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ウサ琴5(3)

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斗酒庵 ウサ琴第5弾 の巻ウサ琴5(3)


STEP4 染まり道
















  通常,月琴という楽器には,ヴァイオリンやギターほど,塗膜の見えるような塗装がほどこされていることはあまりありません。

  黒檀や紫檀などの高級材を使用した楽器は,ロウ仕上げか表面に軽く生漆を刷いた程度なことがふつうです。
  ただ,古い月琴の修理をしていると,安物の楽器ではよく,棹や胴体側部が黒っぽい色で塗装してあるものを見かけます。


  黒檀とか紫檀に似せたのでしょうなあ。
  こげ茶というかムラサキというか,そういう色です。

  また,けっこう高級な楽器でも,本体はともかくお飾りの類---たとえば蓮頭,目摂,扇飾り,柱間飾り,装飾付きの半月などは,彫刻のしやすい材料,たとえばカツラやヒノキ,ホオのようなもので作り,それに色をつけて唐木の類に見せかけていることがよくあります。

  安い素材の素材感を消す,こういう誤魔化しに使われたのが「ベンガラ」「スオウ(蘇芳)」です。
  ベンガラによる塗りこみのほうは,修理でも何度かやっていますが,それとよく組み合わされて用いられたらしい「スオウ染め」の技法に関しては,まだ多少分からないところがありました。
  前回のウサ4に続いて,今回のシリーズでも,この木部のスオウ染めを実験してみたいと思います。



  ウサ琴では材料費をおさえるため,たとえば胴体が柔らかな針葉樹材で出来ていたり,棹も角材と板の組み合わせで作られていたりしています。そうした接着部や柔らかな木部の表面保護のため,どうしてもがっちりと塗装する必要があったのですが,いろんな材料を組み合わせているので,ふつうにニス塗りをすると,それぞれの木色の違いが浮き立ってしまい,多少みっともなくなります。しかし,そういう箇所をニスや塗料だけで,目立たないようにしようと思うと,下地が見えなくなるくらいまで,何度も塗り重ねなければなりません。

  でも,楽器の音のためには,塗膜はできるだけ薄い方がいい。

  要はそうした工作のアラ,木地の違いを目立たなくすればいいわけで。
  それならニスを塗る前に,あらかじめ木地を同じような色に「染めて」おけば,木色の違いは分かりにくくなります。
  誤魔化しのために重ね塗りする必要がなくなれば,かなり塗膜を薄く出来るでしょう。
  塗装前に工程が一手間増えちゃいますが,回数は減るので塗料も少なくて済む----¥が浮きます,ひゃっほい。

  一般の塗装と違って,また液を塗るだけの化学染料の場合と違って,スオウという染料の場合には「媒染」ということをしなくちゃなりません。

染め実験
  スオウのチップを煮出した原液は,はじめオレンジ色をしています。これを材料に染みこませたあと,さまざまな「媒染液」を塗って反応させ,色を出すのです。木灰汁(アルカリ媒染)で赤みがかった淡い紫色(一般に「スオウ色」と言われるのがこの色),ミョウバン(アルミ媒染)で赤,鉄系の媒染材を使うと黒味がかった紫色になります。

スオウ染め
  前回のウサ4では,ミョウバン(アルミ媒染)を使ったので,出来上がりの楽器は「シ○ア専用月琴」といった真っ赤な色に染め上がりました。しかしこの色,これはこれで悪くはなかったものの,どうにも腑に落ちません。
  (記事は↓あたりをご参照ください。)

   http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2008/05/post_2690.html

  かつて1号月琴を始めて修理したとき,目摂をはずそうと濡らしたら,インクのような汁がにじみでてきて慌てたことがありますが,あれは今思うと,スオウの染め液がにじみ出てきてたんですね。当時はただお飾りの色が薄くなったんで,青インクでも染ませたのだろう,なんて考えてたんですが,それがスオウであるということに気がついたのはつい最近----14号「玉華斎」の修理で,当初紫檀だとばかり思っていた唐木製の目摂から,同じような汁がにじみ出てきたときのことです。

  にじみ出てきた色はどちらかというと「赤」よりは「ムラサキ」に近い色でした。

  庵主,ちょっと勘違いしていたみたいです。

  月琴に使われていたスオウ染めの色は「赤」じゃなく「ムラサキ」なんですね。


染め実験
  この目摂の素材はカリンと思われます。カリンをムラサキに染めて,紫檀のような色合いにしているのですね。
  端材などで実験した結果,アルカリ媒染で似たような色に染まることが分かり,スオウ汁と重曹液で染め直しました。
  (記事は↓あたりをご参照ください。)

   http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2010/04/post-2be8.html

  この場合は,素材が赤茶色のカリンですから,やや薄めのアルカリ媒染でも,そこそこに濃い色に染まりました。また,お飾りなんでこんなもんでいいと思うのですが,よく安物月琴の胴体などに使われている塗装には,やや隠蔽性のあるものが多く見られます。
  スオウで染めただけなら,下地の木目がキレイに見えるはずなんですが,それが少し見えなくなっている----その多くは,おそらくスオウで下染めした上から,薄くベンガラを刷いてるのだと思いますね。
  ベンガラは鉄ですから,これを塗ると下地に染みこんでいるスオウと反応して,黒っぽい紫色に発色するはず----

  うむ,じゃあ実際に,実験してみようじゃありませんか。

  まずは木地の磨き。いつもより丁寧に番手を上げて,#1500で全体を仕上げます。
  スオウの原液による下染めは3回,染め液は湯煎で温めて,なるべく染みこみやすくしておきます。
  3度目の染めのとき,液が乾かないうちに一度目の媒染剤,オハグロベンガラ(ヤシャブシ+ベンガラ+酢)の上澄みを,全体に塗布します。季節的に暖かくなってきたころだったので,常温でかなりよく反応してくれました。
  以降,木地の様子を見ながら,スオウとベンガラ液を2~3回,交互に塗布。

  結果は上々。いい感じに染まってくれました。
  気になる接合部の木色の違いもほとんど分かりませんね。



  ニスはいつもどおり,日本リノキシンさんの Violin Varnish FP ダークレッド。
  トップコートも前回と同じく,リノキシンさんのオイルヴァーニッシュにしたかったんですが,進行の遅れから,作業が梅雨時期に入ってしまい,紫外線固化のオイルニスには不向きな期間となってしまいましたので,今回はカシューの紅溜にしました。

  中塗りにもトップにも色がついてますので,かなり濃い目になりました。

  ブラック・ウサ琴,てとこでしょうか?

  しかし----やはりこの技法,基本的には唐木の質を誤魔化すためのものだと思いますね。


  たとえば,今回の楽器の指板に貼った黒檀板は,そんなに質の良くないものだったんですが,本体同様,これをスオウ&鉄で染めてみたところ,高価なマグロ黒檀のように美しい板に変わってしまいました。
  また,いろいろと実験してみたところ,ホオやカツラなどより,唐木のほうが染まりが良いようです。

  カリンを紫檀に,縞黒檀をマグロに出来る---悪用されるとけっこう面倒くさい技法ですよね。
  おまけに単なる表面的な塗装と違って,ちょっと削ったくらいじゃボロは出ない。
  …これじゃ,シロウト目には見分けがつかないかと。
  くわしい資料が見当たらないのは,そういうせいだったのかも,しれません。




ウサ琴5(2)

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斗酒庵 ウサ琴第5弾 の巻ウサ琴5(2)


STEP3 さまよう半月










  さて,ウサ琴は製作実験のために作られる実験楽器です。
  なもので毎回,素材による音色の違いだったり,内部構造の検証だったりと,その製作にはテーマがあります。

  今回の製作は集大成。
  いままでその製作実験を通じて判ってきたことを,実際にやってみてもういちど検証するのが目的です。

  その一つが作業工程の確認。

  日本では大流行の終息とともに,その楽器を作る職人さんもほとんどいなくなってしまったため,楽譜や音楽資料は残っていても,楽器自体について書かれたような詳しい記録がほとんど残っていません。
  修理するにせよ,復元製作するにせよ,完成品の外側からだけでは分からない,そうした製作工程を解明することは,より確実で精確な作業のためにも必要なことですわな。

  庵主が最後まで迷っていたのが,半月を取付けるタイミングです。

  半月----弦を結びつける一方の端,テールピースですな。
  ここがこの楽器で,弦の力がもっとも強くかかる場所のひとつであることは言うまでもありません。

  ですのでこの部品は,水平方向への引っ張りに耐えるように,しっかり面板に接着されている必要があります。
  また同時に,その取付け位置は正確でなければなりません。前後にズレれば,弦長が変わって音調が正確にならないでしょうし,左右にズレれば弦のコースが狂い,楽器として使えないものになりかねません。

  板と半月を強力にくっつけるなら,ニカワを塗ったあとクランプでギュウギュウに締め付けてやればいいのですが,月琴という楽器には,ギターのようなサウンドホールがないので,胴体を先に「箱」の状態にしてしまうと表板の裏側にアクセスできません。

  そこで従来は,胴体に内桁を仕込んだあと,先に表面板だけを貼り,オープンバックにした段階で半月を接着していました。

  この方法だと,半月と面板にかなり強く圧をかけて固定することができるので,たしかに「確実にかつ強固に接着」することができます。

  しかし,明治のころの価格表などを参考にすると,オーダーメイドで作られるような特製品を別にすれば,月琴という楽器は比較的廉価な楽器でした。
  楽器の値段が安いということは,ある程度の数量を同時に製作しなければ,大した利益があがらなかったはずです。量産の基本は「同じような部品を同時に複数作って組み合わせる」ですが,それを念頭に置いた場合,全工程のおよそ半ばあたりで半月を貼り付けるこの方式には----

  1)棹と胴体を一対一の関係で,一面づつ仕上げてゆかなければならない。

  棹の取り付けを微妙に調整しながらの製作になるので,パーツAの胴体には,パーツAの棹しか取り付けられなくなります。

 2)あとで工作の誤差の修正がしにくい。

  裏板を取り付けてしまうと,内桁の茎孔などを調整できず,棹の角度を大きく変えることはできません。

----など,量産するうえでの不都合がいくつも出てきます。

  まったく関連なく,別個に製造されたパーツを組み合わせる場合,木製品ならば,たとえそれがどんな名人達人の手によるものだとしても,パーツ間にはかならず誤差が生じます。また胴体が箱になった後,面板の張力,また木の収縮などによって,寸法が微妙に変わってしまうようなこともママあります。

  それを考えると,複数同時に製造する場合には,半月の取付け工程は後なら後のほうに回すだけ,他の部分との誤差や部材の狂いに対して,つじつまを合わせやすいので,都合が良いのですね。

  そういう点から,あらためて以前の資料を検討してみますと,たしかに,この半月というものが本当に「強固に」接着されていた例は,意外に少なかったように思われます。
  板の変形のせいもありましょうが,たいていの楽器では左右端,もしくは周縁のどこかに,板とのスキマ浮きがあります。
  また,たとえば十六夜月琴は,演奏中にこれがはずれて弾き手のおデコを直撃したそうですし,12号はじめ,これがはずれた状態で売られていた古物楽器も意外と多くありました。さらには棹と半月を結ぶ楽器の中心線がズレていて,弦を中心とすると胴体の左右の幅が違っていたりする例も,普通に見られます。

  最後の例などはまさに,半月の取付によって「つじつまを合わせた」例だと思われます。



  幸いにも,月琴の面板に使われている桐板は,接着しやすい素材,また月琴の弦は絹糸です。金属弦のギターやマンドリンのブリッジに比べるとかかる弦の力もさほど強くはありませんから,接着面の下処理さえちゃんとしてあれば,胴体を間にはさんで,軽い圧で接着しても,使用にじゅうぶんなほどには固定できます。

  この半月の工程を含めて,ホンモノの月琴の作業工程をざっと推測するなら。


 1)棹・胴体の製作

  a.棹材の切り出し(幅3センチ厚さ8~10センチの角材より)
    荒削り > 糸倉整形 > 弦池切貫き(or 彫り貫き) > 
    棹背削り出し > 基部切り出し > 全体整形 > 軸穴あけ

  b.胴材の切り出し(30×12~3×4センチほどのやや厚い板材から,円周の1/4強を幅1センチほどに回し挽きで4枚)
    荒どり > 木口調整(擦合せ or 蟻組み) > 組み合わせ > 表面整形 > 棹穴あけ

  ついで内桁,響き線の仕込み,表裏面板の接着をして,胴体は半月のついていない「箱」状態にしておきます。
  ここまで工作が終わった部品は,それぞれ「素体」としてストックされ,あとで組み合わされます。


 2)棹と胴体のフィッティング

  a.棹基部に茎接着(ムクの場合は茎の調整)。
  b.棹穴,内桁のウケに合わせて先端を加工。
  c.基部を削って,胴体側部に密着させる。


 3)組上げ

  a.糸倉の軸穴を調整,軸とのマッチング。
  b.山口接着。

  c.半月接着。

  d.フレット接着。
  e.装飾類接着。


  一度技術が亡んでしまうと,たかがこの程度のことを確かめるのにも,これだけ苦労しなきゃならないものなんですなあ。



  いまのようなクランプのなかったころ,接着時の半月の固定は,板にVもしくはU字の切れ込みを入れた「ウマ」によって行われていたと推測されます(図参照)。


  これから清楽月琴を自作してみようと思われる方は,ご参考にしてください。

  ちなみに今回の半月は,ニューギニアウォルナットと黒檀板のコンボ。
  そのままだと色の違いが目立つので,周縁を「スオウ」で紫檀っぽく染めてあります。

  次回は,その「染め」のあたりを少し掘り下げます。



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