« 2011年6月 | トップページ | 2011年11月 »

唐琵琶1号(4)

PPA01_04.txt
斗酒庵にとうとう琵琶が… の巻2011.6~ 唐琵琶1号 (4)

STEP4 

唐琵琶1号調弦中
  伊福部先生の「明清楽器分疏」では,清楽の唐琵琶の各弦は「4度1度4度」の関係になっている,とされています。

  そして,第一回でしょっぱなに貼った画像,庵主が良く使う資料『明清楽之栞』(M.27 *下画像はその拡大図)には,琵琶の調弦法について---

  「調子を合するには第一絃(太きもの)を(合)に,第二絃を(上)に,第三絃を(尺)に,第四絃(細き糸)を(合)に合すべきなり」



唐琵琶勘所表1   同じ符字(合)が二度出てくるので,なんだか一と四の糸が同音みたいですが。岡本純の『清楽の栞』の口絵にある琵琶の絵には親切にも,山口のところに---

   合 上 尺 六

  ----と書いてあります。
 「合」 と 「六」 はオクターブの関係で,厳密に言うと違う音です。しかし,たとえば月琴は最低音が「上」,「合・四」 の音は出ませんが,音合せの図には「上・合」 で合わせる(実際には 上・六, 斗酒庵流だとC/G),と書かれることになっています。
  これは工尺譜においては,楽器により 「合・四」 と 「六・五」 の音を通用させているところからくる慣習で,ふつう楽器におけるチューニングの名前なども 「上合調(正調)」 とか 「尺合調」 というように,低音のほうの符字をもって記されることのほうが多いようなんですね。
  つまり『明清楽之栞』の調弦も,実際には『清楽の栞』の口絵と同じことを書いているわけです。

  庵主はいつも月琴の 「上」  「4C」 という高さに合わせていますから,この音階は----

   3G 4C 4D 4G

清楽の栞
  ----となるわけです。

  なるほど,これだと伊福部先生のおっしゃるとおり開放弦間の関係は 「4度1度4度」 
  ちなみに現在の中国月琴も,音高は多少違うものの,弦間の音の関係は,基本,この唐琵琶のと同じですね。

  前回紹介したの 「佮 伬 合 上」 とか 「上 合 佮 伬」 というナゾの調弦は,中国の資料でも,今のところ見つかりません。
  順番は違うけど,出てくる音階は同じってあたりが,どうにもおかしなものです。

  あくまでも推測なんですが----清楽の唐琵琶は,明治のころも月琴と同じ細長いピックで弾かれてましたが,中国琵琶はちょうどそのころあたりから,五本の指で弾かれるようになってきてました。それに合わせて,親指がわで弾く低音2本を 「上合」,ほかの指で弾く弦を 「尺合」 と分けて表示したような,実践的に工夫された資料がナニかあったのかもしれません。
  そうすると弦の内外をひっくり返して書いた勘所表ってのも,いくぶん分からないでもないのですが……。


  さてさて,これで分かった。あとは巻けや巻け,キリキリキリ………

  一の糸,OK。
  二の糸,OK。
  三の糸…ちょっとキツいかな?
  四の糸……キリキリキリあれ,なかなか音があがらないな…キシキシキシ…うむ,なかなかタイヘンだ……キリキリキリ……うぉ,弦がパンパンだあ……切れるかもせん……うんせ…

   「ぱこん。」

  ん,何の音?と,楽器を見ますと,なんと----
  「覆手」(ふくじゅ:テールピース)が………

飛んで覆手    

  かなーりビックリしました。

  楽器本体にはさしたる損傷もなく,どっちかというとキレイにぱっこりはずれてくれましたが……。
  とにもかくにも弦をぜんぶはずし,元の場所につけなおしました。
  覆手の接着はオリジナルのニカワづけ。経年の劣化でもともと多少ユルんでいたようではあるものの,つけなおす時にちょっと調べたら,中心の部分はまだかなりニカワが活きていましたから,ふつうに弦を張ったくらいでは飛ばなかったはず。


飛んで覆手(1) 飛んで覆手(2)
  弦が合わないのかとも疑ってみましたが,前回にも書いたように,3・4弦に使っている弦は,月琴に使ってるのと同じで,三味線の糸でこれより細いのはナイですし,一の糸だって「和琴の糸」よりはかなり細いほう。日本の琵琶よりはずいぶん細め,往時の唐琵琶の弦よりもおそらくいくぶん細いのじゃないかと思います。

  とすると残る問題は,調弦---単純に糸のしめすぎ,ですよねえ。

  上にも書いたよう,斗酒庵流では工尺譜の 「上」 を 「C(=ド)」 として教えており,HPのほうで公開している古い曲譜の再現MIDIや,E-TEXTもそれに基づいて書かれてますが,これはそうしたほうが教えるときに分かりやすかったり,曲の入力がやりやすかったりするための便宜的なものです。
  工尺譜の音階を 「上=C」 とするやりかたは,べつだん庵主独自のものではなく,現在中国の工尺譜の解説本などではよく見ますし,日本でも明治の後期ぐらいから同じような解説が手風琴や吹風琴(縦笛型ハーモニカ)の本で見られますが,清楽の基音楽器である「明笛」の音から考えて,かつての清楽で一般的だった音階では,最低音の 「合」 が 「Bb から 「C」, 「上」 が 「Eb」 から 「E」 のちょっと低いあたりだったと考えられます----全体に斗酒庵流より3度ばかり高かったわけですね。

  一の糸を「3G」でやって覆手が飛んだので,まずは単純に 「2G/3C/3D/3G」 と,1オクターブ下げてみたんですが。
  そしたら今度は弦がユルユルで,ちゃんと音が出なくなっちゃいました。
  うむ,どうやらこの楽器,斗酒庵流準拠の音階だと,うまく合わせられないようです。

  しょうがないので,上に書いた清楽本来の音階,つまりはこの楽器がもともと出していた音階に近い 「合=C」 に合わせてみることにしました。この場合,開放弦での音階 「合 上 尺 六」  「C F G C」, 音の高さは 「3C/3F/3G/4C」 となります。

  今度は弦の張りも適当。
  指をすべらせてみた感触も音の延びも良い具合になりました。

  斗酒庵流だとこれは 「上 凡 六 上」 という音階になり,従来の勘所表とか譜面が,そのままで使えなくなりますが,まあ弾ければいい。
  半音下げて「上=Bb」にすれば,伝統的なチューニングにもなるし,「上=C」ならWSで月琴と合奏もできる。

  これ以上は望みますまい。

唐琵琶1号修理後全景 糸倉裏修理後
覆手修理後

  前にも書いたとおり,この楽器の修理箇所は主に,割れてボンドまみれになっていた糸倉。こちらは割れた部分を埋め,固定方法を変更して解決。糸の締めすぎで覆手がふッ飛んだときも,ビクともしませんでしたねえ。
  すべてなくなっていたフレットの類は,ツゲと竹で作り,調整後,ヤシャブシで染めてあります。

  ただ,覆手を貼りなおしたら,多少絃高が高くなってしまいました。

  ----おそらく,フレットを作っている時にはもう,覆手がハガれかかっていてやや前倒しになっていたのじゃないかと。そのため絃高が今よりも低かったんでしょうね。
  最高音がいくぶん出しにくくなったのですが,フレットを作り直すのもめんどうくさいので,月琴でいつもやってるよう「ゲタ」を噛ませることにしました。斑竹の皮ぎしを幅2ミリ,厚み1.5ミリほどに削いで,覆手の裏面に貼り付け,絃高を下げたたらうまくいって,操作性はかなり改善されています。

  あと,もとは乗弦(じょうげん:トップナット)の下と,最終フレットの下にお飾りがあったと思われますが,そのあたりはいづれ折を見て製作いたしましょう。

  下図,左は『明清楽之栞』の口絵を参考に組んだ唐琵琶の勘所表,真ん中は今回の調弦で,それを計測してみた音階表です。
  最低音3C,最高音5A。「〓」になっているところは,清楽で使われなかった音階の箇所となります。

勘所表(1) 勘所表(2) 運指表(1)
  庵主の「この夏のしくだい」の一つは,この楽器を弾けるようになること。

  おかげで,ただいま絶賛練習中であります。

  すでに書いたとおり,これを斗酒庵流の調弦をした月琴とかと一緒に演奏するとなると,従来の勘所表とかは役に立ちませんから,まずはどこに何の音があるのか,身体にたたきこむあたりからはじめております。
  月琴と違って,音の数が格段に多い(月琴は13コ)ですし,分からないことも多く。「ドレミ」を弾くにも,試行錯誤なんですが---実際にいろいろやってみた結果,もっとも弾きやすい運指が右図であります(ここまでくるのにすでに1ヶ月…)。

  …いろんな意味で,熱い夏,と,なっております。
(おわり)


唐琵琶1号(3)

PPA01_03.txt
斗酒庵にとうとう琵琶が… の巻2011.6~ 唐琵琶1号 (3)

STEP3 

物識天狗
  弦楽器において,「調弦」すなわちチューニングというものは,それを楽器として演奏するにおいて,非常に重要なところであります。いかなる名器といえど,基本的な弦音が狂っていては意味がありません。

  さて,庵主は月琴が専門なので,唐琵琶についてはそんなに詳しくありません。

  そこで資料をひっくり返して,まずはこの楽器の弦にはどんなものを使うのか,とか基本的な調音はどんなものなのか,といったあたりを調べてみたわけですね。

  最初の記事でも書いたとおり,「唐琵琶」というのは,月琴に比べるとさらにマイナーな楽器なので,そう大した資料も出てこないのですが,まず弦については,『物識天狗』(ものしりてんぐ M.26)という本に「いちばん太い糸は和琴に等しく,次は三味線の一の糸の太さ,あと二本は月琴の弦と同じ」というようにありましたので,通常,月琴に使っている三味線の二の糸と三の糸(13-2,12-3)のほかに,長唄用の14号と民謡で使う20号(三味線の糸は番手の数が大きいほど太い)の一の糸を用意してみました。

  筑前など日本の琵琶の弦を使う,という手もあったのですが,日本の琵琶は絃高が高く,弦の押し込みによって音階を出したりもするために,楽器に張ったときの弦の張力はもともとかなり強くなっています。材質はナイロンが多く,丈夫ではありますが,強すぎてこの華奢な楽器には合いそうにありません。

  そもそも糸倉が壊れてましたからねえ,正直あんまりキツい糸は張りたくない。

  そして基本調弦---どの糸をどんな音階に合わせるか,なんですが,まず上記の『物識天狗』では,「太いほう」から----

   佮 伬 合 上

  とあり……あれ?……清楽の音階では「ニンベン」がつくと1オクターブ上の音になるはず。
  斗酒庵流では工尺譜の「上」の音を「C(=ド)」として教えているんですが,この音階をそれで直すと----

   1 D1 G C
明清楽独りまなび
  ----となって,このまんまだと,太いほうの弦が細い弦より高音になっちゃうなあ。

  まあタイトルからも分かるとおり,この『物識天狗』という本は別に音楽の専門書ではなく,色んな芸能の基本的なあたりを紹介した本ですので,まあこういう可愛い間違いもあるのでしょう。では,こういう時によく引用される『明清楽独りまなび』(大塚寅蔵 M.42)から---

  「調子は一の太き糸を(上)に,二の糸を(合)に三の糸を(伬)に四の糸を(佮)に合せ…」

  なるほど…さては『物識天狗』さん,天狗になって勘違いで逆に書いちゃったんだな。
  つまりは太いほうから,

   C G D1 G1

  ----というわけですな。これなら分かる!

  あれ……でも「糸の勘所は左の図解の如し」とあるその図解では,「一の糸」の音のはずの「上」が,なぜだか右端に書かれてますねえ……日本の琵琶も中国琵琶も月琴も,通常太い糸は,楽器を正面から見た左側から張られます。
  弾くがわ(楽器の背がわ)から見たと考えて左右を逆にしたとか?----いやでも,ほかの楽器の図解はだいたい全部,正面から見たとくの音律になってますねえ。


  これと同じ勘所表は『風俗画報』に載った「清楽の話」(M.28-29 坪川辰雄)や,庵主所有の古い工尺譜本『清楽十種』(M.26)の口絵にも出てきます。加藤先生の持っている『  』の口絵では,この「合 尺 合 上」という調弦が「琵琶改良律」として紹介されていますが,ここでも楽器の図のほうを見ると,轉手(てんじゅ=糸巻き)にふってある符字から弦は「上 合 尺 合」で張られているのに,なぜか勘所表は現実の弦の順番と逆になってますね。

  こりゃいったい,何なのでしょう?


中国音楽指南
  さて,右の画像は『中国音楽指南』(民国13年 仁和沈寄人)という,古い中国書からとったものなんですが,この勘所表をご覧ください。
  「第一絃」は右に「第四絃」は左になってますよねえ----

  「あっ日本のと同じだ!ひっくりかえってる!」

  ---なんて早合点してはいけません。
  日本のお三味線やお箏などでは,太いほうから「一,二,三」と数えますよね?
  でも,中国では細いほうから数えるんです。
  1・2弦,もしくは3・4弦の音階がさらにひっくり返っているところがまだちょいと分かりませんが,もしかするとそもそもは,こうした中国の本の記述を,どっかの独習本の編者が何か勘違いして引用したあたりから来てるんじゃないかとも考えますね。

  さて,じゃあこのあたりは無視するとして,次回こそは唐琵琶の正しい調弦法を。
  (長々と書いておきながらスミマソン)
(つづく)


唐琵琶1号(2)

PPA01_02.txt
斗酒庵にとうとう琵琶が… の巻2011.6~ 唐琵琶1号 (2)

STEP2 

糸倉の構造
  糸倉をべっとりと覆っていた「黄色い悪魔」---ゴム系ボンド---の除去には,けっこうな忍耐と時間がかかりましたが,これでようやく,もともとの構造や,どこがどう壊れているのかが分かるようになりました。

  右図のように,この楽器の糸倉は,胴体前面の十字架部分と,奥のほうにある象牙のポッチによって固定されていたようです。
  糸倉と胴体は単に組み合わされているだけで,接着されてはいません。

  従って,弦をはずせば,この糸倉は,いつでも胴体からとりはずせるようになっていたわけですね。

糸倉前面
  薩摩や筑前琵琶の糸倉も,構造はより単純ですが,これと同じように胴体と分離できるようになっていますが,中国琵琶のほうはたしか分解できるような構造にはなっていなかったと記憶しています。

  糸倉の前面には十字架部分の左右の張り出しを受けとめる凹みと,左右内側に象牙のポッチを奥に滑り込ませるためのレール状の溝が彫りこまれているのですが,そのレール溝の部分を中心に,かなり派手にハカイされており,溝の割れたところから象牙のポッチが見えてる状態----もちろん現状で糸倉を固定することはできません。

糸倉下面
  破損の状況から見てこの糸倉が壊れた原因は,欠損して代わりに三味線の糸巻きがささっている,右側手前の軸の下方向から,強い力が糸倉左上方向へと斜めに貫いたものと思われます。それによりレール溝が破壊されて糸倉は分離し,木口の左がわが欠けたのでしょう。レール溝は右側が浅く細かく,左側は大きく長く欠けていますから,胴体正面から見て,左方向へ回転するようなかたちでモゲたのではないかと考えます。
  ぶつけたのか落としたのか誰かを殴ったのかは分かりませんが,けっこうな衝撃だったと思いますよ。それでもこれだけ壊れていながら,軸穴がぜんぶ無事だったというのは,材料のおかげかある意味キセキですねえ。


  この楽器の破損箇所は,ほとんどこの糸倉の部分だけです。
  つまりは,ここをさえ直せばこの楽器,また弾けるようになるわけですが,弦を張る楽器の修理において,この部分の修理修繕がいちばんデリケートでかつ難しいというのは,今までもなんどか書いてきたとおり。
  ボンドの除去では野蛮にムシりとりましたが,ここから先は,けっこう神経を遣う作業になりそうです。

  この糸倉は,糸巻きを挿してある部分から,海老尾の先っぽまで,一個の材料から削りだされています。

  庵主がウサ琴でやったように,板状の材料を組み合わせて作る場合はともかく,この状態でせまい弦池の内側両面に,ハメこみ用の溝を彫り込むというのは,それそこに良い腕前と,ちょっと改造した工具が必要かと考えられます。その工夫と工作自体は精密で,技術的にも大したものですが,こうやって壊れてみると,実はあまり頭のいい工作ではないかも,と思いますねえ。

  なにせ直せませんから。

  外見だけ元の状態に戻すのなら,レール溝をいったん糸倉と同材の木片で埋めて,再び彫りなおせばよいのですが,その場合,実際に楽器として使用するには,力のかかる部分だけに,強度的に保ちそうにありません。そこで今回の修理では,この溝は完全に埋めてしまい,固定方法も多少変更しようと考えています。

糸倉修理(1)
  まずはカツラの木片を刻んで,溝にハメこむ埋め木を作ろうと思うのですが,破壊された溝の形状は,3D的に見てじつに複雑で,ちょっと観察したぐらいでは,ピッタリはまるような埋め木が作れそうにありません。そのうえ,場所が場所。せま~い糸倉の内側なもので,正確に計測しようにも定規もデバイダーも入りません。

  ----そこで,これだ。


  いつも修理に使っている木粉粘土を硬めに練って溝に押し付け,型をとりました。
  これを測ったり参考にしながら,カツラの端材を糸鋸からアートナイフ,ヤスリやらリューターまで総動員で,破損箇所にうまくハマりこむような埋め木を削ります。

  だいたいピッタリ。

糸倉修理(2) 糸倉修理(3) 糸倉修理(4)

  左上の欠けた部分はニカワで接着。さらに竹釘を数本打って固定しておきます。
  割れた部分は軸穴にかかっていませんし,力のかかり方から見て,今回は籐巻きまでしなくても良いと判断しました。

糸倉前面の薄板 糸倉うなじのお飾り 頸部のお飾り
  胴体接合部の前面には,当初,厚さが0.3ミリほどしかない黒檀の薄板が貼りつけてありました(ボンドで再接着されていたので,ひっぺがしましたが)----指先でカンタンに割ってしまえそうな,うすーい板です。

  これとそっくり同じ厚さ,同じ材質の板が,糸倉のうなじと頸部に貼ってある,お飾りにも使われていました。
  これらのお飾りは,その黒檀の薄板の上に,1ミリほどの厚さの,透かし彫りをした象牙の板を重ね貼りしたものですが,この糸倉のところも,構造上はこの薄い板の部分で糸倉を受け止めていたはずですので,もとはこの上にも,ほかのお飾りと同様に,象牙の薄板が重ね貼りされていたのではないかと推測されます。
  もとの飾りがどんなものであったのかは定かではないのですが,うなじのお飾りが「カメ」,頸部のが「トラ」ですので,「龍」か「朱雀」じゃないかと…四神,ってやつですね。

糸倉修理(5)
  端材箱を漁っていたら,かなりマグロに近い2ミリの黒檀板が出てきましたので,今回は修理箇所の補強も兼ねて,これを貼り付けておこうと思います。強度的にはじゅうぶんでしょう。

  レール溝の埋め木を整形し,組み合わせてみると,糸倉と胴体は見事にぴったりがっちりと組み合わさりました。
  この原作者,加工の精密さは大したものです。

糸倉修理(6)
  さて,レール溝は埋めてしまったので,胴体接合部のポッチは必要ありません。これもただ象牙の丸棒を挿してあるだけなので,引っこ抜いて,穴も埋めてしまいます。これでもう,もとの固定方法には戻れませんねえ。

  象牙の棒が挿してあったあたりに,糸倉の外側から穴を開けます。
  一個では多少不安なので,前面に近いところにもう一本穴を開けました。
  手前の細い穴には竹を削った棒を,後ろの穴には象牙の丸棒を挿しこみます。

  この2本を抜けば,糸倉はオリジナルと同様,カンタンにはずれるという仕掛けですね。
  オリジナルとくらべると技術的にはごく原始的かつ単純で後退してますが,こちらの方法ですと,そうそう壊れることはありませんし,壊れるときは,糸倉の前に棒のほうが折れる程度で,以前の状態よりは,直すのもずっとカンタンなわけです。

  接合部のスキマには,糸倉と同材のカリンのツキ板を埋め込みました。
  糸倉がしっかり固定されたところで,前面に貼った黒檀板を,糸倉の木口の周縁に合わせてきちんと整形します。

糸倉修理(5)
  もとついてた乗弦(トップナット)は,材質や加工から考えると,たぶん本物でオリジナルだとは思うのですが,資料によれば唐琵琶の「乗弦」というものは,月琴の山口と同じような,カマボコを縦半分に切ったカタチということになっております。
  現在の中国琵琶の乗弦も,だいたいそういうカタチをしてますね。
  そのようにカタチ的に多少ギモンがあり,また楽器として使っていたとすれば残るはずの弦の擦り痕などがほとんど見えないなんてこともありまして,どうにもいまいち信用が出来ません。

  ふん,まあ,あとで同様の例が出てきたら,元のものに貼りかえればいいや。

  ----ということで,ここは一つ,資料のほうに合わせたものを,新しく削ることとします。
  材料はツゲ。高さは1センチ。下に2ミリの板が貼ってありますから,全高は1.2センチですね。   覆手の高さが1センチですから,とりあえずこんなものかと。形も高さもまあふだんよく作ってる月琴のとあまり変わりませんが,幅がちょっと長いですねえ。

薩摩糸倉
  中国の琵琶と,現在の日本の琵琶で,いちばん違うところの一つがこの乗弦とフレットの部分ですね。
  右画像は薩摩琵琶の糸倉ですが,今の日本の琵琶はこのように絃高がきわめて高く,フレットの数も少なくて,根元から末広がりになっていますよね。

  中国琵琶の乗弦が月琴のものと同じようなカタチだというのは上にも述べたとおりですが,日本の琵琶でも,たとえば古いタイプの「平家琵琶」だとか雅楽の「楽琵琶」などは絃高が低くて,乗弦も中国琵琶やこの「唐琵琶」に近いカタチになっています。
ベトナム月琴ナット
  薩摩琵琶も筑前琵琶も,じつはそう古い楽器ではなくて,完成されたのはどちらも幕末から明治の頃だそうですが,薩摩琵琶の乗弦が何故こういう形になったのかについては,専門ではないので分かりません。そういや,前に修理したベトナム月琴のナットは(フレットも),一般的な薩摩琵琶の乗弦(鳥口,とも呼ばれます)に,よく似たカタチをしていました。

  おなじ南のほうの楽器ですが,なにか関連があったりするんでしょうかねえ?

頸部フレット
  まあそれはさておき----

  中国琵琶と唐琵琶では,低音部と高音部で,フレットの作りが異なります。
  高音部のフレットは月琴などと同様の板状フレットなのですが,低音部には山形もしくはカマボコ型の「板」というか「カタマリ」がつけられます。これを「相(シャン)」と言います。通常4山。

  唐琵琶1号の首の部分にはケガキ線が残っているので,各山の大きさはこれに合わせて作ってみますが----いやさすがにハジメテなものでうまくゆくかどうか。

  この修理作業,じつは斗酒庵工房史上,もっとも過酷な工作となりました。

  いや---べつに修理や工作自体が難しかったわけじゃないのよ。
  庵主,北の国から産なもので生来夏の暑さには極端に弱く,通常はこのシーズン,修理を行うことはほとんどありません。
  この時も,夏バテでかなりヘバっていたところだったんですが,この「相」に使うツゲ材を,炎天下の屋外で一日じゅう切り出したり,削ったりという作業をしてしまったため,HPからSUN値から根こそぎもぎとられてしまいました。
  熱射病やら熱中症にまではなりませんでしたが,これ依頼ただでさえさなだきに細い身体がさらに痩せ細り,減った体重はいまだ回復しておりません。
  いや,マジ,死ぬかと思った。
  みなさんも猛暑の夏にはムリせんといてください。

胴上フレット
  首のつけねの,お飾りのところから下には竹や唐木で作った板状のフレットがつきます。これを「品(ピン)」と言います。現在の中国月琴のものは,半音も出せるように数が多いのですが,唐琵琶の品は10本です。
  これもとりあえずは,胴体上に残っているケガキ線や接着痕をたよりに,位置や大きさを推測して作っておきます。

  糸倉は直ったし乗弦も作った。相4山,品10本,フレットもそろいましたから,あとはチューニングしてきちんと調整するだけ…なんですが。

  ----ここにきて,大問題と大惨事があっ!!!

  …以下,次号に続く。(笑)
(つづく)


唐琵琶1号(1)

PPA01_01.txt
斗酒庵にとうとう琵琶が… の巻2011.6~ 唐琵琶1号 (1)

STEP1 

唐琵琶1号到着時
  ワタクシ事ですが。
  庵主の母方の祖父は,札幌の琵琶弾きでありました。
  筑前,薩摩,両方に関わったそうですが,庵主が小さいころ弾いてたのも,実家に伝わっている遺品の楽器も薩摩琵琶ですね。歌に詩吟の影響が加わっているちょっと独特な一派をたて「山岸岳泉」と名乗っておりました。

  バイオリン弾きの息子は,意外とバイオリニストにはならないそうですが,近親にそういう方がおりますと,かえってそういう楽器から遠ざかるものなのかもしれません。撥弦楽器ならたいてい好きなものの,庵主も琵琶にだけは手を出さないようにしてたんですが。

  -----来ちゃった。


唐琵琶
  まあ,琵琶は琵琶ではありますが,薩摩琵琶でも筑前琵琶でも,もちろん平家琵琶でも雅楽の楽琵琶でもありません。清楽で使われていた「唐琵琶(トウビワ)」という楽器ですね。

  中国音楽の楽器なんだから,これはビワぢゃないこれはビワぢゃない。
  ピーパなんだ,ああそうだ。


  自己弁護,終わります。

  このブログではほとんど月琴のことばかり書いてきましたが,清楽という音楽が最も盛んだったころには,月琴のほかにも明笛,胡琴(京胡),携琴(四胡),三絃(蛇皮線),洋琴,木琴など,色んな楽器が使われていました(以前のブログ記事「清楽の人々」等参照)。この「唐琵琶」という楽器も,そうした清楽オーケストラの一端を担っていた楽器で,古い楽譜などに時折,この琵琶のためと思われる指示が見つかることがあったりしますので,月琴ほどではないにせよ,阮咸よりは広く弾かれてたんじゃないかな,と考えております。
  日本の琵琶との違いは,調弦と大きなバチを使わないところ,でしょうか。
  ピーパ,すなわち現在の中国琵琶は,ナイロンや金属の弦を張り,右手の五本の指に擬爪をつけて演奏しますが,唐琵琶は絹弦で,月琴と同じ長細いピックで弾かれていたそうです。

  右に『明清楽之栞』(M.37)の口絵を添えておきましょう。


唐琵琶1号全景(1) 唐琵琶1号全景(2) 唐琵琶1号全景(3)
  まず届いてみて驚いたのはその小ささ,

  全長:880mm 全幅:225mm 胴厚:最大30mm

  薩摩琵琶や筑前琵琶はもちろん,中国琵琶よりも一回り以上小さいのですね。とくに左右の幅もせまいので,ひょろりとした印象があります。厚みもありませんが,背の部分は唐木の類で出来ているらしく,かなり持ち重りがします。

半月付近 覆手
  日本の琵琶では,面板腹の左右に「半月(はんげつ)」という三日月型の(メンドくさいねこの用語)穴があけられ,象牙などでカバーされてますが,この楽器の「半月」は,表面にミゾを刻んでいるだけで穴にはなっていません。

  日本の琵琶にくらべると「覆手(ふくじゅ:テールピース)」も低いですね(高:10ミリ)。唐木のムクで,先端には擦れ防止で象牙をかぶせてあります。糸穴にも薄い象牙のパイプを埋め込んでありますが,向かって右から2番目の穴のだけなくなっているようです。

糸倉
  糸倉がちょっと不思議なカタチですね。中国琵琶と日本の琵琶のあいのこみたいです。
  上においた『明清楽之栞』の唐琵琶もそうですが,中国系琵琶の糸倉の曲がりは日本のものよりゆるやかで,海老尾の部分は糸倉の最後から手前のほうに返ってくるカタチになり,そこに月琴の「蓮頭」のような板飾りがつくのがふつうなのですが,この楽器の糸倉のカタチはどちらかというと日本の琵琶のそれに近いですね。
  やはりハイブリットなんですわ。

  軸は細く,三味線の中棹の糸巻きとほぼ同じくらいの寸法でしょうか。一番手前の一本はなくなってしまったのか,三味線の糸巻きを加工したものが挿してあり,筑前琵琶のものと思われるナイロン弦が張られていました。
  「乗弦」(じょうげん:トップナット)も見たことのないカタチですね。黒檀か紫檀を台形に刻んだもののようです。


糸倉オモテ 糸倉横(1) 糸倉横(2)
修理開始!
  全体にヨゴレもさほどなく,保存状態は上々……と,言いたいところですが。ところがところが。

  ----ボンド,ですね(涙)。

  それもコレ,いつもお馴染みの「白い悪魔」ではありません。
  なんと,「黄色い悪魔」です。
  それもまあ…これでもか!とばかり,糸倉のところに,こってりたっぷりと。
  いったいどこの誰だ!楽器の修理に「ゴム系ボンド」なんか使おうと考えた奴は。

  まあ糸倉が壊れてとれちゃったんでへっつけたのだろう,というあたりまでは見当がつくのですが,肝腎の破損部分が,このゴム系ボンドにべっとり覆われているせいで,どこがどう壊れているのかさえ正確には分からない始末であります。
  調査もそこそこですが,イキナリ修理に入りましょう。
  まずは弦をはずし,へっつけた糸倉を縛り付けるためか結わえてあったリボンもはずして,糸倉を----ムシりとります。


糸倉基部(1) 糸倉基部(2) 糸倉基部清掃後(1)

  糸倉の表側,乗弦の下にへっついていた物体は,凍石製のお飾りだったようですが,細かく割れてしまったのをボンドでくっつけた……というよりは,カケラを集めてボンドをまぶし,団子にした,って感じです。
  全体がボンドのカタマリと化しておりました。これもはずします。

  いやあ,木工ボンドならまだしも---木工ボンドだったとしても,もちろん怒ったり呪ったりしますが----そもそもこんなゴム系ボンドなんかで,木がちゃんとくっつくはずもありません。
  「接着」「接合」というよりは「かろうじてカタチを保っている」という感じでしたね。
  糸倉はちょっと力を入れたら,カンタンにムシれましたが……木工ボンドより厄介だったのは,後に残ったこのボンドのカタマリです。
  木工ボンドと違って,水分をふくませても柔らかくなるでもナシ,除去しやすくなるでもナシ。
  むしろお湯をかけたら,熱でヤワっこくなったぶんネバりが出て,かえって苦労が増えたぐらいで。(汗)

  これをキレイに取り去るのは,けっこうな骨折りでありました。
  けっきょく,滑りを良くするために水で濡らしながら,アートナイフや消しゴム(これ,かなり有功です)で,根気良く,少しづつ,こそいだりこすったりするしかないわけですよ。
  4時間以上もかかりましたか。

糸倉基部清掃後(2)
  「黄色い悪魔」に覆われ,なにがナニやら分からなかった接合部の破損部分も,これでキレイに見えるようになって,ようやくそのもともとの構造と,それが「どう壊れたのか」が分かるようになりました。

  まず,糸倉がわの接合部木口の左上が少し,斜めに割れて欠けており,それをまた同じボンドでへっつけてありました。
  これもムシりとってキレイにしておきましょう。

  つぎに,胴体側の接合部前面中央,十字架になってる部分にも,縦に裂けたような割れ目が見えるのですが,この部分はかなり以前に修理されているようです。きちんとした修理で,ニカワかウルシでかなり強固に接着してあり,力がかかっても割レが広がるような気配はありませんでした。


(つづく)


« 2011年6月 | トップページ | 2011年11月 »