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5号・鶴寿堂 再修理(2)

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斗酒庵 過去をふりかえる の巻5号・鶴寿堂 再修理(2)

旧悪は三悪よりも強し

割れキターっ!
  接合部の剥離は,生葉や1号のように茎までのムク棹でないかぎり,この楽器ではよくある故障と考えてよいようです。
  しかもいちおう内部のことなんで,意外と分かりにくい。
  今回だって実のところ,あーでもないこーでもないといちおうイジくったすえ,気がついてます。

  普及品の月琴の場合,茎の材料には多く,スギやヒノキなどが使われています――その手の木だとまあ,曲がったり折れてイザ交換となっても,何ももったいなくありませんが。
  中級品以上のものでは,棹材と同じか,同等程度の硬さの木が継がれていることが多いようです。

  鶴寿堂の茎も,おそらく棹と同じカヤ材でしょう。

  同じ材質のものを,わざわざ別部品として切り出し,削りだすよりは,いっそ生葉のようにムクにしちゃったほうが,音的には良いのではと考えますが,一つにはそこまでムクにしちゃうと,より大きな材料が必要になったり,一枚の板から取れる本数が少なくなる――棹茎なんざ,そういうのを切り出した後の,端材余り材でいいわけですし――限られた材料をより無駄なく使う工夫と申せましょう。
  二つには加工上の難度を下げるため,三つ目に,取り外そうと思えばはずせるので,後で棹の角度などを微調整する必要が出た時に,製作側としてラクなわけですね。

棹基部修理(1)
  では修理を…

  ハガれてしまったほうの割れ目に,まずは筆でお湯を何度もふくませ,水分をよく染みこませておきます。

  前にも言ったように,カヤは油分を含んでいます。
  ただニカワを塗っただけでは,表面ではじかれて層になり,またぞろ割レの原因となりますので,まずは接着面を時間をかけてじっくり濡らし,古いニカワをしめ出すと同時に,新しいニカワが木地に染み込みやすいようにしておきます。

  20分ほど,お湯を垂らしては,割れ目を広げたり閉めたりをくりかえし,お湯が接着面全体に滲みたら,ごくうすーく,お湯に近いさらさら状態に溶いたニカワを垂らし,またクニクニと行き渡らせます。
  何度もくりかえしているうちに,割れ目から出てくる水滴がニカワであぶくだってきますから,これを指で拭ってみて,やや粘り気が出てきたら作業終了。

  当て板にくっつかないように和紙をはさんで,クランピング。
  力のかかる箇所ですので,最低一昼夜はそのままにしておきましょう。

棹基部修理(2)
  接合部の割れも無事くっついたようで。

  前のようにちょっと力をかけても割れ目は開きませんでしたが,いちおうさらに補強をしておきましょう。

  棹基部に和紙を貼ります。

  ニカワを薄く塗り,紙の目を交差させて重ね貼り。仕上げに柿渋を刷いて強化します。
  こんなものでも大した丈夫なのですよ。
  電話帳を引き千切れるレスラーでも,たぶん交差貼りした雁皮紙の小片とかは破れないでしょうね。

  スペーサーとしてブナのツキ板を,棹根元の表板側に一枚,茎先端の裏板側に3枚重ね貼りして,胴体とのフィッティングも完了。胴体におさめてみると,棹の指板面は山口のところで,胴体の水平面から約3ミリ背面側に倒れています――いままでの経験から言うと,かなり理想的な数字ですね。



理想の果てのゲンジツ

フレット削り(1)
  棹が理想的な角度におさまり。
  絃高もかなり下がりました。


  それは良いのですが,棹基部のこの不具合,修理の最後の方 「さあ,あとは糸を張って返すだけ!」 てな時になって見つかったもので。

  フレットとか,もうしっかり立てちゃってます。
  そこで絃高が思いっきり下がったもンですから,今度は音が出なくなっちゃいました。

  ビビる,どころじゃありません。

  糸がフレットに完全に乗っかっちゃってるみたいで,もう開放弦すら鳴らない。
  まずはフレットの頭を擦り板で削ってみたんですが,これがもう,その程度じゃぜんぜんダメダメなご様子。
  そのまんま削っていったら,フレットの象牙部分が全部なくなっちゃう!

フレット削り(2)
  …せっかく立てたフレットですが,こりゃまたぜんぶハズして削りなおし,立てなおしですわ。

  もともと今回の修理は,フレットがぽろぽろ取れちゃうので付け直して,というのが発端だったので。
  よっしゃー,そんなら取れんように着けちゃるわいと,かなーりマジで作業してしまいました。

  結果――ここ数年来の修行の成果,といいますか積みあげた巧夫といいますか,我ながら完璧なニカワ着けで…

  棹上のフレットがなかなかハズれてくれません。結局2時間ぐらいかかりましたねー。

  はがれた接着面にはニカワの層すら見えず,指の腹でこすって,わずかにベトつく程度。
  接着前の表面処理と,薄いニカワがポイントだというのが,身に沁みて良くわかりましたよ。

削りカス
  さて,はずしたフレットを削りなおします。

  これがけっこうなもので――どのフレットも,削れど削れど,なかなか合いません。

  最終的には棹上のフレットは平均で約1ミリほど低くなり,胴体上のフレットにいたっては元の2/3ほどの高さにまでなってしまいました。

フレット削り(4)
  最初の修理のときと比べてあまりにも低くなってしまったものですから,ちょっと心配になって,オリジナルのフレットを引っ張り出してきて並べてみたんですが……なんとこれが,ほとんどピッタリ!

  うれしいですねえ。

  期せずして修理の本道,原状回復,道はオリジナルへ――というか,まあ怪我の功名。


  旧悪の懺悔も兼ねて,目出度し。



修理完了!

高音域フレット
  棹基部の不具合は,一箇所を直すと,今度はほかの箇所で再発することもあるので,しばらく様子を見なきゃなりません。
  とりあえず一週間ぐらい,糸張りっぱなしでもとに戻らなきゃ大丈夫。

  最後に,試奏しながらフレットの頭のひっかかるところを均したり,音色や操作感の違いを確かめます――保護塗膜のなくなった,直・木肌の感触がなんともキモチイイですわい。
  カヤは使い込むほどに味の出ることでも有名。

  飴色になるまで,使い込んでやってください。

新作軸
  フレットが低くなったので,操作感があがりました。
  運指への反応も前より早めです。
  新しいスダジイの軸はまだちょっとキツめですが,前作ったカツラのものより丈夫で硬いので,安心して音締めができます。

  今回の再修理で,よりオリジナル(林治兵衛さんが製作した当初)の楽器状態に近くなったとは思いますが,従前の修理時からするとフレットも軸も,絃高も違ってしまったので,弾くがわとしては感触の違いにちょっと戸惑われることになるかもしれませんね。

  音色も,かなり変わりました。

  表面を覆っていた塗膜がなくなり,表面板のお化粧もかなり落としたので,やはり音のヌケが良くなりました。前よりかなりくっきりはっきりした音になったと思いますが,大きくなった音の胴体部分が余韻にかぶさって,ちょっと余韻の響きを損なっていますね。

  前の状態の方が,塗膜のおかげで音がこもって,音は小さくとも余韻が出やすかったのかもしれません。

修理後全景

  ただし,鶴寿堂の修理前,手慣らしでコウモリ月琴で同じように表面処理の改修をしたんですが,そちらの例から言うと,処理後しばらく経って削ったり濡らしたりした部材が落ち着くと,音のバランスが変わって,音量はそのままで,余韻がクリアに伸びてくるようです。
  まだ多少余韻を出しにくいのですが,狭い部屋で弾いてるのに,ときおり天井の高いコンサートホールで聞くような,澄んだリバーブがかかってくるので,余韻のみなもと,響き線はちゃんと機能しているようです。現在は「巨音月琴」の類の音色ですが,おそらくコウモリさんと同じように,一ヶ月ほどすると落ち着いた音色に戻ってゆくことでしょう。



鶴寿堂月琴・再修理後音資料



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