらはちょっと大きく,やはり推測どおり,円形飾りが着いていた模様。
  直径3センチくらいかな。


虫食い(侵入孔)
  次に,棹穴の上になるあたりの縁に数箇所,新しく虫食いを見つけました。
  板目に沿って縦方向に3本,さほど長くはありませんが,きちんと(?)食べられてしまってますね。
  深さはそれほどないようですが,幅1ミリくらいの溝が出来てしまいそうです。

  この部分はちょっと目立ちますし,再接着の際に力がかかるので,あらかじめ処置しておく必要がありそうです。


  そして最後に,この月琴は楽器として使われたことがない,ということ。

  ほぼ確信できますね。

  「痕跡がないのが確かな証拠」――ってわけで。

  原作者による目当てのケガキ線,古物屋によると思われる修理(?)でついたヨゴレやキズのほかは,義甲や撥による擦り疵はおろか,手擦れのシミも,持ち運びで着いたようなキズ痕さえ見つかりません。

表面板の清掃2(4)
  キレイなもんです。

  いくら大切に弾いてたにしても,ここまで疵一つなく使用することは,道具としては不可能。

  ウソだと思うなら,やってみなさい。


  板を濡らし過ぎないように,ちょっとづつちょっとづつ…二日かけて板はだいたいキレイになりました。
  今回はキレイ過ぎてもイケナイようですので,見苦しいムラやらシミがなくなれば,まずまずヨシといたしましょう。




棹穴の補修

棹穴の補修(1)
  ここが割れてる月琴は,過去にも何度か修理したことがあるのですが,今回のが厄介なのは,ヒビが部材を貫通していない,ということです。

  変に思われるかもしれませんが,修理としてはいっそパックリと割れて,欠片が剥離してしまっているほうが直しやすい。
  このように中途半端だと,これからこのヒビがどういう方向に,どのように割れるのか分からないのです。

  なにせ相手は木材,生き物ですから。

  木目がまっすぐな柾目板でさえ,内部の状態によって,予測のつかない方向に割れが走ることがあります。神ならぬ身ゆえ,不安と不信は尽きませぬ。

  でもまあ,修理者としてやれる事は決まってますので,その範囲内で最善を尽くすことといたします。

棹穴の補修(2)
  まずはヒビ割れに薄く溶いたニカワを含ませます。

  上手く全体に行き渡ったら,クランプをかけて一晩。
  ヒビが見えなくなるくらい,ちゃんとくっついてるのを確認したら,ピンバイスで穴をあけ,竹釘を押し込みます。

  何度も書いているように,この竹釘はヒビ割れを「固定」したり,「とめる」ために挿しているのではなく,ヒビに対して垂直方向に「繊維を通す」ためのもの。木目の混んでいる木の方が,柾目の木より割れにくい,あの理屈ですね。今回の場合は同じ理屈で,ヒビの進行を抑える役目もあります。

  そしていつもの通り,補強ブロックを接着。

  ヒビが裏側まで貫通していないので,この処置の効果のほどはイマイチ疑問なのですが,少なくともこれによって,棹穴にかかる負担を分散することが出来ますから,無駄ではないでしょう。

  さらにカンペキにするならば,棹穴の周囲にツキ板を貼って,表裏両面からサンドイッチするといいんのですが,それすると見た目に影響が大きいので,今回はやりません。

  そこいらは次に壊れたときに回しましょ。

  ――もっとも,なるべくなら「次」は庵主の生きているうちでないことを,願います。

  未来のヒトよ,あとはヨロピク~。
棹穴の補修(3)
棹穴の補修(4)




表面板貼り直し前の小作業

  今回の庵主の,壊れているものを直す――修理――と言える作業は,ある意味,前の棹穴のところだけだったかもしれませんねえ。
  「茎」の事は原作者のミスを「修正」してやったのだし,表面板を剥がしたのも,これから貼り付けなおすのも,別に「壊れていた」からではないですもの。

  それはさておき,表面板を胴体に戻す前に,いくつかやっておかなければならない事があります。


 1)上桁の調整と,再接着。

上桁の調整
  3の「内部構造」のところに書いたとおり,例によってこの楽器も内部の加工がかなり手ヌキでテキトウです。
  中でも上桁の棹穴は,ノミを入れて出たカケラを裏の方でテキトウにひきむしったらしく,左の方に大きなササクレが――これが茎にひっかかり,茎をムダに抜けにくくしてしまっています。ムリに引き抜こうとすると,上桁が真ん中から弓なりにしなって,裏板との接着がはずれてしまいました。

  桁を裏板にへっつけ直すほうは大した作業でもないのですが,まずはこのササクレをなんとかしとかにゃなりません。

  やりかたはヒビ割れと一緒。
  木口の方からニカワを流し込んで,当て板とクランプで挟み込んで固定。
  一晩ほど経って乾いたところで,出っ張ってるところをヤスリで均して出来上がり。

  もう二度と抜かないつもりなら,キツキツのまんまでもいいんですが,この後も作業はありますからね。


  原作者はテキトウにやってもいいんですが,わたしらは,面板を戻しちゃうと内部のことはどうにもならないので,あらかじめ一つ一つ,やるべき事をキチンとこなしておかなきゃなりません。
  なもので,もう一つ。


 2)響き線のお手入れ。

響き線のお手入れ
  今回の楽器は保存状態がいいし,響き線は通常,密閉された内部にあるものなので,さして経年劣化の影響は受けにくい部品ですが,それでもさすがに星霜百年。

  鋼線の表面に,うっすらと錆が浮いてしまっています。

  この楽器の響き線は,かなり細く繊細なものなので,紙ヤスリでゴシゴシとかいうわけにはまいりません。
  市販のサビ落し剤等を使用するという手もありますが,それほどの状態でもないし,手持ちのものでなんとかしましょう。

  まずは筆で全体に柿渋を塗りつけます。

  柿渋は鉄と反応して,真っ黒い皮膜を作ります。
  乾いてから布で軽くこすると,表面のサビといっしょに,黒い粉となってポロポロ落ちてきます。
  このくらいの薄サビなら,これで十分です。

  ちょっと画像が小さいんで分かりにくいんですが,上が柿渋を塗ったあと,下が布拭き後。
  面板の上に,粉が落ちてるんです。

  布に柿渋をつけて,もう一度拭い,乾いたら表面に軽くラックニスを刷く。
  これでこの後の防錆対策もバッチリです。


 3)虫食い穴の充填。

虫食い穴の充填
  面板をクリーニングしたときに見つけた,胴体の縁,棹穴の付近にある虫食い穴を埋めておきます。

  ここは目立つし,なによりクランピングで力のかかるところでもあるので,お手軽にパテ埋めというわけにはいきませんね。

  正攻法で行きましょう。

  以前の修理で出た,古い桐板の表面のところを刻んで埋め木を作り,これで埋めます。
  虫食いは三箇所とも縦に走っており,二本はほぼ直線的なものだったのでさほど苦労がなかったんですが,画像いちばん左の,最後の一つがちょいとグニャグニャ迷走モノで。

  けっきょく,リューターで少し溝を広げ,ハメこみしやすい形に削り込みました。




表面板の貼り直し

  さあ,今回の修理も,いよいよ最大の山場にと,さしかかりました!!

  裏板なら少しぐらいテキトウに貼りなおしても,さしたる支障はないのですが,表面板ではそうはいかない。
  ふつうはなるべく手を着けたくないところですね。

  というのも,月琴という楽器の胴体は見ての通りまン丸で角がない。
  表板だからとくに,精確に,きっちりと元に戻さなきゃならないんですが,位置の目当てがつけにくく,作業中も動くわズレるわ,均等に圧をかけにくいわ――実に厄介なものなのです。

表面板再接着(1)
  実は,多少掟破りではあるんですが。

  剥がしてしまう前,面板の縁のほうに3箇所,目印となる小さな穴をあけておきました。
  今回はこの穴をガイドにして,面板を付け直そうと思います。

  まずはピンバイスで側板にあいた目印をえぐり,そこに竹釘を挿しこみます。

  この小さな釘と,面板にあいた穴が頼りです。

  板と側板の接着面には,ニカワを塗る前に,あらかじめよーくお湯を含ませておきます。
  まン丸胴体のクランピングの作業には,あんがい時間がかかりますので,ここをよく湿らせておかないと,途中でニカワが乾いてしまいますから。

  何度も言うとおりニカワの扱いが上手くないヒトの作なもので,ここに到るまでの間にも,裏板なんか自然にあちこちハガれて,けっきょく1/3周くらい貼りなおしてますね。
  今回の修理の主旨が「なるべくオリジナルに近く」とはいえ,庵主がそういうところまで真似する必要はないので,こッちはマジメにやりましょう。

  桐という素材は本来,接着は良いのです――ちゃんとやれば,苦もなくぴったりくっつきます。

  ニカワを塗ったら,例の穴と竹釘を合わせ,そのままクランプをぐるりとかけまわしてゆきます。

  我が家のクランプ様全員集合。
  Cクランプだけじゃ足らず,Fクランプまで総動員です。

表面板再接着(2)
表面板再接着(3)
表面板再接着(4)

  ふう…何とか終わりました。

  ほんの小さな竹釘,短かなとっかかりだったんですが,丸い物体を相手にするときは,とてつもなく偉大に感じるものですねえ。
  作業中に板が変にズレちゃう心配がないおかげで,クランピングもいつもよりずっと早く,スムーズに終わりました。

  元はと言えばこの方法は,コウモリ月琴で,シロウト修理の釘穴を使って貼り直したのが,思いのほか上手くいったところから思いついた方法なんですが。
  作業上のズレは少なくて済むものの,もともと利用できるそうしたキズのない場合,面板という目立つところに,わざわざ新しい傷痕をつけてしまうことになるのが多少残念ですね。

  何かもっといい方法,ありましたらどうか教えてくださいな。

  例によって恒例の,赤くて丸いワラジ虫 が,部屋の中に出現。

  こいつのせいで庵主は以後二日間,お布団を敷いて眠ることができませんでした。

  まだ正月も明けきらぬ1月に,寝袋にくるまってこの横で寝返りもうてず。
  足も伸ばせないんでよく眠れないし。

  ――背中がイタイです。




側板の削り直し

表面板接着後
  さて眠れない夜を二日も過ごし,面板は無事,まン丸胴体に戻ってくれました。

  ヤマは越した…しかし――

  木という生き物を相手にして,丸いものをまったく元通り,100%ぴったり戻すことは不可能です。

  今回の場合も,面板を片方はずしたことで側板にわずかな歪みや狂いが生じており。
  楽器の中心線がズレるようなことはありませんでしたが。
  主として左右の側板と面板に,少し段差が出来てしまいました。


側面段差
  最大で0.5ミリってとこでしょうか。

  そのままにしても,それほど見苦しいものでもなく,元の状態を知っていなければ,特別目立ちもしないでしょうが。今やってやらないと,この先また百年ぐらい放置されるかもなー,と思い直し,削りなおすことにしました。

  ギターやヴァイオリンと違って,この楽器。
  側部は板が厚いですから,ちょっとやそっと削り減らしても問題はございません。

  削りなおすと決めたからには,目指すはやはり,蜀の山の断崖のごとく,垂直にピンと切り立った側面。面板の木口と胴材のまさに 「シベリア」*超特急! 状態 (「お菓子」「シベリア」でググれ推奨)
  庵主はここも明清楽の月琴の美しさの一つだと思っております――ああ,あやういかな高いかな。


側面整形
  #120をホルダーにつけ,削っては角材を当て,垂直具合をチェックします。

  表面ちょいと削られて,板はピンクとなりにけり。

  続いて#240のペーパーで作業痕を消し,#600で磨きこむ。
  黒檀紫檀や花梨が,塗りのものよりラクなところは,こうして削っても,ただ磨けば元通りピカピカになるってとこですねぇ……硬いけど。

  しかーし,このままで仕上げると,「真!新品!」 状態になってキモチが悪い。
  ちょっと古ぼかすため,骨董屋から盗んだぎじゅちゅで表面に古色づけをします。

  おっとその前に。
  まずは面板の木口に,余計な染みが出来ないようマスキング――せっかく貼りなおしたばかりですものね。

  使うのは植物乾性油,木炭,茶ベンガラ,砥粉,棚にたまったホコリ,など。
  炭粉や茶ベンガラをいーカンジの「ホコリ色」に調合したら,油をちょっと含ませた布にこれをこすりつけ,ゴシゴシと磨きます。
  檀木や花梨などは,気胞が荒いので,そこにこの偽ホコリが入り込み,上手い具合に「汚れ」を演出してくれる,という寸法。


  あとはその上を通常通り,研磨剤やカルナバ蝋で磨きこむと,ちょっと「時代のかかった」カンジの仕上がりとなります――まあ,所詮ズルの手ですが。

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