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L氏の月琴(2)

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斗酒庵 古器の怒涛にもまれる の巻(2)2010.2~ L氏の月琴(2)

第2回 四畳半月琴の裏貼り
棹抜いた
  修理作業に入る前に,さらに調査を----

  内部を見てみましょう。

  前記事でも書いたとおり,この楽器,ホコリと変色で全体に汚れてはいますが,外から観察する限りにおいては,さして深刻な損傷は見られません。
  響き線も小気味良くガンガラ鳴ってますので,内部にも問題はない----とは思いますが,いちおう確かめられるところは確かめておかなければなりますまい。

  損傷がないので,内部確認とは言っても面板ひっ剥がすわけにはいかず,例によって棹を引っこ抜き,棹穴から覗いて見ます。
  唐渡り系の月琴は,概して棹の取付工作が粗くてユルユルです。この楽器も棹と胴体のところに少しスキマが見えちゃってるくらいですから,いつものようにスポっと抜いて……うんしょ!

棹孔
  ……あれ?
  ふんっ!!…ふぬうううううううっ!!!
  ……抜けませんねえ。(汗)
  うんがらふんふんッ!うきいぃいッ!!
  …はあ,はあ…こりゃ,接着でもされてるのかな?
  どおっせーいぃっ!!!!
  ……す…少し,浮いてきました。

  んぬうっ……でええぇええぇええいッ!!!!
  ……はあ,はあ,はあ…………はあ,はあ,はあ…………ぬ…抜けました。

  キツい……棹の取付がここまでキツいのは,いままでなかったですねえ。

  ニカワなどを塗ったような形跡もありませんから,もとからキッチリ作ってあったみたいです。
  中国の月琴などでは,今もここの加工はユルユルで,横に揺すると2~3ミリくらい簡単に動くことが多いですね。弦をきっちり張れば安定するので問題ない,という大陸的発想だと思いますが,日本の職人さんはそういうところ律儀と言うか,はじめからかなり精確に作ってたり,調整板を貼ってあまり動かないようにしたることが多いようです。
  前にも書きましたが,中国月琴で棹の組付けをピッタリおさまるように直したところ,夏に胴内の空気が膨張したせいで割れてしまった,ということもありました。半月下の孔,陰月がない場合,棹のユルめの取付は,胴内の空気を逃がす効果も担っていたのかもしれません。

棹基部(1)
  棹の基部は未塗装のまま,この楽器,主材はクルミですね,たぶん。
  木理は日本のクルミに近いんですが,西洋のブラックウォルナットみたいな色をしてますね。

  継ぎ材との接合部分にシミが見え,その部分の継ぎ材の側部は完全に染まっちゃってますので,やはり何か塗装をしているようです。はっきりとは分かりませんが,蘇芳を塗って紫っぽく染め,唐木に似せたのだと思います。

棹基部(2)
  継いでいるのはおそらくヒノキ。表裏にうすくヒビが入っていますが,問題はなさそうです。
  茎が長いなあ----250mm,胴体の縦幅のおよそ2/3ほどもあります。基部と継ぎ材の接合工作は丁寧で,スキマも少なく,かなりしっかりとハメこまれております。
  継ぎ材の表面板側に墨書。
  おそらく作者のサインでしょうね。右側は違ってますが左側の「文」みたいなところは「玉華斎」のサインと同じ。
  ここからもやはり師系が疑われるのですが,さて。

内部図説
  では胴体内部の観察に。

  例により観察結果を右図にまとめました。クリックで拡大画像が出ます。

  第一印象は……なんだか,ずいぶんきちゃないですね。

  相当にホコリっぽい光景なのですが,逆さにしてゆすっても大したものが出てこないところを見ると,べつに何かが堆積している,というようなわけでもないようなのですが----とくに内桁の表面が,泥水でもかぶったかのように見えますね。接合部や両端の様子もいまひとつ判別できません。

出てきたもの
  ちなみに左画像が揺すって中から出てきたもの。
  削りカスと虫糞が少々。
  こういうのも資料としてはそれなりに大切なんですよ。
  たとえばこの削りカスの色が,この楽器の主材の本来の色----やっぱりクルミでしょうね。


  そういや以前修理した3号月琴の内桁などには,どっかのドブ板剥がしてきて削ったみたいな板が付いてましたが……これもそういう汚れた板材を使ったんでしょうか?

内部(1)
  内桁の材質はおそらく桐。

  茎の長大さからも推測されるとおり,胴体の半分よりやや下のところに取り付けられています。
  厚さは1.2から1.5センチほどもありましょうか。かなり厚めですね。
  表面から見たときの右側に,響き線を通す笹の葉型の音孔が切ってあります。穴あけの工作は14号や15号より,やや丁寧でキレイです。

  響き線はこれまた14・15号とまったく同じ形式。

  基部を棹穴の右手,天の板の内壁に直挿しし,弧を描きながら胴内をほぼ半周,内桁の棹穴の下を通り過ぎたあたりで終わっているようです。
  線はやや太目の鋼線で,焼きもしっかり入っており,サビも少なく,やや低音ですが,かなり良い音で鳴っています。
  胴体も厚めで共鳴空間が大きいですから,うまく直れば,この楽器もけっこう良く響きそうですね。

内部(2) 内部(3)

  側板の内側には例によって鋸痕が残っていますが,それほど深くもなく顕著でもありません。

  鋸目がほぼまっすぐなので,「回し挽き」ではなく(回し挽き鋸だとやや斜めになります)おそらく 「枠鋸」----大陸でよく使われる糸鋸のようなもので切り回されているのじゃないかと思います。
  右上接合部にはスキマに白っぽい薄板をはさめているようですが,各板はかなりきちんと擦り合わせてから接合されているようで,内視鏡で見てても,どこが接合部なのかなかなか分からないくらいです。

  接合部がハガれたり歪んだりしている様子もなし。このあたりは修理する上でもありがたいことです。

内部(4)
  内部からだと,表面板の矧ぎ目がかなりはっきりと分かります。

  この表板,左右二枚の木目を合わせようというような感じもなく,かなりてきとうに矧ぎ合わせたように見えます。
  矧ぎ合わせの工作不良によるスキマもありますね。たぶんこれが表面板のヒビの原因でしょう。

内部(5)
  しばらくあちこちとながめていたら,裏板からナニヤラ棒のような物が突き出しているのに気がつきました。

  これはなんだろうと思って板の表がわを調べてみると,そこにはちょうど「天華斎」のラベル。

内部(6)
  この裏板はラベルの下にでっかい節目があり,これがこの板の景色の中心にもなっているんですが,どうやらこの節目の真ん中には「節穴」があいてたみたいです。
  そこに何か棒材を削ってつっこみ,表にラベルを貼って誤魔化し----と言ったとこでしょうか。

  「廟」の字のあたりが,丸く盛り上がってますよね。
  そこがたぶん,この棒っこのアタマでしょう。
  やれやれ,これまた乱暴な仕事だこと。

  といったあたりで次号に。

(つづく)

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