15号三耗(2)
![]() 第2回 修理開始!-破壊の先に明日はろーんぐうぇい- ![]() 心ある修理者は,気軽にこういうことをしてはイケません。 オープン修理,ってのは楽器への負担がすごいので,庵主もなるべくならしたくない。 修理の基本はあくまでも「原状回復」,オリジナルの状態を保存保護することを主眼とします。 ただそれが単なる装飾的文化財である場合と,道具として実際に使用される「楽器」である場合には,その修理作業にもおのずから違いが出てきます。 もっとも,どこまでが「必要なこと」でどこまでが「余計なこと」なのかの線引きは意外に難しいとこなんですが。 たとえオリジナルを損ねても,楽器としての再生を目指すか,あくまで原状回復に従い,楽器としての使用はあきらめるか,となったときどうするか――博物館員ならば迷わず後者を選ぶべきです。そういうところにある楽器は「資料」です,それをオリジナルに近い形のまま後世に伝えるのが彼らの義務。 庵主は研究者であると同時に演奏者でもあります。 研究対象としての楽器に関しては,それが演奏可能な状態であろうがなかろうが関係はありませんが,演奏するための楽器はもちろん演奏可能な状態になってないと困ります。 自出し月琴は研究のために購入されるもの,ほとんどの楽器は庵主の手元にきたときには,まず演奏不可能な状態になっています。 楽器資料としてのデーターは,実際に手にとって,その外見や構造を観察することから,ほとんど得ることが出来,情報を得てしまえば,研究者としての庵主に物質としての楽器は本来必要ありません。 楽器マニアの類ならば,ただただ所有することで満足するでしょうが,プレーヤーとしての庵主はすでにじゅうぶんな演奏楽器を持っており,ただでさえ演奏不可能,楽器として使用することの出来ないものに興味はないわけです。 ですが,自分の年齢をはるかに越えた,百年以上もの年月をここまで生き抜いてきた物を軽々にゴミるわけにもいかない。 庵主の修理は,楽器に対し,その情報をくれた薄謝のようなものでしょうか。 使用不能の物体となったものに,もう一度,楽器として生きるチャンスを。 まあもっとも。 「したくない」のと「好き」なのはまた別の,個人的嗜好,ってとこでして。 むかしよく,白いギターを客に叩きつけて,破壊したりしていたせいもありましょうか。 正直な話,庵主,月琴をひっぺがすのが,大好きです。 でもみなさんに言っておきますよ,いちおう。 ちゃんと技術がないのなら,けっして真似しないでください。 あなたがヘマこいても,わたしは助けてあげません。 15号月琴 内部所見 まずはすでにハガれかかっていた表面板左がわから,お湯を垂らしながら刃物を進めてゆきます。 原作者,ニカワ着けのウデはまあまあですね。 多少ニカワの量が多いようで,スキマをあけたりしめたりしていると,幾分じゅるっとハミ出てきますが。 周縁の1/4強はすでに剥がれていたので問題はなかったのですが,右がわの接着がけっこう強固で。 無理に刃を進めると部材を傷めてしまいそうなので,ゆっくりと時間をかけ,ニカワをゆるめながら割ってゆきました。 ----ひさしぶりですねえ,月琴のハラワタ。 滅多に見れない楽器の中身。 研究者にとってはほんと,タイムカプセルとか宝箱みたいなものです。 では,内部観察によるデーターを。 ![]() ■ 胴体側板:厚 10>7mm。 板の切り出しは薄めで,裏面に鋸痕が残るがそれほど深くはない。工作は比較的丁寧。 左側板の両端接合部には,部材の歪みによるものと思われるスキマが見える。 右下接合部内側にも一部スキマがあるが,こちらは擦り合わせの工作不良によるもの。
![]() ■ 響き線:なし。 面板剥離前から,胴体内に何もないことは確認されていたが,当初はその基部の痕跡すら見つからず,廉価版楽器のため,最初から仕込んでいないのか,とも疑った。 しかし,これと同じような古いタイプ月琴に関する過去の資料,また14号月琴の内部構造などを参考に基部の位置を推測,再度探してみたところ,棹穴の右,3センチほどのところにそれらしい痕跡を発見した。 画像指先の黒っぽく染みになっている箇所がそれで,触ってみると,錆びた線の先がわずか出ていることが分かる。 通常こうした場合,線は胴体内にそのまま残されていることが多いのだが,前修理者かそれ以前の所有者が取り出してしまったようだ。この痕跡のほか,楽器内部からは線の一部も,さらには錆の一欠けらも残されてはおらず,よほど丹念に清掃したものと思われる。 線基部の痕跡の上に二箇所,同じ目的であけられたと思われる小さな穴が二つある。 おそらく数箇所試してみて,もっとも良い位置を探ったものと思われる。 むかしの響き線取り付けのやりかたに関する良い資料となった。 痕跡箇所も含め,いづれの穴もその直径はほぼ線の太さしかないため,この楽器の響き線は胴体に直挿しで,四角釘や竹釘による補助的な固定は行っていないものと推測される。 ![]() ![]() ■ 表面板裏面 数箇所虫穴。ほか目だった損傷はない。 右端,内桁のすぐ上辺りに,木片で埋められた直径3ミリほどの穴が二つある。詰め込まれた木片は何の接着もされておらず,ケガキの先でつついたところ簡単に抜け取れてしまった。 3センチほど間隔をあけ,楽器の水平方向に合わせきっちり並べてあけられているため,自然の節穴などではなく,何らかの意図を持ってあけられたものと思われるが不明である。 左右方向にエグれたような細い穴が4箇所ばかり見えるが,これらはいづれも板を作る時に,部材同士を結合するため埋め込まれた竹釘の痕である。 現在は工具や接着剤の発達もあり,こんなことをする必要はないと思うが,かつては図のように,大きな角材もしくは板材を重ねて,そこから表裏面板のような薄い桐板を切り出していたものと推測される。 ![]() この方法については以前にも紹介したことがある。 部材同士の接着はニカワによるものだが,ニカワだけだと固定されるまで時間がかかることと,より正確な位置に,確実に密着させるためクサビのようにした竹釘を等間隔に打ち,切り出すときはちょうどその竹釘の中心を鋸で両断するようにしたものらしい。 実際,今回板面にあったこれらの痕跡からも,竹釘の破片や先端が見つかっている。 ![]() ■ 裏面板裏面 数箇所に虫穴。ほかはほぼ健全。 表面版裏面同様,こちらにも矧ぎに使った竹釘の痕がいくつも残る。 それのかなり大きいものが内桁の中心のちょうど下のあたりにある。原作者はあまり気にせず,そのままその上に桁を接着したようだが,長さ7.5センチ,深さも2ミリほどあるので,せめて充填しておく必要があろう。 (つづく)
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