« 南越1号(1) | トップページ | 南越1号(3) »

南越1号(2)

VET1_02.txt
斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(2)


INTRODUCTION2:「月琴」の起源について2----もうひとつの「ベトナム月琴」。

Dan Nhat
  わたしたちが「ベトナムの月琴」といって思い浮かべるのは,たとえば映画「青いパパイヤ」に出てくる,たとえば枯淡なキム・シンの抱えてる,スマートな長い棹に丸い胴体の楽器,「ダン・ングィット」(Dan Nguit)ですが,実はベトナムには,短い棹で丸い胴体の----庵主のような中国月琴や明清楽の月琴弾きである人間が言うところの,「月琴」にあたる楽器が存在しています。

  この楽器は「ダン・トゥ」(Dan tu) と呼ばれています。

  「Dan」は楽器,一般に撥弦楽器,琴の類に着く語。
  「Dan Nguit」の「Nguit」は「月」ですが,こちらの「tu」はたぶん「四」の意味でしょう。
  中国の西南少数民族の月琴の異称にも 「四弦(スゥシェン)」 といったものが見られますが,こうした「四本の絃を持つ楽器」というような,かんたんな呼び名のほうが,何か単純な楽器の特徴以外のところに結びつけた「○○の琴」といった呼び方よりも古くて,かえってその民族と楽器の親密な結びつきを表しているものなのかもしれませんね。

  面白いのはこの楽器が,別名で「ダン・ニャット」(Dan Nhat)とも呼ばれているところですね。
  「Nhat」は「太陽」(「日本の」という意味もあるようだけど…まさか「日本の楽器」とかいう意味ではないでしょうねえ…)
  前回書いたように,漢字の象形では「月」は三日月型,丸いのは太陽のほうです。
  その意味では「名が体を」ちゃんと表している言葉遣いかと。

Dan Nguit
  もっとも,庵主はベトナム音楽も語学も専門ではないので,この楽器がどれだけ一般的なものなのか,またそのどちらの名前がふつう使われているのかなどについては,いまひとつ要領を得ないのですが。

  形はほぼ,古いタイプの中国月琴と同じ,きわめて短い棹で四弦。フレットは8から10本。
  主旋律の演奏よりは,おもに伴奏楽器として使われるところも同様。
  蓮頭は如意雲板型ではなく,1950年代ころまでの古い中国月琴や,西南中国,四川などで今も見られる古形の月琴で見られる,三味線風の板状の海老尾型のことが多いのが特徴です。

  ベトナムの楽器や音楽は,中国の古いそれの影響を受けている,もしくは模倣であると言われますが,中国では近世,「短棹円胴」の楽器が「月琴」の名前を奪っているのに,なぜこの国では長い棹の「月琴」が「月琴」のままで,短い方は違う名前で呼ばれているのでしょうか?

  これもまた,名前の上では長い方が古くて正統派で,短い方は後に名前を簒奪したものである,という証拠の一つ,なのかもしれません。




STEP1 棹作り

  ウサ琴だろうがベト琴だろが,作る手順にゃかわりはねぇ。
  まずは棹を作りましょう。
  長物の製作は「ゴッタン阮咸」以来,ひのふの…んと,3年ぶりですかね。

  経験も少ないことですし,ハテ…うまくできるでしょうか?


棹作り(1)
  棹材には,サクラを選びました。

  安物の三味線などでも使われる素材なので,長物とはいえ強度的にもなんとかなりましょう。

  ベトナム月琴の棹は長くて細い----
  実際には細棹の三味線より若干細いくらいなのですが,末広がりの大きなフレットのせいもあって,やたらと細く感じられます。

  胴体との接合部,棹元部分にふくらみがあります。
  元の板がそれほど厚くないので,このふくらみを出すのに,端材袋から見つくろったサクラの板を左右に貼り足しました。
  ウサ琴の糸倉に使った余り材ですね。本サクラで柾目がきれいです。

  棹裏全体をゴリゴリと削っているうちに,やっぱりサクラだけだと強度がちょっとシンパイになって,指板として厚さ4ミリの黒檀の薄板を貼り付けることにしました。

  例によって銘木屋さんから貰ってきた端材ですが,ほとんどマグロに近い上物です。


棹作り(2)
棹作り(3)


棹作り(4)
  ホゾになる部分をざっと切り,棹元のふくらみ部分を整形してゆきます。

  このあたりの微妙な曲面や太さが,高音部を弾くときの操作感に影響するらしいので,けっこう慎重に調整してゆきました。





  深澤ヤスリさんの細工平と丸棒ヤスリ,大活躍です。





  ………ショリショリ,ゴリゴリ。

棹作り(5)
棹作り(6)

糸倉(1)
  糸倉はメイプル。

  この材料は,ウサ琴4号で棹に使ったのを半分に挽いて,15ミリ厚の板にしたもの。
  基部を斜めに削いで,棹末に切った受けに接着します。

  指板の長さがちょっと足りなかったので,糸倉との接合部,「鳥口」(とりくち=月琴だと山口)の乗るあたりにカリンの板を足しました。
  接合部の上なので,強度的には多少問題があろうかとは思うのですが....赤と黒で,なかなかキレイではあります。

  先端の裏面左右に,サクラの端材を貼り足してカタマリにし,ヘッドの飾り部分を削り出しています。

  ほんとうは「官冠」といって,お役人のかぶる冠の形になぞらえたもの(中国月琴でも時折見られる意匠)----に,したかったんですが。
  左右の渦巻きを削ってるうちに,バイオリンのヘッドをただ裏表ひっくり返したのみたいになっちゃいました----バイオリンの棹はよくメイプルで作りますが,もしかしてその影響とかもあるのでしょうか?

  全体を削って整形し,軸穴をあけます。
  はじめはドリル,焼き棒を突っ込んで焦がしながら,リーマーで削って調整してゆきます。
  メイプルで糸倉を作ったのははじめてなんですが,ほんと,焼くと砂糖を焦がしたみたいなニオイがしますね----さすがシロップを採る樹だなあ,と。

  本物のベトナム月琴の糸倉は,小さくスマートなものなのですが,今回の楽器では軸が4本ささるため,また低音の響きが欲しかったのもあって,通常のものよりかなり重く,大きな糸倉になりました。

  正面から見て糸倉の左右が,やや先端方向にすぼまるような曲面構造になっています。
  このあたりのデザインは正倉院の阮咸の糸倉からインスパイヤ。

糸倉(2)
糸倉(3)
糸倉(4)
糸倉(5)

軸(1)
  軸の材料は,このところの定番,¥100均屋さんのスダジイ製です。

  ウサ琴5の記事でいづれ紹介しますが----

  いちばんニガテだった「四面落し」(棒の四面を切り落として四角錐っぽく整形する)のために作った固定具が,なかなか上手くいって,軸の素体作りがほんの少しラクになりました。

  実際に,楽器に差し込みながら先端を調整し,合わせてゆきます。
  一本を軸の形にするのには,2時間もあればいいのですが,この調整が意外と大変。
  二日ほどかけて,四本がそろいました。
  うむ,いかにも弦楽器っぽくなってきましたね。

  ちょうどこのころ,「N氏の月琴」の修理も手がけていたため,軸のスタイルは乙女ちゃん月琴のそれに近くなりました。
  六角形で一本溝。
  明清楽の月琴では定番のカタチですね。

  ベトナム月琴とのハイブリット化(笑)は,もうこんなところでも進んでおります。

軸(2)
軸(3)
軸(4)



STEP2 胴体を作る

胴体(1)
  胴体はウサ琴と同じエコウッド。

  ただし今回は幅5センチの一本を,丸まんま使います。
  ----いつものウサ琴では,これを半分に割って使っているわけです。

  接合には,ふだん使っている外枠だけだと厚みが足りないので,部分枠を足してなんとか対応。
  接合部のスキマに,接着のいい桐板を薄く削って繋ぎにします。

  接合部分がふだんの二倍なのもあって,手持ちのクランプ類ではうまいぐあいに圧がかけられず,何度か失敗。

  なかなかタイヘンな作業でした。

胴体(2)
胴体(3)

胴体(1)
  まずネックブロックに桂の板を削って接着。

  棹を受ける穴をあけ,棹のホゾを整形,調整します。
  ホゾの位置は手持ちのベトナム月琴を参考に----明清楽の月琴とかに比べると,かなり下ですね。ほぼ三味線の茎と同じような感じです。

  表側には穴周りの補強のため,ブビンガのツキ板を貼り付けてあります。

胴体(4)
胴体(5)


胴体(6)
  エンドには当初,そこらに転がっていたクルミの端材を十文字型に組んで貼り付けてたんですが。

  カッコも悪いし強度的にもあまり意味がないので,接合部が完全にくっついてから,一度削り落として,エゾ松の板を削ってブロックにし,貼り直しました。

  それにしてもデカいなあ…おモチみたいだ。

  こちらも接合部保護のため,表側にブナのツキ板を貼り付てあります

胴体(7)
胴体(8)


ベトナム月琴内部構造
  本物のベトナム月琴の内部構造は「古い中国月琴」のそれに似ています。
  内桁は明清楽の月琴のように板ではなく,表裏面板の裏面,胴の上からだいたい三分の一程度のところに,幅1センチほどの薄いバスパーを渡し,その間に板を挟み込んだ形になっています。
  真ん中の板は台形になっており,そこに茎を受ける穴があいています。

  茎も短く,楽器内部で棹を受ける部品はこの一枚の桁だけ。
  こんな長い棹なのにこれで大丈夫なのかいな,というくらい簡単な構造です。

  庵主の楽器では,この内桁を2枚にし,茎を下桁まで通すことにしました。

  明清楽月琴とのハイブリット化,そして強度上のこともあるのですが。
  丸いエコウッドでラクができるぶん,胴径が小さくなるので,より胴全体が鳴るような構造にしたいところもあります。

  ふだんの製作だと檜か杉の細材を使うんですが,厚みが二倍になりちょうどいいサイズの材がなかったので,今回の桁材には,ちょっと大きいエゾ松の12ミリ板を使うことにしました。
  6センチ幅だったのを,DIYで胴の厚みの5センチに落としてもらい,真ん中に茎の穴,左右に音孔を開けます。杉とか檜にくらべるといくぶん柔らかめですが…まあ,ギターとかにも使われる素材ですから,音のほうでは問題ないでしょうか。

  竜骨は10ミリ厚の版画用カツラ板。
  これもふだんは6ミリの杉板で作ってますからね,やたらと太く感じます。

胴体(9)
胴体(10)
胴体(10)

  あちこち部品が大きいんで,ときどき仮組みしてみても,せまい部屋の中ではなかなか全貌が分かりかねまして。
  どんな楽器が出来てくるやら,なるのやら。
  まだ,ちッっとも分かりませんねえ。

  エイリアンやジョーズみたいに,なかなか全貌の見えない楽器作りとなっております(笑)。


« 南越1号(1) | トップページ | 南越1号(3) »