13号柚多田(3)
![]() STEP2 穴埋めの日々,ふたたび ----間があきましたが。 17~19号,明治月琴ドトウの三面同時修理も終え,資料の整理も終わりましたので。 13号・柚多田(ユダだ)の修理にかかります。 最初は,明治中期ぐらいにどっかの風流なシロウトさんが自作したか,近所の指物屋さんにでも頼んで作ってもらった楽器だろう,などとタカくくっていたんですが。フタをあけたら,あらビックリ! 文久三年石村義治……江戸時代,それも何と新撰組と同い歳の楽器,しかも和楽器職の名流「石村」を名乗る楽器屋さんの作品でした。 やっぱり「13」という数字には何かあるもンなんですね~。((^_^;))) ![]() 13号,表裏面板上にお飾り類は何もついていませんが,表面には「弄琴明月 酌酒和風」の聯句が墨書で,裏面には見事な竹が描かれております。ただし表面板はヨゴレがひどく,また虫食い穴があちこちにあいて,かなりヒドイ状態。 今回の修理の眼目は,この面板上の墨書をなるべく傷つけず,いかにして虫食い穴を埋め,表面を清掃するか,といったあたりとなります----さてそれでは。 まずは表面板。写真だと何やらキレイに写るのですが,近くでじっくり見るとけっこうなもので。しかも,いつものような,たんにホコリがついたり,ヤシャ液が変色したというようなモノではなく,触ると少しベタついて,油っぽいというかヤニっぽく,今までに経験のないタイプのヨゴレです。 まずはこれを落としましょう。 ![]() ![]() 墨書がありますので,もちろんいつものように Shinex に重曹水でゴシゴシ,というわけにはまいりません。 策を案じます。 キッチンペーパーで半月をのぞく板の表面をまんべんなく覆い,ハケでぬるま湯に重曹を溶いたものを染ませて,全体をラップでくるみます。 このあたりの作業もいちおう,事情通各所にお伺いをたててからやってるわけですが。 むかしの墨書というのは,けっこう丈夫なもので,耐水耐薬品,紙やすりでゴシりでもしない限り,ちょっとやそっとのことでは落ちないそうです----とわ聞いたものの。 なにせこんなTVで見る壁画の修復みたいな作業,ハジメテやったもんで,さすがにどうなるかと不安でしたねえ。 ![]() 数時間おきにペーパーを換え,浮かび上がったヨゴレを,墨書を傷めないよう,脱脂綿で慎重に拭いとってゆきます。 キッチンペーパー,一箱空になりました。 ヤシャ液はけっこう上等なものだったようですが,かなり濃い目に塗られていたらしく,そこに積もったホコリとヨゴレで,脱脂綿をしぼると真黒な汁が出てきました。 重曹はお台所でお茶碗の茶渋落しなんかにも使いますよね。月琴の面板の染めに使われるヤシャブシの主成分は,茶渋と同じタンニンです。今回の作業,要は桐板を漂白したみたいなもので。 楽器内部は玉手箱,といつも言ってますが,作業が終わったら表面板が何やら白茶けてしまって----なんか浦島太郎がおじいさんになったみたいです。 表面には墨書がありますんで。面板の虫食い穴の充填は基本,板の裏がわから行います。 ![]() ![]() この楽器,側板が分厚い(2センチ以上もある)ので接着箇所が広いんですね。 なもので,板の周縁部がまあ,こんなアリサマで。 とはいえ,こういうのは裏がえすとふつうに見えますから,そのまま埋めりゃいいんですが。板の内部が食われているような箇所は,表面からは見えないので,そもそもどこにあるのか,またどのくらいのキズなのか,ふつうはまったく分かりません。 ![]() ![]() ただ,その手の損傷は,今回のように板を濡らすと,やや色の濃いスジになって浮かび上がるので,清掃のとき細かくチェックしておきました。さらに表面にあいた虫の侵入穴から,細いハリガネなどで触診し,おおよその方向を確認しながら,裏からほじくります。 ![]() 大きな箇所は埋め木をしましたが,小さなミゾやグニャグニャに食われた場所には,楽器自体から出た虫食いの木粉や,ほじくったときに出た破片に木粉粘土と砥粉を混ぜ,ヤシャ液で練ったものをつめこみました。 一つ一つ丁寧に。 ただ指でなぞってつめこんだだけでは,板内部に空間が出来てしまいますからね。 目安として,詰めものが虫の侵入穴から「ニョロン」と突き出てくるまで充填を続けます。 向かって左端に一箇所,矧ぎ目にそって長く食い荒らされた部分があり,ほぼ貫通されていました。 ![]() ![]() ![]() ここは一度分離させ,矧ぎ目両岸の半トンネルをそれぞれ充填し,矧ぎ面を整形してから,再度矧ぎなおしました。 けっきょく虫食いの被害のほとんどは,周縁部の接着箇所で,縦筋で食われている箇所は思っていたよりも少なかったので,規模からいうと,ここがまあ,いちばんヒドい箇所でしたかね。 ![]() ![]() この矧ぎ目は中心のあたりに,例の響き線を囲む構造の竹板が接着されており,そこのニカワが狙われたようです。 竹板の下だったあたりが,特に酷く食われていてスカスカになってました。その部分は充填だけではちょっと問題があるので,やや大きくエグり,少し大きめに埋め木をしておきました。 ![]() 側板の接着箇所も埋めておきます。 グニャグニャに食われまくってはいますが,板と違ってこちらには強度上の心配はありません。 しかしこういうのをちゃんと埋めておかないと,面板の再接着に支障が出るでしょうし,接着剤のニカワが余計に入り込むことになるので,またぞろ虫に狙われる原因となりかねません。 せっかく江戸時代からここまで来てくれた楽器です。 まだまだ長生きして欲しいですものね。 ![]() え~,一つ一つの工程にかなりの時間がかかったので,ほとんど表面板だけ,ここまでの作業で,2週間かそこらかかってますねえ。 重曹水でかなりしつこく漂白清掃したもので,表面がずいぶん白っぽくなっちゃいましたが,墨書にはほとんどキズもつかなかったし,落款もカスレませんでした。 虫食いも埋まり,分離した部材も矧ぎなおし。これにて表面板は,楽器の部品としてなんとか再使用可能な強度になりました。 最大の難関-----突破ですっ! ここからはふつうの修理ですね。 (つづく)
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