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唐琵琶1号(2)

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斗酒庵にとうとう琵琶が… の巻2011.6~ 唐琵琶1号 (2)

STEP2 

糸倉の構造
  糸倉をべっとりと覆っていた「黄色い悪魔」---ゴム系ボンド---の除去には,けっこうな忍耐と時間がかかりましたが,これでようやく,もともとの構造や,どこがどう壊れているのかが分かるようになりました。

  右図のように,この楽器の糸倉は,胴体前面の十字架部分と,奥のほうにある象牙のポッチによって固定されていたようです。
  糸倉と胴体は単に組み合わされているだけで,接着されてはいません。

  従って,弦をはずせば,この糸倉は,いつでも胴体からとりはずせるようになっていたわけですね。

糸倉前面
  薩摩や筑前琵琶の糸倉も,構造はより単純ですが,これと同じように胴体と分離できるようになっていますが,中国琵琶のほうはたしか分解できるような構造にはなっていなかったと記憶しています。

  糸倉の前面には十字架部分の左右の張り出しを受けとめる凹みと,左右内側に象牙のポッチを奥に滑り込ませるためのレール状の溝が彫りこまれているのですが,そのレール溝の部分を中心に,かなり派手にハカイされており,溝の割れたところから象牙のポッチが見えてる状態----もちろん現状で糸倉を固定することはできません。

糸倉下面
  破損の状況から見てこの糸倉が壊れた原因は,欠損して代わりに三味線の糸巻きがささっている,右側手前の軸の下方向から,強い力が糸倉左上方向へと斜めに貫いたものと思われます。それによりレール溝が破壊されて糸倉は分離し,木口の左がわが欠けたのでしょう。レール溝は右側が浅く細かく,左側は大きく長く欠けていますから,胴体正面から見て,左方向へ回転するようなかたちでモゲたのではないかと考えます。
  ぶつけたのか落としたのか誰かを殴ったのかは分かりませんが,けっこうな衝撃だったと思いますよ。それでもこれだけ壊れていながら,軸穴がぜんぶ無事だったというのは,材料のおかげかある意味キセキですねえ。


  この楽器の破損箇所は,ほとんどこの糸倉の部分だけです。
  つまりは,ここをさえ直せばこの楽器,また弾けるようになるわけですが,弦を張る楽器の修理において,この部分の修理修繕がいちばんデリケートでかつ難しいというのは,今までもなんどか書いてきたとおり。
  ボンドの除去では野蛮にムシりとりましたが,ここから先は,けっこう神経を遣う作業になりそうです。

  この糸倉は,糸巻きを挿してある部分から,海老尾の先っぽまで,一個の材料から削りだされています。

  庵主がウサ琴でやったように,板状の材料を組み合わせて作る場合はともかく,この状態でせまい弦池の内側両面に,ハメこみ用の溝を彫り込むというのは,それそこに良い腕前と,ちょっと改造した工具が必要かと考えられます。その工夫と工作自体は精密で,技術的にも大したものですが,こうやって壊れてみると,実はあまり頭のいい工作ではないかも,と思いますねえ。

  なにせ直せませんから。

  外見だけ元の状態に戻すのなら,レール溝をいったん糸倉と同材の木片で埋めて,再び彫りなおせばよいのですが,その場合,実際に楽器として使用するには,力のかかる部分だけに,強度的に保ちそうにありません。そこで今回の修理では,この溝は完全に埋めてしまい,固定方法も多少変更しようと考えています。

糸倉修理(1)
  まずはカツラの木片を刻んで,溝にハメこむ埋め木を作ろうと思うのですが,破壊された溝の形状は,3D的に見てじつに複雑で,ちょっと観察したぐらいでは,ピッタリはまるような埋め木が作れそうにありません。そのうえ,場所が場所。せま~い糸倉の内側なもので,正確に計測しようにも定規もデバイダーも入りません。

  ----そこで,これだ。


  いつも修理に使っている木粉粘土を硬めに練って溝に押し付け,型をとりました。
  これを測ったり参考にしながら,カツラの端材を糸鋸からアートナイフ,ヤスリやらリューターまで総動員で,破損箇所にうまくハマりこむような埋め木を削ります。

  だいたいピッタリ。

糸倉修理(2) 糸倉修理(3) 糸倉修理(4)

  左上の欠けた部分はニカワで接着。さらに竹釘を数本打って固定しておきます。
  割れた部分は軸穴にかかっていませんし,力のかかり方から見て,今回は籐巻きまでしなくても良いと判断しました。

糸倉前面の薄板 糸倉うなじのお飾り 頸部のお飾り
  胴体接合部の前面には,当初,厚さが0.3ミリほどしかない黒檀の薄板が貼りつけてありました(ボンドで再接着されていたので,ひっぺがしましたが)----指先でカンタンに割ってしまえそうな,うすーい板です。

  これとそっくり同じ厚さ,同じ材質の板が,糸倉のうなじと頸部に貼ってある,お飾りにも使われていました。
  これらのお飾りは,その黒檀の薄板の上に,1ミリほどの厚さの,透かし彫りをした象牙の板を重ね貼りしたものですが,この糸倉のところも,構造上はこの薄い板の部分で糸倉を受け止めていたはずですので,もとはこの上にも,ほかのお飾りと同様に,象牙の薄板が重ね貼りされていたのではないかと推測されます。
  もとの飾りがどんなものであったのかは定かではないのですが,うなじのお飾りが「カメ」,頸部のが「トラ」ですので,「龍」か「朱雀」じゃないかと…四神,ってやつですね。

糸倉修理(5)
  端材箱を漁っていたら,かなりマグロに近い2ミリの黒檀板が出てきましたので,今回は修理箇所の補強も兼ねて,これを貼り付けておこうと思います。強度的にはじゅうぶんでしょう。

  レール溝の埋め木を整形し,組み合わせてみると,糸倉と胴体は見事にぴったりがっちりと組み合わさりました。
  この原作者,加工の精密さは大したものです。

糸倉修理(6)
  さて,レール溝は埋めてしまったので,胴体接合部のポッチは必要ありません。これもただ象牙の丸棒を挿してあるだけなので,引っこ抜いて,穴も埋めてしまいます。これでもう,もとの固定方法には戻れませんねえ。

  象牙の棒が挿してあったあたりに,糸倉の外側から穴を開けます。
  一個では多少不安なので,前面に近いところにもう一本穴を開けました。
  手前の細い穴には竹を削った棒を,後ろの穴には象牙の丸棒を挿しこみます。

  この2本を抜けば,糸倉はオリジナルと同様,カンタンにはずれるという仕掛けですね。
  オリジナルとくらべると技術的にはごく原始的かつ単純で後退してますが,こちらの方法ですと,そうそう壊れることはありませんし,壊れるときは,糸倉の前に棒のほうが折れる程度で,以前の状態よりは,直すのもずっとカンタンなわけです。

  接合部のスキマには,糸倉と同材のカリンのツキ板を埋め込みました。
  糸倉がしっかり固定されたところで,前面に貼った黒檀板を,糸倉の木口の周縁に合わせてきちんと整形します。

糸倉修理(5)
  もとついてた乗弦(トップナット)は,材質や加工から考えると,たぶん本物でオリジナルだとは思うのですが,資料によれば唐琵琶の「乗弦」というものは,月琴の山口と同じような,カマボコを縦半分に切ったカタチということになっております。
  現在の中国琵琶の乗弦も,だいたいそういうカタチをしてますね。
  そのようにカタチ的に多少ギモンがあり,また楽器として使っていたとすれば残るはずの弦の擦り痕などがほとんど見えないなんてこともありまして,どうにもいまいち信用が出来ません。

  ふん,まあ,あとで同様の例が出てきたら,元のものに貼りかえればいいや。

  ----ということで,ここは一つ,資料のほうに合わせたものを,新しく削ることとします。
  材料はツゲ。高さは1センチ。下に2ミリの板が貼ってありますから,全高は1.2センチですね。   覆手の高さが1センチですから,とりあえずこんなものかと。形も高さもまあふだんよく作ってる月琴のとあまり変わりませんが,幅がちょっと長いですねえ。

薩摩糸倉
  中国の琵琶と,現在の日本の琵琶で,いちばん違うところの一つがこの乗弦とフレットの部分ですね。
  右画像は薩摩琵琶の糸倉ですが,今の日本の琵琶はこのように絃高がきわめて高く,フレットの数も少なくて,根元から末広がりになっていますよね。

  中国琵琶の乗弦が月琴のものと同じようなカタチだというのは上にも述べたとおりですが,日本の琵琶でも,たとえば古いタイプの「平家琵琶」だとか雅楽の「楽琵琶」などは絃高が低くて,乗弦も中国琵琶やこの「唐琵琶」に近いカタチになっています。
ベトナム月琴ナット
  薩摩琵琶も筑前琵琶も,じつはそう古い楽器ではなくて,完成されたのはどちらも幕末から明治の頃だそうですが,薩摩琵琶の乗弦が何故こういう形になったのかについては,専門ではないので分かりません。そういや,前に修理したベトナム月琴のナットは(フレットも),一般的な薩摩琵琶の乗弦(鳥口,とも呼ばれます)に,よく似たカタチをしていました。

  おなじ南のほうの楽器ですが,なにか関連があったりするんでしょうかねえ?

頸部フレット
  まあそれはさておき----

  中国琵琶と唐琵琶では,低音部と高音部で,フレットの作りが異なります。
  高音部のフレットは月琴などと同様の板状フレットなのですが,低音部には山形もしくはカマボコ型の「板」というか「カタマリ」がつけられます。これを「相(シャン)」と言います。通常4山。

  唐琵琶1号の首の部分にはケガキ線が残っているので,各山の大きさはこれに合わせて作ってみますが----いやさすがにハジメテなものでうまくゆくかどうか。

  この修理作業,じつは斗酒庵工房史上,もっとも過酷な工作となりました。

  いや---べつに修理や工作自体が難しかったわけじゃないのよ。
  庵主,北の国から産なもので生来夏の暑さには極端に弱く,通常はこのシーズン,修理を行うことはほとんどありません。
  この時も,夏バテでかなりヘバっていたところだったんですが,この「相」に使うツゲ材を,炎天下の屋外で一日じゅう切り出したり,削ったりという作業をしてしまったため,HPからSUN値から根こそぎもぎとられてしまいました。
  熱射病やら熱中症にまではなりませんでしたが,これ依頼ただでさえさなだきに細い身体がさらに痩せ細り,減った体重はいまだ回復しておりません。
  いや,マジ,死ぬかと思った。
  みなさんも猛暑の夏にはムリせんといてください。

胴上フレット
  首のつけねの,お飾りのところから下には竹や唐木で作った板状のフレットがつきます。これを「品(ピン)」と言います。現在の中国月琴のものは,半音も出せるように数が多いのですが,唐琵琶の品は10本です。
  これもとりあえずは,胴体上に残っているケガキ線や接着痕をたよりに,位置や大きさを推測して作っておきます。

  糸倉は直ったし乗弦も作った。相4山,品10本,フレットもそろいましたから,あとはチューニングしてきちんと調整するだけ…なんですが。

  ----ここにきて,大問題と大惨事があっ!!!

  …以下,次号に続く。(笑)
(つづく)


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