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20号山形屋(1)

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斗酒庵 山形屋と出会う の巻2011.5~ 月琴20号・山形屋 (1)

STEP0 せんでんな前フリ

  さて----もう何も言うなあっ!

  自出しで買った清楽月琴,これにて20面の大台にのってしまいました。
  ちなみに月琴マニアでも楽器マニアでもない庵主にとって,調査の終わった楽器はダシガラ同然のシロモノです。
  買いも買ったり……てな数ですが,修理終わったそばから他人に譲ってしまっているので,手元に残ってるのは,始原の1号,ふだん使いのコウモリさん,コンサーティナの生葉ちゃん,資料用の13号の4面だけです。


  最近の修理楽器は,主として庵主のやってるWSの常連さん,通称・SOS団(そら庵大川端清楽団)のメンバーに,美味しくいただいてもらっております。

  SOS団といえば,そら庵と狛犬と月琴の修理を通じて集まった自然発生的集団みたいなものですが,自出し月琴とかウサ琴を譲られた(押しつけられた?)方のほか,修理した楽器のオーナーなども含めて,20人くらい。月一ペースで開かれるワークショップ(はんぶん飲み会)を活動の中心として,関東でも屈指(ほか余りありませんが…)の月琴集団となりつつあります。

  会場の「そら庵」は深川は万年橋のたもと,「おできの神様」こと正木稲荷さんとなりのカフェ&イベントスペース。

  ・ 参加費はお店のほうにオーダーひとつ(会費ナシ)。
  ・ 途中参加・退席自由


  ----のゆるゆる集会ですので,興味のある方はいちどおいでください。

 「清楽月琴」とかいうものにただ触ってみたい,鳴らしてみたい方。
  現代中国月琴,二胡のほか,関係ないほかの楽器の方でも乱入上等であります。
  現在,笛子吹き募集中!こちらの活動にご参助いただければ,もれなく一本,明笛をあげちゃいます。

  -----とまあ,宣伝はこのくらいにしましょうか。



STEP1 20号が来た!!!!


  今回はどうしても知りたい一点のある楽器でしたので,少し強引に落とさせていただきました。
  競り合っちゃった方,ごめんなさい。(^_^;)

  出品者さんの手配が素晴らしく,落札して2日めに届くという奇跡のような最速取引となりましたこの楽器。
  8号生葉,18号モナカちゃんと同じ,秋田からの品であります。
  ネオクに限らず現在は古物の業界もボーダーレス,仕入れも売りも宅急便で全国どこへでもという時代ですので,秋田から届いたからといって秋田で使われていたものとは限りませんが,江戸時代の秋田の殿様は,洋学好きで有名でした。藩内にも長崎とかへの留学者が多く,清楽もけっこう盛んだったようですから,こういう楽器が数多く残っていても不思議はありません。

  概して東北から届楽器は保存がよろしい。
  気温が低いおかげで各部材の劣化も遅く,虫食いなどの被害も少ないんですね。
  18号なぞ,表面的にはまさに「新品同様」といって良い状態でありました。
  今回の楽器はそれらに比べると多少ヨゴれて見えますが,これにはワケがあります。
  そのあたりはこの後の各部簡見にて----


1.各部採寸

  ・全長:638mm
  ・胴径:縦 346mm 横 342mm 厚:36mm(うち表裏面板厚ともに 4.5mm)
  ・棹 全長:289mm 最大幅:29mm 最小幅:23mm 最大厚:30mm 最小厚:23mm
    * 指板ナシ 指板相当部分の長さは:148mm。
  ・糸倉 長:158mm(基部から先端まで) 幅:29mm(うち左右側部厚 8mm/弦池 12×115mm)
    * 指板面からの最大深度: 64mm
  ・推定される有功弦長:418mm

2.各部所見


  ■ 蓮頭:無傷。
    蓮花,透かし彫り。53×80mm。
    なぜか胴体の中央に貼り付けられているが,間違いなく蓮頭である。




  ■ 糸倉~棹:ほぼ無傷。
    糸倉は,先端中央に同材の間木をはさむ。側面から見てやや幅の広い古典的な形だが,うなじはなだらか。
    棹背はアールなくほぼ直線。測ってみると平均よりわずか1ミリ程度の差であるが,デザインや加工の良さからか,かなり細身に見える。
    弦池先端に軽い削ぎ落としがあるなど,加工は精緻である。
    素材はおそらくカツラ。スオウで赤く染め,油仕上げと思われる。質の良い材が用いられ,側面に柾目が出るよう木取されており,糸倉から棹背にかけての木理が美しい。
    軸は全損,ネオク出品時には三味線の糸巻きが挿してあった。

  ■ 棹茎:損傷ナシ。
    全長:156mm 基部 32×20(厚さ 15mm),延長材はヒノキと思われる。長 144mm。

    棹同様,かなり細身の作りとなっている。加工は精緻で,延長材の接合等の工作も精密である。延長材の表板がわの面に「ね」字のような署名がエンピツ書きされている。

  ■ 山口・柱
    山口は欠損。棹上にある接着痕から厚みは 10mm ほどであったと思われる。
    柱は第4,第6,第7フレットのみ残存。棹上フレットは全損,接着痕のほか目印のケガキ線が残る。
    山口の接着痕の端を有功弦長の起点としたとき,各フレットおよびその接着痕までの距離は----

     46 86 113 144 175 210 230 265

    残存フレット,材質は象牙と思われる。第7フレット右端にネズミの齧痕少々。


  ■ 目摂等装飾
    左右目摂,四角いが「扇飾り」に相当する柱間装飾が残る。左右目摂は菊,四角い飾りは花。
    損傷らしいものは見当たらないが,いづれもはみだすほどの多量の木工ボンドにより接着されている。
    胴体中央に貼られた蓮頭の下が分からないので,このほか中心に飾りがあったかどうかは不明。
    絃停は欠損し,痕跡のみ。105×80mm。


  ■ 半月:損傷ナシ。
    101×36 高さ 9mm。装飾の意匠は9号や18号と同様(おそらく蓮花)であるが,かなり薄手に,低く作られている。
    外弦間:29.5mm 内弦間:23.5mm 内外弦間だいたい 3.5mm。 内外の弦間以外は,棹に合わせてやや狭め。


  ■ 胴体:軽度の損傷。
    経年のヨゴレ,部材の収縮による軽度のヒビ割れや剥離に加えて,比較的近年の修理により各部に「白い悪魔」木工ボンドが付着。

    表面板:おそらく7枚矧ぎ。
    全体にヨゴレ。
    半月右横,斜めに引っ掻き傷一本,目立つが浅く,表面のみ。
    中央やや右下端より矧ぎ目に沿ってヒビ割れ,細いが,半月下を貫いて胴体中央まで及ぶ。
    その先,第8フレット接着痕の右横に小エグレ。
    棹左横から左肩接合部までかなり大きくハガレ。
    右肩接合部より右側板へ小ハガレ。
    下部・両接合部を中心にハガレ。
    左下接合部付近に小鼠害。
    ほか周縁数箇所に軽度の打撃痕や鼠害。


    裏面板:7枚継ぎ。
    * 左より,それぞれの板材に1,2…と番号を振った場合。

    1・2間剥離,貫通しやや開く。1の板矧ぎ目下端にやや大きな欠ケ。 2・3間同上,割れ目に小メクレ。3・4間下端に小ヒビ,長 70mm ほど。 4・5間,ヒビ割,ほぼ貫通。割れ目に小メクレ。5・6間,下端より小ヒビ,矧ぎ目の中央ほどまで。
    左肩接合部付近より天の側板の4/5ほどまでにかけて剥離。再接着により側板と小段差。


    左下接合部付近より地の側板全周縁,右側板7/8あたりまで剥離。再接着により側板と小段差。 左端周縁部,中央よりやや上に打撃か圧痕らしきもの。
    中央上端にラベル。かなりボロボロであるが断片的に文字が残る。ラベル付近および数箇所に小さな孔,虫食いか?

    側板:4枚,単純な木口同士の擦り合せ接着。
    材質はおそらく棹と同じくカツラ。スオウで赤染め。
    スキマは小さいが,4箇所とも剥離。やや食違い段差が出ている。




  20号,現在の状態を概観で言いますと,前修理者の「修理」さえなければ軽症だった----といったところでしょうか。

  表面的なヨゴレは8号と同じくらいでしたし,各部材の保存状態も悪くはない。 寒冷地の乾燥と温度変化により接着が飛んだり,部材の収縮で多少歪みも出ていますが,さほどのこともありません,ただ……
  目摂の周囲,貼り直した面板の周縁……ちょっと見で分かるくらい,そりゃもうコッテリと白い悪魔「木工ボンド」がハミ出しております。

  まったく噛み合っていない三味線の軸が挿さっていたこと,絃高より分厚い蓮頭が胴体の中心に接着されていることなどから見て,前修理者の目的はこれを楽器として弾くことではなく,装飾品となるていどに,そこそこカタチを整えるところにあったことは間違いありません。

  今回の作業は,まずこの真っ白な「修理」の痕跡を取除くところからとなりましょうか。


  前修理者の「修理」箇所を除外すると,いまのところ分かっている欠損部品は,軸4本,山口,フレット5枚。
  「軸全損」は(作るのがメンドウなので)イタいですが,楽器本体の損傷はそれほどでもなく見えます。

  表板はヒビが1本だけ,木目からみて裏板がかなり暴れるらしく,ほとんどの矧ぎ目にヒビが入ってますが,いづれも部材の収縮によるもので,虫食いによる矧ぎ目の損傷はないようです---今回はホジくらなくてすみそうですね。


  裏板はその大部分が一度ハガれてボンドで再接着されているようですから,これはもうひっぺがさなきゃなりません。
  ひさびさのオープン修理となります。
  面板の剥離とその後の放置の影響で,側板4箇所の接合部は接着が飛んで,一部にわずかながら部材の歪みからくる食い違いが出ていますので,裏板をハガした後,これら接合部の矯正と再接着も必要でしょう。

  いづれも今まで何回もやってきたことが多いので,「ボンドの下から何か出てこなければ」さほどの困難はありますまい。




  今回,けっこう高値で競り合ってまで知りたかったこと,それはこの楽器の作者です。
  最初に見たときは,そのほっそりしたスタイル,やや古典な糸倉,そして半月の意匠などから,9号・18号と同じ「唐木屋」の楽器ではないかと思ったのですが,裏板にあるラベルらしいもののカタチがどうも合いません。カタチだけでいうと似ているラベルの作者は二三いるのですが,今度は楽器の特徴が合いません。

  ゲンブツを手にして,ようやく拝めたそのラベルが,これです----「ラベル」って言うか…もうほとんど「その断片」ですね,こりゃ。
  ボロボロではありますが,幸いなことに文字の部分がけっこう残ってくれてます。読めるだけ,読んでみましょう。

  本………楽器総附
  属〓…是東京日本
  橋区…〓薬研堀丁
  四十…番地
     山形屋〓〓
 (…は無くなっている箇所,〓は文字は残っているが解読不能)


  さて月琴の作られていた江戸明治大正,東京で「山形屋」というと,まず京橋の「室内平兵衛/伊助」という老舗中の老舗の有名店が出てきますが…そう遠くないものの住所が違いますねえ,「薬研堀」ですか。そこでもう一度拙編「明治大正楽器商リスト」で検索をかけてみますと

  琴三絃商,清楽器 日本橋区薬研堀町四七 山形屋雄蔵(『東京諸営業員録』M.27)

  という人が……こちらですね。お店の場所は「汐見橋ヨリ東ヘ二丁南ヘ一丁」だそうな,今度寄ってみましょう。
  薬研堀にはもう一人「鶴屋・大海太郎」さんという三味線師が住んでまして,こちらは色んな名簿に載ってるんですが,「山形屋雄蔵」さんの名前が見つかったのは,前回,庵主が「柏葉堂」さんを探し当てたこの冊子のみで,ほかに記録もなく,これ以上の詳細は今のところ不明です。
  ちょっと気になっているのは,明治20年の『東京府工芸品共進会出品目録』に月琴を出品してる「日本橋区薬研堀町・石村勇造」という人物。名前の字は違いますが読み方は同じ,石村は屋号でしょうし……もしかすると改名した同一人物かもしれませんね。

(つづく)


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