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L氏の月琴(1)

LG_01.txt
斗酒庵 古器の怒涛にもまれる の巻(1)2010.2~ L氏の月琴(1)

第1回 ウワサのカゲ子ちゃん

ラベル付近
  清楽月琴の修理,などという真似をはじめてから庵主のもとに集まってきた楽器は,ほとんどがところ,明治中期以降に作られた純国産品
  流行期間が短かったため,完全に「日本的」な楽器になりきるところまでは至りませんでしたが,その各所にはすでに感性や職人さんの手の違いからくる「大陸の楽器らしからぬ」特徴が芽生え始めておりました。

  しかしながら。
  続くときは続くもの,集まるときは集まるもので。


  このところ,それ以前の----月琴が大陸から日本に渡来したころの姿を残した初期の楽器や,「唐渡り」時代の古器に連続して関わっています。
  「楽器が楽器を呼ぶ」という事態なんでしょうかねえ?

  「初期国産化型」15号は修理完了,「もしかして唐渡り?」の14号は修理中。
  そこへまた,さらにもう一面。


  今回はたまたまネット上でお会いした方からの依頼品,というか,庵主が「修理させてぇ!」とお願いしたに近いですね。
  長崎出身のひいおばあちゃんの持っていた楽器だそうです。
  依頼者のお母さんのお母さんあたりまでは,時々清楽っぽい歌を口遊んでいたこともあったとか。
  廃れて壊れて鳴らないけれど,家族の思い出と共に伝えられた,古いふるい楽器です。

  依頼を受けたときまでは,その楽器がそっち(古形)だとは知りませなんだが,実際に見てみてビックリ。

  ラベルの文字は「天華斎」(詳しくは「14号玉華斎(1)」参照)
  ウワサをすれば影が射す----

  ってとこでしょうか。ついこないだ書いたばっかりですしねえ。
  ネオクの写真や博物館の展示では何度か目にしたこともありますが,手に取ったのは始めて。

  「天華斎」といえば,上の記事でも書いたとおり,江戸から明治初期における月琴名器の有名人気ブランドです。

  さて,どんなものでしょうか?
  ではまず,例によって計測から。




1.採寸

修理前全景

 全長:643mm
 胴体 縦:345mm 横:353mm 厚:40mm(表裏板ともに 厚3-4mm)
 棹 全長:295mm(蓮頭を除くと285) 幅:30mm  最大厚:34mm 最小厚:31mm
 指板ナシ 指板相当部分 長:138mm
 糸倉 長:158mm(基部から先端まで) 幅:32-37mm(左右側部厚 9mm/弦池 15-18×108mm )指板面からの最大深さ:73mm
 有効弦長: 407mm



2.各部所見

蓮頭
 ■ 蓮頭:損傷なし。84×55mm

  ほぼ平らな板状。蓮花の意匠を彫り込む。
  おそらく胴体・棹と同材。

  花の彫りはまあまあですが,周縁を囲む飾り線の彫りもふらふらしてますし,下辺のトンガリも少々歪んでる----やや雑な工作ですね。
  14号の蓮頭と同じく,側面には鋸痕が残っていますが,材質的からいうとこの程度の硬さの木の工作でこんなに細かく鋸目が残るわけもなく,幅も均一すぎます。また一部では鋸目の角度が,その曲面と合っていません。
  加工痕にしてはやや不自然ですので,おそらくは紫檀や黒檀のような硬木に見せかけるため,もしくはそうした材料で作られたものを真似て,あとで装飾的につけられたものだと思います。

 ■ 軸:全欠。
  3本は三味線の糸巻き。楽器に合わせて加工した形跡は無く,原状をしのぶよすがに挿されていたものと思われる。1本は月琴の糸巻きだが,この楽器の軸にしてはかなり細く,孔にもまったく合わないことから,オリジナルではなく,ほかの楽器についていたものと考えられる。

 ■ 棹:損傷なし。
糸倉(1) 糸倉(2) 糸倉(3)
  糸倉は天に間木をはさむ。
  カーブは手前浅くゆるいが,先端付近でやや急にたちあがり,指板と面一になって終わっている。
  そのためこの楽器の蓮頭は,ほぼ正面を向く。
  側部の幅は根元からほぼ同じ,やや長めで武骨な印象がある。

  「採寸」のところで糸倉の幅が「32-37mm」と,多少おかしな数値になってますが,これはこの楽器の糸倉が「末広がり」の,ちょっと特異な形状になっているためです。
  通常,糸倉の幅はその根元から先端までほぼ均一なのですが,この楽器のは先端で3ミリほども広がっています。
  もちろんハナからそのように削ったものではなく,弦池を切り抜いて二股にした先に,太目の間木をはさみこんでいるわけで,構造的には側面木部に余計な負担がかかるので,あまり良い工作とは思えませんが,視覚的効果はないではありませんねえ。

  前にこう,突き出してくる感じで。それなりに迫力があって,悪くはない。
  狙ってやってるのだとしたら大した度胸です。

棹(1) 棹(2)
  うなじは「絶壁」。
  14号にくらべるとやや深く,ノミの加工痕をそのままに残している。

  棹はやや太く,背は握る部分の角を落とし丸めた程度の加工。基部ではほぼ四角のままでそこからわずかにほそまり,うなじに入って切れる。加工はやや粗く,うなじの基部,また背の中央付近の節目があるあたりで,整形に多少の歪み,乱れがある。

山口/フレット(2)
  棹上の山口,フレットはともに黒檀か紅木紫檀の類と思われる。
  接着部分の指板にふくらやくびれはなく,棹の幅は基部から同じである。

  山口はオリジナルかもしれませんが,フレットはおそらく後補部品。

  棹上のフレットは厚さ6ミリほどの板を貼り付けたもの。
  よく見ると月琴のフレットの定形どおり,左右をわずかながら斜めに切り落としてあり,高さもちゃんと違えていますが,頭頂部が板のままの平らになっていること,またそこに糸擦れの痕跡等がまったく見えないことなどからすると,これも軸同様,楽器の原型をしのぶためにつけられた装飾的部品ではないかと考えられます。

 ■ 胴体:ほぼ健全。

胴体表裏

側板
表面板ヒビ
裏面板ヒビ

  経年の変色と汚れが全体に多少きついが,深刻な損傷は今のところ見受けられない。
  側板は4枚。
  単純な木口の擦合わせによる接着だが,接合部に歪みや隙間は見られない。
  面板は表裏とも矧ぎ板。
  表面板は楽器ほぼ中央,裏面は左1/4のところで継いである。いづれも板目,二枚矧ぎ。
  面板上のフレットは5本のうち3本が残る。いづれも煤竹製。
  2本は接着痕のみ。第6フレットだけがやや長くなっているが,ほかはほぼ同じくらいの長さ。
  頭頂部に使用痕,糸擦れによるエグレが見える。
  裏面板上部中央に墨書。板の変色のため見えにくいが作者のサインと思われる。
  裏面板右手上部にラベル(これらについては後で詳述)。

  表面板上部中央から板の矧ぎ目に沿いヒビ割れ小。途中から木目に沿い,二度ほど分断されながら楽器ほぼ中央まで。
  裏面板ラベルの下に大きな節目,中央に小ヒビ。
  裏面板左端中央付近に5ミリほどの穴。板目から見て節目と思われる。支障なし。

  このほか,損傷・不具合ではないのですが,裏板の左がわ小さな方の矧ぎ板の中央付近から下半分にかけてが,ややふくらんでいるようです。
  ほかは平らなのですが,撫でてみるとそのあたりだけぽっこりと盛り上がっています。
  胴体から浮いている様子はなく,押してもべつに反応が無いので支障はないとは思いますが,ここだけというのがちょっと不気味ですね。

半月
 ■ 半月:ほぼ健全。

  88×37×12mm,高さはあるがやや小さめ。
  側周縁をゆるい曲面で切り回し,糸孔付近は平ら。
  糸孔 直径3ミリ。
  外弦間 26mm,内弦間 18nn,推定される内外弦間は 3.5-4mm である。

  全体的なフォルムとしては,よくある板型よりは曲面型のほうに近いですね。糸孔のあたりが平らになったこういう半月は,古形の清楽月琴だけでなく,もっと棹の短い大陸の古い月琴でも時々見かけます。
  たとえば大きさは違いますが,これ(→「古い中国月琴」)の半月なども同じタイプ。

  糸孔は大きく,いくぶんぞんざいな感じがしますが,糸を通しやすいよう斜め前方に向けてあけられているし,きちんと実用を考えた作りになっています。
  国産化されたあとの月琴と違い,半月でかくれる内刳り内部の面板上に,琵琶の陰月に相当する孔はあけられていません。
  これもまた「唐渡り」楽器の特徴の一つですね。



  さて,軸が全損しているほかは,外見上さしたる損傷はないご様子。

  ああ……またまた軸削りがメインの作業のようですね。

  なにせこの弦楽器,糸巻きがなければ楽器として成立しませんから,ともかく作らにゃならないのはしょうがありませんが,このところの修理で,11号4本,12号で2本(違う材質で1本作ったら気に入らなかった),15号は4本,14号では5本(展示用の軸が増えたため)削りました----15本かあ,三ヶ月で。てことは一ヶ月に平均5本,あはははは。

  作るとなるとけっこうホネで,外注するととんでもなく高くつく部品ですからねえ。
  がんばって削るといたしましょう。

ラベル
  さて,最後に製作者からのメッセージ。
  ラベルを読みましょう。

  面板と一緒に磨かれてテカテカになっているので,照明を反射してちょっと撮影しにくいんですが,なんとか。

  上の横欄は「天華正字号」。「元祖天華斎」「天華斎本家」と言ったところですね。
  下は欠けたりヒビたりで一部判読不明ながら,ほかの楽器についていた同様のラベルなどを参考にすると---

  本舗住福省在〓〓〓 茶亭街坐西朝東制 造文廟楽器迷古名 琴開張入坐老舗賜 顧者請認庶不致候

  訳すとこんな感じでしょうか----

  本店は福省(福建省)[南関外]の茶亭街西にあり,古雅な文廟楽器を製造しております。楽器キチのみなさま,ぜひ一度ご来店のうえ,よろしくご愛顧を御たまわりたく。

  「文廟楽器」ってのはまあ,日本で言えば「雅楽の楽器」ってとこでしょうか。
  「文廟(ウェンミャオ)」は「孔子廟」。儒教の祖,孔子様を祀ったお宮で,むかしはちょっと大きな町ならどこでもありました。
  孔子様は音楽好き。日本の神社と同じく,廟で行われる儀式でも古めかしい音楽が演奏されるわけで,そういうところで使われる楽器を指しているんですね----もっとも,月琴は本来「遊郭の弄器」,そういうところで弾いてはいけない「淫声」の楽器なんですが,まあそう正直に書くわけにもいかない。

  これと同様に上欄が「天華正字号」になっているのは,手元にはほかもう一例しか資料がないのですが,画像が小さくて細かい文字が判別できません。カタチは同じで上欄が「天華斎」だけになっているものもありますが,文章も印刷も違ってますね。

ラベル(2) ラベル(3) 天華斎ラベル

  そのほか,この型のラベルのほかに「天華斎」の縦長一行のラベルを貼り付けた楽器,「茶亭 老天華」という縦長のラベルのついている楽器も確認されています。
  もう少し例が集まれば,それこそ一代目二代目やらコピー品を判別するさいの手がかりになるんですが,まあこれだけでは----

  ラベルなんていくらでも真似できますからね。
  やっぱり実物を見てみないと。


  検索してみると,むかし日本や琉球との貿易の一大基地であった福建省の首府福州市には,実際「茶亭街」という地名が今もありますね。台江区でむかしから手工芸の街として知られていたようです。北京の「瑠璃廠」みたいなものですね。「茶亭十番音楽」という民間芸能でも知られてて……あれ……「最近開発されて旧市街がまるっとなくなり道路になった」てな記事があがってきます…………。

  まあそう都合よく,何らかの遺構が残っていたとも思えませんが,なんだか残念な気持ちです。
(つづく)

14号玉華斎(3)

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斗酒庵 銘器を前にたじろぐ の巻(3)2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)

第3回 ヒビ割れ太閤記

  ちょっと苦労した部品もありましたが,まずもってお飾り類の取外しは成功。
  では本体修理とまいりましょう。

  ではもっとも音に関係しそうな箇所,表面板の補修から。

表面板ひび割れ(1) 表面板ひび割れ(2) 表面板ひび割れ(3)

  この表面板左側のヒビ割れは,天の板の左から1/4,側板の飾りの端あたりの木口からほぼ木目に沿って,左目摂の下を通り,半月の左あたりまで伸びています。割れ目の幅は,最大で 1.5ミリほど。
  前修理者によってパテ埋め補修がなされていますが,工作は拙く,ヒビ割れ自体もきちんと埋まっていないし,むやみに塗りたくられた余分なパテで,白っぽく,面板が汚されてしまっています。

  まずは,このパテをハガし,修理箇所をキレイにしてあげましょう。

表面板ひび割れ(4)
  割れ目の中や木口のエグレ穴に詰められたパテはアートナイフの刃先でエグって取り去りましたが,木目に細かく埋まり込んだぶんは,刃物だといちいち取りきれないので,板を濡らしてパテが浮いたところで,思いっきり粗い目の耐水ペーパーを櫛のように使ってこそぎ出しました。

  下手をすると面板を削ってしまうものですから,ちょっと緊張しましたねえ。

  修理箇所がキレイになったので,とりあえずは観察。
  パテに隠れて,これがどんなヒビなのかちっとも見えませんでしたからね。

  このごっついヒビ割れがどんなものなのか,原因は何か。
  修理の仕方や使用する道具も,それによって変わってまいります。

表面板ひび割れ(5)

12号虫食い
  矧ぎ板を使うことが多い明治後期の月琴だと,こういうヒビ割れの原因はその接着部のニカワを狙った虫食いであることが多いですね。

  そういう場合にはたいてい,割れ目は矧ぎ目を中心に薄皮一枚となってしまっており,ほじくると,板がトンネル状になっていて細かい木粉が次から次へと出てくるものです。

  右画像は12号の虫食い---こんな感じですね。

  ヒビ割れの断面をのぞいて見たり,周辺をケガキの先でつついてみたりしましたが,幸いにも今回は,どうやら虫食いの様子ではないようです。

ヒビ割れあっぷ
  よかったよかった。

  唐渡りの月琴の面板には,多く桐の一枚板が使われています。
  一枚板だと虫食いの被害は少ないのですが,矧ぎ板より板の変形・収縮の幅が大きいらしくて,よくこのように割れて---というより「裂けて」----しまっている例を,よく見ますね。

  12号の修理のときにも書きましたが,単純に矧ぎ目から割れたような場合に比べると,こういう「裂けて」しまった場合のほうが,実はけっこう厄介です。
  なにせそうした割れ目はニンゲンの工作には関係なく,「割れるべくして割れた」もの,ある意味,板が自然と安定した「あるべき状態」になろうとした結果なので,端から端まできちんとやらなければ,直しても直しても再発する,なんてことにもなりかねません。

  慎重にまいりましょう。

表面板ひび割れ(6)
  ヒビ本体の前に,木口のこの部分が胴体から浮いていますので,これをくっつけておきます。

  これも板が裂けちゃったたせいでしょうか?

  キレイに剥がれておらず,胴材の接着面に板の木口の一部が,少し残ってしまっています。

  薄く溶いたニカワを垂らし込んで,マッサージして全体に行き渡らさせ,クランプで固定。
  一晩経ったらしっかりくっつきました。

  板が動かなくなったところで,いつものように修理で出た古い面板から,埋め木を削り出します。

  ヒビがそれほど太くないのと,完全に真っ直ぐではないので,神業使って一本でピタリ----というわけにはまいりませんが,出来るだけ長くして,埋め込む本数を極力減らします。
  自然発生のヒビなので,所によっては断面が垂直ではなく斜めになっていたり,片方が丸く盛り上がっていたりしてますので,埋め木のほうばかりではなく,面板のほうも削って,なるべくしっかりとおさまるよう,細かく整形しなきゃなりません。

  ニカワを塗って軽く押し込んだら,筆で左右を濡らし,焼き鏝をあてて,周囲を柔らかくしながら,きっちりと底まで押し込みます。
  板の木口,および埋め木左右に出来てしまったスキマやくぼみ,あとヒビ本体の埋め木が入らないような狭い部分には,木粉粘土をヤシャ液で練ったパテを詰め込みましょう。

  またまた一晩ほど置いて,しっかりと乾かし,整形します。

表面板ひび割れ(6) 表面板ひび割れ(7) 表面板ひび割れ(8)

  つぎに表面板の清掃もかねて,修理箇所の古色付けをします。

  例によって,ぬるま湯に重曹を入れたのを垂らしながら,耐水ペーパーをかけて板に染み付いた経年の汚れをこそげ落とし,その汁を修理で白っぽくなった箇所に回して,全体を均一な色に染め直します。
  それでも薄い箇所やムラになってしまったような場所は,ヤシャ液を布に染ませたので拭って,色を足してあげましょう。

表面板ひび割れ(9) 表面板ひび割れ(10)
  よしよし。
  遠目にはまあ,ほとんど分からなくなりましたね。

(つづく)

14号玉華斎(2)

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斗酒庵 銘器を前にたじろぐ の巻(2)2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)

第2回 始動の刻

剥がしてる
  お休み期間の12~1月の二ヶ月で,11号柏葉堂,12号照葉,15号三耗と連続ハンガーアウトし,お仕事期間に入った如月二月。去年末に集中して到来した自出し月琴の修理地獄も残りは二面。なれど13号の柚多田さんは,いまだ面板処理の方法模索中につき手を出せませんので,とりあえず14号へとまいります。

  んじゃあ,バリバリ~ッ!!っと……できるかーっ!ボケぇッ!!!

  14号玉華斎はもしかすると唐渡り,最低でもそのかなり忠実なコピー品。

  庵主がいま最も興味のある古型清楽月琴の一つですから,うかつな修理でせっかくのデータを損ねるわけにはまいりません。
  それに,同様に古い型の楽器であった前修理15号は,思ったよりも音が良うございました。材質や工作の面から言えば,この楽器のほうが比べ物にならないくらいの高級品でありますから,音のほうにも楽しみがあります。もっとも,これで15号より悪かったら………シメますよ,あなた(笑)。

  この楽器,古くてあちこちヨゴれてはいますが,保存状態は良く,お飾りも含めてオリジナル部品がほとんど残り,要修理箇所も少なく,現状のままでもちょっと無理すれば演奏可能であります,いちおう。

  主な作業は,軸作りと,表裏面板の割レ,剥離等の修繕くらいなものですね。

  オリジナル部品で無くなっているのは軸が一本と第二フレットだけですが,他のフレットや山口にも,使用によるキズやエグレがかなり見られるので,このあたりは新規製作のうえ全交換となりそうです。



  さて,上述の通り,いちおう演奏可能な状態ではありますが,きちんと修理するためには,やはりお飾りの類を一度すべてはがさなければなりません。

  まずはここからまいりましょう。
蓮頭(1)
  蓮頭の裏面には,桐と思われる薄い板がなぜか貼りつけられ(意図不明の工作),棹頭に正体不明の黒い接着剤でべっとりとつけられております。まずはこれをはずしたいのですが,この接着剤(正体不明)がなかなか頑強で,けっきょく薄板を破壊して,ようやく取り外すことが出来ました。

  透かし彫りの蓮頭の裏面に,薄板を貼る理由---一番に考えられるのは,割レの補修ですが,板を剥がしてキレイにしてみても……あれえ? べつだんどこも壊れておりませんねえ?

蓮頭(2)
  棹頭や蓮板裏面に残った接着層を除去しようと,まずは刃物でこそいでみたのですが,これがまたかなりの硬さで…。
  切り出しでこそぐ程度ではビクともしないので,試しにお湯をたらして焼き鏝で蒸らしてみましたが,何度繰り返してもまったく変化がありません。
  ニカワやよくある樹脂系の接着剤ならば多少は柔らかくなるもんなんですけどねえ----あんまりやると,修理箇所以外に余計な被害が出てしまいそうなので,けっきょくヤスリで削ってこそぎ落としました。

  細かい茶色の粉,独特のニオイがありました。

  ---これ,ウルシですね。

お飾り(1)   なるほど,この楽器の補修で使われているのを見たのは初めてですが,骨董屋さんなら補修剤として持ってますものね。
  14号の主材である鉄刀木(タガヤサン)は接着の良いほうではありませんので,ニカワでなくウルシを使ったのもなんとなく納得がゆきますが,棹頭にも少し残っていたとおり,もとはニカワづけだったわけですから,ふつうに接着部をキレイにして,お湯を含ませておけばさほど問題なくついたかと----余計に強力な接着剤を使うのは,昨今のボンド野郎どもと同じで,あまりいい工作とは言えませんな。



お飾り
  胴体表面の木製部品の除去は,だいたいつつがなく終わりました。

  蓮頭と,左右目摂はおそらく同じ材料で作られています。
  見た目は紫檀っぽいですが,たぶん花梨を蘇芳で染めたものでしょうねえ。
  ハガすため周囲にお湯を含ませたところ,鮮やかな赤紫色の汁が滲み出てきました。

  ----幸いにもこの汁,桐板へはあまり滲みこまないようなのですが,濡らさなきゃハガれないし,濡らすと汁が出るしで,けっこう焦りましたね。

  布への染色法はWeb上にも色んな方法が掲載されていますが,木への染色法についてはあまり資料がありません。たとえば正倉院の阮咸や琵琶の類にも,「蘇芳で染めた」というものが残っていますが,その染め方自体についてはいまひとつ記述がないのですね。

  まあ楽器ですから,布のように丸ごとナベで煮込むようなことは出来ますまい。
  そうなると筆や刷毛で塗りつける,というところだとは思うのですが----その方法にしても,媒染剤と染料を交互に塗るのか,それとも混ぜて発色させた状態の液を塗るのか,そのへんすらはっきりしないのが現状です。
  ベンガラのような隠覆性の高い顔料系塗料はべつとして,木は布ほど染料を吸いこみませんし,木目によってその染みこみの度合いがかなり違いますので,ただ単純に「塗る」「擦りこむ」だけでは,全体を均等な色合いに染め上げることはできません。

お飾り痕
  古人はその辺のところをどう技術的に克服しているのか…も少し勉強しなくちゃですね。
  この14号のお飾りの色は,筆で塗られたのではないと考えています。
  少し水を含ませた程度で,かなりの染み出しがあること,また乾燥後の褪色がそれほどでもないことから見ても,染料はかなり濃く,部材の深いところまで浸透しているようです。さらには,通常筆の届かないような彫りの側面や,本来は着色の必要の無い裏面まで染色が及んでいるところからして,これらは「漬け込み」か「煮着け」の技法で染められたのではないでしょうか?

  わたしも最近,軸やお飾りなどの小物をオハグロ染めするときに,いちど煮立たせた汁の中に漬け込む方法を使っています。
  あまり長時間煮沸したり,無駄に長く漬け込むと木が弱くなってしまいますが,この方法だと,染液をかなり深く浸透させることができるので,その後の塗装や磨きで質感にかなりの差が出ます----目摂などごく薄い部品だと,ほぼ「芯まで真ッ黒」てな感じになりますね。

  もっともこの技法は,ナベに入るぐらいの「部品」が限界ですから,楽器本体への染めつけ法とは別でしょうね。

扇飾り
  扇飾りも蘇芳染めされていました。
  剥離当初は素材が分からなかったのですが,乾燥後,あらためて見てみたところ,どうやらタガヤサンのようです。
  タガヤなら,磨けば本体と同じくキレイな色になるはずなので,あまり染める意味はなさそうですがねえ。

  「花梨の蘇芳染め」というのは,唐木屋さんがむかしよく使ったワザとして知られてますから,木工関係のほうでなにか資料が残ってるとは思いますが,勉強不足のため,いまだ行き着いてはいません。

  文献・詳細等,ご存知の方ございますれば,どうかご教授ください。



  14号玉華斎,お飾りが一つも失われていないところからも分かるとおり,ニカワ着けが上手ですね。

  第1フレットと,後補部品の第2フレットが木工ボンドで着けられてましたが,そのほかの棹上のフレット,山口,柱間のお飾り,胴体上のフレットおよび,お飾り類はすべてオリジナルの接着と思われます。

フレット 凍石系お飾り
剥離作業途中
  フレットの除去まではほとんど何も支障がなかったのですが,凍石のお飾り類の接着がかなり頑固で。
  特に中央の円飾りなんか,周縁にいくらお湯を含ませてもビクともしません。布をかぶせた上から焼き鏝を当てて蒸らし,ニカワをユルめようとしましたが,それでもなかなかはずれず……けっきょく,この円飾りと第4~5フレット間のお飾りを,少し欠いてしまいました。(汗)

  石なので,とりあえずはエポキシで接着……あーあ,せっかくのオリジナルを………

  うむ,庵主,まだまだ青い。



絃停
  最後に絃停をハガします。

  ヘビ皮は傷みやすくハガれやすいので,よくボンド着けとかされてることが多いのですが,今回はほぼオリジナルの接着状態のままだったようです。

  多少いびつな形になってしまっていたのは,経年による皮自体の収縮のせいでしょうね。
  やや厚めのヘビ皮で,接着剤はおそらくニカワ。

  いままでの例ではこのヘビ皮は,ウロコの目を上下にして貼られていることが多かったのですが,この楽器のはそれを左右にして貼られています。

  「唐渡り」の月琴ではみんなそうだったのか,これがたまたまだったのかは,参考にできる資料が少なくて分かりませんが,三線も二胡の皮も,ふつうは上下方向に貼られますからねえ……それに月琴の絃停は,音にあまり関係のない部品なので,おそらくは製作や修理などで出た「ハギレ」が使われることが多かったでしょう。そうするとまあ,何か意味がある工作----というよりは,サイズや模様から決めて,たまたまこういう方向になったというほうが,より可能性が高いですかね。


  というところで,次号に続く。

(つづく)

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