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L氏の月琴(3)

LG_03.txt
斗酒庵 古器の怒涛にもまれる の巻(3)2010.2~ L氏の月琴(3)

第3回 天華の王国

  さてさて,L氏の月琴。
  すでに述べましたように,軸がなくなり,フレットがとんでるほか,本体に大した損傷はございません。

  では修理開始!

軸(1)
  まずは軸削り。

  例により,素材はスダジイ。
  四面落とし,六角整形,ミゾ彫って削って………
  文章は数行ですが,労力はけっこうなモノと知れい。
  ---あー,何度やってもヤな作業です。必要だと分かっているからなおのこと。

本体修理(1)
  さて,本体の修理ですが,今回の楽器は蓮頭以外にお飾りがないので,準備は比較的ラクでした。

  作業の前に棹上の紫檀板と,胴体上の煤竹フレットははずしておきます。


  音に直接影響しそうな損傷は少ないですが,これは埋めておかなければなりますまい----表面板のヒビ。
  途中までは板の矧ぎ目,その後は木目に沿って走っているので,ちょっとぐにゃぐにゃ曲がってますね。
  木粉粘土と砥粉をヤシャ液で練ったものを,アートナイフの刃を鏝代わりにして,割れ目の奥まで埋め込んでゆきます。
  ただ擦りこんだだけではほんの表面しか埋まりませんし,こういう割れ目はまっすぐ垂直ではなく,木目に沿って複雑な方向に入ってますので,細かく,きっちりと充填しておくことが大切です。

本体修理(2) 本体修理(3) 本体修理(4)

本体清掃(1)
本体清掃(2)
本体清掃(3)

  一晩経って充填物が乾いたとこで,表面板の清掃に入ります。

  この色はいわゆる「古色」ではありません。
  ただの置物や仏像などの場合と違い,道具である楽器における「古色」というのは,あくまでも「楽器として使用され続けた」ことによって器体についた,色擦れや沈色のことを言います。楽器が楽器として使用されず,ただ放置されたことによってついた変色や,褪色,ヨゴレとは区別して考えなければなりません。

  もう表も裏も分からないくらい真ッ黒ですが,これは放置され,外気にさらされ続けたためにヤシャブシが変色しているんですね。

  通常,この楽器が楽器として使われ続けていた場合,ホコリもはらってもらえたでしょうし,演奏の後にはぬぐってもらえたでしょう,袋にも入れてもらえたはず----そうだったなら変色も,ここまでモノスゴイことにはなりません。
  人により,好みにより,考え方は違うでしょうが。
  わたしはこういうのは「楽器が楽器として使用されなかった」ことによる「ヨゴレ」と考えます。
  骨董的価値だけを考えるならこのままでも構いませんが,この先,楽器として演奏されることを考えると,せめて放置される前くらいまでには時間を戻してあげたいものです。

  例によって,ぬるま湯に重曹を溶かしたのを#240の耐水ペーパーをからめた木片につけて,こしこしとこすります----洗い液はたちまち真黒。
  14号もそうでしたが,まあこのころの初期型月琴というものは,ちょっと信じられないくらいの濃さのヤシャ液をつけてますね。

  面板に負担をかけないよう,少しづつ,ぬぐってはこすり,こすっては拭って。
  あんまり落としすぎない程度で止めておきます。

軸(2)
  そうこうしているうちに,軸が出来上がりました。

  今回もまた,丸っこい古式型の軸です。
  このところ,古式の月琴ばかり扱ってましたからね,もう慣れたもんで。
  カタチは数日で出来てたんですが,そのあとヤシャ染めして,油拭き。乾性油とはいえ冬場のこと,乾くのに一週間以上かかりましたねえ。

  糸倉に挿しこんでみた感じは上々。

  最初の方で書いたように,この楽器。ヨゴレてはいますが,器体には深刻な損傷がございません。
  半月は,ちょっと使用痕が深いですが,まあ問題なし。
  オリジナルの山口は接着もしっかりしており,損傷もない上,きちんと糸溝が切ってある。
  きちんとハマる軸さえあれば,糸を張れる----音が出せる。

  つまりは,軸があがればあらかた修理完了~てなわけで。


  さあフレットを作りましょう。

  フレットは竹製。器体にあわせて,ちょっと厚め,ちょっとゴツめにします。
  絃高は山口のところで 14mm,半月のところで 10mm。

  今回は依頼方からの注文で,オリジナル位置でのフレッティングとなります。
  開放弦4C/4G±5で,音階は----

  高音:G(開放弦)4A-3 3Bb-14 5C-16 5D-14 5Eb-2 5G-8 5A+5  6C-16
  低音:C(開放弦)4D+5 4Eb-5  4F   4G-4  4A-37 5C-3 5Eb-26 5F#-42

フレット(1)
  例によってEが低い明清楽音階ですね。
  少々絃高が高い関係上,最終フレットのあたりで糸を押さえ込むと,どうしても多少音が高く不安定になってしまうので,ここだけ少し位置を直させてもらいます。
  ちなみに左画像は,チューナーで西洋音階に合わせてみた場合の棹上。
  フレット位置…このくらいズレるんですね。


フレット(2)
  位置決めをし,高さを調整して仕上げたフレットです。
  かなり落差キツいですね。

  さらし竹なんで真っ白ですが,これをいつものようにヤシャ液+砥粉の汁に二晩ほど漬け込み,色をつけます。


裏板清掃(1)
  その間に,裏板もキレイにしておきましょうか。

  表板と同様,耐水ペーパーと重曹水でこすります。
  こっちもたちまち真黒ですね。
  ラベルを傷つけないよう,よッとやッと避けながらの作業です。

  ついでに裏面板のラベルのところの割れ目も,埋めておきましょうか。こちらは節目由来のヒビ割れ,木目に沿って斜めに入っています。
  音には関係しないとは思いますが,割れ口がけっこう鋭いので,演奏中,服にひっかかったりすると厄介です。
  表板のヒビ割れと手順は同じですが,ラベルの真ん中を横切ってますので,ラベルを汚さないよう,ちょっと慎重にやります。

裏板修理(1) 裏板修理(2) 裏板修理(3)

  つぎは側板と棹の磨き。

  重曹水で軽く拭って,こびりついたヨゴレは#1000くらいの耐水ペーパーで落とします,
  ついでベンガラ+炭粉+柿渋で補色しますが,今回はあくまで,清掃や修理作業で色が薄くなってしまった箇所を塗るだけ。
  長年の使用によって色落ちした箇所は,なるべくそのままにしておきます。
  塗料が乾いて,表面がツヤ消しになったところで,余計な塗料を柿渋と亜麻仁油をいっしょに染ませた布で軽く拭い取り,そのまま磨きこみます----ほおら,ぴかぴか。

  ニスなんか塗ってないですよ~。
磨き(1) 磨き(2) 磨き(3)

フレット(2)
  染め液から引き揚げたフレットは,二日ばかり乾かしてから表面を磨き,ラックニスを塗って,またまた数晩乾かしておきます。
  いつものことながら,竹のフレットは,カタチは数分で出来るんですが,その後が大変です(凝りすぎ,という説も…)。

  今回,染め液にスオウを混ぜてみたんですが,これがなかなか。
  見事な黄金色に染まりました。
  今は見た目ちょっと派手ですが,数ヶ月もすると,いー感じに変色してくれるかと。


  最後に内弦を張り,フレットを接着して。

  2010年4月6日。
  「L氏の月琴」修理完了!!!


修理後全景

  長崎風の細身なピックに朱房を添えて。
  うむ,やっぱり似合いますね。
  胴が厚め,棹や糸倉もけっこうゴツいので,なんだか「漢前」な雰囲気のある楽器です。

  さて,名工と名高い「天華斎」のラベルのある,この楽器の「正体」ですが。
  これは唐渡りの「天華斎」の真物ではなく,明治中期ごろ,日本で作られた「倣製月琴」だと思われます。
  理由は以下のとおり----

  1)面板の材質および加工。
   唐渡りの真物は一枚板のことが多いが,この楽器は表裏ともに矧ぎ板。
   また琴面の「景色」は,中央に板目の「山」を持ってくることが多い(初期国産月琴もそう)が,この楽器では中央から左右で「山/谷」となっている。


出てきたもの
  2)胴体および棹の材質。
   日本の胡桃材と思われる。
   中国産のクルミ材は,ヨーロッパのウォルナットに近く,もう少し目が密で固い。


  3)糸倉及び棹の加工。
   いづれも「天華斎」の真物に比べると,太く大きめで,工作が稚拙。
   糸倉を側面からみたときの姿,蓮頭の角度,軸の配置など細かなデザインもかなり異なる。


  4)棹茎の加工。
   律儀にキッチリしすぎ。
   中国モノは(現代のも)もっとユルユル。

棹基部(1) 棹孔
表面板ヒビ
  5)フレットデザイン。
   接着痕から,この楽器のフレットは胴上の第6フレットがいちばん長いデザインであったと見られる。
   これは唐渡りの月琴にはなく,日本で作られた月琴の特徴。



  6)ラベルの印刷。
   ラベルは文字は輪郭がきわめてシャープ,紙質も厚めの良い紙が使われているが,オリジナルのものは稚拙な木版印刷。文字のにじみなどもあり,紙質も劣る。
ラベル ラベル(3)

  連山姉妹が使ってたこともあって,明治の月琴弾きの間で,「天華斎」ブランドの楽器は有名でした。
  彼女らが使っていたような,いわゆる「銘器」のコピーは「写し」と呼ばれますが,この楽器の場合は,ラベル以外に確かな原型があったとは思えません。うなじが絶壁なのとか,上面が平らな半月のカタチとか,いちおう唐物月琴の定則をなぞって作られてはいますが,「天華斎」のものとは似ていません。

  ですので,贋物,というよりは,ブランド名のみのコピー品,とでも言いましょうかね。

  まあそのラベルも「天華斎」ではなく「天華斎正字号(天華斎本家!)」ですからね…よく見えないけど,漢字が一画二画少ないかもしれん。

  しかし音は悪くない。

  響き線の効きも良く,胴が厚めで一本桁,共鳴空間が広いのもあって,音は大きく,それでいてやわらかい----あったかい音がしますね。

  ひいおばあちゃんが愛器として使い込んだのも判ります。
  面板上に無数に残る細かなバチ痕,木口についた運搬時のキズやヘコミ。そして塗りが切れるまで磨きこまれた棹背や胴体。
  軸が折れ,フレットがとんで,もう弾けなくなってなお,かつてのよすがを求めたのでしょうか。棹上のフレットの代わりに紫檀の板(たぶん三味線の端材),糸倉には使い古しの三味線の音締。
  たぶん知り合いの三味線屋さんに頼んで,カタチだけの「修理」をしてもらったんでしょうね。

  前の人の「手」が感じられるから,「愛されてた」楽器の修理は楽しい。



「L氏の月琴」・音源

  1.開放弦
  2.音階(1)
  3.音階(2)低音弦/高音弦それぞれ
  4.九連環
  5.茉莉花
  6.水仙花

(おわり)

14号玉華斎(5)

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斗酒庵 銘器を前にたじろぐ の巻(5)2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)

第6回 唐のくにからコンニチワ

完成直前
  さてさて,その高級さを前にたじろいた,低級庶民の庵主による修理もいよいよ大詰め。
  いよいよ完成と相成ります。

  ----その前に。
  細かい仕事をふたつみつ。

  まずは側面飾りの欠けてるところの補修。

  オリジナルは竹の薄板で作られています。
  曲面に貼り付けるお飾りですから,弾力のある竹というのはさすがの選択。

側部飾り補修(1)
側部飾り補修(2)
側部飾り補修(3)

  しかし竹は目がありますので,こういう欠けた細かい部分だけを作るのには,あまり向きません----つか,試しにいくつかやってみたんですが,いづれも完成前に見事に割れやがってくれやがりました。

  そんなわけで,ここはツゲを使いました。
  クシを作るくらいですからね。固くて密なツゲ材は小さな細工物の加工には最適な材料です。

  板に穴をあけ,その周囲を四角く切り取ります。
  つぎにこれをアートナイフで加工。
  だいたいのカタチになったら,もう欠けている場所に接着してしまい,それからさらに整形してゆきます。

  「小さいものは大きくしてから」加工せよ,てのは,指物の親方からもらった至言ですが。
  こういう小さな部品は,どこかに大きな場所に固定されてるほうが,より細かな作業ができるんです。

  カタチが決まったら,ヤスリでこそいで面一に。
  ヘタこくと,お飾りか胴体にキズしますからね。
  あとは磨いて色付けです。ヤシャ液とスオウ汁に砥粉でまずはこんなもの。
  ちょっとまだ目立ちますが,時間がたつと色が濃くなってあまり分からなくなるかと。

糸間調整

  つぎ。糸の間隔をちょっと調整します。

  半月のところで,低音弦のほうの糸間が,高音の二本のより,かなり広くなってました。
  まあ使う上ではさほどの難もないのですが,いちおうきちんとしておきましょう。
  糸のかかるあたりをヤスリで微妙に削って,弦同士を寄せました。
  これにより,当初8ミリ近かった低音弦の糸間が,高音のとほぼ同じ4~5ミリに。

  ピッキングが少し,なめらかにできるようになりました。



  で,お飾りも戻し,絃停も貼りました。
  今回もまた古器ということで,絃停はヘビ皮です。

  というわけで,2010年三月弥生。
  もしかすると唐渡りの高級品,14号月琴・玉華斎,修理完了!

修理後全景



14月琴玉華斎・音源

  1.開放弦
  2.音階(1)
  3.音階(2)低音弦/高音弦それぞれ
  4.九連環
  5.小九連環
  6.紗窓
  7.平板調



玉華斎ラベル
  もしかして唐渡りの高級楽器とのことで,それなりにきゅうくつな…いえいえ,緊張した修理となりました。
  古式というところだけは同じな15号が,いい練習台というかスターターとなってくれたので,なんとかこなせた,というところかなあ?

  今のところ確定的な証拠がないので,どういう素性のものかははっきり言えませんが,各部の木取りや細工には日本人の感覚でない「手」が感じられ,糸倉の絃池などに残る加工痕などからも,これが唐渡りの楽器である可能性は高いかと思われます。

  はじめの号で述べたように,その材質,そして半月が「飾り彫り」どころか,この作者の楽器ではちょっと類のない形状になっていること,また「四爪の龍」がつけられているところなどから見て,特注…とまでいかなくとも,「特製」の高級品でありましょう。

  それというのも,イチからにオーダーメイドの「特注品」なら,飾りは本物の黒檀や紫檀でしょうし,柱間のお飾りなども,こういう典型的なものではなく,特別な意匠で,材料も凍石ではなく翡翠や硬玉が使われるはずだからです。

蓮頭 玉華斎花押

  ネオクなどでも,ときおり金ぴかの飾りをつけた楽器や,全面に中国の文人の詩やら賛やら絵やらを描きまくったもの,また各部の意匠を凝った変形月琴が出ていることがあります。
  そういうのは当時の政府高官や富裕層に贈られた,「一品物」であることが多いですね。

14号半月

  しかし,この14号玉華斎では,通常と大きく異なっている意匠は半月だけ。

  そのほかの部分は,通常の月琴の典型的なカタチのままです。
  そこからすると,清朝のお役人あたりが「贈答用」として,ある程度の数作らせたものではないかと考えます。

  それなりに高級品ですが,「一品物」ではない。

  依頼主が何を考えて,何を祝ってこの月琴を作らせたのか----そういう事情が何か,この変形半月の意匠にこめられているように思うのですが,そのあたりはいまだ,解読できておりません。
(おわり)

14号玉華斎(4)

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斗酒庵 銘器を前にたじろぐ の巻(4)2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)

第5回 あなたの色に染まります

軸(オリジナル)
  この楽器には,表面板のヒビ割れのほか,音に影響しそうな要修理箇所は本体上にはございません。
  裏板にも面板の裂けたヒビがありますが,大したものではないので放っておいてもいいくらいです。
  なくなってしまっている部品は,フレットが一本と,軸が一本。

  修理,というよりはまさに「補修」って作業ですね。

  さて,オリジナルの軸が3本も残っていたので,作るのは1本だけでいいや~。
  ----と,当初は気楽に構えていたのですが,この軸,枝材か何かを使ったらしく,まさに「自然そのままに」,あっちゃこっちゃに曲がったり反ったりしています。

軸(補作)
  その姿は,いかにも「古楽器」らしく風雅ではありますが,楽器として使用する上では,いくぶん問題がありますので,「演奏用」の軸を一そろい削っておくこととしましょう。

  素材は例によってスダジイ。
  オリジナルの軸を参考に,15号と同じく,ミカン溝を深く彫りこみ,角を丸めた古式の軸とします。

  はじめ,このうち1本を展示用にと,ベンガラで赤っぽく染めてたんですが,途中でやめまして。いまはほかと同じ色になっています。

山口(補作)
  次は山口とフレット。
  これも第2フレット以外はオリジナルが残っていますが,経年の使用でかなり傷んでいますので,再製作します。
  たまたまネオクで,薩摩琵琶の撥の端材を手に入れました。
  オリジナルと同じツゲですね----これで作りましょう。

  清楽月琴のフレットは,国産のものでは第6フレットが一番長くなっています。前にも書いたとおり,これは日本の月琴にのみ見られる特徴で,「月琴の先祖は阮咸」という俗説から,正倉院の阮咸のフレットデザインを参考としたものと思われます。

  古い唐渡りの月琴では,少数民族の月琴と同じく,棹上から最終フレットまでほぼ同じ幅か,古いタイプの中国月琴と同じく,下にゆくほど末広がりとなっていることが多いようです。

  外弦を張った状態で,最終フレットまで精確な音程が出せるように高さを調節しながら,切り出したツゲの小板を削ってゆきます。
  ツゲは目の詰まった硬い木ですが,ヤスリでの細工はラクで,けっこう思うようにショリショリと削れてくれます。
  とはいえ,いままであまり扱ったことのない素材ですので,慣れるまで数本ムダにしましたね。

フレット再製作中
  14号では,胴体上のフレット5本のうち4本はほぼ同じ幅,第7フレット一本だけがわずかに長くなっています。
  しかし,このフレットが製作当初のままかどうかについてはいささか疑問があります。
  剥離後のフレット痕などから見て,おそらくもとは最終フレットが一番長い「末広がり型」であったのではないかと想像されますので,そのあたりを加味しつつ,フレットの再製作を行うこととしましょう。

新旧フレット
  つごう二日かけて,とりあえず完成。

  出来上がったツゲの新品フレットは画像の通り真っ白。これに古色をつけるため沸かしたヤシャ液に浸して二日ばかり放置,染め液から引き揚げて乾燥させたあと,#2000の耐水ペーパーに亜麻仁油を垂らして磨きます。

  オリジナルに比べると,ちょっとまだ白っぽいですが,まあ,あとは時の流れが解決してくれましょう。

  15号に引き続き,この際にオリジナル位置での音階を調べてみました。
  庵主はふだんC/Gで調弦してますが,最近ようやく,明笛(清楽の基音楽器)の全閉鎖音がCであることを確認しましたので,古い清楽ではたぶん数音高い,E/Bあたりで弾いていたんでしょうね。上=Cとしたときの月琴の音階は----

  高音:G(開放弦)A B C D E G A C
  低音:C(開放弦)D E F G A C D F


  開放弦は4C/4Gで,誤差は±5程度です。

  高音:G(開放弦)A-10 Bb+18 C+13 D-17 Eb-3 G-22 A-35 B+25
  低音:C(開放弦)D-10 Eb+21 F+21 G-11 A-39 C+5 D-13 F-45


  いつものように西洋音階にしようと思ったんですが,これだけの高級品----さすがに気が引けまして。
  高音の方はいつものようにメチャクチャなので,フレット1本ぶんばかり動かしたところもありますが,棹上の低音部のほうは,今回はEを「それほど気にならない」くらいのところで調節しただけで,あとはほぼオリジナル位置に接着しました。



  さてさて。
  おつぎはもしかすると今回の修理のメインかもしれません----お飾りの染め直しです。
  下が染め直し前のお飾り。

染め直し前
  色がちょっと褪せちゃってますが,まあさほどの損傷もないし,音には関係のない部品なのでこのままでも構わないのですが,ほかがピカピカになる手前,ちょっとぐらい「お化粧直し」をしておいたほうが,全体の調和を考えると良いでしょう。

  すでに書いたように蓮頭と左右の目摂は,おそらくカリンと思われる木を蘇芳で染め,紫檀のように見せかけております。

  木材の蘇芳染めについては,拙作ウサ琴4でも試みましたが,あれは赤い色,今回は赤ムラサキであります。

  染め汁は蘇芳のチップを一晩水に漬けて煮出すこと数時間。布を染めるのと違って木が相手なので,純度や美しさより「濃さ」が主眼。一番煎じも二番煎じもいっしょくたにしてどんどこ煮詰め,思いっきり濃い染め液にします。

  蘇芳の汁はそのままだとオレンジ色ですが,明礬(アルミ媒染)で,木酢酸鉄(鉄媒染)で黒っぽい紫色に発色します。以上二つは以前にも実験済みなのですが,そのどちらの色も,今回のお飾りからにじみ出てきた汁の色とは一致しません。

  ものの本によりますれば,スオウはこの二剤のほか「アルカリで赤紫に発色」するそうで,そして,いわゆる「蘇芳色」というのは,このアルカリ媒染された赤紫色のことなんですね。

  アルカリ……アルカリかあ。
  例の酸性・中性・アルカリ性ってやつですね。リトマス試験紙の何色のが何色になるんだっけ?
  染めに使われるアルカリ溶液で,古くからあり,もっとも一般的なのは「木灰」---木を燃やした「灰」を水に入れ,その上澄みを媒染液として使います。

  一昔前なら,火鉢もあったしお竃様もありました。
  「木灰」なんてものは,誰でも,どこででも手に入ったわけですが,高度に発達したこの現代社会。
  通販か東急ハンズにでも行かないと手には入りません。

  さてどうしましょうか。

  と部屋を見回しますと………「重曹」
  庵主,お皿洗いのほか,面板の清掃とかにも使ってますが,これたしかアルカリ性だったよな…でもたしか弱アルカリ……まあ試しに,とぬるま湯で溶いて,スオウ液を塗った板にかけてみますと。

染め実験   うっひょーい!!

  てなぐらい,見事な赤紫色に発色しましたあ!
  やってみるもんですわ。
  すごいぞ重曹,エラいぞ重曹,無敵だ重曹!

  木地によく染みこませるため,温めた染め液と重曹液を,乾かしては塗り重ねること数度。
  おしまいに乾性油で磨く,と。

染め直後(1) 染め直後(2)

  うむ,たしかに。
  これだとちょっと目には紅木紫檀,ってとこですね。

  古人の誤魔化しワザ。おそるべし。

お飾り裏貼
  胴体に戻す前に,お飾りの裏に和紙を貼っておきましょう。
  接着のときの水分で,面板に色染みとかつけられるとヤですからね。

(つづく)

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