L氏の月琴(3)
![]() 第3回 天華の王国 さてさて,L氏の月琴。 すでに述べましたように,軸がなくなり,フレットがとんでるほか,本体に大した損傷はございません。 では修理開始! ![]() まずは軸削り。 例により,素材はスダジイ。 四面落とし,六角整形,ミゾ彫って削って……… 文章は数行ですが,労力はけっこうなモノと知れい。 ---あー,何度やってもヤな作業です。必要だと分かっているからなおのこと。 ![]() さて,本体の修理ですが,今回の楽器は蓮頭以外にお飾りがないので,準備は比較的ラクでした。 作業の前に棹上の紫檀板と,胴体上の煤竹フレットははずしておきます。 音に直接影響しそうな損傷は少ないですが,これは埋めておかなければなりますまい----表面板のヒビ。 途中までは板の矧ぎ目,その後は木目に沿って走っているので,ちょっとぐにゃぐにゃ曲がってますね。 木粉粘土と砥粉をヤシャ液で練ったものを,アートナイフの刃を鏝代わりにして,割れ目の奥まで埋め込んでゆきます。 ただ擦りこんだだけではほんの表面しか埋まりませんし,こういう割れ目はまっすぐ垂直ではなく,木目に沿って複雑な方向に入ってますので,細かく,きっちりと充填しておくことが大切です。 ![]() ![]() ![]()
例によって,ぬるま湯に重曹を溶かしたのを#240の耐水ペーパーをからめた木片につけて,こしこしとこすります----洗い液はたちまち真黒。 14号もそうでしたが,まあこのころの初期型月琴というものは,ちょっと信じられないくらいの濃さのヤシャ液をつけてますね。 面板に負担をかけないよう,少しづつ,ぬぐってはこすり,こすっては拭って。 あんまり落としすぎない程度で止めておきます。 ![]() そうこうしているうちに,軸が出来上がりました。 今回もまた,丸っこい古式型の軸です。 このところ,古式の月琴ばかり扱ってましたからね,もう慣れたもんで。 カタチは数日で出来てたんですが,そのあとヤシャ染めして,油拭き。乾性油とはいえ冬場のこと,乾くのに一週間以上かかりましたねえ。 糸倉に挿しこんでみた感じは上々。 最初の方で書いたように,この楽器。ヨゴレてはいますが,器体には深刻な損傷がございません。 半月は,ちょっと使用痕が深いですが,まあ問題なし。 オリジナルの山口は接着もしっかりしており,損傷もない上,きちんと糸溝が切ってある。 きちんとハマる軸さえあれば,糸を張れる----音が出せる。 つまりは,軸があがればあらかた修理完了~てなわけで。 さあフレットを作りましょう。 フレットは竹製。器体にあわせて,ちょっと厚め,ちょっとゴツめにします。 絃高は山口のところで 14mm,半月のところで 10mm。 今回は依頼方からの注文で,オリジナル位置でのフレッティングとなります。 開放弦4C/4G±5で,音階は----
高音:G(開放弦)4A-3 3Bb-14 5C-16 5D-14 5Eb-2 5G-8 5A+5 6C-16 低音:C(開放弦)4D+5 4Eb-5 4F 4G-4 4A-37 5C-3 5Eb-26 5F#-42 ![]() 例によってEが低い明清楽音階ですね。 少々絃高が高い関係上,最終フレットのあたりで糸を押さえ込むと,どうしても多少音が高く不安定になってしまうので,ここだけ少し位置を直させてもらいます。 ちなみに左画像は,チューナーで西洋音階に合わせてみた場合の棹上。 フレット位置…このくらいズレるんですね。 ![]() 位置決めをし,高さを調整して仕上げたフレットです。 かなり落差キツいですね。 さらし竹なんで真っ白ですが,これをいつものようにヤシャ液+砥粉の汁に二晩ほど漬け込み,色をつけます。 ![]() その間に,裏板もキレイにしておきましょうか。 表板と同様,耐水ペーパーと重曹水でこすります。 こっちもたちまち真黒ですね。 ラベルを傷つけないよう,よッとやッと避けながらの作業です。 ついでに裏面板のラベルのところの割れ目も,埋めておきましょうか。こちらは節目由来のヒビ割れ,木目に沿って斜めに入っています。 音には関係しないとは思いますが,割れ口がけっこう鋭いので,演奏中,服にひっかかったりすると厄介です。 表板のヒビ割れと手順は同じですが,ラベルの真ん中を横切ってますので,ラベルを汚さないよう,ちょっと慎重にやります。 ![]() ![]() ![]() つぎは側板と棹の磨き。 重曹水で軽く拭って,こびりついたヨゴレは#1000くらいの耐水ペーパーで落とします, ついでベンガラ+炭粉+柿渋で補色しますが,今回はあくまで,清掃や修理作業で色が薄くなってしまった箇所を塗るだけ。 長年の使用によって色落ちした箇所は,なるべくそのままにしておきます。 塗料が乾いて,表面がツヤ消しになったところで,余計な塗料を柿渋と亜麻仁油をいっしょに染ませた布で軽く拭い取り,そのまま磨きこみます----ほおら,ぴかぴか。 ニスなんか塗ってないですよ~。 ![]() ![]() ![]() ![]() 染め液から引き揚げたフレットは,二日ばかり乾かしてから表面を磨き,ラックニスを塗って,またまた数晩乾かしておきます。 いつものことながら,竹のフレットは,カタチは数分で出来るんですが,その後が大変です(凝りすぎ,という説も…)。 今回,染め液にスオウを混ぜてみたんですが,これがなかなか。 見事な黄金色に染まりました。 今は見た目ちょっと派手ですが,数ヶ月もすると,いー感じに変色してくれるかと。
最後に内弦を張り,フレットを接着して。
2010年4月6日。 「L氏の月琴」修理完了!!! ![]() 長崎風の細身なピックに朱房を添えて。 うむ,やっぱり似合いますね。 胴が厚め,棹や糸倉もけっこうゴツいので,なんだか「漢前」な雰囲気のある楽器です。 さて,名工と名高い「天華斎」のラベルのある,この楽器の「正体」ですが。 これは唐渡りの「天華斎」の真物ではなく,明治中期ごろ,日本で作られた「倣製月琴」だと思われます。 理由は以下のとおり---- 1)面板の材質および加工。 唐渡りの真物は一枚板のことが多いが,この楽器は表裏ともに矧ぎ板。 また琴面の「景色」は,中央に板目の「山」を持ってくることが多い(初期国産月琴もそう)が,この楽器では中央から左右で「山/谷」となっている。 ![]() 2)胴体および棹の材質。 日本の胡桃材と思われる。 中国産のクルミ材は,ヨーロッパのウォルナットに近く,もう少し目が密で固い。 3)糸倉及び棹の加工。 いづれも「天華斎」の真物に比べると,太く大きめで,工作が稚拙。 糸倉を側面からみたときの姿,蓮頭の角度,軸の配置など細かなデザインもかなり異なる。 4)棹茎の加工。 律儀にキッチリしすぎ。 中国モノは(現代のも)もっとユルユル。 ![]() ![]() ![]() 5)フレットデザイン。 接着痕から,この楽器のフレットは胴上の第6フレットがいちばん長いデザインであったと見られる。 これは唐渡りの月琴にはなく,日本で作られた月琴の特徴。 6)ラベルの印刷。 ラベルは文字は輪郭がきわめてシャープ,紙質も厚めの良い紙が使われているが,オリジナルのものは稚拙な木版印刷。文字のにじみなどもあり,紙質も劣る。 ![]() ![]() 連山姉妹が使ってたこともあって,明治の月琴弾きの間で,「天華斎」ブランドの楽器は有名でした。 彼女らが使っていたような,いわゆる「銘器」のコピーは「写し」と呼ばれますが,この楽器の場合は,ラベル以外に確かな原型があったとは思えません。うなじが絶壁なのとか,上面が平らな半月のカタチとか,いちおう唐物月琴の定則をなぞって作られてはいますが,「天華斎」のものとは似ていません。 ですので,贋物,というよりは,ブランド名のみのコピー品,とでも言いましょうかね。 まあそのラベルも「天華斎」ではなく「天華斎正字号(天華斎本家!)」ですからね…よく見えないけど,漢字が一画二画少ないかもしれん。 しかし音は悪くない。 響き線の効きも良く,胴が厚めで一本桁,共鳴空間が広いのもあって,音は大きく,それでいてやわらかい----あったかい音がしますね。 ひいおばあちゃんが愛器として使い込んだのも判ります。 面板上に無数に残る細かなバチ痕,木口についた運搬時のキズやヘコミ。そして塗りが切れるまで磨きこまれた棹背や胴体。 軸が折れ,フレットがとんで,もう弾けなくなってなお,かつてのよすがを求めたのでしょうか。棹上のフレットの代わりに紫檀の板(たぶん三味線の端材),糸倉には使い古しの三味線の音締。 たぶん知り合いの三味線屋さんに頼んで,カタチだけの「修理」をしてもらったんでしょうね。 前の人の「手」が感じられるから,「愛されてた」楽器の修理は楽しい。 「L氏の月琴」・音源 1.開放弦 2.音階(1) 3.音階(2)低音弦/高音弦それぞれ 4.九連環 5.茉莉花 6.水仙花 (おわり)
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