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ウサ琴5(1)

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斗酒庵 ウサ琴第5弾 の巻ウサ琴5(1)


  夏休みも終わり。秋のお仕事期間も過ぎて。
  年末年始がやってきます。
  ああ,これで一年がまた終わる…そういや今年は…

  ずっと楽器作ってましたっけ。

  最初の「ゴッタン阮咸」さんを作りはじめたのが2006年の暮れ。
  それから約2年。

  前作までで,ウサ公13面,カメひとつ。
  おまけにアルさんの月琴,と,16面の楽器をこさえとばしました。

  寒冷なこのシーズン,塗料の乾きは遅くなりますが,暑さニガテな庵主にとっては,いちばん落ち着いて製作ができます。

  ウサ琴による実験製作,ウサ4まででだいたい知りたいことは分かってきました。
  今回の製作は,ある意味,それらの復習――そして,再検討,再検証ですね。

  ゆっくり,参りましょう。



  ----と,ここまで書いたのが,ファイルの日付によれば,一昨年(2008年)の10月のこと。

  間に「南越1号」の製作はあったものの,第4シリーズ以来,庵主は足掛け2年,ウサ琴製作に携わっておりません。

  修理,多かったしね~。

  さて,15号・14号・L氏の月琴…と,たてて続いた古形清楽月琴の修理も終わり,ようやく落ち着いた四月の後半。

  二年ぶりの集大成。
  正式名称:明清楽月琴代用楽器・玉兎琴,通称「ウサ琴」,第5シリーズ。
  コードネーム:ウサイザーV

  製作を再開いたします。

  とわいえ,ウサ琴もこれで第5弾,もう何回も,同じような記事書いてきましたからね~。
  今回は製作過程そのものよりも,この実験製作を通じていままで得られた,月琴の,楽器としての構造についての四方山をまじえながら騙って,いや,語っていきたいと思います----ハイ,謹聴,謹聴!



STEP1 棹作り








  今回の4面はなるべく同じ素材,同じ構造でいきます。
  棹4本のうち2本は糸倉がほぼ柾目の本ザクラ,もう2本は縮み杢のチェリー。
  棹材はいづれもカツラです。

  まずは糸倉から。
  いままでの実験で,月琴のサイズの棹では糸倉や棹主材の材質を変えても,ギターや三味線ほど音色上の差が出ないことが分かってます。
  棹よりも胴体の構造の出来の良し悪しのほうが,よっぽど重要なようですね。

  高級な月琴ではもちろん,黒檀とか紫檀,タガヤサンなど,硬くて重い唐木の類が使われてますが,中級クラスの月琴の棹にはホオなんかがよく使われています。そのほかにもクリとかクルミなど,ふつうに考えると弦楽器の棹に使うような材ではない広葉樹の柔らかな木材が用いられていますね。

  本物の月琴では,糸倉から棹まで一体,一本の一木で作られています。


  ウサ琴がこれを板材と角材の組み合わせで作るのは,材料の費用的な問題と,加工の容易さから考えたもの。
  糸倉まで一体で作ろうとすると,最低でも70×400×30くらいの,全体が均質でそれそこ良質な板材が必要ですが,入手しやすいカツラやホオでも,このサイズでそういう品質の材を求めようとすると,現在ではけっこうお金がかかります。

  またそのサイズの材木をそのままで棹の形に加工するのにも,うちの工房は狭すぎる,というスペース的問題もありますね。
  ギターの製作とかで言えば小物のサイズ,楽器の製作ではなんてことのない大きさですが,なんせわが工房は,四畳半一間兼住居。
  製作&生活スペースは,布団一枚ぶんあるかないかですからね。

  組み合わせで作るぶん,工程は増えますが,小さなサイズの角材と板材ならば,それぞれある程度の質のものを選んで用意することが可能ですし,それぞれの部品は棹の半分のサイズですから,作業範囲もそれほど広くなくて良い。

  ウサ琴のキャッチコピー:「布団の上でも作れる」楽器---にでもしようかしらん?

  糸倉の曲面は,サクラの板に型紙をあてて輪郭を引き,糸鋸で切り出します。
  今回使った型紙は,ミウさんとこの愛器「彼氏月琴」の糸倉が基になっています。修理当初はほぼバラバラになってましたが,やはりこれがいままで修理した中では,いちばん「美しい」と思った糸倉でしたね。
  もっとも,オリジナルはもう少しアールが深く,先端がかなり背面がわに沈んでいるのですが,そのままだと一枚の板から枚数がとれないので,多少浅く修正しています。


  棹の主材,カツラはウサ1号からずっと使い続けてきた素材。
  1~2までは糸倉や軸までカツラで作ってましたし,その後もシリーズの中で一本はカツラを使った棹が作られています。

  カツラとホオは硬さも同じくらい,加工時の感触も似ており,染めてしまうと表面上はほとんど見分けがつかないので,実際いままでわたしが修理においてカツラと判定した棹がホオだったり,その逆もあったと思います。
  入手のしやすさ加工の容易さも同じくらいですが,ホオはきちんと乾燥していないと,ある程度の太さや大きさのものでも反ったり割れたりすることがあるのですが,カツラのほうが少し軟らかいものの,「暴れる」ことが少なく安定しているので,少し使いやすいですかね。


  オリジナルの楽器がもともと一木で作られているのですから,糸倉から棹まで,べつだん同じ材料で作ってもかまわないのですが,それぞれを「違う材料で作れる」というのは,逆に考えると新製作楽器であるウサ琴ならではの特徴----利点,とも言えますね。
  ホオやカツラは軟らかいので,オリジナルの古物ではよく糸倉が割れてたり,軸穴が広がってしまっている楽器を見かけます。
  サクラはむかし三味線の安いものに使ったくらいで,硬さはホオ・カツラより少し上。浮世絵の時代から版木などに使われているため比較的入手も容易。値段も少し高いですがね。摩擦にも強いので糸倉の材としては悪くありません。

  「カツラとサクラ」という素材の組みあわせ自体は,シロウト考えではありますが。

  「カツラとサクラ」……そういや韻を踏んでますね。
  そこもまた,音を出す器,楽器としてはふさわしいかな?----なんちゃって。


  軸は4シリーズと同じくスダジイ。
  ¥100均屋さんの丸棒材を斜めに四面落し,11センチの長さに切ったのを六角に削って16本。
  去年暮れから,修理と製作,ついでに失敗したのを合わせると30本以上削ってますねえ。

  言っときますが,すごく大変なんですよ---電動工具の助けなし,完全手工具でこういう部品を作るってのわ。

  一本毎5回の鋸挽。軸の素体は直径3センチで,斜めに切り落とす部分の長さはだいたい12センチ。
  12×4+3だから一本で51センチ,1セットぶん4本で,2メートルの距離ノコギリでギコギコするわけですよ!
  いままで作ったウサ琴は13面,カメ琴に1セット,阮咸には2セット作りました。
  南越1号1セット,3号月琴に1本,おりょうさんに1セット,松音1本,鶴寿堂2セット,コウモリ2本,ヒヨコに1本,N氏2本,柏葉5本,玉華斎,15号,L氏それぞれ1セット…ほかにもあったか知らんが忘れた。

  (51×4×23)+(51×7)=5,049センチ

  ううううう…今回ので,そこにさらに8メートル余りの距離が加わったわけで----すんません,作業がツラくて数字に逃げてます。
  4年間で約60メートル。
  これがワタシの歩いてきた楽器の道と言うものなのでせうか?



STEP2 胴体作り















  おととしまでにこの棹本体と胴体の輪ッかまでは,4面ぶん,とおに出来上がってたんですが。
  ウサイザーV,それから約一年以上,棚の上でホコリをかぶってました。

  月琴の胴体は通常,厚い板材から円の1/4周のカタチの弧形を切り出したものを組み合わせて作られています。

  そして月琴の胴体では,その材質や接合加工の精度で,楽器としての鳴りがずいぶんと違ってしまいます。

  単純に考えても,4枚の板を組み合わせているわけですから,その部材の継ぎ目にスキマがあれば振動の伝達が妨げられるわけですよね。
  いくら良い材が使われている楽器でも,この胴体の継ぎ目の加工がぞんざいなものは,楽器としては下品となります。
  逆に継ぎ目の加工がしっかりしているものほど音が良く,修理においてもそこを修正することでかなりの音質の向上が期待できます。


  いわば「月琴の胴体は継ぎ目がイノチ」なわけです。

  さて,現在の世界的な自然状況,および庵主のフトコロ具合においては,どうやっても材質のほうは期待できませんし,加工精度のほうは庵主自身の腕前に期待が出来ません。

  直径35センチの月琴の胴体を作るためには,長さおよそ20センチ,厚さ3センチ,弧の頂点までの深さ7センチくらいの曲面体を,幅5~10ミリで4枚用意するわけで。

  素材自体はそれほど大きなものでもなく,棹に比べれば形も複雑ではありませんから,バンドソーでもあれば切り出すのは容易でしょうが,わが工房にはもちろん電動工具などございません。糸鋸で出来ないことでもありませんが,厚みがあって,挽く距離がけっこう長いので,かなり大変そうです。

  そこで見つけたのが,現在ウサ琴胴体の主材に使っている(株)プログレスさん謹製のエコウッド,30センチ。

  もともとは家具用の加工材で,一枚の板をほぼ円形に丸く加工したもの。これの端と端を接着すれば,かんたんに円が出来ます。
  エコウッドの素材は厚さ5ミリのスプルース。広葉樹材の多い月琴の胴体としては反則に近いですね。

  修理にかかわり,実際にあけてみるまでは,オソロしいほどの謎と神秘に満ちあふれておりましたが。

  月琴の内部,胴体の構造というものは,「楽器」としては実におそまつというか,呆れるほど単純なものなので,当初から庵主の興味はその構造自体より,ほかの楽器にない,月琴という楽器の特色のひとつである「響き線」の機能と,その形状による音色の差などのほうにありました。

  ですので,胴体主材にエコウッドを撰んだというところには,その加工の容易さと,まあ同じような形の共鳴箱状態になっていれば,胴体自体は何で出来ていてもさして気にならなかったという,実験楽器ならではのぞんざいな一面もなかったわけではありません。

  もっとも,これを使うことで「胴体の継ぎ目がイノチ」の楽器で,継ぎ目のほとんどない,アルバトロス(第一次大戦の複葉戦闘機)なみのモノコックボディ(ただし側面だけ)が実現するわけですね。
  素材的な強度の方は,杉の薄板で作った竜骨を内桁と組み合わせ,胴体内を二重箱というか「入れ子」のような構造にすることで,ある程度克服しました。また,清楽月琴の音色は内部に仕込まれた「響き線」が左右するようなところがあるので,材質や構造上の違いも,さほど気になるほどにはなりませんでした。

  じっさい,出来上がったウサ琴は,加工の下手くそな古物の月琴より,よっぽど「月琴らしい音」でよく鳴ってますよ。


  今回の内部構造は,去年暮れから連続して手がけた,古形月琴のものを使います。
  一本桁に,響き線は右肩からの長弧線。

  いままでは明治期の国産月琴に多い,二本桁の構造を採用していました。
  ボディの材料も柔らかですから,より頑丈で,安定したかたちを求めたのですが…いままでのウサ琴,楽器としてはあまりに丈夫すぎたかも知れんのです。
  二本桁に長い竜骨によって内側からがっちり支えてあるおかげで,ウサ琴の胴体は材質の割には頑丈ですが,その大きさの割には本物の月琴よりいくぶん持ち重りがします----胴体が小さい分「密度」が高いわけですね。

  しかし,考えてみりゃウサ琴は楽器です。
  人を殴るのが目的なわけでもないので,不慮・不注意のダメージを心配するよりは,音のほうを考えるべきでしょう。

  そもそも,いままでの修理の経験から言うと,一本桁の胴体が二本桁のものより壊れやすいとか,逆に二本桁のもののほうが丈夫だ,というようなことは,とくに感じられませんでした。

  本来「円」というカタチ,それ自体が衝撃に強いのですね。

  胴体のその円形を保っているのは表裏の面板との接着で,この面板が割れたりハガれたり,あるいは側板の部材自体に大きな歪みが生じて,接合がユルんだりしてない限り,内桁が一本であろうが二本であろうが,胴体の強度にはさほどの違いはないようです。
  鉄線を張る現代中国の月琴でも,あの長い棹の台湾月琴やベトナム月琴でさえも,内桁は一枚。
  側面がきちんと円形に組み合わされていれば,内部桁は一枚でも何ら問題はなく,その役割もそもそも「胴体構造の保持」より「棹茎のウケ」としてのほうにあるのではないかと思われます。

  国産の清楽月琴に二本桁が多いのは,強度のためというよりは,どちらかというと国民性からくる「カタチの嗜好」みたいなものがあるのではないでしょうか?


  たしかに庵主にしても「○に-」よりは「○に=」のほうが,何となく安心するんですね。
  当時の職人さんたちも,同じような思いを抱いたのかもしれません。

  事実,茎を挿す上桁は胴材に溝を彫ってしっかりハメこまれていたりしますが,下桁のほうは両端が接着されているだけ,ということも多い---これなども「月琴の下桁」が,後付の「盲腸」みたいな部品であったという証左なのかもしれません。

  これに限らず,唐渡りの楽器では,かなりの高級品でも棹穴がゆるゆるだったり,茎に変な継ぎ足しがあったりということがちょくちょく見られます。国産の月琴にそういう手抜きがないわけではありませんが,何か「手を入れるところ」と「手を抜くところ」が微妙に違う気がしますね。うまく言えませんが,大陸の職人さんの場合は,とにかく同じように機能するのであれば,多少の寸法や加工の違いは無視しているのに対して,日本の職人さんはカタチの面でも加工の面でも,何らかの基準・定型を重視して,理由や機能のほうはあまり考えていない,と言う感じです。

  一本桁の利点は,胴内の共鳴空間をより広くとれること。
  月琴の胴体の厚みは3~4センチしかありません。
  内部構造が複雑になればなるほど,音の邪魔が増え,スペースがせばまるわけで。
  ましてやウサ琴,胴の直径がふつうの月琴より5センチほど小さいので,共鳴空間がせまいので,内部はより単純なほどいいはずです。

  今まで作ってきた経験から,竜骨も必要最小限,強度的にもかなり限界に近い大きさにしています。
  これでもまだ大きいくらいだとは思うのですが,ウサ琴の内部構造では重要な補強材ですから,さすがに躊躇がありまして。

内部構造2   古形の中国月琴などでは,内桁は一枚板ですらなく,面板に渡した薄い細板で,棹穴を開けたやや厚めの板をはさみこんだものが使われています(右図参照)。ベトナム月琴のはさらに単純で,バスパーの薄板さえなく,棹穴を開けた台形の板が一枚,面板と面板の間に直接はさみこまれているだけなんですね。

  面板に使われるのが矧ぎ板の場合,横に渡されたバスパーは板の材質的な補強・保持のために有効だと思いますが,それも要するに板の「継ぎ止め」程度のもので,胴体の強度そのものとはあまり関係がない。


  そもそも一本桁であろうが二本桁であろうが,面板踏んづけたら割れちゃいますし。

  内桁が胴体の形状保持などにさほど関与していないならば,その強度は極限まで削っていいはず----まあ,そこまで極めてみるつもりもありませんし,じっさいしませんでしたが,古式月琴のオリジナルでは響き線の通るがわにしか開いていない内桁の孔を,今回も,いつものウサ琴の内桁と同じに,左右両方あけてスカスカにはしてあります。

  少しでも共鳴空間を増やしたいですからね。
  このへんは,工夫。


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