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10号菊芳(3)

KIKU_03.txt
斗酒庵 菊芳の月琴を直す の巻(3)2009.5~ 明清楽の月琴(菊芳)

第3回 菊芳さんちょッち直される

『第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録』
  この月琴の作者である「福嶋芳之助」さんについて,追加情報。

  国会図書館のアーカイブにある『第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録』(M23)で,楽器屋さんの情報を調べてたら,「第五部・褒状」のところに――

  三絃,二絃琴 東京府日本橋区馬喰町 福島芳之助

  とあるのを見つけました。
 「島」の字は違うし店名もありませんが,住所は同じだし,別人って事はないでしょう。

  前回書いたように,明治末年ごろには「岡戸竹次郎」さんが「菊芳」の店主となっているようです。
  ということは,この明治20年代はじめころまでは間違いなく,初代菊芳,まだ現役だったというわけですねえ。初代芳之助は第3回の,2代岡戸さんは第5回の受賞者,腕のいい師系ですこと。

  日清戦役前のこのころはまだ清楽が盛んだったと見えて,「清楽器」「月琴」で受賞している人がけっこういます。この時の芳之助さんは「三絃,二絃琴」での受賞ですんで,彼が月琴を作っていたのが,これ以降だったのかこれ以前だったのかは分かりませんが,修理で各部見た限りでは,この楽器,「老練のワザ」といったところがあまり見て取れません。

  正面から見たとき,なんか左右のラインの揃ってない棹とか,茎や内部の手抜きっぽい造りとか――楽器による得手不得手とかもあったかもしれませんし,あんがい歳とってから流行に乗って,急に作り始めたため雑なだけかもしれないので,即断は避けたいところではありますがね…もしかすると,この楽器の製作年代,明治10年代後半くらいまでさかのぼれるかも………

  ――ああッ!またこんな邪推を!(汗)



  …さて,修理しましょ。

ぜんぶ剥がします
  今回の修理における最大の懸案は,表面板右端のヒドい虫食い痕をどうするか…ですが。

  まずは表面板上の物体をぜんぶ取り外します。
  片方だけ残った目摂,オリジナルかどうかは分からない竹フレット。

  今回はさらに半月もはずしてしまいます。

  月琴の胴体は丸い。

  いちど板をはずしたら,どんなに注意して精密に作業しても,これを完全に元通りにすることは出来ません。
  一つにはその円形という取っ掛かりのない形状が原因ですが,この表裏の板は,ちょうど三味線の皮のようにぴんと胴体に貼り付けられているため,これをはずすと長年部品間で保たれていたパワーバランスが崩れて,接合部や胴材にどうしても歪みや狂いが生じてしまうためでもあります。

剥がしますた
  さいわい,ギターやバイオリンなどと違い,月琴の胴体は厚めの板でできていますので,面板との間に多少段差が出来ても,胴材を削って整形しなおすことが出来ます――まあ,出来ればあまり派手にはやりたくない作業ですが。
  面板がただの板のうちに,先に半月を着けてしまうほうが,力のかかるこの部品を,より強固に接着することができるのですが,それだと板の接着位置がわずかでもズレれば,そのぶん弦の向きがズレるわけで。

  弦楽器ではそうして楽器の中心線がズレてしまうのが,いちばん困るんですね。

  胴体が箱になってからの作業には,いろいろと制約がつくものの,半月の再接着を修理の最後の方にすれば,修理再生の過程で生じるそうした誤差を,あるていど解消(誤魔化す…ともいう)ことが出来ます。

  半月の周囲と内刳の内部に筆でお湯をしませて,板の裏側に布をあて,焼き鏝で裏がわから温めてニカワをユルめます。鏝をあんまりあて続けると,板が焦げたり堅くなっちゃったりしますので,お湯を足しながらゆっくりと。
  十分ほどで上手くはずれました。

表面板(1)
  次はいよいよ,虫食い部分の補修にかかりましょう。

  板の表裏から虫食い痕をほじった結果,さいわいにもこの虫損の被害は,さほど広範囲にまでは渡っていないことが分りました。
  とはいえ一部は板自体がなくなるほど,また一部は木目に沿って縦方向にかなり食われてしまっており,強度的にも埋め木ていどでは処理し切れません。

  もっとも単純な手段とまいります。

  庵主の工房には,過去の修理で不要となった古い面板がけっこうありますので,虫に食われちゃった範囲の板を切り取り,これでつぎはぎしましょう。桐はもともと接着がいいし,表板を清掃するとき,そこで出た汁を混ぜ込んで,ついでに均してやれば,どこが新しく継いだ部分なのか,ほとんど分からなくなっちゃうかと。

表面板(2) 表面板(3) 表面板(4)

  この月琴の胴体の接合は,4枚の部材の木口同士を擦り合せて接着しただけ。
  もっとも単純な接合工作になっています。

  もともとの工作精度はさほど悪くなかったと思うのですが,経年の劣化と水濡れなど事故の影響,おまけにボンド野郎の修理作業などのせいで,各接合部ともゆるみ・歪み,反り等の不具合がオンパレードで出ております。

  いづれもそれほど深刻なものではなく,あとで削って均しちゃえばいいくらいのレベルではありますが,そのまえに。

接合部矯正中
  ちょっと矯正してみましょう。

  接合部付近によくお湯をしませて,クランプで二方向から締め付けます。
  そのまま二日ほど置いたところ,凸凹だった表面板との接着面がほぼ水平になり,段差も多少解消されました――クリというのは以外に素直な木ですね。

  ちょっとした違いですが,このほうがより原型をキズつけなくて済むし,次の作業の精度があがります。


接合部補強
  さらに各接合部裏側に桐の板を削って貼り付け,補強しておきましょう。
  下の二箇所は下桁といっしょに固めちゃいましょうか。

  さて,この接合部がちゃんと仕上がってくれないと表板も貼れないし,そもそもいつ楽器がバラバラになるか分からないので,接着は慎重に行っています。
  濡らしたらゴベっと木工ボンドが着いてたのが分かったり(けっこう苦労してコソげ落としましたぜ,ボンド野郎!),補強板の接着がうまくいかなかったりで時間がかかります――ということで。



  いささか早めなれど,S.K.T.(SUPER・小物・ターイムっ!)に入ります!!
  イェーイ!!!

  庵主至福の時間がやってきましたねえ。
  小物,お飾り,作るのダイスキです。

目摂(1)
目摂(2)
目摂(4)
目摂(5)
  まずは失われた右目摂。

  今回,生き残ってる左は無傷ですのでハナシは早い。
  ひっくり返して板に輪郭をなぞります。

  板には割れ欠け防止に,薄い和紙を貼っておきましょう。
  細工物のちょい知恵です。

  だいたいのところを糸鋸で切り出したら,ヤスリやアートナイフ,ピンバイスを駆使して,切ったり削ったり。

  うおおおおおおおっ!意味もなく萌えるぜぇっ!!

  だんだん出来てきました。

  えいえいえいっ!

  そりゃ!そりゃ!そりゃ!

  …彫りあがりました。

  仕上げにリューターで彫り線をざっとキレイにし,軽くペーパーをかけて残った紙をこそげ取ります。
  #240,いって#400くらい。装飾の仕上げとしてはやや荒めですが,このときシャープすぎるカドや線が上手い具合に削られ,擦れ線も適度につくので,あとで塗ったときちょうどよく古物っぽくすることが出来るのですね。

  誤魔化しきかな彼の御ワザ。

ぶった切り奉行
  次は蓮頭ですね。

  その前にへっついてるこのナゾの物体,はずしてしまいましょう!
  …うむ,ボンドでベッタリがっちり接着されてますねえ。

  こんなものはこうしてやるッ!

  ハードコア系リペアーマンの本領発揮ですね。ピラニア鋸でぶッた切り。

  それにしてもコレ,いったい何の部品なのでしょう?

  はじめは椅子の背もたれかと思っていたのですが,それにしては内側のアールがキツめ……ベビーチェアでわ?という意見もありましたが,厚みが3センチ以上もあります。ちょっとゴツ過ぎるかなあ。
  色は後で塗ったものですね。左右の切り口に塗料がかかっていますから。
  そもそもが,この底面のミゾがナゾ。
  まっすぐです。凸凹になった上面の曲面との整合性がありません。
  寄木で作られたもっと大きな部品からもぎとられた一部なのでしょうか?

  ネオクの写真で見たときは,てっきり三味線の海老尾を切ったものだと思ってました。
  まあ,その程度には似せてあるわけで――コレといい,山口のところにへっつけてあった竹板といい。前修理者はおそらくこの楽器を「月琴」とは知らず,「箱三味線」の一種と考えていたんだと思いますね。

  楽器を扱うときは,いちおうちゃんと勉強しましょう。


  さてと,これはポイ。

  新しい蓮頭を作ります。
  オリジナルがどんなだったのか分かりませんが,中級普及型の月琴ですんで,そんなに凝った意匠のものではなかったと思います――ここは一丁定番で参りましょう。
如意
  材料はカツラ。モデルとしたのは7号コウモリ月琴の蓮頭です。

  この模様,このクラスの月琴では良く見る意匠なのですが,正直なところ何なのかはわかりません。
  おそらく「如意」の雲形板の紋様を簡略化したものだとは思いますが(右図参照),上のほうにある渦巻き,角ばった形にはなってますが,これの上部にも残ってますもんね。

  コウモリ月琴の蓮頭を計って,だいたいの大きさとカタチを決め,切り出します。
  あとはひたすら削る削る削る。

  最後に模様をざッと刻んで……はい,一丁あがり。

蓮頭(1) 蓮頭(2) 蓮頭(3)

扇飾り(修理前痕跡)
扇飾り(1)
扇飾り(2)
扇飾り(3)
  SKTの最後は扇飾り。

  こちらもニカワの接着痕がわずかに残っているだけで,日焼け痕も見えず,オリジナルの意匠は分かりません。
  定番は唐草紋様のようなもの(これも実のところ何なのか不明)なんですが,せっかくなのでここくらいは遊びましょう。

  「菊芳(きくよし)」さんの月琴なのですから「蘭」とまいります(分からない人は前回記事のはじめのあたりをご覧ください)。
  この「蘭秀」の「蘭」はいわゆるオーキッド,「ランの花」ではなく「蘭草」――秋の七草のひとつ「フジバカマ」の類を指す語です。

  生の花に鼻を近づけてもさしたるニオイは感じませんが,これを採ってきて部屋で干しておくと,ちょっとなつかしい,お香のようなほのかな香りが漂い,これを昔の中国の人たちは愛でたわけです。

  「蘭」というだけで記憶の中から香りが浮かぶ,だからこそ秋風の詩の中で「菊芳(かぐわしい菊の花)」と対になるというもの。

  ただこれ,じつに意匠にしにくい花なんですねえ。

  細密画にするならともかく,特徴を残したまま簡略化しようとするとなかなかムズかしい。
  蒔絵や陶器,着物には,「秋草図」という意匠のものが多々ありますが,この「フジバカマ」。いちばんおざなりにされてたり,ちょっと見には正体不明の植物と化してたりしてます。

フジバカマ
  まあ,このあたりでカンベンしてください。(汗)

  仕上がる直前に,花のところがバキッ!と半分欠けちゃったことはナイショだ。
  裏から和紙で継いであります。まあダメそうなら作り直すさ。


  3回目にしてようやく修理らしい工程に…
  

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