20号山形屋(4)
![]() STEP4 壊れないココロ ![]() "壊れないモノ" は壊れたら直せないので,壊れてしまったらた「ただのゴミ」にしかなりません。 ほんとうに良いモノというのは,「壊れるべくして壊れるところが壊れるモノ」のことを言います。 壊れるだけの理由によって,壊れるべきところが壊れる----原因も結果もはじめから分かっているのですから,そこを元に戻してあげるなり,取り替えてあげれば,何度でも元通りになり,半永久的に使い続けることができるわけです。 20号山形屋----これはそういう意味では「最高に良いモノ」だったと思います。 日本橋区薬研堀47「山形屋雄蔵」さんの腕前は,庵主が好きなもう一人の職人,同じ日本橋区の馬喰町四ノ八に住んでた「福島芳之助」さんと,ほぼ同等かそれ以上と考えられます。 もっとも,福島さんのほうが手抜きは多く,山形屋さんのほうが仕事ははるかに丁寧ですね。 ただおそらく,これだけ丁寧な仕事だと,数はそれほど作れなかったでしょう。 何度も言っているように,月琴というのはどちらかといえば廉価な楽器だったので,月琴島の当主あたりから依頼されるようなオーダーメイドの高級品でもない限り,数を作らないと利益が出ません。 通常は手抜きの多いそんな普及品で,ここまで精密な仕事をしているのは気概でしょうか?性格でしょうか? 「百年後の修理者が見ても恥ずかしくないモノを」----と言うのでしたら,雄蔵さん,じゅうぶんに成功してますよ! ![]() ![]() ![]() 幅を継足し,矧ぎ直した裏板を一晩クランプで固定して,20号山形屋,胴体が箱に戻りました。 まずは,裏板のはみだし部分を削って整形します。 ![]() ![]() ![]() お次は側板の補彩。今回の修理作業でキズがついたり,色が落ちてしまっている部分にスオウを塗り,重曹水で発色させます。 媒染剤の重曹水を塗ってからスオウが発色するまでに少し時間がかかるので,あまり急いで作業をすると失敗しちゃいますね。 乾いたところで保護のため柿渋を一塗り二塗り,亜麻仁油と蜜蝋のワックスで磨きます。 あんまりピカピカだと気持ち悪いので,気持ち光ってる程度でけっこうです。 ![]() ![]() 側板の補彩が終わったら,よく乾燥させ,しっかりマスキングして,面板の清掃にかかります。 いつものようにぬるま湯に重曹を溶いたのを,Shinex に含ませてキュッキュッキュ。 表面板はヤシャブシでかなり色濃い目に染められていました。ヤシャ液の質はまあまあ良く,やや砥粉が多めだったかと思われます。 地が濃い色だったので,けっこう黒っぽく見えましたが,ヨゴレ自体はそれほどでもありませんでしたので,すぐに終了。 裏板には大切なラベル(の断片)がありますので,慎重に。表面的な黒ずみをさっと落す程度で仕上げました。 埋め木した部分がやっぱり目立っちゃいますが,あまり手を入れられないのでこのくらいにしておきます。 ![]() ![]() 面板が乾いたら,まず半月を戻します。 今回は曲面構成なので,コルクの板とかを間に挟んでクランピング。半月の背が低くバランスも良かったので,あまり苦労はなかったですね。 ![]() ![]() ![]() ![]() 棹を挿します。 今回の糸巻きはカツラ製。ヤシャブシとスオウで茶色に染めて,亜麻仁油と柿渋の重ね塗りで仕上げてます。 山口はひさしぶりの斗酒庵式。ローズウッドと象牙のツーピースです。 そしてフレッティング。 オリジナルはどうも練り物くさいのですが,とりあえずホンモノの象牙の端材で作ってます。 あいかわらずカタいなあ…(汗)。 8本そろえるのに,一日では完成せず二日かかりました。 今回は古色付けはナシ。山形屋さんに敬意を評し,貴重な材料をやや厚めに使って,丁寧に磨き上げました。 ![]() 山形屋さんの丁寧さ,腕の良さというのは,こういうところからも判ります。 左画像は第4フレット。絃高に合せながら削った新作と,オリジナルの高さの差は1ミリありません。 山口をあと半ミリ削ったら,おそらくピッタリ---- このところ何度か書いたように,量産品ではこうした部品が規格的に,同じ寸法で作られるため,作者の意図した「理想の絃高」と実際の楽器の絃高が合わなくなり,高音部のフレットが低すぎて,正確な音階が出せなくなっていたり,弦をかなり押し込まないと音が出しにくくなっていたりすることが多いのです。 このクラスの楽器でこういうのは,かなり珍しいんですよ。 ![]() フレットが揃ったところで,まずは原音階の計測をします。 ![]() フレットの原位置なのですが。 胴体上の目印は,フレット位置の中心にケガキの尖ったところで軽く穴をあけてあり,それがなくても日焼け痕がかなりはっきりしているので分かりやすいのですね。 一方,棹上では,中心になっているケガキ線が原作者のつけた目印なのは間違いないのですが,接着や加工の痕跡が上にあったり下にあったりまちまちで……上の画像のようにちょっと複雑になっていますので,1~3フレットまでは複数箇所で計測してみました。
ケガキ線の「上」がだいたい清楽の音階に近いみたいですね。
貴重なデータを,ありがとう。 さてそれでは! フレットを西洋音階に近い位置に直して本付け。 白い悪魔(ボンド)で接着されてたお飾りの類も戻します。 左右の目摂は,オリジナルの位置だとかなり「寄り目」ちゃんなので,少し離し広げてつけました。 ![]() ![]() はじめ蓮頭がついて,団子ッ鼻みたいになってた胴体の中心には,新しくお飾りを作ってあげました。 「波乗りウサギ」ですね。 上にウサギ,下は海,ということで---絃停はコレ。 ……サメでもワニでもなく,鯉ですが。 ということで,自出し月琴20号,修理完了です! ![]() 工房到着が5月17日,完成が月末30日。 今回の修理は超速でした~。 ----でもでもっ,手ヌキはしてないンだからね! もともとの工作が素晴らしく,冒頭でも述べたように「壊れるべくして壊れるところが壊れ」ていたため,庵主の仕事は単純にそれらを「元に戻す」くらいのもの。前修理者の余計な「修理」がなければ,さらにもっと早く仕上がっていたかもしれません。 さっそく試奏。 ![]() くっきりとした音の胴体,長く深みのある余韻の響き----いい音です。 音に関して,文句は何もありません。 手のきわめて小さな庵主にすら,細身に感じられるネックには多少好き嫌いがあるでしょうが,楽器自体はやや軽いものの,バランスが良く,演奏上の不具合やストレスはほとんどありません。 高低弦間がやや狭いので,ここが広めの楽器でふだん弾いている人には少し違和感があるかもしれませんが,オリジナルの状態で絃高も低め,ピックの先をやや鋭角にするなど演奏者がわのちょっとした調整で容易に解決できるかと思われます。 ![]() 「10号芳之助」もそうでしたが,普及品の中級楽器なのに「のびしろ」を感じさせてくれる楽器ですね。演奏者の熟達と腕前如何では,黒檀や紫檀で出来たはるかに高級な楽器を凌駕することも難しくはなさそうです。 どんな人だったのか,今のところまったく分かりませんが,原作者・山形屋雄蔵さんの技量とその仕事の丁寧さは,100年以上経ってもこの楽器を確実に護ってくれています。 この楽器と出逢えて本当に良かった。 ぜひとも,幸せになってもらいたい一面です。 (おわり)
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