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L氏の月琴(1)

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斗酒庵 古器の怒涛にもまれる の巻(1)2010.2~ L氏の月琴(1)

第1回 ウワサのカゲ子ちゃん

ラベル付近
  清楽月琴の修理,などという真似をはじめてから庵主のもとに集まってきた楽器は,ほとんどがところ,明治中期以降に作られた純国産品
  流行期間が短かったため,完全に「日本的」な楽器になりきるところまでは至りませんでしたが,その各所にはすでに感性や職人さんの手の違いからくる「大陸の楽器らしからぬ」特徴が芽生え始めておりました。

  しかしながら。
  続くときは続くもの,集まるときは集まるもので。


  このところ,それ以前の----月琴が大陸から日本に渡来したころの姿を残した初期の楽器や,「唐渡り」時代の古器に連続して関わっています。
  「楽器が楽器を呼ぶ」という事態なんでしょうかねえ?

  「初期国産化型」15号は修理完了,「もしかして唐渡り?」の14号は修理中。
  そこへまた,さらにもう一面。


  今回はたまたまネット上でお会いした方からの依頼品,というか,庵主が「修理させてぇ!」とお願いしたに近いですね。
  長崎出身のひいおばあちゃんの持っていた楽器だそうです。
  依頼者のお母さんのお母さんあたりまでは,時々清楽っぽい歌を口遊んでいたこともあったとか。
  廃れて壊れて鳴らないけれど,家族の思い出と共に伝えられた,古いふるい楽器です。

  依頼を受けたときまでは,その楽器がそっち(古形)だとは知りませなんだが,実際に見てみてビックリ。

  ラベルの文字は「天華斎」(詳しくは「14号玉華斎(1)」参照)
  ウワサをすれば影が射す----

  ってとこでしょうか。ついこないだ書いたばっかりですしねえ。
  ネオクの写真や博物館の展示では何度か目にしたこともありますが,手に取ったのは始めて。

  「天華斎」といえば,上の記事でも書いたとおり,江戸から明治初期における月琴名器の有名人気ブランドです。

  さて,どんなものでしょうか?
  ではまず,例によって計測から。




1.採寸

修理前全景

 全長:643mm
 胴体 縦:345mm 横:353mm 厚:40mm(表裏板ともに 厚3-4mm)
 棹 全長:295mm(蓮頭を除くと285) 幅:30mm  最大厚:34mm 最小厚:31mm
 指板ナシ 指板相当部分 長:138mm
 糸倉 長:158mm(基部から先端まで) 幅:32-37mm(左右側部厚 9mm/弦池 15-18×108mm )指板面からの最大深さ:73mm
 有効弦長: 407mm



2.各部所見

蓮頭
 ■ 蓮頭:損傷なし。84×55mm

  ほぼ平らな板状。蓮花の意匠を彫り込む。
  おそらく胴体・棹と同材。

  花の彫りはまあまあですが,周縁を囲む飾り線の彫りもふらふらしてますし,下辺のトンガリも少々歪んでる----やや雑な工作ですね。
  14号の蓮頭と同じく,側面には鋸痕が残っていますが,材質的からいうとこの程度の硬さの木の工作でこんなに細かく鋸目が残るわけもなく,幅も均一すぎます。また一部では鋸目の角度が,その曲面と合っていません。
  加工痕にしてはやや不自然ですので,おそらくは紫檀や黒檀のような硬木に見せかけるため,もしくはそうした材料で作られたものを真似て,あとで装飾的につけられたものだと思います。

 ■ 軸:全欠。
  3本は三味線の糸巻き。楽器に合わせて加工した形跡は無く,原状をしのぶよすがに挿されていたものと思われる。1本は月琴の糸巻きだが,この楽器の軸にしてはかなり細く,孔にもまったく合わないことから,オリジナルではなく,ほかの楽器についていたものと考えられる。

 ■ 棹:損傷なし。
糸倉(1) 糸倉(2) 糸倉(3)
  糸倉は天に間木をはさむ。
  カーブは手前浅くゆるいが,先端付近でやや急にたちあがり,指板と面一になって終わっている。
  そのためこの楽器の蓮頭は,ほぼ正面を向く。
  側部の幅は根元からほぼ同じ,やや長めで武骨な印象がある。

  「採寸」のところで糸倉の幅が「32-37mm」と,多少おかしな数値になってますが,これはこの楽器の糸倉が「末広がり」の,ちょっと特異な形状になっているためです。
  通常,糸倉の幅はその根元から先端までほぼ均一なのですが,この楽器のは先端で3ミリほども広がっています。
  もちろんハナからそのように削ったものではなく,弦池を切り抜いて二股にした先に,太目の間木をはさみこんでいるわけで,構造的には側面木部に余計な負担がかかるので,あまり良い工作とは思えませんが,視覚的効果はないではありませんねえ。

  前にこう,突き出してくる感じで。それなりに迫力があって,悪くはない。
  狙ってやってるのだとしたら大した度胸です。

棹(1) 棹(2)
  うなじは「絶壁」。
  14号にくらべるとやや深く,ノミの加工痕をそのままに残している。

  棹はやや太く,背は握る部分の角を落とし丸めた程度の加工。基部ではほぼ四角のままでそこからわずかにほそまり,うなじに入って切れる。加工はやや粗く,うなじの基部,また背の中央付近の節目があるあたりで,整形に多少の歪み,乱れがある。

山口/フレット(2)
  棹上の山口,フレットはともに黒檀か紅木紫檀の類と思われる。
  接着部分の指板にふくらやくびれはなく,棹の幅は基部から同じである。

  山口はオリジナルかもしれませんが,フレットはおそらく後補部品。

  棹上のフレットは厚さ6ミリほどの板を貼り付けたもの。
  よく見ると月琴のフレットの定形どおり,左右をわずかながら斜めに切り落としてあり,高さもちゃんと違えていますが,頭頂部が板のままの平らになっていること,またそこに糸擦れの痕跡等がまったく見えないことなどからすると,これも軸同様,楽器の原型をしのぶためにつけられた装飾的部品ではないかと考えられます。

 ■ 胴体:ほぼ健全。

胴体表裏

側板
表面板ヒビ
裏面板ヒビ

  経年の変色と汚れが全体に多少きついが,深刻な損傷は今のところ見受けられない。
  側板は4枚。
  単純な木口の擦合わせによる接着だが,接合部に歪みや隙間は見られない。
  面板は表裏とも矧ぎ板。
  表面板は楽器ほぼ中央,裏面は左1/4のところで継いである。いづれも板目,二枚矧ぎ。
  面板上のフレットは5本のうち3本が残る。いづれも煤竹製。
  2本は接着痕のみ。第6フレットだけがやや長くなっているが,ほかはほぼ同じくらいの長さ。
  頭頂部に使用痕,糸擦れによるエグレが見える。
  裏面板上部中央に墨書。板の変色のため見えにくいが作者のサインと思われる。
  裏面板右手上部にラベル(これらについては後で詳述)。

  表面板上部中央から板の矧ぎ目に沿いヒビ割れ小。途中から木目に沿い,二度ほど分断されながら楽器ほぼ中央まで。
  裏面板ラベルの下に大きな節目,中央に小ヒビ。
  裏面板左端中央付近に5ミリほどの穴。板目から見て節目と思われる。支障なし。

  このほか,損傷・不具合ではないのですが,裏板の左がわ小さな方の矧ぎ板の中央付近から下半分にかけてが,ややふくらんでいるようです。
  ほかは平らなのですが,撫でてみるとそのあたりだけぽっこりと盛り上がっています。
  胴体から浮いている様子はなく,押してもべつに反応が無いので支障はないとは思いますが,ここだけというのがちょっと不気味ですね。

半月
 ■ 半月:ほぼ健全。

  88×37×12mm,高さはあるがやや小さめ。
  側周縁をゆるい曲面で切り回し,糸孔付近は平ら。
  糸孔 直径3ミリ。
  外弦間 26mm,内弦間 18nn,推定される内外弦間は 3.5-4mm である。

  全体的なフォルムとしては,よくある板型よりは曲面型のほうに近いですね。糸孔のあたりが平らになったこういう半月は,古形の清楽月琴だけでなく,もっと棹の短い大陸の古い月琴でも時々見かけます。
  たとえば大きさは違いますが,これ(→「古い中国月琴」)の半月なども同じタイプ。

  糸孔は大きく,いくぶんぞんざいな感じがしますが,糸を通しやすいよう斜め前方に向けてあけられているし,きちんと実用を考えた作りになっています。
  国産化されたあとの月琴と違い,半月でかくれる内刳り内部の面板上に,琵琶の陰月に相当する孔はあけられていません。
  これもまた「唐渡り」楽器の特徴の一つですね。



  さて,軸が全損しているほかは,外見上さしたる損傷はないご様子。

  ああ……またまた軸削りがメインの作業のようですね。

  なにせこの弦楽器,糸巻きがなければ楽器として成立しませんから,ともかく作らにゃならないのはしょうがありませんが,このところの修理で,11号4本,12号で2本(違う材質で1本作ったら気に入らなかった),15号は4本,14号では5本(展示用の軸が増えたため)削りました----15本かあ,三ヶ月で。てことは一ヶ月に平均5本,あはははは。

  作るとなるとけっこうホネで,外注するととんでもなく高くつく部品ですからねえ。
  がんばって削るといたしましょう。

ラベル
  さて,最後に製作者からのメッセージ。
  ラベルを読みましょう。

  面板と一緒に磨かれてテカテカになっているので,照明を反射してちょっと撮影しにくいんですが,なんとか。

  上の横欄は「天華正字号」。「元祖天華斎」「天華斎本家」と言ったところですね。
  下は欠けたりヒビたりで一部判読不明ながら,ほかの楽器についていた同様のラベルなどを参考にすると---

  本舗住福省在〓〓〓 茶亭街坐西朝東制 造文廟楽器迷古名 琴開張入坐老舗賜 顧者請認庶不致候

  訳すとこんな感じでしょうか----

  本店は福省(福建省)[南関外]の茶亭街西にあり,古雅な文廟楽器を製造しております。楽器キチのみなさま,ぜひ一度ご来店のうえ,よろしくご愛顧を御たまわりたく。

  「文廟楽器」ってのはまあ,日本で言えば「雅楽の楽器」ってとこでしょうか。
  「文廟(ウェンミャオ)」は「孔子廟」。儒教の祖,孔子様を祀ったお宮で,むかしはちょっと大きな町ならどこでもありました。
  孔子様は音楽好き。日本の神社と同じく,廟で行われる儀式でも古めかしい音楽が演奏されるわけで,そういうところで使われる楽器を指しているんですね----もっとも,月琴は本来「遊郭の弄器」,そういうところで弾いてはいけない「淫声」の楽器なんですが,まあそう正直に書くわけにもいかない。

  これと同様に上欄が「天華正字号」になっているのは,手元にはほかもう一例しか資料がないのですが,画像が小さくて細かい文字が判別できません。カタチは同じで上欄が「天華斎」だけになっているものもありますが,文章も印刷も違ってますね。

ラベル(2) ラベル(3) 天華斎ラベル

  そのほか,この型のラベルのほかに「天華斎」の縦長一行のラベルを貼り付けた楽器,「茶亭 老天華」という縦長のラベルのついている楽器も確認されています。
  もう少し例が集まれば,それこそ一代目二代目やらコピー品を判別するさいの手がかりになるんですが,まあこれだけでは----

  ラベルなんていくらでも真似できますからね。
  やっぱり実物を見てみないと。


  検索してみると,むかし日本や琉球との貿易の一大基地であった福建省の首府福州市には,実際「茶亭街」という地名が今もありますね。台江区でむかしから手工芸の街として知られていたようです。北京の「瑠璃廠」みたいなものですね。「茶亭十番音楽」という民間芸能でも知られてて……あれ……「最近開発されて旧市街がまるっとなくなり道路になった」てな記事があがってきます…………。

  まあそう都合よく,何らかの遺構が残っていたとも思えませんが,なんだか残念な気持ちです。
(つづく)

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