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南越1号(1)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(1)

INTRODUCTION:「月琴」の起源について

プイ族の月琴
  さて...「月琴」と一口に申しまして,こう名付く楽器には,実はイロイロなモノがあります。

  現在の中国月琴,プイ族やイ族など西南少数民族の月琴,庵主がやっている明清楽の月琴のような 「短棹円胴」 の楽器のほかにも,三味線のような長い棹を持った,台湾や中国南方の 「南月琴」,ベトナムで弾かれいる 「ダン・ングィット」 といったものがあります。
  また,いまはほとんど弾かれていないようですが,お隣の朝鮮にも 「ウォルグム(月琴)」 という,丸い胴体に長いネックのついた楽器がありました。


正倉院の阮咸
  一般に「月琴」という楽器の祖先は,正倉院の御物などにもある四弦円胴長棹の古代楽器 「阮咸(げんかん)」 であるとされています。歴史書によればこの楽器は,唐の則天武后の時代,蜀の国で古墓から出てきた青銅製の楽器を,木で摸作させたのがはじまりだとか。
  その名前はこの物体が出土したとき,誰もそれが何であるのか分からなかったのですが,元行沖というものが 「それは晋の阮咸が作った楽器である」 と言ったところから起こっているとも書かれています。

  中国の本などでよく見られる 「阮咸>月琴」 説の根拠は,つまるところ,そうした古書や類書に,この「阮咸」が 「 "月琴" とも呼ばれた」 と書いてある,というところにあるようですが,古くは江戸時代,馬琴あたりも言っているように,丸い胴体にまっすぐな棹が付いてるという外見上のことを除けば,二つの楽器に共通点は少なく,実際のところ,文献上・名称上の一致からくる牽強付会に過ぎません

  ついで,この長棹の「阮咸」が,今の月琴のカタチになった理由について 「清代に早弾きをするため短くなった」 とする,典拠不明の説があります----よく見るものですが,これもはなはだアヤしい。

  弦楽器弾きならまあ,瞬間的に分かってしまうことなのですが。

  超絶早弾きをする津軽三味線が,ゆっくりしっとり弾くお座敷三味線より短いかというと,けっしてそういうコトはなく,ショートスケールのギターのほうが,ロングスケールのそれより早弾きしやすいかというと,そういうワケでもありません。

古い中国月琴
  庵主の持っている1950年代の古い中国月琴の棹は短く,長さは10cmほど,棹上のフレットはわずか2本(過去記事 「古い中国月琴」 参照)しかありません。

  現在の中国月琴はもう少し棹が長く,幅広ですが,これは文革のころから1980年代にかけて,作為的に「改良」された結果なので,こうした古くからの楽器との関係は薄く,ある意味,近世の「創作楽器」といって良いかもしれないですね。

  これらよりさらに以前の中国月琴の姿をとどめている明清楽の月琴は,有効弦長40~42センチ,一方,こうした古いタイプの中国月琴は10センチほども短く,31~32センチほどとなります。


明清楽月琴   清代後半,演劇音楽の変化とともに,その伴奏楽器としての月琴は,細かいパッセージを連弾する,リズム楽器的なパートを受け持つようになりました。

  主旋律よりは,背景としてのトレモロ演奏に特化していったわけです。

  一音一音を余韻までしっかり出す必要はないので,弦の振幅は狭くて宜しく,フレット間もせまくてかまわない,また弦の表面を引っ掻くようにして弾くので,弦長が短く,弦圧が高い方がキレイに音が出ます。

  こうした音楽,奏法の変遷上の必要から,それ以前の明清楽の月琴型の楽器が,「より短くなって」,こうした月琴へと変化した,というのならまだ分かりますが,明清楽の月琴と比べても有効弦長が2倍近くある「阮咸」という楽器が,いきなり半分近く縮んで「月琴」になった,というのにはかなり無理があると思いますね。


現在の中国月琴
  また,実際にそこまで大きな長弦から短弦への変化があったのなら,それは一年二年といった期間での話ではなかったはず。そうするとその間に,中間的なスケールを持つ楽器が様々に生まれ,どこかに残っていてもいいはずですが,そうした例があげられていないのはなぜでしょう?

  また,「清代に阮咸が短くなって "月琴" になった」のなら,西南少数民族の「月琴」はどこから来たのでしょう?

  台湾やベトナムの長い棹の「月琴」との関係は?
  そして彼らは,どうして長い棹のまま残ったのでしょう?



八角月琴
  そもそも,この楽器がなぜ「月琴」という名前で呼ばれるようになったのか。

  よく 「胴体が満月のようだから」 という解説がなされますが,これもまた考えてみるとイロイロとギモンがあります。

  わたしたちの知る「月琴」はたしかに,丸い胴体に棹が挿してあるのが特徴の楽器ですが,少数民族の「月琴」には六角形や八角形の胴体のものもあります。
  また,かつて明楽で「月琴」と呼ばれた「双清」,清楽でいうところの「阮咸」も,「長棹八角胴」の楽器です。

  胴体が丸くないなら,これらのどこが「月」だというのでしょうか?

  そもそも「月」という文字は「三日月」の象形文字。
  真ン丸なのはむしろ「日」のほう。
  ほか真ん丸で「月」なのは,月餅くらいなものです。
  どうして「太陽琴」や「日琴」ではいけなかったのでしょう?

  西南少数民族の歌や伝承のなかでは,「月琴」は「お月様から授かった楽器」である,ということになっています----お月様の楽器だから,「月琴」

  うむ,庵主にはこッちのほうがしっくりときますね。


  今のところ「短棹円胴」の「月琴」がいつごろ,どこから来たものかは,はっきりとは分かりません。

カチャピー
  庵主はこうした少数民族間にある伝承や,その奏法・調弦の比較から,「短棹円胴」の月琴の淵源は琵琶に近い楽器である「阮咸」ではなく,亀の甲羅に弦を張ったインドの竪琴に由来するという東南アジアの弦楽器 「カチャピー」 の類にあるのではないかと考えています。

  東南アジア一帯に分布する「カチャピー」もしくは「カサピ」などと呼ばれる類の楽器は多種多様で,フレットのあるもの,三味線のようなフレットレスで長いもの,丸っこい胴体を持ったウクレレ風のものなどさまざまですが,2弦から4弦で,基本その奏法は,少数民族の月琴と共通する「かき鳴らし」です。

  そうした楽器群の中から派生した西南少数民族の楽器が,清代に文化人の間で何度かあった「南方ブーム」のなかで中央に取り込まれ,それまで中国人の間で「月琴」と呼ばれていた長棹八角胴の楽器(「双韻」=清楽でいうところの「阮咸」)に,いつの間にか取って代ったものではなかろうかと推測しております。




斗酒庵,ベトナム月琴を作る

安物ベトナム月琴
  さて,ちょいと長講釈をしてしまいましたが。
  ひさしぶりの製作記です。

  ウサ琴の第5シリーズにも手を着けているのですが,どうやらこちらのほうが早く終わりそうなので,先に報告をまとめることとしました。

  庵主,今回はなんと,ベトナム月琴を作ります。

  上でも述べたとおり,庵主の普段やっている短い棹の「月琴」は,実のところ起源不明・本性不詳なナゾの楽器で,唐宋のころにあった「月琴」とは関係ないものだと思っております。
  そしてその「月琴」とも呼ばれた「阮咸」という楽器の,本当の意味での直系の子孫・生き残りは,台湾の「南月琴」やベトナムの「ダン・ングィット」など,長棹の月琴類なのではないかと,庵主は考えておるわけです。

  ちょっと前に,安物のベトナム月琴をネオクで \1,000 で落としたのがきっかけで,いろいろと遊んでいるうちに,そういう考えがムクムクと湧いてきまして,ハイ。ではちょいと庵主なりのやり方で,これを確かめてみよう,と.....

  ただし,庵主はベトナム月琴という楽器を弾きこなせるわけではないので,代わりに弾いてもらう実験体も用意いたしました。

  よろしく。



年画のベトナム月琴
  たんに,「ベトナム月琴を手作りする」というだけでしたら,まあ,安物とはいえ実物もあるわけですし,そのくらいの資料も集めましたので難しいことではありません。

  明清楽の月琴のように,製作者が絶え,製法が不明になってしまった楽器ですと,あえて製作する意味もいろいろとあるのですが,ベトナムの月琴は廃れつつあるとはいえ,まだまだ現役で職人さんもおり,ちゃんと作られ続けています----ここで庵主が一本作ってみたところで,「ベトナムの楽器を日本人が作ってみた」ていどのことにしかなりません。

  まあ,それでも構わない,とは思うのですが。

  庵主の楽器作りはあくまで実験のためですから,どうせ作るなら楽器の起源を探る,何かしらそうした情報の得られるほうがいい。

  たとえば,現在のベトナム月琴は2弦の楽器ですが,むかしは4弦の楽器だった,とされています。

  正月に飾る伝統的な年画などでは,今でも4弦の楽器として描かれることが多く,その糸倉には今も実際に軸が挿せる穴のほかに,装飾的な穴が1~2組あけられています。

ベトナム月琴の糸倉
  その4弦時代のベトナム月琴の調弦が,こちらの月琴のような4弦2コースであったのか,阮咸や琵琶のような4弦単だったのかまでは調べが着きませんでしたが,もし後者なら,庵主の仮説そのまんま,前者なら東南アジア一帯に分布するカチャピー類が,中国経由の秦琵琶・阮咸系の楽器と混じりあったもの,と考えられるかもしれません。

  実際の古楽器を調べにサイゴンまで飛ぶ,というわけにもゆかず。
  文献上調べたくともベトナム語はちょいと読めない。

  というわけで,とりあえずはどっちが楽器としてしっくりくるのか,実験してみようと思います。

  あくまで,ちゃんとした情報が得られるようになるまでの予備的研究にしか過ぎませんが。
  古いベトナム月琴と古代楽器の阮咸と明清楽の月琴,というかウサ琴のハイブリット。
  古代から現在に到り,ひょっとすると未来にまでいっちゃう楽器にしちゃいましょう,と思っております。



「南越1号(仮)」製作コンセプト

  1) 4弦のベトナム月琴。

   さらに「4弦2コース」にも「4弦単」にも張り替えられるようにしましょう。

   ナニ,テールピースに複弦の4つのほか,単弦用の穴を2つ,余計にあけるだけのハナシです。
   これにより 「複弦のベトナム月琴」 としても,ひょっとすれば古代楽器・阮咸の 「お手軽復元楽器」 としても,実験可能な楽器とします。庵主の実験はそこまでですが,その後は4弦単にすれば琵琶みたいな演奏が出来ますし,低音を複弦にしたり,コースをオクターブにしたり,音楽的な可能性の広い楽器となってナニヤラ面白そうです。


  2) ウサ琴ベースの小型月琴(トラベリング・ングイット)。

   というか,例によって胴体をエコウッドで組む予定なので,小さくなってしまうのです。


  3) 「響き線」を仕込んでみる。

   明清楽の月琴と,ベトナム月琴の融合~,てなとこで。


  むかし,ベトナムには「林邑(りんゆう)」と呼ばれる国がありました。
  日本の雅楽には「林邑八楽」といって,この国から来たとされる音楽が伝わっております。
  古代日本に音楽をくれた国へ,楽器作りを通して,旅をしてみましょう。

  製作は次号より。
  刮目して待たれよ!


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