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南越1号(6)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(6)

STEP8 神々への挑戦

そら庵
  深川の正木稲荷といえば,時代劇ファンやら池波先生ファンだともうちょっとたまらないスポットですが,そのお隣に「そら庵」というカフェ&フリースペースがございます。
  演奏中の画像がなくって申し訳ないが,4月4日,南越1号,和尚♪さんによる塗装前ホワイト状態での試奏は,目出度くここで行われました。

  なんせ名前は同じですが,本来,専門ではない楽器ですから,あっしにはどこがどうやら分かりません。

  塗装前に,ちゃんと弾ける人に実際に演奏してもらい,問題点を叩き出して…と思ったんですが,工作の方は意外におおむね好評,指がひっかかるとことか,削って欲しいとこがあれば即対応,というくらいの工具類を持っていったものの,出番ありませんでしたね(やった!)。

  さすがに専門職。

  複弦の感触も面白いようで,この楽器で庵主にゃ出せないような音,いっぱい出てました。
  この組み合わせは,面白い音楽を生んでくれそうです。

  まあもっとも,今回はまだあちこち仮接着で,楽器をパワー全開バリバリで弾けたわけではないので,本格的に弾きこんだ場合,どうなるかは分かりませんが。

  一通り弾いてみてもらい,問題点とご要望を……やっぱり出ましたか。

  低音域のEが欲しい,とな。

  ベトナムで頼んでも断られちゃうからね。



ウサ琴F
  庵主はウサ琴で,通常,明清楽の月琴では8本であるフレットを,2本増やして10本する,ということをしています。
  これによって全音で出せる音数は13個から,15個へ。
  音域は完全2オクターブとなり,対応できる曲数が格段に増えました。

  もっと増やして,半音含めた全音階にしたら?

  ――という人も,確かにちょくちょくいますな。

  フレットを増やすと,音数は増えます。
  どんどん増やしていけば中国月琴のように,かなり色んな音楽に対応できるようにもなるでしょう。

N氏の月琴,フレッティング中
  しかし,月琴のような高いフレットを持つ楽器では,フレット間の距離によっても,その音色がかなり変ってしまいます。

  弦を指板に押さえつけるようなかたちで演奏される,ギターのような低いフレットの楽器にくらべると,月琴の弦は,指板の上でも上下左右,より自由に振幅しています。

  これが次のフレットに完全にぶつかるようですと 「ビビリ」 という不具合になり,弦の振幅が止まって,音がミュートしてしまうわけですが,わずかに触れる程度の場合,そこにいわゆるハーモニクス,一種の倍音のようなものが発生することがあります。

  この現象をナットの部分で発生させ,効果として使っているのが,三味線や琵琶についている 「サワリ」 なわけですが,月琴のフレットの場合は,そこまで効果を意図した工作ではなく,結果として同じような現象が発生しているのですね。
  それが胴内の響き線の効果と相混って,月琴の独特な音色・余韻を生み出す,一つの要素となっているわけです。

南越1号・塗装前表裏
  このことは例えば修理の途中で月琴を,山口とフレットのない状態で,糸を張って弾いてみるとよく分かります。
  それでもちゃんと音は出るのですが,まあその音は,下手な作りの箱三味線といったとこ。
  キンキン,ペコペコとした音で,余韻も何もありません。

  フレット間が開いていたほうが,障害物がないぶん,弦の動きは大きくなります。
  フレット間が詰まると,弦がフレットにぶつかる回数が多くなる反面,振幅は小さくなり,余韻は浅く短くなってしまいます。

  ウサ琴のフレットを「10本」としたのも,楽器が作り上げてきた音色を損なわず,今の音楽により対応しやすくするため,庵主が実験しながら考えた,必要最小限かつギリギリの「改造」なんであります。


  もちろんフレット間を詰めたとしても,中国月琴のように,弦の工夫や構造上の改造などにより,音色への影響をある程度改善することは出来るのですが,楽器というものに関する限り,その本来の音色をわざわざ損ねてまで「便利さ」に追従する必要はない――と庵主は考えます。


  歴史を背負ったすべての楽器は,その楽器が成立してゆく過程で生じた構造上の不合理やその操作上の不便ささえも,ある意味その楽器の「音」の要素の一部としていることが多いのです。

  だから,その楽器の歴史や構造をきちんと調べもせず,ただ 「こうしたほうがいいと思う」「必要だから」 というような浅はかな思い,考えだけで行われる,やみくもな「改造」やら「改良」は,その楽器のアイデンティティたる「音色」を,引いてはその楽器の音楽における存在意義さえもかえって損なうもの――とも,庵主は考えます。




フレッティング(5)
  間話が長くなってしまいましたが,庵主は何も,その楽器を未来へと進めるための改造や工夫までも否としているわけではありません。その工作に正当な理由があり,必要があり。それでいて楽器の持つアイデンティティのようなもの――「いちばん大切な部分」 を損なわないような配慮があるならば,逆にどんどんやっちゃって構わない,と思いますよ。

  南越1号はまず,現在2弦の楽器であるものを,4弦複弦としています。

  これの理由(いいわけ)は,最初の方の記事でも述べたとおり,この楽器が古くは 「4弦の楽器であった」,とされているとこを再現してみた,というところ――ここまでは歴史,ちゃんと考えてますよね?

  だからまあ,そちらのほうは良いとして(ホントか?)。
  では 「棹上のフレットの追加」 というのはどうでしょう?

  ベトナム月琴の場合,フレット高は月琴よりもさらに高く弦長も長いので,もともとの糸の振幅が大きく,ご要望のあった2~3フレット間のEと4~5フレット間のBを足したくらいでは,楽器本来の音色への影響は,さほど大きくはないものと考えます。

  しかし,こちらの改造には,過去の歴史の支えはありません。
  しかもそのうえ 「神のご加護」 もないご様子。


  「今の曲を弾くのに必要だから」という未来の力はありますが,これだけじゃとても足りません。
  神様も納得するような理由(いいわけ)が欲しい。
  八百万の神々の国のニンゲンといたしましては,他国の神様とはいえ神様は神様。
  神罰,コワいですからね。

神罰回避策
  で,ですね。

  庵主が何日も頭を絞って考えた,フレット追加における 「神罰回避策」 です。

  「穴あけただけぢゃーんっ!!」

  ――とか,言うなかれ。

  これは棹の上に鎮座まします神様を踏んづけないための配慮であり,神様が自由に通れる「道」です。
  だって,人間は通れないでしょ? こんな小さな穴。
  神なればこそ,通う通い路。

  しかもこれによって,演奏者はこの2本のフレットが,伝統的なフレット配列にないものであることが一目で分かります――つまり伝統的な曲を演奏するときには,この2本を避けて弾けばいい。そのための実に分かりやすい目印にもなるわけですね。

  さらに現代と未来に対しても,いくらか弁明(いいわけ)しておきましょうかね。

神罰回避策(2)   12本のフレットは「一年の "月" の数」。
  4本の弦はそこにめぐる「四つの季節」です。

   古代の阮咸からベトナム月琴の古型,明清楽の月琴,そしてウサ琴――時代の中で,交叉し,雑じり合う,音楽と楽器。

  この楽器は,神います天をめぐる「お月さん」の琴,ではなく。過去から現在,未来へと続く「時間をめぐる」月の琴。

   時間の「もしも」の,パラレル月琴。

  ――こんなところで,いかがでしょう?


南越1号(5)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(5)

STEP6 組み立て

裏板(1)
  さて,部品もあらかたそろったことですので,いよいよ組上げていこうと思います。

  まずは裏板。
  前にも書きましたが,今回は厚みが2倍なため,この圧着作業にいつも使ってる5センチのCクランプが使えません。面板保護の板を付けると,大き目のCクランプ(75mm)でも駄目。
  なもので,Fクランプをありったけ,あとは角材にゴム輪を総動員して,なんとか固定しております。
裏板(2)
  格好はかなり悪いものの,無事くっつきましたので,余分を切り取り,縁周を整形。

裏板(3)
  はい,胴体が箱になりました。

  厚みがあるのもありますが,バランスはいいようですね。
  見事に自立します。
  急須などでもそうなんですが「いい道具は立つ」のですよ(笑)。

裏板(3)
  ちなみに棹挿しても,ちょっとの支えでほぼ自立しました。
  これにはお父さんもびっくりだ。



STEP7 フレッティング


フレッティング(1)
  さっそくフレッティングに入ります。

  まずは鳥口の接着。
  塗装前に取り外すので,あまりしっかりは着けられないのですが,あるていどしっかり着いててくれないと,きちんと試奏ができません…難しいですね。

フレッティング(2)
  ニカワをわざと厚めに,点のように盛り上げて3~4箇所,底につけて固定しました。
  固定のときも特に圧力はかけず,ほぼ定位置にのっけるだけ。
  ニカワの層だけでくっついてるので,隙間に水が入れば比較的簡単にはずれてくれるはずです。

フレッティング(3)
  フレッティングの開始です。
  まだたった1本でも,なにか感動しますなあ~。


  フレットの音配列は,和尚♪さんが送ってくれました。

  さすがにこうした細かなところまで書いてくれてる資料が見つからなかったのと,安物の現物楽器は手元にあるんですが,あまりに工作がヒドいんで,そのフレッティングが正しいかどうか自信が持てなかったのですよ。
  うちのはいかにもアヤしげな「お土産」レベルの一本ですが,日本で数少ない(専門,なのは唯一か?)ベトナム月琴奏者である彼の愛器はショップのカスタムメイド。
  ちゃんとした職人さんの作った高級品ですものね。

  伝統的には8フレット,調弦は明清楽月琴などと同じく4度もしくは5度,C/Gで弾く楽器ですが,いろんな曲を弾きたい関係で,和尚♪さんはC/Dで弾いてます。
  またモダンスタイルのベトナム月琴は,胴体の上に数本高音域のフレットが追加されることがあるようで,彼の愛器も10フレットになってますね。

開放弦10
111112
111112

  上段が高音弦,下段が低音弦。
  伝統的なC/Gのチューニングに直すとこういう感じになります。

開放弦10
111112222
111112

  この伝統的な調弦で弾いてみて,第一に気がつくことは,低音域のEがない,ってとこですね。

  この楽器の低音域の音は素晴らしい。
  bebungを使ったビブラートのかかりも良くって気持ちいいんですが,何か知ってる曲を弾こうとすると,すぐに気がつきます。

  「あ,"ミ" がない…どうしよ!」。

  半音がない,なんてのはこちらの月琴も同じ。フレットが高いので,技術的には琵琶のように,弦を押し込んで半音から1~2度くらいあげることは可能ですが,速い曲では対応が難しいでしょうね。
  もちろん伝統的な曲をこの楽器の担当パートでやる場合は,それでいいんでしょうが,現代の曲を弾こうと思うと困っちゃう。

  最初,和尚♪さんのチューニングを聞いたときは,もともと弦もフレットも少ない楽器なのだから,伝統的な調弦にもどして音数を増やした方が有利なんじゃないかと考えたんですが。

  「Eが欲しいからC/D」

  このキモチは,実際に演奏してみると良く分かります。

  「フレットなんて勝手に増やしやぁいーじゃん!」

  ――てなことは,誰でも考えつきます。

神様(1)

  実際,近年では8フレットだったのを10フレットに増やして弾いている人もいる,というのは上にも書いたとおり。しかし,追加されるフレットは胴体の上,高音域の部分で,よく使われる棹の上ではありません。

  ――なぜか。

  この楽器の棹の上には,「神様がいる」 からなのです。

  高級な楽器では,この細い棹の上に8人の神様が象嵌されています。
  おそらく中国の「八仙人」のようなものなんでしょうが,この8人の神様は8本それぞれのフレット間に鎮座ましまし,それぞれの音を表象し,司っていると言われています。
  そのためそこにフレットを追加するということは,その神様を踏んづけて,ないがしろにしてしまうことになる――

神様(2)   「だから,それはできない。」

  と,和尚♪さんも現地ではっきりと断られたそうな。

  さあ,どうしましょうかねえ。

  音は欲しいが,神様はコワい…なんせこのハナシだと,演奏する方はいいとして,作る方にバチが当たる構図になっとるわけで。
  ダンナ,音楽家は違うかもしれやせんが,職人ってえ人種は,あッしもふくめて,どこの国でも意外と信心深いものなんでさあ。

神様(3)
  じつは庵主,この件に関しまして ハラにイチモツ あるのですが,そのあたりは後のハナシとして。

  とりあえずは,神罰の当たらない方向で,組み立ててゆきたいと思います。



  ベトナム月琴のフレットの材料は,安いものでは竹――さすがに南方,こんなにデカいフレットを平気で削りだせるような巨大・肉厚の竹材が平気であるんですわ。高級なものは唐木で出来ています。このあたりもこっちの月琴と同じですね。

フレッティング(4)
  南越1号のフレットは,竹と木のコンパチ。
  本体は棹と同じサクラ,弦で擦れる先端部分に竹の板を貼ります。

  和尚♪さんの現在の愛器のフレットも,唐木の本体に竹の板を貼ったものなのですが,竹板に「肉」の部分から取られた板が使われていたため,彼のパワフルな演奏に耐え切れずエグれてしまったのを,庵主が直したことがありました。

  できるなら最強と言われる皮付きのまま使いたいところですが,それもあまりカッコよくないので,目が詰まっていてぶ厚い,斑竹の皮ぎしの部分を使おうと思います。

  画像は素体の製作中。

  マクロのアップで撮ると,なんかカマボコ板の加工場みたいですねえ。
  すくなくとも「楽器のフレット」なんてものを作ってるようには見えませんて。


  こうして竹板を接着したカマボコ板を,いつものようにチューナーで位置を探りつつ,高さを調節してはどんどん立ててゆきます。

  まあもっとも――

  いつもの月琴のフレッティングだと,庵主,最近は4時間もあれば1セット,8~10本作っちゃえるんですが,さすがに格段デカいので勝手が違い,削りすぎとかで何本もオシャカりまして,今回は結局,10本そろうのに三日もかかってしまいました。
  おかげで最初使っていた本サクラの柾目の材料が払底。
  「日本人の作るなんちゃってベトナム月琴」 ということで,なんとなく国産っぽい材料を使いたかったんですが,7フレットから先は 「アメリカン・ブラックチェリー」 に…まあ,ぎりぎり「サクラ」なんで勘弁してください。

フレッティング(5)
  胴径の関係でスケールがわずかに短いので,オリジナルでは胴体上もしくは,棹と胴体の継ぎ目あたりにくる第7フレットが,棹上――それも基部のふくらみの真上にきちゃいましたが,この時点では本物との違いはその程度。

  本物のベトナム月琴のフレット幅は,上から下までほとんど同じですが,第7フレットを同じにすると,指板とのあいだに変なくぼみが出来て,指がひっかかっちゃいまして。
  指板の幅に合わせて,長くしちゃいました。

フレッティング(6)
  ついでに第8フレットを長く,以下を尻すぼみに。
  おなじみの――日本の明清楽月琴なんかで見るデザインですね。

  なんせほれ(忘れてたけど),ハイブリットな楽器ですから,このくらいは。

  さて,フレットがそろったところで,外二本しか張ってなかった弦を,内外4本の複弦に張り替えます。
  もう一度,フレットの位置と高さを微調整して,仮接着。

  複弦ベトナム月琴・南越1号。
  いまだホワイト月琴状態なれど,とりあえず楽器としては「完成(仮)」です。

  さあ,和尚♪さんに試奏してもらいましょうかあ!


  その先は…そこからまた考えます。


南越1号(4)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(4)

STEP5 覆手を作る

覆手(1)
  表面板の製作と同時に,テールピースを作ります。

  明清楽の月琴だと呼び名は「半月(はんげつ)」ですが,形が違いますんで,琵琶と同じ「覆手(ふくじゅ)」と呼んだ方が良さそうですね。
  オリジナルは「T」を逆さにしたような,というか横長の「凸」というか----
  あまり凝ったものはなく,簡単なカタチが多いのですが,今回は製作のテーマのひとつ「古代阮咸のなんちゃって復元」というのに沿い,正倉院の阮咸の覆手の形なぞ,少し真似てみることとしましょう……ごりごりごり。

  素材はローズウッドのカタマリ。
  材料箱をひっくり返していたら,ちょうど良さそうな大きさのものが出てきました。
  例により銘木屋さんのゴミ箱還送の品で,樹皮に近い部分のようですが,片面が丸くなってる形もちょうどいいですね。ほんに,ありがたやありがたや。

  糸鋸やノミ,木工ヤスリを駆使して2時間。大体の形に仕上がりました。
  口端の部分を少し削って,象牙の薄板を接着します--糸擦れの防止ですね--ちょうどこのカーブにあいそうな,輪切り板の欠片がありましたので,これを使っています。

  糸穴は6つ。
  「複弦ベトナム月琴」にするための糸間のせまい4弦2コースのと,「なんちゃって阮咸」にするための,ほぼ均等な糸間のもの----この穴の間隔にはけっこう悩みました。

  4弦単の阮咸仕様にしたとき,糸間があんまりせまいと弾きにくいし,かといって全体を広げすぎると,複弦ベトナム月琴として弾きにくくなります。
  何度か仮組みをし,糸の間隔をいろいろとシュミレートしてみて,

   複弦2コースのときは外弦間 28,内弦間 22,内外の弦間各3ミリづつ。
   4弦単の場合の1,4弦は,複弦時の外弦の穴を使い,各弦間は約9ミリ。

  棹上の糸間がせまいので,4弦単で琵琶風の演奏はちょいと難しいかもしれませんが,ウクレレやギターと同じくらいなことは出来ようかと思います。

  さっそく覆手の接着です。
  接着の前に,面板をヤシャブシで下染めしておきます。
  覆手の下とか,後でやるとき染めにくいですからね。

  いつもの月琴の板状のそれと違って,片持ち式ですんで多少バランスが悪い----面板との間にスペーサーを噛ませたり,左右がズレないように板をあてたり。Fクランプ大動員となりましたが,なんとかきちんと貼りついてくれたようです。
覆手(2)
覆手(3)
覆手(4)
覆手(5)
覆手(6)



STEP6 鳥口を作る

鳥口(1)
  テールピースと同時進行で,トップナットも作ります。

  こちらもいつもの月琴では「山口(サンコウ)」ですが,ベトナム月琴のそれは,角度は違うものの薩摩琵琶のに似ているので,そちらから取って「鳥口(とりくち)」と呼ばせていただきましょう。

  「鳥口」----ほんとこの姿。言いえて妙な名前ですわな。

  雅楽などで用いる古い形の楽琵琶や,明清楽の唐琵琶,現代中国の琵琶(ピーパー)などは絃高がそれほど高くはなく,このナット部分も月琴のそれとあまり変わらない姿をしています。
  一方,近世になって生み出された薩摩や筑前は絃高が高く,薩摩では「鳥口」という独特の形に,筑前のものは四角い大きなブロック状のものになっています。

  そういえば,絃高の高さ,フレットが末広がりなこと,弦を押し込んで音程を変える bebung 効果……前二回の解説に書いたとおり,庵主は「ベトナム月琴」という楽器は,うちらの(円胴短棹の)いわゆる「月琴」とは関係がなく,むしろ阮咸を祖として,奏法的にも琵琶に近いものと考えているのですが,こう考えてみると,やはり何気に共通点が多いですね。

  さて,こちらの材料も端材箱を掘り返して見つけたタガヤサンのカタマリ,出所は同じ。
  ちょっと底部の幅が足りないんで,以前ウサ琴の半月に使った同材の板を左右に貼り足します。。
  削って削って…さすが「鉄刀木」と書いて「タガヤサン」。
  モノが小さいのもあってこりゃタイヘン。

  糸の乗るてっぺん部分には竹板を貼り,鳥の「口」の部分には擦れ防止の象牙の薄板を貼り付けます。
  高さはあとで調節しようと思い,とりあえず手持ちの安ベ月琴と同じ 2.5センチにしたのですがが,仮組みで糸を張ってみたところ,案の定ちょっと高すぎて絃高に落差がつきすぎていたので,首を一度ちょン切り,背丈を縮めて付け直しました。

  まあ,どっしりとした据わりのいい感じになりましたか。
鳥口(2)
鳥口(3)
鳥口(4)
鳥口(5)


南越1号(3)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(3)

STEP3 胴体続き

内部構造(1) 内部構造(2) 内部構造(3)

  内部構造の組み付けです。

  棹に継ぐ茎(たぶん米松,DIY屋さんで買った端材より)も作り,実際に挿して,串にした状態で胴体に入れ込みます。
  こうしときゃ,まず後で「挿さらないっ!」てことはないわけで。

  いつもですと外枠にはめこみ,円が崩れないようにしながらやるのですが,今回はそうすると,胴の厚みのせいでクランプがかけられなくなるので,左右に部分枠をはめたりしてなんとか…
  いやはや,サイズが二倍になっただけで,いろいろとタイヘンですわい。

  下桁がわずかに傾いでしまいましたが,構造上は問題なく,なんとか接着できました。

内部構造(4)
  ウサ琴の竜骨構造は,普通の月琴よりニカワでの接着部分が多いので,乾いたら柿渋を塗りまわします。

  これにて補強&耐湿&接合部のニカワを狙う厄介な虫類からもガード。
  内部がイカレたら,欠けたりもげたりより始末が悪いですからね----
  古い月琴とかではよくここで職人さんの「手抜き」が見つかります。
  後世,そうやって誰かに見つかるのもヤですからね。
  出来ることは,ちゃんとしておきましょう。

内部構造(4)

  内部構造も完成しましたので,さっそく仮組み----棹を挿してみましょう。


  バラバラ状態だと,手桶と魔法少女のナニヤラ・ステッキ的なモノにしか見えないんですが,ようやく「楽器」っぽくなってきましたねえ。


  さて,これで表面板が着けば,もう完全に「楽器」の顔になりますね。


  今回の板はいつもの¥100均の焼き桐板を削ったものではなく,府中家具さんより買った5ミリの板。
  いつものように手で削ったものでなく,家具用に機械で切り出された板なので,厚みも正確,側面の断ち切りも鋭い――ほとんど何も調整しないでも,切って,木端面にニカワを塗って合わせたら,そのままピッタリ着いちゃいました。

  矧ぎ終わった板の余分な角を切り落として,胴体に接着します。

  写真はございませんが,胴体の厚みのせいで,いつものCクランプ(5cm口)が使えず,板二枚と角材で挟みこみ,荷止めゴムでグルグル巻きに縛り上げて,なんとか接着....けっこうタイヘンでした。

  くっついたら縁を整形して,まンまるに。

  まだまだオープンバックですが,糸を張ったら三味線みたいに鳴りそうですね。

表面板(1) 表面板(2) 表面板(3)




STEP4 響き線を仕込む

響き線(1)

  もちろん,本物のベトナム月琴にはこんなもん仕込まれておりません。

  通常のベトナム月琴の胴径は,だいたい明清楽の月琴などと同じ 35~36センチほど。
  今回はエコウッドを丸ッと使い,胴の厚みは同じくらいになってますが,胴体の直径のほうはウサ琴と同じく,30センチほどです。ベトナム月琴のあの深みのある幽玄な音色は,この胴内の空間から生み出されるものなわけですが,南越1号,その点ではかなり内部の容量が足りません。

  そこで,明清楽の月琴で培った知識を使い,余韻の足りない分のリゾネーターとして,「響き線」を入れてみることとしました----たんに「ベトナム月琴に "響き線" とか仕込んだら,面白いンじゃネ?」とかいう思い付きがハジマリだったことは禁則事項です。

  茎が胴をほぼ二分する形で通っているので,直線や弧線の長いものは入れられません。

ゴッタン阮咸・内部構造
  この形にじゅうぶん入って,もっとも音色上の効果が高いのは「渦巻き型」の線。
  「2号月琴」で実物をはじめて目にし,以後「ウサ琴」の初号機,「ゴッタン阮咸」「アルファさんの月琴」など,チューブラアンプのようなうねりのある余韻が,深く長く持続する----庵主お気に入りの構造ですが,この渦巻き線には,楽器の揺れに敏感でノイズが起こりやすいという欠点があります。
  しかも構造上この「線鳴り」がはじまると,なかなか収まらない上,かなり音がでかい。

  楽器を自由にぶン回しながら弾きたいムキにはやや不向き,ということ。

  実験のときはともかくとして,思い切り弾ける楽器がいいでしょう。

響き線(2)

  ――というわけで,線は4本直線。

  いづれも通常仕込む響き線の半分くらいの長さです。
  上の線はハガネ。鋼線は硬く,短いと効果が足りなくなるので,ギリギリまで長くするため,斜めに取り付けます。下の2本は真鍮。真鍮の線は柔らかいので,短くてもちゃんと音を拾ってくれるはず。


  焼入れもうまくいったし,取り付け・調整もまあまあ。

  メインの鋼線二本がやはり短いせいで,ウサ琴とかで上手くいったときのように,金属余韻がビリビリ響きまくる,というほどではありませんが,胴に耳を付けて胴側や面板をはじくと,ちゃんと「キーン....」と金属の余韻が生まれています。
  弦の長い楽器なので,音の振幅も長い。もともとの余韻も,短い月琴よりは長いはず。
  そのぶん,響き線がこのくらいでも,じゅうぶんに面白い効果が出せるのじゃないかと,多少楽観的ながら考えています。



南越1号(2)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(2)


INTRODUCTION2:「月琴」の起源について2----もうひとつの「ベトナム月琴」。

Dan Nhat
  わたしたちが「ベトナムの月琴」といって思い浮かべるのは,たとえば映画「青いパパイヤ」に出てくる,たとえば枯淡なキム・シンの抱えてる,スマートな長い棹に丸い胴体の楽器,「ダン・ングィット」(Dan Nguit)ですが,実はベトナムには,短い棹で丸い胴体の----庵主のような中国月琴や明清楽の月琴弾きである人間が言うところの,「月琴」にあたる楽器が存在しています。

  この楽器は「ダン・トゥ」(Dan tu) と呼ばれています。

  「Dan」は楽器,一般に撥弦楽器,琴の類に着く語。
  「Dan Nguit」の「Nguit」は「月」ですが,こちらの「tu」はたぶん「四」の意味でしょう。
  中国の西南少数民族の月琴の異称にも 「四弦(スゥシェン)」 といったものが見られますが,こうした「四本の絃を持つ楽器」というような,かんたんな呼び名のほうが,何か単純な楽器の特徴以外のところに結びつけた「○○の琴」といった呼び方よりも古くて,かえってその民族と楽器の親密な結びつきを表しているものなのかもしれませんね。

  面白いのはこの楽器が,別名で「ダン・ニャット」(Dan Nhat)とも呼ばれているところですね。
  「Nhat」は「太陽」(「日本の」という意味もあるようだけど…まさか「日本の楽器」とかいう意味ではないでしょうねえ…)
  前回書いたように,漢字の象形では「月」は三日月型,丸いのは太陽のほうです。
  その意味では「名が体を」ちゃんと表している言葉遣いかと。

Dan Nguit
  もっとも,庵主はベトナム音楽も語学も専門ではないので,この楽器がどれだけ一般的なものなのか,またそのどちらの名前がふつう使われているのかなどについては,いまひとつ要領を得ないのですが。

  形はほぼ,古いタイプの中国月琴と同じ,きわめて短い棹で四弦。フレットは8から10本。
  主旋律の演奏よりは,おもに伴奏楽器として使われるところも同様。
  蓮頭は如意雲板型ではなく,1950年代ころまでの古い中国月琴や,西南中国,四川などで今も見られる古形の月琴で見られる,三味線風の板状の海老尾型のことが多いのが特徴です。

  ベトナムの楽器や音楽は,中国の古いそれの影響を受けている,もしくは模倣であると言われますが,中国では近世,「短棹円胴」の楽器が「月琴」の名前を奪っているのに,なぜこの国では長い棹の「月琴」が「月琴」のままで,短い方は違う名前で呼ばれているのでしょうか?

  これもまた,名前の上では長い方が古くて正統派で,短い方は後に名前を簒奪したものである,という証拠の一つ,なのかもしれません。




STEP1 棹作り

  ウサ琴だろうがベト琴だろが,作る手順にゃかわりはねぇ。
  まずは棹を作りましょう。
  長物の製作は「ゴッタン阮咸」以来,ひのふの…んと,3年ぶりですかね。

  経験も少ないことですし,ハテ…うまくできるでしょうか?


棹作り(1)
  棹材には,サクラを選びました。

  安物の三味線などでも使われる素材なので,長物とはいえ強度的にもなんとかなりましょう。

  ベトナム月琴の棹は長くて細い----
  実際には細棹の三味線より若干細いくらいなのですが,末広がりの大きなフレットのせいもあって,やたらと細く感じられます。

  胴体との接合部,棹元部分にふくらみがあります。
  元の板がそれほど厚くないので,このふくらみを出すのに,端材袋から見つくろったサクラの板を左右に貼り足しました。
  ウサ琴の糸倉に使った余り材ですね。本サクラで柾目がきれいです。

  棹裏全体をゴリゴリと削っているうちに,やっぱりサクラだけだと強度がちょっとシンパイになって,指板として厚さ4ミリの黒檀の薄板を貼り付けることにしました。

  例によって銘木屋さんから貰ってきた端材ですが,ほとんどマグロに近い上物です。


棹作り(2)
棹作り(3)


棹作り(4)
  ホゾになる部分をざっと切り,棹元のふくらみ部分を整形してゆきます。

  このあたりの微妙な曲面や太さが,高音部を弾くときの操作感に影響するらしいので,けっこう慎重に調整してゆきました。





  深澤ヤスリさんの細工平と丸棒ヤスリ,大活躍です。





  ………ショリショリ,ゴリゴリ。

棹作り(5)
棹作り(6)

糸倉(1)
  糸倉はメイプル。

  この材料は,ウサ琴4号で棹に使ったのを半分に挽いて,15ミリ厚の板にしたもの。
  基部を斜めに削いで,棹末に切った受けに接着します。

  指板の長さがちょっと足りなかったので,糸倉との接合部,「鳥口」(とりくち=月琴だと山口)の乗るあたりにカリンの板を足しました。
  接合部の上なので,強度的には多少問題があろうかとは思うのですが....赤と黒で,なかなかキレイではあります。

  先端の裏面左右に,サクラの端材を貼り足してカタマリにし,ヘッドの飾り部分を削り出しています。

  ほんとうは「官冠」といって,お役人のかぶる冠の形になぞらえたもの(中国月琴でも時折見られる意匠)----に,したかったんですが。
  左右の渦巻きを削ってるうちに,バイオリンのヘッドをただ裏表ひっくり返したのみたいになっちゃいました----バイオリンの棹はよくメイプルで作りますが,もしかしてその影響とかもあるのでしょうか?

  全体を削って整形し,軸穴をあけます。
  はじめはドリル,焼き棒を突っ込んで焦がしながら,リーマーで削って調整してゆきます。
  メイプルで糸倉を作ったのははじめてなんですが,ほんと,焼くと砂糖を焦がしたみたいなニオイがしますね----さすがシロップを採る樹だなあ,と。

  本物のベトナム月琴の糸倉は,小さくスマートなものなのですが,今回の楽器では軸が4本ささるため,また低音の響きが欲しかったのもあって,通常のものよりかなり重く,大きな糸倉になりました。

  正面から見て糸倉の左右が,やや先端方向にすぼまるような曲面構造になっています。
  このあたりのデザインは正倉院の阮咸の糸倉からインスパイヤ。

糸倉(2)
糸倉(3)
糸倉(4)
糸倉(5)

軸(1)
  軸の材料は,このところの定番,¥100均屋さんのスダジイ製です。

  ウサ琴5の記事でいづれ紹介しますが----

  いちばんニガテだった「四面落し」(棒の四面を切り落として四角錐っぽく整形する)のために作った固定具が,なかなか上手くいって,軸の素体作りがほんの少しラクになりました。

  実際に,楽器に差し込みながら先端を調整し,合わせてゆきます。
  一本を軸の形にするのには,2時間もあればいいのですが,この調整が意外と大変。
  二日ほどかけて,四本がそろいました。
  うむ,いかにも弦楽器っぽくなってきましたね。

  ちょうどこのころ,「N氏の月琴」の修理も手がけていたため,軸のスタイルは乙女ちゃん月琴のそれに近くなりました。
  六角形で一本溝。
  明清楽の月琴では定番のカタチですね。

  ベトナム月琴とのハイブリット化(笑)は,もうこんなところでも進んでおります。

軸(2)
軸(3)
軸(4)



STEP2 胴体を作る

胴体(1)
  胴体はウサ琴と同じエコウッド。

  ただし今回は幅5センチの一本を,丸まんま使います。
  ----いつものウサ琴では,これを半分に割って使っているわけです。

  接合には,ふだん使っている外枠だけだと厚みが足りないので,部分枠を足してなんとか対応。
  接合部のスキマに,接着のいい桐板を薄く削って繋ぎにします。

  接合部分がふだんの二倍なのもあって,手持ちのクランプ類ではうまいぐあいに圧がかけられず,何度か失敗。

  なかなかタイヘンな作業でした。

胴体(2)
胴体(3)

胴体(1)
  まずネックブロックに桂の板を削って接着。

  棹を受ける穴をあけ,棹のホゾを整形,調整します。
  ホゾの位置は手持ちのベトナム月琴を参考に----明清楽の月琴とかに比べると,かなり下ですね。ほぼ三味線の茎と同じような感じです。

  表側には穴周りの補強のため,ブビンガのツキ板を貼り付けてあります。

胴体(4)
胴体(5)


胴体(6)
  エンドには当初,そこらに転がっていたクルミの端材を十文字型に組んで貼り付けてたんですが。

  カッコも悪いし強度的にもあまり意味がないので,接合部が完全にくっついてから,一度削り落として,エゾ松の板を削ってブロックにし,貼り直しました。

  それにしてもデカいなあ…おモチみたいだ。

  こちらも接合部保護のため,表側にブナのツキ板を貼り付てあります

胴体(7)
胴体(8)


ベトナム月琴内部構造
  本物のベトナム月琴の内部構造は「古い中国月琴」のそれに似ています。
  内桁は明清楽の月琴のように板ではなく,表裏面板の裏面,胴の上からだいたい三分の一程度のところに,幅1センチほどの薄いバスパーを渡し,その間に板を挟み込んだ形になっています。
  真ん中の板は台形になっており,そこに茎を受ける穴があいています。

  茎も短く,楽器内部で棹を受ける部品はこの一枚の桁だけ。
  こんな長い棹なのにこれで大丈夫なのかいな,というくらい簡単な構造です。

  庵主の楽器では,この内桁を2枚にし,茎を下桁まで通すことにしました。

  明清楽月琴とのハイブリット化,そして強度上のこともあるのですが。
  丸いエコウッドでラクができるぶん,胴径が小さくなるので,より胴全体が鳴るような構造にしたいところもあります。

  ふだんの製作だと檜か杉の細材を使うんですが,厚みが二倍になりちょうどいいサイズの材がなかったので,今回の桁材には,ちょっと大きいエゾ松の12ミリ板を使うことにしました。
  6センチ幅だったのを,DIYで胴の厚みの5センチに落としてもらい,真ん中に茎の穴,左右に音孔を開けます。杉とか檜にくらべるといくぶん柔らかめですが…まあ,ギターとかにも使われる素材ですから,音のほうでは問題ないでしょうか。

  竜骨は10ミリ厚の版画用カツラ板。
  これもふだんは6ミリの杉板で作ってますからね,やたらと太く感じます。

胴体(9)
胴体(10)
胴体(10)

  あちこち部品が大きいんで,ときどき仮組みしてみても,せまい部屋の中ではなかなか全貌が分かりかねまして。
  どんな楽器が出来てくるやら,なるのやら。
  まだ,ちッっとも分かりませんねえ。

  エイリアンやジョーズみたいに,なかなか全貌の見えない楽器作りとなっております(笑)。


南越1号(1)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(1)

INTRODUCTION:「月琴」の起源について

プイ族の月琴
  さて...「月琴」と一口に申しまして,こう名付く楽器には,実はイロイロなモノがあります。

  現在の中国月琴,プイ族やイ族など西南少数民族の月琴,庵主がやっている明清楽の月琴のような 「短棹円胴」 の楽器のほかにも,三味線のような長い棹を持った,台湾や中国南方の 「南月琴」,ベトナムで弾かれいる 「ダン・ングィット」 といったものがあります。
  また,いまはほとんど弾かれていないようですが,お隣の朝鮮にも 「ウォルグム(月琴)」 という,丸い胴体に長いネックのついた楽器がありました。


正倉院の阮咸
  一般に「月琴」という楽器の祖先は,正倉院の御物などにもある四弦円胴長棹の古代楽器 「阮咸(げんかん)」 であるとされています。歴史書によればこの楽器は,唐の則天武后の時代,蜀の国で古墓から出てきた青銅製の楽器を,木で摸作させたのがはじまりだとか。
  その名前はこの物体が出土したとき,誰もそれが何であるのか分からなかったのですが,元行沖というものが 「それは晋の阮咸が作った楽器である」 と言ったところから起こっているとも書かれています。

  中国の本などでよく見られる 「阮咸>月琴」 説の根拠は,つまるところ,そうした古書や類書に,この「阮咸」が 「 "月琴" とも呼ばれた」 と書いてある,というところにあるようですが,古くは江戸時代,馬琴あたりも言っているように,丸い胴体にまっすぐな棹が付いてるという外見上のことを除けば,二つの楽器に共通点は少なく,実際のところ,文献上・名称上の一致からくる牽強付会に過ぎません

  ついで,この長棹の「阮咸」が,今の月琴のカタチになった理由について 「清代に早弾きをするため短くなった」 とする,典拠不明の説があります----よく見るものですが,これもはなはだアヤしい。

  弦楽器弾きならまあ,瞬間的に分かってしまうことなのですが。

  超絶早弾きをする津軽三味線が,ゆっくりしっとり弾くお座敷三味線より短いかというと,けっしてそういうコトはなく,ショートスケールのギターのほうが,ロングスケールのそれより早弾きしやすいかというと,そういうワケでもありません。

古い中国月琴
  庵主の持っている1950年代の古い中国月琴の棹は短く,長さは10cmほど,棹上のフレットはわずか2本(過去記事 「古い中国月琴」 参照)しかありません。

  現在の中国月琴はもう少し棹が長く,幅広ですが,これは文革のころから1980年代にかけて,作為的に「改良」された結果なので,こうした古くからの楽器との関係は薄く,ある意味,近世の「創作楽器」といって良いかもしれないですね。

  これらよりさらに以前の中国月琴の姿をとどめている明清楽の月琴は,有効弦長40~42センチ,一方,こうした古いタイプの中国月琴は10センチほども短く,31~32センチほどとなります。


明清楽月琴   清代後半,演劇音楽の変化とともに,その伴奏楽器としての月琴は,細かいパッセージを連弾する,リズム楽器的なパートを受け持つようになりました。

  主旋律よりは,背景としてのトレモロ演奏に特化していったわけです。

  一音一音を余韻までしっかり出す必要はないので,弦の振幅は狭くて宜しく,フレット間もせまくてかまわない,また弦の表面を引っ掻くようにして弾くので,弦長が短く,弦圧が高い方がキレイに音が出ます。

  こうした音楽,奏法の変遷上の必要から,それ以前の明清楽の月琴型の楽器が,「より短くなって」,こうした月琴へと変化した,というのならまだ分かりますが,明清楽の月琴と比べても有効弦長が2倍近くある「阮咸」という楽器が,いきなり半分近く縮んで「月琴」になった,というのにはかなり無理があると思いますね。


現在の中国月琴
  また,実際にそこまで大きな長弦から短弦への変化があったのなら,それは一年二年といった期間での話ではなかったはず。そうするとその間に,中間的なスケールを持つ楽器が様々に生まれ,どこかに残っていてもいいはずですが,そうした例があげられていないのはなぜでしょう?

  また,「清代に阮咸が短くなって "月琴" になった」のなら,西南少数民族の「月琴」はどこから来たのでしょう?

  台湾やベトナムの長い棹の「月琴」との関係は?
  そして彼らは,どうして長い棹のまま残ったのでしょう?



八角月琴
  そもそも,この楽器がなぜ「月琴」という名前で呼ばれるようになったのか。

  よく 「胴体が満月のようだから」 という解説がなされますが,これもまた考えてみるとイロイロとギモンがあります。

  わたしたちの知る「月琴」はたしかに,丸い胴体に棹が挿してあるのが特徴の楽器ですが,少数民族の「月琴」には六角形や八角形の胴体のものもあります。
  また,かつて明楽で「月琴」と呼ばれた「双清」,清楽でいうところの「阮咸」も,「長棹八角胴」の楽器です。

  胴体が丸くないなら,これらのどこが「月」だというのでしょうか?

  そもそも「月」という文字は「三日月」の象形文字。
  真ン丸なのはむしろ「日」のほう。
  ほか真ん丸で「月」なのは,月餅くらいなものです。
  どうして「太陽琴」や「日琴」ではいけなかったのでしょう?

  西南少数民族の歌や伝承のなかでは,「月琴」は「お月様から授かった楽器」である,ということになっています----お月様の楽器だから,「月琴」

  うむ,庵主にはこッちのほうがしっくりときますね。


  今のところ「短棹円胴」の「月琴」がいつごろ,どこから来たものかは,はっきりとは分かりません。

カチャピー
  庵主はこうした少数民族間にある伝承や,その奏法・調弦の比較から,「短棹円胴」の月琴の淵源は琵琶に近い楽器である「阮咸」ではなく,亀の甲羅に弦を張ったインドの竪琴に由来するという東南アジアの弦楽器 「カチャピー」 の類にあるのではないかと考えています。

  東南アジア一帯に分布する「カチャピー」もしくは「カサピ」などと呼ばれる類の楽器は多種多様で,フレットのあるもの,三味線のようなフレットレスで長いもの,丸っこい胴体を持ったウクレレ風のものなどさまざまですが,2弦から4弦で,基本その奏法は,少数民族の月琴と共通する「かき鳴らし」です。

  そうした楽器群の中から派生した西南少数民族の楽器が,清代に文化人の間で何度かあった「南方ブーム」のなかで中央に取り込まれ,それまで中国人の間で「月琴」と呼ばれていた長棹八角胴の楽器(「双韻」=清楽でいうところの「阮咸」)に,いつの間にか取って代ったものではなかろうかと推測しております。




斗酒庵,ベトナム月琴を作る

安物ベトナム月琴
  さて,ちょいと長講釈をしてしまいましたが。
  ひさしぶりの製作記です。

  ウサ琴の第5シリーズにも手を着けているのですが,どうやらこちらのほうが早く終わりそうなので,先に報告をまとめることとしました。

  庵主,今回はなんと,ベトナム月琴を作ります。

  上でも述べたとおり,庵主の普段やっている短い棹の「月琴」は,実のところ起源不明・本性不詳なナゾの楽器で,唐宋のころにあった「月琴」とは関係ないものだと思っております。
  そしてその「月琴」とも呼ばれた「阮咸」という楽器の,本当の意味での直系の子孫・生き残りは,台湾の「南月琴」やベトナムの「ダン・ングィット」など,長棹の月琴類なのではないかと,庵主は考えておるわけです。

  ちょっと前に,安物のベトナム月琴をネオクで \1,000 で落としたのがきっかけで,いろいろと遊んでいるうちに,そういう考えがムクムクと湧いてきまして,ハイ。ではちょいと庵主なりのやり方で,これを確かめてみよう,と.....

  ただし,庵主はベトナム月琴という楽器を弾きこなせるわけではないので,代わりに弾いてもらう実験体も用意いたしました。

  よろしく。



年画のベトナム月琴
  たんに,「ベトナム月琴を手作りする」というだけでしたら,まあ,安物とはいえ実物もあるわけですし,そのくらいの資料も集めましたので難しいことではありません。

  明清楽の月琴のように,製作者が絶え,製法が不明になってしまった楽器ですと,あえて製作する意味もいろいろとあるのですが,ベトナムの月琴は廃れつつあるとはいえ,まだまだ現役で職人さんもおり,ちゃんと作られ続けています----ここで庵主が一本作ってみたところで,「ベトナムの楽器を日本人が作ってみた」ていどのことにしかなりません。

  まあ,それでも構わない,とは思うのですが。

  庵主の楽器作りはあくまで実験のためですから,どうせ作るなら楽器の起源を探る,何かしらそうした情報の得られるほうがいい。

  たとえば,現在のベトナム月琴は2弦の楽器ですが,むかしは4弦の楽器だった,とされています。

  正月に飾る伝統的な年画などでは,今でも4弦の楽器として描かれることが多く,その糸倉には今も実際に軸が挿せる穴のほかに,装飾的な穴が1~2組あけられています。

ベトナム月琴の糸倉
  その4弦時代のベトナム月琴の調弦が,こちらの月琴のような4弦2コースであったのか,阮咸や琵琶のような4弦単だったのかまでは調べが着きませんでしたが,もし後者なら,庵主の仮説そのまんま,前者なら東南アジア一帯に分布するカチャピー類が,中国経由の秦琵琶・阮咸系の楽器と混じりあったもの,と考えられるかもしれません。

  実際の古楽器を調べにサイゴンまで飛ぶ,というわけにもゆかず。
  文献上調べたくともベトナム語はちょいと読めない。

  というわけで,とりあえずはどっちが楽器としてしっくりくるのか,実験してみようと思います。

  あくまで,ちゃんとした情報が得られるようになるまでの予備的研究にしか過ぎませんが。
  古いベトナム月琴と古代楽器の阮咸と明清楽の月琴,というかウサ琴のハイブリット。
  古代から現在に到り,ひょっとすると未来にまでいっちゃう楽器にしちゃいましょう,と思っております。



「南越1号(仮)」製作コンセプト

  1) 4弦のベトナム月琴。

   さらに「4弦2コース」にも「4弦単」にも張り替えられるようにしましょう。

   ナニ,テールピースに複弦の4つのほか,単弦用の穴を2つ,余計にあけるだけのハナシです。
   これにより 「複弦のベトナム月琴」 としても,ひょっとすれば古代楽器・阮咸の 「お手軽復元楽器」 としても,実験可能な楽器とします。庵主の実験はそこまでですが,その後は4弦単にすれば琵琶みたいな演奏が出来ますし,低音を複弦にしたり,コースをオクターブにしたり,音楽的な可能性の広い楽器となってナニヤラ面白そうです。


  2) ウサ琴ベースの小型月琴(トラベリング・ングイット)。

   というか,例によって胴体をエコウッドで組む予定なので,小さくなってしまうのです。


  3) 「響き線」を仕込んでみる。

   明清楽の月琴と,ベトナム月琴の融合~,てなとこで。


  むかし,ベトナムには「林邑(りんゆう)」と呼ばれる国がありました。
  日本の雅楽には「林邑八楽」といって,この国から来たとされる音楽が伝わっております。
  古代日本に音楽をくれた国へ,楽器作りを通して,旅をしてみましょう。

  製作は次号より。
  刮目して待たれよ!


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