15号三耗(4)
![]() 第4回 ヨロコビとカナシミと ![]() 接合部のスキマを埋めて,胴体に矧ぎ足した面板を接着。 例によって3倍早い「赤いワラジ」の登場です。 今回はほかにも修理楽器があったせいで,これのおかげでひさしぶりに布団が敷けず,一晩寝袋睡眠となりました。 ![]() 一日置いて,はみ出しを切り去り,胴体を整形します。 ほかにも段差になってる箇所があったので,側板削りはしましたが,何とか必要最小限で済みましたね。 面板を清掃し,側板を塗りなおします。 棹の再塗装で,この楽器の塗装の過程がだいたい知れたので,それに合わせましょう。 まずは面板の木口木端をマスキング。 つぎに側板全体を薄く溶いた赤ベンガラで下染めします。 あちこちに残ったオリジナルの塗装を見ながら,茶ベンガラ・炭粉・砥粉を調合し,柿渋で溶いて布につけ,ラフ目に刷きます。 さいごに柿渋を数回塗って,ごく少量の亜麻仁油で拭き磨き。 ![]() ![]() ![]() 一日二日たつと,柿渋が発色してなかなか見事な赤茶に染まりました。 つか,ちょっと濃すぎたかな? ![]() ![]() 半月…今回の修理,これが思わぬ伏兵でございました。 弦楽器のペグ(糸巻き),ナット(山口,乗弦),ブリッジ(駒),テールピース(覆手,半月)--- といった,弦を結んだり乗せたりする部品は通常,楽器の主要部材のなかでは,特に丈夫な材質で作られるのが普通なのですが。 日本の清楽月琴の場合,この頑丈であるべき半月が,カツラやホオ,時にはヒノキのような加工しやすい木材で作られていることが多くあります。 幸いなことに,この楽器の弦のテンションはそれほど高くないので,そこそこの強度がある木ならば,糸巻きにせよ半月にせよじゅうぶん使用に耐えられるものが出来るようです。 ![]() 15号の半月も,本体と同じクルミかカツラと思われる木で出来ていました。 最初の記事で書いたとおり,この半月にはけっこう大きな穴が左右にあり,はじめ修理であけられたクギ穴くらいに思ってたんですが,それにしては穴の形が不恰好ですし---とあちこちツツいていたら。 ズボッ。 思わぬところに,穴が,あきました。 ケガキの先でほじくってみると,なんと----うわあああああっ!!! ![]() 柔らかめの木で作られてる,とはいえ,薄い板じゃなくて木のカタマリですからね。 さしもの庵主も,この部品がここまで 「食われて」 いるのを見たのは初めてです。 右の虫穴は面板にまで達し,裏面でもまたさらに横に広がってます----ていうか,もしかするとこの虫は,内部から来て半月の中を食い荒らし,外に出てったのかもしれません。 15号三耗,ネズミだけでなく虫にも食われてましたか……よほど材質が美味しいのか,何か美味しそうなニオイでも全体に付けちゃったんでしょうかねえ。 形だけなら埋め木やパテで直すことが出来ますが,ほかの弦楽器に比べるとユルいとはいえ,弦のテンションがかかる部品です。それで強度的に問題のない修理となるとは思えませんので,ここは12号に続き,半月を作り直すこととしましょう。 ![]() 最初にまずは,棹材と推定したクルミの板で作ってみたのですが,木肌表面の感じと削った時の感触が,オリジナルとどうも一致しません。 オリジナルはおそらく,ヤシャブシで黄色く下染めをされた後,砥粉と炭粉に少量のベンガラを混ぜた顔料で軽く表面塗装がなされているようなのですが,下染めしてみると,その色合いも多少気に入らない。 いくぶん薄いんですね。 その後,色を重ねて,まあこれでもいいかな?---というところまではいったんですが,どうにも納得がゆかず,結局カツラでもう一枚作ってみました。 加工の際の感触,また下塗りの色付きからすると,どうもこちらのほうが近いようですね。 下部にある紋様は,オリジナルに和紙を当て,エンピツで上から擦って写し,それを糊で貼り付けて彫りこみます。 そんなに複雑なものではありませんが,こうして真似してみると,その彫り線はごく浅く,流暢。 意外に力量を感じさせるものでした。 ![]() 次に立ちふさがりし難関は,上塗りの顔料でした。 こうした顔料はだいたい柿渋で溶いて油拭き,というパターンが多いのですが,下染めのヤシャ液と柿渋----主成分は同じくタンニンなくせに,これがどうも相性が良くない組み合わせのようで。 ヤシャ液で染めてから柿渋をかけると,なぜかヤシャ液の黄色味が薄れて白っぽくなってしまいますし,柿渋を使って塗装した上からヤシャ液を刷くと,こんどは塗膜が溶けて流れてしまうのです。 アルカリだとか中性だとかの問題のようですが,バケ学は不得意なので良く分かりませんが。 下塗り段階から何度も失敗してはやり直した末,いろいろ考え,またテストしてみた結果。
1)上塗りの粉を温めたヤシャ液で溶き,素早く刷きます。
2)乾いたら布で拭って粉を落とし,何度か重ねて色が濃くなったところで,乾性油で拭いて固定。 ![]() さらにテストを重ねた結果,ここまでを下地として,完全に乾いた状態だと,ヤシャ液で染めた上から柿渋をかけても,さほど褪色しないことが分かり一安心。ヤシャ液と乾性油だけでは塗膜がまったく出来ないので,表面の保護が難しいですからね。 斗酒庵流ではとくに,トレモロ演奏をするとき,この半月に手横を置いて義甲を使いますので,そのままだと汗染みとかついちゃいますし。 半月だけに,仕上がるまでほぼ半月,マジです(笑)。 ようやくなんとか,それっぽい感じになりました。 そのうち木工仕事は2枚合わせてもほんの2時間ぐらい。 あとは試行錯誤の塗装修行----うむ,古人偉大なり。 (つづく)
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