明笛について(3)
![]() STEP3 明笛1~11号 ![]() さてさて,庵主,音響学や音楽の専門家ではないので,実のところ,こういう場合,調査に必要なデータというのがどれだけあればいいのか,ちょいと見当もつきません。 さらに集めたはいいのですが,その笛を吹きこなせるわけでもないので,各方面に呼びかけ,笛吹きどもに協力を要請したのですが,関東の笛吹きさんというのはシャイな人が多いらしく,ちょうどいい吹ける人がなかなか捕まってくれません。(ちなみに提示していた報酬は,吹いてもらった明笛。「何本でもやる!タダでやる!」 でした。) そこで----このところ月琴のWSの常連になってくれてた柳静さん(http://d.hatena.ne.jp/liusei/)が「吹けそう」と言ったのをサイワイとガッチリと捕獲し,ウムを言わさず十数本の笛をおしつけて,測定のほうをお願いしてしまいました。丸投げですね,よっこらしょ。
じつに,この夏いっぱい,かかったそうですわ。 柳静さん,ほんとに有難うございました。(^_^;) ![]() その後,庵主も夏の間けっこう修行し,調査に必要な程度すなわち「ドレミ」はなんとか確実に吹きこなせるようになりました。 また,夏以降も明笛の落札ラッシュは続き,柳静さんの十数本ぶんのデータに,庵主の17号以降10本近くのデータを合わせて,けっこうな量となっております。 月琴のほうは製作者の研究もあるていど進み,年代的な変遷なども分かってきましたが,明笛のほうは楽器自体からその作者や製作年代を知る方法が少なく,作られた年がはっきりと分かっているのは,今のところ1本だけです(後述)。今後はそちらの研究も進めて,音階や基音の変化と結びつけて考えたいところです。 それでは,楽器のデータを見てゆきましょう。各笛のナンバーは購入順です。 柳静さんには,前回紹介したような文献からとった10種類以上の運指表を渡し,それぞれについて実験し,記録してもらいました。 運指のパターンは重複しているものが多いので,けっきょくのところ,同じ運指を一本の笛について10回以上吹いてもらったことになります。 庵主としては,だいたいの音階のパターンがつかめれば良いため,ここに集計した結果も,一つの運指について頻出する音程をその音に決めるといったくらいのもので。さほどに正確なものではありません。 各個の詳細なデータにつきましては,ご連絡くだされば提供いたしましょう。 明笛1号![]()
ほぼふつうの西洋音階,Eがやや下がるほかは,ドレミ笛と言って良いくらいの音階になっている。最初に購入した1本で,保存状態は良好。やや太めで吹きやすい。歌口の塗装がやや劣化していたので部分的に塗りなおし。 明笛4号![]()
2号・3号欠番。4号は長さが30センチほどと極めて短い笛だが,響孔の存在から明笛の一種と思われる。大正以降に作られた携帯用サイズの笛なのではないか。後述11号がこれとほぼ同じ寸法なので,さほど特別なものではなかったかと。 指穴,歌口ともに小さく吹きづらい。全閉鎖が4B~5C,最高音がA#~Bbというように,音の安定もかなり悪いため,データはさほど信用できない。参考までに。 明笛7号![]()
5号音が出ず,6号欠番。 古い楽譜の口絵などで「明笛」「清笛」として見られるのは,このタイプの笛。国内で使われたものらしいことは確かだが,国産かどうか,また清楽に使用されたものかどうかも分からない。管内は塗られておらず,歌口の処理等も現在の中国笛子と変わらないため,戦前に輸入された中国笛子の古いものと考えたほうが妥当。巻きが一箇所破損していたのを補修。比較資料として。 明笛9号![]()
8号未調査。9号は1号に似たタイプだが,くらべるとやや細い。保存良く音出しは容易。安定して音の出せる笛なので,データの信用性は高い。 明笛10号![]()
美しくまた吹きやすい笛だった。低音から高音まで,安定して滑らかに音が出る。指穴側の下端に露切り孔はないものの,やや古いタイプの楽器と思われる。管頭の飾りの接合部にはめてあった象牙の輪が割れていたが,保存状態に問題はなし。表面の斑模様は,生来のものではなく薬品処理によるもの。管頭,管尻の飾りはカツラかホオの挽きものを染めたものと思われる。本体は皮無し竹だが,極めてつややかなので,表面は生漆で処理されているかもしれない。 明笛11号![]()
最高音がうまく出ない。高音でやや安定を欠き「工」の指遣いはA#からBbの間で安定が多少悪い。4号と同サイズだが,4号よりはやや音は出る。習熟により吹きこなせるタイプかもしれない。データは参考例。管体には皮付き竹が使われており,中央にやや曲がりがある。管頭および管尻の飾りは唐木。加工の手が極めて近いため,4号と同じ作者によるものかもしれない。「児玉宗三郎所有」と書かれた麻袋に入っていた。 ![]() ここでちょっと小休止。 ここまでの例では,かなりイレギュラーなものまで買い入れてますね。 「清楽の明笛の音階」としてデータ的に信用できるのは1,9,10号の3本だけでしょう。 古物ですから,買ったものの音が出ないような例も多々ありました。 管内は篠笛などでは漆塗りが定番ですが,なかにはベンガラを柿渋で溶いたようなものを塗ってある場合もありました。 管内の塗りが劣化していたり,ヒビ割れが入っていたりした場合は補修しています。しかし庵主,月琴は長いこと扱ってきましたが,べつだん笛の修理家ではないですし,もともと大きな補修をした楽器は,オリジナルの状態との比較が出来ませんので,データ的には使って良いのかどうか……少し躊躇があります。 修理の面白い一例として6号の修理過程を少しご紹介しましょう。6号は,一見1号や9号と同じタイプの笛ですが,長さが50センチ以上もある大物。タイプとしては古典的な形態の明笛に近いものだったと思いますが,管の背面が---- ![]() ![]() ![]() ---とまあ,そりゃあ見事に割れておりました。おまけにご丁寧に「白い悪魔」による,ほぼ効果がなかったと思われる補修(?)のベットベト痕つきでありますこんちくしょう。 ![]() ![]() ![]() この笛の頭の部分,管頭の飾りと歌口の間には,安い篠笛などと同じで紙のカタマリが詰めてあります。 たいていは和紙か新聞紙ですが,修理のためこれをひっぱりだしてほぐしたところ,こんな紙が出てきました。 一枚目はどこかの工事請負会社の書類のようです。各職工に渡す賃金の予算について書かれてるみたいですね。面白いのは木工や冶金工のほかに「潜水夫」というのが見えること。二枚目は新聞の切れ端。「大正十三年」と見えます。「炬を翳す人々」という小説のタイトルが見えます。これをもとにググったところ大阪朝日新聞で連載されたそうですから,この笛は関西で作られた可能性がありますね。さらにこの小説の前に連載されていた谷崎潤一郎の「痴人の愛」が連載中止になったのが同年の6月14日だそうですから,この笛はそれ以降の製造。 明笛でだいたいの製造地や製造年が分かったのはこれがはじめて。爾来笛を買うと内側をのぞいて見てますが,今のところほかには例がありません。 ![]() ![]() ![]() ![]() 修理は,まず前補修者のボンドを除去するところからはじめ,つぎに内側に棒(\100屋の暖簾用ポールですね)を通してから,濡らした新聞紙で包んで一晩おいて。 全体を湿らせ,竹をいくぶん柔らかくしたところで一度締め上げ,最大3ミリ以上も開いていたヒビ割れを若干矯正。 乾燥したところで,すこし狭くなった割れ目にエポキを流し込んで再び固定。内外を整形し,内側をカシュー塗り,外側に籐巻きを施して完成させました。 修理はキセキのように上手くゆき,この笛,音も出やすい楽器としては良いモノに仕上がったのですが,ここまでやっちゃいますとさすがに,元の状態からどこまで音が狂ってるやら分かりませんので,データは使用できませんわな。 (つづく)
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