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17号柏葉堂3(2)

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斗酒庵 柏葉堂と三たび見ゆ の巻月琴17号柏葉堂3(2)


とりあいず調べましょう

1.各部採寸

  全長: 635mm 胴径: 350 胴厚: 34 (うち表裏面板厚:4mm )
  棹長: 287 
   指板相当部分  長: 145 最大幅: 31 最小幅:27
   糸倉 長: 160(基部から先端まで)  幅: 31 (うち左右側部厚: 8mm 弦池: 14×110mm )
    指板面からの最大深さ: 65mm

  山口の痕跡から推定される有効弦長: 412mm


2.各部所見


 ■ 蓮頭:欠損。
    琴頭には,他の楽器からとったと思われる目摂の欠片を接着してある模様。意匠は蘭花か?


  
 ■ 糸倉~棹:右側部表面板がわに軽い打痕あるほか,部材はほぼ無傷。天に間木をはさむ。間木の右部接着ハガレ。
    素材はホオ。
    棹は4号とほぼ同じ形状,やや細身で,背はほぼ直線に近いが,わずかにアールがかかり,糸倉のうなじ部分の立ち上がりとともに美しく加工されている。
    胴体水平面から見て,山口のところで約1ミリほど背面側に傾けてある。



 ■ 軸:4本あり。
    うち2本は蓮頭と同様,他の楽器から移されたものと思われる。材質は同じようなものだが(カツラか?),塗り色が異なり,また先端がやや細いため,糸倉と噛合っていない。また移植された2本には,いづれも握りの部分にかなり大きな虫食い痕が見られる。

  
 ■ 棹茎:損傷なし。
    棹基部: 13×25×40mm。基部表裏に墨書「ワ」。茎材表面板の根元に「○」。
    基部にV字を切り込み,杉の延長材をはめこみ,先端四面を斜めに削いである。
    全体の長さは 167mm。挿しこみ良好,ゆるみなし。
    塗料様のヨゴレ数箇所に付着。朱墨か?


  
 ■ 山口・柱: 山口,棹上の柱,ともに全損。胴上は第4・6・8フレットのみ残る。
    棹上の山口および柱は接着痕のみ残る。
    第4フレットは棹と胴体の継ぎ目上にあり。棹上に1ミリほどかかる。
    第7フレット痕跡薄けれどケガキ線あり。


  
 ■ 胴体:損傷アリ,ただし軽度。

   表面板:6枚矧ぎ?
   絃停左右にヒビ。第7フレット痕に小エグレ,虫食いか。
   左端に虫食い穴。
   右下を中心に白っぽく変色,右目摂周辺に及ぶ,原因不明。


   裏面板:7枚矧ぎ?
   左下に割レ。その下端より中心方向へ向かって周縁にハガレ。
   中央上,ラベル中央欠損。右中央やや下に円形のヨゴレ。
   左中央紙貼り痕。下に墨書「も〓どのわ〓〓んのたね」悪戯書を隠したものか。
   右端下周縁に打痕小。白く変色した筋状のキズ。正体不明。
   第4フレット右横にやや深めの打痕。


  表裏面板,いづれも目のやや粗い,柔らかめな桐板が用いられている模様。
  半月下に陰月孔,直径6ミリ。やや大きめ。


  
   側部:1/4円周の4枚継ぎ。おそらくホオ材。
   単純な両端木口同士の擦り合せ接合。
   左上,右下接合部にややスキマが見えるが,部材の歪み,接合のゆるみなどは見受けられない。


  
 ■ 半月: 半円板状。損傷なし。
   外弦間: 35.5
   内弦間: 27
   低音/高音それぞれの弦間均しからず。低音弦間3ミリ,高音弦間は5ミリ。
   考慮あってのこととは思えず,かなり工作が粗雑なためと思われる。
   材質はこれもホオか?


 ■ 絃停:ニシキヘビ皮。103×80。
   左側に二箇所ほど穴があるが,全体には比較的保存が良い。

  
 ■ 装飾:左右目摂,扇飾り,中央円飾り。
   ほか柱間飾りなどの痕跡はない。工作はきわめて稚拙。


3.内部構造


  棹孔からの観察および棒などによる触診に基づく。

 ■ 内桁:上下に2枚。
  厚さ8ミリほど。上桁は棹孔から 132mm,下桁は 235mm,ほぼ楽器の中央に位置する。
  上下桁ともに材はおそらく桐,ほぼ同じ寸法で,上桁の棹茎のウケ穴以外は左右の音孔の位置や大きさもほぼ同様であると考えられる。音孔は長さ5センチ,幅7ミリほど。左右にネズミ錐か穴錐の小さいもので穴をあけ,間を挽き切ったと思われるが,工作は粗く,やや細く,4箇所とも形状は不均等である。


 ■ 響き線:1本,直径1ミリほど。鋼でやや太め。
  楽器正面から見て,中央左端に基部のあるものと思われるが,基部の形状などは不明。ゆるい弧線で,棹孔の真下で下桁の上約1センチ,棹孔から 222ミリのあたりにあり,そこが弧の頂点,最大深度と思われる。線の焼入れは良く,線はだいたいテンパーブルーに染まっているようだ。サビはほとんど浮いていない。

  上桁の棹孔周辺の指示線などは墨書だが,朱墨も併用されたらしい,棹茎に付着していたのと同じような色のヨゴレが面板裏面などに見られる。

  桁の音孔が細く,直視による観察にはかなり制限があるため,全体は把握できないが,見られた範囲では桁の剥離や内部部品の欠落といった故障は見られず,比較的健全と思われる。。


4.簡見


  蓮頭のかわりに貼られた目摂の欠片,また材質及び寸法の異なる軸が2本挿されていたことなどから考えて,一度修理(?)の手が入っていることは間違いない。
  ただしそれは楽器としての修理ではなく,古物としての体裁を整えるため,ほかの損壊楽器より,欠損部品を補充した程度のものと考えられる。楽器本体部分への余計な手出しは少ないようだが,面板の絃停周囲にひび割れが出来ていることから,絃停がなにか強力な接着剤により再接着されている可能性がある。また表面板右側の白っぽい変色箇所は,カビの拭い痕に似ているが現時点では被害不明。

  「柏葉堂」のラベルがあり,正面から見た形状や目摂のあまりに稚拙な工作などの共通点から見て,同作者もしくは工房の品であること,それ自体にはさしたる問題はないが,疑問な点はいくつかある。

  まず第一に,糸倉の形状の違い。4号,11号の例も合わせてご参照いただきたいが,「柏葉堂製造」月琴の最大の特徴の一つが,その極限までに細い糸倉の形状である。しかしこの17号の糸倉は,これまで扱った4号や11号と違い,デザイン的にも寸法的にも,当時の清楽月琴の一般的な糸倉の形状になっている。

  

  つぎに花押の違い。棹茎に見られる「柏葉堂」の署名は,4号・11号では「高」であるが,この17号のものはカタカナの「ワ」となっている。
  軸などに他楽器からの移植部品はあるものの,棹と胴体の接合そのものは精密で,問題はなく,また棹基部だけでなく胴体棹孔にも同じ「ワ」の署名の見られることなどから,棹と胴体は明らかに同一の作者の手によるものと考えられるが,上に述べた糸倉のデザインの相違などもあり,同じ製造元ラベルは貼られているが,4号・11号と工房は同じくとも,違う製作者の手によるものである可能性は払拭できない。

  とゆーことで,この楽器について現時点で推測されることは三つ。

  1)柏葉堂・高井徳治郎が「極限まで細い糸倉」というスタイルを確立する以前の楽器である。
  2)同じ工房の,弟子等ほかの職工の手になる品である。
  2)最大生産期に作られた「柏葉堂製造」のラベルで売り出された他工房のOEM品である。

  さて,さまざまな疑問をはらみつつ。
  自出し月琴17号,ゆたーりと修理に向かいます。

(つづく)


17号柏葉堂3(1)

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斗酒庵 柏葉堂と三たび見ゆ の巻月琴17号柏葉堂3(1)


正体見たり「柏葉堂」!

  おととしの年末,ちょうど日本における月琴の歴史や楽器としての変化についてまとめておりました。
  変化を知るためには始原を知らなければならない----この国に渡ってきたはじめのころの月琴というものが,どんな楽器だったのかが分からなければ,どこがどう違っていったのかなぞ分かるはずもありませんよね。

14号 15号
L氏 琴華
  するとなぜだか,唐渡りの14号玉華斎,倣製月琴15号,天華斎のコピー,琴華斎,と,ふつうはあまりそろって見られることのない,古いタイプの清楽月琴の修理が相続きました。
  先ごろまで明治中ごろの楽器だと思ってた13号柚多田を仕入れたのも,これと同じころでしたが,これなんてモロ「江戸時代の楽器」でしたもんねー。

  理由は不明ですが,この古式月琴ラッシュによって,初期のころの楽器については,一気にデータがそろってしまいました。

  そこで 去年の年末から,今度は「その後の展開」のほうをまとめはじめたわけで。こないだ公開した「明治大正期楽器店リスト」なども,その副産物みたいなものだったんですが----

----こんどもまたそれと連動するかのように,16号於兎良「菊芳・福嶋芳之助」,赤城山1号「清琴斎・山田縫三郎」と,明治流行期のしかも以前に扱ったことのある作者の楽器の修理が続いております。 個人作家における製作楽器の変化,それこそ「その後の展開」そのものなわけで。

  なんか憑いてますねー。

  こりゃもう「さっさとまとめて,早ぅこッちィ来い!」----と,ゆーことでしょうかー。(^_^;)

  さて,庵主がいままで扱った楽器のうち,製作者が同じものには,このほか1号と8号生葉の 「不識・石田義雄」 がありますが,じつはもう一人,正体の分からない,ナゾの製作者がおります,それが----
11号ラベル
  4号と11号を作った「柏葉堂」というヒトですね。

  庵主が入手したほかにも,ネオクでもう何度も見かけているので,数量的にはかなり大々的に作っていたのじゃないかと思われるんですが,資料を探しても探しても,なかなか名前が出てこないんです,「柏葉堂」っていうお店が。
  たとえば福嶋芳之助のお店の正式な名前は「菊屋」ですが,通称「菊芳」で通してて,二代目の時には「菊芳楽器店」になっちゃってました。「菊屋」と同じように,東京に昔からよくある楽器店の名前に「柏屋」というのがあるので,この「柏葉堂」というのは,そのどこかの「柏屋」さんの別号なんじゃないかなー,とまで考えてたんですが---。

  つい最近,まったく関係のない,ほかの資料を探してたおり,偶然にも発見いたしました。

  「柏葉堂」の正体を!


  資料の名前は『東京諸営業員録』(M.27 国会図書館近代デジタルライブラリーより)…うーむ,ふつう開きますか?
  わたしゃてっきり,どこかのデパートの従業員さんの名簿かと思いましたよ。
  副題が「買物手引」----なんでしょうね,そッちでいいじゃない!責任者出て来い!って感じですが。

  「楽器商笛太鼓商琴三味線商清楽器」という項目に,かなりの数の楽器店が,住所店名に簡単な道案内までついて載っております。
  これによれば「柏葉堂」の住所は「下谷区南稲荷町七 広徳寺前ヲ東ヘ一丁」。「広徳寺」さんは江戸時代から続くこの地の名刹で,関東大震災のあと現在の練馬の別院のほうに引っ越してますが,これはまだその二十年以上前のおハナシです。
  「広徳寺前」というのは東上野4丁目,上野署のあたり。そこから「東ヘ一丁」,浅草通りをはさんでハローワークの向かいあたりがおそらく「南稲荷町七」,いまの東上野3丁目36番地のあたりだと思われます。
  うむ,こんど回ってきましょう。たぶん何もないでしょうが…

  本舗ハ清楽器及付属品一切ヲ製造シ,音律共極メテ精巧且美ナリ,請フ四方ノ諸君普通ノ楽器ト同視スルコト勿レ。

  この宣伝文句! いや,すごい自信家ですね~。
  ようやっと名前と住所が判明しましたが,今のところ判っているのはここまで。
  なにせ上にも書いたとおりほかに資料が見つかっておりません。

  実際にどういう腕前の人だったのかというあたりは「11号柏葉堂」の修理記事などでご確認いただきたいのですが,楽器製作者としての技術はじゅうぶんにあるはずなのに,これのほかには本名でも店名でも,一般的な楽器店のリストにも,博覧会の名簿にも出てこないのです。

  はて……もしやすると,当時仲間うちからハブられて(^_^;)……いやいや,「一匹狼」的なヒトだったのたのかもしれません。
  イヤ,でも----11号修理のときに感じたそこはかとない(技術上の)感想,それにこの宣伝文句見ると,そういうこともありえるかな~とか思ってみたりして。

  大正時代に音楽の教科書とかを編纂したりした人に「高井徳造」という人物がおります。
  出版元が「高井楽器店」になってますから,楽器の販売もしていたんでしょうね。
  お店の住所は「東京市本郷区本郷三丁目六番地」,扱っているのは西洋楽器らしいですし「徳まで同じ」ってくらいしかないんですが,もしかすると関係者なのでしょうか?

  で,正体が分かった翌日。
  ネオクをながめてたら,これが……
  しかも入れたら落ちました。

  ここまで来ると,もう,仕込まれてるとしか思えませんねー。

(つづく)


月琴8号生葉 再修理(2)

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斗酒庵 8号生葉を再度修理す の巻月琴8号 生葉 再修理(2)


けっこう悲劇なコンサーティナ


  8号「生葉」は,到着当初の観察では欠損部品も少なく,全体の状態も悪くなかったので,前回の修理では扇飾りやフレットなど,まあ最低限必要なものをこさえただけで,楽器本体にはあまり手をつけませんでした。

  そして,この楽器とちょうど同じころに修理していたのが崩壊寸前の月琴,9号「早苗ちゃん」。
  面板の表といわず裏といわず,まさしく「縦横無尽」に虫に食われており,それはもう,あの薄い面板がナイフで半分から薄い丸板二枚に割れるんじゃないかというくらいの状況----だったもんですから,じつは8号「生葉」にも,若干の虫食いが見つかってたのですが,何となくコワくなって,無視しちゃってました。

  あれから数年。

  修理を重ね経験積んで虫食いのトラウマも解け,最近じゃもう,ちょっとやそっとのヒビ割れ・虫損では動じなくなっております。 この機会ですから,前回見逃した生葉ちゃんの虫食いも始末することといたしましょう----と,ヤッコラほじってみたんですが,これがまあ意外とけっこうなモノで。



  表面板の虫損は,第5フレットの下に隠れてたのがちょっと深いものの,あとは正面左肩から2筋,こちらはいづれも浅い----しかしなが裏面板のがほぼ中心に上辺から2筋,下辺からも2筋。こちらはどれも深く,板の中心がほぼスカスカになるくらい食われてます。
  上下の食害はそれぞれ違う虫によるものですが,下からのがかなり長いですね。 幅はありませんが,上下にほとんど貫通しちゃっていると言っていい状態なのと,多少横方向への広がりもあるようです,厄介ですね----では,被害の大きなほうから片付けるとしましょう。

  まずはつついたり叩いたりして,食害で弱くなってる範囲をだいたいつかみ,一帯をすっぽり切り取ります。

  この作業のおかげで中身が覗けまして。
  前回は正確に把握できなかった内部構造が,かなりはっきり分かりましたね。余禄余禄。
  墨書とかが出てこなかったのはザンネン。


  表面板の虫損は,埋め木でちょちょいと。
  キズを整形し,削った埋め木を接着したら,マスキングテープで固定します。


  裏板には切り取った幅に切り出した桐板を埋め込むわけですが----さすがに中心部分,いちばん長いところなので,手持ちの古材では間に合いません。
  今回は新品の板を使いました。これ,ウサ琴の余りですね。


  翌日一気に整形。
  うーん,表板のは小さいし,古板を使ったのでいいんですが,裏板のはさすがに目立ちますねえ。


  前回の修理では庵主の趣味で,表裏面板をまっちろちろに漂白したんですが,今回はコレもあるので染め直しましょう。 サイワイ,赤城山1号に使ったヤシャ液(しぼりたて)もありますからねえ。
  埋め木した所を先に二回ほど塗って,あとは全体,うまく,ムラなく。

  さて,乾いたらどうなるかな?


  最後にもう一つ小細工を追加。

  これも前回手を出さなかった箇所,中心の蓮華飾りですね。
  オリジナルのものは半分くらいしか残っておらず,扇飾りと違ってはっきりした日焼け痕もなかったため,復元ができませんでしたが,その後資料も増え,類似のお飾りの例もいくつか見つかってるので 「だいたいこんな感じ」 くらいには補修できるでしょう。
  はじめオリジナルと同じ黒檀の薄板でチャレンジしたんですが,まあ割れること欠けること----唐木の扱い,下手くそなもんで。

  2枚しくじったところで,アガチスに逃げました。

  まずは表裏に和紙を貼って大体のかたちに切り出し,アートナイフで彫りこみます。アガチスは適当に粘りがあるんで,かなり細かいところまでイケますね。できたらオリジナル部分とうまく合体するよう,カタチを合わせます。


  んで,これも前回修理の時にはまだ持ってなかった技術----スオウで染めてオハグロで媒染。
  ラックニス(ダークレッド)を二度ほどくぐらせ,乾いたとこでリューターに小パフつけて磨いて仕上げ。
  ちょっと見には,じゅうぶん騙せそうですね。(笑)

  完成~!!!

  1月のそら庵・月琴WS補講に間に合ったので,持って行きました。いっしょに写ってるのは,この日引渡した「赤城山1号」です。

  ついでに試奏してみましたが,音色のよさは変わってません。
  面板を濡らしたので,しばらく多少ヌケが悪くなってるはずですが,今のところさほど気になるようなほどではないようです。
  何よりやっぱり軸を取り替えたので,ちょっとハードに弾きこんでも,糸が緩まないのが嬉しいですね。

  楽器の時間が,また動き出しました。


  散歩のついでに,和光市にある「新倉ふるさと民家園」のぽかぽかな縁側にもお邪魔。
  なんか似合いますね。

(おしまい)


月琴8号生葉 再修理(1)

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斗酒庵 8号生葉を再度修理す の巻月琴8号 生葉 再修理


けっこう悲劇のコンサーティナ

修理前・梱包
  庵主はふだん,演奏の場ではたいてい,7号「コウモリ月琴」を使っています。

  コウモリ月琴は桜胴,棹朴の中級月琴ですが,うちの楽器の中ではいちばん手に熟れているし,音質的にもクセがなく,どんな状況でもちゃんと鳴るタフさもあるからなのですね。
  ただ,やはりしょせん「中級」の楽器なので,ライブハウスくらいでの演奏では問題ないものの,少し広い場所や音響のしっかりしたホール的なところだと,音量,音質の面でどうしても物足りなさがあります。

  ちょっと困っていたところに,やってきたのがこの楽器。

  8号月琴「生葉」ちゃんです。
  ネオクで見たときには,参考写真がかなりナニで。胴体側面などまるで赤ペンキを塗ったような感じに写っていたものですから,あまり大したものだとは思ってなかったんですが,無事落ちて,届いてみたらアラびっくり----

  胴は染めた花櫚(カリン),棹は茎までムクの紫檀。
  糸倉の左右には鉄刀木(タガヤサン)の薄板が貼られ,半月も鉄刀木のカタマリ。
  柱は象牙,透かし彫りの蓮頭やそのほか飾りも,唐木で出来ています。

  ----明治後期のかなりな高級月琴でした。

  作者はおそらく「石田不識」だと思われますが,ラベルが剥がれていたので確とは言えません。(後述)

  生葉は欠損部品が少なく,軸もオリジナルのが4本ともそろっていました。
  その軸も,今では希少材である,通称「マグロ」と呼ばれる真っ黒い上物の黒檀で作られています----いまこのくらいの材質のもので,これと同じのを作ろうと思ったら,¥いくら¥かかるか分かりませんよ。



  軸自体の形や溝などはさほど変ったものではありませんが,細工がこまかい。
  握りの尻の部分にも彫りこみ,細いほうの先端には,一本線,二本線,三本線に十字,と刻みが入っていて,軸それぞれが何番目の穴に差し込むものなのか,分かるようになっています。

  -----にもかかわらず。

  この軸,糸倉の孔と,ちゃんと噛合っていないのです。

  太い握りがわはいいんですが,先端が細すぎて,孔の向こうから光が漏れてくるくらい,ひどいところでは1ミリちかくもスキマが開いていました。すぐ上にも書いたように,先端に刻みで番号をふってあるので,いろいろと孔をさしかえ試してみたのですが,どの組み合わせにしてもスキマは埋まりません。

  握りがわの孔との噛合せは悪くないので,この状態でも使えないことはないのですが,やはり片方だけだと軸が不安定で狂いやすく,演奏中に肩や身体が軸先端にちょっと触れたくらいで,ひどくユルんでしまったりもします。
  おかげで,せっかくいい材質いい工作の高級楽器なのに,本来のスペックを発揮させてあげることができず,ここ数年間はほとんど壁からぶるさがってるだけって感じに,なってしまっておりました。


  今回は「赤城山1号」の修理のついで。

  ちゃんと噛合う軸を新たにこさえるのと。さらに前回の修理で手を出さなかったような箇所にもあちこち手を入れて,この楽器を,バリバリ演奏できるような状態に仕上げてやろうと思います。

  まず軸ですが----製作過程のほうはまあ,「赤城山1号」の記事をごらんください。


  材質はいつものスダジイ。スオウで染めて重曹でアルカリ媒染したあと,オハグロベンガラの溶液をくぐらせ,カシューを刷いて濃紫色に仕立て上げました。

  素材とか細工の点ではもう,前についてたものからすると,おハナシにも比べ物にもなりませんが----オリジナルより多少細身で,工作もかなり雑なものの,とにかく 「噛み合せ重視」 でばっちり調整しながら作ったので,チューニング自体もそのあとも,前とはくらべものにならないくらい安定するようになりましたね。



追記 2013.0624

  この8号の作者は,田島勝だと推定されます。

  ここ数年,ネオクに出た楽器の写真を整理したところ,田島勝(真斎)の月琴は,棹茎まで無垢材での製作や半月下縁部の切り落とし加工など,石田義雄の月琴によく似た特徴を有しているもののあることが分かってきました。


  比較その1)目摂の彫り

  フォルムは極めてよく似ているが,石田不識(左)の花弁の彫りが丸刀でのエグリであるのに対して,田島勝(右)は線彫り。



  比較その2)蓮頭

  普及品の月琴で最も多い型。石田不識(左)の蓮頭には真ん中に丸い部分がある。


  ほか,石田義雄の月琴には,主材として桜やカツラなど,どちらかというと安価で加工のしやすい材料が用いられていますが,田島勝の月琴は多く黒檀や紫檀と言った高級材が多用され,目摂や飾りの加工は石田義雄よりも精緻です(やや凝りすぎの感アリ)。棹背のスタイルや棹茎まで無垢なところは同じですが,糸倉の弦池は彫り貫きではなく天に間木をはさめる型,ふくらが幾分浅く,第4フレットの位置が不識のものよりやや胴体側にあり,内桁が胴体と異材である点なども異なっています。


  細かく言うとこういう差異はありますが,ラベルがなければパッと見で判る領域ではありません。(泣)
  いまのところまだ資料がないので分かりませんが,この二人の作る楽器,外見上はきわめてよく似通っています---なにか師弟関係のようなものにでもあったのかもしれませんね。
  総じて言えば,素材や装飾,表面加工などは田島真斎の楽器のほうが上です。
  お飾りの点で言うと,不識の手は独特ですが「精緻」というわけではありません。(1号再修理,参照)
  ただ楽器としての音で比較すると,真斎の楽器は,外見のわりにはどちらかというと普通で,使われている材料などから考えても,もっと鳴っていい気がしますね。余韻がややこもっていて,音の伸びも多少物足りません。
  材質的には劣っているのですが,石田不識の月琴のほうが,楽器としての構造・工作の点では上で,音ヌケも良く力強い余韻が感じられます----まあ,それはそれで「月琴の音」としてはどうなのよ?という面もあり,好き嫌いでは,ありますが。(w)

(つづく)


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