11号柏葉堂/12号まだ名は無い(4)
![]() 第4回 そしてまた日は昇る さて,自分で壊してしまった糸倉の補修をのぞけば,この楽器にはもともと,さしたる大変な修理箇所はございませんでした。 メインの軸作りは一日二日で終わったんですが,上に塗ったオイルニスの養生に約一週間かかりますので,その間に,そのほかの部分をやっつけましょう。 まずはお飾り類をハガします。 この作者,ニカワ付けが上手です。 フレットをはずした痕が,ほんのわずかに凹んでます。 おそらく,簡単にハガれないよう,軽く圧をかけて丁寧に接着したものでしょう。 難関は,中心の石の円飾りと絃停でした。 例によって,悪の秘密結社・世界ボンド教団から派遣された何者かの手により,ボンドが…いや,今回はセメダインですね,これ。 円飾りの方はそれほどでもなかったのですが,絃停のほうは,上から1/3くらいまで,かなりべったりと塗られてまして,それがぐにゃぐにゃの虫食い穴に入り込んで,木粉と一緒に固まっちゃってます----板表面についたボンド自体は,こそいでハガしちゃえばどってこともないのですが,こいつは取れませんねえ。下手にほじくると,かえって板に被害が出そうです。 ちなみに絃停の残り2/3の部分は,フノリかソクイで接着されていたようです。 こちらは湿らせて,こそいで,最後に布でぬぐえば,キレイさっぱり----。 ほら,呪われちゃいなさい! -- ここらへんに,のろいのコトバが埋め込まれています -- 古楽器の修理にボンドとかセメダインなんて使う輩は,永遠にいっ! さて,月琴に使われている桐板というものは,衣装ダンスの材料にされるくらいで,本来は 「虫がつきにくい」 のが特長の一つです。 板自体がもともとタンニンを多く含んでおり---つまりは齧ると苦いわけで---さらにその上から,ヤシャブシというタンニンな液体をこすりこんでるわけですから,虫さんとしても,食って美味いわけがない。 それでもこうして食われてしまうのは,一つに保存状態。 ほかにエサとなるものの少ない,蔵の中やら納屋の中で,長い間放置されてしまったから。 ![]() まあ,さすがに桐板なので,早苗ちゃん(→)のように板がスカスカになるまで,美味しくいただかれてしまうことはまあ稀で,ふつうは先に見た絃停(ヘビ皮=動物性タンパク)や,胴体周縁部,あるいは板の矧ぎ目といったニカワ(膠=煮皮,原料は動物の皮膚)の使われているあたりだけが狙われます。 今回の11号でも,数箇所そうした痕が見つかっています。 裏板のほうが被害が大きく,板の矧ぎ目を食われてしまったせいで,何箇所か大きなヒビやハガレになってしまっていますね。 裏板の要補修箇所は,大きなものが三つ。 左の虫食いは,ほぼ上下を貫通し,板が完全に分離してしまっています。。 右のものは「柏葉堂製造」のラベル横数ミリのところを,上から中心に向かって1/3強のあたりまで。 同じ板の矧ぎ目に下からも,同じくらいの長さ食い荒らされた痕がありますが,この二つはそれぞれ違う虫の仕業らしく,貫通はしていません。 どちらも横方向への被害は少なく,ほぼ直線的に食われているだけなので,右側の二箇所は,虫食い痕をただ埋めれば済みそうですが,問題はやっぱり左端の一角。 ![]() この部分はヒビから左側が,内桁からもハガれてしまっているので,板がベコベコに浮き上がっていて,単純に埋め木で間をつなぐだけでは修理になりません。 事が内部構造に及んでいますので,当初はこの部分の板をぐゎばーっ!----とひっぺがして,再接着,と考えていたんですが。 あらためて楽器各所,いろいろと観察をしているうち,気がついたことが二点あり,ランボー,少々作戦を変更いたしました。 1)この製作者はニカワ付けが巧い,かつかなり良いニカワを使用している。(注・参照) 2)内部観察とケガキによる触診から,食害は矧ぎ目に沿った縦方向のみで,内桁と裏板との接着面には被害はないようだ。
作戦とは言っても,やることは単純そのものですがね。 まず棹穴から,お湯をたっぷり含ませた筆をさしこんで,裏板と内桁の接着面あたりをじっくり湿らせました。 ごくごくせまいところからの作業なんで,それそこ苦労はしましたが,まあ多少狙いがハズれても,楽器を傾けたりして,だいたいお目当てのあたりに水を含ませることができました。 内側からじゅうぶんに湿らせたら,こんどは外側から。 ハガれている一帯をまんべんなく湿らせ,焼き鏝をゆっくり,ゆるーりとめぐらせて,板を蒸らし,温めます。 何度かくりかえしたところで,板を渡してクランピング。 水気と熱でオリジナルのニカワがよみがえって,浮いていた部分が見事再接着! ビクとも動かなくなりました----ニカワばんざい!スゴいぞニカワ!! 内部が確認できなかったのは,いささかザンネンではありますが,楽器のためには,どちらかと言えば,より良い選択であったかと。 板も平らに固定されましたので,安心して虫食い痕を埋めまくります。 まずはケガキなどを使って,ヒビや虫食い穴の周囲をつつきまくり,すでに薄皮一枚になっているところや,かんたんに突き破れてしまうようなところを探し出し,ほじくりまくります。そのままにしておいても益はありません。 いッそ,なるべく大胆にほじくって,分かるような穴やミゾにしてしまいます。 まだ大丈夫なところまで必要以上にほじくることもありませんが,弱いとこはさらけだしてしまったほうが,いッそその後強くなる,ってのは,感動モノの少年マンガの台詞ばかりではないわけです。 ----小さな穴より大きな穴のほうが,作業自体はラクですしねえ。 つぎに過去の修理で出た面板の端材を削って,埋め込み,ハメこみます。 まあさすがに,板の強度に関係のないような小さな穴やミゾは,いつもの木粉パテを使いましたがね。 さて,裏板が片付いたら表面板とまいりましょう。 こちらにも二箇所ばかり,ミゾになっちゃってる虫食い痕がありましたが,いづれも軽症。 問題は,この絃停の下のぐにゃぐにゃ。 これには正直,あまり手出しをしたくありません----食害痕自体はいづれも浅く,現状,板の強度に対してそれほどの脅威とはなっていません。しかし,数が多いのでこれを一つ一つほじくって,木片や板を埋めてゆくと,その作業で,かえって板を弱くしてしまう可能性があります。 さっきも書いたとおり,一部にボンドで虫の食い残しの木粉が固まってしまっている箇所もあるのですが,これは思い切ってぜんぶ,木粉パテで埋めまくっちゃいましょう。 場所的には,どうせ絃停で隠れちゃいますしね。 未来の修理者に,宿題を(汗)。 一晩置いて,埋め木のニカワも木粉パテもかっちり乾いたところで仕上げます。 埋め木は軽くカンナで均して,パテはペーパーかけて。 補修の跡が,いくぶん白っぽくなっちゃいますが,問題はございません。 続いての作業は,表面板のクリーニング。 例によって耐水ペーパーと重曹水で,表面をこすこす----たちまち湧き出る黄色いお汁。 いつもはすぐに拭い去ってしまうところですが,今回はこれを,補修作業で白っぽくなった箇所にコショコショっと回し,擦りつけます。あっちをキレイにして,こっちをヨゴす----全体が同じくらいの色合いになったところで,ストップ。 ほら,キレイになったし,修理痕もずいぶん目立たなくなったでげしょ? では今回は,ここまで。 (つづく)
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