11号柏葉堂/12号まだ名は無い
![]() 第1回 めぐる月日は風車の弥七 さて,前号「菊芳さん」から,ずいぶんと間が空いてしまいましたが。 もともと,暑くなりまするとニカワが腐ったりで,マトモな修理も製作もできませんし,6~7月はパンを稼ぐお仕事期間,そして続く8~9月,猛暑の二ヶ月間は,庵主,北の生まれなもので,地元に帰り,おもに資料の整理や,清楽曲の打ち込みに日々を費やしておりました。 おかげさまで,この四ヶ月,ほとんど工具に触れてません。 気がついたら秋風吹いて,もうすぐ ジングルさんがベルと鳴り響く 時期ではあーりませんか。 ちょっとキツめの作業をしても,風は涼しや,汗もひく。 ----さあ,そろそろとはじめましょうか。 夏,帰省の直前に一面,帰ってきてからもう一面,ネオクで落としまして。 現在,工房には,自出しで仕込んだ二面の月琴が,修理待ち,放置プレイ 中となっております。 去年の年末から今年の年始は,N氏の乙女ちゃん,お餅焦げたも気がつかずな特急大修理に明け暮れておりました。 今年の末も,結句,月琴修理にて終わるかと……まったく,めぐる因果ですなあ。 では,二面まとめて採寸と所見を。 【11号月琴・柏葉堂 修理前所見】 ![]()
全長:645mm
胴体 縦:352mm 横:358mm 厚:35mm(表裏板ともに 厚3.5m) 棹 全長:284mm 最大幅:30mm 最大厚:28mm 最小厚:18mm 指板 長:152mm 最大幅:30mm 最小幅:26mm 厚:2mm 糸倉 長:150mm(基部から先端まで) 幅:30mm(うち左右側部厚 8mm/弦池 12×105mm )指板面からの最大深さ:55mm 山口欠損のため未確定ながら,推定される有効弦長: 423mm 2.各部所見 ![]() ■ 蓮頭:欠損。 ■ 糸倉:ほぼ無傷。間木をはさまず,ムクの彫り貫。 アールも浅く,弦池も小さく,コンパクトにまとめられている。 全体に細めで華奢な作りだが,左右の根元の方がさらに細くすぼまっており,最下の軸孔のあたりで,幅が15mmほどしかない。 ■ 軸:全欠損。 ![]() ■ 棹:損傷なし。 糸倉とおなじく細身。背のアールはほとんどなく,直線に近い。うなじは浅く,左右のふくら下の入込みもそれほど深くはない。 材質は桂か?ホオほどの硬さだが,やや赤みがある。 ■ 指板:厚さ2mm ほど。 おそらく紫檀だと思うが,不明。 ■ 山口:欠損。接着痕のみ。 ■ 柱(棹上):第4フレットのみ存(撮影中に剥落)。 おそらく象牙。ほかは接着痕のみ。ケガキ線不明。 ■ 棹茎(なかご):損傷なし。 棹基部は 32×22.5×13mm。表面板側に,花押のような墨書アリ。 杉材をV字継ぎ。全体の長さは 158mm。先端部の寸法は 13×4mm。 棹基部と継ぎ材との接合には問題なし。挿込みかなりユルい。 ![]() ![]() ![]() ■ 胴体:比較的健全。 表面板:5~6枚継ぎか。 中央飾りの左に虫孔,そこから上下に小ヒビ5cmほど。 右下に虫孔。 全体に小ヨゴレ。 裏面板:おそらく8枚継ぎ。 中央左,棹穴付近の木口に虫孔。右端木口に2つ虫孔。 左にヒビ,板の矧ぎ部に沿って上下をほぼ貫通,中心付近に3つほど虫孔があることから,矧ぎ面の食害によるものと思われる。 同,中央やや右,ラベルの横にヒビ。同じ矧ぎ線,下端よりもヒビ走る,上端より13cm下端より16cm。上のヒビの上端と下端付近に虫孔。下のヒビのほうが重度か。 下端木口に虫孔,中央付近に食害によると思われる細いエグレ溝,2~3cmほどのものが2箇所。 中央下端やや左に虫孔,やや大きい。 右肩より同様に10cmほどのヒビ,ただしこちらには虫孔が見られない。 左肩に線状につながった虫孔,胴材との接着面付近に小スキマが見えることから,ニカワ面に食害ありと思われる。 左端下部木口に打撃痕,6~7箇所。 ![]() ![]() ![]() 側板:4枚,浅い凸凹継ぎ。棹と同材と思われる。 部材はかなり薄く切り出されているらしく,棹穴のところでも厚みが8mmほどしかない。 棹穴の表面板側に墨書,棹茎基部と同じ花押と思われる。 接合は精密で,スキマはない。 表裏面板との接着部,虫害による浮きが小数箇所見られるが,ほぼ健全である。 ![]() ![]() ■ 柱(胴体上):4本存。 ■ 目摂:左右,菊。中央上,扇飾りに相当する位置にコウモリ。以上黒檀製。中心円飾,鳳凰。石製。 ![]() ![]() ![]() ![]() ■ 半月:損傷なし。95×41×8.5mm。 かなり低い。材質は塗りか檀木か,現時点では不明。板状,半円型,円周部分が斜めに張り出し。糸孔に擦り止めとして,象牙か骨材と思われる材を埋め込む。 外弦間:29mm/内弦間:23.5mm。内外弦間:約3mm。 ■ 絃停:蛇皮。110×85mm。 かなり傷んでおり,右下小欠損。貼りなおした痕あり。 3.11号概観 明治中期以降の楽器,有効弦長からいうと「大型」といってもいいくらいなんですが,全体のサイズからいうと「中型」ですねえ。 材質,作りから考えて,普及品の少し上,といったあたりでしょうか。 ![]() 今のところ作者 「柏葉堂」 の正体は不明ですが,以前,ネオクでこれと同じ 「柏葉堂製造」 のものと思われるラベルの貼られた楽器をほかにも見たことがありますので,けっこう手広く売っていたメーカーなのではないかと考えられます。 お飾りの彫りに,多少雑な感がありますが,楽器本体の作り,工作は精密で,かなりの上手です。 材質が,いまひとつ分かりませんねえ。 少なくとも,檀木とかカヤではなさそうです。 クリ(→早苗ちゃん)とかホオ(→菊芳さん)でもありませんねえ。 使われている素材はけっこう緻密ですが,やや軽く,柔らかで,塗ってあるばかりじゃなく,実際にもやや赤みを帯びた色をしています。 庵主のウサ琴製作で棹なんかに良く使う, 「カツラ」 じゃないかと思うんですが,自信はありません。 棹から糸倉にかけてが,じつにスリムでコンパクトなデザインになっており,全景でもそれほど大きくはなく見えるのですが,有効弦長が平均より1cmばかり長いようです。 棹裏はほぼまっすぐで,ずいぶんな細身ですが握って指を滑らせた感触にも違和感はなく,お飾りではない実用月琴だと思われます。 楽器を持ち運んでいる時についたと思われる打撃痕などから,実際に使用された形跡はありますが,表面板上の撥痕も顕著ではなく,半月にも糸の擦れ痕がそれほど見られないことから,長期間演奏に使われたことはなさそうです。 裏板の虫食いが多少心配です。 左側の貫通しているヒビのところなど,かなり食われてしまっているかもしれません。 最悪の場合,一部剥がして,貼りかえる必要がありそうです。 【12号月琴・名称未定】 ![]()
全長:645mm
胴体 縦:356mm 横:366mm 厚:37mm(表裏板ともに 厚5mm) 棹 全長:290mm 最大幅:33mm 最大厚:33mm 最小厚:19mm 指板 長:155mm 最大幅:33mm 最小幅:28mm 厚:3mm 糸倉 長:154mm(基部から先端まで) 幅:32.5mm(うち左右側部厚 8mm/弦池 14×95mm )指板面からの最大深さ:61mm 山口・半月ともに欠損のため未確定ながら,推定される有効弦長: 425mm 2.各部所見 ![]() ■ 蓮頭:欠損。 ■ 糸倉:損傷なし。ムクの彫り貫。 蓮頭に隠れる部分,中級品だと間木をはさみこむ,糸倉の先端部が,かなりぶ厚く,長くなっている。 ■ 軸:3本残る。 長:120mm,径:28mm。おそらく棹・胴材と同じ木を塗ったもの。側面のラインが軸尻にかけて反り上がった,優美な造りである。 ■ 山口:欠損。接着痕のみ。 ■ 柱(棹上):全欠損。ケガキ線,接着痕4つ残る。 ![]() ■ 棹:損傷なし。 ■ 指板:厚さ3mm ほど。黒檀。 ■ 棹茎(なかご):損傷なし。 棹からムク。基部で 25×13 ,根元からの長さ 124mm。先端部で 15×7,先端四面削ぎ落とし。 表板方向にわずかに反りあり。 ![]() ■ 胴体:比較的健全。 棹穴左にササクレ小。 表面板:5枚継ぎか。 中央,第五フレット右端の上あたりに虫食いの溝,2cm ばかり。その右横に小ヒビ。中央下縁,木口に小ハガレ,ヒビ中心付近まで走り,ややウキあり。 裏面板:9枚継ぎ? 左端中央に打痕。左肩より小ヒビ,胴体の3/4ほどまで。虫損と思われる。エポキシによるとおぼしき充填修理痕あり。 中央下に虫孔,エポキシを充填済み。右肩木口より小ヒビ,断続的に胴体2/3ほどまで。未修理。 側板:4枚木口すり合わせ接着のみの接合,接合はほぼ健全。 ![]() ![]() ■ 柱(胴体上):4本存。 ■ 目摂:左右,菊。中央,帯唐草。中心飾り,黒檀板に桃を線刻。 ![]() ![]() ![]() ■ 半月:欠損。接着痕とケガキ線のみ。 面板上に,半月がモゲたときにできた思われるエグレ,左右にあり。左のものやや深し。 ![]() ![]() ■ 絃停:欠損。 痕跡のみ。100×70mm。下辺,半月との境付近に,いくつか深めの虫食い痕が残る。 ![]() 12号いまだ名はございません。 裏板の上辺中央に「○○斎」というような名前入りの楕円形の印が捺してあるのですが,肝心の「○○」のところが読み取れません。同じような印を付けた作者に「好音斎」というのがあるのですが,これの二番目の文字は「音」ではなさそうです。 宅急便さんから受け取ったとき,第一番の印象は 「重っ!」 でした。 11号と持ち較べてみると,格段に重い楽器です。 ![]() 主材はおそらくカヤ。 この材料と,作りから言って,おそらく中部以西,関西方面で作られた楽器ではないでしょうか。 棹の姿などは名古屋の「鶴寿堂」さんあたりのそれに似てなくもありません。 指板の黒檀も厚めで,面板には,かなり目の詰んだ上等の桐板が使われています。 最高級のものではありませんが,かなりの高級品だったでしょう。 棹は横から見ると,背面に少しアールがつき,やや薄めなのですが,指板の幅が広く,ふくらの下のくびれもさほど深くはないため,全体にはやや太めな印象があります。 糸倉の幅も広く,頑丈そうです。また棹頭がぶ厚くなっているので,持ったときややヘッド・ヘビーな印象があります。 このあたり,演奏上多少の問題,または影響があると思うなあ。 ![]() 表裏の板にほとんどヨゴレがなく,また裏板の虫食いに補修痕があることなどから,それほど昔ではない時期に,現代ヒトの手により一度修理されているようです。 修理の仕方は本格的で,あるていど楽器のことを分かっている者の手になるものと思われます。 ただ,半月の剥離痕がやけにキレイで,エグレ部分がややなめらかになっていること。また,山口,フレット等が再接着された形跡が見られない。面板に較べて胴や棹にヨゴレが残っている----などから見て,前修理者は,ある程度の清掃作業まではしたものの,修理は途中で投げ出したようです。 左右の目摂と中央の扇飾りは,いづれも多少彫りが甘く,やや稚拙な印象を受けます。中央の円飾りは,単純ですが,線刻はそれそこに上手い。どちらかは後補の部品かもしれません。 途中でポイしたとはいえ,だいたいのところはキレイにしてくれているので,修理作業は主に,なくなってしまっている半月の再製作・取り付けと,軸1本の再製作が中心でしょうねえ。 (つづく)
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