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14号玉華斎
G14_01.txt
2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)
エラい楽器が来ちゃったかも知れません。
こいつァ,こまったね。
おいらは「野良月琴」というくらい大流行してた時期の,大量生産のどうでもいい楽器を,
ぎゃははと笑いながら,ひっぺがしたりドリドリする
のが好きなんで…こういうのが来るとどうイジめていいのか分かりません。
とまあ,野生への招待はともかくおいて,ちょっとタイヘンな,自出し月琴14号。
データーの紹介とまいります。
【14号月琴・玉華斎 修理前所見】
1.採寸
全長:640mm
胴体 縦:350mm 横:357mm 厚:37.5mm(表裏板ともに 厚4.5mm)
棹 全長:287mm(蓮頭を除くと262) 幅:28mm 最大厚:28mm 最小厚:21mm
指板ナシ 指板相当部分 長:133mm 幅:28mm
糸倉 長:150mm(基部から先端まで) 幅:28mm(うち左右側部厚 6.5mm/弦池 15×100mm )指板面からの最大深さ:68mm
有効弦長: 約400mm
2.各部所見
■ 蓮頭:透かし彫り。四爪龍正面
おそらく紫檀。
彫りは精緻,側面に切り出し痕を残す。
損傷見えず,しかし裏面に1mmほどの薄い桐板を貼り付けてある,理由不明。
その桐板の裏面に正体不明の黒い物質で,棹頭に接着されている。
■ 糸倉:無傷。蓮頭下中央に間木をはさむ。
左右も薄く,弦池の切り貫き工作も丁寧だが,材質が硬いせいか,裏面「うなじ」がわの端にわずかに取り残しが見える。
山口下に「ふくら」はなく,棹と同じ幅のまま糸倉につながる。「うなじ」の部分は深いが,なだらかには流れず,平面的で---いわゆる
「絶壁」
になっている。
■ 軸:三本残。一本後補。
一番手前,後補の1本は,梅か桜の枝を加工したものではないかと思うが不明。
オリジナル3本は,おそらく
ツゲ
と思われる。
角材ではなく,枝のような棒材を,比較的
自然なかたちのまま加工
したものらしく,すべての軸がいくぶん反り曲がっている。
■ 棹:損傷なし。
指板はなし。糸倉と同じ幅で,棹背には少しアールがついており,胴体側基部からもちあがり,糸倉方向へ4センチほどのあたりまで流れて,そこからはほぼ直線となる。
■ 山口:存。損傷なし。
材はツゲと思われる。幅28×厚10mm,高さは13mm。
楽器正面側に向かってすぼまり,弦乗部分の幅は20mm。
古い型,また小型月琴に多い
富士山型
である。
使用痕多数。
■ 柱(棹上):2本存。1本後補
オリジナル2本はどちらもツゲ製と思われる。
いづれも使用痕があり,尾根の左右が少しエグれている。
第2フレットは材質不明。
第1フレットにボンドによる接着痕あり。
■ 柱間飾り:4つとも存。
凍石製。一番上はザクロか仏手柑,二番目はコウモリ,ほか二つは意匠不明。
■ 棹茎(なかご):損傷なし。
杉と思われる針葉樹を継ぐ。
長:193mm,幅:28>14mm,厚:14-7mm。
棹基部楽器正面側に墨書。署名か花押と思われるも判読不能。
基部裏面の処理が少し荒く,刃物の痕が多数残る。調整痕か?
■ 胴体:比較的健全。
表面板
:おそらく1枚板。
左にヒビ割れ,上下に走りほぼ貫通。上半分に補修痕,木工パテか?
裏面板
:同じく1枚板。
上端棹穴近くに墨書。判読不明。
右肩に木版印刷のラベル。
「玉華斎」
。
右下にヒビ割れあり,下端よりやや斜め右方向へ断続的に170ミリ。
側板
:飾り板で隠されているため継ぎ方は不明だが,おそらく木口接合の4枚継。
棹穴を中心とした天の側板,および表面板の木口にパテ埋め痕。
側部飾り板,数箇所に小欠損およびハガレ。
棹および胴体の主材は唐木の
「鉄刀木(タガヤサン)」
と思われます。
古楽器でもかなり高級なものにしか使われなかった素材----うむ,ブルジョアな楽器であります。
■ 左右目摂:損傷なし。
紫檀のように見えるが,材質は不明。
見ての通り,意匠は龍。
蓮頭と同じく,こちらも
「四爪の龍」
となっています。
■ 柱(胴体上):4本存。
ツゲ製と思われる。
第5フレットに小キズ。ほかは問題なし。
一般的な国産清楽月琴に比べると,フレット幅にデザイン的な変化はない。
棹際の第4フレットが35mm,第7フレットが43mm と最も長い。
■ 扇飾り,柱間飾り(胴体上),円飾り:全存。
柱間飾り,円飾りは凍石製。円飾りは鶴を線刻する。
扇飾りは「喜」字を意匠化したもの。材はおそらくタガヤサン。
■ 半月:損傷なし。95×40×12mm。
材はおそらくツゲ。
糸孔は外弦間:30mm/内弦間:22.5mm。内外弦間:約3mm。
■ 絃停:ヘビ皮。95×80mm。
全体にやや縮み,下部にハガレはあるが比較的健全。
この半月は,今回のビックリドッキリ部品。後で詳述しますね。
3.14号内部簡見
棹穴から観察。
右図クリックで,別窓が開き,拡大。
4.14号概観 & ちょっと月琴の歴史
江戸から明治初期にかけて,清楽月琴流行初期の頃の月琴の作者については,文献も伝承も少ないので,正直なところ
ほとんど分からない
のが現状です。たとえば,連山派の長原梅園の伝(『明治閨秀美譚』M.25)に,彼女の月琴が
「初代天華斎作にて,逸雲,卓文君等の二名器と同時に渡来せるもの」
であったことなどが記されています。
これなどそうした作者のことが知れる,数少ない文献資料ですね。
現在残っている楽器のラベルなどから見ると,この
「天華斎」
は福建省の人だったようです。
江戸時代,長崎に渡来した清国船の多くが福建省の港を基点にしていましたから,彼らの運んだ渡来楽器の作者が,そのあたりの人であったというのはフシギありません。
ただ「天華斎」の楽器は,「名器」と呼ばれただけに,大流行時代多くの
贋物や,そのコピー
が作られています。
一口にコピーといっても,中国本土で同系の職工により作られたものや,まったく同じ材質を使って国内で製造されたもの(「写し」と呼ばれます)もあり,よほどぞんざいな作りの低級模倣品以外は,簡単に見分けがつきません。
また「天華斎」の名を継いだのかどうかは分かりませんが,上文に「初代」とあるとおり,
二代目,三代目
を名乗る作家もいたらしく,「天華斎」とラベルがあったとしても,そもそもそれが「名器」の作者のものかどうかは不明です。
この楽器の作者,似たような名前の
「玉華斎」
も,その「天華斎」の作品に似た楽器を数多く作っています。
本当に清国の人なのか,それとも国内でコピー品を作っていた職工さんなのかは不明ですが,糸倉や棹のデザイン,意匠などはほとんど「天華斎」のものと変わりません。
たとえば馬琴の随筆に出てくる楽器(←)が,今見る清楽月琴よりは,どちらかというと棹のさらに短い
古中国月琴
に近いものであったりするように,唐渡り時代にも,実際にはさまざまなタイプの月琴が入ってきており,一概に「これこれこうだと "唐渡り" 」とは言えないのですが,清楽月琴の中で「天華斎」などの「唐渡りの月琴」とされている古い楽器の特徴を,国産物と比較していくつか書き出してみましょうか。
1)材質:面板が板目の一枚板であることが多い。
主材が唐木のもののほかは,梧桐(アオギリ)梓(キササゲ)など,国内であまり使われない材が用いられる。
(コピーものは板目の矧ぎ板,後期国産品は多く柾目の矧ぎ板)
2)加工:鋸目が逆。鉋痕も日本のものと少し異なり,やや粗く削り痕が残る。。
3)糸倉の形状:横から見てやや短く全体に高さがあり,「うなじ」が平面。
(国産のものは後期になるほど細く,長く。「うなじ」は曲面で棹に流れる)
4)棹の形状:山口をのせる部分に「ふくら」がなく,幅が糸倉と同じ。
(国産のものでは棹左右にテーバーがつき「ふくら」の下に向かってわずかにすぼまる)
5)フレットの形状:現在の中国月琴と同じ細い台形。
(拙ブログ記事「月琴フレットの作り方」(1)(2)をご参照ください)
さらにフレットの幅が,上から下まであまり変わらない。
(古中国月琴は末広がり,国産のものは第6フレットが長い)
6)内桁:一本桁,桐製。
(国産は針葉樹で2本桁のものが一般的)
このほか,側板接合部に飾り板のついているところや(唐渡りでも,安物だとありませんが),お飾りの意匠が,
きちんと意味の分かる吉祥紋
となっている,など細かく言えばいくらでもありますが,それでもたとえば,同じ材料や工具を使われたり,帰化した職工さんの手になるものだったりした場合は,国産品であったとしても,まったく判別がつかないでしょうねえ。
14号もそうした幕末~明治初めころ,
「唐渡り時代」によく見られるタイプの楽器
になっています。
ただ,上述のとおり,実際にこの楽器が海を渡ってきたものなのか,それともそうしたものをコピーした「写し」なのかについては,楽器自体と作者についてもう少し調べがつくまで,判断を保留しておきましょう。
この楽器,最大の特徴は半月です。
はじめ出品者の写真で見たときには,半月が剥がれたので何か飾り箱の蓋のようなものでも貼り付けたんだろう,とか思ってたんですが,届いてみてびっくり----
中央を左右に流れているのは布でしょうか,書簡でしょうか?
中央糸孔の真ん中には蝙蝠が一匹。左右には十文字の花と,その上には蓮の花ものぞいています。
「半月」
というくらいで,通常は半円,もしくは木の葉を半分に切ったような形をしており,飾り彫りや透かし彫りなど,表面的な細工に凝ったものはよく見るのですが,意匠のために形そのものを変えてしまっているような例は,まず見たことがありません。
次に問題なのが蓮頭や目摂になっている
「四爪の龍」
…実は意外と少ないんですよ,この楽器で「龍」の模様。「鳳凰」は定番なんですけどね。
中国ではずっと,龍の紋様の使用には一定の決まりがありました。
「四爪の龍」は諸侯の龍----これが明治になって日本で作られた楽器ならさして問題はないのですが,清朝の中国で,そうしたものに対する禁令や規制もかなりゆるんでいたとはいえ,それでも「三本爪」ではなく「四本爪」となると,そう軽々には使うことの出来ないものでした。
そもそも,高級素材である鉄刀木が使われていること,半月や飾りが,同じ作者の作品中でも見ないような凝った意匠となっていることからして,この楽器が
特製品,もしくは特注品
であろうことは想像に難くありません。
またこの「龍」の意匠から,この楽器の所有者,もしくは製作依頼者は,少なくとも
高級官吏以上
の存在であった可能性が高いかもしれませんね。
さて,困ったね,と何時かに続く。
(つづく)
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