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14号玉華斎(4)

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斗酒庵 銘器を前にたじろぐ の巻(4)2009.12~ 明清楽の月琴(14号玉華斎)

第5回 あなたの色に染まります

軸(オリジナル)
  この楽器には,表面板のヒビ割れのほか,音に影響しそうな要修理箇所は本体上にはございません。
  裏板にも面板の裂けたヒビがありますが,大したものではないので放っておいてもいいくらいです。
  なくなってしまっている部品は,フレットが一本と,軸が一本。

  修理,というよりはまさに「補修」って作業ですね。

  さて,オリジナルの軸が3本も残っていたので,作るのは1本だけでいいや~。
  ----と,当初は気楽に構えていたのですが,この軸,枝材か何かを使ったらしく,まさに「自然そのままに」,あっちゃこっちゃに曲がったり反ったりしています。

軸(補作)
  その姿は,いかにも「古楽器」らしく風雅ではありますが,楽器として使用する上では,いくぶん問題がありますので,「演奏用」の軸を一そろい削っておくこととしましょう。

  素材は例によってスダジイ。
  オリジナルの軸を参考に,15号と同じく,ミカン溝を深く彫りこみ,角を丸めた古式の軸とします。

  はじめ,このうち1本を展示用にと,ベンガラで赤っぽく染めてたんですが,途中でやめまして。いまはほかと同じ色になっています。

山口(補作)
  次は山口とフレット。
  これも第2フレット以外はオリジナルが残っていますが,経年の使用でかなり傷んでいますので,再製作します。
  たまたまネオクで,薩摩琵琶の撥の端材を手に入れました。
  オリジナルと同じツゲですね----これで作りましょう。

  清楽月琴のフレットは,国産のものでは第6フレットが一番長くなっています。前にも書いたとおり,これは日本の月琴にのみ見られる特徴で,「月琴の先祖は阮咸」という俗説から,正倉院の阮咸のフレットデザインを参考としたものと思われます。

  古い唐渡りの月琴では,少数民族の月琴と同じく,棹上から最終フレットまでほぼ同じ幅か,古いタイプの中国月琴と同じく,下にゆくほど末広がりとなっていることが多いようです。

  外弦を張った状態で,最終フレットまで精確な音程が出せるように高さを調節しながら,切り出したツゲの小板を削ってゆきます。
  ツゲは目の詰まった硬い木ですが,ヤスリでの細工はラクで,けっこう思うようにショリショリと削れてくれます。
  とはいえ,いままであまり扱ったことのない素材ですので,慣れるまで数本ムダにしましたね。

フレット再製作中
  14号では,胴体上のフレット5本のうち4本はほぼ同じ幅,第7フレット一本だけがわずかに長くなっています。
  しかし,このフレットが製作当初のままかどうかについてはいささか疑問があります。
  剥離後のフレット痕などから見て,おそらくもとは最終フレットが一番長い「末広がり型」であったのではないかと想像されますので,そのあたりを加味しつつ,フレットの再製作を行うこととしましょう。

新旧フレット
  つごう二日かけて,とりあえず完成。

  出来上がったツゲの新品フレットは画像の通り真っ白。これに古色をつけるため沸かしたヤシャ液に浸して二日ばかり放置,染め液から引き揚げて乾燥させたあと,#2000の耐水ペーパーに亜麻仁油を垂らして磨きます。

  オリジナルに比べると,ちょっとまだ白っぽいですが,まあ,あとは時の流れが解決してくれましょう。

  15号に引き続き,この際にオリジナル位置での音階を調べてみました。
  庵主はふだんC/Gで調弦してますが,最近ようやく,明笛(清楽の基音楽器)の全閉鎖音がCであることを確認しましたので,古い清楽ではたぶん数音高い,E/Bあたりで弾いていたんでしょうね。上=Cとしたときの月琴の音階は----

  高音:G(開放弦)A B C D E G A C
  低音:C(開放弦)D E F G A C D F


  開放弦は4C/4Gで,誤差は±5程度です。

  高音:G(開放弦)A-10 Bb+18 C+13 D-17 Eb-3 G-22 A-35 B+25
  低音:C(開放弦)D-10 Eb+21 F+21 G-11 A-39 C+5 D-13 F-45


  いつものように西洋音階にしようと思ったんですが,これだけの高級品----さすがに気が引けまして。
  高音の方はいつものようにメチャクチャなので,フレット1本ぶんばかり動かしたところもありますが,棹上の低音部のほうは,今回はEを「それほど気にならない」くらいのところで調節しただけで,あとはほぼオリジナル位置に接着しました。



  さてさて。
  おつぎはもしかすると今回の修理のメインかもしれません----お飾りの染め直しです。
  下が染め直し前のお飾り。

染め直し前
  色がちょっと褪せちゃってますが,まあさほどの損傷もないし,音には関係のない部品なのでこのままでも構わないのですが,ほかがピカピカになる手前,ちょっとぐらい「お化粧直し」をしておいたほうが,全体の調和を考えると良いでしょう。

  すでに書いたように蓮頭と左右の目摂は,おそらくカリンと思われる木を蘇芳で染め,紫檀のように見せかけております。

  木材の蘇芳染めについては,拙作ウサ琴4でも試みましたが,あれは赤い色,今回は赤ムラサキであります。

  染め汁は蘇芳のチップを一晩水に漬けて煮出すこと数時間。布を染めるのと違って木が相手なので,純度や美しさより「濃さ」が主眼。一番煎じも二番煎じもいっしょくたにしてどんどこ煮詰め,思いっきり濃い染め液にします。

  蘇芳の汁はそのままだとオレンジ色ですが,明礬(アルミ媒染)で,木酢酸鉄(鉄媒染)で黒っぽい紫色に発色します。以上二つは以前にも実験済みなのですが,そのどちらの色も,今回のお飾りからにじみ出てきた汁の色とは一致しません。

  ものの本によりますれば,スオウはこの二剤のほか「アルカリで赤紫に発色」するそうで,そして,いわゆる「蘇芳色」というのは,このアルカリ媒染された赤紫色のことなんですね。

  アルカリ……アルカリかあ。
  例の酸性・中性・アルカリ性ってやつですね。リトマス試験紙の何色のが何色になるんだっけ?
  染めに使われるアルカリ溶液で,古くからあり,もっとも一般的なのは「木灰」---木を燃やした「灰」を水に入れ,その上澄みを媒染液として使います。

  一昔前なら,火鉢もあったしお竃様もありました。
  「木灰」なんてものは,誰でも,どこででも手に入ったわけですが,高度に発達したこの現代社会。
  通販か東急ハンズにでも行かないと手には入りません。

  さてどうしましょうか。

  と部屋を見回しますと………「重曹」
  庵主,お皿洗いのほか,面板の清掃とかにも使ってますが,これたしかアルカリ性だったよな…でもたしか弱アルカリ……まあ試しに,とぬるま湯で溶いて,スオウ液を塗った板にかけてみますと。

染め実験   うっひょーい!!

  てなぐらい,見事な赤紫色に発色しましたあ!
  やってみるもんですわ。
  すごいぞ重曹,エラいぞ重曹,無敵だ重曹!

  木地によく染みこませるため,温めた染め液と重曹液を,乾かしては塗り重ねること数度。
  おしまいに乾性油で磨く,と。

染め直後(1) 染め直後(2)

  うむ,たしかに。
  これだとちょっと目には紅木紫檀,ってとこですね。

  古人の誤魔化しワザ。おそるべし。

お飾り裏貼
  胴体に戻す前に,お飾りの裏に和紙を貼っておきましょう。
  接着のときの水分で,面板に色染みとかつけられるとヤですからね。

(つづく)

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